「旅立ちの扉」 [登場人物] 永瀬裕人(29) 主人公 広藤恵美(29) 裕人の恋人 原田千佳子(30)裕人の元同期生 沖田英明(30) 裕人の元同期生 布施浩二(29) 裕人の元同期生 堤 大輔(30) 裕人の元同期生 千藤先生(52) ゼミの先生 大久保 (47) プロデューサー 永瀬貞男(58) 裕人の父 永瀬和美(55) 裕人の母 永瀬法子(25) 裕人の妹 桜井 晃(19) 主人公 田中圭一郎(19)晃の同級生 蒼井雅美(19) 大学生 西野達也(19) 東京の大学生 塚原正史(36) コンビニ店長 大倉高志(20) 大学生 アフロ (22) トラック運転手 桜井 努(47) 晃の父 桜井温子(42) 晃の母 ○街並(8月)       「滋賀県」    琵琶湖の畔に――結婚式場がある。 ○ 結婚式場・中    新郎新婦がそれぞれのテーブルのキャ    ンドルに火を付けていく。    カメラのフラッシュ。拍手。「おめで    とう」の声。    新郎新婦が来るのを待っているテーブ    ルの一つに、永瀬裕人ら、同級生のテ    ーブル。 同級生1「裕人、結婚は? まだしてへんの  ?」 裕人「うん、まだ」 同級生1「相手は?」 裕人「いるけど、まだやな。とてもやないけ  ど、養っていけへんわ、今の俺では。お前  は?」 同級生1「多分、来年あたりかな。俺らも、  今年で30歳やん。そやから、そろそろな」    新郎新婦が裕人たちの席にくる。    拍手で迎える。 裕人「おめでとう!」 新郎「(裕人に)わざわざ来てくれてスマン  かったな。しばらくこっちにいられんの?   すぐ東京に戻んの?」 裕人「明後日まで実家にいる。なんや話があ  るらしいから」 新郎「親か?」 裕人「(苦笑いで)うん」 同級生1「あ、結婚式のビデオ、裕人に撮っ  てもらった方がよかったんちゃう? 未来  の映画監督やからな」 新郎「そうやな」 同級生1「将来、高う売れるで」 裕人「アホか」    「ほんまや」と盛り上がる同級生たち。 新郎「(みんなに)ほな、後でな」    と新郎新婦、次のテーブルに向かう。 同級生1「最近はもう映画とかドラマの助監  督はしてへんの?」 裕人「うん、今はもうやってへん……」 同級生1「なんや、そうなんか。芸能人のサ  イン頼もうと思たのに」 裕人「(苦笑)」    裕人、ふと表情を曇らせる。 ○ 走る電車(小田急線)    多摩川の上の線路を走っていく。 ○ 同・中    吊り革で懸垂している桜井晃。    西野がそんな晃を制して、 西野「おい、やめろって晃」 晃「この川、何て川。結構でかいやん」 西野「多摩川や。この川、越えたら神奈川県」 晃「そうか。じゃあ、もうすぐやな」 西野「これから見に行く学校、お前、ほんま  に来年から通うの?」 晃「それを確かめるために来たんやないかい。  フンッ」    とまた吊り革で懸垂を始める。 西野「(恥ずかしく)やめろって」    笑っている女子高生たち。 ○ 日本映画学校・表・中    堂々と入って来る晃。    その後ろを西野が躊躇しながら付いて    きて、 西野「おい、勝手に入ってええんけ?」 晃「かまへんやろ」    ズンズン進む晃。    と、頭から血を流した男が、廊下を曲    がって向かってくる。 男「助けてくれ〜!」 晃「!」 西野「うわァ! 何やこれ!?」    うずくまる血を流した男。    西野、あたふたと携帯を取り出し、 西野「警察……警察呼ばな!」    すると、 声「カアッ―ト! OK!」    「?」となる晃、西野。    曲り角の所からスタッフ(映画学校    生)が顔を出す。血を流している男に、 スタッフ「OKでーす」 男「はーい」    と受け取ったティッシュで頭の血糊を    拭きながら戻って行く。 西野「……何や、ここ?」 晃「(愉快そうに微笑んで)――」    奥に進んで行く。 ○同・大教室    スクリーンに映画が映し出されている。    後ろの方に座っている晃と西野。 晃「これ、ここの生徒の作品らしいけど、大  したことないなぁ」 西野「シッ。もっと小さい声で喋れや」 晃「こんなんでも、渋谷の映画館で上映され  たんやで。これやったら、俺の方がもっと  オモロイの作れるわ」 西野「そやから、静かにせえって」    西野、周りの生徒を気にして、ハラハ    ラしている。 晃「(映画の展開に)ハハッ。そんなアホな」 西野「おいっ」    気が気でない様子の西野。 ○ 同・学生ロビー    イスに座っいる晃、西野。 晃「でも、この学校に入ったら、学生のうち  に映画も撮れるし、デキが良かったら映画  館で上映されるんやもんな。そしたら次は  メジャー作品や。そして女優と結婚!」 西野「最後のは関係ないんとちゃうか」 晃「映画監督って、みんな女優と結婚するの  と違うの?」 西野「そんなことないやろ」 ○ 同・中?外    晃と西野、出てくる。    西野、映画学校のバンプレットを読み    ながら、 西野「ここ、専門学校のくせに試験あるんや  な」 晃「一丁前にな」 西野「お前、受かるんけ?」 晃「受かるやろ、そんなもん」 西野「ちょっと去年の問題載ってるさかい、  出したるわ」 晃「おう」 西野「第一問。――しょ……しょうづ、やす  じろう監督の作品は次のうちどれでしょ  う?」 晃「誰やて?」 西野「何て読むのこれ? 漢字、読まれへん」 晃「お前、東京の大学に通ってるくせして読  めへんのか。ちょっと貸してみ」    とパンフレットを奪うが、 晃「……こず……こず、あんじろう? 知ら  んわ」    とパンフレットを西野に返し、先に進    む。 西野「お前、そんなんで受かるんけ」 ○ 永瀬家・中    仏間の方で、裕人の父・貞男が孫の宏    太と楽しそうに遊んでいる。    居間では、裕人の前に陣取った母の和    美と妹の法子。 和美「あんた、いつ帰ってくんの? ずっと  東京に住む気か?」 法子「もういい加減、帰ってきいな、お兄ち  ゃん」 裕人「うん……」 和美「東京なんかでフリーターやってるぐら  いやったら、滋賀県に戻って来たらええや  ん。この前、『びわこ放送』と『NHK』  で中途採用の募集してはったで」 裕人「俺がやりたいのは、そういうのとは違  うねん。映画とかドラマやねん」 和美「せっかく求人チラシ、こんなに集めた  のに」    裕人の前に置かれている求人広告。 法子「お兄ちゃんも、今年で30歳やろ。定  職に就くんやったら早い方がええんやで。  29歳て、ぎりぎりの年齢やで」 裕人「言われんでも分かってるがな、そんな  ん」 和美「この前の健康診断で、お父さん、心臓  で引っ掛からはったんやで。心臓やで心臓。  もうお母さん心配で心配で」    貞男、孫と遊ぶ手を止めて、 貞男「コラ。余計なこと言わんでええ」 和美「そや言うたかてお父さん……」 法子「お父さんもお母さんも、もうええ年や  ねんから。私も子育てとかで忙しいし、そ  う度々帰ってこられへんねんで」 裕人「分かってる……。分かってるって」 法子「ほんまに分かってんのかいな」    裕人のうんざりした顔。    和美と法子の溜息。 ○ 田園調布    高級住宅が並ぶ区域。    晃と西野が表札を見ながら来る。 晃「ここが噂の田園調布か」 西野「あったあった。これや、この家や」    二人、ある家の前まで来る。 晃「ここか、俺の憧れの松島百恵と結婚した  映画監督の家は」 西野「さすがにでっかい家に住んどんのォ。  やっぱ儲かるんやな、映画監督て」 晃「撮ってる映画はクソみたいやのにな」 西野「はあ〜、しっかし、すごい家やわ」    と、感心して見上げている。    と晃、いきなりインターホンのボタン    を押す。 西野「お前、何してんねん!」 晃「何って、ちょっと一言言うたろ思て」    再度、ボタンを押す。 西野「アホ、やめろ」    力づくで晃を引っ張って行く。 晃「何すんねん。痛いやんけ」 西野「ええから来いって。ここは田舎とちゃ  うねんぞ」    晃を引っ張って行く西野。    と、玄関から人が出てくる。 晃「あっ、出てきょった!」    玄関から顔をのぞかせたのは百恵。 晃「うわっ、松島百恵や!――あ、俺、芸能 人初めて見た」    西野に引っ張って行かれる晃。   ○ 走る新幹線(夕)    上りの新幹線。 ○ 同・中(夕)    窓際の席に座っている裕人。    流れる風景を見ている。 ○ 東京駅(夜)    大勢の人が行き交っている構内。    荷物を抱えた裕人が、新幹線乗り場の    改札から出てくる。そのまま中央線乗    り場の方に歩いて行く。    と、急ぎ足で来た青年とぶつかる。 裕人「あ、すいません」    ぶつかった相手――晃も、 晃「すんません(小さく頭を下げて)」    また急いで行く。    歩いて行く裕人。    晃、腕時計を見て、焦りながら、新幹    線乗り場の改札へ入って行く。 晃「やばいやばい」    ○ 高円寺・道(夜)    裕人が歩いてくる。    アパートが見えてくる。    その階段を上がって行く裕人。 ○ 裕人たちのアパート・中(夜)    「えっ?」と顔を上げる裕人。 裕人「妊娠……?」    裕人の前に恵美。 恵美「(頷く)……」    キッチンの他、二部屋ぐらいがある、    裕人と恵美が同棲しているアパート。 恵美「一昨日、診てもらったの。3カ月だっ  て……」 裕人「――」 恵美「私ね、生みたいの」 裕人「生みたいって……俺ら、まだ籍も入れ  てないのに」 恵美「そのことで、ちょっと裕ちゃんにお願  いがあるの」 裕人「……?」 恵美「映画を諦めて、定職に就いて欲しいの」 裕人「えっ……!」 恵美「それから、籍を入れて欲しい」 裕人「……」 恵美「もし、まだ映画を諦めたくない、この  ままフリーターを続けるというのなら……  私たち、別れた方がいいと思うの」    動揺する裕人、目が泳ぐ。    真直ぐに見つめている恵美。 裕人「……でも、その場合、子供はどうする  の?」 恵美「子供は、生む――」 裕人「……!」 恵美「私たちも今年で30歳になるのよ。い  つまでも、このままズルズルいくわけには  いかないのよ。はっきりさせた方がいいと  思うの。仕事のことも、二人のことも」 裕人「それは、そうだろうけど……」 恵美「(見つめて)」 裕人「……」 恵美「(見つめて)」  裕人「しばらく……考えさせてくれへんかな。  急に言われたから、ちょっとびっくりして  ……」 恵美「(一瞬、表情曇るが)分かった……」 裕人「……」 ○ 桜井家・表(夜)    「滋賀県」    大きな家。 ○ 同・父の書斎(夜)    父・努の前で、あぐらをかいて座って    いる晃。 晃「親父、俺、東京に行くわ」 努「ああっ?」 晃「映画学校に入って、映画監督になる。そ  やから映画学校の入学金出してくれ」 努「……お前、さっきから何言うてんねん。  お前はウチの鉄工所を継ぐのとちゃうんか  ?」 晃「ちゃうちゃう。継がへんで俺」 努「何やと……! 俺は、お前が稼業を継ぐ  と思てたさかい、今までフラフラしてても  何も言わんと黙ってたんや。それが何やね  ん、映画て。アカンアカン。そんなん絶対  にアカン」 晃「ちょっと聞いてえや。俺の方がオモロイ  映画作れるねん。それを東京に行って確か  めてきたんや。そやからお金だけ出して。  お金だけ出してくれたらええから」 努「アホ抜かせ。金だけせびろうなんて、何  ちゅう親不孝者じゃ」    興奮してきた努、咳き込み始める。 努「(ゴホゴホと)誰がビタ一文出すか。欲  しけりゃ、自分で稼げ」    ひどく咳き込む努。 努「おい、母さん。母さん。温子!」    「はーい」と声がして現れる晃の母・    温子。 努「薬持ってきてくれ、薬」 温子「大丈夫ですか?」 努「晃がアホなこと言いよるさかい、調子悪  なってしもた(ゴホゴホ)」 温子「何言うたの?」 晃「(憮然と)……」 ○ 田中家・表    住居の横に、「田中自動車修理工場」    の建物。 ○ 田中家・離れの部屋    庭にある小さな離れの部屋。 ○ 同・中    パソコンの前に座って、ネットをいじ    っている田中圭一郎。    寝そべって雑誌を眺めている晃。 田中「――嫌や」 晃「何でやねん」 田中「バイト紹介してくれって、前に紹介し  たとこ、お前、二日で辞めたやんけ」 晃「今度はちゃんと続けるがな」 田中「あん時、俺、後で詫び入れに行ったん  やで。頭下げて何回も何回も『すんません  すんません』言うて」 晃「そやから、今度はちゃんと続けるって」 田中「信用できひん」 晃「信用してくれって。なんせ今回は映画学  校の入学金をためるっていう、しっかりと  した目標があるんやから。金がたまるまで  辞めたりせえへんがな」 田中「ほんまけえ?」 晃「なあ、頼むわ。お前だけが頼りやねんか  ら、俺は」 田中「ほんまに今度はちゃんと続けるやろな  ?」    晃、正座して、 晃「大丈夫。問題ない。バッチシ」    と指でOKマークを出す。 田中「(まだ疑っている顔)……」     ×   ×   ×   ×    電話で謝っている田中。 田中「すんません、主任。僕の方からも怒っ  ときますさかい。ほんますんません」    何度も頭を下げる田中。    田中、電話を切って、ゲームをしてい    る晃を睨み付ける。 田中「お前、ええ加減にせえよ。あんだけ俺  と約束しときながら、何で三日で辞めんね  ん!」 晃「俺には向いてなかったんや、あのバイト。  だってお前、スーパーの掃除のバイトって、  ずっと下向きっぱなしやねんで。ず〜っと  ず〜っと下向いてモップかけてるんやで。  あんなん俺、無理やわ」 田中「仕事やろ。それぐらい我慢せいや」 晃「なんか他にええのないの。楽しくって、  お金がたっぷり稼げるバイトって」 田中「そんなもんあるか! あったら俺がや  ってるわ」 晃「困ったのぉ。金がないと、映画学校入れ  へんやんけ」 田中「お前さあ……俺らも、今年で20歳や  ねんで。いつまでそんなガキみたいなこと  言うてんねん。周りは就職した奴とか大学  に行ってる奴とか、着々と現実へ道を歩ん  どんねんで。いつまでも夢物語かたってる  場合とちゃうぞ」 晃「別に夢物語やとは思てへんけど」 田中「あ、そや。お前、バイト二つ掛け持ち  したら?」 晃「え?」 田中「そやから、一つは、大して面白くもな  いけど、稼げるバイト。そしてもう一つは、  コンビニみたいに、そう大して稼げへんけ  ど、女の子もいて楽しいバイト」 晃「ほう!」 田中「飽きっぽいお前には、こういうやり方  の方がええのとちゃうか?」 晃「おお! さすが俺以上に俺のことを分か  ってる田中くん。ナイスアイディアや」    満足気な田中。 晃「で、何のバイトやったらええんや?」 ○ 裕人たちのアパート(夜)    仕事から帰って来た恵美に、裕人が言    う。 裕人「ちょっと、そこ座ってくれるか」 恵美「(裕人の様子から予感していた)……」    恵美、裕人の前に座る。 裕人「この前の話のことだけど」 恵美「うん……」    身を堅くする恵美。 裕人「俺……あれからずっと考えてきたけど  ……やっぱり映画は諦めたくない」 恵美「……」 裕人「そのために東京に来たから。まだ何一  つ達成してないうちに映画を諦めるのは…  …」 恵美「……」 裕人「――でも、俺、恵美とも別れたくない んだ」 恵美「……」 裕人「いずれ結婚したいと思ってる。子供も  欲しいし。でも、今はまだその時期ではな  い、というか……」 恵美「……」 裕人「だから――今回は子供を堕ろして欲し い」 恵美「……」 裕人「もう少し待って欲しいんだ。そういう  時期がくるまで」 恵美「……いつなの、それ」 裕人「え?」 恵美「何カ月後? 半年後? 一年後!」 裕人「それはまだ分かんないけど……」 恵美「いっつも、そうじゃない。先のことは  分かんないって言って、シナリオも映画も  全然やってないじゃない!」 裕人「違うんだ。今、チャンスなんだ。ある  深夜のテレビドラマに、脚本チームの一人  として誘われてる。予算が少ないから、若  手のライターを起用したがってるらしいん  だ。もし、この話が上手くいけば――」 恵美「前にもVシネマでそんな話があったけ  ど、結局、流れたじゃない」 裕人「今度は大丈夫だよ。放送日ももう決ま  ってるし」 恵美「でも、安いギャラなんでしょ。結局は  バイトを続けながらなんでしょ。そんなの  今の生活と変わらないじゃない」 裕人「全然違うって」 恵美「定職に就くなら早い方がいいのよ。2  0代と30代とでは全然違うんだから。こ  のまま待ち続けて取り返しのつかないこと  になったら、どうするのよ!」 裕人「……」 恵美「その可能性だってあるのよ。そっちの  可能性の方が高いかもしれないじゃない  !」 裕人「そんなのやってみないと分からないだ  ろ!」    思わず怒鳴ってしまった裕人。 恵美「……」 裕人「……」 恵美「……私たち29歳なのよ。今年で30  歳なんだから。色んなことに決断しなくち  ゃいけない年なのよ」 裕人「……」 恵美「周りはみんな結婚して子供もいる。保  険にも入ってる。貯金もしてる。知ってる  ?フリーターの人には銀行もお金貸さない  のよ。カードだって審査ではじかれるのよ」 裕人「……」 恵美「夢だけじゃ食べていけないのよ。――  平凡にさえなれないのよ」 裕人「――」    いつしか、すすり泣いている恵美。 ○ コンビニ・表 ○ 同・中    レジのところで、文句を言っているお    ばさん。    平謝りしている店長の塚原。    憮然としている晃。この店でバイトし    ている。 おばさん「何で、こんな作業の遅い人、レジ  に立たせてんのよ。おまけに年齢は多めに  打ち込むし。私、そんな年ちゃうで」    レジ機にある購買者年齢のボタン。 塚原「すみません、本当に」 おばさん「まだ新人なんやろ。補助がつかん  とアカンやん。こんな人、一人でできるわ  けないんやから」 晃「(塚原に)そうですよ。まだ新人なんで  すから」 おばさん「まだ全部覚えきってないんちゃう  ん、この人」 晃「(塚原に)そうですよ。まだ覚えきれて  ないんですから、新人一人にレジを任せて、  自分は奥で漫画読んでたらあきませんよ」 おばさん「あなた、そんなことしてんの?」 晃「そうなんですよ、お客さん。うちの店長  はほんまに困ったもので」 おばさん「アカンやん、あなた」 晃「あきませんよ、店長」 塚原「すみません……」    と言って、「アレ?」となる。    「ほんとにねえ」と同情し合っている    晃とおばさん。    雑誌を整理しているバイトの大倉が、 大倉「何やっとんねん、あいつら」    と、ぼやく。 ○ 同・奥の部屋    晃を立たせて叱っている店長の塚原。 塚原「何や、さっきの態度は。客と一緒に俺  のこと責めやがって」 晃「いや、でも本当のことですよ。覚えるこ  とが多すぎますよ、コンビニって」 塚原「それでもみんな覚えていってるんや。  君にもできるはずやろ。まだ若いんやか  ら」 晃「せめて、新聞の値段は統一しましょうよ。  値段違うのあるやないですか。あれ、やめ  ません?」 塚原「俺に決められるわけないやろ!」 晃「それに宅急便とか、自賠責とか……コン  ビニで自賠責に入る奴なんていますか」    イライラしてくる塚原。貧乏揺すりが    止まらない。 晃「それに、ここのバイト連中、ちょっとマ  ニアックな連中が多すぎません。オタクっ   ぽいっていうか」    ギクッとなる塚原。店長のパソコンの    横にもフィギュアが置いてある。    晃、それをひょいと取って、 晃「そうそう、こういうの集めてそうな奴」    とフィギュアの手とか足を動かす。 塚原「ああっ……(気が気でない)」 晃「もっと普通の人とか、いませんの」    フィギュアをいじる晃。無茶な動かし    方をする。 塚原「(返して、と手を伸ばす)」 晃「よく考えたら、この店、全然いいところ  ないですね。俺……なんか嫌になってきた  な。――店長、俺、辞めますわ、この店」    とフィギュアを乱暴に置き、とロッカ    ーの方に向かう。 塚原「ああ……!(フィギュアが)」 ○ 同・中    従業員出入口から着替えた晃が出てく    る。 晃「何やねん、ほんまにこの店は」    と入ろうとしていた女性と出くわす。    その女性が、 女性「あ、新しく入ってきた人ですか。私、  蒼井です。蒼井雅美。よろしくお願いしま  す」    と頭を下げる雅美。 晃「――」     ×   ×   ×   ×    「いらっしゃいませ!」と満面の笑み    でお客に声をかける晃。    晃、隣の雅美に、 晃「いやぁ、この店、ほんまにええ店ですね」    クスクス笑っている雅美。 ○ 同・奥の部屋    モニターを眺めている塚原と大倉。 大倉「あいつ、辞めるって言ったのと違いま  すの」 塚原「いつかクビにしたる」    壊れたフィギュア。    モニターに、愛想良く働いている晃の    姿が映っている。 ○ レンタルビデオ屋・中(夜)    バイトしている裕人。    返却されてきたDVDを、元の棚に戻    す作業をしている。    千佳子がくる。 千佳子「オッス」 裕人「おう」 千佳子「どう、シナリオの方は? 進んでる  ?」 裕人「いや、あんまり」 千佳子「気付いてると思うけど――恵美、今、  私ン所に泊まってる」 裕人「――そう」 千佳子「もう一度さ、恵美とちゃんと話し合  いなよ。私が間に入ってもいいからさ」 裕人「(DVDを棚に戻している)……」 千佳子「正直ね、私も映画学校の卒業生だか  ら、裕人の気持ちもよく分かるの。……で  も、私も女だからさ。女は30歳前になる  と色々考んのよ」 裕人「(DVDを棚に戻している)……」 千佳子「だから、恵美も別に悪気はないのよ。  ちょっと言い過ぎたかもしれないって反省  してたし」 裕人「(DVDを棚に戻している)」 千佳子「とにかく、今度ちゃんと話し合いな、  ね?」 裕人「……うん」 千佳子「ねえ、深夜ドラマの方は、もうプロ  デューサーの人と会ったりしたの?」 裕人「今度、製作会社でプロット会議がある  から、そん時に千藤先生に紹介してもら  う」 千佳子「そう。上手くいくといいね」     ○ 田中家・離れの部屋。    寝っ転がる晃。 晃「いやぁ、お前が紹介してくれたあのコン  ビニ、ほんまに最高やわぁ」 田中「そうか? あそこ、そんなに良かった  か?」 晃「おう、最高最高。ほぼ毎日行ってるわ、  俺」 田中「毎日? あれ、お前、あっちのバイト  はどうしたん? あの流れ作業のバイト。  仕事内容はきついけど、儲かるバイトは?」 晃「ああ、あれ辞めた」 田中「辞めた!?」 晃「うん」 田中「何でやねん!」 晃「だってお前、あれ、ごっつつまらんやん。  ひたすら流れてくるパンをパッと取って、  ポッと別のレーンに移しかえるんだけやで」 田中「流れ作業ってそういうもんやろ」 晃「ひたすらやで、ひたすら。ひたすら、パ  ッと取ってポッやで。パッと取ってポッ。  これを延々10時間もやるんやで。気ィ狂  うで、ほんま」 田中「お前なぁ、そんなこと言うてたら稼げ  へんやんけ。そのきついバイトだけやと嫌  になるから、クッションとして、コンビニ  でもバイトすることにしたんやろ。そやの  に、そっち一本に絞ってどうすんねん」 晃「そやけどお前、パッと取ってポッ、やで」 田中「コンビニのバイト代だけで、入学金た  まるか?」 晃「そやけど、お前、パッと取ってポッやも  ん。俺には無理やわぁ」 田中「困ったやっちゃのォ」 晃「困った奴やわ、パッと取ってポッ、は」 田中「え? そっち?」 ○ 都内 ○ 小さなビル    4Fのフロアに製作会社の社名。 ○同・その一室    会議室に集まっている数人の人々。    千藤先生が、プロデューサーの大久保    に若手のライターを紹介している。 千藤「この人が、去年のコンクールで佳作に  入った清水くん。そして、この人がピンク  映画を何本が書いたことがある安井くん。  そして彼が永瀬くん」    小さく頭を下げる裕人。 大久保「みんな映画学校の卒業生なんですか ?」 千藤「そうです」 大久保「かつては千藤ゼミの生徒さん?」 千藤「そうですね」 大久保「じゃあ、期待できますね」 千藤「ええ、大いに期待して下さい」    微笑む若手ライターたち。     ×   ×   ×   ×    色々意見を出しているライターたち。    熱心に聞いている大久保。    なかなか意見を言い出せない裕人。 裕人の声「俺以外、二人ともコンクールに通  った人たちだから、ビビッたよ。俺だけだ  もん、なんの実績もないのは」 ○ 喫茶店    プロットを書いていた手を休めて、携    帯で電話している裕人。    裕人「――うん、ま、ここまできたらやるしか  ないけどさ」 携帯の声「ところで、恵美ちゃん、元気にし  てるの? あいかわらず?」 裕人「……うん、元気にしてるかな」 ○ デパート・中    婦人服売り場で働いている恵美。    妊婦や、小さな子供連れの女性に目が    行く。 恵美「――」 ○ コンビニ・中    レジのところで、晃に作業のやり方を    教えている雅美。 雅美「クオカードのお客さんがきた時は、こ  のパネルをタッチして――」    顔をくっつけるようにして聞いている    晃。 ○ 同・奥の部屋    モニターに、雅美と晃の様子が映って    いる。    食い入るように見ている店長の塚原。    カップ麺を食べながら大倉も見ている。 塚原「クオカードのやり方、あいつ知ってる  はずやのに。顔、近付けすぎやっちゅうね  ん。離れろ、コラ」 大倉「直接言うたらどうですか?」 塚原「大倉くんだって、仕事が終わったんや  ったら、帰れば」 大倉「これ、食い終わったら帰ります」    とカップ麺をすする。 ○ 製作会社・一室(一週間後)    プロットを読んでいるプロデューサー    の大久保。    緊張して、その様子を見ている裕人ら、    若手のライター。    顔をしかめている大久保。時折、前の    ページに戻って見直したりしている。 裕人「(気になって)……」 ○ 裕人たちのアパート・中    恵美が来ている。    バッグに着替えなどを詰めている。 恵美「……」 ○ 製作会社・一室(夕方)    裕人と大久保。    机に置かれた裕人のプロット。 大久保「きついことを言うようだけど、君の  はどこをどう直せばよいとかいう問題では  ないと思うんだ。まだ、そこまでクオリテ  ィーが達してないというか」 裕人「――」 大久保「君、今、29歳だっけ?」 裕人「はい……」 大久保「千藤さんの紹介だから来てもらった  けど……今ならまだやり直しきくんだから  さ、身の振り方、考えた方がいいんじゃな  いかな?」 裕人「――」    と、ドアが開き、男が顔を覗かせる。 大久保「(その男に)おお、急に来てもらっ  て悪いね。あっちで話そうか」 男「はい」    と引っ込む。 大久保「君のパートは、今の彼に書いてもら  うことにした」 裕人「そうですか……」 大久保「これ少ないけど、電車代にでもして」    と財布から札を抜き出し、渡す。    出て行く大久保。    廊下で大久保たちが話している声が聞    こえる。 裕人「……」    札を握りしめる。 ○ 裕人のアパート・近くの道(夕)    歩いてくる恵美。    鞄が重く、下ばかり向いて歩いてしま    う。    交差点――信号が赤に変わる。    気付かず歩いて行く恵美。    右折してきた車が迫る――。 恵美「(下を向いたまま、気付かない)」 ○ 居酒屋・中(夜)    千藤先生と裕人が飲んでいる。 千藤「人によって評価が違うのが当たり前な  んですよ。百人全員を面白いと思わすこと  は不可能なんですから」 裕人「はい……」 千藤「プロデューサーは君の書いたものを気  に入ってくれなかったけど、僕は君には才  能があると思ったから呼んだんです。その  ことは間違ってなかったと思います」 裕人「……」 千藤「ま、こんなことはよくあることなんで  すよ。プロになるための通過点だと思った  方がいい」 裕人「そうなんですけど……ああいう風に言  われてしまうと、なんか、俺という人間を  全否定されたような気がして……」 千藤「気にしちゃダメですよ、そんなこと。  批判なんて、この商売にはつきものなんで  すから。見返してやるぞ、ぐらいの意気込  みでないと」 裕人「そうですよね……」 千藤「打たれ強くならないとプロにはなれま  せんよ」 裕人「はい……」 ○ 同・表(夜)    千藤先生と一緒に出て来る裕人。    裕人の携帯が鳴る。 裕人「はい」 千佳子の声「裕人、どこにいるのよ! 全然  繋がらなかったじゃない!」 裕人「悪い。電波が入らない所だったみたい。  どうしたの?」    話を聞き、表情が凍り付く裕人。 裕人「えっ――!」 ○ 病院・廊下(夜)    裕人が駆け込んでくる。 ○同・恵美の病室・前の廊下(夜)    裕人が来る。    千佳子、気付いて、 千佳子「遅いよ、何やってたのよ!」 裕人「恵美は? 無事なのか?」 千佳子「さっき意識が戻ったから大丈夫。今、  眠ったところ」 裕人「怪我の具合は?」 千佳子「ろっ骨の骨折と、腕の打撲」 裕人「……」 千佳子「お腹の子供は――ダメだった……」 裕人「……!」 ○ 同・同(夜)    ベッドで眠っている恵美。 ○ コンビニ・奥の部屋    腕組みしている店長・塚原。    その前に立っている晃。 晃「――えっ、俺、クビっスか?」 塚原「(大きく頷く)」 晃「何で?」 塚原「何でって、聞かんでも分かるやろ」 晃「あれぐらいのミスで、クビはないでしょ  う」 塚原「あれぐらいって、五千円のお釣りを渡  すのに、間違えて一万円札を渡すバカがい  るか。その時点で、ウチは五千円も損をし  てるんやぞ」 晃「別の客で取り返せばええやないですか。  お釣りを少なくするとかして」 塚原「できるか、そんなこと!」 晃「いくら何でもクビはないですよ、店長」 塚原「アカン。もう決めたことや」 晃「そんな〜店長〜」 塚原「もう君の後任も決まってるんや」 晃「あ、もしかして、そこに置いてある履歴  書がそうですか」    塚原、慌てて履歴書を隠す。 晃「あ、女の子ばっかりや。しかも、××大  学ばっかり。あ、××大学って、これ大倉  さんの紹介やろ。ずっこォ店長。エッロ〜」 塚原「とにかく君はクビだ。もう来なくてい  い!」 晃「マジっスか」 塚原「マジっス!」 ○ 田中家・離れの部屋(夜)    ゴロゴロ寝転がっている晃。 晃「陰謀や、大倉と店長の陰謀や」 田中「そんなとこでゴロゴロすんなや。ホコ  リ付くぞ」 晃「(ゴロゴロを止めて)雅美ちゃんに会え  へんようになってしもた……」 田中「問題はそことちゃうやろ。金が入るア  テがなくなったことやろ」 晃「雅美ちゃんの連絡先、聞いてへんねん。  俺、案外そういうの聞けへんタイプやか  ら」 田中「金ためるためにバイトしたのに、女の  ケツばっかり追い掛けてるからそんなこと  になるねん。違うバイトをすぐ見つけろや。  仕事なんて選ばへんかったら、いくらでも  あるんやから。恋に落ちてる場合と違う   ぞ」 晃「う〜、そういう言われても……」    と、またゴロゴロと寝転び始める。 田中「ほら、探せや、はよう」    と、求人雑誌などを晃に投げる。    雑誌に埋もれる晃。 晃「――」    突然、ガバッと起き上がる晃。 晃「これや、これやぞ田中!」 田中「何がやねん?」 晃「見てみィ、ここ。『フィルムコンテスト  』! これやって!」 田中「そやから、それが何やねん」 晃「大賞には百万円! しかもデキが良かっ  たら映画館でかかるって書いてある!」 田中「もしかして――お前、それに出すつも り なん?」 晃「おう!」 田中「マジで?」 晃「賞金が入ったら映画学校の入学金も払え  るやんけ」 田中「本気で言うてんの、お前?」 晃「主演女優はやっぱり雅美ちゃんやろ。雅  美ちゃんしか、おらへんわな」 田中「雅美ちゃんて、演技できんのかいな?」 晃「俺が演出すれば大丈夫や。しかもお前、  そしたら、朝から晩まで雅美ちゃんと一緒  におられるやんけ。そうすりゃ恋も始まる  わ。(ハッと気付き)そうか、そうやから  映画監督と女優は結婚するんか。そういう  カラクリやったんか!」 田中「カラクリて。――第一、お前、映画の 作り 方知ってんの?」 晃「ビデオ回したらええんちゃうんか。後の  ことはこれから勉強や。頑張ろうけ田中!」 田中「俺も!?」 ○ 病院・表 ○ 同・恵美の病室    見舞いにきている裕人。    ベッドの恵美、ずっと窓の外を見てい    る。 裕人「何か持ってくるものとかある?」 恵美「……千佳子に頼んだから」 裕人「そう。――本当に、親御さんには連絡 し なくていいの?」 恵美「……うん。絶対にしないで」 裕人「……」 ○ コンビニ    雑誌を並べかえている雅美。    手伝いながら、話しかけている大倉。 大倉「雅美さんは、水族館とか興味ある?」 雅美「ありますよ。大好きですよ、私」 大倉「××水族館の前売り券、この店でも売  ってるやんか」 雅美「ああ、そうですよね」 大倉「(意を決して)あのさ、雅美さん――」 雅美「この前、見に行ってきたんですけど、  良かったですよ。大倉さんも行かはったら   どうですか」 大倉「そうやね……」    と、しょんぼり。    その時、自動ドアが開く。 雅美「いらっしゃいま――。あ、晃くん!」 大倉「(何ッ、と顔を上げる)」    晃、真直ぐに来て、雅美と大倉の間に    割って入る。 雅美「晃くん、久しぶり。元気にしてた?」 晃「雅美ちゃん、俺さ、今度、映画作ろうと  思ってんねんけど、その映画に出て欲しい  ねん」 雅美「映画に!?」 晃「うん。どうしても出て欲しいねん、雅美  ちゃんに」 雅美「でも……私、演技なんてできひんで」 晃「大丈夫。雅美ちゃんは雅美ちゃんのまま  でいてくれたらええねん」 雅美「そんなこと言われても……やっぱり恥  ずかしいし」 晃「すぐに慣れるって」 雅美「でも……」 晃「今度作る映画は、雅美ちゃんをイメージ  して作りたいねん。そやから、雅美ちゃん  に出てもらわんと困るねん」 雅美「私をイメージしてって……どんな映画  なん?」 晃「それはまだ考えてない」 雅美「え?」 晃「これから考える」 大倉「考えてから来いよ――。大体、君はい つも突然すぎるねん。今だって、雅美さんは ま だ仕事中で――」 晃「(大倉は眼中になく)多分、あれやで、  バババッと何かぶっ壊すような、そんな作  品になると思うで」 大倉「何言ってるのか、全然分かんない」 晃「今度、シナリオみたいなの書いて持って  くるわ。それやったらええやろ」 雅美「う、うん……。あ、でも」    走って帰って行く晃。 晃「すぐ書いて持ってくるから」 雅美「……」 大倉「全く人騒がせな奴や。出ない方がいい  よ、雅美さん」    と雅美を方に振り向くと、 雅美「バババッ……か」 大倉「え……」 ○ 田中家・離れの部屋    用紙を前にして構想を練っている晃。 晃「どんなんがええかな。学園ものかな、ア  クションものかな、う〜ん、コメディーい うのもありやな」 田中「お前さ、そういうの自分ン家でやれよ。  何で、いっつも俺ン家やねん」 晃「ここ居心地ええねん」 田中「……」 晃「うーん、雅美ちゃんやからな。よし、ま  ずは雅美ちゃんとはどんな人間かというこ  とから突き詰めていこう」 田中「?」 晃「雅美ちゃんのおじいさんは、こんな感じ  の人で、畑作業が趣味で、と」    と似顔絵を書き、文章も横に付け足し    ていく。 田中「お前、じいさんに会ったことあんの?」 晃「あるわけないやん」 田中「え、でも今」 晃「想像じゃ、想像」 田中「……」 晃「小学五年生ぐらいから雅美ちゃんの胸が  膨らみ始めて、初めてブラジャーを買った  のは、××デパート。でもって、その夜、  お父さんにからかわれて、その後、数日間、  お父さんとは口もきかんようになったと、  フフッ、可哀想なお父さんや」 田中「それ、映画の内容と関係あんの?」 晃「ないと思うけど――何やこれ、ごっつ楽  しいぞ」 田中「想像やのうて、妄想やな」    ブツブツ言っては紙に書き込んでいく    晃。 晃「(楽しそうに妄想を働かす)――」 田中「ところでお前、製作資金とかはどうす  んの? カメラとか、編集するソフトと  か」 晃「カメラは、ビデオカメラ持ってる奴を仲  間に引き込もうと思てる。撮影場所なんか  も、あらかじめタダで使えそうな所をピッ  クアップしとけば安上がるし」 田中「おっ、なんかお前、冴えてきたな」 晃「そやろ。そやから、そっちの手配は頼ん  だで」 田中「え?」 晃「だって、俺はシナリオ書かなアカンもん」 田中「ウソォ……」 ○ 病院・廊下    裕人が来る。 ○ 同・恵美の病室    裕人、来る。    看護師さん達が掃除などをしている。    ベッドはもぬけの殻。 裕人「あの……広藤恵美さんは?」 看護師「今日、退院されましたけど」 裕人「え……!」 ○ 裕人たちのアパート・表(夕方)    引越のトラックが去って行く。    見送っている千佳子。    裕人、来る。    走り去る引越のトラックを見て、慌て    て駆けてくる。 裕人「(千佳子に)おい、今のトラックなん  だよ」 千佳子「引越のトラックよ」 裕人「まさか……」 千佳子「そう。恵美の」 裕人「……!」 千佳子「恵美、愛媛の実家に帰ることにした  んだって」 裕人「……!」 千佳子「恵美に頼まれてたの。裕人には内緒  にしといてくれって。だから裕人がいない  間に一気に運び出しとかやったの」 裕人「……」 千佳子「未練があるなら、追い掛ければ。恵  美、まだ空港にいるかもしれないし。今な  らまだ間に合うかもしれないわよ」 裕人「……」    だが、裕人、アパートの階段の方にト    ボトボと歩いていく。 千佳子「……」 ○ 同・中(夕方)    ションボリと座っている裕人。    千佳子が入ってくる。 千佳子「追い掛けないの? 恵美のこと、も  う好きじゃないの? その程度の気持ちだ  ったの?」 裕人「……」 千佳子「確かに黙って出て行くのは卑怯かも  しれない。でも、恵美の気持ちも分かって  あげて。男と女では30歳になる重みが違  うのよ。それに流産したことも重なったし  ……(ン? となり)裕人?」    嗚咽をもらしている裕人。 千佳子「――」 裕人「……俺には……恵美を追い掛ける資格  なんてないんだ……。恵美と顔を合わす資  格なんてないんだ……」 千佳子「……」 裕人「……俺……恵美のお腹の子がダメにな  ったって聞いた時……本当はホッとしたん  だ。……良かったって、安心したんだ」 千佳子「――」 裕人「……最低だよ、俺は……。最低な人間  だよ……俺は……」    泣き続ける裕人。    呆然と立っている千佳子。 ○ 公園    ベンチに座って、シナリオを読んでい    る雅美。    その横に田中。 田中「(時折、チラッと雅美を盗み見ては思  わず見愡れたりしている)」     ×   ×   ×   ×    かなり離れた所で二人を盗み見ている    晃。 晃「(緊張した顔)――」     ×   ×   ×   × 雅美「(読み終わり)ふーん。これが私をイ  メージして書いたシナリオか」 田中「どう?」 雅美「う…ん。変てこな映画。――でも面白  いかも。読み終わったら、何だかスカッと  したし(笑顔)」 田中「そやろ」 雅美「現状を打破しようと、何度も何度もぶ  つかって行く主人公がいいよね。その度に  弱くて迷ってばかりいた主人公が強くなっ  ていって。――でも、これ私にできるのか な」 田中「晃が言うてたよ。この役は雅美ちゃん  しかできひんて。っていうか、雅美ちゃん  本人がモデルやから」 雅美「でも……やっぱり、大学もバイトも休  めへんし、無理かな」 田中「そうか……」 雅美「晃くんみたいなタイプは、大学にもい  てへんから、一緒に何かやるのは面白いと  思うねんけど」 田中「やることなすこと全部無茶苦茶やから  ね、あいつは」 雅美「昔からそうなん?」 田中「そう、昔から。――でも、不思議と昔  のことで思い出すのは、ほとんどが晃絡み  のことやねんな」 雅美「……」 田中「当時は、散々迷惑かけられたけど、今  となっちゃ、ええ笑い話やし」 雅美「……」 田中「でも、そんな忘れられへん思い出がた  くさんあって、俺は結構幸せかもなって、  時たま思ったりもするしね」 雅美「――」 田中「今回も、あいつ今まで全然バイトとか  続かへんかったくせに、製作資金をためよ  うと決意した途端、我慢して働いてるみた  いやしな」     ×   ×   ×   ×    晃、近くにいた子供相手に、 晃「しんどいねんぞ、お前。ひたすら、パッ  と取ってポッと置くねんぞ。何千個もやる  ねんぞ。パッと取ってポッを。変化がある  ゆうたら、流れてくるパンが変わることぐ  らいやねんぞ。違う種類のパンを、パッと  取ってポッと置くんや」 子供「……」 晃「そういう過酷な労働の元に、君たちが食  べてるパンがあるねんからな。残さずに食  べろよ」 子供「うん」     ×   ×   ×   ×    ベンチの田中と雅美。 田中「今は、寝ても覚めても、雅美ちゃん雅  美ちゃん。君の映画を撮ることに夢中にな  っとるわ」 雅美「(照れ臭く)――」 田中「俺には、あいつみたいに夢中になれる  もんがないなぁと思うと、ちょっと寂しく  なってくる。何か人生を損してるような」 雅美「夢中になれるものかァ。……私もない  なぁ、そういうの」    子供が「お母さーん、パン買うて」と    走って行くのが見える。 田中「晃の奴、君にシナリオ読まれるのが恥  ずかしい言うて、あの辺りに隠れとるねん。  おかしな奴やろ」    田中、立ち上がり、 田中「忙しい中、ありがとう。晃には、俺の  方からあんじょう言うとくから」    と晃が隠れている方に歩いて行く。 雅美「……」    雅美、シナリオを手に、少し考えるが、 雅美「(田中の背中に)ほんまに、忘れられ  へん思い出になる?」 田中「(振り返り)それは俺が保証するわ。  いい意味でも悪い意味でも、絶対忘れられ  へん思い出になる」 雅美「ほな、私、やってみようかな」 田中「?」 雅美「――映画。――主演女優」 田中「マジで……?」 雅美「(笑顔で頷く)」    田中、離れた所にいる晃に、 田中「晃! 雅美ちゃんのOKでたぞ!」    隠れ場所から出てくる晃。「よっしゃ    あ!」と飛び上がってガッツポーズを    する。 雅美「(笑っている)」 ○ 裕人たちのアパート・表    階段を上がってくる千佳子、布施、沖    田。 ○同・部屋の前    廊下を進む三人、裕人の部屋の前にく    る。    千佳子がチャイムを押す。    無反応。 千佳子「いないのかな?」    再びチャイムを押すが、無反応。 沖田「携帯にかけてみるか」    沖田が携帯をかけるが、ルス電に切り    替わる。 沖田「どこ行ってんだ、あいつ」    布施、不機嫌な顏して、乱暴にドアを    叩く。 千佳子「やめなさいよ」 ○ 同・中    暗い室内。    部屋の片隅にうずくまっている裕人。    千佳子たちの帰って行く足音が聞こえ    る。 裕人「……」 ○ 田中家・離れの部屋    携帯をかけている晃。 晃「今度、オモロイことやんねんけど、お前  も参加せえへん? むっちゃオモロイで。  こな損するで」    田中も携帯をかけている。 田中「マジで! お前ン家、ビデオカメラあ  んの? ちょっと貸してくれへん。一週間  ぐらいでええから」     ×   ×   ×   × 晃「よし、マサとテッチャンも来てくれるこ  とになったし、ビデオは高村が貸してくれ  る、と。車はお前ン家のを使わせてくれよ」 田中「ガソリン代は出してくれよ」 晃「あとタダで使えそうなもの、なんかない  かな?(と室内を見回す)」 田中「おい、頼むから、そのぐらい出してく  れや」 晃「(考える)ラスト、車、爆発させたろか  な。それ、オモロイかもな」 田中「全然オモンないわ」 ○ 喫茶店(数日後・夜)    唖然とした顔をしている千佳子、沖田、    布施、堤。 四人「――」    頭を丸刈りにした裕人が立っている。 沖田「……どうしたんだ、その頭?」    裕人、頭をなでながら、 裕人「ま、色々あって、気持ちを切り替えよ  うかと思って(座る)」 千佳子「……」 布施「で、何なんだよ。急に同期の俺らを呼  び出して」 裕人「うん……ちょっと、みんなにお願いが  あって」    みんな、裕人を見る。 裕人「俺――映画を撮ろうと思ってる」 四人「――」 裕人「もちろん自主製作の、30分ぐらいの  映画だけど。――それを手伝って欲しいん  だ」 四人「――」 裕人「協力してほしい」 四人「……」 沖田「でも、俺なんかは撮影が入ってるし、  他のみんなだって、現場が……」 布施「まだみんな、それぞれのパートの助手  だけどさ、一応これでもプロの現場で揉ま  れてきてんだ。お遊びで作る映画だったら、  やりたくないんだけど。時間の無駄だし」 裕人「遊びで作る気はない。大袈裟なようだ  けど――自分の人生を懸けて映画を作るつ  もりでいる」 四人「――」 裕人「今度の『フィルムコンテスト』に送ろ  うと思ってる。もし、それで入賞できなけ  れば――俺、映画やめる」 四人「……!」 沖田「……やめて、どうするんだよ?」 裕人「田舎に帰る」 四人「――」 裕人「俺にとって、今回がラストチャンスな  んだ」 ○ 道(夜)    歩いてくる裕人、千佳子。 千佳子「やっぱり恵美のことがあったから  ?」 裕人「(頷く)」 千佳子「そう……」 裕人「……俺、映画も恵美も両方欲しがって、  恵美を失った。このままだと、映画も失っ  てしまいそうだから」 千佳子「……」 裕人「もう、大事なものを失うのは嫌なんだ。  どうせ失うなら、思いっきりぶつかった上  でないと、後悔する」 千佳子「……」 裕人「俺も、もうすぐ30歳だからな。色ん  なものに決着をつけていかないと」 ○ 恵美の実家    「愛媛県」    海に面した、山沿いに建っている恵美    の実家。    縁側でボーッとしている恵美。 恵美「……」    倉庫で、ミカン栽培に使う道具の手入    れをしている恵美の父と母。    時折、心配そうに恵美を見やる。 ○ 川崎市    都会の道を軽トラが走る。    荷台に荷物がつまれている。 裕人の声「前の部屋は、恵美と折半で家賃を  払ってたから。俺一人だと払っていけない  んだよ」 ○アパート・前の道    裕人、沖田、布施が軽トラの荷台に積    んだ裕人の荷物を運んでいる。       裕人と沖田、冷蔵庫を二人で運びなが    ら、 沖田「それにしても、よくこの部屋が空いて  たな」 裕人「俺も、まさか映画学校の時に住んでた  アパートに戻ってくるとは思わなかったよ」 沖田「懐かしー」 ○ 同・中    千佳子が掃除している。    冷蔵庫を運んできた裕人と沖田。    沖田、冷蔵庫を置き、部屋を眺める。 沖田「昔は、よくここで映画談議をやったよ  な」 千佳子「ほら、感傷にひたってないで、荷物  を運ぶ」    布施が、シナリオを手に、 布施「裕人さ、この部分がよく分からないん  だけど、お前、どう撮りたいの」 千佳子「せめて、荷物を全部運び込んでから  にすれば」 布施「(聞かずに)狙いは分かるけど、観る  人には伝わらないぞ、これじゃあ」 裕人「そうかな」    沖田も加わっての話し合いに発展して    いく。    呆れて見ている千佳子。     ×   ×   ×   ×    夜。    ダンボールの荷物が所狭しと置かれて    いる。    机だけを置いて、打ち合わせをしてい    る裕人、布施、沖田、千佳子。    絵コンテを元に、打ち合わせしている    四人。    白熱している議論。 ○ 公園    晃、田中、雅美、ほか同級生や友達な    どスタッフ、キャストが10人ぐらい    集まっている。    晃、みんなを前にして話す。 晃「えー、この度は、私の映画のために集ま  っていただいてありがとうございます。今  日が撮影初日、クランクインです。映画館  で上映される可能性もありますので、みな  さんもそのつもりで力を貸して下さい」 田中「それじゃあ、スタッフの役割はこの前、  分けた通りでお願いします!」    それぞれが、ざわざわと準備に動き始    める。    晃、雅美の所に寄って行き、 晃「ほな、雅美ちゃん、一回リハーサルしと  こか」 雅美「うん」    と、キャストの一人が来て、 キャスト「すみません、私、衣装間違えて着  てきてしもたんですけど」 晃「何で、そんなオシャレなスーツで来てん  の。あなた、弁当売りの女役やろ」 キャスト「ついつい普段着で来てしまいまし  た」 晃「ほな……あのスタッフの人と、服交換し  て」    Tシャツにジーンズ姿の女性を指差し    て言う。 キャスト「あれはちょっと……。でも、こう  いう弁当売りの人がいてもええのとちゃい  ます? 案外売れるかもしれませんし」 晃「売れんでもええねんて」    晃、雅美に向き直り、 晃「ごめん、雅美ちゃん、ほなやろうか」    と、リハをしようとすると、 スタッフ1「晃、昼メシ何時ぐらいになりそ  う? どこで買うたらええの?」 晃「どこで買うかは、お前に任すて言うたや  ん」    また別のスタッフが来て、 スタッフ2「晃くん、今日、何時ぐらいに終  わりそう?」 晃「まだ始まったばっかりやぞ。何時に終わ  るかなんて分からへんがな」    晃、今度こそ、雅美とリハーサルしよ    うとすると、 声「あのさ、晃――」 晃「田中に聞いてくれ、田中に」 田中「……ごめん……」    田中が質問に来ていた。 ○ 街中    車でロケハンしている裕人、沖田、布    施。 裕人「主人公が走ってくるシーン、ここなん  てどうかな?」 沖田「いいんじゃない」    車から降りてくる三人。 布施「スタンドインやろうか」 沖田「うん」    向こうに走って行く布施。 裕人「その辺でいいよ」    布施、立ち止まり、裕人たちに向かっ    て歩いてくる。    その様子をデジタルビデオカメラで撮    っている沖田。裕人も画面を眺めて、 裕人「うん、ここにしよう」 沖田「道路使用許可とっとかないとな」 ○ 道路    公園脇の道路で撮影しようと準備して    いる晃、田中、スタッフたち。    何事かと見物人が集まったりしている。    と、交番の巡査がやってくる。 巡査「君たち、通行の邪魔をしたらアカンよ。   うるさいて苦情がきてるで」 晃「すんません。すぐに済みますから」 巡査「道路使用許可とったの?」 晃「え?」 巡査「道路使用許可」    顔を見合わせる晃と田中。 晃「何スか、それ?」 ○ 川原    撮影担当の沖田。その後ろに裕人。 裕人「よーい、スタート!」    役者が芝居を始める。    録音担当の千佳子。    助監督の布施。    芝居を見つめる裕人。 ○ とあるアパート・前の道    芝居中の雅美――。前の道を駆けて来    て、部屋に入って行く。 晃「カット!」    首を捻り考える裕人。    雅美、部屋から出てきて、晃の前に来    る。 晃「何かちゃうねんなァ。――雅美ちゃん、  もう一回やろうか」 雅美「どこを、どうしたらええの?」 晃「ん〜、何て言うたらええのか、何かちょ  っと間が違ういうか」 雅美「(分からなくなる)……」    田中が晃のところに来て、 田中「晃、バイトの都合で帰らなアカン人が  いるんやけど」 晃「ちょっと待ってくれや。次、出番ちゃう  の」 田中「じゃあ急いで撮ってくれや」 晃「分かってるけどさ……」 雅美「(どうしていいのか煮詰まっている)  ……」    上空の天気が怪しくなってきている。 ○ 川原    快晴の天気の下、撮影している裕人た    ち。    カメラを回す沖田の後ろから、裕人の    声が響く。 裕人「カット!――OK!」 布施「じゃあ、次はシーン5いきまーす」    三脚を動かし、次の準備にかかる一同。 ○ とあるアパート・廊下    雨が降っている。    雨宿りしている晃、田中、雅美、ほか    スタッフ、キャスト。 晃「やっぱ、雨やむまで撮ったらアカンかな」 田中「そりゃそうやろ。バックの背景が晴れ  てる思たら、次のカットで、雨降ってたら  変やろ」 晃「そやけどさ、時間がもったいないやん」    恨みがましげに空を見る。    雨――。 ○ 川原    雨――。    鉄橋の下で、リハーサルをしている裕    人らスタッフとキャスト。 沖田「ここ、手持ちの方がいいんじゃない」 裕人「そうしようか」 布施「(来て)裕人さ、この先、雨がやみそ  うになかったら、移動して先にシーン8を  撮らないか」 裕人「(シナリオをめくって)そうだな。シ  ーン8、室内だしな。あと30分待ってや  まなかったら、そうしよう」 ○ とあるアパート・廊下    雨やんでいる。    撮影開始に動き始める晃、田中たち。 晃「よーし、撮って撮って撮りまくるぞ。み  んな急いで準備してや」 キャスト「ごめんなさい、私、もうほんまに  行かなあきませんねん」 晃「ええっ、だって、これから出番……」 キャスト「ほんま、すんません」    と帰って行く。 晃「ちょっ……。撮れへんようになってしも  たやん。次のカット」    唖然としているスタッフ、キャスト。 ○ 裕人のアパート・中    さっきまで撮影していたらしく、三脚    やデジタルビデオカメラ、撮影道具が    置いてある。    弁当を食べ終わった後、休憩している    裕人らスタッフとキャスト。    雨上がりの外で、仲睦まじく話してい    る男と女のスタッフの様子が、窓から    見える。 沖田「あいつら、撮影終了後にくっつくな」 裕人「男の方は、お前の後輩だろ。女の子の  方は?」 沖田「本屋の店員。打ち上げの時に、男の方  から言い寄るな。間違いない」 裕人「ほんとかよ」 沖田「お前の時が、あんな感じだったから」 裕人「――」 沖田「あ、悪い……」 裕人「いや、いいよ、別に」    仲睦まじく話している、カップルにな    りそうな男と女。 裕人「――」    ○ ミカン畑    恵美の家のミカン畑。    恵美の両親が、ミカン栽培の仕事をし    ている。    恵美も手伝ったりしている。 ○ 公園(別の日)    晃が、アフロの髪型をしたキャストの    一人と取っ組み合いの喧嘩をしている。    田中や雅美らが止めに入る。 田中「やめろってお前ら!」 雅美「やめてよ二人とも!」    引き離される晃とアフロ。 アフロ「監督やったら監督らしく演出しろや。  何やねん、さっきから、ちょっと違うとか、  なんか違うとか、どう違うのか分からへん  のじゃ!」 晃「まともな芝居もできひんくせに、文句言  うな!」 アフロ「雅美に頼まれたから、しゃあないか  ら来てやったんやぞ。来てやっただけでも  有り難いと思え!」 晃「変な髪型しくさって。そんな髪型やから、  悪役ぐらいしか使い勝手がないんや!」 アフロ「ほな、もう使ってくれんでええわ!」    と帰って行く。 雅美「ちょっと待ってよ」    と止めようとするが、アフロ、振り払    って、帰って行く。    雅美、晃に、 雅美「言って良いことと悪いことがあるくら  い、子供やないんやから分かるやろ! 何  であんな言い方すんのよ!」 晃「でも、あいつかて――」 雅美「でもやない!」 晃「――」 雅美「確かに、晃くんの演出は、なってない」 晃「……!」 雅美「毎回言ってることが変わるし。こっち  は芝居するの初めてやねんから、ちゃんと  言うてくれへんと分からへんやろ!」 晃「……」 雅美「そういうのも監督の仕事とちゃうの  !」 晃「そやけど――さっきのは絶対にあいつが  悪い!」 雅美「何でよ!」 田中「おい、今度は二人が喧嘩してどうすん  ねん」    二人の間に割って入る田中。    睨み合っている晃と雅美。 田中「しばらく撮影は中断しよう。それがえ  え。な、そうしよう」    と、二人を引き離す。 ○ 田中家・離れの部屋(夜)    晃と田中。 晃「これは俺の映画やねんぞ。失敗したら、  俺が一番ボロクソに言われるわけやし、そ  れだけの責任も負ってる。それだけの覚悟  で挑んでるのに、俺の思い通りにやって何  が悪いねん!」 田中「……」 晃「一番俺が苦労してるやん。ほとんど寝ん  と準備してるし、自腹も切ってる。それで  やりたいようにやれへんて、どういうこと  やねん!」 田中「でも……みんなかて、仕事や学校とか  の合間をぬって参加してんねんぞ。しかも  ノーギャラで」 晃「それは最初から了承済みとちゃうのか」 田中「じゃあ、お前一人でできるか。演出し  て、カメラ回して、役者もやって。どうや  ってやんねん、一人で」 晃「……」 田中「できひんやんな」 晃「……」 田中「雅美ちゃんも言うてたけど、作品の中  味だけやのうて、スタッフやキャスト、色  んなことに神経使うのも監督の仕事とちゃ  うか」 晃「……」 田中「しばらく頭冷やして考えろや」 晃「……こんなんやったら、映画なんて撮ら  へんかったらよかった。……全然オモンな  いわ」 田中「晃……」 ○ 丘の上(早朝)    薄暗い中、道にデジタルビデオカメラ    をセットした三脚を立てて、裕人と沖    田が昇る朝日を撮ろうとしている。 裕人「お前、今日、仕事なんだろ。何だった  ら、俺一人でやっとくよ」 沖田「いいよいいよ。俺にカメラ回させてく  れよ」 裕人「でも、寝てないんだろ、お前」 沖田「――ほんとはさ、俺もそろそろ田舎に  帰ろうかな、なんて思ってたんだよ」 裕人「(意外で)えっ?」 沖田「いつまでたっても撮影助手のままだし、  仕事もつまんなくなってきてな。だから、  この作品でカメラ回して、それでもつまら  なかったら、田舎帰ろうって決めてたん  だ」 裕人「で……?」 沖田「やっぱ、映画はいいわ。楽しくてしょ  うがないよ」 裕人「(微笑)」    東の空が明るくなり始める。 沖田「お、そろそろかな」    カメラの後ろに立つ二人。 沖田「いい朝日が撮れそうやな」 裕人「うん」    東の空、今にも朝日が昇ろうとしてい    る――。 ○ 桜井家・庭    広い庭。    洗濯物を干している晃の母・温子。    空には太陽。    まぶしそうに干し続ける温子。 ○ 同・居間    新聞紙を敷いて爪を切っている晃。    そこに、父の努が入ってくる。    努、イスに腰掛けて、     努「今日は、映画の撮影は休みか?」 晃「うん……」 努「――どや、晃、大卒の奴らより給料出す  から、鉄工所継がへんか?」 晃「(爪を切っている)――」 努「その歳でもらうにしては、上等すぎるぐ  らいの給料出すぞ。ボーナスもそれなりに  出したる。――どや、悪い話やないやろ」 晃「(爪を切っている)」 努「映画の道に進んでも、食っていける奴な  んて、ごく一握りだけらしいぞ。実状は、  撮りたいもんを撮れるわけでもないらしい  し」 晃「(爪を切っている)……」 努「鉄工所の方がええと思うぞ。しかもお前  は、恵まれた立場にいるんや。それを活か  さん手はないやろ」 晃「(爪を切っている)――」 努「ま、ちょっと考えてみてくれや」    努、立ち上がって出て行く。 晃「(爪を切っている)」 ○ 同・書斎    努が本を読んでいる。    ドアが開く。 努「?」    立っているのは晃。 晃「社長哲学について、ちょっと聞きたいん  やけど、ええかな?」 努「お、やっと跡継ぐ気になったか」    と嬉しそうな顔をして言う。 努「そんなとこ突っ立ってんと、はよ、こっ  ち来い。ほら、はよう」    と晃を招き寄せる。 ○ 公園(数日後)    田中、雅美、スタッフ、キャストが集    まっている。 田中「遅いなぁ、晃の奴。自分で集合かけた  くせに」 雅美「……晃くん、何の話するんやろうね?   何か言うてた?」 田中「いや、何も」 雅美「……撮影中止にしようとか言い出さへ  んよね」 田中「まさか」 雅美「私、あんだけ、きついこと言うてしも  たさかい、晃くん、怒って『もうやらへん』  とか……」 田中「それはないやろ……。案外ケロッとし  た顔で来るって。もしかしたら、反省して  頭丸めてくるかもしれへんし」    雅美を元気づけようとして言うが、 雅美「(表情すぐれず)……」    と足音が迫ってくる。 晃の声「お待たせ」    振り返った田中と雅美、ギョッとなる。 晃「ごめんごめん、遅れてしもた」    髪の毛をアフロにした晃が立っている。 田中・雅美「――!」    みんなも唖然としている。 田中「お前……その頭、どうしてん?」 晃「その前に――ええ、みなさん、この前は  どうもすみませんでした」    頭を下げる晃。 晃「私、心から反省しました。これからは心  を入れ替えて頑張りますので、どうか引き  続き協力して下さい」 雅美・田中「――」 晃「アフロくんにも謝ってきて、引き続き出  演を頼んだんやけど、長距離トラックの仕  事で北海道に行くことになったから無理て  言われてん。そやから、アフロくんの役は  俺がやろうと思って」 田中「お前が?」 晃「うん。出演者の気持ちも分からんとアカ  ンしな」 田中「……ってことは、前のアフロくんで撮  ったとこは――」 晃「撮り直しやな。それでこの際、シナリオ  を変更して、アフロと雅美ちゃんのラブシ  ーンいうのもアリかなと思てんけど。濃厚  なのを」 雅美「やだァ、そんなの。必要ないやん、そ  んなシーン」 晃「アカンかったか」 田中「どさくさに紛れて何言うてんねん、お  前」    笑っている周りの人々。    いつの間にか、和やかな雰囲気になっ    ている。     ×   ×   ×   ×    車に撮影道具を積み込んでいるスタッ    フたち。    晃と田中も運びながら、 田中「どういう心境の変化やねん。お前が頭  下げるとこなんか、初めて見たぞ俺」 晃「ウチの親父にな、ちょっと聞いたんや」 田中「何を?」 晃「人身掌握術や。どうやったら、みんな気  持ち良く働いてくれるかってことをな」 田中「何て言うたん、親父さん」 晃「手柄を相手に持たす。――親父曰く、こ  れに尽きるらしいわ」 田中「へえ……」 晃「それよりお前、なんか、雅美ちゃんと仲  良うなってない?」 ○ 道(夕方)    主人公の役者が、雨の中、傘をさして    小走りに来る――。    ホースを使って、雨を降らせている布    施。    カメラを回す沖田。    主人公の芝居を見守る裕人。    走り去る主人公――。 裕人「カット。OKです! 全部撮り終わり  ました」    どこからともなく起こる拍手。 沖田「お疲れさん、裕人」 布施「お疲れ」 千佳子「お疲れさま」    ジンワリしている裕人。 裕人「みんな、ありがとう。ほんまにありが  とう」 布施「なんか、映画学校の時みたいで楽しか  ったな」 沖田「お前、最初は嫌がってたくせに」 布施「言うなよ、それは」    こづき合う布施と沖田。 裕人「千佳子も、ありがとうな」    涙ぐんでいる千佳子。 布施「千佳子が泣くなんて珍しいな」 沖田「初めて見た、俺」 千佳子「うるさい。見るな」    千佳子をからかっている布施、沖田。 裕人「(微笑んで見ている)」    夕暮れが迫っている。 ○ 桜井家・庭(夜)    広い庭で、晃、田中、雅美、スタッフ、    キャストらがバーベキューをしている。 晃「みんな、遠慮せんと、どんどん食ってや」    と声をかけて回っている。 雅美「(田中に)無事にクランクアップでき  て、ほんまに良かったな」 田中「一時はどうなることかと思ったけど、  とりあえずは良かったわ。長い二週間やっ  た」    アフロくんと晃、髪型のことで争って    いる。 晃「俺のアフロの方がすごいって」 アフロ「俺やって。年季が違うんやから。初  心者と一緒にせんといて欲しいわ」 晃「何!」 アフロ「何やねん!」    掴み合いになりそうになるが、晃、途    端に笑顔になり、ガッチリ握手。 晃「あんたには勝てへんわ」 アフロ「いやいや、監督こそ、大したもんや  で。この髪型にするて、勇気あるわ」 雅美「何だかんだいって、あの二人、仲良く  なりそうやな」 田中「確かに」    今では肩を組んでいる晃とアフロくん。 雅美「実はな――私、今ちょっと興味ある分  野があるねん」 田中「何なん、それ?」 雅美「それは、まだちょっと恥ずかしいから、  言えへんけど」 田中「じゃあ、将来はそっちの方に進むの?」 雅美「ほんまは今すぐにでも行きたいぐらい。  これも晃くんの影響かな」 田中「へえ」 アフロ「えっ、監督、今日が20歳の誕生日  なん! (周りの連中に)みんな、監督、  今日で20歳になったんやて!」    裕人、わき上がる「おめでとう」の声    に、 晃「いやー、どーもどーも」    と手を振って応える。 アフロ「監督、飲も飲も」 晃「いただきます」    と缶ビールを一気に飲み干すが――そ    のまま倒れてしまう。 アフロ「おいっ!」    「大丈夫か!」とみんなが駆け寄る。    裕人、何とか起き上がる。 アフロ「秒殺やったなァ」    賑やかに、夜が更けていく。 ○ 裕人のアパート・中    パソコンで編集をしてい裕人。    堤がアドバイスをしている。 堤「そこ、もうちょっと切った方がいいんじ  ゃない」 裕人「ここ?」 堤「うん。そこ切ると、もっとスピーディに  なると思う」    千佳子が入ってくる。 千佳子「借りてきたよ。はい、これ、版権フ  リーの音楽」 裕人「おお、ありがとう」     ○ 田中家・離れの部屋    本の説明書きを読みながら、見様見真    似で編集をしている田中。 田中「――っていうか、お前がやれよ」    寝そべって、作業を見ている晃。 晃「俺、そういう細々としたの苦手やねん」 田中「俺かて得意ちゃうわ」 晃「修理工が何言うてんねん」    カレンダーに『フィルムコンテスト・    締切日』と印が付いている。 田中「(イライラが募って)もう〜ッ、間に  合わへんぞ、こんなペースやったら。まだ  音楽も付けなアカンのに」 晃「音楽のことやけどさ」    晃、急に鼻唄を歌い出す。 晃「こんな音楽、作ってくれへん?」 田中「できるか!」 ○ 道路(10月)    封筒片手に、携帯で話しながら歩いて    くる裕人。 裕人「誕生日? ああ、ありがとう。え?   今さら、嬉しないがな、誕生日迎えても。  ついに30歳になってしもたんやし」 携帯(母親の声)「まだ映画続ける気なんか?   いつになったら、こっち帰ってくんの?」 裕人「ン……、まだ帰れへんな」    郵便局の前まで来る。 裕人「ほな、切るで」    裕人、携帯を切って、郵便局に入って    行く。 ○ 郵便局・中    裕人、郵便の窓口に行き、 裕人「お願いします」    と封筒を差し出す。    宛先に「フィルムコンテスト係」と明    記されている。 ○ 居酒屋・中    「お疲れさん!」と、晃と田中がジョ    ッキを合わせる。 晃「いやァ、無事に締切りに間に合って良か  ったなァ。一時はどうなることかと思たけ  ど」 田中「ほんまや。お前のせいで、俺、ここ最  近ずっと徹夜やぞ」 晃「ま、飲め飲め。まだ未成年てことは、お  店には内緒にしといたるさかい」 田中「ちょっと自分が先に20歳になったか  らって」 晃「後は来年の結果発表を待つだけか。ま、  どうせ圧倒的支持率で俺のが大賞を取るん  やろうけど」 田中「言うなァ」 晃「――それより、雅美ちゃんは何で今日来  られへんの?」 田中「だって、雅美ちゃん、今、小樽やん」 晃「小樽!?」 田中「うん。ガラス陶器作りの道に進みたい  言うて、大学辞めて小樽行ったやん」 晃「知らんぞ、俺」 田中「ウソ? メール届かへんた?」 晃「届かへんたて……。俺、雅美ちゃんのメ  ルアド知らんし」 田中「(携帯を操作して)ほら」    と写メールを見せる。    工房で、ガラス陶器を作っている雅美。 晃「(見て)……」 田中「お前の影響受けたって、雅美ちゃん言  うてたぞ」 晃「……それを、お前の口から聞くのが、何  か腹立つ」 田中「何でやねん」 晃「(田中のジョッキを取り上げ)飲むな。  未成年のくせに」 田中「(カチンときて)誰のおかげで映画が  完成したと思てんねん。俺のおかげやろ  !」 晃「アホ、あれは俺の映画じゃ! 俺の知ら  ん間に雅美ちゃんとイチャつきやがって  !」    仲良く喧嘩している二人。 ○ 雪が降っている(1月) ○レンタルビデオ屋・中    バイトしている裕人。    棚の整理をしている。    裕人、ふと壁の時計を見る。    午後一時。 ○ 田中家・離れの部屋    壁の時計が午後一時を指す。    パソコンの前に座っている晃と田中。 田中「一時すぎたぞ」 晃「(頷く)」 田中「もう、ホームページ上に、結果発表さ  れてるはずやぞ。後は、このクリックを押  せば――」    パソコンの画面。マウス。 晃「(画面を見たまま)――」 田中「……」 晃「(画面を見たまま)――」 田中「……押さへんのか?」 晃「押す――」    晃、緊張の面持ちでマウスを手にする。    息を飲む二人。 晃「押すぞ」 田中「おう」 晃「押すぞ!」 田中「おう!」    晃、ボタンを押す――。 晃・田中「(凝視)」 ○川崎市(夜)    その街並。 ○ 裕人のアパート・中(夜)    こたつに入っている裕人、布施、沖田、    千佳子。    ビールで乾杯する。 沖田「3位入選おめでとう!」 布施「おめでと!」 千佳子「快挙だね!」 裕人「ありがとう」 沖田「1位じゃないのは残念だけど、3位で  も大したもんだよ。500本近く送られて  きた中で3位だからな」 千佳子「次も何か撮りなよ。今度こそ、1位  目指してさ」 布施「それよりも、どこかの製作会社に企画  を持ち込んだ方が早いんじゃないのか。今  回の受賞で箔がついただろうから、門前払  いはされないだろ」 沖田「仕事を選ばなければ、何か撮らしてく  れるかもな」 千佳子「でも、変な仕事ばっかりしちゃうと、   なかなか映画に戻ってこれないって言うじ  ゃない。だから、もう一回『フィルムコン  テスト』に挑戦した方がいいって」 布施「そんなことないだろ」    議論が弾む。    一人、微笑んで仲間を見ている裕人。 裕人「――」 沖田「ところで――1位はどんな作品なんだ  ろな?」 ○ 田中家・離れの部屋(夜)    「1位おめでとう」と書かれた貼紙。    それを破って捨てる田中。 田中「実は、作っといたんやけど……いらん  かったな」    ひどく落ち込んでいる晃。 晃「……何で、アカンかったんやろ」 田中「まあ、そう気を落とすなや」 晃「一次審査も通ってへんて……どういうこ  とやねん、あれ」 田中「元気出せって」 晃「何でや……何がアカンかったんや……ど  こがアカンかったんや」 田中「まあ、今にして思えば、ファーストシ  ーンにインパクトが足らんかったのかも  な」 晃「え……」 田中「それに、画も引きの画が多かったし、  もっとアップとか効率良く使った方がよか  ったやろうし」 晃「……」 田中「音楽もアレじゃあなァ」 晃「お前……そういうことは、もっと早う言  えや」 田中「そん時は気付かへんかったんや。今や  からこそ思うんや」 晃「何やねん、それ……」    と晃の携帯が鳴る。 晃「(不機嫌に)はい、もしもし」 雅美の声「晃くん、久しぶり。雅美です。今、  ネットで結果見た。……残念やったなぁ」 晃「雅美ちゃん……!」 雅美の声「でも、私にとってはものすごくえ  え思い出の映画になったわ」 晃「ほんまに……?」 雅美の声「ほんまほんま。一生忘れへん。だ  って、私の一生を変えた映画やもん」     ×   ×   ×   ×    工房の片隅で電話している雅美。 雅美「晃くん、そやから、今回のことでめげ  ずにまた映画撮ってや。私にできることが  あったら何でもするから」     ×   ×   ×   × 晃「雅美ちゃん……」 雅美の声「晃くんの映画が大好きで、常に応  援している人間がいるってことを忘れんと   いて」 晃「うん……俺、頑張るわ。ありがとう、雅  美ちゃん」    携帯、切れる。 田中「良かったやんけ、雅美ちゃんから電話  きて」 晃「そうや。俺の映画が分からへん審査員の  方がアホなんや。誰や審査員は(と雑誌を  見て)あいつか。ピンポンダッシュしたこ  と、まだ根に持っとんのかな」 田中「それよりお前……金はどうすんねん?   賞金が一銭も手に入らへんねんから、映画  学校の入学金たまらへんやんけ」 晃「ほんまや……」 田中「ほんまやて、そういう最悪の事態は考  えへんたんか?」 晃「眼中になかった……」 田中「……信じられへんわ、お前だけは」 晃「どないしよう……」    どこかで犬の遠吠えが聞こえる。 晃「……」 ○ 裕人のアパート(早朝)    酔い潰れて雑魚寝している沖田、布施、    千佳子。    鞄を持った裕人が、そっと出て行く。    沖田が起きる。 沖田「……あれ……裕人がいないぞ」 布施「……コンビニにでも行ってんだろ」 沖田「……そうだよな」    と再び眠りにつく沖田と布施。    こたつの上にメモ書き。『二、三日し    たら帰ってきます。心配しないで下さ    い。裕人』 ○ 同・前の道(早朝)    アパートから出て来た裕人。    歩いて行く。 裕人「――」 ○ 田舎の山道    真昼の太陽――。    ミカン畑が広がっている。    恵美、黙々とミカン栽培を手伝ってい    る。    と、その表情がハッとなる。 恵美「(目を疑う)――」    向こうから、裕人が歩いてくる。    裕人、立ち止まり、 裕人「(手を上げる)――」 恵美「――」     ×   ×   ×   ×    座って話している裕人と恵美。    目の前に海。 裕人「恵美に、定職に就いて欲しいって迫ら  れた時――確かに映画を諦めたくないって  いう気持ちが一番にあったんだけど――本  当言うと、この歳で定職に就いて一からや  り直すのが怖いっていうのもあったんだ」 恵美「――」 裕人「フリーターの時でも、年下の社員に偉  そうに指図されることもあったけど、でも  そん時は、俺にはお前らと違って、映画っ  ていう夢がある。お前らよりよっぽど稼げ  る可能性があるだって思い込むことで、自  分を保ってこられた」 恵美「――」 裕人「でも、いざ定職に就くとなると、ただ  スタートの遅れた、自分に才能がないのも  気付かずに、夢を追い掛けてたバカな男に  すぎない。――そう思われるのが嫌で…  …」 恵美「――」 裕人「要は、傷つくのが怖かったんだ。自分  のことしか考えてなかったんだ」 恵美「――」 裕人「でも、今は怖くない。つまらない見栄  やプライドを、映画作りが取り払ってくれ  たような気がする」 恵美「――」 裕人「『フィルムコンテスト』で3位に入っ  たことはすごく自信になったし――同時に  自分の限界も感じた。これが俺の精一杯な  んだなって」 恵美「――」 裕人「大変だったよ。今回の自主製は。シナ  リオの段階で何回も打ち合わせしたし、そ  の度にプライドをズタズタにされたし」 恵美「――」 裕人「でも、今回だけは、絶対に最後までや  り遂げようって決めてた。ぶつかって行こ  うって」 恵美「――」 裕人「だからか分かんないけど、自分がひと  回り強くなれたような気がした。――だか  ら、恵美に会いにこれた」 恵美「――」 裕人「顔を合わす資格なんてないって分かっ  てるけど、それでも会いにきた」 恵美「――」 裕人「会いたかったんだ、恵美に」 恵美「――」 裕人「もう一度やり直したい――。恵美と、  もう一度。この場所で恵美と再スタートを  きりたい」 恵美「――」 裕人「ダメかな?」 恵美「……」 晃「……」    恵美の目に涙が浮かぶ。 恵美「――(ううん、と首を振る)」 裕人「(微笑)――」 ○桜井家・表 ○ 同・父の書斎    父・努の前で、土下座している晃。 晃「すんません、お金貸して下さい。お願い  します!」 努「――映画学校の金は、自分でためるんと  違うんか?」 晃「今も、バイトを探しているところですが、  とてもやないけど間に合いそうになく……  このままやと、たとえ学校に受かったとし  ても、入学できひん状況なんであります」 努「もう一年、金ためて、来年行ったらええ  やんけ」 晃「やりたいことがあるのに、田舎でくすぶ  ってるほど辛いものはない。それが20歳  の若者の率直な心境でありまして……お願  いします!」    床に頭をこすりつけて頼み込む。 努「――」    晃の頭に何か当たる。    封筒に入った札束。 晃「――!」 努「礼なら母さんに言え」 晃「?」 努「これは母さんがパートを増やして、ため  た金や。どうせお前やと、碌に金ためられ  へんと思てたんやろな」 晃「……」 努「これで分かったやろ。お前はまだまだ半  人前なんや。自分自身のことさせ碌に分か  ってへん。映画学校の入学金さえためられ  へん。所詮そんなもんや」 晃「……」 努「青春が、明るく楽しいものやなんて思た  ら大間違いやぞ。自分の力の無さや、無力  感に打ちのめされる時期でもあるんや」 晃「……」 努「そういう辛い時期でもあるってことを忘  れんなよ。そして、そういう辛い時期の後  にこそ、ほんまの青春があるってことも」 晃「――」 努「母さんに、ちゃんと礼言うてこいよ」    晃、頷くと、部屋を出て行く。 努「20歳か。――羨ましいのォ」 ○ 裕人のアパート・前の道(3月)    引越のトラックが停まっている。    荷物をトラックにつんでいる引越業者    の人たち。 ○ 同・中    荷物がなくなり、ガランとした室内。    布施、沖田、千佳子が来ている。 沖田「愛媛か。遠いな」 裕人「飛行機で一本だよ」 布施「実家の方は大丈夫なのか? お前、長  男だろ」 裕人「うん。妹が二人目を妊娠したから、実  家で暮らすことにしてくれた」 沖田「――でも、やっぱり勿体ない気がする  な」 裕人「そんなこと言うなって」 千佳子「そうよ。裕人が納得してるんだから  いいじゃない」 裕人「別に映画が嫌いになったわけじゃない  しな。前よりも、もっともっと好きになっ  た」 一同「――」 布施「俺――頑張るよ。絶対、映画監督にな  る」 沖田「俺も、絶対、一人前のカメラマンにな  る」 千佳子「私も、知性と美貌に溢れた録音技師  になる」    笑う一同。 裕人「俺たち、まだまだ30歳だもんな。人  生これからだよ」    頷く一同。 業者「(玄関から)永瀬さん、そろそろ出ま  すので」 裕人「はい――」    玄関に向かう四人。    裕人、ドアの所まで来て、室内を振り    返る。 裕人「――」    と、急に何か思い立ち、室内に戻る。 沖田「どうした、裕人?」 裕人「うん、すぐ戻る」    裕人、壁に近付き、ペンを取り出す。 裕人「(何か書き始める)」    書き終わった裕人、満足気に壁を見る。 裕人「(よし、と)――」    玄関に戻る裕人。 沖田「何やってたんだよ?」 裕人「ちょっとな」    裕人、仲間と一緒に部屋を出て、ドア    を閉める――。 ○ 田中家・表    バッグを持った晃が来ている。 田中「けどお前、よう試験受かったな。絶対  すべってると思てたわ」 晃「久しぶりに鉛筆転がしたわ。アレ、まだ  まだ使えるで」 田中「ま、東京に行っても頑張れよ。そのう  ち遊びに行くわ」 晃「おう。お前、今年はちゃんと仕事しろよ。  去年さぼりすぎたやろ」 田中「それはお前のせいやろ(苦笑)」 晃「……」 田中「……」    田中の目に、うっすら涙が浮かぶ。 晃「色々ありがとうな。オモロかったわ」 田中「あーあ、俺も何か仕出かそうかな、こ  っちで」 晃「そうせいそうせい。俺ら、まだまだ20  歳やねんから。やらな損や」 田中「そやな」 晃「じゃ、ちょっくら東京で、どでかいこと  仕出かしてくるわ!」    と行く。    微笑んで、その背中を見送る田中。 ○ 走る新幹線    下りの新幹線。    裕人が乗っている。 ○ 走る新幹線    上りの新幹線。    晃が乗っている。 ○ 上りと下りの新幹線がすれ違う ○ 恵美の実家    愛媛県。    荷物を持って、来る裕人。    家の前で恵美が待っている。    恵美、駆け寄ってきて、裕人の荷物を    二人で持つ。 ○ アパート・中    カギが開けられて、ドアが開く。    大家さんと晃が入ってくる。 大家「この部屋の借り手は、不思議と映画学  校の人ばっかりなのよね」 晃「(部屋内を見回しながら)へえ、そうな  んですか」 大家「あなたもそうなんでしょ?」 晃「ええ。そうですよ」 大家「この前まで住んでた人は、映画で何か  賞とったらしいけど、彼女を追いかけて四  国まで行っちゃったのよね」    晃、壁に何か書いてあるのを見つける。 晃「――?」    『映画よ、ありがとう』と書いてある。    晃「――」    晃、ペンを取り出し、その下に書き始    める。『映画よ、よろしく』と。 晃「(満足気に微笑む)」 ○ ミカン畑(4月)    恵美と恵美の両親と一緒に働いている    裕人。 ○ 日本映画学校・表(後日)    入学式の看板が出ている。    スーツ姿の晃が入って行く。                  終