「大人の条件」 《主な登場人物》 千明澪  (21)介護士  (みお) 及川俊  (21)ハルの孫 千明広之 (45)澪の父 千明麻里 (43)澪の母 千明柚生 (17)澪の妹  (ゆい) 安本夏美 (21)澪の友達 西崎香織 (21)澪の友達 及川ハル (73)施設利用者 河野秀一郎(72)施設利用者 小林義蔵 (74)施設利用者 高木淑子 (70)施設利用者 山本誠二 (35)澪の上司 青山早紀 (33)看護士 松本朋美 (45)澪の先輩介護士 田沼美佐 (43)澪の先輩介護士 中山緑  (48)澪の先輩看護士 後藤健吾 (21)香織の彼氏 野々村真一(30)医者 木村多恵 (37)介護士 早川悠人 (35)夏美の彼氏 宮坂真紀子(25)夏美の先輩 ■千明家・外観(深夜)      2階建ての中古住宅。 ■同・澪の部屋      散らかり放題の部屋。      小さなテーブルの上には、雑然と置かれた化粧品やネイルアイテム。      うっすらとホコリをかぶっている。      ベッドに寝ている千明澪(21)。      寝返りを打ちながら、両手を掻きむしる。      カサカサな皮膚から滲む血液。 ■同・キッチン(朝)      テレビ画面には天気予報。その音が響いている。      制服姿で、弁当箱に卵焼きやソーセージを詰めている、千明柚生(17)。      パジャマ姿の澪が来て、欠伸をしながら    澪「おはよ〜」      ちらっと澪をみて   柚生「おはよ」    澪「母ーさんは?」   柚生「もう行った。会議だって」      澪、伸びをしながら    澪「朝ごはんは?」   柚生「パンでも焼けば? そこの棚にある」      顎で棚を指す柚生。    澪「あっ、柚生ちゃん……お姉ちゃんのお弁当は……?」   柚生「自分のことは自分でする!」    澪「……ですよね〜」      柚生、詰め終わった弁当をナフキンで包みながら   柚生「早くしないと遅れるよ!」    澪「(突っ立ったままで)は〜い」 ■同・リビング      背広姿の千明広之(45)がネクタイを締めながら、   広之「とーさん、今晩食事係なんだけど、なにがいい?」   柚生「いらない」   広之「いらないって……あーカレーにするか」   柚生「塾の模擬試験で遅くなるからいらない」    澪「あたしも飲み会」      広之淋しそうに   広之「そっか……父ーさん一人か……」      弁当箱をカバンに入れる柚生。   柚生「いってきます」      スタスタと出て行く柚生。      かったるそうにパンをトーストする澪。 ■ベストライフ・外観      煉瓦の洒落た造り。     『介護老人保健施設・ベストライフ』の看板。 ■同・ホール      テレビを観ている老人たちや、奇声を上げて騒いでいる老人、ボーと一点を      見つめている老人ら。 ■同・洗面室      ゴム手袋を外して、汚物入れと書かれたポリバケツに投げ捨てる澪。      ゴシゴシと石けんで手を洗いながら、カサついた手を見つめて、ため息をつく。      夕食の時間を知らせる館内放送が流れる。 ■同・廊下     『及川ハル』のネームプレート。 ■同・中      介護用ベッドを起こし、食事をしている及川ハル(73)。      食事介助をしている澪。   ハル「(大声で)大変〜た・い・へ・んだー」    澪「ハルちゃん、水分取らなきゃダメなの!」      湯飲みを無理矢理ハルに渡す澪。   ハル「(首を振りながら)いらない、いらない」    澪「ちゃんと飲んで!」      ハル、ベッドから慌てて降りて、廊下に向かい茶をふりまく。    澪「(唖然)ハルちゃん!」   ハル「お花枯れちゃう……これで安心」      濡れた廊下をみて微笑むハル。    澪「またやられた……」      ため息をつく澪。 ■同・廊下      濡れた廊下をモップで掃除している澪。      パジャマ姿に毛糸の腹巻きをした河野秀一郎(72)が、車椅子を動かしながら      やってくる。   河野「八千草さん」      振り返る澪。    澪「えっ?」   河野「あんたは、べっぴんさんだね〜八千草薫そっくりだー」    澪「どうも」      車椅子を停めた手を、腹巻きの中へ入れている河野。      再び、ゆっくりと車椅子を動かす河野。その後ろ姿に向かい    澪「この間は、吉永さゆりって言ったくせに! まぁいっか……」      モップ掛けを続ける澪。その横を携帯電話で話ながら通りすぎる及川俊(21)。      キッ! と俊を睨みつけ    澪「ちょっと待って!」      電話を続ける俊。    澪「(大声で)館内携帯電話禁止です!」      振り返る俊。    俊「(澪を見て自分を指し)オレ?」      うなずく澪。    俊「(電話の相手に)待ってて」    澪「(ぶっきらぼうに)スミマセンガ! 携帯電話をご使用なら、この廊下を右に      曲がった所から外に出られますので!」    俊「はいはい……」      渋々と電話を切り、歩き去る俊。 ■居酒屋・中(夜)      テーブル席で楽しそうに話をしている、安本夏美(21)と西崎香織(21)。      そこへ『ベストライフ』とプリントされたジャージ姿で現れる澪。    澪「ごめーん! 遅れた」      夏美と香織、澪のジャージ姿に一瞬驚き   夏美「……忙しかった?」    澪「あ〜帰ろうとしたら主任に呼び止められてさ! 急いでるって言ってるのに、      あーだ、こーだ言うし」      注文を取りに来た店員に    澪「あたし、生、う〜大生ねっ!」      と言いながら座につく。   香織「3人で会うの久しぶりだよね」      うなずく2人。   夏美「澪、セレブな御曹司見つかった?」    澪「無理無理! あんまり面会来ないよ!」   夏美「そうなの?」    澪「家族は、やっかい払いできてホッとしてるんだよ! (香織をみて)いいな〜      香織は」   香織「えっ?」    澪「いつも綺麗にしていられて」   夏美「受付嬢は会社の顔だものね」   香織「お化粧崩れなんてしてたら大変! すぐに先輩に裏に呼ばれるの」      澪「ひえ〜」   香織「この間、フロアにゴミが落ちていて拾おうとしたら、先輩にすっごく怒られたのよ」    澪「どうして?」   香織「汚れたものを手にしてはいけません! それは、清掃会社の仕事です! てね」    澪「ふ〜ん あたしなんて毎日もっと凄いもん触ってる」      香織と夏美の冷ややかな視線に気づき    澪「あーゴメン……」      自分のかさついた両手をテーブルの下に隠す澪。      店員が生ビールを持ってくる。   夏美「乾杯しょう」      大声で乾杯する3人。 ■××幼稚園・外観(朝)      園児たちの歓声。 ■同・園庭      遊具で遊ぶ園児たち。      見送りに来ている父母ら。  園児1「(大声で)先生〜おはよ〜」  園児2「先生〜」      園庭に立ち園児たちを迎え入れる夏美。   夏美「(笑顔で)おはよ〜」      と大きく手を広げ待つ夏美。      その横を走り抜け、夏美の後ろにいる、宮坂真紀子(25)に駆け寄り抱きつく。  園児1「真紀子先生―大好きっ〜」  園児2「私の真紀子先生なんだから!」      喧嘩をはじめる園児たち。      その様子を見ながら、   夏美「人気ないもんね〜あたし……」 ■同・門の外      その様子を見て夏美に笑顔で会釈する、早川悠人(35)      戸惑いながらも会釈を返す夏美。 ■千明家・キッチン(夕)      夕飯の支度をしている千明麻里(43)。      パジャマ姿の澪が、冷蔵庫から牛乳を取り出しグラスに注ぎ飲む。   麻里「夕飯は?」    澪「夜勤」   麻里「そう」      手のかさつきを麻里の前にちらつかせ、    澪「見て!」   麻里「(表情を変えずに)夕飯いらないなら、早く言ってちょうだい! 支度終わったら      会社に戻るのよ!」    澪「ねっ! あたしの手みてよ」   麻里「(仕方なく)アトピーでしょ! 薬塗りなさい」    澪「(ムッとして)塗らない!」   麻里「治らないわよ」    澪「自力で治す」   麻里「バカみたい」    澪「ステロイドは内臓系統に悪いんだよ! 知ってる?」   麻里「あなたは赤ちゃんの時から使ってるから、今更何言ってるの」    澪「赤ちゃんから塗り続けてるなんて大変! あたし死んじゃうよ!」   麻里「大袈裟な!」    澪「ひどくなったのはここ再近! ゴム手のせい! それから仕事のストレスだって!」   麻里「そう」    澪「排泄介助の時のゴム手が原因なの! ねえ! あたし仕事辞めていい?」   麻里「えっ?」    澪「もう限界なの」   麻里「何を甘ったれた事言ってるの! 約束したでしょ! 最低3年は働くって!」      グラスを強くテーブルに置いて    澪「もういい! 素手で排泄介助してやる!」      ブリブリと立ち去る澪。      夕飯の支度を続ける麻里。 ■ベストライフ・食堂(夜)      ジャージ姿で食事をしている澪。      後ろの席で食事をしている2人の介護士。 介護士A「309号室の高木さんってすっごいお金持ち〜なんですって」 介護士B「そうなの?」 介護士A「お家は白銀台で、亡くなられたご主人は、藤丸物産の会長さんよ!」 介護士B「藤丸物産の……それってすごーい」 介護士A「でしょ! 高木さんって呆けてるけど、何ていうか身からの上品さがあるわよね〜」 介護士B「あるある」      2人の話に耳を傾けながら食事を続ける澪。 ■同・ホール      車椅子やソファに座り、テレビを観ている河野や老人たち。      柱時計が9時を指す。    澪「はーいみなさん、消灯です」      テレビを消す澪。      介護士たちに手を引かれ部屋へ戻る人たち。      澪、河野の車椅子を押し歩き出す。      小林義蔵(74)が澪の側に来て   小林「おはよっ」    澪「(ムッとして)おやすみ」      小林、河野の車椅子を停める。   小林「危ない! あんたこんもん乗ってたら危ないよ!」   河野「えっ! そうなのかい!」   小林「走っちゃうよ 丸いからコロコロ動いちゃうよ!」      その言葉を聞いて吹き出してしまう澪。      小林、車椅子のタイヤを叩いたり噛みつこうする。   河野「大変だ〜」      車椅子から無理矢理下りようとする河野。      ジタバタして落ちそうになる。      河野の前にしゃがみ込み    澪「大丈夫! ねっ大丈夫だから」      と子供をあやすように言う。      小林、河野の前に立ち、通せんぼをする。    澪「もっ! 小林さん早く自分の部屋へ戻ってください!」      澪、河野を座り直させて、車椅子を押す。    澪「ったく! もう!」      振り返り小林を睨みつける澪。 ■同・廊下     『高木淑子』のネームプレート。      ワルツが流れている。      河野の車椅子を押しながら    澪「河野さんちょっと待ってて」      澪、高木の部屋へ入って行く。 ■同・中      高木淑子(70)と楽しそうに話しをしている俊。    澪「高木さん、消灯です」      俊に気づきハッとする澪。    澪「(あっ! 携帯男)」   高木「あらあら、もうそんな時間なのね。俊ちゃん気をつけてお帰りなさい」    俊「うん、じゃあ又明日」   高木「おやすみ、俊ちゃん」      ゆっくりと、俊に手を振る高木。      出て行く俊。    澪「高木さん……お孫さん?」   高木「俊ちゃんよ」      と優しく微笑む高木。 ■リックガーデン・外観(夜)      新しいマンション ■同・香織の家      リビングでほろ酔い気分の香織と澪。    澪「しかしいいよね〜一流企業のOLさんは、こんないいトコ住めるんだもんね〜」   香織「だって健吾が早く一緒に住みたいっていうから」    澪「香織と健吾もう何年?」   香織「高校からだから、今5年目」    澪「うらやましっ」      チャイムが鳴り、後藤健吾(21)が入って来る。   香織「おかえり」   健吾「よっ! 澪久しぶりじゃん」    澪「ケンゴ〜会いたかったよ〜」   健吾「オレも澪に会いたかった〜」      ハグハグし合う2人。   健吾「そうだ! 澪に見せたいもんあるんだ」    澪「なになに?」        健吾着ていた上着を脱ぎ、腕に彫られた入れ墨を見せる。    澪「わ〜お 和彫りじゃん!」   健吾「昨日完成したんだ!」    澪「ってコトは、かなりタイムリー」   健吾「(満足そうに)ホヤホヤ〜」   香織「見えるトコにしないでって言ったんだけど」   健吾「(香織に)嫌い?」   香織「……(首を振り)好きっ!」      香織を抱きしめる健吾。    澪「はいはい」      絡み合う2人をデジカメに納める澪。    澪「夏美、遅いね」   香織「うん」      チャイムが鳴る。 ■同・玄関・中      扉を開ける香織。      夏美と早川が立っている。   香織「?」   夏美「遅れてゴメン。(照れて)あーこちら、私の勤めてる幼稚園の弘太くんのパパで、      早川さん」   早川「こんばんは、はじめまして」      奥から澪が来て    澪「弘太くんのパパって……もしかして……ふっ不倫!」      香織に頭を叩かれる澪。    澪「……」   夏美「ああ〜ちがうの、早川さんは離婚されてて」   早川「何だかすみません。僕が来る所ではないと思ったのですが……」    香織「まあ、上がってください。みんなで飲みましょう」 ■同・リビング      盛り上げっている中、卒業アルバムを開く香織。   香織「ね〜澪ってさ、高校の時はいつもお化粧バッチリで、スッピン見せたことなかった      よね〜」   夏美「そうそう!」   香織「アイメークは澪が教えてくれたよね」    澪「そうだっけ?」   夏美「今、女捨ててるよ!」    澪「(少しムッとして)捨ててない!」   香織「おしゃれな澪ちゃんだったのに……」    澪「今日は、ちゃんとメークしてきた!」   香織「毎日しないと!」    澪「職場に化粧して行っても、誰も気づかないし!」   香織「そんなコトない! 女はいつも綺麗にしているもんよ!」    澪「(怒って)あたしと香織はちがうの!」   健吾「澪、オレは好きだよ〜」      と澪を抱きしめる。    澪「同情すんな!」      健吾からスルーして、一気にグラスに注がれていたワインを飲み干す澪。        ×      ×        ×      みんな酔っぱらっている。   香織「澪、デジカメ貸して〜」      寄り添って寝ている、夏美と早川を写す香織。      デジカメをいじりながら   香織「なあ〜にこれ! おじいちゃん、おばあちゃんばっか写ってる〜」      デジカメを香織と一緒に見る健吾。      澪、香織の側に来て、デジカメを操作しながら    澪「この人が、河野さん。で隣の人が小林さん」   香織「ふ〜ん」    澪「河野さんね、あたしのコトいつもベッピンさんだね〜って誉めてくれるの。      このおばあちゃんは、ハルちゃん。あたしの担当。かなり呆けてるけど、可愛いんだー」   香織「澪はうちのあばあちゃんとも、仲良しだったよね」    澪「うちの母親、ずーと仕事してたし、あたし、ばーちゃん子だったからね」   香織「澪、仕事好きなんだね!」   健吾「(うなずきながら)澪はすげーよっ!」    澪「えっ?」   香織「楽しそう」    澪「……あたしさぁ、仕事辞めようかな……って」   香織「そうなの?」    澪「本当はさ、あたしだって毎日お洒落して仕事したいよ」   香織「転職しちゃえば?」    澪「えっ?」   香織「澪はネイリストになるのかと思ってた」    澪「……うん」   香織「ネイルアート超うまかったじゃん!」   健吾「しちゃえー 転職!」    澪「そうだよねっ! あたしたちまだ若いんだから、いろいろやってもいいんだよねっ!」   香織「(笑って)そうだよ!」    澪「(吹っ切ったように)うん! そうだよねっ!」   健吾「澪、マジで男いないのか?」    澪「うん」   健吾「そんなトコいたら男できないぞ!」    澪「うん……」   香織「澪は、お金持ちの男がいいのよね〜」      一瞬、澪の頭の中に俊が現れる。    澪「携帯男……」 ■ベストライフ・スタッフルーム・外      入り口『スタッフルーム』のプレート。 ■同・中      長椅子に座り、缶コーヒーを飲みなが雑誌を読んでいる澪。      山本誠二(35)が来て、   山本「千明くん、303号室の加藤さんの介助行って」    澪「あの……私今休憩時間なんですが……」   山本「あっそ、じゃあ終わったら行って!」    澪「(ブツブツと)主任が行けばいいのに……」   山本「んぅ?」    澪「あっいえ……」      澪、気を取り直し吹っ切ったように    澪「あのお話があるんです」   山本「何?」    澪「仕事、辞めさせて欲しいんです!」   山本「何突然!」    澪「ずっと考えていたんです。私向いてないかな……って」   山本「ああーこの位の時期ってみんなそう言うんだよね、千明くんここへ来て1年半だろ?      誰もが1度はそう言ってくる」    澪「(両手を見せながら)アトピーなんです! 辛いんです。ゴム手で悪化して」   山本「ゴム手がダメかーじゃあ下の階、一般棟へ移るか?」    澪「一般棟?」   山本「そこなら排泄介助ないから、ゴム手いらないぞ!」    澪「(ブツブツと)あそこは女の園で……新人はみんないじめにあって……」   山本「まあ、うちの棟へ移動してくれる職員がいればの話だけどね、認知棟希望者はいない      からなー」    澪「ならあたし……素手でやります!」   山本「(吹き出して)バカ言ってるんじゃないよ! 感染症にでもなったらどうするんだ!」    澪「……」   山本「まぁ よく考えて! うちの棟みたいにチームワークいい棟はないんだぞ!」    澪「(うっそ!)」      出て行く山本。その後ろ姿にため息をつく。      ロッカーから、新しいゴム手袋を取り出して、仕方なく出て行く澪。 ■同・洗面室      手を洗い終え洗面台横の消毒液をつける澪。鏡に向かい    澪「あ〜やってられない!」 ■同・ホール      自販機から缶コーヒーを取り出し、首をこりこりと鳴らしながら歩く。 ■同・浴室     『空き』の札を『使用中』に変え入る澪。 ■同・脱衣所      大きな伸びをして床に座り込む。    澪「ここなら邪魔されないし」      缶コーヒーを空け一気に飲む。      棚に置かれたバスタオルを枕替わりにして居眠りをする。      ×    ×    ×      浴室の扉が開き、松本朋美(45)に付き添われ入ってくる小林。   松本「小林さん、部屋に着替え置いてきたでしょ! 取ってくるから待ってて」   小林「はいはい〜いってらっしやい」      小林、脱衣所に入り服を脱ぎ出す。      澪、寝息をたてている。      服を脱ぎ出す小林。      全裸の小林が、澪の頭の方に仁王立ちになり股間をブラブラとさせる。   松本「お待たせ〜」      と衣服を持った松本が入って来る。      寝ている澪と仁王立ちの小林を見て   松本「千明さん! 小林さん!」      騒々しさに目覚める澪。    澪「(瞬きをしながら)うんっ?」      調子に乗り腰を振り出す小林。    澪「なに! 何なの?」        起き上がり小林の股間がアップになる澪。    澪「まじ!」   松本「小林さん! やめなさい!」      澪起き上がり柱の時計と松本、小林を見る。    澪「あっ! 寝過ぎた〜」      慌てて出て行く澪。    ■同・廊下    澪「(独り言)あ〜ビックリした〜」      前の方から携帯電話で話ながら歩いてくる俊。      咳払いをする澪。      慌てて電話を切る俊。    俊「よっ!」    澪「(少しムッとして)……」      澪の上着に付いている名札を見て    俊「ちあきちゃんって言うんだ」    澪「えっ?」    俊「ここの施設おもしろいね。名札に苗字入れないんだ!」    澪「ああーこれは、苗字……」    俊「(澪の声にかぶって)オレ俊、よろしく」    澪「ああ……」      再び携帯電話をいじりながら、歩いていく俊。      その後ろ姿に向かい    澪「(大声で)館内携帯電話禁止です」      俊、携帯電話をポケットに入れて、右手を挙げ(わかった)みたいな合図をする。 ■千明家・玄関(夜)      疲れた顔の澪が帰宅する。    澪「ただいまー」 ■同・リビング      リビングのテーブルの上には、たくさんの大学案内のパンフレット。      楽しそうに話している、麻里と柚生。      澪が来て、    澪「ただいま」      澪を見ないで 麻里・柚生「おかえり」      再び盛り上がる、麻里と柚生。      ソファに横になっていた広之が起き上がり   広之「澪、カレー食べるか? 温め直すぞ」    澪「あー疲れたから寝る」      冷蔵庫から缶チューハイを出す澪。   麻里「澪、月末の水曜日休み取れる?」    澪「なんで?」   麻里「柚生ちゃんの志望大学の説明会があるのよ。それで付き添って欲しいの」   柚生「1人で大丈夫」   麻里「ダメよ! 保護者同席でしょ」   広之「あー父さんは、いつでも休み取れるぞ」   柚生「父さんは嫌!」   広之「いやかぁ……」   麻里「月末は、決算で休み取れないのよ、だから澪お願い」    澪「別にいいけど……」   柚生「おねえちゃんで我慢する」    澪「何よそれ!」   麻里「じゃあお願いね」    澪「うん。あ〜母さん話があるんだ」   麻里「(取込中みたいな顔をする)なあに?」    澪「あたし……やっぱり仕事辞める」   麻里「またその話」   広之「澪、そうなのか?」    澪「うん。決めた」   広之「次の仕事決めたのか?」    澪「まだ……でもあたしやっぱりネールの仕事しようと思う」   広之「……そうか」   柚生「(うるさいと言う顔で澪をチラっと見て)ねえ母さん女子大にしようかな〜就職率      すごくいいの!」   麻里「(パンフレットを見ながら)そうね」      麻里と柚生を見ながら缶チューハイを空ける澪。      ゴクゴクと飲みながら出て行く。 ■同・澪の部屋      脱ぎ散らかした衣類や雑誌の山をかき分けて、ベッドに座る澪。      残りの缶チューハイを飲み干す。      ボリボリと両手を掻きむしる。 ■ベストライフ・高木の部屋(朝)      部屋で社交ダンスのステップの練習をしている高木。      澪が来て、    澪「高木さん、おはようございます。いいお天気ですよ」      カーテンを開け窓を全開にする。   高木「ワン・ツッー・スリー・ワン・ツッー・スリー」    澪「高木さん、上手ですね」   高木「今度の日曜日、発表会があるのよ。よかったら、あなたもいらっしゃらない?」    澪「?? (気を取り直して)そうなんですか」   高木「ワン・ツッー・スリー・ワン・ツッー・スリー」      しばらく高木を見ている澪。   高木「ラストダンスを踊るのよ。素敵でしょ」    澪「(笑顔で)はい」   高木「ドレスはね」      ロッカーを開ける高木。   高木「あら、ないわ! 私の新調したドレスが……」      ロッカーをひっかき回す高木。    澪「そうだ! 裾が少し長いって直しに出したでしょ?」   高木「(少し考えて)そうよ! あなたの言うとおりよ」      ロッカーを閉めて、再びステップの練習をする高木。      ホッとする澪。そこへ現れる俊。    俊「ばーちゃん、おはよう」      高木、ステップを止めて笑顔で   高木「俊ちゃん、おばあちゃま、あなたのことを待っていたのよ」    俊「(澪に)よっ!」      会釈する澪。   高木「(澪をみて)あなたの新しいパートナーの方よ」                   俊「(笑顔で)はいはい」      高木、CDをかけて音楽を流す。   高木「踊ってみて」    澪「???」      笑っている俊。   高木「さあ」      高木、澪を俊の前に連れて行き、2人の手を繋がせる。    澪「!」      俊、澪の手を取り踊ろうとする。      慌てる澪。手を離してカサカサの自分の手を見られないように後ろに隠す。      廊下で騒ぐ老人たちの声。      その声に紛れるように部屋を出て行く澪。 ■同・スタッフルーム(夕)      書類を手に打ち合わせをしている中山緑(48)と看護士たち。   中山「(苛ついて)千明さん遅いわね!」   松本「また風呂場で寝てるのかしら」   中山「風呂場で?」   松本「いつものコトよ!」   中山「まぁ!」      そこへ慌てて入ってくる澪。    澪「すみません! 河野さんおトイレ長くて」      冷ややかな目で澪を見る介護士たち。   中山「では、引き継ぎは以上です」      それぞれの仕事に戻る介護士たち。    澪「あっ……」      怪訝な顔をした中山が   中山「千明さん、あなた一般棟へ移動願い出してるそうね!」    澪「(驚いて)いえ! 出してません」   中山「嘘つかなくていいから!」    澪「嘘じゃありません!」   中山「若い子は、ホント要領がいいのよねっ! 私なんてもう何年も腰痛を我慢して仕事      してるの!」    澪「はい」   中山「入浴介助や、車椅子の移動の時なんて、自分の腰をかばいながらやってるの!」    澪「……」   中山「手荒れだか何だかしらないけど、甘ったれた事言わないで!」    澪「はい……」   中山「一般棟への移動は、私が先だから! わかったわねっ!」    澪「はい……」      ブリブリと部屋を出ていく中山。      ムッとする澪。 ■同・駐車場     『職員専用駐輪所』の看板。      ふくれっ面の澪。      ブツブツといいながらヘルメットをかぶり、原付バイクにまたがる。    澪「ありえない!」        エンジンをかける。その音にかぶって    澪「(大声で)ありえないっていうの〜〜〜〜」      と叫ぶ。      走り出すバイク。 ■同・ベストライフ入り口      入り口から出て行こうとする澪のバイク。      後ろから走って来るジャガー。      クラクションが鳴る。      振り返る澪。      澪の横でゆっくりと停まるジャガー。      スモークの窓ガラスが開く。    俊「やぁ! 今日は上がり?」    澪「(驚いて)ああ……」    俊「お疲れ!」      ゆっくりと走り去るジャガー。    澪「(笑顔で)車……いいじゃん!」 ■同・澪の部屋     (ステロイド)の成分表示のある小さな容器。      手にして見つめている澪。      フタを開けるがまた閉めてテーブルの上に置く。 ■××幼稚園・外観 (夕)      園児たちの声が響く。 ■同・教室      テレビで人気のキャラクターや、アニメの絵が飾られている。      ママゴトや走り回っている園児たち。      子供用の机の上で、折り紙を折っている夏美。      扉が開き、早川が入ってくる。      早川弘太(4)が早川に飛びつく。   弘太「パパ〜」      弘太を抱き上げる早川。      手を止め、笑顔になる夏美。   夏美「こんにちは」      楽しそうに話す2人。 ■同・廊下      通りかかった真紀子の足が止まる。      教室の中で話している、夏美と早川をじっと見つめる真紀子。 ■ベストライフ・ハルの部屋(夕)      ハルに食事介助をしている澪。      スプーンを持ち、ご飯茶碗のお粥をすくう。    澪「はるちゃ〜ん、おいしいね〜」   ハル「いらない、いらない」    澪「いらなくないの!」      ホールで騒ぐ老人たちの声が気になる澪。 ■同・ホール      テレビを観ている老人たち。      老人Aがチャンネルを変えると怒り出す、老人B。  老人A「なにするんだ!」  老人B「私はこっちが観たいんだよ!」  老人A「ふざけるな〜」 ■同・ハルの部屋      老人たちの争う声が響く。      苛つく澪。 ■同・ホール      大声を張り上げ喧嘩する老人たち ■同・ハルの部屋      スプーンをテーブルの上に置き、慌てて出て行く澪。      澪の置いたスプーンで、ゴクゴクとお粥を飲み込むように食べるハル。 ■同・ホール      澪や介護士たちが出てきて喧嘩を止める。静かになるホール。      ため息をつく澪や介護士たち。 ■同・ハルの部屋      入って来る澪。      床に落ちている茶碗。      ベッドの上で、顔や唇、手までが紫色になり、苦しんでいるハル。    澪「ハルちゃん! ど、ど、どうしょう!」      慌て出す澪。    澪「ハルちゃん! ハルちゃん!」      右往左往する澪。    澪「落ち着いて! 落ち着いて!」      自分に言い聞かせるが、体中が震えだす。      コールボタンを震える手を押さえながら押す。 コールの声「及川さん、どうしました」    澪「ハルちゃんが……ハルちゃんが……」      声が震え、ドキドキと鼓動を感じる。      看護士の青山早紀(33)が駆けつける。   青山「チアノーゼを起こしてるわね」    澪「はい……」   青山「原因は?」      テキパキと処置をする青山。           澪「私……少しだけ部屋を出て、戻ってきたら倒れてて……」   青山「食事介助中になぜ1人なんかにするの!」    澪「はい……」      段々と顔色が戻って来るハル。      処置を続ける青山。   青山「及川さんには、心臓疾患があることくらいあなた知ってるでしょ! 1人で      食べさせては危険なの! 万が一異物が肺にでも入ったら、大事になってしまう      のよ!」     澪「わかってます……」      ゆっくりと呼吸をするハル。      ハルの顔を見ながら、涙が流れて来る澪。 ■同・スタッフルーム      山本に説教をされている澪。   山本「頼むよ千明くん! 親族に知れたら大事だよ」   千明「報告しないんですか?」   山本「出来るわけないだろが! こっちのミスだよ!」   千明「私のミスです! 報告して下さい」   山本「あのね! そう言う事じゃないのね! こっちサイドの事は一々話してたらキリがない      わけ」    澪「でも完全に私のミスですから!」   山本「とにかく余計な気配りは無用だから」    澪「……」   山本「今回は大目に見てやるから、これからはしっかり頼むよ!」    澪「……」      山本、澪の肩をポンと叩いて出て行く。      ぼんやりと座っている澪。      入ってくる、青山。      立ち上がり、青山を見て    澪「ハルちゃん……及川さんの具合は……」   青山「落ち着いたわ」      ホッとする澪。   青山「(微笑で)驚いた?」    澪「はい……」   青山「私もね、看護士になり立ての頃、患者さんがチアノーゼ起こしてね。どうしたらいいのか      頭ではわかっていても、オロオロして何にも出来なかった事を思い出したわ」    澪「青山さんがですか?」   青山「(微笑んで)ええ」    澪「うそみたい」   青山「そんなに落ち込まないで。同じミスを、二度としなければいいのよ!」      優しく話す青山。    澪「……」 ■千明家・澪の部屋      ベッドの上に座り、ボッーとしている澪。      広之の声がする。 広之の声「澪〜ごはんだよ〜降りてきなさい」    澪「……」 ■同・キッチン      食事をしている、澪、柚生、麻里、広之。      柚生と麻里が柚生の進学の話で盛り上がっている。   麻里「柚生ちゃんあなたなら、来年の今頃は、AO推薦で大学決まっているわよ」   柚生「(自信ありげに)そうかな」   麻里「(笑顔で)ええ」      ボッーとしている澪。   広之「澪、食欲ないのか?」    澪「ああ……」   麻里「そうそう、澪の同級生の千夏ちゃん、来月結婚するんですって!」   柚生「お姉ちゃん……きっと遅いよねっ!」    澪「うるさい!」   広之「澪は理想が高いんだよな!」    澪「えっ?」   広之「お父さんのような男はそうみつからないだろう!」   柚生「はあ?」      そっぽを向き吹き出す麻里。    澪「(笑って)そうだね」      席を立つ澪。    澪「ごちそうさま」   広之「おい、食べてないじゃないか」      部屋を出て行く澪。 ■ベストライフ・職員専用駐輪所・(夕)      ゲリラ雷雨が襲う。稲妻が光る。      へルメットを手にボッーと見ている澪。      走り去ろうとする車が、バックして戻ってくる。      窓ガラスが開く    俊「ちあきちゃん」      澪、ハッとして    澪「どうも……」    俊「帰り?」      うなづく澪。    俊「乗ってきなよ」    澪「(かなり驚いて)えっ!」    俊「雷落ちるよ」      夜空が明るくなり、次の瞬間凄まじい音がして、稲妻が走る。    澪「あっありがとう」      車の方へ走って行く澪。 ■車内      ロック調の激しい音楽が流れている。      キョロキョロと車内を見わたす澪。    俊「オレ、雷苦手でさ!」    澪「あー」    俊「ちあきちゃんは怖くないの?」    澪「別に……」    俊「(笑って)そうだよな。怖いものなんてなさそうだよね」    澪「(怒って)そんな事ない!」    俊「(笑って)悪い悪い」      曲が終わり、美空ひばりの(悲しき口笛)が流れだす。    澪「? 渋い歌聞くんだね」    俊「あーこれ、ばーちゃんの好きな歌。持って来たのに、置いて帰るの忘れて」      しばらく黙って歌を聴いている2人。 ■繁華街を走るジャガー ■住宅街      走ってきて停まるジャガー。      雨がやんでいる。      澪、車を降りて    澪「ありがとう」      うなずく俊。    俊「いいの? 家まで送るよ」    澪「(首を振って)家知られたくないから」    俊「おいおい」    澪「(笑って)もうすぐそこ!」    俊「そっか」      扉を閉める澪。      走り去るジャガーを見送っている澪。    澪「なんかいいかも……」      ニタニタとしながら歩きだす澪。 ■千明家・澪の部屋      風呂上がりの澪。      ステロイドの容器を見つめている。      決心したかのようにフタを開け、手にステロイドを塗る。      その上から白い薄手の手袋をする。 ■ベストライフ・ホール      壁一面に『秋祭り』と書かれた大きな模造紙が貼られている。      化粧をしている澪がその模造紙に秋の景色を貼り付けている。      車椅子を動かして河野が来る。   河野「あんたはベッピンさんだね〜」      無視をして作業を続ける澪。   河野「今日はまた一段と綺麗だ」        手を止め河野を見て    澪「わかるの?」      うん、うんとうなずく河野。    澪「わかるんだ!」   河野「女の人は七変化」      ゆっくりと車椅子を動かしながらテレビの方へ行く河野。      ニコニコとしながら作業に戻る澪。      松本と田沼美佐(43)が側に来て、   松本「なかなかいい感じじゃない」    澪「はい! 頑張りました」   田沼「秋祭り楽しみね」      山本が来て   山本「おう、なかなかいい具合じゃないか!」    澪「(喜んで)そうですかっ!」      山本、クレヨンで描かれた柿や栗を見て   山本「これは〜ちょっと不細工だなー」    澪「えっ?」   山本「もうちょっとリアルに、あ〜見た人が食べたいな〜と思うように作れない?」    澪「……つくり直します」      渋々と柿や栗を外す澪。 ■××幼稚園・門の外      門の前に立っている夏美。      バイクで走ってきて、門の前で停まる澪。      澪、ヘルメットを外しながら    澪「急がしてゴメン!」   夏美「いいよ」      夏美、紙の袋を澪に渡す。      中身をだしながら    澪「わっリアル! おいしそう!」      立体的に作られた柿や栗。    澪「さっすがだねっ!」   夏美「(笑って)お安いご用です」    澪「みんな喜ぶよ! お礼は次回飲みってことで」      笑って首を振る夏美。    澪「ありがとね。じゃあ」      ヘルメットをかぶろうとしたとき、夏美が澪に抱きつき泣きだす。   夏美「澪〜〜」    澪「? どうしたの?」   夏美「もう私、幼稚園辞める〜」 ■同・教室(夕)(回想)      園児たちが帰宅した教室。      真紀子と向かい合っている夏美。  真紀子「私、来春結婚するの!」   夏美「(笑顔で)そうなんですか! おめでとうございます」  真紀子「彼ね、×1で子持ちなの。弘太くん、あー彼の子供も私に懐いていてね」   夏美「弘太くん? もしかして……早川さん……?」  真紀子「あら、わかっちゃった?」   夏美「……」  真紀子「彼ってね、新しいモン好きで、若い子が好きなのよ。でもいいの。お式までは      自由にさせてあげようと思ってね!」   夏美「……」      下を向き涙をこらえている夏美。                          (回想戻り)   ■同・門の外       泣いている夏美。    澪「早川さんにちゃんと確かめたの?」      首を振る夏美。    澪「なんで!」   夏美「……怖くて、聞けないよ……」    澪「そんなんじゃダメだよ」   夏美「だって……」    澪「じゃあ、あたしが聞いてあげる」      澪、携帯電話を取りだして    澪「番号は?」   夏美「いい!」    澪「早く!」   夏美「いいから」    澪「なんで!」   夏美「澪にはわかんないんだよ! 私が今どれだけ不安で、臆病になってるかなんて!」    澪「だから確かめないと!」   夏美「彼氏がいない澪にはわからないの!」      愕然とする澪。    澪「じょあ、あたしの前で泣くな!」      ムッとしてヘルメットをかぶる澪。      エンジンをかけ走り出すバイク。      その後ろ姿を涙顔で見ている夏美。 ■ベストライフ・スタッフルーム      缶コーヒーを飲みながら、事務仕事をしている澪。      青山が来て、ペットボトルの水を澪の机の上に置いて   青山「(笑って)はい、魔法の水よ」    澪「えっ?」   青山「あなた、手荒れているでしょ」    澪「はい……」   青山「コーヒーばかりじゃあダメよ! これ飲んで治して」    澪「アルプスの天然水?」      ペットボトルのロゴを読む澪。   青山「アトピー辛いでしょう」    澪「ゴム手をするようになったら悪化して」   青山「私の子供もね、アトピーだったの。1日たくさんお水を飲ませてるのよ」    澪「水で治るんですか?」   青山「もちろんステロイドの助けも必要よ。でもお水やお茶をたくさん飲むの」    澪「お水やお茶で?」   青山「1日4リットルが理想かな。あとは偏食禁物! きちんと食事をとってね。それから      1日5分程度の体操をするの。カラダ内部の毒素を排出させるのよ」    澪「体操も……」   青山「そのうちにステロイドの助けはいらなくなるわ」    澪「青山さん詳しいですね」   青山「元ダンナがね、皮膚科の医師だったの」    澪「青山さん×1なんですか?」   青山「(笑顔で)そうよ」    澪「はあ……」   青山「やってみて。脱ステロイド!」    澪「(ペットボトルを見て)やってみます」 ■同・ホール      壁に貼られている、作り物の柿や栗をじっと見ている小林。      人目を気にしながら柿や栗を外す。      ムシャムシャと柿を食べはじめる小林。      通りかかった松本が   松本「(大声で)何してるの!」      小林、手に持っている栗も大きく口を開き奪われまいと食べる。   松本「小林さん! 食べちゃだめ!」      河野の車椅子を押しながら通りかかる澪。    澪「小林さん!」   松本「柿、食べちゃって……」    澪「(驚いて)ありえない〜」      もぐもぐと口を動かしている小林。    ■高層ビル街 (夕)      離れた所で、派手な服装の健吾が煙草を吸いながら立っている。      健吾を見つけて嬉しそうに走って行く香織。   香織「健吾。ただいま」      健吾と腕を組む香織。   健吾「おうっ!」   香織「お腹空いた〜」      香織をギュッと引き寄せて仲良く歩いて行く2人。      その後ろで、2人の若い女が健吾の入れ墨を見て眉をひそめ、コソコソと話している。 ■ベストライフ・ホール      老人たちと戯れている澪。      通りかかる俊。      澪に気がついて側へ行く。    俊「チースッ」    澪「(笑顔で)この間はありがとうございました」      俊、ホールを見渡して    俊「秋祭り?」      澪、ホールに張られている案内を指して    澪「ご家族の方も参加できますので」    俊「楽しい?」    澪「はい。利用者さんもご家族の方が来られると喜びますし」    俊「そう」    澪「そうだ!(笑顔コンテスト)もあってこの施設で一番笑顔の素敵だと思われる方に      投票していただいて、一番を決めるんです。」    俊「ふ〜ん」    澪「よかったら投票してください」    俊「ああ」      投票箱の側へ行く俊。      用紙に『及川ハル』と書いて投票箱へ入れる。      澪、その様子を遠目で見ながら、エプロンのポケットからチケットを出す。    澪「(今がチャンス!)あ〜これこの間のお礼……HMKの無料券……こんなんじゃ失礼      だけど、よかったら使ってください」    俊「(笑顔で)ありがとう」      無料券を受け取る俊。    俊「じゃあ、HMK一緒に行ってくれる?」    澪「えっっ!」    俊「オレさ、あそこ行くと全部買いたくなって選べないんだよ」    澪「(ドキドキして)……はい」      ホールのソファに座っていた老人Cが2人の側へきてひゅ〜ひゅ〜と口笛を吹く。      俊も真似して口笛を吹く。      ホールの老人たちも真似をして口笛を吹いたり、吹こうとしても出来なくて苛ついて      いる人たち。      その姿を見て、笑い出す澪と俊。 ■HMK・外      行き交う人たち。 ■同・中      CDケースを手にして選んでいる俊。       その横で緊張している澪。    俊「このCD捜していたんだ! ばーちゃん喜ぶよ!」     『美空ひばりヒット曲集』のCDを見せる俊。    俊「バーちゃん、あの丘越えて、って歌よく歌ってた」    澪「おばあちゃんのために?」    俊「オレさ、ばーちゃん子だったから」    澪「私も同じ!」    俊「ばあーちゃんの部屋へ行くといつもひばりが流れていてさ」    澪「そーなんだ」      俊の手にしたCDに目をやる澪。 ■澪の部屋(朝)      小さなテーブルの上には、ペットボトルに入った水。      その水を、ゴクゴクと一気に飲む澪。      手鏡に写る自分の顔を、にやけて見ている。      念入りに化粧水をつける。 ■HMK・中 (回想)    俊「ちあきちゃんは誰が好き?」    澪「あたしは、ファンモ」    俊「いいねぇ。(歌い出して)♪さくら〜さくら〜さくら〜♪」    澪「(笑って)こないだライブ行ってきた」    俊「CD持ってる?」    澪「うん」    俊「今度貸して」    澪「いいよ」    俊「じゃあドライブしながら一緒に聴かない?」    澪「(えっっ! うっそ!)うん!」      ドキドキしながら答える澪。 ■澪の部屋  (回想戻り)      鏡をみながら想いにふける澪。 ■同・リビング(朝)      体操をしている澪。      制服姿の柚生がきて   柚生「何やってるの?」    澪「体操。脱ステロイド!」   柚生「ふ〜ん」      リビングの隅に置かれている、たくさんのペットボトルの水。 ■高層ビル街・俯瞰 ■その周辺の舗道      澪と歩く制服姿の柚生。      柚生の手には『××大学』の大きな封筒。      澪、首をポキポキと鳴らしながら    澪「あ〜疲れた」   柚生「お姉ちゃん、やだ!」    澪「えっ?」   柚生「居眠りばっかしてるし」    澪「だ〜て退屈だったんだもん」   柚生「(怒って)超ハズいし!」    澪「付き合ってもらって、それはないんじゃない?」   柚生「父親で我慢しとくんだった!」      スタスタと前を歩き出す柚生。    澪「ね〜柚生。どっかでランチしてこ?」   柚生「(振り返り)やだ!」    澪「お姉ちゃんお腹空いたよ〜てっきり説明会大学でやると思ってたから、学食で      お昼食べれるかと思って楽しみにしてたのに」      無視をして歩く柚生。    澪「ね〜柚生ちゃん〜」   柚生「急ぐから! 塾の模擬受けるから先行く!」    澪「何それ」      急ぎ足で去って行く柚生。      不満そうにその後ろ姿を見ている澪。      澪、思い出したように向きを変え、反対方向へ歩きだす。 ■××会社・前      高層ビルを見上げている澪 ■同・受付      広々としたフロア。      受付に座っている2人の受付嬢。      澪、受付の前に立ち    澪「すみません、西崎さん、あ〜受付の西崎香織さんに会いたいのですが」      受付嬢A、少し驚いた顔をするが直ぐに 受付嬢A「西崎にアポをお取りになられていらっしゃいますか?」      ゆっくりと上品に話す受付嬢A。    澪「あーいえ、友人なんですが、近くまできたもので」 受付嬢A「わかりました」    澪「ダメ? ですか?」 受付嬢A「(笑顔で)いいえ」    澪「(笑って)よかった」 受付嬢A「(側のエレベーターを指して)あちらのエレベーターでB3まで降りられてください」    澪「B3? ですか?」 受付嬢A「はい、こちらから西崎には連絡を入れておきますので」    澪「ありがとうございます」      エレベーターの方へ歩き出す澪。      澪の後ろ姿をみながらコソコソと話す受付嬢A・B。 ■同・B3のフロア      エレベーターを降りてキョロキョロとする澪。    澪「何だか薄暗い……」 ■同・庶務3課・入り口      段ボールを抱え、地味な事務服姿の香織が出てくる。    澪「香織!」   香織「(驚いて)澪! 何でここに!」    澪「えっ? 受付寄ったよ」   香織「……来るなら私に連絡くれればいいのに!」    澪「受付の人がいいって……」   香織「そう……」    澪「ランチ、一緒にできないかな〜と思って」   香織「……何で聞かないの? ここに居ること!」    澪「えっ!」      庶務3課のプレートを見やる澪。 ■ファーストフード店・中      ハンバーガーをかぶりついている澪。      コーヒーを飲んでいる香織。   香織「澪や夏美には知られたくなかった……」    澪「別にいいじゃん」   香織「だって左遷だよ! みじめだよ私」    澪「何かしちゃったの?」   香織「同棲ばれた……」    澪「えっ! そんなの関係ないじゃん!」   香織「うちの会社、女の子は自宅通勤でないとダメなの。おまけに健吾の入れ墨ちくられて」    澪「健吾の事まで!」   香織「うん」    澪「それって酷くない!」   香織「……健吾と別れた」    澪「(目を丸くして)どうして!」      香織、煙草に火をつけて   香織「いろいろ考えて」    澪「いろいろって?」   香織「将来の事や、自分のこと」    澪「健吾と別れる意味あるの?」   香織「私だって、健吾と別れる位なら会社辞めようと思った……でも……」    澪「でも?」   香織「でも……将来の事考えたら、その方がいいかなって」    澪「意味わかんない!」   香織「自宅通勤して、健吾と別れたらまた元の位置に戻してくれるって上司が……」    澪「(不満そうに)ふーん」   香織「それに、もしも私と健吾が結婚して、子供が産まれたら、子供とプールとか温泉とか      一緒に入れないんだよ」    澪「それが?」   香織「入れ墨があるって……子供が可愛そうかな……って」    澪「それって子供じゃなくて香織が! 何じゃない?」   香織「えっ?」    澪「だって健吾、香織に悪いことしてないじゃん」      煙草を吸いながら、灰皿を見つめている香織。   香織「……」    澪「健吾、可愛そう……」   香織「男と一度も付き合った事ない澪には、わからないと思う!」    澪「えっ?」   香織「わからないんだよ!」    澪「(怒って)わからないかもしれないけど、あたしは、香織は勝手だと思う」      バックを持って立つ澪。    澪「あ〜あ、来ない方がよかった。帰る!」   香織「澪……」      出口に向かい歩き出す澪。                        ■ベストライフ・中(朝)      ベッドで検温をしている老人たち。      澪がきて    澪「はい何度?」  老人A「35.6ぶ」    澪「(笑顔で)はいはい」      体温計を受け取る澪。  老人B「95.4ぶ」      澪怒って    澪「もう一度計り直し!」  老人B「96、97、98」    澪「はいはい、わかったからちゃんと計って」      おとなしく検温させられる老人B。 ■同・廊下      忙しそうに動き回っている澪。      松本と田沼がその様子を見て   松本「千明さん、ここのところ頑張っているわよね」   田沼「私もそう思うわ」      その話を聞きながら通り過ぎる山本。      ホットした顔をする。 ■同・スタッフルーム      事務仕事をしている山本。      澪が来て   山本「調子はどうだ?」    澪「あっ、はい、まあまあです」      山本、澪の手を見て   山本「よくなったじゃないか!」    澪「ボチボチ……」   山本「中山くんがね、一般棟へ移る事になったんだよ!」    澪「(ホットして)そうなんですか!」   山本「で、これ以上スタッフが不足すると勤務時間や人員不足でまずいことになりかねないんだ。      最近は労働監督所もうるさくてかなわないよ!」    澪「……はい」   山本「もう辞めるなんて言わないでくれよ!」    澪「はい……」      事務仕事を続ける山本。 ■同・ハル部屋(夜)      ハルの寝顔を見て電気を消そうとする澪。    澪「ハルちゃん、おやすみ」      枕元の棚の上に置いてある美空ひばりのCD。    澪「美空ひばりヒット曲集?」      CDを手にして首をかしげる ■住宅街      お洒落をして待っている澪。    澪「(ドキドキして)マジ緊張」      走ってくるジャガー。澪の前で停まる。      窓が開き    俊「チーッス」    澪「(笑顔で)こんにちは」    俊「乗って」    澪「(ドキドキ)うん」 ■車内      シートを触りながら    澪「いいよねっ この車」    俊「気に入ってるんだ」    澪「うん。いい」      ゆったりと座る澪。      バックからCDを出し    澪「はい、CD」      ファンモのCDをダッシュボードの上に置く。    俊「サンキュー」      ハンドル片手にCDをセットする俊。      流れ出す曲。      黙って聞いている澪。    俊「(ちゃかすように)今日はおとなしいじゃん?」    澪「(ドキーン)そんなことないよ」    俊「♪さくら〜さくら〜さくら」      歌い出す俊。      緊張している事を見抜かれまいと一緒に歌い出す澪。    ■海沿いの道を走るジャガー ■同・車内      緊張もほぐれ笑顔の澪。      話や歌で盛り上がる2人。 ■千明家・澪の部屋      丁寧に両手にステロイドを塗る澪。      手袋をする。      ペットボトルの水をゴクゴクと飲む。    澪「♪さくら〜さくら〜さくら♪」      機嫌良く歌う澪。       隣の部屋から柚生の怒った声がする。 柚生の声「お姉ちゃん、うるさい!」    澪「……はいっ」      鼻歌に変えて歌う。 ■車内(フラッシュ)      運転している俊の横顔。 ■同・澪の部屋      ベッドに寝ころび、ニタニタとする澪。 ■ベストライフ・廊下      騒がしい音がして、老人を乗せたストレッチャーが通る。      その横で機敏に対応する青山。      その後ろをもたもたと付いてくる若い医師の野々村真一(30)      その様子を見ながら    澪「青山さん、超カッコイイ〜」      青山の後ろ姿を見ている澪。      介護士たちがヒソヒソ声で話す。 介護士A「今度来たあの野々村って医者、頼りなさそ〜ね〜」 介護士B「ホント、ちゃんと看れるのかしら。      いくら医者不足って言っても、もう少しまともな人じゃなきゃねー」      その言葉に野々村を何気に見る澪。 ■同・外      携帯電話で話している澪。      笑顔である。    澪「ファンモのライブ? うん行こう! あたしチケットとるよ」  俊の声「楽しみにしてる」      ルンルンしながら中へ入っていく澪。 ■同・ホール      携帯電話の電源を切ってポケットに入れる澪。      秋祭りの壁を見て    澪「また作り直しか……」      不細工な形の柿や栗の作り物を外す澪。    澪「ヘタクソ!」      ため息をつく。 ■同・スタッフルーム      机の上に置かれた、柿、栗の作り物をじっとみている澪。 ■同・ホール     『笑顔コンクール』の投票箱の前に立っているハル。      投票用紙に『及川ハル』と書き投票箱に入れる。      再び投票用紙に『及川ハル』と書いて投票箱に入れる。幾度も同じ事を繰り返す。 ■同・スタッフルーム      新聞紙や広告を丸めて形を作る澪。    澪「ネールアートなら得意なんだけどな〜」      苛々とし出して、丸めた新聞紙を壁に投げつける。    澪「(ため息)あー」      携帯電話を操作する澪。      携帯画面『夏美』      かけようとするが切る。      机の上の柿、栗を見て    澪「これじゃ、主任にまた怒られる……」      もう一度、電話をかける澪。    澪「もしもし……夏美……」 ■同・居酒屋      ビールを飲んでいる澪と夏美。    澪「急がしてゴメン」   夏美「(笑って)澪のためなら」      紙袋から、柿や栗の作り物を取り出して澪に渡す夏美。      ホッとするように    澪「本当にありがとう! これで主任も納得してくれるよ」   夏美「澪……この間はゴメン」    澪「(首を振りながら)こっちこそ」   夏美「早川さん……転勤で引っ越した」    澪「えっ!」   夏美「真紀子先生も一緒に……」    澪「そう……」   夏美「(吹っ切れたように)でもいいんだ! 新しい男見つけてやる!」      ゴクゴクとビールを飲み干す夏美。    澪「(頷きながら)うん」   夏美「何か澪、感じちがう。いいことあった?」    澪「(にやけて)えー」   夏美「なになに、教えて!」    澪「(含み笑い)」   夏美「わかった! 彼氏できた?」    澪「(照れて)そんなんじゃないんだけどね」   夏美「じゃ、どんなの?」    澪「うーん、今いい感じってとこかな」   夏美「(はしゃいで)よかったじゃん」    澪「うん」   夏美「(せかして)どんな人、どこで知り合ったの?」    澪「施設の利用者さんの家族」   夏美「ってことは、お金持ち?」    澪「うん。かなり」   夏美「やったじゃん!」    澪「うん」      笑顔の澪。 ■千明家・澪の部屋(夜)      ベッドの上で電話をしている澪。      笑い声が響く。      柚生が来て   柚生「(大声で)うるさい!」    澪「!」  俊の声「大丈夫?」    澪「妹……ごめん」      ひそひそと話す澪。 ■同・キッチン(朝)      食事をしている柚生、麻里、広之。   柚生「お姉ちゃん、彼氏できたっぽい」   麻里「あら、そうなの?」   柚生「毎晩電話うるさい!」   広之「そう簡単にみつからないだろ!」   柚生「(広之をチラッと見て)ヘン!」   広之「なっ、母さん」   麻里「(淡々と)そうね」      澪がきて    澪「(機嫌良く)おはよう!」   柚生「ほらねっ!」      澪を見る3人。      ペットボトルの水をグラスに注ぎ、ゴクゴクと飲む澪。三人の視線に気づいて    澪「何?」      目をそらす三人。      体操を始める澪。 ■ベストライフ・ハルの部屋      廊下まで響く大音量で、美空ひばりの『あの丘超えて』を聞いているハル。      ベッドの上に立ちノリノリのハル。   ハル「♪ヤッホ〜ヤッホ〜♪」      歌っている。      曲に誘われて老人たちがハルの部屋へ集まってくる。      老人たちハルを真似て 老人たち「♪ヤッホ〜ヤッホ〜♪」      みんな大声でノリノリ歌う。      驚いた顔で飛んでくる澪や松本、田沼たち。    澪「ハルちゃん!」      ベッドの上に置かれた『美空ひばりヒット曲集』のCDケースを手にして    澪「俊くん?……」      CDケースを見つめる澪。      CDを止める田沼。   田沼「(怒って)こんな大きな音にして」      CDを止められ文句を言う老人たち。   田沼「わかった、わかった! また今度ね!」 老人たち「おれのひばり〜」    澪「そうだよねっ! この時代はみんなのアイドルだもんね」      うなずきながら納得をしている澪。      ベッドの上のハルが   ハル「おしっこ〜おしっこ〜」      と騒ぎだす。      ベッドから慌ててハルを降ろす澪。 ■同・トイレ      便座に座り美空ひばりの、悲しき口笛を歌うハル。    ■同・洗面所      洗面台に寄りかかりハルを待つ澪。    澪「ハルちゃん機嫌がいいなー」      ハル、歌うのを止めて ハルの声「早くしておくれよ! さっきから短い首をなが〜くして待ってるんだよ」    澪「(笑って)はいはい(小さな声で)何か今日のハルちゃん、まともな事言うじゃん」 ■同・トイレ      便座に座っているハルの介助をする澪。   ハル「瓜、ひょうたん、鷹の爪じゃこの仕事はできないね〜」      手を止めてハルの顔を見る澪。    澪「何それ? どういう事?」   ハル「中身がないってことだよ」    澪「? あたしはひょうたん?」      笑顔で大きく首を振るハル。   ハル「いつもありがとね」    澪「! ど、どーいたしまして……」      ハルの顔をじっと見つめる澪。 ■同・職員専用駐輪所      バイクにまたがりエンジンをかける澪。      駐車場の方から歩いてくる俊。      俊に気づきエンジンを止める澪。    俊「よっ! 上がり?」    澪「(笑顔で)うん。やっと帰れる。あっ、チケットとれたよ」    俊「お〜う楽しみ」    澪「あたしも」    俊「そうだ! 最近ばーちゃん機嫌良くてさぁー 昔の事とかよく思い出してくれて、      やっぱりひばりのおかげだよ」    澪「ひばり?」    俊「オレのこと、すげー可愛がってくれてたのにすっかり忘れてさ! この間俊ちゃんって      呼んでくれた」    澪「(怪訝そうに)そう……」      入り口の方からサイレンを鳴らして入ってくる救急車。    ■同・玄関      ストレッチャーに乗せられ、松本と田沼に運ばれてくる老人。      その後ろでオドオドとしている野々村。      玄関前へ走って行く澪と俊。      救急車が玄関前に停まり、救急隊員が降りてくる。      救急隊員に事情を説明をしている松本。 救急隊員「どなたか同乗してください」   松本「いえ、私たちは無理なんです」   田沼「青山さんお休みだし……(救急隊員に向かって)人手が足りなくて乗って行かれない      のです」      野々村を見る救急隊員。      視線をそらす野々村。 救急隊員「先生? 医師ですよね?」  野々村「あー私は」 救急隊員「先生! 同乗してください!」  野々村「……」 救急隊員「先生!」  野々村「そんなこと言われても……そんな事いわれても! (大声で)私は小児科専門なんですっ!      わかるわけないだろ!」 救急隊員「!」    澪「!」   松本「!」   田沼「!」    俊「!」      松本、澪をチラッと見て   松本「千明さんお願い。同乗して!」    澪「……わかりました」      救急車に乗り込む澪。 ■同・ハルの部屋(翌日)      ひばりの歌声が流れている。      ベッドでひばりの歌をきいているハル。      澪がきて    澪「ハルちゃん、検温です」      おとなしく検温されるハル。      体温計を取り出し    澪「少しお熱があるね。ハルちゃん今日はおとなしく寝てようね」   ハル「……」      黙って天井を見つめているハル。   ハル「(小さな声で)家に帰りたい……」    澪「ハルちゃん……」 ■俊の車・中      ファンモの曲が流れる中、パンフレットや、グッズを手に興奮して話している澪。    澪「サイコーだったねっ!」    俊「でもさぁ、ケミカルって天才的だよな!」    澪「あたし超尊敬してるんだ!」    俊「オレも尊敬する」      興奮冷めきれぬ2人。 ■ベストライフ・ハルの部屋(夕)      酸素マスクをつけてベッド寝ているハル。      ハルの顔を見つめている澪。      青山が来て、ハルの点滴の様子をみる。   青山「昨日の夕方から急変したの」    澪「一昨日も熱があって……」   青山「そう。肺炎をおこしてるの。かなり体力も落ちていて」    澪「そうですか……」   青山「千明さん、深夜及川さんのこと注意してあげてね」    澪「はい」      心配顔の澪。 ■同・スタッフルーム      ソファに横になり仮眠をしている澪。      青山が来て、物々しさに目覚める澪。   青山「あら、起こしちゃった?」    澪「あ、いえ。もう起きないと」   青山「ちゃんとお水飲んでる?」    澪「はい」   青山「(笑顔で)そう」    澪「青山さんは、1人で子供育てているんですか?」   青山「そうよ」    澪「凄い!」   青山「女も自立しないとね! 私は男に頼りっぱなしの女にはなりたくないの」    澪「看護士さんっていいですね」   青山「そうね〜 私が自立できたのも資格のおかげかな」    澪「かっこいい!」   青山「あなたも看護士の資格とればいいのに」    澪「えっ?」   青山「今よりもずーといいお給料もらえるのよ!」    澪「……」   青山「それにお医者さまと知り合う機会もたくさんあるわ。もしもあなたがセレブ候補      ならお勧めするわ」    澪「セレブ候補?」   青山「お医者さまは、お金持ちばかりよ! まあ私はセレブ脱落者だけれどもね」    澪「はい……」   青山「じゃ私、及川さんの点滴取り替えてくるわ」    澪「私も見回りいきます」      出て行く青山を見つめて    澪「セレブ候補か……」      身支度を整える澪。      及川の部屋のナースコールが鳴る。    澪「!」        コールボタンを押す澪。 青山の声「千明さん、野々村先生に電話して」    澪「えっ?」 青山の声「及川さんの容態が悪いの」    澪「(動揺して)わかりました」      壁に貼られている緊急の連絡先を見る。      野々村に電話をかける澪。 電話の声「留守番電話に繋ぎます」    澪「もうっ!」      もう一度かけ直す澪。 電話の声「留守番電話に繋ぎます」    澪「(苛ついて)野々村先生、千明です。至急きてください」      電話を切り慌てて出て行く澪。 ■同・ハルの部屋      ベッドの横のモニター画面が、乏しく動いている。      機敏に動いている青山。      汚れた作業服姿の俊が、ベッドの横でハルの容態を案じている。      息を切らせて入ってくる澪。    澪「俊くん! どうして……」      驚きを隠せない澪。      澪に反応せず、じっとハルを見つめている俊。   青山「野々村先生は?」    澪「連絡がとれません」   青山「そう!」         酸素マスクのハルが何かを言っている。      その声を聞き取ろうとする俊。   ハル「マサオ…」      廊下に出て行く俊。 ■同・廊下      携帯電話をかける俊。 携帯電話の声「電波の届かないところに…」      何度も何度も電話をかける俊。 ■同・ハルの部屋      俊、ハルの側に戻る。   ハル「(苦しそうに)マサオ……」    俊「くそっ!」      モニター画面が消えそうになる。    俊「ばーちゃん、ばーちゃん、わかる? オレ俊だよ」      何かを言おうとするハル。      モニター画面を見る青山。 モニター画面の音「ピーピーピーーーー」      消えてしまいそうな画面。      慌て出す青山。   青山「及川さん、及川さんわかりますか。千明さん、野々村先生にもう一度電話して」    澪「はいっ!」      足がすくみ動かない澪。    俊「ばーちゃん、ばーちゃん」      叫ぶ俊。   及川「何をしているの! 早く電話をしてきて」    澪「はい……」      ボッーと突っ立ったままで心臓がバクバクとし出す澪。      野々村が来る。   青山「先生!」      その瞬間にモニター画面が消える。    俊「(大声で)ばーちゃん、ばーちゃん」      ハルの容態を確認した野々村が  野々村「午前零時三分。ご臨終です」    俊「(叫ぶように)ばーちゃん」      部屋の隅で何も出来ずに立ちすくむ澪。      涙が床に落ちる。      部屋を出て行く野々村と青山。      我にかえり出ていく澪。 ■同・廊下      廊下からハルの部屋をみている澪。      俊の泣き声が廊下に響く。 ■同・ハルの部屋      中年の男女が慌てて入ってくる。    男「かーさん」    女「お母さん」      ハルを見て泣き出す男。      俊、男の腕を引っ張り    俊「おせーんだよっ! ばーちゃんどれだけあんたに会いたがっていたかわかるか!」    男「仕事が終わらなくて……」    俊「言い訳すんな!」     男「……」    俊「一度も見舞いに来なかったくせに、今更なんだよ!」    女「お母さん……ごめんなさい」    俊「やっかい払いできてホッとしてたくせに」    女「……」    俊「最後にマサオって……苦しそうにマサオって……」      号泣する男。 ■同・外      向かえの車に乗せられるハル。      野々村、青山、澪に頭を下げて車に乗る俊と俊の家族。      出て行く車。      合掌をする澪たち。 ■同・トイレ(フラッシュ)      便座に座っているハルの介助をする澪。   ハル「いつもありがとね」    澪「! ど、どーいたしまして……」      ハルの顔をじっと見つめる澪。 ■同・外      出て行く車を見つめる澪。 ■同・ハルの部屋(フラッシュ)      黙って天井を見つめているハル。   ハル「(小さな声で)家に帰りたい……」    澪「ハルちゃん……」 ■同・外      涙が止まらない澪。      野々村と青山が、玄関の中へ入って行く。      合掌を続ける澪。 ■同・ハルの部屋(数日後)      ベッドのシーツが外されて、片づいている部屋。      椅子に座りボッーとベッドを見つめている澪。      棚に置かれた美空ひばりのCDに気づき手に取る。    澪「ハルちゃんの孫なんだ……」      青山が来て   青山「この間はお疲れ様」      立ち上がり    澪「お疲れ様でした」   青山「及川さんの事ショックよね」    澪「はい……あたし、人が亡くなる瞬間ってはじめてなんです」   青山「無理もないわ。及川さんあなたの担当だったしね」    澪「まだ嘘みたいで」   青山「馴れよ」    澪「馴れ? ですか?」   青山「そうよ」    澪「青山さんあんなに機敏に動いて、凄いって思いました」   青山「そう」    澪「あたしなんかただボッとしちゃって」   青山「看護士になりなさい」    澪「はい……」   青山「ねっ!」    澪「いいかも……です」      微笑みながら出て行く青山。    澪「看護士かぁ……セレブ候補だしね」 ■同・食堂(昼)      食欲がなさそうに食事をしている澪。      携帯電話がブルブルと響く。      携帯画面(俊くん)      出ようとしない澪。     ■澪の部屋(夜)      鏡に写る自分の顔をじっと見つめ、ため息をつく澪。      ノートパソコンを取り出して、ベッドの上に置く。      ヤフー画面から(看護学校)を検索する。      画面を見ながらボリボリと両手を掻き出す。その皮膚から滲み出す血液。      テーブルの上に置かれた容器に入った薬。      塗ろうとして蓋をあけるが、元にもどす。      澪の部屋の扉が開き、2リットルのペットボトルの水を2つ抱えた柚生が来て、   柚生「下に置いとくと邪魔だって!」      手をかいている澪。   柚生「残り取りに行って!」    澪「ああ……」   柚生「自分でしてよ!」      携帯電話が鳴る。      携帯画面(俊くん)      チラッと見て出ようとしない。      その様子を見ながら出て行く柚生。 ■同・廊下   柚生「終わったな……」 ■同・キッチン(日曜日の夕)      テレビの競馬中継が響く。      キッチンの隅に置かれた、ペットボトルの水。      寝ぼけ顔で、冷蔵庫から牛乳を出して飲む澪。      夕飯の支度をしている麻里。    澪「あ〜よく寝た〜」   麻里「お水、邪魔だから飲まないなら自分の部屋へ移動しなさい」    澪「(面倒くさい)はいはい」      両手を掻きむしる澪。それを見て   麻里「薬塗りなさい」    澪「……」   麻里「よくなっていたじゃない」    澪「どうでもいい」   麻里「中途半端ね! なんでもそう!」      麻里、夕飯の支度の手を止めて   麻里「アトピー本気で治したかったら、まず環境を変えることよ! 部屋をきちんと      掃除したり」    澪「はいはい」   麻里「柚生ちゃんを見習えば? 受験で忙しいのに毎日自分の部屋をきちんと掃除して」    澪「はいはい」   麻里「しっかりしなさい!」    澪「どうせあたしは、柚生とちがうから」   麻里「もう大人でしょう!」    澪「……そうだよね! あたしもう大人なんだから、自分の事は自分で決めていいんだ      よね!」   麻里「え?」      キッチンの椅子に座る澪。 ■同・リビング      ソファに寝ころび、競馬新聞を手にテレビの競馬中継を観ている広之。   広之「いけーそうだ! そうだ! スマイルジャックゥ〜」 ■同・キッチン      キッチンの椅子に麻里も座る、    澪「あたし、仕事辞める!」   麻里「また……」    澪「ちがうことしたいの!」   麻里「何をしたいの?」    澪「看護士!」   麻里「高いお金出して資格取らせて、今度は看護士ですか」    澪「だから、お金入れてるじゃん! 毎月3万も!」   麻里「当たり前!」    澪「あたしの少ない給料から奪って! 鬼ばばあ!」      立ち上がり、キッチンに立つ麻里。   麻里「鬼ばばあでいいわ」 ■同・リビング   広之「あ〜ダメか……」      残念そうに競馬新聞でソファを叩く。      ふっと我に返り澪と麻里の話す声に耳を傾ける。 ■同・キッチン      澪、麻里の背中に向かって     澪「あたしが介護士になろうって決めたのどうしてだと思う?」   麻里「おばあちゃん子だったからでしょ」    澪「母さんのせい」   麻里「え?」      振り返り澪を見て    澪「小さい時熱出して蒲団でもどしたら、母さん凄く怒って、汚いって!」    麻里「!」    澪「今でも忘れられない! ショックだった」   麻里「あの頃はおばあちゃんいたし、母さんも忙しくて……」    澪「だからあたし、排泄介助全然平気! 母さんを見返してやりたくて」   麻里「澪……」    澪「今度はその上の看護士を目指したいの」   麻里「この間はネールの仕事って言ってたじゃない。いつもそう。いい加減なのよ」    澪「だから今度はちゃんと決めた」    ■同・リビング      立ち上がりキッチンに向かう広之。 ■同・キッチン    澪「あたしまだ1年半しか働いてないけど、母さんには頑張ったねって言って欲しかった」   麻里「澪……」    澪「(少し涙声で)お疲れ様って言ってくれると思った」   麻里「あなたの仕事は立派よ。母さん真似できないわ」    澪「じゃあ、もっともっと認めてよ! あたし頑張ってるんだから!」      キッチンの椅子に座る広之。 ■同・リビング      テレビを消しにいく麻里。 ■同・キッチン      戻ってきて麻里も座る。   広之「父さんは、いろんな仕事することはいいことだと思うよ」    澪「じゃあいい?」   広之「でもな。本当に看護士になりたいって心底思っているのかな?」    澪「えっ?」   広之「何だかそう思えなくてな」      澪立ち上がり    澪「あたしは、あたしはね、父さんみたいな人と結婚したくないの!」   広之「!」    澪「リストラされて家族に大変な思いさせるような人と結婚したくないの」   麻里「澪……」   広之「……」    澪「子供の頃から父さんと母さん、いつもお金のことで喧嘩してた」   麻里「だから母さんも働いてみんなで頑張ってきたじゃない」      澪「みんなで頑張ってきたか……」   麻里「そうよ」    澪「ふ〜ん。いつも柚生ばっかり贅沢させてたくせに! 柚生の方が可愛いのは知ってる。      子供の頃は、焼きもちも焼いた。でもあたしもう大人だから、そんな事どうでもいい」   麻里「……」    澪「看護士になってたくさん働いて、お金持ちになりたいの。自立した大人の女になりたいの!」   麻里「澪……」   広之「……」      出て行く澪。      その後ろ姿を黙ってみている広之。 ■同・澪の部屋      ベッドに寝ころび、天井を見つめている澪。      携帯電話が鳴る。     (俊くん)の画面表示。      そのまま、天井を見ている澪。 ■HMK(フラッシュ)      CDを選ぶ俊の顔。 ■俊の車(フラッシュ)      運転をする俊の横顔。 ■ベストライフ・ハルの部屋(フラッシュ)      号泣している俊。 ■澪の部屋      ベッドから起き上がる澪。 広之の声「本当に看護士になりたいって心底思っているのかな?」    澪「父さんには言われたくない! もうっ! 何もかも事どうでもいい!」      両手をかきむしりながら、テーブルの上のステロイドの容器を見る。      容器を手に取る澪。    澪「もおーっ!」      壁に向かって投げつける。      蒲団の中に潜る澪。      床に転がっているステロイドの容器。 ■ベストライフ・廊下     (河野秀一郎)のネームプレート。 ■同・中      ベッドのシーツが外されて整頓された部屋。      河野の部屋の入り口で突っ立ったままの澪。 ■同・廊下      田沼が通りかかる。    澪「あの、河野さんは?」   田沼「(笑顔で)ああ、千明さん昨日お休みだったわね」    澪「はい……」   田沼「河野さんの娘さんがいらしてね。娘さんの嫁ぎ先の近くのホームに、移られたのよ」    澪「(ホッとしたように)そうだったんですか」   田沼「驚いた?」    澪「はい……」   田沼「何だか急に淋しくなったわね」    澪「はい……」   田沼「(思い出したように)そうだわ」      河野の部屋へ入る田沼。 ■同・中      ベッドの横の棚から毛糸の腹巻きを取り出す田沼。    澪「これは……」   田沼「河野さんの忘れ物よ」    澪「(笑って)いつもしてましたね」   田沼「この腹巻き、亡くなった奥さんの手作りらしいの」    澪「そうだったんですか」   田沼「千明さん、あなた届けてくれない?」    澪「えっ……」   田沼「本来忘れ物は、こっちで処分することになっているでしょ。でも内緒で」      腹巻きをじっと見つめる澪。    澪「そうですよね。大事な腹巻きだし」   田沼「お願いね」    澪「(笑顔で)わかりました」      腹巻きを受け取る澪。 ■住宅街      舗道に沿って、赤く色づいた桜の木が並んでいる。      舗道脇にバイクを停める澪。      カバンから地図を取り出して見ている。    澪「こんな所にあるのかな?」      しばらくバイクを押して歩く澪。 ■グループホーム(みんなのいえ)      赤い屋根のこじんまりとした家。     (グループホーム・みんなのいえ)の看板。    澪「ここだ!」      看板の横にバイクを停める澪。 ■同・玄関      扉を開けると、松田聖子の赤いスイトピーの曲が流れる。      入って行く澪。      ガラスの扉の向こう側は、小さなホール。      キッチンや各自の部屋まで見渡せる造り。      エプロン姿の数名の老人たちが、なにやら作業をしている。      澪に気づいた介護士の木村多恵(37)が会釈をする。      慌てて会釈を返す澪。   木村「(どうぞ)」      のリアクションにガラスの扉を開けて入る澪。 ■同・中      なごやかな雰囲気の中、包丁で野菜を切る音が響いている。      みんな笑顔である。      澪の側に来る木村。    澪「ベストライフの者ですが、忘れ物を届けにきました」   木村「ああ、お電話いただいた」    澪「はい」      澪、カバンから河野の腹巻きを出し渡そうとする。   木村「河野さんに会ってあげてください」    澪「えっ? いいんですか?」   木村「(笑顔で)もちろんです」      ホールの中を見渡して河野を捜す木村。      キッチンの奥で、一人で立ってキャベツを洗っている河野。   木村「あそこにいるわ。河野さん、面会の方よ」      澪の方を見る河野。笑顔になる。   河野「(叫ぶ)さゆりちゃん、吉永さゆりちゃんじゃあないか!」      老人たちが一斉に澪を見る。      澪、立っている河野をみて驚く。    澪「河野さん! 立っている……」   木村「少しの時間なら、あのような作業ができるんですよ。どうぞ側へいってあげて      ください」      河野の側へ行く澪。    澪「河野さん凄い!」      河野、澪に向かい大きく手を広げる。    澪「河野さん……」      河野を抱きしめてしまう澪。   河野「八千草さん……」    澪「(?? まぁいいっか)」 ■同・河野の部屋      ベッドに座り、澪に腹巻きをしてもらう河野。      嬉しそうに腹巻きの中に手を入れる。    澪「(笑って)河野さんのいつまのクセね」      木村が来て   木村「よかったら夕飯ご一緒にどうですか?」    澪「(驚いて)そんなことできるんですか?」   木村「(笑顔で)ええ」    澪「(戸惑いながらも)いただきます」 ■同・ホール      鼻をクンクンさせてカレーの匂いをかぐ澪。    澪「(カレーライス)」      音楽が流れて、エプロン姿の老人たちがそれぞれの部屋から出てくる。      その様子をホールのソファに座り見ている澪。      茶碗を並べる老人、ご飯やお茶を入れる老人。それぞれに与えられたことを      楽しそうにこなす。      介護士に支えられながら、キャベツの千切りをテーブルの上に置く河野。   木村「うちのホームでは、毎日夕飯はみんなで作ります。」    澪「信じられない……ベストライフではありえないです。」   木村「自分でできる事は、できる限り自分でやらせています」    澪「……凄い」   木村「ここで自分の家のように過ごしてもらえたら、という私たちの思いです」    澪「食事もみんな一緒に」   木村「ええ」    澪「みんな生き生きとしている……」   木村「でもね、ご家族の方にはかなわないわ。面会に来たときに見せる笑顔は、私たちには      見せてくれないもの」    澪「!」   木村「みんな家に帰りたい。本当はそう思っているの」    澪「家に帰りたい……」 ■ベストライフ・ハルの部屋(フラッシュ)   ハル「(小さな声で)家に帰りたい……」    澪「ハルちゃん……」 ■みんなのいえ・ホール      テーブル席で河野が叫んでいる。   河野「さゆりちゃん〜ご飯だよ〜」      河野を見る澪と木村。   木村「さあ、どうぞ」      席につく澪。 ■ベストライフ・外観 ■同・ホール      テレビをボッーと観ている老人や、奇声をあげる老人たち。      その姿をじっと見ている澪。    澪「(みんな家に帰りたい……)そう思っているんだ」 ■同・小林の部屋      食事介助をしている澪。      小林に無理矢理スプーンを渡し1人で食べさせようとする澪。   小林「食わせろ〜」      大声で怒鳴る小林。    澪「小林さん、できることは自分でしましょ! ねっ!」   小林「(泣き出して)痛いよー痛いよー」    澪「何? 何なのよ!」   小林「(叫んで)殺されるー」    澪「小林さん、いいから早く食べて」      松本が来て   松本「何さわいでるの?」    澪「小林さん、スプーン持ってくれなくて」   松本「千明さん、何を寝ぼけたこと言ってるの! 小林さんは脳梗塞の後遺症で、      細かいことはできないでしょ!」    澪「だから少しでもできるようにって……」   松本「いいから早く食べさせてあげて! うるさくてかなわないわ」    澪「……」      ブリブリと出て行く松本。 ■同・外      ヘルメットをかぶり、バイクにまたがる澪。      駐車場の方から歩いてくる俊。      俊、澪の側に来て    俊「よっ!」      気まずそうにうなずく澪。    俊「ばーちゃんの支払い」    澪「ああ……」      エンジンをかけようとする澪。    俊「ちあきちゃん」    澪「?」    俊「千明澪ちゃん」    澪「名前知ってるんだ」      ヘルメットを外して俊の顔をみる澪。    俊「ああ、はじめから知ってた」    澪「えっ?」    俊「ばーちゃんの担当介護士くらい名前ふつー知ってるでしょ!」    澪「うん……」    俊「もう電話しないよ」    澪「……」    俊「最後に高木のばーちゃんの顔でも見てくるよ。 孫じゃないけどさぁ!」    澪「騙していたの?」    俊「(首を振りながら)別に……時々勘違いしてるのかな? って思ったことはあったけど」    澪「……あたしの勘違い?」    俊「ああ、かなり」    澪「言ってくれればよかった」    俊「……」    澪「じゃあ」      ヘルメットをかぶる澪。    俊「ちょっと待って!」    澪「ぇっ?」    俊「ちゃんと言いたかったんだ」    澪「?」    俊「ばーちゃんのこと色々ありがとう。担当がちあきちゃんで本当によかった」    澪「……そうな風に言ってくれて嬉しい」    俊「ばーちゃんもそう思ってるよ」    澪「……ハルちゃん、亡くなる少し前にね、家に帰りたいって言ったことがあったの」    俊「えっ!」      ベストライフの建物をみながら    澪「本当はここにいるみんなが家に帰りたい、そう思っているんだよね」    俊「何もしてやれなかった……」    澪「最後は家族と過ごしたい、でも現実はそうは行かない」    俊「ああ……」    澪「何もしてあげれない……」      澪と俊、ベストライフの建物を見つめている。 ■カラオケボックス      隣の部屋の歌声が響く。      黙って座っている澪、夏美、香織。   夏美「もうっ! 楽しくやろうよ! ねっ!」      反応しない澪と香織。   夏美「澪! 香織!」        澪、カラオケのリモコンを操作する。    澪「歌おうかなっ!」      カラオケの画面(あの丘超えて)      画面を見て   夏美「何これ?」      黙っている香織。      流れ出す曲。歌い出す澪。   香織「何気に知ってるかも……」      イントロ〜    澪「(マイクで)あのさ〜香織ゴメン! 夏美ゴメン!」 夏美・香織「えっ?」    澪「(マイクで)やっぱり、男と付き合ったことのないあたしにはわかんない!       偉そうなこと言ってゴメン!」   香織「澪……」   夏美「もうっ」      歌い出す澪。    澪「♪あの丘超えて〜〜〜〜〜〜ヤッホ〜ヤッホ〜♪」      夏美と香織もマイクを持ち   3人「♪ヤッホ〜ヤッホ〜♪」      大声を張り上げ歌う3人。 ■千明家・リビング(深夜)      帰宅する澪。      テーブル席で書類整理をしている麻里。      ソファで横になりテレビを観ている広之。   麻里「(怒って)遅い!」    澪「2人ともまだ起きてたんだ」      起き上がる広之。   広之「澪、腹減ってないか? カレーあるぞ」    澪「あ〜食べようかな」   広之「よし。すぐに温め直すから」 ■同・キッチン      ガス台の上のカレーをかき混ぜる広之。 ■同・リビング      ソファに座りくつろいでいる澪。      部屋中にカレーの匂いが漂う。    澪「カレーの匂い……」      眼をつぶる澪。 ■みんなのいえ・ホール(フラッシュ)      カレーの匂いが漂う。      河野たちと楽しそうにカレーを食べている澪 ■千明家・リビング      テーブルの上にカレーライスを置く広之。   広之「できたぞー」    澪「父さん、ありがとう」   広之「ああ」      カレーライスをしばらく見つめている澪。   広之「冷めるぞ」    澪「うん」      食べ始める澪。      テーブルの上に『千明澪』と記された通帳を置く麻里。         澪「何?」      通帳を開く澪。     『¥1,000,000』と記された額。    澪「これは?」   麻里「鬼ばばあ銀行」    澪「……」   麻里「子供の頃からのお年玉やあなたのお給料から貯金しておいたの」    澪「えっ!」   麻里「本当は、あなたが結婚するときに渡そうと思ってたの。でもずーと先になりそうだし」    澪「ぼったくってたんじゃなかったんだ!」   広之「おいおい」   麻里「そんな事するわけないでしょ」      通帳を見つめる澪。   広之「澪、好きなことしていいぞ」   麻里「看護学校行きたいんでしょ」      麻里に通帳を返す。    澪「母さん、ありがとう。でも使わない」   麻里「どうして? あなたのお金よ」    澪「あたし……もう少し頑張ってみる」      澪の顔をまじまじと見る麻里と広之。    澪「なんかそれが一番いいのかなって」   麻里「澪……」    澪「それで、ずっとずっと続けられそうなら、この家あたしにちょうだい」 麻里・広之「?」    澪「あたしグループホームやりたいの。家に帰りたくても帰れない、そんなおじいちゃんや      おばあちゃんが自分の家のように過ごせるホームを作ってみたい」      瞳をキラキラとさせながら話す澪。   広之「そっか、そっか」    澪「これからいろんな経験たくさんして、あたし頑張ってみるよ」   麻里「……」    澪「それが大人ってことなのかな?」   麻里「澪……」   広之「その時は父―さんがホームの専属運転手になるよ」    澪「ありがと」   麻里「じゃあ、鬼ばばあ銀行は経理担当かな」    澪「母さん」      微笑む澪。広之に向かい    澪「父―さんのような男はなかなかいないしね」   麻里「大人の扱いもうまくなったものね」    澪「あたし、大人だもん!」      楽しそうに笑い合う3人。      澪立ち上がり決心したように    澪「よしっ!」      リビングから出て行く澪。 ■同・澪の部屋      散らかり放題の雑誌や衣類を片づける澪。      床に転がっているステロイドの容器。      汚れをはたき、テーブルの上に置く。      窓を開けて、掃除家をかけ始める。      扉が開き、激怒した柚生が立っている。   柚生「今何時だと思ってるの! ふざけるな〜」      ベッドの横の置き時計が2時半を指している。    澪「(小さな声で)ごめんなさい……」      激しく扉を閉め出て行く柚生。 ■ベストライフ・外     『秋祭り』の立て看板。      たくさんの親族が出入りする。 ■同・ホール     『実行委員長』書かれた名札を付けて走り回っている澪。 ■同・スタッフルーム      椅子に座って新聞を読んでいる山本。      慌ただしく澪が入ってくる。   山本「千明くん! 秋祭りで大変なのはわかるけど、通常の業務を怠ってどうするんだ!」    澪「はあ〜」   山本「306の介助行って!」    澪「(激怒)主任、申し訳ありませんが、306の介助は主任がいってください」   山本「は?」    澪「私が今どれだけ忙しいのかわかります? そういう事は一番暇な主任がして下さい!」   山本「一番暇って……」    澪「まったく! 考えてください」      ブリブリと出ていく澪。      松本と田沼がクスクスと笑っている。 ■同・ホール      綿アメや金魚すくいなどの出店。      親族や、介護士たちと楽しんでいる老人たち。      走り回る澪。      マイクを持った司会者が  司会者「それでは、恒例の(笑顔コンテスト)の結果発表です」      拍手で盛り上げる、介護士や親族たち。      名前を読み挙げ、黒板に『正』の字を書く田沼。      黒板『及川ハル』に正の字が集中する。    澪「ハルちゃんが……どうしよう」 ■同・外      携帯電話で話している澪。    澪「表彰状受け取りにきて、お願い」    俊「だからーきっとばーちゃんの仕業だから」    澪「それでもいいから、お願い」  俊の声「それって不正じゃん」    澪「いいの、ハルちゃんの思い受け止めたくて」      突然切れる電話。      澪の目の前に現れる俊。    俊「チーィス」    澪「俊くん」    俊「この日は前から空けといたんだ」    澪「俊くん……ありがとう」      にやける俊。    澪「いこう!」      俊の手を握り走り出す澪。      引っ張られていく俊。 ■同・ホール      息を切らせて入ってくる澪と俊。  司会者「それでは発表です」      盛大な拍手がおこる。  司会者「今年の笑顔の一番素敵な方は、及川ハルさんに決定しました」      再び盛大な拍手。  司会者「及川さん、前へどうぞ」      澪に引っ張れ前へ出る俊。    俊「あっ、どうも。ばーちゃんの代わりにきました」      表彰状を受け取る俊。      折り紙で作られた首飾りを澪にかけてもらう。      拍手がやまない会場。      にっこりと微笑む俊。 ■同・外      大きなゴミの袋をかかえた澪が出てくる。     『ゴミ置き場』の看板の方へ歩いていく。      側にくる俊。    澪「今日はありがとう」    俊「電話くれてマジうれしかった」    澪「ホント! ならよかった」 ■同・ゴミ置き場      ゴミを置いて出てくる澪。 ■同・駐車場      ジャガーの前に立っている俊。      軽く頭を下げ、建物の中へ入ろうとする澪。    俊「(大声で)一つ言い忘れてた」    澪「なに?」    俊「そっちが不正行為認めたから、こっちも不正行為暴露するよ」    澪「うん?」    俊「この車、オレのじゃないんだ!」    澪「ふ〜ん今更いいよ」    俊「オレの会社の社長の車。ここまで来るのに、足がないからいつも貸してくれてた      んだ」    澪「そう」    俊「で!」    澪「なに?」      澪の近くに来て    俊「今度は足がないけど、ファンものライブ一緒に行ってください」    澪「えっ?」    俊「これからも、ずーとずーと一緒に行ってください」    澪「(これって告られてるのかな? あたしにはわからない!)」    俊「お願いします」      頭を下げる俊。    澪「ファンモのことホントのホントに好きならいいよ」    俊「ヨッシヤ!」      ガッツポーズをして、澪の顔をしっかりと見ながら歌いだす俊。    俊「♪君を好きになって良かった 君と触れあえて良かった 一人じゃ何も出来なかった      そんな気持はじめてだった♪」      黙って聞いている澪。      勤務を終えた松本と田沼が出てきて   松本「な〜にこんな所でプロポーズ?」   田沼「今の子って大胆ね〜」    澪「えっ?」      歌い続ける俊。    俊「♪淋しくない 帰り道も 温もりが途絶えない日々よ♪」      澪、松本と田沼に    澪「これって告られてるんですか?」   松本「もう! いやね〜当たり前じゃない」   田沼「あばさんにだってわかるわよ」    澪「!」      澪、俊の隣へいき一緒に歌いだす。  澪・俊「♪ありがとう これからも君と 二人の愛のために生きよう♪」      仕事を終えた職員たちが足をとめ2人の歌を聴いている。          完