「キンタマン (5)」 神林克樹
第24回(平成23年)大伴昌司賞 佳作奨励賞受賞作



○ 又野家・表
  屋上に立っている金太。
    
○ 同・居間
 

玉雄が川路、嘉門と相対して座り、一枚の書面に目を落としている。

嘉門  「何とかお願いできませんかね」
玉雄  「と言われましても……」
川路 

「その犯行声明には8月20日とありますが、こないだは一日早く現れてえらい目に(と自嘲気味に笑い)今度は一週間前から厳重体制で行くつもりなんです」

嘉門  「そのためにどうしても彼が必要なんですわ」
玉雄  「……」
川路 

「もちろん、今度は屋上に熱気球を用意させるようなヘマはやらかしません。しかしね、念のためといいますか、キンタマンが飛べるようになってくれたらいいなぁ、なんて」

 
○ 同・屋上 
  金太、はるか彼方を見渡し、
金太  「ヒーローは飛べる。だから俺も飛べる!」
 
○ 同・居間 
  玉雄、きっぱりと、
玉雄  「お断りします」
川路  「どうして」
嘉門 

「金なら心配いりません。財政状況も苦しいですが、何しろ今度の狙いはこの街が誇る文豪、夏目造石の代表作『吾輩は淫乱である』の直筆原稿ですからね。金に糸目はつけません。首尾よく彼が下呂蝮一味を捕まえてくれたら議会の反対も押さえ込むこともできるうえに、この街は世界的に有名になることができるんです。そうすれば町おこしやら何やら――」

川路  「(肘で突いて)何よりも息子さんが男になれます」
 
○ 同・屋上 
  金太、空に向かってジャンプ!
 
○ 同・居間 
  ドスンという音が響き渡る。
金太が庭に頭から突き刺さっている。
唖然と見る三人。
川路 

「またヒーローとして返り咲けますよ。それはお父さんもお望みのことやと」

玉雄 

「ま、確かにそうですけど、私、いまちょっと別の研究にかかりっきりでしてね」

嘉門  「そこを何とか曲げていただくわけには……」
玉雄 

「生まれつき無器用でして、一つのことにしか没頭できへんのですよ。それに何より、いまから始めても絶対間に合いませんよ」

  川路と嘉門、ため息。
川路  「とりあえず、これだけ渡しといていただけませんか」
  と新しいキンタベルを差し出す。
 
○ 同・庭 
  突き刺さったままの金太。
 
○ 廃屋(夜) 
  下呂蝮がいびきをかいて寝ている。
北島が食器を洗っている。
沢尻がその肩に頬を乗せ、
沢尻  「次はやってくれるんでしょうね?」
北島  「ああ」
沢尻  「ほんとならこないだ……あのときチャンスだったのに」
北島  「すまん」
沢尻  「あんな髭面に抱かれるの、もうヤよ」
北島  「わかってる」
 
○ 又野家・玉雄の研究室・表(夜) 
  金太がドアを開けようとするが、鍵がかかっている。
金太、思いっきりひねる。
ノブがボロボロになり、ドアが開く。
 
○ 同・中(夜) 
 

入ってくる金太。
玄関の向こうに明かりのついた部屋。
金太、抜き足差し足で歩み寄っていく。
ソッと引き戸を開けようとするが、キキーッと高い音が響いてしまう。

玉雄の声  「誰や!」
  と出てくる。
金太、笑ってごまかす。
玉雄  「ここには入るなと前から言うてるはずや」
金太  「市長と署長のお願い断ったらしいな」
玉雄  「ああ」
金太  「何でや」
玉雄  「だから他の研究に忙し――」
金太  「だからそれって何やねん!」
  と中を覗こうとする。
一瞬、自転車が見える。
金太  「?」
  そのとき、けたたましい音が鳴る。
玉雄の胸が光っている。
金太  「?」
  玉雄、胸ポケットからベルを取り出し、
玉雄  「署長さんから預かってたん忘れとったわ」
金太 

「そんなもん、俺がここにおらんかったらどうするつもりやってん!」

  玉雄、キンタベルを差し出し、
玉雄  「行ってこい、正義のヒーロー」
金太  「……」
  金太、走って出ていく。
玉雄 「気ぃつけてな!」
 
○ 道(夜) 
  走る金太。
キンタベルから川路の声。
川路の声  「キンタマン、聞こえるか?」
金太  「はい」
 
○ 宝石店(夜) 
 

サイレンが響くなか、下呂蝮たちが宝石を片っ端から袋に詰めていく。

 
○ 車道(夜) 
  パトカーが走る。
川路がワイヤレスマイクで、
川路  「どうやら、また罠にはめられたらしいわ」
 
○ 宝石店(夜) 
  下呂蝮たちの犯行。
残りの宝石は、あとわずか。
 
○ 同・表(夜) 
  パトカーと金太が同時に到着。
川路  「キンタマン!」
金太  「あ!」
  膨らんだ熱気球が見える。
 
○ 同・中(夜) 
  キンタマンが突入してくる。
下呂蝮、沢尻に顎をしゃくる。
沢尻、胸をはだける。
金太、サッと目を隠す。
しかし、指の隙間からつい覗いてしまい、
金太  「オゴッ!」
  と思わず股間を押さえて倒れる。
下呂蝮  「やはりナマの誘惑には勝てんかったらしいな」
  と拳銃を出して、金太の口に突っ込み、
下呂蝮  「この至近距離なら」
  と引き金を引こうとする。
金太  「!」
 

そのとき、北島が下呂蝮を殴り、袋を奪って沢尻を連れて逃げる。
下呂蝮、発砲。
北島、肩を撃たれて倒れる。

沢尻  「!」
  金太、下呂蝮に飛びかかる。
下呂蝮、はねのけて沢尻とともに階段へ。
金太、追いかける。
 
○ 同・階段(夜) 
  駆け上がる下呂蝮と沢尻。
下呂蝮  「やはり、おまえら」
沢尻  「知らない!」
  追ってくる金太。
 
○ 同・一階 
  突入してきた機動隊が、北島を逮捕する。
川路  「あと二人や! 追え!」
 
○ 同・屋上(夜) 
  やってきた下呂蝮と沢尻、熱気球のゴンドラに乗り込む。
追ってくる金太。
下呂蝮、ロープを切る。
上がっていく熱気球。
金太  「クソったれがぁー!」
  とジャンプ一番飛びつき、ゴンドラの端っこにしがみつく。
 
○ 空中の熱気球(夜) 
 

金太を落とそうとする下呂蝮と沢尻。
刀剣で金太の手を狙うがビクともしない。
金太、少しずつ上へ上がっていく。
下呂蝮たちの振り上げた刀剣が、球皮に小さな穴を開けていく。

 
○ 河川敷・掘っ立て小屋(夜) 
  玉雄がドアをノック。
沙羅の声  「ええか?」
玉雄  「(紙片を見て)ええやろ?」
沙羅の声  「ええんやったら」
玉雄  「ええ言うてぇな」
  ドアが開き、沙羅が出迎える。
玉雄  「何やねん、これ」
沙羅  「気に入った証拠」
 
○ 空中の熱気球(夜) 
  金太、ゴンドラに入ってくる。
下呂蝮、沢尻を抱えて落とす。
金太  「!」
  金太、ゴンドラから飛び降りる。
 
○ 地上(夜) 
  金太が沢尻を支えて足から落ちてくる。
やってきた警官たちに沢尻を渡し、見上げる。
熱気球が飛んでいく。
金太、追いかける。
 
○ 空中の熱気球(夜) 
 

下呂蝮、走る金太を見下ろし、爆笑する。
いくつも開いた穴から空気が漏れ、裂けてどんどん大きくなっていく。

 
○ 地上(夜) 
  走る金太。
 
○ 空中の熱気球(夜) 
  少しずつ落ち始める。
下呂蝮  「?」
 
>○ 地上(夜) 
  熱気球が落ちてくるのが見える。
金太  「しめた!」
 
○ 河川敷・掘っ立て小屋(夜) 
  玉雄が沙羅を抱いている。
沙羅  「なあ、あれ言うてよ」
玉雄  「ええやん、もう」
沙羅  「言うてったら」
玉雄 

「しゃーないな……ええか? ええやろ? ええんやったら、ええ言う――」

 

突如、ものすごい音がして掘っ立て小屋がめちゃくちゃに崩れる。
熱気球が落ちてきたのだ。
下呂蝮、沙羅を拉致しようとする。
そこへ追ってきた金太が、

金太  「親父、こんなとこで何しとんねん!」
 

それを聞いた下呂蝮、沙羅を放し、玉雄を拉致して逃走。
金太、追いかけようとするが、沙羅の裸体に目が釘付けになり、橋桁に頭をぶつけて倒れる。
すぐに起き上がって追う。

 
>○ 道(夜) 
  下呂蝮が玉雄を連れて、走る。
金太が追ってくる。
 
>○ 町工場・表(夜) 
  玉雄を連れた下呂蝮がドアノブを拳銃で撃ち、中に入る。
追ってきた金太も中に入る。
 
○ 同・中(夜) 
  真っ暗闇。
金太、荒れる息を抑えながら目を凝らすが、何も見えない。
明かりが点く。
金太  「!」
  プレス機の中に玉雄。
その前でスイッチに手をかけている下呂蝮。
下呂蝮  「いますぐ俺を逃がせ。さもなくば……」
金太  「誰がそんな脅しに乗るか!」
玉雄  「乗ってくれ」
下呂蝮  「(爆笑)さあ、早く解放しろ!」
金太  「クッ!」
  しばし睨みあいが続く。
下呂蝮、玉雄をプレス機に押し込み、スイッチを入れる。
上から金型が下りてくる。
金太、自分の体をプレス機に挟み、
金太  「出ろ!」
玉雄  「アホ!」
  ×    ×    ×
 

場内――
川路率いる機動隊が突入してきて、下呂蝮と撃ちあいを始める。

  ×    ×    ×
  プレス機――
金太  「出ろや!」
玉雄 

「かわいいおまえをこんなとこに置いて自分だけ逃げられるかい。それこそお母さんに怒られるわ」

  と金太の頭を撫でる。
金太  「……」
  ×    ×    ×
  場内――
下呂蝮、弾ぎれ。
川路  「確保!」
  機動隊が下呂蝮に飛びかかり逮捕に成功。
  ×    ×    ×
  プレス機――
金太  「ほいじゃ出てスイッチ止めて」
玉雄  「ヨッシャ」
 

と出て押そうとしたスイッチを、金太が手を伸ばして先に塞いでいる。

玉雄  「おい!」
  金型がどんどん下りてくる。
玉雄  「金太!」
金太 

「もう死なせてぇな。俺はヒーローでも何でもない。ただのエロキチや」

  玉雄、金太の手を剥がそうとするが、ぜんぜんかなわない。
金太 

「やっぱりチンチンなかったら生きててもしゃーないわ。それにいくらヒーローいうてもしょせんは飛ぶこともできんハンパもんやしな」

 

仰向けにうずくまっていた金太の下半身が、まず押し潰され始める。

玉雄  「金太!」
  川路が機動隊に手で指示。
機動隊、マシンガンで金太の手を撃つ。
しかし、いくら撃ってもビクともしない。
金太の下半身は完全に潰され、次に胴体が潰され始める。
玉雄  「金太ぁ!」
  胴体も潰され、次はとうとう頭蓋部。
金太の目の光がスーッと消えていく。
同時に、スイッチを塞いでいた手も自然に外れる。
玉雄、スイッチを押して金型をを上げる。
金太の頭蓋部を取り出す玉雄。
玉雄  「金太……(抱きしめる)」
金太  「(息も絶え絶えに)親父、元気でな」
玉雄  「……生きとんか!」
 
○ 朝日 
 
○ 金太の顔 
  目に光がともる。
 
○ 金太の見た目 
  又野家の庭。
呼び鈴の音が聞こえる。
門のほうを見ると、友香里が立っている。
玄関から玉雄が出てきて、
玉雄  「おはよう」
友香里  「金太君は?」
  玉雄、こちらを指差す。
友香里  「うわぁ、すごーい! 聞いてたとおり」
金太  「何がやねん!」
  笑う玉雄と友香里。
金太  「あれ?……え? おかしいな、体が動かん」
 

友香里、鞄からコンパクトを取り出し、その鏡で金太を映してやる。

金太  「どういうことや!」
 
○ 又野家・庭〜門前 
  金太の頭蓋部が自転車に連結されている。
金太  「何やこれは! おい、親父、説明せえ !」
玉雄 

「(耳打ち)チンチン作っといたったぞ。まだ試作品やけどな」

金太  「!」
友香里  「え、何て?」
玉雄 

「何でもない何でもない(また金太に耳打ち)飛ぶ装置はまた今度な」

友香里  「乗ってもいいですか?」
玉雄  「どうぞ」
  友香里、金太自転車を表へ出し、乗る。
金太  「おい、まだ乗られへんやろが」
友香里  「ある日、急に乗れるようになる。って言ったよね?」
金太  「……」
友香里  「(玉雄に)ちょっと行ってきます」
玉雄  「気ぃつけてな」
 

友香里、漕ぎ始める。
最初はヨロヨロしていたが次第にスピードに乗って走り始める。

友香里  「乗れた!」
  走り去っていく。
そこへやってきた南野と織田。
南野  「あ、もう行ってもぉた」
玉雄  「おはよう」
南野・織田  「おはようございます」
  玉雄、にこやかに走っていく友香里と金太自転車を見やる。
織田  「あの、ほんまなんですか?」
玉雄  「何が?」
織田  「サドルがチンチンになってるって話」
  玉雄、爆笑。
 
○ 道 
  金太自転車を漕ぐ友香里。
初めて乗れた喜びでどんどん漕いでいく。
前方に亜衣と慶子が見えてくる。
二人、笑顔で拍手している。
友香里、ガッツポーズで応え、さらに漕ぐ。
友香里の股間がサドルとこすれあう。
金太、喘ぎ声を出し始める。
 
○ 公園 
 

穂波と皆美がボケーッと座っている。

皆美  「もう夏休み、終わってまうな」
穂波  「何かおもろいことないかなぁ……あ」
 

横の道を友香里が走っていく。
その自転車の前部に金太の頭が付いてるのを見て、尻相撲を始める二人。

 
○ 道 
  どんどん漕いでいく友香里。
こすれあう友香里の股間とサドル。
金太  「あ、あ、あ……イク、イッてまう」
  タイヤが次第に浮き始める。
金太  「アーッ!」
  金太自転車が、
大空に向かって、飛んだ!
金太  「親父、ありがとう!」
  ―終―
 


前へ(4)←                      →あらすじへ