【タイトル】 

「いつかの空師」

【作者】 

桂 いちほ(かつらいちほ)

【E−mail】 

kats_lark@yahoo.co.jp

【シナリオ】

 

 

《梗概》

  杉本かおり(24)は、派遣社員。派遣先の会社でトラブルばかり起こし、なかなか続

 かない事に苛立っていた。

   派遣元の担当者、柴崎健一(28)とは一度寝たことがあるが特別な愛情があるわけで

 はない。柴崎の手が気に入ったからだ。忘れられぬあの人の手に似ていたからだ。

 

   柴崎と二回目に寝た夜、久々に嫌な夢を見る。葬儀に参列しているあの時の夢だ。

   ラブホテルで早朝チェーンソーの音で目覚めたかおりは、高いケヤキに上り、巧みに

 枝を払っている藤山林業・森信吾(30)の姿に魅入られる。

   藤山林業の親方・藤山寛治(58)に「どうしても伐りたい田舎のケヤキがある」と弟

 子入りを志願するが、「危険な仕事だ」とたしなめられる。彼らの仕事は、数十メート

 ルもある高い木の枝払いや、伐採を専門に行う職人で「空師(そらし)」という。

 なんとか見習いで了解を得るかおり。

 

   藤山林業での一日目。そこは通称ゴミ屋敷。一人暮らしの老人が、拾い集めたゴミで

 家の敷地中を埋め尽くしていた。裏庭にある木の根元から骨が出て来る。老人が埋めた

 動物の死骸だ。

   老人の気持ちが分からないと言う森たちに、なぜかその老人の気持ちが分かると言う

 かおり。かおりも埋まらない心の隙間を必死で埋めようと生きていたのだ。

 

   花見の席で、かおりは高校の時、教師と不倫関係にあった事を告白する。その教師は

 卒業式を前にして自宅のケヤキに首を吊って自殺をした。何故自殺をしたのかも知らず、

 東京に出てきと。そのケヤキを伐ったからといって何が変わるとも思わないが、今だ、

 好きで忘れられないと。

 

   藤山林業での日々が過ぎ仕事にもなれた頃、かおりのもとに同窓会の案内が届く。

 欠席でハガキを出すが、藤山のはからいで慰安旅行がかおりの田舎である花巻温泉にな

 る。動揺するかおり。     

   そんな時、かおりの不注意で大木に足を蹴られらた森が骨折してしまう。落ち込んだ

 まま花巻に向かうかおり。

 

   花巻温泉の旅館にはかおりの不倫相手だった教師の妻が仲居をしていた。意を決して、

 ケヤキを切らせてと言うが、あの土地はもう手放したと言われる。教師は躁鬱で自殺し

 たと聞き、好きだった先生の事を何も知らなかったと愕然とする。

 

  帰京する日、諦めきれず教師の家に走るかおり。ケヤキはすでに伐られて、切り株だ

 けが残っていた。その切り株を抱きしめ、これまでの思いをはきだすように号泣するか

 おり。柴崎の好意に応えられない事を詫びながら。

 

   藤山親方に空師になる事を決意したかおりは、数ヵ月後、ゴミ屋敷で切り損ねたエノ

 キに登り枝を伐る。木から降りてきたかおりは、笑顔でエノキを見上げる。

   丸裸に枝を払われたエノキに、若い枝が一本残っている。 (終)