「こんにちは、村井家の皆様 (3)」 小林 彩
第24回(平成23年)大伴昌司賞 佳作奨励賞受賞作



○ 通学路(朝)
  T 9月18日
千晴、胸を張って登校。
 
○ 大榮高校・三年D組教室 
  チャイムが鳴る。千晴、ドアをガラッと開けると聡子、飛んできて、千晴の手を掴む。
聡子  「聞いて! お姉ちゃんの彼氏、超イケメンだった」
千晴  「うちも……お父さん、不倫してた…」
 
○ 同・屋上
屋上に入ってくる千晴と聡子、青空の下、日記を持ち出している。
聡子 「まさか、光村先生が未来人なんてね……」
  聡子、日記に興味津々。
聡子  「ねぇ、それが噂の未来予想図?」
千晴  「ドリカムか…」
  千晴、日記をさっと開く。よく見ると真壁、送風機に隠れ寝っ転がっている。雑誌ニュートンを読み、アニメの雑誌を傍らに置いている。
真壁  「…(読みながら、聞いている)」
聡子  「…9日後、母が爆発。原因、私の進路…」
27日に、“母爆発。原因、私の進路先”と書いてある。
聡子 「翌日、いつもより更に暴れる」
28日に母暴発と書いてある。
10月の欄になる。
聡子  「飛んで、10月の3日。母が何か勘付く。その後父を問いつめる。…そして父、帰らなくなる…」
  10月3日の欄に、“父失踪”と書いてある。
聡子  「12日、村井家崩壊…」
  12日の欄に“村井家、崩壊”と書いてある。
聡子  「見れば見るほど、黒家族計画ね」
  聡子、興味津々に日記を読む。
千晴 「…何してんの?」
聡子 「私のこと、もっと書いてないかなって…」
千晴 「(日記をぶんどる)プライバシー侵害!」
聡子  「…そういうことに…なるのか…」
  千晴、日記を持ち直す。
千晴  「……私、崩壊を止める…」
  聡子、興味津々な顔で聞く。
聡子  「で、どうするの?」
千晴  「…まずは、不倫を止めさせる……明日は?」
 
○ 電車内
T 9月19日
私服で地下鉄に乗る二人。千晴、ジーパンにティーシャツでリュックを背負っている。聡子はワンピースでバックを斜めから提げている。座席に座り、健人の会社までの地図をパソコンからプリントアウトしたものを眺めている千晴。時折地図を眺めながら、窓の外を見ている聡子。
聡子 「相手に、何て言うの?」
千晴  「…会ってから、考える」
 
○ 改札 
  改札を出て、歩く二人。
 
○ 会社(夕方) 
通りを挟んで、健人の会社がある。真向かいのカフェに入っていく千晴と聡子。
 
○ カフェ
  カフェにある時計は5時15分を指している。千晴と聡子、それぞれアイスコーヒーと、アイスティーを飲んでいる。千晴、リュックから名刺を取り出す。名前が女性名の、健人の会社とは別の会社のものである。
千晴、携帯をかける。
千晴  「……(かかる)…もしもし、私メディアコーポレーションの岡野真希と申します。金村様の連絡先は村井健人様から聞いた次第です。実は、少し会って お話したいのですが…はい。では、向かいのカフェの左奥の席で、お待ちいただけますか?はい、よろしくお願いします」
  千晴、電話を切る。
聡子  「やるー…!」
  聡子、何かに気付く。
千晴  「…聡子?」
少し離れたところに真壁がいる。
聡子、席を立って真壁の所に行く。よく見るとタバコを吸っている。
聡子 「おい、キモ真壁。何でここに?」
真壁 「…予備校、こっち方面」
 
○ カフェ(5時30分) 
  なぜか、三人一緒に座っている。
三人とも、課題を黙々とやっている。
千晴  「…(聡子に)…別に、こっち呼ばなくて良かったんじゃないの?」
聡子  「良いじゃん、時間まだあるし…真壁、理系の私大?国立?」
真壁  「私大…」
聡子 「あんた、文系科目は全然だしね」
真壁 「…そっちこそ、こんなとこまで何しに来たの?」
聡子 「千晴のことでちょっと…」
千晴  「ってか、そんなこと関係ないでしょ、あんた」
真壁  「父親の不倫相手とか何とかのこと?」
  真壁、シレッと言い放つ。
聡子  「!? ちょっ、なんで知ってるの?」
真壁  「女子って、ヒソヒソでも声でかいよ」
千晴  「! 屋上いたの? サイテー」
聡子 「うわ、やっぱり嫌な奴…」
真壁 ついでに言うと、タイムマシンとか、 担任代理が未来人とかあり得ないでしょ」
聡子 「……そこまで聞こえてたんだ…言わ ないでよ…変人扱いされるし…」
   聡子、アイスティーをすする。真壁、鼻で笑う。千晴、日記をめくってジッと見る。
千晴  「…明日の物理、浮力が出るよ」
真壁  「言ってろ、ノストラダムス」
聡子  「千晴、もうそろそろ…」
  聡子、そわそわし出す。
聡子  「………あの人かな?ほら」
ドアが開く。
真壁 「…(課題を止め、女性を見ようとする)……」
バックを持ち、ハイヒールを履いてバッチリ決めた女性がカッカッカッと、モデル歩きをしながら、入ってくる。千晴、みるみる顔が強ばる。
聡子  「あの人よ」
真壁  「……美人だな…」
聡子  「と言うより、ブランド女」
千晴  「……!」
  千晴、レシートを持って店を出て行く。
真壁  「どーしたんだ?」
聡子 「あれは…逃げたな」
聡子、アイスティーの中の氷を混ぜる。
 
○ 大榮高校・廊下 
  T 9月20日
千晴、歩いている。すると、光村が向こうから歩いくる。千晴、光村に気付く
光村  「…どうだったの? 昨日」
千晴  「(ムキになって)うるさい!」
  千晴、急に走り出す。光村、その後ろ姿を見送っている。
 
○ 同・物理教室
真壁、配られた小テスト問題を見て絶句している。浮力の問題である。光村、問題を解説している。浮力の解答説明である。それを無視して席の一番後ろに千晴を中心にして右に聡子、左に真壁が座ってる。
真壁 「マジ浮力出た」
聡子  「信じる気になったの?」
真壁  「来週、何出るの?」
千晴  「って、それ目当て?」
真壁  「しかし、逃げるかな」
千晴  「あれは…置き去りにしたの」
真壁  「でもさ、まだ、信じられないんだけど…本気でタイムリープとか、そう 言う類の現象だって言い張るの? いまの科学で光 速突破とか不可能だし」
千晴 「(日記を指さしながらコンコンと叩く)でも、こうなったでしょ?」
真壁 「あり得ない」
千晴 「……どうしてさ」
真壁  「常識的に考えてみろよ。人工的に加速された粒子で、やっと光速より少し 遅い速度がやっとなんだぞ?まして、お前みたいな人間一人、光速突破したら相対性理論より、アインシュタイン定数 を五万と仮定すると、お前の体重は五万倍になる」
聡子  「自分の体重の五万倍になるとか、考えたくない……」
真壁  「ごくごく小さい粒子でさえ、加速器 は三キロ以上の長さがいるんだ。まして、人間レベルを加速させる機械はこの世に はない」
千晴  「夢も無いのに、相対性理論を語るな」
  真壁、問題の解説をしている光村をじっと見る。よく見ると美人である。
真壁  「本当に…未来人か…?」
そこで千晴を見る真壁。
真壁 「…で、あれがお前か?」
千晴 「ちょっと、どういうつもりで見てんのよ?」
  聡子、手に顎を乗っけて光村を見ている。
聡子  「(ニヤニヤしながら)分かる。私も未だ半信半疑だし…」
  改まってキッと、千晴を見る聡子。
聡子  「これから、どうする? とにかく逃げっぱなしはまずいでしょ」
千晴  「!?」
 
○ 公衆電話
T 9月21日
千晴、公衆電話ボックスの中に入っている。聡子、その外で待っている。
聡子 「ここからかければ着信拒否されないわ。で、ブランド女に会って正々堂々言う。父と別れてくださいと…」
千晴  「(電話をかけながら)…何か、トレンディドラマっぽい…」
  千晴、待っている
洋子  「…はい、もしもし」
千晴  「私、村井千晴と申します。父のことでお話があります。会ってお時間いただけませんか?」
  公衆電話の向こうでブツッと切れる。
千晴  「…」
 
○ 大榮高校・職員室
光村、お茶を飲んでいる。そこへ、千晴、ガラッと開け光村のもとに向かう。唖然とする光村。
千晴  「…逃げられた」
光村  「……もっと追いつめれば?」
  千晴、すっ飛んで出て行く。光村、くすりと笑う。その様子を見ていた教師、尋ねる。
数学教師  「どうしました? 光村先生」
光村  「…私って、あんなにまっすぐだったかなって…」
数学教師  「?」
   
○ 大榮高校・三年D組の教室
T 9月22日
昼休みに集まっている三人。
聡子  「…正攻法は、ダメだった……お父さんに当たってみる?」
千晴  「いや、それはなるべく避けたいな…」
  千晴、一考している。
千晴  「……真壁」
真壁  「!?」
千晴  「情報の成績、良かったよね?」
   
○ インターネットカフェ
千晴と真壁、一つのブースに一緒に入っている。
千晴  「まさか、真壁が手伝ってくれるとは…」
真壁  「推薦とれてヒマなの」
  しばし、沈黙。
千晴  「何か飲む?取ってこようか」
真壁  「結構」
千晴  「あっそう」
千晴だけ取ってくる。真壁、座って大きくため息。それからもの凄い勢いで打ち込み始める。手元にメモ。千晴、後ろでアイスコーヒーを飲んでしげしげ眺めている。
千晴 「……」
メールフォーマットが出来ている。内容は“お前のことは全部知っているぞ。金村洋子。村井健人と別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ別れろ。ついでに呪われてしまえ。”  と恨みつらみが延々と書かれている。
千晴  「さすが…ブラインドタッチ…」
  打ち終わって真壁、黙考している。
真壁  「…後は、お前やれよ?」
  真壁、サブバックを取って帰ろうとする。
千晴  「(即断で)分かった」
真壁  「!?」
千晴、送信ボタンを押す。真壁、そそくさブースを離れる。
真壁 「躊躇ねぇな」
   
○ 大榮高校・校庭 
  T 9月27日
生徒達の群れをぬって、嬉しそうに歩く千晴。アイポットは聞いてない。
   
○ 同・物理教室 
  黒板には、“次にあげる漫画『ドラえもん』の道具のうち一つをあげ、実現可能か否かを物理的根拠をあげて照明せよ”
光村、実習問題を説明している。
今度は板書しながら、会話している三人。
聡子  「それから毎日、嫌がらせメール送ってるわけ? ネットカフェから」
千晴、面白がって笑う。
千晴 「結構、気持ちいいよ…相手、やりこめるの…」
聡子 「むこうがアドレス、変えたらどうするの?
千晴  「また見るわ、父の」
真壁  「敵は身内にあり……」
聡子  「まさに!」
  光村、解説を終える。
光村  「じゃあ、解説終わったところで、小テスト、返そうかな?」
  騒ぐ生徒。そんな彼らをよそに、あいうえお順に呼ぶ光村。
光村 「勝田…えーと、聡子」
聡子 「あ、私だ」
聡子、光村のもとに向かう。
  千晴と真壁、取り残される。真壁、ぽつりと呟く。
真壁  「しかし、分かんないな…そこまで大事にするのか…」
千晴  「…どういう意味よ…」
真壁  「…所詮、離婚を食い止めたとしても …家族ごっこじゃね?」
  千晴、鋭く睨む。
千晴  「…未成年喫煙者にとやかく言われたくない……」
聡子、戻ってくる。
聡子 「どうしたのよ? 千晴」
千晴 「…別に」
  光村、テストを配る手を止め、三人の方をキッと見る。
光村  「そこの、三人!!」
三人  「!?(気付いて前を見る)」
  光村ニヤニヤしている。
光村  「授業が退屈かな?」
三人  「楽しいです」
   
○ 村井家・リビング
千晴、麗、健人がいる。大学紹介本と成績表が置かれている。
千晴  「……」
麗  「すごいじゃない。ねぇ」
  麗、成績表を健人に渡す。
千晴  「結構、頑張ったんだ」
  健人、一通り眺めて言う。
健人  「…良いんじゃないか。この調子で頑張れよ。志望校はここに上げている大学だけか?」
千晴、慎重に答える。
千晴 「そう…とりあえずは…」
健人 「願書、書いたら見せなさい。振り込みとか関係しているところは、こっちで書くから…」
  そう言って席を立つ。
千晴  「お父さん、ちょっとまだ話が…」
  その健人に麗、一方的に怒る。
「ちょっと、それだけ? 娘に何かもっと、言うことないわけ」
健人 「成績も文句なしだ。他に何をいえって言うんだ?」
「ちょっとは気にかけなさいよ! 自分の娘でしょ!?」
健人  「気にかけてるだろ? 何が気にくわない?」
麗  「よく言うわよ。自分より優秀な娘に何を話せば良いか分からないって言ってたじゃない! 」
  この言葉に健人、カチンとくる。
健人 「それは千晴に関係ないだろ!!?」
千晴 「……ちょっと…落ち着いてよ、二人とも…」
健人 「大体、金を出しているのはこっちだ! 養われてるだけなら、それらしくしていろ!」
麗  「だったら、ちゃんと話してくれなきゃ分からないわ!!」
千晴  「…(堪らない)…」
  逃げるように、成績表と大学紹介本を引っ掴んで千晴、階段を駆け上がる。
 
○ 村井家・千晴の部屋(夜)
千晴、日記を確認する。
千晴  「…変わってないよ…」
  電話をかける千晴。
千晴  「出てよ…聡子……」
アナウンス 「この電話は、電波の届かない 所にあるか、電源が入っておりません…」
 
○ 大榮高校・図書室
  T 9月28日
千晴、自習スペースで勉強している。そこへ、光村が来て向かいに座る。千晴、手を止め光村を見る。
千晴  「…私にGPSでもついてるの?」
光村  「以前の私も、この日はここにいた…」
千晴 「…嘘…」
光村、持っていた答案を採点し始める。千晴、唇を噛む。
千晴 「……あと、半月切っちゃった…」
光村  「それに、落ち込んでいる時はここにいたし…」
千晴  「…聞き忘れたことがある」
光村  「何?」
千晴、光村の目を覗き込む。
千晴 「…崩壊の日、どうしてお母さん知ってたの? お父さんの不倫のこと…」
光村、採点の手を止める。
千晴  「植え付けられた記憶が断片的だったから、そこら辺、分からない…」
光村  「…私が、母に喋ったの」
千晴 「どうして?」
光村 「父の不倫を知ってから罪悪感がどん どん重くなったのもあるけど…それよりも…」
千晴 「…?」
光村  「あの二人なら、乗り越えられるとどこかで思ってた…」
千晴  「(苦笑して)期待しすぎじゃない?」
光村 「それまでの17年の内、半分以上は 私達…幸せだったから…」
 千晴、同感して反論できない。苦し紛れに持っていたペンを回し始める。
光村 「あなたは…絶対、言わないでね。母には…」
  光村、テストを持って立ち上がる。
千晴  「待って!」
光村、立ち止まる。
千晴 「…家族のことは置いておいても……私の人生、変えにくるほど悲惨?」
光村 「渡した日記で、五年分は分かるわ」
    
○ 村井家・千晴の部屋 
千晴、部屋に入ってくるなり、サブバックを落とし、右往左往する。
千晴 「……(バッグを気にする。)」
千晴、バッグを開き日記を取り出し読む。
千晴の声  「2010年11月、2日。父は以後、帰ってこなくなる…」
  ×     ×     ×
アメリカから送られてきた写真を見ている光村。留学先で楽しそうな聡子の写真。
光村の声 「2013年、8月20日。聡子がアメリカに留学。唯一の親友が海を渡った。堪らなく寂しい」
×     ×     ×
  自宅に帰ってくる麗。入ってきてもう酒を飲み始める。
光村の声  「2014年3月。母、2度目の緊急入院。集中治療を再度、勧めるが聞いてくれない。私との会話もちぐはぐで、誰と話しているか時折分からなくなる。母はどこ…」
×     ×     ×
大きなホールで記者会見をしている光村とその同僚。光村、笑顔を取り繕っている。
光村の声 「今日、念願のタイムマシンが完成。これによりまた人類は新たな一歩を踏み出し、私は莫大な利益を得るだろう」
  ふと、影が差した光村の表情ズームアップ。 
光村の声  「しかし、私はやるせなくてしょうがない…」
×     ×     ×
千晴 「…!」
千晴、勢いよく本を閉じ、脇に投げる。日記、壁に当たる。
   
○ タイムマシン内部 
  狭い空間に顔を埋め、縮こまっている光村。
   
○ 村井家・千晴の部屋 
  千晴、その視線の先に日記。
千晴  「…こんなの…最悪」
   


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