○ 村井家・浴室(朝) |
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T 9月29日
制服に着替えている千晴、健人の背広から携帯を取り出し、なにやら操作する。 |
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○ 通学路 |
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千晴と聡子、一緒に登校している。 |
聡子 |
「昨日、ごめんね。電話でなくて」 |
千晴 |
「別に良いよ」 |
聡子 |
「で、何か手を打った?」 |
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千晴、聡子に向かって微笑む。 |
千晴 |
「ブランド女の番号とアドレス、着信拒否にしてやった。」 |
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○ 商社系会社 |
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デスクで健人、携帯をチラチラ気にしているが、連絡入らない。仕方ないので、定時で帰る支度をする。 |
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○ 村井家・リビング |
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麗、晩ご飯の支度がやっと終わった所でほっとしている。チャイムの音がする。 |
麗 |
「! はーい」 |
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麗、玄関に出て行き、ドアを開ける。健人がいる。 |
健人 |
「……ただいま」 |
麗 |
「……お帰りなさい…」 |
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○ 同・千晴の部屋 |
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千晴、ドアを半開きにして、下の様子を聞いている。とても嬉しそう。未来
書いてある方の日記を開いて眺めている。
9月29日の欄には“帰ってきた時から大げんか。いい加減にして欲しい。”とある。そこで、携帯が光る。千晴、出る。 |
光村の声 |
「…何か、変わった?」 |
千晴 |
「どーも…。うん、最高の気分…」 |
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○ ファミレス |
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T 10月7日
千晴と聡子、イチゴパフェとチョコパフェをそれぞれつついている。 |
千晴 |
「もう、日記の通りに全くならない。お父さんも早く帰ってくるし、お母さんもお酒少なくなったし」 |
聡子 |
「少し貰っていい? チョコ」 |
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千晴、自分のパフェを差し出す。
聡子、それをスプーンですくう。 |
千晴 |
「はぁー達成感で一杯だよ…って、聞いてないでしょ?」 |
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聡子、おいしそうに頬張る。 |
千晴 |
「イチゴ寄こせ!」 |
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聡子、得意そうにスプーンを軽やかに振る。 |
聡子 |
「聞いてる聞いてる。本当に良かった…でも、何だか気が抜けるな…未来って簡単に変わっちゃうんだ…」 |
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千晴、聡子を睨む。 |
聡子 |
「必死で変えたんでしょ!」 |
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睨む表情を崩さない千晴。聡子も表情を変え、睨む。そんな状況が可笑しく、急に笑い出す二人。 |
聡子 |
「で、次の生物。日記には何て?」 |
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○ 改札付近 |
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ウキウキして千晴、駅の改札から出てくる。 |
千晴 |
「!?」 |
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千晴とすれ違って駅に入っていく健人。千晴、もう一度改札に入り、後をつける。 |
健人 |
「!(急に走り出す)」 |
千晴 |
「お父さん!」 |
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健人、振り向く。 |
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○ 駅前 |
健人 |
「…千晴、何だ?」 |
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千晴、せっぱ詰まった表情。 |
千晴 |
「……お父さん、金村洋子と会うの……?」 |
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沈黙する健人。 |
千晴 |
「……否定してよ…」 |
健人 |
「…お前、俺の携帯に何かしただろ?」 |
千晴 |
「…ごめんなさい…でも、もう会わないで…」 |
健人 |
「人の携帯をいじる様な娘に育てた覚えはないぞ…」 |
千晴 |
「本当にごめんなさい。でも、お願い……」 |
健人 |
「お父さんにはお父さんの事情がある」 |
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冷然と答え健人、すっと行ってしまう。 |
千晴 |
「……」 |
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○ 村井家・リビング |
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三人分の夕食が整えられているテーブル。台所に麗。千晴、帰ってくる。 |
麗 |
「お帰りなさい」 |
千晴 |
「ただいま…」 |
麗 |
「お父さん、遅いわね…何か知ってる?」 |
千晴 |
「ああ。残業だって…さっき電話が…先食べてよう…」 |
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○ 同・千晴の部屋 |
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千晴、爆音で音楽を聴いている。男性ヴォーカルの声に合わせ、口パクし、ギターの弾き真似をしている。音楽に合わせ時折、跳ねる。チャイムの音が聞こえる。千晴、真っ先に玄関に向かうべく、部屋を出る。 |
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○ 同・階段 |
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千晴、そおっと階段を降りる。 |
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○ 村井家の玄関 |
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ガチャガチャとドアを揺らす健人。千晴、急いでドアを開ける。健人、泥酔状態である。 |
健人 |
「帰ったぞぉー、千晴ちゃーん」 |
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靴が上手く脱げず、玄関に座り込む健人。千晴、見下ろす。 |
千晴 |
「止めたのに……酷すぎるよ…不倫相手に、会うなんて…」 |
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健人、わざとらしくおどける。 |
健人 |
「シーシー。あいつに聞こえるだろ?」 |
千晴 |
「…あいつって、お母さんのこと? …最低すぎ。お父さん」 |
健人 |
「最低ね…サイテーサイテー…それはよーーーく、分かってるんですよ? 悪かった! 千晴! 口実…言ってくれたろ? ん? 優しーな…」 |
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千晴、唇を噛む。 |
健人 |
お父さんも、分かってますっ。お前に余計なー、苦労かけてるのは……だから、別れたぞーーー!」 |
千晴 |
「(思いがけず)…え?」 |
健人 |
「(悪びれず笑う)えへっ…」 |
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健人、靴を脱ぎ捨て、ふらふら立つ。 |
健人 |
「でもなーー、お父さんも辛いのだよぉー。会社で色々、家庭で色々…人生ー、色々ー」 |
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千晴、心なしか、一歩下がる。 |
健人 |
「今日だって二年の付き合いを…棒に振ってきたんだ…褒められてもー。良いよなぁーー。二年だぞ!? 分かるか、千晴!」 |
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酔った勢いに任せて娘を抱きしめる健人。千晴、溜まらず拒絶する。
健人、玄関に尻餅をつき、娘の反応に、一気に目が覚めたような顔をする。 |
千晴 |
「…っ、そんな余裕があるなら、少しはお母さん気にかけてよ!」 |
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千晴、勢いよく家を飛び出す。唖然と見送るしか出来ない健人。 |
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○ 同・リビング |
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麗起きて、下からの会話を聞いてた。 |
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○ 坂道(夜) |
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寂しい通りを真壁、マウンテンバイクのハンドルにコンビニ袋をぶら下げ、なだらかな坂をゆらゆら漕いでいる。 |
真壁 |
「……!」 |
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後ろから千晴が通り過ぎる。真壁に気づかず、一心不乱である。 |
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真壁、靴も履かずに全速力で駆け下りる彼女を痛々しく思う。 |
真壁 |
「…」 |
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ゆっくり、坂の傾斜に任せ、彼女を追っていく。 |
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○ 公園 |
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公園にある花壇のヘリに腰を降ろし、うずくまっている千晴。パッと見、変わりないので、そのまま通り過ぎようとする真壁。 |
千晴 |
「……!(気配に気付いて、顔をあげる。)」 |
真壁 |
「(反応に困って)……よう?」 |
千晴 |
「…」 |
真壁 |
「!?」 |
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千晴、大声で泣き出す。おろおろする真壁。チワワを散歩させていた通りすかりのおばさん、携帯を急いで取り出す。 |
おばさん |
「もしもし、警察ですか!?」 |
真壁 |
「え…?」 |
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○ 交番 |
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千晴と真壁、新任と年配の警官に向き合って座っている。机には缶コーヒーが二つ置いてある。千晴、まだ泣きやまない様子で、俯いている。 |
警官T |
「で、何やってたの?」 |
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真壁、ふてぶてしく答える。 |
真壁 |
「…何も。通りかかっただけ…」 |
警官U |
「隠していると、ろくなことないよ? さっさと言ってしまいな?」 |
真壁 |
「(キッパリと)やってないものはやっていません」 |
警官T |
「本当に、本当?」 |
警官U |
「(千晴に向かって)お嬢ちゃん、本当に、乱暴されたんじゃないんだね」 |
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千晴、無反応。警官、対応に困って頭を掻く。 |
警官U |
「黙ってちゃ、分かんないよ」 |
真壁 |
「お巡りさん、息くさいよ…」 |
警官U |
「黙りなさい!」 |
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警官U、「まったく…」と言いながら、日誌を書いている。
千晴、口を両手で覆い、大きな深呼吸をする。 |
男3人 |
「!?」 |
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固唾をのんで見守る中、三回、深呼吸する千晴。終わった後、サッと顔をあげる。 |
千晴 |
「(眼を擦りながら)すみません、お手間とらせてしまって…ああー。大丈夫ですし、この人は同級生で、ただ通りすがっただけです」 |
警官T |
「どうして、泣いてたの? 他に…家で、何かあったのかな?」 |
千晴 |
「ご心配ありがとうございます。進路のことで、親ともめただけです。これから帰って話しますから…」 |
真壁 |
「……」 |
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千晴、無理して笑っている。 |
警官U |
「分かった。じゃあ、帰りなさい」 |
警官T |
「……あの」 |
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皆、警官Tに注目する。 |
警官T |
「靴、何センチ?」 |
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○ 交番前 |
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千晴の足下、ブカブカの木のサンダルを履いている。 |
警官U |
「気をつけて帰りなさい」 |
千晴 |
「…ありがとうございます…じゃあ」 |
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警官に見守られ、帰路につく二人。千晴のサンダル、地面に擦れるとカラカラ鳴る。交番から少し離れたところで千晴、口を開く。 |
千晴 |
「…どうして、いつもいるかな…真壁」 |
真壁 |
「お前と同じ沿線なの」 |
千晴 |
「あんた、朝早いから分かんないし… ああ、どっちにしろ最悪…こんな顔見られて」 |
真壁 |
「泣き顔?」 |
千晴 |
「これ…鼻水だし」 |
真壁 |
「(ちょっと笑って)…目から鼻水出るのか…」 |
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しばし、沈黙しながら歩く二人。 |
真壁 |
「泣くぐらいなら、止めれば。親にそこまで尽くす義理ないし」 |
千晴 |
「ムシが良すぎ…」 |
真壁 |
「正当支援だけ貰っとけ。あとは何も望まない…」 |
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千晴、真壁の言葉にむっとする。 |
千晴 |
「……そんなの嫌だ」 |
真壁 |
「あんたのそのこだわり。恐ろしいほど愚直で、ある意味、尊敬するね」 |
千晴 |
「褒めてる様には、思えないんですけど…」 |
真壁 |
「けど、俺はやっぱり分かんない」 |
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淡々と問題をこなす真壁だったが語気が少し変わる。千晴、ふと真壁の方を見る。 |
千晴 |
「どうして」 |
真壁 |
「国立いけない息子はどうでもいいらしい」 |
千晴 |
「……アインシュタインは劣等生だったよ」 |
真壁 |
「大量殺人者だし」 |
千晴 |
「…(真壁の皮肉に笑う)あんたって、変」 |
真壁 |
「ありがとう」 |
千晴 |
「褒めてない」 |
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とぼとぼ歩く二人。 |
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○ 村井家・玄関 |
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千晴、そっと開ける。すると、麗、無言で抱きしめる。 |
千晴 |
「ただいま…ごめんね」 |
麗 |
「…お帰りなさい。お父さん、探しに行ったから、携帯に連絡してくるわ…」 |
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麗、リビングに去る。 |
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○ 同・リビング(翌朝) |
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T 10月8日
千晴、部屋着で降りてくる。テーブルに何かメモの様なモノがある。千晴、メモを見て顔色を変える。
内容は“しばらく独りにして下さい。探さないで”千晴、自分の部屋に上がり、未来が書いてある日記を見る。 |
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○ 同・千晴の部屋 |
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一心不乱にめくって10月8日の欄を見ている。 |
千晴 |
「そんな……そんな…いなくなるなんて、書いてないじゃない…!」 |
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千晴、携帯と財布を引っ掴んで出て行く。階段を降りながら、電話をかける。が、寝室からバイブ音が聞こえる。 |
千晴 |
「……」 |
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両親の寝室に入ると、母の携帯がある。 |
千晴 |
「…(絶望して)どこ行ったの…」 |
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千晴、携帯を抱きしめる。 |
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○ 電車内 |
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普段着の麗、化粧もしないで、ボウッと窓を眺めて乗っている。 |
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○ 大榮高校・三年D組教室 |
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古文の授業中。教師がセンターの過去問を解説している。 |
古文教師 |
「この“あり”は、ラ行変格活用だ。他には何だ? そこ(女子生徒Tをあてる)」 |
女子生徒T |
「をり、はべり、いまそかりです」 |
古文教師 |
「そうだ。じゃあ、復習だ。ありをりはべり、いまそかり。はい」 |
|
生徒、「ありをりはべりいまそかり」と復唱する。 |
古文教師 |
「だから、ここの文章。『龍の頸に五色に光る玉あり』は、光る玉があります、となる。だから答えはイ」 |
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教師の解説に一喜一憂する生徒。 |
男子生徒T |
「俺、玉が生きてるって回答しちゃったし…」 |
古文教師 |
「文脈を読めといつも言ってるだろ。知ってるぞ。お前、問題後半で鉛筆転がしてたのは」 |
|
ドッと笑う生徒。 |
千晴 |
「……」 |
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呆然としている千晴、持っていた赤ペンが手から滑り落ちる。真壁、チラッと横を見る。 |
真壁 |
「おい…落ちた」 |
|
真壁、ペンを拾う。 |
千晴 |
「確かに」 |
|
千晴、受け取る。 |
真壁 |
「…寝不足?」 |
千晴 |
「…問題ばっかり…」 |
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千晴、何も無かったように、解説を聞きペンで書き込んでいく。 |
真壁 |
「……」 |
|
|
○ 同・階段 |
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放課後。屋上へ続く階段。千晴、重い足取りで上がっていく。聡子、近藤と一緒に歩いていたが、千晴を見つける。 |
聡子 |
「(近藤に)…ちょっと待ってて。千晴!」 |
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千晴、無視して上がっていく。 |
光村 |
「……」 |
|
上がっていく千晴を見つめる光村。
すると、千晴の携帯が鳴る。 |
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|
○ カフェ(夕方) |
|
光村秋枝(49)がたばこを吸いながら携帯をかけている。ベリーショートできつそうな美人である。 |
秋枝 |
「(携帯をかけ)……もしもし、ちーちゃん?」 |
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|
○ 大榮高校・屋上(夕方) |
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千晴ドアを開け、入ってくる。見事な夕焼け。 |
千晴 |
「久しぶり、秋伯母さん…今ちょうど、かけようとして……あ、お時間大丈夫ですか?」 |
秋枝の声 |
「(笑って)どこでそんな言葉、覚えたのー。大丈夫大丈夫」 |
千晴 |
「あの……お母…母の麗を知りませんか?」 |
秋枝の声 |
「今、独り?」 |
千晴 |
「はい……」 |
秋枝の声 |
「心配いらないわ…。お母さんは大丈夫よ…」 |
千晴 |
「え……」 |
秋枝の声 |
「大丈夫、って言ったの。ね?」 |
|
千晴、伯母の言わんとしていることが分かる。 |
千晴 |
「………はい。母をよろしくお願いします。」 |
|
|
○ カフェ(夕方) |
|
引き続き千晴と話している秋枝。テーブルには自分のブラックコーヒーと、向こう側の席にアイスティーが置かれている。 |
秋枝 |
「ん…近々会おうね。連絡するわ、じゃあ」 |
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秋枝、携帯を切る。 |
秋枝 |
随分、大人になっちゃったのね、ちーちゃん…。あんたと違って…」 |
|
テーブルの向こう側に麗が決まり悪そうに座っている。 |
麗 |
「……姉さんに言われたくないわ」 |
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秋枝、一口コーヒーを飲む。 |
秋枝 |
「で、話中断しちゃったけど、旦那の不倫を知って逃げてきたのね」 |
麗 |
「違うわよ。私はただ…」 |
秋枝 |
「何? あんた、ちーちゃんが後ろめたいから黙ってたでも言うの? あんな良い子がそんなことするわけないでしょ。被害妄想もいい加減にしなさいよ」 |
麗 |
「ちょっと、相変わらずね。人の話聞きなさいよ!」 |
秋枝 |
「いいえー。言わせてもらう。大体、 あの人あなた向きじゃないって反対した のに結婚したのはあんたよ。背、収入、学歴高い三高だったけど、それだけ。頭空っぽのお坊っちゃん男。あんたはあんたで捨てられるのが怖くて束縛しまくって、果ては酒でブヨブヨ気味…しょうがないわね…ホント」 |
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麗の手、酒が切れたせいか小刻みに震えている。 |
秋枝 |
「それ、お酒のせい?」 |
麗 |
「…ここ二年」 |
秋枝 |
「何やってんの…あんた」 |
麗 |
「あの人ばっかり悪いんじゃないわ……私も…追いつめてしまったところあるし。それに束縛って、愛してるから するんでしょ?妻が夫を愛して、何が悪いのよ…」 |
秋枝 |
「あーーヤダヤダ」 |
|
怒り気味の秋枝。タバコを潰し、もう一本に取りかかる。 |
麗 |
「…それに…不倫がショックだったんじゃないわ…」 |
秋枝 |
「…」 |
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○ 村井家・千晴の部屋 |
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千晴、夢遊病の様にドアを開ける。ラジオをつけ、そのままベッドになだれ込む。携帯をかける。だが、出ない。何もかも憤りたくなる。 |
千晴 |
「!」 |
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壁に携帯を投げつける。ガシャンと壊れた音。 |
千晴 |
「……みんな、大嫌い」 |
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|
○ カフェ |
麗 |
「一番しんどいこと……あの子に全部背負わせてたって……今更ながら気付いたことよ…」 |
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○ 村井家・千晴の部屋 |
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千晴、そのまま寝てしまう。 |
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○ カフェ |
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麗、静かに泣き始める。 |
麗 |
「……」 |
|
秋枝、麗の頭を撫でる。 |
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