「こんにちは、村井家の皆様 (1)」 小林 彩
第24回(平成23年)大伴昌司賞 佳作奨励賞受賞作



【登場人物】
村井千晴(18)
村井麗(43〜55)
村井健人(45)
勝田聡子(17)
真壁達也(18)
近藤敦(17)
金村洋子(37)
光村秋枝(49)
キャリアウーマン光村(29)
緑川治(50)
高校二年生
千晴の母。専業主婦
千晴の父。サラリーマン。
千晴の親友でクラスメイト
千晴のクラスメイト
聡子の彼氏
健人の愛人
麗の姉で千晴の伯母。
物理と千晴のクラス(三年D組)の代理教師。
大榮高校三年D組担任 



○ トンネルの内部
  T 2022年
延々と広がる闇。風が静かに呻っている。下をパイプが三本、絡み合いながら延びている。その上を浮いたり沈んだりフワフワしている卵形の物体はタイムマシン。そのフォルムが時折、明滅する。埋め込まれた青色発光ダイオードである。
   
○ タイムマシン内部
  白いワイシャツにジーンズという出で立ちの光村(29)が、操作している。人工合成された声が、機器の扱いをナビゲーションしている。 
光村  「……」 
×     ×     × 
  ―――光村の回想
リビング。散らかった酒缶をゴミ袋に入れ、片付ける光村。そんな彼女をよそに、静かに飲んでいる麗(43)。光村、拾い終え片付ける。 
光村  「(麗に向かって)…ほどほどに、しなよ…」 
  無視して飲んでいる麗。光村、ため息を吐き、バッグを手に取る。麗の方を向いて、話しかける。 
光村  「……行ってきます、母さん」 
  なおも無視して飲んでいる麗。
光村  「っ、返事くらいしてよ!」 
  光村、ゴミ袋を放る。 
光村  「……5年…まともな会話してないのよ…」 
  麗、反応せず飲んでいる。光村、耐えられず出て行く。 
光村  「私の…名前を呼んでよ…」 
  ×     ×     × 
光村  「…」 
  光村、鼻をすすり、目を瞑り、また作業に戻る。
空間360度のディスプレィがつながり、全てのボタンがタッチパネルになっている。ナビゲーションに合わせて、操作している人。ナビゲートは英語で行われている。 
ナビゲーター  「2010 year October. Find the cooridenates ...The city is located at 125 degress minutess of  east  logitude, latitude 35 degress 45 minutes north.
(年度、2010年。10月。お探しの 街の、座標を捜します…。東経125度、 北緯35,45度)」 
  全てのパネルが消え、黒くなるディスプレイ。一つの赤いボタンが浮かび上がってくる。“Are You Ready?”と表記されている。光村、ポンっとパネルに触れる。 
   
○ トンネルの内部
  光がタイムマシンに集積し、光が満ちる加速機の内部 
   
○ タイムマシンの内部
ナビゲーター 「Go」
   
○ トンネルの内部
  一瞬、燃え尽きた様に光ったかと思うと、消えているタイムマシン。内部は煙だけが充満している。
   
○ タイトル「こんにちは、村井家の皆様。」
   
○ 住宅街(夜)
  平均的な住宅が並ぶ穏やかな街並み。明かりはまばら。
   
○ 村井家・千晴の部屋(夜)
  T 2010年 10月12日の出来事
千晴  「……」 
  赤本が積まれた机がある。そこに響く女の叫び。ガラスの割れる音。それを聞くまいとしている村井千晴(17)。手元に置いてある日記のページが開かれていて、10月12日まで、びっしり書かれている。
ガシャンと何かが割れる音。千晴、堪らず立ち上がる。 
   
○ 同・リビング
  降りてくる千晴。村井麗(43)、右往左往しながら喚いている。 
麗  「知ってるのよ!? あなたが10月に 入ってからも、愛人と会っていたのは!? どういうつもりなの!二度と 見たくないわ!」 
健人  「…出来れば飲んでいる君とは話したくないな…」 
  健人、静かに生ゴミの袋を縛っている。 
麗  「何ですって!?」 
  千晴、息を殺して見ている。 
健人  「もう、ウンザリなんだよ…」 
  冷静に話す健人に、ますます憤る麗。 
麗  「ええ!そうね!! これ以上、私と千晴に関わらないで!! あなたの身勝手に振り回されるのも、沢山よ!!」 
  手元にある食器を健人に投げつける。健人の頬に欠片が当たる。血を拭う健人。 
健人  「別れよう……」 
  千晴、ショックで呆然となる。 
   
○ 村井家の屋根(夜) 
  村井と書かれた表札。その屋根に静かに降り立つタイムマシン。そこから
降りてくる光村ちはる(29)。屋根の上で青い光が明滅する。 
光村  「……」 
   
○ 同・千晴の部屋(翌朝) 
  着衣のままで横になっていた千晴、目が覚める。 
千晴  「…ダル重…」
  頭を乱暴に掻いた後、物憂げにけだるくスリッパを履き、サブバックに参考書・ノートなどを、がさつに詰めていく。
   
○ 同・廊下 
  千晴、おそるおそる寝室を覗く。健人はいない。
千晴  「……」 
   
○ 同・リビング 
千晴  「……」
  ガラスが跡形もなく、綺麗に片付いているリビング。しかし、生ゴミの袋は縛られていない。
テレビはつけたまま。スリッパを引きづりながら歩く。 
千晴  「…お母さんが片付けた……?」
  麗、テーブルに俯せになっている。 
千晴  「ねぇ、お父さん、やっぱり…」 
麗  「お父さん? 昨夜、出張から帰ってこなかった……」 
千晴  「……え?」
  千晴、訝しげにに思いながらも、俯せになっている母に毛布をかける。カウンターにある食パンを取り、朝食の支度をする。テレビがついていて、天気予報を報じている。
アナウンサー  「今日の関東地方は高気圧の 配置から、全体的に秋晴れが広がり、傘 の心配はいらないでしょう。では! 次に占いです! まず一位は牡牛座の
 あなた! 何もかも絶好調です。何か新しいことにチャレンジしたり、恋愛に おいても一歩踏み出してみてください! きっと、良いことがおこりますよ。お出かけに赤いモノを身につけると 効果て…」 
  テレビを消す。 
千晴  「…知らないクセに…よく言う…」
  パンが焼け、オーブンから取り出してバーターを塗る。
千晴、黙々とパンを食べる。 
   
○ 同・村井家玄関 
  千晴、家を出て行く。
千晴  「…行ってきます」
  返答は無い。ゴミを持ってゴミ捨て場に向かう千晴。無表情で捨てた後、サブバッグからアイポットを取り出す。 
   
○ ホーム 
  階段を上がって千晴、決まったルートを辿るように9号車の3番目のドアの位置に向かおうとするが、勝田聡子(17)がいる。千晴よりもスカートが短く、よく見ると爪もベースコートだが、マニキュアをして身綺麗にしている。彼女をを見つけ千晴、イヤホンを取ると聡子めがけて走っていく。 
千晴  「聞いて、聡子!」 
聡子  「うわっ! どうしたの?」
  すると、向こうから、近藤敦(17)がやってくる。長身で、髪をワックスで立てている。聡子を見て、心なしかニヤニヤしている。
近藤  「サト。ちょっと良いかな?」
  聡子、表情がパッと明るくなって、顔を赤らめる。
聡子  「良いよ…千晴、ゴメン! 後でね」
千晴  「え? ちょっと…」
  千晴、独り残して離れる。 
千晴  「……」
  孤独感が募る。
   
○ 車内 
  通勤ラッシュで混んでいる車内。千晴、何となく電車の電子広告をみている。予備校の宣伝に切り替わる。「難関大へまっしぐら!冬の追い込み講習!」との謳い文句。
千晴  「広告を見上げて)……色々、問題山積みだ…」 
  9月13日の天気と提示しているディスプレイ。美人のタレントが、笑顔で今日の天気のポイントを解説している。千晴、不思議に思う。
千晴  「…9月…13日… ?」
  千晴、自分の携帯を取り出して確認する。「9月13日」となっている。
千晴  「…まさかねぇ…」
  手帳を取り出し、見ると、やはり「9月13日」となっている。
千晴  「…」
  恐る恐る隣にいるサラリーマンが持つスマートフォンの画面を覗き見る。「9月13日」と表記されている。
アナウンス  「次はー、目黒ー。目黒ー」
  千晴、イソイソと降りる人をかき分けて降りる。ホームには二人の駅員。ホーム専用ドアの動作確認している男性駅員でなく、モニターを確認している女性駅員に聞く。
千晴  「あの…」
駅員  「(爽やかに)はい!」
千晴  「つかぬ事をお伺いしますが、今日って、何月何日ですか?」
駅員  「9月13日です」
  千晴、顔が青くなり近くのホームを駆け下りる。
駅員、呆然と見送る。
駅員  「?」
  その時、聡子と近藤とすれ違う。
聡子  「…千晴?」
   
○ ホームの階段 
  千晴、駆け下りながらサブバックから何かを探している。 
千晴  「……どこだっけ…財布」
  千晴、階段を降りて真っ先に眼に飛び込んでくる売店に駆け込む。サラリーマンに割り込んで、少し戸惑う千晴。
千晴  「えっと…一番安い新聞を」
販売員  「サンケー? トウキョー?」
千晴  「…トーキョウ…かな…?…」
  販売員、サッと手を伸ばし、千晴に渡す。千晴、ペコリと頭を下げ、そそくさ行ってしまう。
販売員  「お嬢ちゃん、お金!!」
  慌てて戻る千晴。 
   
○ 駅のホーム 
  駅のホームに設置してある椅子に座り、新聞を広げている千晴。記事を熱心に読むというより、紙面を熱心にめくっている。新聞の政治欄、経済欄、社会欄をめくっている。各紙面に書いてある日付をしつこく確認する千晴。
千晴の声  「9月13日、9月13日、9月 13日、9月13日、9月13日」 
  千晴、バッと顔をあげる。
千晴  「そんな!」
   
○ 車内 
  千晴、新聞を両手で握りしめたまま、座席に座っている。車内はガラガラ。充分席があり、乗客の間隔はまばら。
千晴  「……」
  突然光出す携帯。乗客の目を気に しながら、こそこそ出る千晴。
千晴  「……はい?」
電話の声  「そろそろ、戸惑っている頃かと思ってね…」 
アナウンス  「次はー、上野。上野ー」
  千晴、携帯を耳につけたまま降車する。
千晴  「……どなたですか?」
電話の声  「日付が一ヶ月前に戻って混乱しているでしょ? 当事者です」
千晴  「!?」
電話の声  「正確に言うわね。未来から来て、あなたに一ヶ月後の記憶を植え付けたの」
  千晴、眉根をよせる。
千晴  「あなた、何言っているの?」
電話の声  「時間旅行」
  相手、電話の向こう側でクスリと笑う。
千晴  「からかってます?」
電話の声  「じゃあ証拠。村井千晴、あなたは二回乗り換えて高校まで行く。今は18歳、親友は聡子」
千晴  「ストーカーなの?」
電話の声  「じゃあ、これから起こることを 教えてあげる。これから三日後に父の不倫を確認…その17日、聡子の姉、彼 氏を連れてくる。19日、不倫相手の確認、21日、愛人と接触。27日に母憤る。10月に入ってから、父家に帰らなくなる。10月12日……」
アナウンス  「間もなくー、四番線に電車が参りまーす。黄色い線の内側までお下がり下さい」 
  電車が到着し、一斉に降りる乗客。
思い思いに行き交う人の波に取り残され、立ちつくす千晴。
電話の声  「と、言うことだから、頑張ってね」
千晴  「何でそんなこと、分かるんですか?」
電話の声  「あなた、日記つけてるでしょ? 未来から持ってきたの」
千晴  「……え?」
電話の声  「何かあったら連絡するわ」
千晴  「ちょっと!」
  電話の声、心なしか暗い声のトーン。
電話の声  「じゃあ…あとでね…」
  ブツッと、電話が切れ、“ツーー。ツーー”と鳴っている。
千晴  「……何なの…」
   


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