「こんにちは、村井家の皆様 (4)」 小林 彩
第24回(平成23年)大伴昌司賞 佳作奨励賞受賞作



○ 村井家・浴室(朝)
  T 9月29日
制服に着替えている千晴、健人の背広から携帯を取り出し、なにやら操作する。
   
○ 通学路 
  千晴と聡子、一緒に登校している。
聡子  「昨日、ごめんね。電話でなくて」
千晴  「別に良いよ」
聡子  「で、何か手を打った?」
  千晴、聡子に向かって微笑む。
千晴  「ブランド女の番号とアドレス、着信拒否にしてやった。」
   
○ 商社系会社 
  デスクで健人、携帯をチラチラ気にしているが、連絡入らない。仕方ないので、定時で帰る支度をする。
   
○ 村井家・リビング 
  麗、晩ご飯の支度がやっと終わった所でほっとしている。チャイムの音がする。
麗  「! はーい」
  麗、玄関に出て行き、ドアを開ける。健人がいる。
健人  「……ただいま」
麗  「……お帰りなさい…」
   
○ 同・千晴の部屋 
  千晴、ドアを半開きにして、下の様子を聞いている。とても嬉しそう。未来
書いてある方の日記を開いて眺めている。
9月29日の欄には“帰ってきた時から大げんか。いい加減にして欲しい。”とある。そこで、携帯が光る。千晴、出る。
光村の声  「…何か、変わった?」
千晴  「どーも…。うん、最高の気分…」
 
○ ファミレス 
  T 10月7日
千晴と聡子、イチゴパフェとチョコパフェをそれぞれつついている。
千晴  「もう、日記の通りに全くならない。お父さんも早く帰ってくるし、お母さんもお酒少なくなったし」
聡子  「少し貰っていい? チョコ」
  千晴、自分のパフェを差し出す。
聡子、それをスプーンですくう。
千晴  「はぁー達成感で一杯だよ…って、聞いてないでしょ?」
  聡子、おいしそうに頬張る。
千晴  「イチゴ寄こせ!」
  聡子、得意そうにスプーンを軽やかに振る。
聡子  「聞いてる聞いてる。本当に良かった…でも、何だか気が抜けるな…未来って簡単に変わっちゃうんだ…」
  千晴、聡子を睨む。
聡子  「必死で変えたんでしょ!」
  睨む表情を崩さない千晴。聡子も表情を変え、睨む。そんな状況が可笑しく、急に笑い出す二人。
聡子  「で、次の生物。日記には何て?」
 
○ 改札付近 
  ウキウキして千晴、駅の改札から出てくる。
千晴  「!?」
  千晴とすれ違って駅に入っていく健人。千晴、もう一度改札に入り、後をつける。
健人  「!(急に走り出す)」
千晴  「お父さん!」
  健人、振り向く。
 
○ 駅前 
健人  「…千晴、何だ?」
  千晴、せっぱ詰まった表情。
千晴  「……お父さん、金村洋子と会うの……?」
  沈黙する健人。
千晴  「……否定してよ…」
健人  「…お前、俺の携帯に何かしただろ?」
千晴  「…ごめんなさい…でも、もう会わないで…」
健人  「人の携帯をいじる様な娘に育てた覚えはないぞ…」
千晴  「本当にごめんなさい。でも、お願い……」
健人  「お父さんにはお父さんの事情がある」
  冷然と答え健人、すっと行ってしまう。
千晴  「……」
 
○ 村井家・リビング 
  三人分の夕食が整えられているテーブル。台所に麗。千晴、帰ってくる。
麗  「お帰りなさい」
千晴  「ただいま…」
麗  「お父さん、遅いわね…何か知ってる?」
千晴  「ああ。残業だって…さっき電話が…先食べてよう…」
   
○ 同・千晴の部屋 
  千晴、爆音で音楽を聴いている。男性ヴォーカルの声に合わせ、口パクし、ギターの弾き真似をしている。音楽に合わせ時折、跳ねる。チャイムの音が聞こえる。千晴、真っ先に玄関に向かうべく、部屋を出る。
 
○ 同・階段 
  千晴、そおっと階段を降りる。
 
○ 村井家の玄関 
  ガチャガチャとドアを揺らす健人。千晴、急いでドアを開ける。健人、泥酔状態である。
健人  「帰ったぞぉー、千晴ちゃーん」
  靴が上手く脱げず、玄関に座り込む健人。千晴、見下ろす。
千晴  「止めたのに……酷すぎるよ…不倫相手に、会うなんて…」
  健人、わざとらしくおどける。
健人  「シーシー。あいつに聞こえるだろ?」
千晴  「…あいつって、お母さんのこと? …最低すぎ。お父さん」
健人  「最低ね…サイテーサイテー…それはよーーーく、分かってるんですよ? 悪かった! 千晴! 口実…言ってくれたろ? ん? 優しーな…」
  千晴、唇を噛む。
健人  お父さんも、分かってますっ。お前に余計なー、苦労かけてるのは……だから、別れたぞーーー!」
千晴  「(思いがけず)…え?」
健人  「(悪びれず笑う)えへっ…」
  健人、靴を脱ぎ捨て、ふらふら立つ。
健人  「でもなーー、お父さんも辛いのだよぉー。会社で色々、家庭で色々…人生ー、色々ー」
  千晴、心なしか、一歩下がる。
健人  「今日だって二年の付き合いを…棒に振ってきたんだ…褒められてもー。良いよなぁーー。二年だぞ!? 分かるか、千晴!」
  酔った勢いに任せて娘を抱きしめる健人。千晴、溜まらず拒絶する。
健人、玄関に尻餅をつき、娘の反応に、一気に目が覚めたような顔をする。
千晴  「…っ、そんな余裕があるなら、少しはお母さん気にかけてよ!」
  千晴、勢いよく家を飛び出す。唖然と見送るしか出来ない健人。
 
○ 同・リビング 
  麗起きて、下からの会話を聞いてた。
 
○ 坂道(夜) 
  寂しい通りを真壁、マウンテンバイクのハンドルにコンビニ袋をぶら下げ、なだらかな坂をゆらゆら漕いでいる。
真壁  「……!」
  後ろから千晴が通り過ぎる。真壁に気づかず、一心不乱である。
  真壁、靴も履かずに全速力で駆け下りる彼女を痛々しく思う。
真壁  「…」
  ゆっくり、坂の傾斜に任せ、彼女を追っていく。
 
○ 公園 
  公園にある花壇のヘリに腰を降ろし、うずくまっている千晴。パッと見、変わりないので、そのまま通り過ぎようとする真壁。
千晴  「……!(気配に気付いて、顔をあげる。)」
真壁  「(反応に困って)……よう?」
千晴  「…」
真壁  「!?」
  千晴、大声で泣き出す。おろおろする真壁。チワワを散歩させていた通りすかりのおばさん、携帯を急いで取り出す。
おばさん  「もしもし、警察ですか!?」
真壁  「え…?」
 
○ 交番 
  千晴と真壁、新任と年配の警官に向き合って座っている。机には缶コーヒーが二つ置いてある。千晴、まだ泣きやまない様子で、俯いている。
警官T  「で、何やってたの?」
  真壁、ふてぶてしく答える。
真壁  「…何も。通りかかっただけ…」
警官U  「隠していると、ろくなことないよ? さっさと言ってしまいな?」
真壁  「(キッパリと)やってないものはやっていません」
警官T  「本当に、本当?」
警官U  「(千晴に向かって)お嬢ちゃん、本当に、乱暴されたんじゃないんだね」
  千晴、無反応。警官、対応に困って頭を掻く。
警官U  「黙ってちゃ、分かんないよ」
真壁  「お巡りさん、息くさいよ…」
警官U  「黙りなさい!」
  警官U、「まったく…」と言いながら、日誌を書いている。
千晴、口を両手で覆い、大きな深呼吸をする。
男3人  「!?」
  固唾をのんで見守る中、三回、深呼吸する千晴。終わった後、サッと顔をあげる。
千晴  「(眼を擦りながら)すみません、お手間とらせてしまって…ああー。大丈夫ですし、この人は同級生で、ただ通りすがっただけです」
警官T  「どうして、泣いてたの? 他に…家で、何かあったのかな?」
千晴  「ご心配ありがとうございます。進路のことで、親ともめただけです。これから帰って話しますから…」
真壁  「……」
  千晴、無理して笑っている。
警官U  「分かった。じゃあ、帰りなさい」
警官T  「……あの」
  皆、警官Tに注目する。
警官T  「靴、何センチ?」
 
○ 交番前 
  千晴の足下、ブカブカの木のサンダルを履いている。
警官U  「気をつけて帰りなさい」
千晴  「…ありがとうございます…じゃあ」
  警官に見守られ、帰路につく二人。千晴のサンダル、地面に擦れるとカラカラ鳴る。交番から少し離れたところで千晴、口を開く。
千晴  「…どうして、いつもいるかな…真壁」
真壁  「お前と同じ沿線なの」
千晴  「あんた、朝早いから分かんないし… ああ、どっちにしろ最悪…こんな顔見られて」
真壁  「泣き顔?」
千晴  「これ…鼻水だし」
真壁  「(ちょっと笑って)…目から鼻水出るのか…」
  しばし、沈黙しながら歩く二人。
真壁  「泣くぐらいなら、止めれば。親にそこまで尽くす義理ないし」
千晴  「ムシが良すぎ…」
真壁  「正当支援だけ貰っとけ。あとは何も望まない…」
  千晴、真壁の言葉にむっとする。
千晴  「……そんなの嫌だ」
真壁  「あんたのそのこだわり。恐ろしいほど愚直で、ある意味、尊敬するね」
千晴  「褒めてる様には、思えないんですけど…」
真壁  「けど、俺はやっぱり分かんない」
  淡々と問題をこなす真壁だったが語気が少し変わる。千晴、ふと真壁の方を見る。
千晴  「どうして」
真壁  「国立いけない息子はどうでもいいらしい」
千晴  「……アインシュタインは劣等生だったよ」
真壁  「大量殺人者だし」
千晴  「…(真壁の皮肉に笑う)あんたって、変」
真壁  「ありがとう」
千晴  「褒めてない」
  とぼとぼ歩く二人。
 
○ 村井家・玄関 
  千晴、そっと開ける。すると、麗、無言で抱きしめる。
千晴  「ただいま…ごめんね」
麗  「…お帰りなさい。お父さん、探しに行ったから、携帯に連絡してくるわ…」
  麗、リビングに去る。
   
○ 同・リビング(翌朝) 
  T 10月8日
千晴、部屋着で降りてくる。テーブルに何かメモの様なモノがある。千晴、メモを見て顔色を変える。
内容は“しばらく独りにして下さい。探さないで”千晴、自分の部屋に上がり、未来が書いてある日記を見る。
   
○ 同・千晴の部屋 
  一心不乱にめくって10月8日の欄を見ている。
千晴  「そんな……そんな…いなくなるなんて、書いてないじゃない…!」
  千晴、携帯と財布を引っ掴んで出て行く。階段を降りながら、電話をかける。が、寝室からバイブ音が聞こえる。
千晴  「……」
  両親の寝室に入ると、母の携帯がある。
千晴  「…(絶望して)どこ行ったの…」
  千晴、携帯を抱きしめる。
   
○ 電車内 
  普段着の麗、化粧もしないで、ボウッと窓を眺めて乗っている。
   
○ 大榮高校・三年D組教室 
  古文の授業中。教師がセンターの過去問を解説している。
古文教師  「この“あり”は、ラ行変格活用だ。他には何だ? そこ(女子生徒Tをあてる)」
女子生徒T  「をり、はべり、いまそかりです」
古文教師  「そうだ。じゃあ、復習だ。ありをりはべり、いまそかり。はい」
  生徒、「ありをりはべりいまそかり」と復唱する。
古文教師  「だから、ここの文章。『龍の頸に五色に光る玉あり』は、光る玉があります、となる。だから答えはイ」
  教師の解説に一喜一憂する生徒。
男子生徒T  「俺、玉が生きてるって回答しちゃったし…」
古文教師  「文脈を読めといつも言ってるだろ。知ってるぞ。お前、問題後半で鉛筆転がしてたのは」
  ドッと笑う生徒。
千晴  「……」
  呆然としている千晴、持っていた赤ペンが手から滑り落ちる。真壁、チラッと横を見る。
真壁  「おい…落ちた」
  真壁、ペンを拾う。
千晴  「確かに」
千晴、受け取る。
真壁  「…寝不足?」
千晴  「…問題ばっかり…」
  千晴、何も無かったように、解説を聞きペンで書き込んでいく。
真壁  「……」
   
○ 同・階段
  放課後。屋上へ続く階段。千晴、重い足取りで上がっていく。聡子、近藤と一緒に歩いていたが、千晴を見つける。
聡子  「(近藤に)…ちょっと待ってて。千晴!」
  千晴、無視して上がっていく。
光村  「……」
  上がっていく千晴を見つめる光村。
すると、千晴の携帯が鳴る。
   
○ カフェ(夕方) 
  光村秋枝(49)がたばこを吸いながら携帯をかけている。ベリーショートできつそうな美人である。
秋枝  「(携帯をかけ)……もしもし、ちーちゃん?」
   
○ 大榮高校・屋上(夕方) 
千晴ドアを開け、入ってくる。見事な夕焼け。
千晴  「久しぶり、秋伯母さん…今ちょうど、かけようとして……あ、お時間大丈夫ですか?」
秋枝の声  「(笑って)どこでそんな言葉、覚えたのー。大丈夫大丈夫」
千晴  「あの……お母…母の麗を知りませんか?」
秋枝の声  「今、独り?」
千晴  「はい……」
秋枝の声 「心配いらないわ…。お母さんは大丈夫よ…」
千晴  「え……」
秋枝の声  「大丈夫、って言ったの。ね?」
  千晴、伯母の言わんとしていることが分かる。
千晴  「………はい。母をよろしくお願いします。」
   
○ カフェ(夕方)
  引き続き千晴と話している秋枝。テーブルには自分のブラックコーヒーと、向こう側の席にアイスティーが置かれている。
秋枝  「ん…近々会おうね。連絡するわ、じゃあ」
  秋枝、携帯を切る。
秋枝  随分、大人になっちゃったのね、ちーちゃん…。あんたと違って…」
  テーブルの向こう側に麗が決まり悪そうに座っている。
「……姉さんに言われたくないわ」
  秋枝、一口コーヒーを飲む。
秋枝  「で、話中断しちゃったけど、旦那の不倫を知って逃げてきたのね」
麗  「違うわよ。私はただ…」
秋枝  「何? あんた、ちーちゃんが後ろめたいから黙ってたでも言うの? あんな良い子がそんなことするわけないでしょ。被害妄想もいい加減にしなさいよ」
麗  「ちょっと、相変わらずね。人の話聞きなさいよ!」
秋枝 「いいえー。言わせてもらう。大体、 あの人あなた向きじゃないって反対した のに結婚したのはあんたよ。背、収入、学歴高い三高だったけど、それだけ。頭空っぽのお坊っちゃん男。あんたはあんたで捨てられるのが怖くて束縛しまくって、果ては酒でブヨブヨ気味…しょうがないわね…ホント」
  麗の手、酒が切れたせいか小刻みに震えている。
秋枝  「それ、お酒のせい?」
麗  「…ここ二年」
秋枝  「何やってんの…あんた」
麗  「あの人ばっかり悪いんじゃないわ……私も…追いつめてしまったところあるし。それに束縛って、愛してるから するんでしょ?妻が夫を愛して、何が悪いのよ…」
秋枝 「あーーヤダヤダ」
  怒り気味の秋枝。タバコを潰し、もう一本に取りかかる。
麗  「…それに…不倫がショックだったんじゃないわ…」
秋枝  「…」
    
○ 村井家・千晴の部屋 
千晴、夢遊病の様にドアを開ける。ラジオをつけ、そのままベッドになだれ込む。携帯をかける。だが、出ない。何もかも憤りたくなる。
千晴  「!」
  壁に携帯を投げつける。ガシャンと壊れた音。
千晴  「……みんな、大嫌い」
   
○ カフェ 
「一番しんどいこと……あの子に全部背負わせてたって……今更ながら気付いたことよ…」
 
○ 村井家・千晴の部屋 
  千晴、そのまま寝てしまう。
   
○ カフェ 
麗、静かに泣き始める。
麗  「……」
  秋枝、麗の頭を撫でる。
   


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