○ 辻家アパート(朝) |
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明の住むワンルームのアパートである。
目覚めた明、カーテンと窓を開ける。
すぐ前に教会があり、明は朝陽を反射させる十字架を見る。 |
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○ 同・前(朝) |
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アパートを出る明。
アパートの前には聖成教会。
聖成教会の隣には児童養護施設・聖成園。
聖成園から通学する児童達を見送っていた園長の高木朝子(六一)が明に気付いて、手を振る。
明、一礼して歩き出す。
その前方には巨大な聖成医大病院の病棟がそびえている。 |
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○ 聖成医大病院・培養室 |
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明、顕微鏡を覗いている。 |
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○ 顕微鏡の映像 |
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受精し、四細胞期と成長した初期胚。 |
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○ 三雲家・キッチン |
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やってきた綾子、まるで自分の家のように遠慮なくキッチンに行き、持ってきた食材を冷蔵庫に仕舞っていく。
有希、所在ない。 |
有希 |
「お茶淹れます」 |
綾子 |
「いらない。それより病院から電話は?」 |
有希 |
「まだです」 |
綾子 |
「(時計を見て)もう結果は出ているわね」 |
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綾子、断わることなく電話をかける。 |
綾子 |
「(居丈高に)三雲病院の三雲ですが、産科部長の佐伯教授に繋いで頂戴」 |
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緊張の面持ちで繋いでいる間を待つ有希。 |
綾子 |
「(媚びるよう親しげに)佐伯さん。御沙汰しております。この度は息子の無理を聞いていただきありがとうございました…いいえ…それで結果なんですが…あ、そうですか。受精しましたか」 |
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有希、表情が強張る。
一通りの礼を言って電話を切る綾子。 |
綾子 |
「受精したそうよ」 |
有希 |
「そうですか」 |
綾子 |
「久しぶりね、受精までいくの」 |
有希 |
「はい」 |
綾子 |
「よりによって聖成で三雲の人間が不治治療なんて…」 |
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吐き捨てる綾子。 |
綾子 |
「邦男にこんな恥ずかしい思いさせて」 |
有希 |
「すみません」 |
綾子 |
「今度で絶対に産んでちょうだい」 |
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有希、返事出来ない。 |
綾子 |
「もしダメなら考えるときだと思うわ」 |
有希 |
「…分かっています」 |
綾子 |
「あなたこの前の結婚式で何を思った?」 |
有希 |
「……」 |
綾子 |
「私とあなた、思ったことはたぶん同じ」 |
有希 |
「……」 |
綾子 |
「こんなはずじゃなかった。私の人生、こんなはずじゃなかった」 |
有希 |
「……」 |
綾子 |
「誤りなら一日も早く正すべきよね」 |
有希 |
「はい」 |
綾子 |
「大丈夫よ、あなたなら。若いし、美人だし。母親だけが女の幸せなんて時代ではないんでしょ。今は」 |
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何も言えず佇む有希。 |
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○ 美容室ジール・渋谷本店外観 |
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梓が社長を務める美容室グループの本店である。 |
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○ 同・フロア |
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得意客の女性の最後の仕上げを終え、親しげに話す宗介。
宗介はいわゆるカリスマ美容師である。 |
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○ 同・従業員用トイレ |
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梓が掃除していると、女性店長が入ってきて、驚く。 |
店長 |
「社長、困ります。誰かにやらせますから」 |
梓 |
「いいの。今はただ何も考えずに体を動かしたいの」 |
店長 |
「でも……」 |
声 |
「いいよ。やらせておけば」 |
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振り返ると宗介がいる。 |
宗介 |
「それより店長、業者がサンプル持って来たよ」 |
店長 |
「あ、そう」 |
梓 |
「行って」 |
店長 |
「…はい」 |
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店長、出ていく。 |
宗介 |
「電話は?」 |
梓 |
「まだ」 |
宗介 |
「そうか。今回は何かいつも以上にドキドキするな」 |
梓 |
「うん」 |
宗介 |
「じゃあ行く。次のお客が待ってるから」 |
梓 |
「うん」 |
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出ていこうとする宗介。
その時、梓の携帯電話に着信する。
電話に出る梓。宗介も見守る。 |
梓 |
「……はい……はい。本当ですか? 本当ですか! はい。はい……」 |
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電話を切る梓。 |
宗介 |
「おい!」 |
梓 |
「(呆然と)…したって」 |
宗介 |
「マジで?」 |
梓 |
「受精したって!」 |
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喜び、抱き合う二人。 |
宗介 |
「スゲエな。スゲエな。スゲエな」 |
梓 |
「うん。うん」 |
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言葉に出来ず、ただ喜ぶ二人。 |
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○ 聖成園・庭(夕方) |
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児童達と職員達がバーベキューの準備をしている。
見守っていた朝子に、明がやってきて、デパートの包みを渡す。 |
明 |
「差し入れです」 |
朝子 |
「いつもありがとう」 |
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目ざとく差し入れに気付いた子供が寄ってくる。
朝子、包みを子供に渡す。 |
子供 |
「(明に)ありがとうございます」 |
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頷く明。
子供、走って戻って職員に渡す。
包みの中を開けた職員から悲鳴に近い歓声が上がる。 |
明 |
「デパートの一番高い肉に世界の三大珍味とマツタケを付け足しました」 |
朝子 |
「また臨時収入」 |
明 |
「はい。先週出産した患者さんから五十万円もらいました」 |
朝子 |
「すごい」 |
明 |
「七年不妊治療して、やっと産まれたので感激していました。子供の名前に僕の名前の明の字を付けたぐらいです」 |
朝子 |
「よっぽど嬉しかったのね」 |
明 |
「はい。僕の名前に意味はないといったんですが、どうしても欲しいと熱望されました」 |
朝子 |
「意味がないなんてないのよ」 |
明 |
「ありませんよ。誰が付けたか分からない、とりあえず出生届けの為だけに付けられた名前です」 |
朝子 |
「意味は自分で作るものよ」 |
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明、微笑むだけでそれには答えない。 |
明 |
「ちょっと病院に行ってきます」 |
朝子 |
「日曜なのに仕事?」 |
明 |
「明日胚移植する患者さんの培養液の交換です」 |
朝子 |
「大変ね」 |
明 |
「一人きりで仕事がしたいと我がまま言い出したのは僕ですから」 |
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離れていく明。
後姿を見送る朝子。 |
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○ 聖成医大病院・培養室(夜) |
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エアシャワー室から滅菌着、帽子、マスク姿の明が入ってくる。
そして培養庫の一つにエラーランプが点灯しいることに気付く。
慌てて培養庫の中の二つのシャーレを取り出す。
蓋を開けてシャーレの中の培養液に浸された胚を確認する。
そして培養庫のボタンを操作して調整する。
ふと我に返る明。
クリーンベンチの上には蓋のない二つのシャーレ。
それは身元不明の胚を意味する。
近くの二つの蓋には、
[三雲邦男・有希]
[北野宗介・梓]
と書かれてある。
ただ無表情にシャーレを見ていた明、蓋をする。 |
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○ 同・移植室(翌日) |
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堀がカテーテルを有希の膣に注入し、エコー画像をモニターで見ながら胚移植を行っている。
佐伯もそばでモニターを注視している。
有希にもモニターは見えるようになっているが、有希はただ天井を虚ろに見ている。 |
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○ 同・培養室 |
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明、モニターで有希の子宮に胚が移植される瞬間を確認している。 |
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○ 同・移植室 |
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梓、堀により胚移植を受けている。
梓、モニターの画像で子宮に胚が移植される瞬間を見て感動から涙ぐむ。 |
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○ 同・培養士室 |
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明がモニターで梓の胚移植の瞬間を見ている。 |
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○ 同・リカバリールーム |
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梓が恍惚とした表情でベッドに休んでいる。
両手の掌は愛おしくお腹に置かれている。
その時、カーテンの向こうの隣のベッドから声が聞こえてくる。 |
声 |
「このお腹はダメなお腹」 |
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それを聞いた梓、どきりとする。 |
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× × × |
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隣のベッドの声は有希である。
有希はお腹に手を置いて話しかけている。 |
有希 |
「このお腹では育てられないの。だから来たらダメよ」 |
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○ 同・超音波検査室(二週間後) |
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有希が内診台で佐伯から経膣プローブによる超音波検査を受けている。
傍らでモニターを凝視していた邦男が反応する。 |
佐伯 |
「妊娠です」 |
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邦男、表情が弾ける。 |
邦男 |
「ありがとうございます」 |
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有希は表情ひとつ変えず、モニターを見ることもない。 |
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○ 同・超音波検査室 |
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梓が堀から超音波検査を受けている。
緊張の面持ちの宗介が傍らで堀の言葉を待っている。 |
堀 |
「おめでとうございます。妊娠です」 |
宗介 |
「……本当ですか」 |
堀 |
「間違いありませんよ」 |
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信じられずお腹に手をやる梓。
宗介が梓の肩を抱く。 |
宗介 |
「どうした。妊娠したんだよ」 |
梓 |
「だってこんな簡単に……」 |
堀 |
「(モニターを示して)赤ちゃんはまだ小さくて映りませんが、これが赤ちゃんを包んでいる胎のうという袋です」 |
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梓、モニターの映った胎のうを見て涙が零れる。 |
宗介 |
「最近泣いてばっかりだな。涙腺緩みすぎだよ」 |
梓 |
「(泣きながら)だって感動することばっかりなんだもん」 |
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梓の涙を拭いてやる宗介。
微笑ましく見つめる堀。 |
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○ 同・産科医局 |
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明が入ってくる。
他の医師や看護師の中から堀を見つける。 |
明 |
「堀先生」 |
堀 |
「ああ。辻君、どうした」 |
明 |
「今日は三雲さんと北野さんの妊娠判定の日でしたよね?」 |
堀 |
「そうだよ」 |
明 |
「どうでしたか」 |
堀 |
「二人とも妊娠。さすがはゴッドハンド」 |
明 |
「そうですか」 |
堀 |
「三雲さんに関しては無理やり押し込んで悪かったね。今度改めて礼するから」 |
明 |
「いえ」 |
堀 |
「でも辻君の方から妊娠結果を聞きに来るなんて初めてじゃないか。どうしたの?」 |
明 |
「僕なりにちょっと気になったものですから」 |
堀 |
「そうだよな。何と言っても三雲病院の跡取りだもんな。でもこれでもし無事に子供が生まれたら辻君の将来は安泰だから」 |
明 |
「(感情なく)そうですね」 |
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○ 同・培養士室(夕方) |
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明、パソコンで文書を作成している。 |
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○ 同・産科医局(夜) |
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医師の姿はなく、数人の看護師が机仕事をしている。
やってきた明、一人の看護師に佐伯宛の茶封筒を手渡す。 |
明 |
「朝、佐伯教授が出勤されたら渡してください」 |
看護師 |
「はい」 |
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○ 同・職員通用口(夜) |
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明が出てくる。 |
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○ 聖成園内・朝子の家(夜) |
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明、呼鈴を押す。
ドアが開き、朝子が応対に出る。 |
朝子 |
「あら、どうしたの。こんな時間に」 |
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明。 |
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○ 聖成医大病院・屋上(夜) |
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明、聖成教会の屋根の十字架を見つめている。
そして、柵を乗り越えると、飛び降りる。 |
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○ 三雲家・庭 |
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有希が庭の片隅の石に語りかけている。 |
有希 |
「また兄弟が出来たよ」 |
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有希、小さい四つを一つひとつ手に取り、優しく愛おしく撫でる。 |
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|
○ 墓地 |
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梓、墓に手を合わせている。
目を開け、気配を感じて見ると、住職(八十)が微笑んでいる。 |
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○ 寺・本堂縁側 |
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茶を飲みながら庭を見ている梓と住職。 |
梓 |
「妊娠したんです」 |
住職 |
「それはおめでとう」 |
梓 |
「実はまだ信じきれないんですけど、母に報告すれば現実になるかなと思って」 |
住職 |
「うんうん」 |
梓 |
「妊婦は墓に行ってはいけないとどこかで聞きましたけど」 |
住職 |
「死んでしまった人も生きている人もこれから生まれてくる人もみんな旅人。寺は峠の茶屋」 |
梓 |
「またお茶を飲みに来てもいいですか」 |
住職 |
「大歓迎」 |
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幸せに微笑む梓と住職。 |
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○ 聖成医大病院・産科部長室 |
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佐伯と堀がソファーに沈むように座り、呆然となっている。
テーブルには明から佐伯宛の手紙が置いてある。 |
堀 |
「警察は今のところ事故か自殺か決めかねてるそうです」 |
佐伯 |
「これを見せれば答えは出るが、絶対に見せるわけにはいかない」 |
堀 |
「はい」 |
佐伯 |
「たぶん事実を知っているのは今のところ私達だけだろう。問題は三雲さんや北野さんにも同じように伝えたかどうかだ」 |
堀 |
「はい。伝えたとすれば手紙でしょう。電話で伝えたならとっくに三雲なり、北野さんからリアクションがあるはずです」 |
佐伯 |
「そうだな。三日待って何もなければ伝えなかったと判断していい。それならば知っているのは私達だけだ」 |
堀 |
「はい」 |
|
佐伯と堀、考えを巡らす。 |
佐伯 |
「予備の凍結胚はないんだね?」 |
堀 |
「はい。辻は排卵誘発剤を嫌っていましたから、常に卵は一つでした」 |
佐伯 |
「どっちにしろ、お腹の中の子で調べるしかない」 |
堀 |
「絨毛検査…ですね」 |
佐伯 |
「だが難しい。それが出来るのは日本では二、三か所だろう。仮にやってもらうとしても、検査する本当の理由を言うわけにはいかない。誤魔化すにしても三雲さんには通じない」 |
堀 |
「北野さんしかいませんね」 |
佐伯 |
「(頷いて)出来るか」 |
堀 |
「やるしかないんですよね」 |
佐伯 |
「頼む」 |
堀 |
「はい」 |
佐伯 |
「百パーセント確実に取り違えているなら、全てを明らかにして、どんな批判でも罰でも甘んじて受け入れる。でも五十パーセントの確率で、ただの取り越し苦労だ。だが取り違えた可能性があるかもしれないと公表した時点で、私達もこの病院も終わりだ」 |
堀 |
「はい」 |
佐伯 |
「考えれば考えるほど死んで逃げた彼の気持ちが分かるな」 |
堀 |
「私はアイツを許しません。アイツは移植する段階で取り違えている可能性があることを認識していた。それなのに黙って私達に移植をやらせた」 |
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やりきれない佐伯と堀、押し黙る。 |
佐伯 |
「……三雲さんは四回の妊娠で四回の流産だったね」 |
堀 |
「はい。不育症でしょう。原因は不明だそうです」 |
佐伯 |
「救いがあるとしたら一つはそれだ」 |
堀 |
「そうですね」 |
佐伯 |
「今回も流産したならその流れた子で調べよう。そうすれば少なくても北野さんの子が誰の子か分かる」 |
堀 |
「はい」 |
佐伯 |
「こんなことを考えている段階で、もう私達はすでに終わっているのかな」 |
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自嘲的に笑う佐伯。 |
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