「こんにちは、村井家の皆様 (2)」 小林 彩
第24回(平成23年)大伴昌司賞 佳作奨励賞受賞作



○ 大榮高校・廊下
  千晴、授業中で静まりかえった廊下を呆然と歩いている。三年D組の教室の前で止まる。後ろのドアを開けると
数学の授業中。何人かは気をとられ、千晴を見るが、再び机に向かう。
数学教師  「おい! 村井」
千晴  「はい」 
数学教師  「どうした? もう三時間目だぞ」 
千晴  「…すみません。寝坊で…」
数学教師  「気をつけろよ。受験は、日々の 健康管理も大事だぞ」
  千晴、ペコリと頭を下げ、そっと後ろにある自分の席に着席する千晴。隣に座っている真壁達也(17)。メガネをかけ、少し伸びた寝癖のついた髪で神経質っぽく眉を寄せていたが、千晴の姿を認め、参考書から目を離す。 
真壁  「(千晴を凝視)…重役出勤ですか…」
千晴  「(隣に気付いて)真壁、今あんたと喋っているヒマないの」
真壁  「……(再び問題に眼を向ける)」
  千晴、サブバックから教科書とノートを出す。手帳もそっと取り出す。
数学教師  「だから、ここで余弦定理を用いて……」
  千晴、教師の顔をチラッと見て後、手帳の9月のページを開く。16日に父の不倫発覚、17日に聡子の姉、彼氏を連れてくる。19日、不倫相手を見る。21日不倫相手を確認。27日に母が憤る。
10月に入って、父帰らなくなる、と先ほど聞いた内容をもの凄いスピードで書いていく。
千晴の声  「一ヶ月後には……崩壊……」
  10月12日に“村井家、崩壊”と書く。
教室、カリカリと板書している周囲とは浮いて、呆然としている千晴。遠くでチャイムの音。
   
○ 同・校庭 
  学年集会のため待っている生徒。担任がいないので、少々ざわついている。暫くこないと見て千晴、反対側にいる聡子の方へ向かおうとするが、真壁に声をかけられる。
真壁  「すげースピードで、何書き込んでたの?」
千晴  「見んなよ」
真壁  「視界にいれるなよ。じゃあ」
千晴  「…悪うございましたね」
  千晴、聡子の方に向かう。
聡子  「千晴! さっきはゴメン」
  千晴、内心イラッとするが、話を合わす。
千晴  「こっちこそ、邪魔してゴメン…」
  一番前にいる聡子の隣にが空いているので座る千晴。
聡子  「さっき何か言いかけてなかった?」
千晴  「あのさ」
聡子  「何…」
千晴  「絶対、引くと思うけど……聞いてくれない?」
聡子  「引かない引かない。いつも私ばっかり喋りまくってるし、聞きますよー」
  聡子、聞く姿勢をとる。
千晴  「とにかくっ! 聞いて、あのさ……」
  その瞬間、三年D組の方へ向かってくる女性。めがねをかけ、スーツで髪を後ろに束ねた光村が入ってくる。
生徒、キョトンとする。
光村  「はーい。どうも」
男子生徒T  「先生、何者?」
光村  「どうも、ピンチヒッターです」
  ざわめく生徒。
千晴  「……嘘」
  千晴、聞き覚えのある声に、身構える。電話の相手である。
光村  「ええー、緑川先生が入院したのは聞いてるよね?先生が休まれている間、 物理と3年D組の担任やります光村ちはるです」
聡子  「女の先生で物理って、珍しい」
光村  「偏見だぞ? 気をつけろ。ま、とにかく、これから短い間だけどよろしくお願いします」
  千晴、何気なく光村を見つめる。光村それに気付く。
光村  「何か、問題があるかな?」
千晴  「大ありです」
  光村、千晴の言葉を聞かなかった様に話を続ける。
光村  「はい、次の時間は物理だから、早速 よろしくね。学習は勿論。進路のことで 相談がある人は相談して下さい。力になります」
男子生徒T  「先生、助けてください。この ままじゃ、どこも受かりません。」
  ドッと笑う生徒ら。
光村  「じゃあ、後でね」
千晴  「聡子、先行ってて(聡子と離れる)」
聡子  「ちょっ…千晴!」
  千晴、移動する生徒の波に逆らい、光村に近づく。光村、千晴を待っていたかのように、穏やかな微笑み。
光村  「…問題とは?」
千晴  「…話があります。放課後、空いてますか?」
   
○ 商店街 
  千晴と聡子、一緒に下校中。 
聡子  「で、いきなり自分の携帯に未来人からメッセージかかってきたって、思っているわけ?」
千晴  「信じてないでしょ?」
  聡子の携帯着信音。真っ先に携帯を開くニヤニヤしながら話を聞いている。
聡子  「メール、ゲット」
千晴  「……だってその人、私の家族のこととか、あんたのことまで知ってたんだよ?」
聡子  「…見せて。手帳」
  携帯を手に持ったまま聡子、千晴の手帳を開き、内容を読んでいる。
聡子  「ちょっと、なんでうちのことが書いてあるの!? 17日!」
千晴  「え…(覗き見て)…“聡子の姉さん彼氏を連れてくる”?」
聡子  「(呆れて笑う)…ないない! ウチのお姉ちゃん、婚活キョーミないし」
千晴  「からかって、こんなこと言わないし……」
聡子  「大体千晴、両親の内戦に興味なさそうだったけど…いきなり気にするって、どういうこと?」
千晴  「だって…」
  ×     ×     ×
  ―――千晴の回想
屋上のドアに立ち入り禁止の看板。
その向こう側で話している千晴と光村。はるか向こうにタイムマシン。
千晴、狼狽して光村の前を右往左往しながら尋ねる。
千晴  「…まず…光村先生。私の番号どうして知ってんの?」
光村  「090-3141-5926。覚え方は円周率下8ケタ。でしょ? 」
  図星で千晴、黙っている。光村、
構わず話を続ける。
光村  「覚えているでしょ? 昨日の内戦」
千晴  「……あれでうちは、終戦かと思った」
  千晴、訝しげに尋ねる。
千晴  「……先生、何で?」
光村  「私の苗字、両親が離婚する前は── ─村井」
千晴  「!?」
  千晴、予期しなかった答えに目を白黒する。
千晴  「……意味わかんないんだけど」
  光村、哀しそうな顔で微笑んでいる。
光村  「元々、物理は得意でしょ。だから、 私…あなたか。将来、そういう分野を研究する仕事について、とうとう完成させたの。タイムマシン」
  光村、屋上のヘリに腰掛ける。
千晴  「…で、何しに来たの?」
光村  「これ、盗んできたの。私の家族を崩壊させないために」
千晴  「…未来から来たの?」
光村  「ええ……。私はあなた」
  光村にっこり笑って、千晴を見上げる。
光村  「……あんたが、変えてよ? 私達の未来」
  光村、千晴に日記のようなものを渡す。
千晴  「…?」
  千晴、しげしげと日記を眺める。
  ×     ×     × 
聡子  「速攻返事しないと、怒るし。アイツ」
  聡子、メールを打ち始めている。
千晴  「それでさ…」
聡子  「ゴメン、これからファミレスで会って、勉強デートなんだ」
  聡子、走って消える。
 聡子  「(去り際に)じゃあね」
千晴  「バイバイ…」 
  千晴、手を振る
千晴  「(自嘲気味に笑う)…信じてないな」 
   
○ 村井家・千晴の部屋 
  T 9月16日
千晴、参考書を開いて勉強している。そこへ、階下で電話が鳴る。
千晴  「!?」
  千晴、立ち上がる。 
   
○ 同・リビング 
  来る千晴、電話を取る。 
千晴  「もしもし……あ、お父さん」 
健人の声  「千晴か? 実は、遅くなりそうなんで、よろしく」 
  ぶっきらぼうに答える千晴。
千晴、嫌な予感がして黙ったままである。
千晴  「……携帯は?」
健人の声  「家に忘れちゃってさ、そう言う ことだから」
千晴  「……お母さんに、代わる」
健人の声  「(苛々して)…お前から言ってくれ。そうすれば、母さん機嫌良いだろ?」
千晴  「……分かった。今度、進路の話を聞いて欲しいんだけど…」
健人の声  「分かった。じゃあ、明日」
千晴  「本当?うん。早く帰ってきてね。じゃあ」
  千晴、受話器を置く。 
   
○ 同・健人と麗の寝室 
  そっと開け、ベッドの周りを探す。
すると、ベッドサイドのナイトテーブルに父の携帯がある。 
千晴  「…宿題前に、確認するだけ…そう、確認を…するだけよ…」
  独り言を言いながら千晴、着信記録をチェックする。 
千晴  「…メールが11件、着信が10件も入っている…」 
  リビングを気にしながら、更に着信履歴を確認する。“金村洋子”とある。その瞬間、携帯なり出す。慌てて出る千晴。 
洋子の声  「健人ぉー? もう、洋子着いちゃいましたー。もう、メニュー来てるしー。 ねぇ、カニ食べようか? それとも、エビ?」
千晴  「…」 
洋子の声  「健人?」
千晴  「……呼び捨てですか?」 
  向こうから電話が切れる。改めて呆然とする千晴。 
麗  「千晴?」 
千晴  「(ギクッ) あ、お母さん」 
  千晴、健人の携帯を後ろに隠す。
麗  「どうしたの? 何してんの?」 
千晴  「お父さん、遅くなるって電話あったから、知らせたくて…(内心、狼狽)」
麗  「そう。理由は?」
  千晴、一瞬答えにつまる。
千晴  「残業だって」
  麗、一瞬にして不機嫌になる。
麗  「本当かしらね?」
千晴  「嘘じゃないよ。そう言ってた……」
   
○ 同・千晴の部屋 
  千晴、手帳を確認。 
千晴  「…当たってるよ…」 
   
○ 同・リビング(夜) 
  千晴、部屋着に着替えている。
千晴と麗。向かい合って座り、夕飯を食べている。
麗  「……」 
  麗、明らかに機嫌が悪い。用意した食事もろくに箸をつけない。千晴、おそるおそる麗に尋ねる。 
千晴  「お母さん、ご飯食べなって…」
麗  「…ああ」
千晴  「最近、ろくに食べてないでしょ?」 
麗  「そうね…しっかりしなきゃ」
  千晴、麗が箸を付けたのを確認し、タイミングを見計らって話し出す。
千晴  「…言ったっけ? 聡子に彼氏が出来た…」
麗  「本当に? あなたはいないの?」
千晴  「…(はにかんで)ありえないし…クラスの男子って、何考えているか分からない。口を開けば勉強できない、って喚いてるか、馬鹿話しているだけだし…」
麗  「あら、聡子ちゃんとられて悔しいの?」
  千晴、虚をつかれ嫌な顔。 
千晴  「そういう勘の良さは、求めてないんだけど…」 
麗  「…聡子ちゃんは、彼氏が出来て舞い上がってるだけよ…まぁ、ゆっくりいきなさい」
  千晴、優しい慰めに微かに笑う。 
   
○ 同・リビング 
  寝間着姿の麗。静かに黙って梅酒を飲んでいる。その視線の先に携帯がある。
   
○ 同・千晴の部屋 
  千晴、携帯に手を置き、トントンと叩いている。突然、光る携帯。恐る恐る出る千晴。
千晴  「……もしもし…」
光村の声  「私の言っていること、信じてもらえたかしら?」
千晴  「……私があなたで、あなたが私…」
光村の声  「…なんだか、童謡でそんな歌あったわね?(笑う)」
  千晴、大きく深呼吸する。 
千晴  「…今、どうしてるの?お父さんとお母さん」 
光村の声  「父は…。別の家族を作って二児の子持ち。母はお酒と手が切れなくて… アル中…」
千晴  「…本当に崩壊するんだ」 
  千晴、携帯を持ちかえる。 
千晴  「…どうして、自分でやらないの?」
光村  「未来人には、色々制約があってね…」
千晴  「タイムパラドックス的な問題?」 
光村  「(意味深に笑って)そう思ってくれて構わないわ」 
  千晴、決意の表情。
千晴  「…私、やるわ。村井家を崩壊させない」
光村の声  「…渡したもの、読んだ? 役に立つと思う」 
  電話が切れる。千晴、自分のバッグを調べ、貰った日記を調べる。 
千晴  「…うわ…」 
  5年後まで内容が書いてある。テストの内容までびっしりである。 
千晴  「頑張りますとも…」 
   
○ 同・両親の寝室 
  健人、独りで寝ている。
   


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