「少年の夏〜19230903」   松浦まさふみ (作者の連絡先
第23回(平成22年)大伴昌司賞 佳作奨励賞受賞作



【梗 概】

  小学生の羽田武雄は、海軍入隊を希望していた。だが陸地育ちでは海軍は難しかろうと言うことで一夏、水練のために横浜に行くことになる 友達、国彦の姉キヨは、武雄の憧れであったが、社会主義者の大貫栄治とつきあっていた。
 武雄は、横浜では叔父鉄(てつ)の家のやっかいとなる。横浜・本牧に水練に行く武雄。
 そこで地元の少年達と知り合う。同じ海軍志望で仲良くなるが、朝鮮人の子ギユンに石投げをしているのを見て、武雄はギユンの味方をして、袋だたきの目に遭わされる。
 翌日、武雄は木刀を持って浜の子供達のところに仕返しに行く。大喧嘩となった子供達を制したのは、釣りに来た鶴見署署長河合常吉(46)であった。
 河合の仲裁で、両成敗となる子供達。互いに根深い恨みがあるわけでもなく、すぐに武雄、ギユン、浜の子供達は仲良くなるのであった。
 大正末期は今よりも激しい格差社会であった。資本家に不満を持つ大貫は労働者階級からの決起を模索していた。鶴見署の河合には、不穏な動きの情報が寄せられていた。
 夏も終わり、武雄は東京に帰って行った。
 1923年(大正12年)9月1日
 正午前の関東にマグニチュード7.9の大地震が襲った。平和だった東京は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄図と変わった。
 横浜を心配した武雄は、両親の許しをもらい南を目指す。その頃、大貫の身を案じたキヨもまた横浜に向かっていた。はるばるやってきたキヨの見たのは、妻子を囲っていた大貫の姿だった。嫉妬に狂ったキヨは大貫を密告する。
 大貫の自宅には爆弾も隠されていた。警察は動揺する。その情報が地元に伝わると、注意喚起はそのまま恐怖となり自警団による殺戮が始まってしまうのであった。
 ギユンも自警団から逃れようとしていた。間一髪救ったのは、駆けつけた武雄であった。武雄は、その時に地元の青年を刺してしまう。「朝鮮人にやられた!」避難民の怒りは、朝鮮人労働者に向けられ始めた。
 武雄は本牧の子供達と合流し、河合に保護を求めようと思い立つ。追い詰められ武装しようとするギユンの父達と一緒に鶴見署を目指す。
 鶴見署では、保護を求める朝鮮人達と、怒り狂った避難民達とで騒然となっていた。
 「朝鮮人が井戸に毒を入れた」
 様々な噂が飛び交い、恐怖はピークとなっていた。
 河合は井戸の水を飲み、沈静化させようとしたが、避難民の恐怖は収まらなかった。
 一触即発の中、武雄は本牧で傷害を起こしたのは自分だと名乗り出る。乱暴されようとした、ギユン達をただ助けようとしただけだと。
河合「何もしよらん、朝鮮人を斬ったのはど いつじゃ! 殴ったのは誰じゃ! 逮捕するから出てこい!」
 河合の怒号に気圧され、避難民は引き上げていった。
 ある川にキヨの死体が浮かぶ。その死体は何千何万の死体の中に混じっていくのであった。
 

































【登場人物】
羽田武雄(12)    大正生まれの少年
カン・ギユン(11)   朝鮮人の少年
ギョンウォン(14)   ギユンの姉

羽田正(40)     武雄の父 
羽田アサ(35)    武雄の母
羽田鉄(38)     武雄の叔父
羽田ミチ(32)    武雄の叔母

河合常吉(46)   鶴見署 署長
大貫栄治(25)   社会主義活動家

カンジ(11)     本牧の少年
タツゾウ(10)    本牧の少年
マキジロウ(11)   本牧の少年

山田国彦(12)   武雄の同級生
山田キヨ(19)    銀座の女給
キヌ(14)       女工
サンジ(38)     ギユンの父



○ タイトル「少年の夏 19230903」 横浜市港北区・丘の上

○ 東京府 荻窪 第一小学校

     瓦屋根の小学校。
     小間使いが終了のベルを鳴らす。
     中から子供達が、出てくる。
 T   「大正12年 夏」
     二人の少年が道を歩いている。
     羽田武雄(12)と山田国彦(12)である。
     着物にベルトの帯を締め、通学かばんをぶら下げている。
国 彦 「これからは陸軍と、海軍、どっちが強いかえ」
武 雄 「そりゃぁ、海軍さんじゃろ」
国 彦 「シベリアまで行って来たんは陸軍さんじゃ、海軍はなにしよったんかい」 
武 雄 「なにかぁ、男なら海軍じゃ、堂々と海を行く海軍じゃ」
国 彦 「馬鹿いえ、これからは大陸の時代や。陸軍が男児の本懐じゃ」
武 雄 「海軍にきまっちょる、太平洋で大活躍じゃ。 俺(おい)は海軍に行く」
     武雄、馬鹿にした笑いをする。
武 雄 「何、笑うとるか!」
国 彦 「馬鹿や、馬鹿や。海で泳いだこともないのが海軍なんか入れるか」
     武雄、むっとした顔。
国 彦 「水練場でしか泳いだことありません、言うて入隊するんか?」
     武雄、むっとした顔で邦彦を睨む。
国 彦 「海辺のガキが入隊しよるんぞ。おまえなんか、最初からのけもんじゃ」
武 雄 「なんやと!」
     武雄、拳骨で国彦をこづく。
     そこに山田キヨが通りかかる。
     キヨは洋装で短髪、ウェーブのかかった髪、小じゃれている。
キ ヨ 「こら! クニ坊、タケちゃんと喧嘩したらいかんよ!」
     国彦、手を止める。
国 彦 「喧嘩なんかしよらん」
キ ヨ 「お母ちゃんに言うよ!」   
国 彦 「しよらん、しよらん」
     キヨ、武雄の乱れた髪を直す。
キ ヨ 「弟がごめんね、仲良うしといて」
武 雄 「(国彦を見て)大丈夫や!喧嘩なんかしよらん!」
キ ヨ 「そう、これからも仲良くしてね」
     キヨ、髪を直して、路面電車に向かって歩いていく。
武 雄 「キヨちゃんきれいやな」
国 彦 「ああ……うん」
     国彦、キヨの後ろ姿をずっと目で追っている。
国 彦 「ねえちゃん、あんなんじゃ無かった」
武 雄 「髪切ったんはもっと前やろ。短いのも似合うとる」
国 彦 「違う、最近おかしいんや」
     武雄も、国彦と同じ方向を見る。
武 雄 「そうかぁ?」
国 彦 「タケにはわからん」
武 雄 「心配すんな、キヨちゃんは俺が姉さん女房にしたる」
     国彦、武雄を見る。
国 彦 「誰が、おまえなんかに」
     国彦、怒りで真っ赤になる。
国 彦 「その口、黙らしたるわい」
武 雄 「なにやぁ!」
国 彦 「今度いうたらただやおかんぞ」」
     また、殴り合いになる武雄と国彦。

○ 新宿駅
     瓦屋根、平屋建ての旧駅舎。
     武蔵野館などの映画館もあるが東京はずれの小さな町である。
     キヨ、路面電車から降りる。
     駅舎前で大貫栄治(25)が待っている。大貫は書生風の顔立ちだが、眼光鋭く周囲に気を配っている。
     遠くを警官が歩いている。
     大貫、警官たちから身を隠すように柱の陰に隠れる。   
キ ヨ 「大貫さん」
     キヨ、大貫に駆け寄る。
大 貫 「なんだ、目立つ格好はするなと言ったはずだ」
     和服の中に洋装のキヨは目立つ。
キ ヨ 「大貫さんに呼ばれたから……」
     恥じらうキヨだが、大貫は気がつかない。
大 貫 「僕らは労働者のために働いているんだ贅沢もできない彼らにすまないと、思わないのか」
キ ヨ 「……ごめんなさい」
     二人、建物の陰に隠れる。
大 貫 「それで、今月はどのくらい」
     キヨ、大貫に現金を渡す。
キ ヨ 「今月はバアの仕事も増やしたの」
大 貫 「6円か、まあいい。また頼む」
     大貫、キヨに紙束を渡す。
大 貫 「今月の分だ。いつものように」
キ ヨ 「ええ」
     受け取った紙には「悲惨!朝鮮人労働者の実体」と旧字体で書かれている。
キ ヨ 「今日は時間は?」
     キヨ、大貫に体をすり寄せる。

○ 横町
     キヨの手を引いて、建物の奥に入る大貫。

○ 貸間
     飲み屋の裏にある、連れ込み用の貸部屋。入ると、大貫は乱暴にキヨの服を脱がし始める。
キ ヨ 「(あえぎ)」
     キヨの背中には特徴的な痣がある。

○ 武雄の家
     平屋建ての家である。

○ 同・内
     顔に痣を作って食事をしてる武雄。
     食卓には、煮付け、漬け物で肉魚は無い。
     母、アサ(35)があきれて見ている。
ア サ 「こん子は喧嘩ばかりよ、血の毛が多くていかん」
     父親正(40)が横目で武雄を見る。
 正   「いい、こんぐらいでいい」
ア サ 「もうちょっと叱ってください」
 正   「喧嘩もできんような子はいらん」
ア サ 「生傷ばっかりこさえて」
 正   「大人になると、なかなか殴りあいなんかできんからな」
ア サ 「こんな調子やったら、そのうち警察のやっかいになりますよ」
     武雄、知らん顔して飯を食う。
     ×  ×  ×
     片づけ終わった食卓。
     武雄、ちらちらと正を見ている。
武 雄 「……父ちゃん、あんなぁ」
 正   「どした?」
武 雄 「海行きたい」
ア サ 「いきなり、どうしたん?」
 正   「大森で、浜見物でもしたいんか?」
武 雄 「海で泳ぎん練習したい」
 正   「水練場で十分だろ」
ア サ 「川じゃあかんの?」
武 雄 「海軍じゃ! 横須賀行くなら海で泳げんといけん」
     正、考え込む。
ア サ 「そう言うても、毎日海まで行くの?」 
武 雄 「……」
 正   「海軍か」
ア サ 「また、なにを言い出すかと思ったら」
 正   「……なら、横浜の鉄おじさんのとこ行けあそこで泊めてもらえ」
武 雄 「行っていいんか!」
ア サ 「(正に)ご迷惑じゃないの?」
 正   「鉄ん家は、子供がおらん。武雄みたいな子が欲しい言うとったから、喜ぶじゃろ」 
武 雄 「(目を輝かせて)ほんとに行けるん?」
 正   「まずは手紙出して、返事もろうてからじゃ。行ったら誰よりも泳げるようになれよ」
武 雄 「分かった」
 正   「わかったら、早く寝ぃ」
     武雄、泳ぎの格好で隣の部屋に行く。

○ 道(朝)
     登校途中の武雄と国彦。
国 彦 「なんや、夏休みの間、横浜行くんか」
武 雄 「そうじゃ、海の河童や言われるまで泳いだる」
国 彦 「馬鹿か、海に河童がおるかい」
武 雄 「クニ、おまえは?」
国 彦 「俺は深川で住み込みや。姉ちゃんが仕事紹介してくれた」
武 雄 「やっぱキヨちゃん、良い姉ちゃんじゃのう」
国 彦 「いい姉ちゃんなら、紹介料なんかとらん」
武 雄 「?」
国 彦 「母ちゃんの薬代ぐらいにはなるしな」
武 雄 「そうかぁ、クニちゃんはえらいのう」
国 彦 「ああ……最近、姉ちゃんがぜんぜんお金いれよらんから」
武 雄 「?」
国 彦 「父ちゃん、おらんから俺が早う、働きがしらになるんじゃ」
武 雄 「そうじゃ甲種合格して、軍隊で給料もらわな」
国 彦 「はよう、大人になりたいのう」

○ 東京市・銀座
     通りを路面電車が行き交う。

○ カフェー「小鳥」
     着物に白エプロンで給仕をしているキヨ。
     お客にさりげなく折り畳んだ紙を渡す。
     近くの客(警察の内偵)それをちらりと見ている。

○ 荻窪
     路面電車からキヨが降りてくる。
     学校帰りの武雄が見つけかけてくる。
武 雄 「キヨちゃん、おかえり」
キ ヨ 「タケちゃん。ただいま」
武 雄 「なあ、キヨちゃん。俺今年の夏は横浜ですごすんや」
キ ヨ 「船見物? それはええわね」
武 雄 「いや、水練じゃ。どんどん泳げるようになって海軍に入るんじゃ」
     キヨ、武雄を見る。
キ ヨ 「タケちゃん。海軍はいかん」
武 雄 「なんでや? やっぱクニと陸軍か?」
キ ヨ 「どっちもいかん。戦争になんか行ったらいかん」
武 雄 「なら商売せえか?」
キ ヨ 「それもいかんよ。商売とか一番いかん!」
武 雄 「なら、なりようないわ」
キ ヨ 「他人の気持ちが分かるヒトになればいいんよ」
武 雄 「そんなんじゃ、食っていけん」
キ ヨ 「何とかしてもらえるから、ええんよ」
武 雄 「そんなん、いやじゃ俺は海に出たいんじゃ」
     二人、路地で離れる。
武 雄 「確かにキヨちゃん、なんかおかしいわ」

○ 東海道線
     走る蒸気機関車。
     線路が蜃気楼でゆがんで見える。
     2等車両に押し合いへし合いしながら武雄が乗っている。

○ 東京市  紡績工場
     事務所で国彦が、箱を渡される。
     国彦、それを風呂敷に包み背中に背負う。
工場長 「いいか、おまえん役目は、軍隊で言う伝令ぞ。あちこちの工場よう回って、見本とか手紙とか受け取
     ってこい」
国 彦 「一身、粉砕の覚悟で走ります」
工場長 「たのむぞい」
     国彦事務所から、走り出す。
     工場の隅では14歳ぐらいの女工が、うつろな目でたたずんでいる。
     国彦、それをちらりと見て、走り出す。

○ 横浜・大桟橋
     外国客船が停泊している。

○ 横浜駅
     列車が到着する。

○ 同・駅前
     降り立つ武雄。風呂敷包みを持って海辺を歩く。

○ 横浜・神奈川町
     現在の横浜駅北神奈川区あたり高台からは横浜の港も見える。

○ 鉄の家   
     裏が山になっている平屋の家。
     正の家よりも立派である。
     玄関から入っていく武雄。
     鉄の妻、ミチが迎えに出る。
ミ チ 「まあ、タケちゃん。大きくなって」
     武雄、ミチに手紙を渡す。
武 雄 「よろしくお願いします」
     ミチ手紙の封を切りのぞき込む。
     中には紙幣が入っている。
ミ チ 「まあまあ、こんな気を使わんでも。タケちゃん、しばらくの間自分の家や思うていきなよ」
     武雄、礼儀正しく頭角30度のお辞儀をする。
武 雄 「横浜のおかあちゃん、よろしくおねがいします。

○ 本牧の浜辺(夕)
     朝鮮人の少年、ギユン(11)が歩いている。
     陽が落ちているが、まだ明るい。
     ギユンは海へ漁具を持って歩き出す。
     ギユンの姿海にシルエットとなる。

○ 夜の伊勢佐木町
     電灯が点り、まるでお祭りのようである。
     ギユンの姉、ギョンウォン(14)が見せ物小屋で切符のもぎりをしている。
     そばで、呼び込みの親父が大声を張り上げている。
呼び込み 「はい、今半、今半 いまから半額だよ。さあ寄って、さあ寄って」

○ 同・居間(夜)
     ちゃぶ台の上には夕食が出来上がっている。
     焼き魚、香の物、煮物、桃の缶詰。
     武雄もミチも手をつけずに待っている。
     玄関から戸を開ける音がする。
鉄(OFF)「ただいまー」
     鉄、汗をふきふきどかどかとやってくる。 武雄に気がつく。
 鉄   「おお、タケ坊。大きくなったぁ」
     武雄、座ったまま少し下がって両手をついて鉄にお辞儀する。
武 雄 「この度はお世話になります。このうちの子と思って、何でも用事を言いつけて下さい」
     鉄、武雄の頭をぐりぐりなでる。
 鉄   「おお、ようできたのう」
ミ チ 「タケちゃんお腹すかしとるよ」
 鉄   「よっしゃ、さあ喰お、喰おう!子供ができたみたいで嬉しい!実にうれしい!」
ミ チ 「タケちゃん、後で缶詰あけような」

○ 神奈川町(夜)
     遠くで自動車のクラクションの音(ラッパ)が聞こえる。

○ 鉄の家
     縁側にいる鉄と武雄。
     うちわでパタパタ仰いでる。
     端切れの板に、鉄が筆で地図を書いている。
 鉄   「海に行くと、横浜港。南に行くとナンキン町と伊勢佐木町」
武 雄 「(口調が固い)泳ぎを習いにきたんです。水練できるとこはどこですか?」
 鉄   「本牧かな 崖のとこに浜があってきれいなとこや。海沿いに1時間ぐらい歩いたとこだ」
武 雄 「早う行きたいなぁ」
     ミチ、ウリを切ったのを持ってくる。
ミ チ 「タケちゃん。あぶないとこ行ったらいかんよ」
 鉄   「そうじゃそうじゃ、波に呑まれでもしたら、アニキに顔向けできん」
武 雄 「おじさん、水練教えて貰えませんか? 鉄おじさんは得意やろ」
 鉄   「俺はできんなぁ。港の仕事で朝から晩じゃ、ん、そうじゃ本牧の子と友達になれ。まずは友達作りじゃ。」
     武雄、ウリにかじりつきながら。
武 雄 「よそもんや、言うてこんかな」
ミ チ 「心配ないよ、江戸は三代、横浜は3日あればハマん子言うぐらい、気っぷのいいとこじゃて」
 鉄   「そじゃそじゃ。わいのわいのやっとったら、すぐにでも覚える」

○ 鉄の家(朝)
     庭で、鉄が上半身裸で木刀を振っている。
 鉄   「イエーーーィ!(気合い)」
     武雄も見よう見まねで竹を振っている。
 鉄   「わしらのじいさんは薩摩の生まれぞ」
武 雄 「そうなんか?」
 鉄   「そうじゃ。御一新の時に江戸薩摩屋敷に来たんじゃ」
武 雄 「それじゃぁ、俺(おい)も侍の末裔か」
 鉄   「いや、(笑う)下回りで付いてきた身分の低い者じゃ」
武 雄 「(残念そうに)なんでえ」
 鉄   「だが海軍に入れば、薩摩の出は得ぞ」
武 雄 「そうか?」
 鉄   「そうじゃ。海軍は薩長の薩摩派閥じゃ。出世も早い。海軍に行きたいとはホントによう言うた」
武 雄 「そうか」
 鉄   「武雄、お前は海に出ぃよ。太平洋で大暴れじゃ」
武 雄 「うん」
     そこに、サンジ(ギユンの父 38)が台車を引いてやってくる。
サンジ 「おはようございます」
     鉄、返事をせずに、あごで家の方向を示す。
サンジ 「はい」
     サンジ、台車から水瓶を降ろして運び出す。
武 雄 「おじさん、あれ何や?」
 鉄   「朝鮮人の水くみや。いいか、朝鮮人が来たら気ぃつけろよ。目を離すと家のものをちょろまかす。い
     つも泥棒と思うちょれ」
     裏の水瓶に水を移すサンジ。
     ミチ出てきて、サンジに小銭を渡す。
ミ チ 「ごくろうさま」
 鉄   「(ミチに怒鳴る)おい、余計な口をきくな」
     サンジ、頭を下げて出て行く。
ミ チ 「そんなに、邪険にせんでも良かとう」
 鉄   「内地と、外地もんは違うんじゃ」
     ミチ、頭を下げるが、悪びれた風もなく家に戻っていく。

○ 伊勢佐木町
     夏の日差し
     演劇場の旗が並び、活気づいている。
呼び込み「へーらい、へーらい、へーらい、氷あるよ! 冷たいよ」

○ 横浜市内
     市電が往来している。

○ 南京街
     外国人の多さに驚く武雄。

○ 本牧・海岸
     風光明媚な海岸である。
     崖の上には茶屋があり、海岸では漁師が漁具を整理している。
     子供達が、ふんどし姿で泳ぎ回っている。
     どの子も赤銅色に日焼けしている。
     浜見物の観光客もいる。
     武雄、砂団子ををぶつけ合ってる3人の子供カンジ、タツゾウ、マキジロウに声をかける。
武 雄 「なあ、ええか」
     子供達、一斉に武雄を見る。
武 雄 「東京から来たんじゃ。……ここで泳いでもええか」
   子供達、顔を見合わせる。
カンジ 「誰が泳いでもでもかまわんぞ」
武 雄 「そうか」
タツゾウ 「でも、よそ者なら、十二天様におまいりしてから泳いだ方がいいぞ」
     他の子供も同調する。
マキジロウ 「十二天様は海の神様じゃ」
武 雄 「ありがとお、行ってみる」
     子供達も立ち上がる。
カンジ 「ついてき、案内したるわ」
     ×  ×  ×
     武雄、地元の子供達と歩いている。
カンジ 「東京のどっから来たんや」
武 雄 「荻窪、なんもないド田舎や」
     子供、顔を見合わせる。
カンジ 「わからん、どこや」
武 雄 「宮城(きゅうじょう)から西にずっと行ったとこや」
マキジロウ 「電車は走っとるか」
武 雄 「走っとる。でも荻窪より、こっちのほうが走っとるのが多い」
カンジ 「ヨコハンは、日本で2番目の大きい町やからな」
武 雄 「ほんとや、すごいな。海にでっかい船みえて、びっくりした」
     武雄、海を指さす。
     海上には中型汽船が走っている。
     子供達、げらげら笑い出す。
武 雄 「なんや」
カンジ 「おい、オギクボ。あんなんで驚いたんか」
タツゾウ 「川船しかしらんのやろ」
マキジロウ 「世界中まわりおる船がくるんやど。大型汽船はすげぇぞ」
     武雄、海を見ながら
武 雄 「そうか」
カンジ 「オギクボは何で海来たんじゃ」
武 雄 「(自慢げに)海軍入りにじゃ」
     子供達、不思議そうな顔で武雄を見る。
武 雄 「海軍はいるには、海でおよげへんといかん言うてバカにされたんや」
カンジ 「あたりまえじゃぁ、海で溺れるようなのが海軍は入れるか」
武 雄 「じゃけ、海で水練しに来た」
     本牧の子供達、顔を見合わせる。
カンジ 「そうか、なら協力するぞ」
武 雄 「ほんにか?」
カンジ 「ああ、おれらも将来みんな海軍じゃ」
タツゾウ 「そうじゃ」
マキジロウ 「オギクボは海軍の何が好きじゃ」
武 雄 「長門じゃ、あれに乗りたい」
カンジ 「そうか!俺は一回三笠に乗ってみたい。今は大改装しているそうじゃ」
タツゾウ 「陸奥もすごいぞ」
マキジロウ 「俺は敷島じゃ」
     子供達、それぞれに好き勝手な軍艦自慢をしながら、十二天に向かう。
     途中、カンジが何かに気がつき他の子供を制する。
     海辺をギユンが歩いている。
カンジ 「チョンの子や」
タツゾウ 「また来よる」
マキジロウ 「おい、オギクボこれを持て」
     マキジロウ、あたりの石を拾って武雄に渡す。
武 雄 「なんや?」
カンジ 「俺らが横から脅すから、こっちきたら、ぶつけるんや」
マキジロウ 「手加減はいらんぞ」
カンジ 「あいつ、浜の貝取りよったんや。漁師のおっさんから二度と来んように、思い知らせ言われとる」
     カンジとタツゾウ、右左に別れて伏せる。
     武雄それをじっと見ている。
     カンジ、立ち上がりギユンの右から石を投げる。
     ギユンが振り向いたら、今度はタツゾウが、ギユンの後頭部に石を投げる。
     石つぶてにたまらずに、武雄の方向に逃げてくるギユン。
マキジロウ 「いいか、よう狙ってぶつけぃよ」
     石つぶてを投げるマキジロウ。
     ギユンの額に当たり血が流れる。
武 雄 「止めよや!」
     武雄、マキジロウを押さえつけるが、マキジロウの体格のほうが良いので振り飛ばされる。
マキジロウ 「なんや、チョンの味方するんか」
武 雄 「かわいそうやろ!」
マキジロウ 「何がかわいそうじゃ!」
武 雄 「かわいそうは、かわいそうじゃ!」
マキジロウ 「ここん、縄張りに口出すな!」
     マキジロウに挑みかかる武雄。
     ギユンそれをみてる。
武 雄 「(ギユンに)はよ逃げぃ!」
     ギユン何が起こったかが分からない。
武 雄 「逃げぃ! 逃げぃ!」
     ギユン走り出す。
カンジ 「何じゃこのガキ」
     武雄、駆けつけてきたカンジ、タケゾウに袋だたきにされる。

○ 鉄の家
     殴られた顔で帰る武雄。
     ミチ、それを見て駆けつける。
ミ チ 「どうしたん?」

○ 同・居間
     食事の準備が出来ているが、鉄、ミチ、武雄は箸をつけない。
ミ チ 「ここにおる間は、うちの子や。何があったか言わんとご飯あげんよ」
 鉄   「何があったか」
     武雄、鉄をちらりと見る。
武 雄 「いわん! いわん」
 鉄   「そうか、じゃ箸はとるな!」
     食事を始める鉄とミチ。ミチは遠慮がちに食べている。
     武雄黙って、食事の音だけを聞いている。
     鉄、箸を止めて武雄を見る。
 鉄   「なあ、子供が殴られて、心配せん親がおると思うか」
武 雄 「……」
 鉄   「おまえは、おじさんらを父ちゃん、母ちゃんとは、思うてくれんのか!」
武 雄 「……」
 鉄   「なんで、殴られたんか、心配したら迷惑なんか!」
武 雄 「いわん!いわん!」
     武雄、急に情けなくなって涙が流れ始める。
     鉄、黙ってそれを見ている。
     ミチ、心配顔で鉄を見ている。
 鉄   「じゃあ、一つ答えい。悪いことして殴られたんか!」
     武雄、きっ、と鉄を向く。
武 雄 「悪いことなんか、少しもしとらん!」
 鉄   「そうか」
武 雄 「そうじゃ!」
 鉄   「よし」
     鉄、武雄の前に箸を置く。
 鉄   「本当なら、メシを3杯喰え。喰えんかったら悪さしたと思うぞ」
武 雄 「……」
     武雄、箸をとってがむしゃらに食べ始める。
     それを見ているミチ。

○ 鉄の家 (朝)
     庭で、木刀の素振りをしている鉄。
     そこに武雄がやってくる。
武 雄 「鉄おじさん、そん木刀貸してくれ!」
 鉄   「何に使う?」
武 雄 「相手が三人でも、木刀あったら互角じゃ!」
     鉄、しばらく武雄を見ている。
 鉄   「……そうか」
     鉄、素振りの木刀を武雄に渡す。
 鉄   「頭、かち割るつもりで振り下ろせ」
武 雄 「……」
 鉄   「気合いいれてやれ!」 
     鉄、裏山に向かって叫ぶ。
 鉄   「チェーッス!」
     武雄、驚いて見ている。
 鉄   「振り下ろしながら、言え!」
     鉄、武雄に木刀をしっかり握らせる。
 鉄   「薩摩の示現流じゃ。一撃い気合い入れい、二の太刀を考えるな」
     武雄も、気合いを入れる。
武 雄 「チェーーースッ!」
 鉄   「チェーースッ!」
武 雄 「チェーースッ!」

○ 本牧の海岸
     海辺で、木刀を持って待っている武雄。
     だが、昨日の子供達は現れない。
     やがて、待ちくたびれて、ふんどし姿で海に入る。
武 雄 「いて!」
     傷口に塩水がしみるが、かまわず泳ぎ続ける。
     ×  ×  ×
     午後の日差し。
     武雄、ミチの作ってくれたおにぎりを竹篭からだし、ブリキの水筒で水を飲む。
     そこに、ギユンがやってくる。
     武雄、ギユンと目が会う。
     ギユン、腰網に入れた貝を出す。
ギユン 「喰ぅてくれ」
     ギユンの言葉は、すべて日本人と微妙にイントネーションが異なる。
     武雄、貝を見る。
武 雄 「(ギユン)浜のものは漁師のもんじゃ。勝手に盗ったらいかん!」
     ギユン、最初は面くらい、そのうち怒り出す。
ギユン 「あれ、見ろ」
     浜で、観光客が自分で取った貝を焼いて食べている。
ギユン 「朝鮮人だけ、ドロボウか!」
     武雄、観光客を見ている。
武 雄 「……みんな、取っとるんか」
ギユン 「 朝鮮人だけドロボウか!、姉ちゃんの分と、ちょっとだけしか取らんのに」
武 雄 「……不公平じゃ」
     武雄、観光客の所に行く。
     ギユンをそれを見送る。
     しばらくして、武雄、火を貰って帰ってくる。
武 雄 「焼いて喰おう」
     ×  ×  ×
     平たい石を焼いて、貝を焼く武雄とギユン。
武 雄 「喰えよ」
     武雄、にぎりめしを一つ渡す。
     手にしたおにぎりをしばらく見つめるギユン。
     ギユンむさぼるように喰べはじめる。
武 雄 「日本語上手じゃな」
ギユン 「もう5年もオル」
武 雄 「どこに住んどる」
ギユン 「伊勢佐木。姉ちゃんと芝居小屋に寝泊まりしとる。父ちゃんは鶴見じゃ」
     そこに昨日の子供達がやってくる。
カンジ 「あのガキまたおる!」
タケゾウ 「チョンの子もおるぞ!」
マキジロウ 「あいつら、浜のもん喰いよる!」
     カンジ達、武雄のところにやってくる。
カンジ 「何しよるんじゃ」
     足で、焼きかけの貝を蹴ってひっくり返す。
     武雄、黙ってカンジをみている。
カンジ 「なんじゃ、こいつ」
     武雄、木刀を取り出す。
     カンジ達ひるむ。
武 雄 「昨日のおかえしに来たんじゃ」
カンジ 「なんや!チョンの味方するんか!」
武 雄 「卑怯者ぶったたくのに、味方もなんもあるか!」
カンジ 「なにや!」
マキジロウ 「ひきょうもんたぁ!」
     武雄に挑みかかる三人。
武 雄 「イエーーーーー!!(気合い)」
     木刀を振りかざす武雄。
     気迫でカンジを打ちにかかるが、カンジはそれを避ける。
     武雄と三人、乱戦になる。
     ギユンは驚いて見ている。
     遠くで一人の釣り人河合常吉(46)がそれを見ている。
     河合、子供達に近づく。
河 合 「おいこら、なんしよるか!」
     子供達、突然の大声に面食らい、河合を見る。
カンジ 「こいつら、浜荒らしや!」
武 雄 「(河合に)卑怯者の成敗や!」
河 合 「(一喝)お前ら、いいかげんにせんかあ!」
     ×  ×  ×
      河合の前に子供達座らされている。
河 合 「どういうことや!言うてみい!」
カンジ 「浜荒らしや!、こんチョンの子が浜の貝とかとりよる」
河 合 「(ギユンを見て)本当か!」
     ギユン、河合を見ない。
ギュン 「……」
武 雄 「みんな取りよるに、朝鮮人だけ取ったらいかんとかあるか!」
     河合、カンジ達を見ながら
河 合 「なら、釣りしとった俺も、浜荒らしか」
     カンジ達しゅんとなる。
カンジ、タツゾウ、マキジロウ 「……」
河 合 「(武雄に)だがなぁ……漁業権言うて、漁師のもんは本当じゃ」
     カンジ達、顔を上げる。
カンジ 「やろ!」
河 合 「だが、朝鮮人だけ、見て見ぬふりをせん言うのはおかしい」
武 雄 「こいつら、三人でこん子に石なげよったんじゃ」
河 合 「本当か!」
武 雄 「遠くから石投げよったん見て、だんだん……腹立ってきたんじゃ」   
     カンジ達目を伏せる。
河 合 「卑怯は恥ぞ」
カンジ達 「……」
河 合 「(武雄を見て)それで、こん子ん、敵討ちにきたんか」
武 雄 「こんなん、黙っとれん!」
河 合 「(カンジ達に向かって)お前らたて!」
     カンジ達を張り飛ばす河合。
河 合 「お前らも立て」
     武雄達も張り飛ばす河合。
河 合 「(ギユンに向かって)一回ならともかく何度も穫るのはドロボウじゃ」
河 合 「(武雄に向かって)木刀でも殺しよるぞ!知っててやったんか!」
     武雄驚く。
武 雄 「……」
河 合 「いいか、卑怯だけはしてはいかんぞ!卑怯をするぐらいなら死ね!」
     子供達黙っている。
河 合 「(カンジ達に)おい! ……地元の子供の猟場があるじゃろ、(ギユンに向かって)この子に教えちゃれ」
カンジ 「……」
河 合 「これからは外ん時代じゃ。内地も外地も仲良くできん悪たれはいらんぞ!」
     カンジ、しばらくギユンを見る。
カンジ 「……、明日来い。教えちゃる」
ギユン 「(戸惑っている)……」
カンジ 「……(武雄に向かって)オギクボお前もじゃ」
武 雄 「(警戒している)……」
カンジ 「水練したいんか、したくないんかどっちじゃ」
武 雄 「教えてくれるんか」
カンジ 「最初に教えるいうたやろ、約束はたがわん!」
武 雄 「なんや、気にしとったんか」
カンジ 「口から出したもんはたがえん」
武 雄 「じゃあ、明日来る」
     河合、満足そうに見ている。
河 合 「じゃあ、何かあったら鶴見署の河合まで訪ねてこい」
カンジ 「おっちゃん、警官か!」
河 合 「そうじゃ、仲良くせいや」
カンジ 「さぼって、釣りか」
河 合 「まあ、そんなもんじゃ」
     河合、大いに笑う。

○ 鉄の家

○ 同・居間

     正座して、鉄の帰りを待ってる武雄。
     脇には木刀がある。
     玄関の音。鉄、帰ってくる。
     鉄。正座している武雄を見る。
 鉄   「なんや?」
武 雄 「ありがとうございました」
     木刀を返す武雄。
 鉄   「もう、いらんか」
武 雄 「こんなの、もういらん」
     鉄、武雄の表情から仲直りを察してニヤリと笑う。
 鉄   「今日も、メシ三杯食えるか」
武 雄 「喰う!」

○ 鶴見署(夜)
     河合が署長室に入ってくる。
署 員 「お帰りなさい。非番のところすみません」
河 合 「どしたんか?」
署 員 「これを見て下さい」
     テーブルの上にビラが置かれる。
     『立テ、沖縄、朝鮮ノ労働者』
     と書いてある。
河 合 「横浜で決起集会か」
署 員 「東京の取り締まりが厳しいんで、川崎横浜に来よるようです」
河 合 「首謀者は?」
署 員 「大貫と言う男です。警視庁が追ってます。東京市内ではかなり目をつけられとります」
     河合、ビラを見る。
河 合 「9月の1日に決起集会か」
署 員 「暴動にならんよう注意せんと、爆弾もって暴れる言う話もあります」

○ 東京市・浅草
     木造住宅が密集している住宅地。
     路地では、七輪で煮炊きをしている姿がある。
     平屋長屋に男女が集まっている。
     中心にいるのは大貫である。
大 貫 「吉原の女は田舎から、いくらで買われてきたか知ってるか?」
     集まった者首を振る。
大 貫 「300円じゃ。で、毎日の働きで一年にどのくらい稼げると思う?」
 男   「一年なら200円ぐらいか?」
大 貫 「なんと、2円じゃ!百五十年も稼いでようやく吉原から出られるんじゃ」
 男   「その前に、死んでしまうわい」
大 貫 「これが、搾取と言わんでどうする! 金満の豚だけが肥え太っちょる」
     周囲どよめく。
大 貫 「わしらが戦って、ぶち壊さんといかん! 社会主義のために頑張ろう!」
     大貫の姿をキヨが遠くから眺めている。

○ 紡績工場・管理小屋(夜)
     畳を敷いた場所で寝ている国彦。
     ふと目を覚ます。
     泣き声が聞こえる。
     国彦管理小屋を抜け出す。
     女工キヌ(14)がうずくまって泣いている。
国 彦 「どうしたん?」
     キヌ、国彦を見ない。
キ ヌ 「(東北なまり)タカちゃんが冷たくなっとう。肺病やから休ませて言うたのに」
国 彦 「…… 死んだんか」
キ ヌ 「動けんよぉ。 もう動けぇんよぉ」
国 彦 「……!」
キ ヌ 「おらもそのうち、ああよう死ぬんず。寝てるうちに冷たくなって死ぬんず」
     キヌ、顔をうずめて号泣する。
     国彦、キヌをじっと見る。

○ 本牧の海岸
     武雄とギユンを案内するカンジ達。
カンジ 「穫ってもいいのは晩の分だけじゃ。売るほど穫ったらあかんぞ」
ギユン 「分かた」
     海辺で遊ぶ子供達。
     遠泳をしている武雄の周りをカンジ達が囲んでいる。
カンジ 「お前も来い」
     ギユンに向かって叫ぶカンジ。
     武雄もギユンを手招きしている。
     ギユン躊躇していたが、海に入っていく。

○ 本牧の浜(午後)
     木陰で休んでる子供達。
武 雄 「ギユン言うんか。俺、武雄じゃ」
カンジ 「カンジじゃ」
タツゾウ 「タツゾウじゃ」
マキジロウ 「マキジロウや」
武 雄 「ギユンも海軍好きか?」
ギユン 「入りタイ」
カンジ 「朝鮮人が、帝国海軍に入れるんか」
武 雄 「朝鮮にも軍港と海軍が必要じゃ」
カンジ 「じゃあ、朝鮮に帰って海軍か」
ギユン 「そうシタイ」
タツゾウ 「じゃあ、対馬で会えるかもしれんのう」
     ×  ×  ×
     5人で遊ぶ子供達。
     ×  ×  ×
     山を駆ける。
     ×  ×  ×
     洞窟に入る。
カンジ 「……ここなら暮らせるのう」
     洞窟内を探検する武雄達。
     5人はすっかり仲良くなっている。
     ×  ×  ×
     浜で木を削ってギユン、戦艦を造ってる。(大ざっぱだが形はわかるもの)
     木彫りの戦艦を浮かべて遊ぶ子供達。

○ 東京市 浅草
     見せ物小屋の前で待っているキヨ
     国彦がやってくる。その顔から少年らしい、はつらつさは消えている。
     国彦、給与袋をキヨに渡す。
キ ヨ 「クニ坊、よう働いたな。お母さんの薬は姉ちゃんが買うとくから」
     国彦、下を向いている。
     キヨ、袋から紙幣を一枚抜き取る。
キ ヨ 「ほら、これでなんかお菓子買い」
     無言で受け取る国彦。
国 彦 「なあ、姉ちゃん」
キ ヨ 「何?」
国 彦 「白豚ってしっとるか?」
キ ヨ 「?」
国 彦 「うちの女工が外出るとな、普段から陽に当たらんから生白くて、食べ物のほうばかり見るから、みん
     な白豚呼びよるんや」

○ 紡績工場・食堂
     お櫃には米(外米)が炊かれているが、皿には蠅のたかった、腐敗したおかずそれでも、箸を取って食
     べる女工。

○ 浅草
国 彦 「あんなん、可哀想じゃ」
     キヨ、国彦をじっと見ている。
キ ヨ 「クニ坊、今度大貫さんに逢わせてあげる」
国 彦 「? 」
キ ヨ 「大貫さんは、立派な人なんよ。きっとクニ坊に大事なこと教えてくれると思うから」
     国彦、不快な表情になる。
キ ヨ 「じゃあ、お姉ちゃんがお金ちゃんと預かったから」
     キヨ、そそくさと国彦から離れる。
     キヨ、給与袋を強く握りしめる。

○ 伊勢佐木町
     芝居小屋や映画館が並んでいる。
     西部劇映画の看板。
呼び込み 「さあ、初封切りの映画だよ。本邦到着してすぐ、一番早く見られるのはここだけだ。さあ、入った入
      った」
     武雄達が、伊勢佐木町を歩いている。

○ 芝居小屋の裏
     ギユンが手招きをしている。
     武雄達がやってくると、ギョンウォンがいる。
ギユン 「姉ちゃん」
ギョウンウォン 「(武雄達に)こんにちは」
     武雄達も挨拶する。
ギョンウォン 「ギユンに友達がいて嬉しいわ」
     ギユン、複雑な顔をする。
     友達と言われて、武雄達が怒り出さないか心配している。
カンジ 「こいつ、木彫りが上手じゃ」
タツゾウ 「なかなかじゃぞ」
武 雄 「うまいうまい」
     そこに、芝居小屋の支配人が出てくる。
     支配人は洋装で身なりもきっちりしている。
支配人 「ギョンウォン、お使いにいっておくれ……おや」
     子供達を見つける支配人。
支配人 「ギユンの友達かい」
ギョンウォン 「(怒られやしないかと怯えて)……はい」
支配人 「そうか」
     子供達を手招きする支配人。
     裏口に案内する。
     2階席に来る支配人と子供達。
支配人 「ここから見ていき」
     舞台では剣劇の芝居が行われている。
ギョウンウォン 「(支配人に)すみません」
     芝居を乗り出して見ている子供達。
     支配人、それを面白そうに見ている。
支配人 「外地と内地の子が一緒とは、面白いじゃないか」

○ 鶴見署 署長室
     河合が部下から報告を聞いている。
河 合 「爆弾を持っていただと?」
署 員 「はい、日比谷で検挙した男の部屋で見つかったそうで」
河 合 「集会ビラは、片っ端から取り上げろ。富山のような騒ぎになってはかなわん」
署 員 「分かりました」
河 合 「大貫じゃ、大貫を早く捕まえぃ」
     河合、窓から外を見る。
     窓の外には工業地帯。
河 合 「一触即発じゃぁ」

○横浜駅
     待合室に大貫がいる。
     そこにキヨがやってきて大貫に駆け寄る。
大 貫 「遠くまですまないな」
キ ヨ 「東京は危ないんでしょ」
大 貫 「ああ、何人も捕まってる」
     キヨ、バッグから封筒を出す。それは国彦の給料袋である。
キ ヨ 「これ」
     袋を受け取る大貫。
大 貫 「すまない。助かる」
キ ヨ 「気にしないで。あの……」
大 貫 「ここまで来てもらって悪いが、今日はすぐに行くところがある。ハッパの受け取りがあるから、後でな」
キ ヨ 「そう……」
     大貫立ち去ろうとするが、途中で足を止める。
大 貫 「そうだ、これを郵便に出しておいてくれたまえ」
     大貫、キヨに手紙を渡す。
キ ヨ 「これ、預かっていいの?」
大 貫 「なんてことのない僕の私信だ」
     大貫立ち去る。
     キヨ、手紙を裏返して差出人住所をじっと見る。名前は書いていない。

○ 本牧の浜
     一人で泳いでいる武雄。
     浜にあがると、ギョンウォンがいる。
ギョンウォン 「ギユン見なかった?」
武 雄 「洞窟のほうかなぁ」
     浜辺を歩く、武雄とギョンウォン。
武 雄 「なんか用事か?」
ギョンウォン 「お父さんが、大阪で仕事見つけたって。それを言いに」
武 雄 「大阪いくんか?」
ギョンウォン 「私とギユンは朝鮮に帰る」
武 雄 「……そうか」
ギョンウォン 「ギユンが、朝鮮で兵学校行きたいいうから。タケオ、ギユンは兵隊になれるかな?」
武 雄 「大丈夫じゃ、ギユンも立派な兵隊になれる」
ギョンウォン 「そう(笑う)なら嬉しい」
     浜にぼたぼたと大粒の雨が落ちる。
     すぐに周りは土砂降りとなる。
     二人ともずぶ濡れになって洞窟に駆け込む。
武 雄 「夕立じゃ、しばらくすれば止むよ」
     武雄、ギョンウォンの姿に目がとまる。
     ギョンウォンの麻の服は濡れて体に張り付いている。
     武雄、目をそらす。
     武雄の下半身は勃起している。
武 雄 「(大声で)早く止まんかのぅ!」
     洞窟の中から二人海を見ている。

○ 横浜・連れ込み宿
     窓の外は豪雨。
     大貫とキヨが裸で汗だくになって絡み合っている。
     キヨのあえぎ声は、豪雨の音にかき消される。
     したたる大貫の汗を、キヨが舐め取り満足そうに笑う。
     大貫は、それを見て横を向き迷惑そうな顔をする。
     窓にも大粒の雨が叩きつけている。

○ 本牧の浜
     快晴の夏空である。
     武雄達5人が岩場に腰掛けている。
カンジ 「オギクボも、もう帰るんか」
武 雄 「ああ、もう夏休みがおわりよる」
タツゾウ 「淋しいなぁ」
ギユン 「イツ帰る?」
武 雄 「25日や」
カンジ 「そうか……」
マキジロウ 「なあ、横須賀いかんか?」
カンジ 「横須賀?」
マキジロウ 「海軍の戦艦とが見られよるぞ」
タツゾウ 「あかん、許可なしで行ったらいけん。スパイ防止や」 
マキジロウ 「だから。小舟でこいで行こう、海からなら見える」
カンジ 「掃海艇に機銃掃射されてまうわ」 
マキジロウ 「大丈夫や、俺らなら子供ばっかりや。迷うた言うたら許してくれる」 
武 雄 「そのまえに撃たれるんと違うか?」
マキジロウ 「そん時は白旗あげてすぐバンザイや」
ギユン 「行きたい……」
     ギユンを見ている武雄。
武 雄 「よし、行こう!」
カンジ 「行こうぜ!」
     子供達気勢を上げる。

○ 鉄の家
     鉄の家の水汲みをしている武雄。
     家から声が聞こえる。
 鉄   「タケ坊、肩揉んでくれるか」
武 雄 「うん」
     武雄、縁側で鉄の肩をもむ。
 鉄   「もうすぐ帰るんやな」
武 雄 「うん」
 鉄   「また、来いよ」
武 雄 「うん…… 」

○ 本牧の浜 (夜明け前)
     まだ、薄暗い中、子供達を乗せた小舟がこぎ出す。

○ 船の上
     5人全員が揃っている。
カンジ 「いいか!城ヶ島目指して間違えたんやど!」
     5人頷く。

○ 海岸沿い
     海岸沿いを行く小舟。
     子供達が交代でこいでいる。

○ 横須賀近辺

○ 船の上
カンジ 「いよいよや。オギクボちゃんと見ぃよ」
武 雄 「ああ、うん」
     船の向こう、海から見た山陰に軍艦が見えてくる。

○ 横須賀海軍工廠
     帝国海軍の船が停泊している。
     巨大艦も多く、見るものを圧倒する。
     子供達、船の上から遠くに見ている。
マキジロウ 「ドックのほう見てみぃ」
     ドックには天城型巡洋艦が建造中である。
     子供達、艦艇の威容に圧倒されている。
カンジ 「すげぇ」
     いきなり、大きな警報が鳴り出す。
     子供達何事かと周りをみまわす。
     小型艇、何隻も小舟に向かっている。
武 雄 「なあ、ギユンは朝鮮人のスパイと思われんか」
カンジ 「そうや、きっと逮捕されよる」
タツゾウ 「(艪に飛びつき)監禁されるぞ」
     必死になって逃げる子供達。
     交代で艪をこいでいる。
     浜に乗り上げる小舟。
     武雄達そのまま走って山に入る。

○ 山中
     必死で走る武雄達。
     遠くで警備隊が追っている。

○ 開けた場所
     フラフラで倒れる武雄達。
カンジ 「もう、来んじゃろ」
タツゾウ 「海軍も……たいしたこと無いのぅ」
     笑う武雄達。その笑いもトーンダウンして、武雄が、カンジが、タツゾウが、マキジロウが、ギユンが、
     嬉しいのと、別れの悲しさをごまかすように笑っている。 

○ 本牧の浜
     夕暮れ。
     夏の最期で蝉の鳴き声がやたらにうるさい。
     武雄達がいる。
     沖には貨客船が進んでいる。
     無言の5人。
     やがて日が暮れる。
武 雄 「じゃな」
カンジ 「おお」
ギユン 「うん……」
     子供達、ばらばらの方向に帰って行く。

○ 鉄の家(朝)
     見送る鉄と、ミチ

○ 武雄の家(夕)
     すっかり日焼けした武雄が帰ってくる。
     満足そうに見ている正。
ア サ 「クニちゃんも、住み込みから帰って来とうよ」
武 雄 「そうか。ちょっと行ってくる」
     家を駆け出す武雄

○ 国彦の家
武 雄 「クニちゃーん」
     家から、国彦が出てくる。
     大人びた暗い表情である。
武 雄 「クニちゃん……どうしたん病気か?」
国 彦 「別に……病気なんかしとらん」
武 雄 「でも顔色悪いぞ」
国 彦 「姉ちゃんが、……母ちゃんの薬買うとらん」
武 雄 「.……?」
国 彦 「いや、別に……また学校で会おうな」
武 雄 「うん」
     国彦、家の中に入っていく。
     武雄、納得のいかない顔でそれを見送っている。

○ 東京
     密集した家々。
     木造の電信柱が乱立している。
 T   「1923年9月1日」 
     空は曇り空

○ 浅草
     賑わう人々。

○ 東京府・荻窪 第一小学校
     学校から武雄と国彦が出てくる。
国 彦 「よう陽に灼けたのう」
武 雄 「灼けただけじゃないぞ」
     歩く、武雄と国彦。
武 雄 「波があっても2キロは泳げる」
国 彦 「ほんまかぁ」
武 雄 「いや、もっと泳げる」
     泳ぐフリをしながら歩く武雄。
     ふと、暗い顔の武雄に気がつく。
武 雄 「どしたんか」
国 彦 「タケ、あんなぁ、俺ずっと紡績工場で小使いやってたんじゃ」
武 雄 「ああ、よう勤めたな」
国 彦 「女んしがたくさんおった」
武 雄 「そうか」
国 彦 「それが、朝から晩まで働かされとってな」
武 雄 「……」
国 彦 「俺、自分だけ荻窪に戻っていいんか、わからんようなってきた」
武 雄 「また訪ねていけばよかろうもん」
国 彦 「そういうてもな」
武 雄 「顔見知りなら、友達じゃ。堂々行けばいい」
国 彦 「うん……そうか……」

○ ある家
     主婦が竈(かまど)に火を起こしている。

○ ある家
     七輪に炭が入れられている。

○ ある食堂
     定食、そば、ビールなどのお品書きが
     壁に貼られた食堂。
     厨房では、昼飯時の支度がされている。

○ 行き交う路面電車

○ 武雄の家
    
     武雄、井戸から水を汲んで庭の草木に水をまいている。
 T   「11時58分44秒」
     静止したバケツの水。
     水に波紋が出来る。
     次には上下に水が踊り出す。
     突然ドオンと轟音がする。
     庭の木がが縦揺れに揺れ出す。
武 雄 「地震や!」
     武雄、物干し台に掴まる。
     屋根瓦がザラっと落ちてくる。武雄ブリキのじょうろで頭をかばっている。

○ 同・台所
     高いところにかけてあった鍋などが、アサの所に飛んでいく。

○ 2階建ての家並
     梁が斜めになり、2階の重さで押しつぶされる。

○ 石造りのビル
     はじけるようにレンガが飛び散りその後自重で崩れるように倒壊が始まる。

○ 往来
     電信柱が火花を散らして倒れる。
     路面電車が緊急停止したところに。自動車が追突する。

○ 浅草
     倒壊する浅草12階(陵雲閣)

○ 紡績工場
     煉瓦造りの建物が倒壊する。

○ ある家の台所
     七輪が転がり、熱い炭がばらまかれる。
     炭が、脇に積み上げられていた新聞に燃え移り火が出る。

○武雄の家
     武雄の家は平屋なので持ちこたえている。
     揺れが収まってくる。
武 雄 「お母ちゃん、お母ちゃん!」  
     わめきながら台所に行く武雄。
     アサが気絶している。
     倒れたアサの割烹着に火が付いている。
武 雄 「お母ちゃん!お母ちゃん!」
     作りかけの汁をかけて火を消す武雄。
     揺り起こされて、気がつくアサ。
武 雄 「お母ちゃん、おかあちゃん」
     ぼうっとした目で、武雄を見ているアサ。武雄は半泣きになってる。
     アサ、それを見て安心した表情。
ア サ 「タケ!」
     ぴしっと横面をはたくアサ。
     驚く武雄。
ア サ 「なに、泣きよるかえ!大事(おおごと)やぞ!」
     武雄、呆然と見ている。
武 雄 「……」
ア サ 「泣いておらんと、近所の人助けてきぃ」
     アサ立ち上がり、着物の裾を直す。
     スコップを掴み散らばった炭を集める。
武 雄 「……国ちゃんとこ行ってくる」
ア サ 「そうしい。はようはよう」
武 雄 「……わかった」

○ 家の前
     武雄、家を出る。
     電信柱がゆれて、揺り返しが来たことが分かる。

○ 国彦の家
     家の半分は傾いて潰れている。
武 雄 「クニちゃん!」
     国彦が潰れた家の前にいる。
武 雄 「クニちゃん平気か」
     国彦、ビクっとして武雄を見る。
国 彦 「タケちゃん」
武 雄 「平気か?平気か?」
     国彦、我に返る。
国 彦 「お母ちゃんがこの下におる」
     国彦、崩れた瓦礫を取り除き始める。
     武雄も一緒になって手伝う。
国 彦 「母ちゃん、かあちゃん」
武 雄 「国ちゃん、キヨちゃんは?」
国 彦 「朝から銀座行ったから、ここにはおらん!」
     柱の下から国彦の母の手が出てくる。
     国彦、母の手を握る。
     その手が力なくぶらりと垂れ下がる。

○ 本牧の浜
     カンジ達が高台で海を見ている。
     いつもいた岩場は水が引き、魚が飛び跳ねている。
カンジ 「見ろ!」
     沖のほうの海が盛り上がっている
カンジ 「津波じゃ!津波が来るぞぉ」
     逃げるカンジ達。
     大波が浜に押し寄せる。
     浜辺の家がなぎ倒される。

○ 東京 本所区1
 T   「東京市・本所区(現代の墨田区)」
     隅田川の近隣の下町。
     発生する火事。
     消防隊が鎮火に追われる。
消防署員 「水が出らんぞ」
     水道からはまるで水が出てこない。

○ 東京 本所区2
     水道管が破裂してこちらは水浸しになって沼のようにいる。

○ 下町
     密集した家が猛火に包まれている。

○ 東京 銀座
     崩れ落ちる建物。
     女給姿のキヨが出てくる。
女 給 「キヨちゃん、無事か」
キ ヨ 「ああ、ちょっと打ったけど大丈夫や」
女 給 「はよ、お客さん助けんと!」
     瓦礫を掘るキヨ達。
     若い男が虫の息でいる。
キ ヨ 「(つぶやくように)そうや、大貫さん。大貫さんもこうなっとるかも」
     キヨ、ふらっと立ち上がる。
女 給 「キヨちゃん、どこに行くんや!」
     キヨ、けが人には眼もくれず、大通りへと飛び出す。

○ 東京・神田
 T   「東京・神田」
     積み上げられた本が燃えている。
     和綴じの本や巻物なども燃えている。
     店主が必死で消化にあたっている。

○ 往来
     逃げ惑う避難民。
     大八車が押し合いへし合いしている。
     周囲には怒号が飛び交う。
     そこに火の粉が降りかかり、積まれた家財道具が燃え上がる。

○ 陸軍・被服廠前
 T   「陸軍・被服廠跡」
     元陸軍の被服工場の跡地で三角地帯ある。
     この時には、払い下げられ公園とするべく新地にされている。
     避難民が殺到し、その中に紡績工場の女工もいる。
     警官が誘導している。
警 官 「こっちや!被服廠跡に逃げ込め」
     大勢が空き地に流れ込む。
避難民 「もう安心じゃ」
     ほっとしたのか、子供に乳をやっている母親もいる。
     だが、それもつかの間。
     三方から火が押し寄せ来る。
     不安そうに見ている避難民。
     突然、風が吹く。
     その風は強い風となり。避難民が飛ばされ始める。
     風に耐えている避難民に猛火が襲いかかる。(真空状態になったため火が流れ込んでいる)
避難民 「(悲鳴)」
     薄手の夏着物が焼かれ、火だるまになる避難民。
     女工達も火を消そうとがんばるが、自分たちにも火が移り燃え広がってしまう。
キ ヌ 「(悲鳴)」
     次々と避難民が火に焼かれていく。
     髪に油をつけた女性の頭が燃え上がり、暴れて逃げ惑う時にさらに火が燃え広がる。
     手を引かれて逃げる親子。
     そこに焼けたトタンが飛んでくる。
     子供の握った親の手が、ストンと落ちる。
     静かにその手を見ている子供。
     周りの阿鼻叫喚は聞こえていない。
 T   「本所区の被服廠跡は、避難民を三方から猛火が沿い」
 T   「死者3万8000人の大惨事となった」

○ 武雄の家(夕)
     正が帰ってくる。
     アサは庭で、食事を作っている。
     アサ、正に気がつく。
ア サ 「あなた!」
 正   「無事か、武雄は」
     武雄、父を見て泣き出したいのをこらえている。
 正   「……良かった」
ア サ 「クニちゃんとこの奥さんが……」
 正   「そうか、お気の毒にのう」
ア サ 「いったいどうなってるんですか」
 正   「浅草のほうは大火事で、大変なことになっとるらしい」
ア サ 「逃げた方がいいんじゃないですか」
     武雄の家、持ちこたえているがギシギシと音がしている。
 正   「どこに行っていいか分からんうちは、慌てて逃げてん、しょうがない」
ア サ 「じゃあ、どうしますん?」
 正   「小学校に避難民とか来よるから、お前は炊き出しの用意し」
ア サ 「わかりました」
武 雄 「父ちゃん、横浜は?」
 正   「音信不通じゃ。さっぱりわからん」
武 雄 「俺、鉄おじさんのとこに行きたい」
ア サ 「(驚き)何言うん。こんな時に行かせられる訳ないよ」
武 雄 「鉄おじさんが、どうなったか心配や」
     正、考え込んでいる。
     避難民が大勢通りすがっていく。
 正   「……タケ一人で行けるか」
武 雄 「行ける!」
ア サ 「あんた!何おかしなこと言うの、こんな小さい子一人で、危ないとこ行かすなんて」
     正、アサを見る。
 正   「救援物資が来るなら、海からや。山やと食べ物の取り合いになるかもしれん。」
ア サ 「……」
 正   「富士山が爆発するいう噂もある。そうなったら海の方が良い」
     アサ、正と武雄を交互に見てる。
 正   「武雄、いいか一人で行くんやど、怖くないか」
武 雄 「ない!」
 正   「そうか、支度してやれ」
     アサ、躊躇してから米びつをあけ、袋に詰める。
     正、家から短刀(匕首)を持ち出す。
 正   「持って行け」
武 雄 「……」
 正   「ドサクサに紛れて恥ずかしいことをするな。見て見ぬふりもするな」
武 雄 「(毅然と)うん わかった」
 正   「鉄が困っとったら、遠慮なくこっち来いと言え」

○ 町中
     駆ける武雄。
     背中には米と鍋を担いでいる。

○ 国彦の家
     庭にはむしろを被された母親の死体がある。国彦ぼうっと座っている。
武 雄 「クニちゃん」
国 彦 「タケちゃん……」
武 雄 「俺、横浜行く」
国 彦 「横浜に逃げるんか?」
武 雄 「逃げるんじゃない、助けにいくんや」
国 彦 「助けにか」
     国彦、煙の上がる東方向を見る。
武 雄 「もう、いく。 また学校で会おうな」
     地平線のほうは真っ赤に燃えている。
     武雄、そっちの方向へ走り出す。
     見送って、国彦も燃えている方向に走り出す。

○ 品川
     避難民達が火に巻かれ、黒こげの死体となって重なっている。
     キヨ、手もとの紙を見る。
     紙には大貫の住所が書き写されている。
     道には煙に巻かれて窒息した死体が転がっている。
     死体にまじってまだ生きている人間もいる。
     その中で老婆が札を握っている。
老 婆 「(咳)お助け下さい。お助け下さいお金はあげますから、お助け下さい」
     キヨが通りかかる。
老 婆 「後生です、後生です」
     キヨ、老婆の札を取る。
老 婆 「ああ、有り難う」
     キヨ、しばし老婆を見て、振り返り去っていく。
老 婆 「ああ」
     キヨ走り去る。

○ 國道2号線
     現在の国道1号線である。
     真夜中なのに、避難民でごった返している。
避難民1 「聞いたか、監獄がつぶれて、極悪犯が逃げよるそうや」
避難民2 「手当たり次第、家に押し入って、男は殺して、女は手込め、子供はなたで真っ二つじゃ」
     それを聴きながら歩いている武雄。
     警官が声を上げて叫んでいる。
警 官 「いいか、朝鮮人の集まりには注意せい。徒党を組んで打ち壊しを始めるかもしれん。不逞の集会
     を見たらすぐに警察に申し出ぃ」
     周囲、それを聴いて動揺する。
警 官 「このドサクサに略奪、放火がある。見知らぬ者、朝鮮人、恨みを持ちそうな者には十分注意をしろ」
     国道を歩く武雄。
     電信柱が横倒しになっている。
 T   「この当時、ラジオは試験放送が始まったばかりで、電話線も切れた中、十分な通信手段がなかっ
     た」
     道沿いには避難民がたむろしている。
避難民 「東京じゃ、朝鮮人が暴動を起こしたそうじゃ」
     避難民の中に歩き疲れたキヨがいる。
     武雄、その前を通り過ぎる。   

○ 横浜 開港記念横浜会館(朝)
     尖塔は壊れずに健在である。
     だが、遠景に引くと周囲は壊滅し、火もまだ燃えている。
     会館も中から出火した様子が見える。

○ 山手の教会
     倒壊した教会。
     シスターが運び出されている。
     その中には、支配人とギョンウォンもいる。
     周りに信者が駆けつけている。
シスター 「神様の思し召しです」
     泣いている信者達
シスター 「神様にお会いするのが、本当に楽しみです」
     シスター、こと切れる。
     信者達、すすり泣いている。

○ 東京市 亀戸 萩寺
     寺は避難民であふれている。
     煤で真っ黒になった国彦がやってくる。
     国彦、知った女工(ヤエ)を見つけ声をかける。
国 彦 「なあ、キヌちゃんしらんか」
     ヤエ、びっくりして国彦を見る。
ヤ エ 「あんた、荻窪やろ。なんず来たん?」
国 彦 「キヌちゃんとか、どうなったか見にきたんや」
ヤ エ 「そうか、ありがとうずな。キヌちゃんな……、燃えて真っ黒んなって死によったんよ」
国 彦 「……」
     国彦、その場にへたり込む。
国 彦 「燃えて、死によったんか」
ヤ エ 「うん」
     走り回る他の女工達。
ヤ エ 「あんなぁ。いま手が足りんから手伝ってくれん?」
        女工達が組織的に炊き出しをやっている。
ヤ エ 「大人はぼーっとして役にたたん!」

○ 横浜 野毛町
     キヨがふらふらになって歩いてくる。
キ ヨ 「ここだ」
     半壊した長屋。
     壊れた建物の向こうに大貫がいる。
     キヨが嬉しそうに近づこうとすると、
     奥から勝江(23)が子供を抱いて出てくる。
     勝江は、キヨよりも垢抜けていて美しい。
勝 江 「あなた」
     子供を抱きかかえる大貫。
大 貫 「金は持ったか?」
     勝江、懐から袋を出す。
     それは、キヨが国彦から受け取った袋である。
     立ち尽くすキヨ。
     キヨ、大貫に駆け寄る。
キ ヨ 「大貫さん、そのひと誰?」
     ギョッとする大貫。
勝 江 「だれ?」
     大貫、キヨを見る。
大 貫 「知らん!」
キ ヨ 「……知らんって」
大 貫 「早う奥にいけ、おおかた脳病院から出てきたんじゃ」
勝 江 「でも、名前を」
大 貫 「表札でも見たんじゃ」
     大貫、勝江と子供を促す。
     キヨ、大貫に近づく。
キ ヨ 「なんで?」
     すがりつくキヨを大貫が殴る。
大 貫 「なんで来たんじゃ」
キ ヨ 「だって……」
大 貫 「二度と顔出すな!」
     何度も殴りつける大貫。
     ×  ×  ×
     倒れているキヨ。
     顔面は腫れ上がり別人のようである。
キ ヨ 「なんで?……なんで?」
     ×  ×  ×
        避難民が移動している。
     キヨ、道ばたをふらふら歩く。
     その先に警官がいる。
     キヨ、警官に近づく。
キ ヨ 「警察さん、警察さん」
警 官 「(キヨの顔を見てひるむ)な、なんじゃ!」
キ ヨ 「社会主義者の大貫栄治を見ました。逮捕して下さい」
     キヨ、警官に住所の紙を渡す。
キ ヨ 「ホントです。いま爆弾もって準備してます。早う、早う」
     警官、キヨの顔と紙を交互に見る。
警 官 「よし、とりあえず行ってみる。誰かついてこい」
     警官達を見送るキヨ
     キヨ、狂ったように笑い出す。

○ 関内
     倒壊した銀行に人が群がっている。
     調度品などをドサクサで持ち去っている。
     赤い布をつけた男達がいる。
赤布の男 「いいか、救護物資は脅してでも取り立てろ!」

○ 横浜公園 
     避難民と死体が入り交じっている。
     汚いの身なりの小男がいる。
     手には氷を包んだ風呂敷を持っている。
     倒れている子供のそばに、氷を近づける。
     最初は反応しなかったが、溶けた水をちゅうちゅう吸い始める。
小 男 「もうすぐ、助けに来るからがんばれよ」
     ×  ×  ×
     ギユンが隅でじっとしている。
     そこにギョンウォンがやって来る。
ギョンウォン 「ギユン」
ギユン(朝鮮語) 「(姉ちゃん!)」
     二人抱き合う。

○ 大岡川
     鉄の橋が崩れ落ちている。
     周辺の焼け残った建物にサーベルや刀を持った男が集まっている。
男 1 「東京とは連絡がとれん!」
男 2 「火事場泥棒が増えとる」
男 3 「警察はなにしとる」
     男1、日本刀を持って辺りを見回す。
男 1 「昔から、火事場泥棒は死罪じゃ」
     男1をみんなで見る。
男 1 「わしら、在郷軍人会で見回る。不逞な奴は切り捨ててもかまわん」

○ 野毛山の井戸
     井戸の周りにマークが書かれている。
     水を汲みに来た婦人、近くにいた男に止められる。
井戸の男 「あかん!その水飲んだらあかん、山の清水捜しぃ」
婦 人 「なんでぇ。ここいつも使っとるんよ」
井戸の男 「それ、見てみぃ」
     井戸の男、マークを指さす。
井戸の男 「きっと、朝鮮人が毒を入れた印じゃ!飲んだらいかんぞ!」

○ 鉄の家
     たどり着いた武雄。
     家は無事だが、所々壊れている。
     家の中にいたミチが、武雄に気がつく。
ミ チ 「タケちゃん! どうしたん!おとうさんおかあさんは?……(心配そうに)ふたりともも焼けたんか?」
武 雄 「焼けてない。荻窪におる」
ミ チ 「あんた一人で、なんで来たん?」
武 雄 「(少し泣き気味に)……横浜の父ちゃん母ちゃんも心配じゃ」
ミ チ 「そうか……ありがとうな。 こんな遠くまでありがとうな」
     ミチ、武雄を抱きしめる。
武 雄 「こっちはなんともないんか?おじさんは?」
ミ チ 「あん人はピンピンや。今自警団で出かけとる」
武 雄 「自警団?」
ミ チ 「朝鮮人が、東京じゃ暴動起こしよる言うて、たいへんじゃ。タケ坊も朝鮮人見たらすぐ逃げよな」
武 雄 「ほんとか?」
ミ チ 「ほんとや、警察が今朝鮮人捜しよる」

○ 横浜公園
     避難しているギユンと、ギョンウォン。
     そこに支配人がやってくる。
支配人 「おう、ようおった」
ギョンウォン 「支配人さん」
支配人 「今、自警団が、朝鮮人狩りしよる。おまえらここにいたら危ないぞ」
     ギユンとギョンウォン、支配人を驚いて見ている。
支配人 「どこでもいい、しばらく隠れて出てくるな。わしは何人も朝鮮人が殺されたのを見た。あいつら
     見境無いぞ」

○ 大岡川
     橋のふもとに惨殺された死体が転がっている。

○ 鶴見署

○ 同・内
     河合が治安の指揮を執っている。
署員1 「朝鮮人が小学校に乱入して、子供を殺したとの報告です」
河 合 「どこの学校じゃ」
署員1 「はっ?」
河 合 「どこの小学校や言うンや」
署員1 「それは、まだ……」
河 合 「阿呆! ちゃんと照会せんか! こう言う時は流言飛語が飛びよるんや」
     署員2が入ってくる。
署員2 「署長、朝鮮人が毒を入れた印を見つけたそうです」
     署員1、署員2を見て怒鳴る。
署員1 「それはお前が見たんか!」
署員2 「いえ、そういう話をされました」
署員1 「流言飛語じゃなくて、ちゃんと照会した話を持ってこい!」
     署員3入ってくる。
署員3 「河合さん、大貫を捕まえたそうです」
河 合 「そうか、あんなのに先導されたらたまらんかったな」
署員3 「それが……自宅に鉱山から持ち出した爆弾があったそうで」
河 合 「それが、朝鮮人とかの手に渡とったらまずいのぅ」

○ 野毛山
     道に自警団がたむろしている。
 T   「不逞朝鮮人、爆弾を持って潜伏の噂は、瞬く間に広がった」
     往来の人間を誰何している。
団員1 「おまえ!教育勅語を言って見ろ」
通りすがりの男 「我が皇祖皇宗国を始むること……」
団員1 「よし、言って良し 次!」
     そこに薄汚れたキヨがやってくる。
     キヨ、ケラケラと笑ってる。
     団員1、キヨには何もせずに通り過ぎるのを見ている。
団員2 「ほっといていいんか?」
団員1 「おおかた、頭がおかしくなったんじゃ、ほっとけ」
     キヨのポケットから札が見えている。
団員2 「あいつ!頭がおかしいふりしとるだけの泥棒じゃ」
団員1 「なに?」
団員2 「間違いない、ポケットに札が見えた。おい、(周囲の人間に)来い!。身ぐるみはがして調べたる!」
   キヨの跡を追いかける団員達。

○ 根岸(夜)  
     本牧の海岸に向かって歩く、ギユン達。
     そこに屈強な本牧の男二人が棍棒を持って立ちはだかる。
本牧の男1 「お前らとまれ」
     薄暗い中、ギユン達をのぞき込む男二人。
本牧の男1 「コイツ知っとるぞ、芝居小屋の下働きのチョンじゃ」
本牧の男2 「なんで、夜中にうろついてるんじゃ」
本牧の男1 「仲間に知らせにいきよるんやな!」
     ギョウンウォン怯える。
ギョウンウォン 「違ウ」
本牧の男1 「お前、男のガキ黙らせい」
本牧の男2 「どうすんじゃ?」
本牧の男1 「チョンが好き勝手に暴れ取るそうじゃ。ここいらで仕返しせんとな」
ギョウンウォン 「……!」
     ギユン達、来た方向に逃げ出す。
     男達、走って追いかける。
     ギユン達二手に分かれる。
     逃げるギユン。
     男2、背中を捕まえる。
     棒を握った手でギユンを殴りつける。
     棒を振りかざしたところで、声が聞こえる。
武雄(オフ) 「うわぁぁぁぁ」
     ブスリと音がする。
     男2呆然とする。
     男2の背後には血の着いた短刀を持った武雄がいる。
     武雄も呆然としている。
     男2ゆっくりと倒れる。
本牧の男2 「痛ぇ……」
     刺されたところを抑えて倒れ込む。
ギユン 「タケオ……」
武 雄 「ギユン、行こう」
ギユン 「姉ちゃんが……」

○ 根岸の山の中
     男1に捕まえられている、ギョンウォン。
     その背後から石を持って殴りかかるギユン。
     頭に石がぶつかり、男1失神する。

○ 本牧海岸近くの山中
     前に武雄達で来た洞窟。
     武雄とギユン姉弟が身を潜めている。
武 雄 「ギユン、無事やったんやな」
ギユン 「ここまで来たんか」
武 雄 「うん……。こんなことにまで、なっとうとは思わんかった」
     うつむく武雄。
ギョンウォン 「ありがとお」

○ 本牧の海
     地元の男達が、ギユン達を探している。
     猟銃を持った男もいる。
猟銃の男 「ほんまに鮮人にやられたんか」
地元の男 「不逞鮮人じゃ、見つけたらすぐやれよ」
猟銃の男「(笑う)天下晴れての人殺しじゃ」

○ 洞窟
     潜む、武雄達。
     そこに石油ランプの灯りが浴びせられる。
??? 「おったぞ!」
     身構える武雄達。
??? 「なんでや、なんでオギクボもおるんじゃ」
     灯りの主はカンジたちである。
武 雄 「(喜び)カンジか!」
カンジ 「ここや、思うたらドン的中じゃ」
     まだ、警戒している武雄達。
タツゾウ 「お前ら、見つかったら殺されるぞ」
カンジ 「不逞鮮人にやられた言うことで、自警団が大騒ぎしとる」
武 雄 「(不安な顔)お前らもそうなんか?」
マキジロウ 「姉弟で子供や言うから、ギユンかもしれん言うて見に来たんや」
武 雄 「……」
     武雄の服、返り血で染まっている。
カンジ 「……船がある。海から逃げよう」

○ 本牧の海岸
     こっそり船を出す武雄達。
     カンジが漕いでいる。
     マキジロウ、シャツを脱ぐ。
マキジロウ 「これ着い。そんなんすぐ目立つぞ」
     マキジロウのシャツを着る武雄。
カンジ 「なんで、オギクボ来たんや」
武 雄 「津波が来たいう話きいた。心配したぞ」
カンジ 「ああ、来た。あんなでっかいの始めて見た」
マキジロウ 「俺ん家流されてしもうた」
タツゾウ 「俺らよう逃げたわ」
武 雄 「なら良かったな」
カンジ 「オギクボんとこは?」
武 雄 「ウチはなんとかなったんけど、東京は壊滅や」
カンジ 「そうか……」
     海の彼方、東京湾は赤黒くなっている。
タツゾウ 「これからどうする?」
武 雄 「……あの鶴見のおいさんとこ行こう」
カンジ 「警察か?」
マキジロウ 「でも、警察が朝鮮人捕まえよるぞ」
武 雄 「あの、おっさんなら保護してくれる」
     船の上の武雄。カンジ、タツゾウ、マキジロウがお互いの顔を見る。
カンジ 「あの、おっさんなら大丈夫か」
タツゾウ 「どうやっていく?」
カンジ 「海から行ったら、逃げようが無い。やっぱオカから行こう。

○ 山下町(夕)
     上陸する武雄達。
     避難民が身を寄せ合っている。
     その中をずんずん歩く武雄達。
武 雄 「知ってる顔の人が、こっちみて騒がんか?」
カンジ 「知ってるなら悪させんとわかるやろ」
     武雄、カンジの顔を見る。

○ 桜木町当たり
     海沿いを歩いていく子供達。
     自警団の人間がいる。
     彼らの声が聞こえて来る。
桜木団員1 「女と、男の子供だそうだ……」
     武雄達、避けて倉庫の裏道を行く。
     倉庫を出たところで、ばったりと
     別の自警団員の二人と出くわす。
桜木団員1 「だれだ!」
カンジ 「……親とはぐれたんで待ち合わせ場所に行きます」
桜木団員1 「ここいらの子か」
カンジ 「そうです。野毛山に住んでました」
桜木団員1 「そうか、あそこいらは火事でたいへんやったなぁ。いけいけ、父ちゃん母ちゃん見つかると良いな」
     通り過ぎようとする武雄達。
     そこでランプが、ギョンウォンに当てられる。
桜木団員1 「……おい。……おまえ ダジヅデドって言って見ろ!」
   ギョンウォン固まる。
桜木団員1「早く言え!」
ギョンウォン「……ダ」
   そこに団員2が割ってはいる。
桜木団員2「この子達なら心配ないです」
     団員2自分にランプを向ける。それは鉄である。
     目を見張る武雄。
 鉄   「知った子もおる」
     鉄、武雄を見る。
団員1 「そうか、ならいいな」
 鉄   「お前ら、早う行けよ」
     武雄達、二人の間を通り過ぎる。
     鉄、武雄の背中に話しかける。
 鉄   「ここん先の倉庫に朝鮮人が集まっちょる。そん子連れて行って、しばらく隠れとけ言うちょけ」
     武雄、鉄の顔を見る。
 鉄   「(自分に言い聞かせるように)卑怯は恥ぞ」
武 雄 「(うなずく)!」

○ 鶴見署
     机の上に井戸の記号の写しがある。
     腕組みしながら見ている河合と署員達。
河 合 「子供の落書きじゃないのう」
     後ろから署員3が覗く。
署員3 「何やってるんですか?」
河 合 「記号の暗号解きじゃ」
     署員3前に出る。
署員3 「これって……」

○ 横浜 倉庫街
     倉庫の陰に朝鮮人達が集まっている。
男1(朝鮮語)「(あちこちで朝鮮人を見たら殺しちょる)」
男 2 「(どっか立て籠もるしかないぞ)」
男 3 「(そうだ、武器もって倉庫に立て籠もろう)」
     その中にサンジも混じっている。
サンジ 「(そんなことしたら、他の朝鮮人が余計ひどい目に遭うぞ)」
男 1 「(俺らが、今生きるか死ぬかだ。黙って殺されてたまるか!)」
     そこに武雄達がやってくる。
     サンジ、ギユンに気がつく。
サンジ 「ギユン、ギョンウォン」
ギユン 「(父ちゃん)」
     親子抱き合う。
     サンジ、武雄達に気がつく。
サンジ 「(こいつら、日本人の子じゃ)」
男 1 「(なんだと!)」
男 2 「(殺してしまえ!)」
     殺気立つ朝鮮人達。
     ギユンが両手をひろげて止める。
ギユン 「(ダメじゃ、こいつらは友達じゃ)」
ギョンウォン 「(助けてくれたんはこの子達よ)」
     サンジが、周りの大人達を納める。
サンジ 「(早く帰ってもらえ)」
ギユン 「(鶴見じゃ、鶴見に行こう)」
サンジ 「(鶴見?)」
武 雄 「今は鶴見署のおっさんしか頼れんのじゃ!」

○ 鶴見署前
     鶴見署前に朝鮮人が集まっている。
     サンジ達もその中にいる。
     余震で時々電信柱が震えている。

○ 同・署長室
     署員1、慌ててやってくる。
署員1 「河合さん、朝鮮人が保護を求めてきてます」
河 合 「かまわん、入れてやれ」
署員1 「でも、大貫の爆弾持っていたらどうするんです。中で暴れたらひとたまりもありません」
河 合 「……! 」
署員1 「かくまったら、我々が何をされるか!」
河 合 「むう……」
署員1 「警察が打ち壊しに逢うんですよ!」

○ 鶴見署前
     警官が声をかけている。
警 官 「これ以上は来るな! 来るな!」
サンジ 「保護してくれ、殺される。殺されてしまう!」
     一体が、騒然となっている。
        そこに河合が出てくる。
河 合 「聴け!」
     周りにいる人間、おそるおそる河合を見ている。
     武雄達も遠巻きに見ている。
河 合 「女子供、けが人は中に入れる。男どもは周りにいろ。警官が保護する」
     武雄、呼びかけを聞いてほっとした表情。
武 雄 「やっぱり、おっさんじゃ」
カンジ 「さすがじゃ、あのおっさん」
     カンジ、ギユンとギョンウォンを見る。
武 雄 「また会おうな」
ギユン 「また」
     ギユンとギョンウォン、武雄達を見て署の入り口に入っていく。
     見送る武雄達。
     ギユン達も振り返って、鶴見署に入っていく。

○ 國道1号
     帰る武雄達。
     そうすると血相変えた男達が反対側からやってくる。
男達の声1 「鶴見署に朝鮮人がおるんか!」
男達の声2 「東京では、集めて皆殺しにした言うぞ」
     ぞっとした顔で、それを見送る武雄達。
     武雄達、来た道を駆け戻る。

○ 鶴見署前
     さっきとは違い、狂気に満ちた群衆が囲んでいる。
     手に武器を持ったものもいる。
群 衆 「毒を入れた朝鮮人がおるやろ!」
群 衆 「朝鮮人を出せ!」
群 衆 「不逞鮮人の味方をするなら、警察も同罪じゃ!」
     群衆がどんどん増えて行く。
     怒号が飛び交う中、武雄達が駆けつける。
群 衆 「本牧じゃ、怪我させて逃げたらしいぞ」
群 衆 「放火もしたそうじゃないか」
群 衆 「放火もしたんか!」
     群衆達が互いの憶測からヒートアップしていく。
     武雄達は、それを見てるしかない。
     群衆の前のほうがざわめく。
     河合が出てくる。

群 衆 「朝鮮人を出せ!」
     河合、堂々として入り口の段の上に立つ。
河 合 「(怒号)聞けぃ」
     周りが静まりかえる。
河 合 「朝鮮人が毒を入れたのを見たのがいるか!」
     群衆からは無反応。
河 合 「では毒を入れた井戸を見た人間はおるか!」
     群衆の中から「俺も」「俺も」と声がする。
河 合 「では、今すぐそこから水を汲んでこい!」
     ざわめく群衆。
     河合前の男を指さす。
河 合 「お前!今すぐ汲んでこい! 俺が飲んでやる」
     群衆は静まりかえる。
     静かに水汲みを待っている。
河 合 「いいか、俺が死んだら朝鮮人は渡してやる」
     水筒に水を汲んできた人間が帰ってくる。
     河合、それに口をつけようとする。
群 衆 「おい、本当なら死んでしまうぞ」
     河合、群衆を睨む。
河 合 「ちゃんと死ぬどうか、みておけ!」
     ぐぐっと河合、喉を鳴らして水筒の水を飲む。
     署の中からも避難した朝鮮人達が見ている。
     周りが固唾を呑んで見守る。
     河合の様子には異常はない。
河 合 「どこの井戸の水でも持ってこい!」
     群衆達、だまっている。
河 合 「毒入れた印言うのは水道の記号じゃ、このバカが!」
     河合、紙を群衆に見せる。
     記号には朱で「下水道方向」などの記号が記載されている。
河 合 「さあ、帰れ。ここにいる朝鮮人はただの労働者じゃ」
     帰ろうとする中に動かない男もいる。
群衆1 「本牧で朝鮮人に刺された言う話も嘘か! 」
群衆2 「そうじゃ、確かに刺されたのを見た者(もん)もおるぞ」
河 合 「……」
     武雄、河合の顔をじっと見ている。
群衆1 「刺された証拠なら持ってこれるぞ」
     群衆また、どよめき始める。
河 合 「いいから帰れ!」
     怒号が飛び交う。
     群衆の中にはサーベルを抜く者も出始める。
武 雄 「(大声)本牧で刺したんは俺じゃ」
     群衆、武雄を見る。
武 雄 「俺が、俺が刺したんじゃ。子供ん乱暴しよるから俺が刺したんじゃ」
     武雄、短刀を抜く。刃には血が付いている。
武 雄 「これが証拠じゃ! 俺を逮捕せい」
群衆1 「こいつ朝鮮人やな」
     群衆、殺気だって武雄を取り囲む。
     警官が武雄の周りに集まる。
     河合が武雄の元にやってくる。
河 合 「それ出せ」
     武雄、河合に短刀を渡す。
河 合 「(大声で)見ろ、こんな子供でも何が正しいかわかっちょる!悪いのは乱暴しようとしたやつらじゃ」
     武雄、河合を見ている。
河 合 「何もしよらん、朝鮮人を斬ったのはどいつじゃ! 殴ったのは誰じゃ! 逮捕するから出てこい!」
     群衆沈黙している。
河 合 「そいつらを逮捕してから、お前らの言うこと聴いちゃる! 」
     群衆、河合に気圧されて散り散りになっていく。
     武雄達が最期まで残っている。
     河合、武雄達に気がつく。
河 合 「ん……(気がつく)おまえら、あん時の子か」
カンジ 「そうじゃ」
タツゾウ 「おっさんかっこよかったぞ」
河 合 「あん時の朝鮮の子は?」
武 雄 「ちゃんと連れて来た。中におる」
河 合 「そうか。連れてきてくれたんか」
     武雄達を見回して
河 合 「……よくやった」
武 雄 「逮捕か……?」
河 合 「せんわけにも行かん。だがもっと先じゃ。落ち着いたら出頭せい、責任もって悪いようにせん」
マキジロウ 「さすが、おっさんじゃ」
カンジ 「なあ……おっさん怖くなかったんか」
河 合 「水飲んでか?」
カンジ 「そうじゃ」
河合 「タダの水ともうわかとったからな。ここまで連れてきた、おまえらのほうが怖かったやろ」
武 雄 「……」
河 合 「ようやった。こんな時におまえら本当にようやった」

○ 鶴見署(朝)
     ギユン達と武雄達が別れを告げている。  

○ 道
     夜明けの道を帰る子供達。
 T   「1923年9月3日から5日にかけて、流言飛語による殺戮はピークを迎えた」
     道の脇に死体がある。
武 雄 「……死んだら、こんなに臭くなるんやのぅ」

○大岡川
     裸の女の死体が浮いている。
     背中には特徴的な痣、キヨである。
     キヨの死体、他の被災者の死体に混じり区別が付かなくなる。
     地平線では、まだ煙が何条か上がっている。
     蝉がうるさく鳴き始める。
     (了)