「曇り、ときどき晴れ」 《人物表》  亀山桃子(22) 受付嬢  江田美紀(25) 受付嬢  滝本弘行(37) 営業  滝本友美(37) 滝本の妻  倉田陽子(40) 運営管理マネージャー  亀山百合子(26)桃子の姉  加瀬大地(23) 警備員  松永重明(54) 支配人  田村(47)   警備員  杉本(45)   警備員  靴男      変な客 ○ ファッションビル・外観    中型のファッションビル。 ○ 同・エントランス・表    落ち葉が舞い散る中、コート姿の人々    が入ったり、出てきたり―。 ○ 同・中    小奇麗な店内。    入ってすぐの所にインフォメーション    カウンターがあり、黒髪にショートカ    ットで無表情の亀山桃子(二十二)と、    茶髪にセミロングパーマで笑顔の江田    美紀(二十五)が座っている。    ひとりの男性客が来る。 客「すいません」 桃子「(立ち上がり)いらっしゃいませ」 客「紳士物の帽子を探しているのですが」 桃子「ハイ、ありがとうございます。それで  したら三階の紳士服売り場に……」    美紀、桃子の足を軽く叩き、五本指を    立て、合図を送る。 桃子「あ、申し訳ございません。五階の生活  雑貨売り場で販売しております」 客「あぁ、五階ね。ありがとう」    と、立ち去る客。    座る桃子。 桃子「すいません」 美紀「大丈夫、大丈夫。落ち着いてね」 桃子「ハイ」 美紀「あ、滝本さん」    立ち上がる桃子と美紀。    スーツ姿の滝本弘行(三十七)が来る。    桃子・美紀「お疲れさまです」 滝本「お疲れ。悪いんだけど、ひとり、事務  所の手伝いしてくれるかな」 桃子「ハイ。では私が」 美紀「あぁ、いいよ、あたし行く。終わった  ら、そのまま帰りたいから」 桃子「すいません。ありがとうございます」 美紀「じゃっ、桃ちゃんは閉店まで頑張って  ね」 桃子「ハイ」    美紀、カウンターを出る。 ○ 同・従業員用エレベーターホール    歩いてくる美紀と滝本。 滝本「亀山さん頑張ってるよね」 美紀「そんなことないよ、あたしの方が」 滝本「でた〜。あたしの方が」 美紀「はぁ? だいたいねぇ、桃ちゃんだっ  て、あたしの指導の仕方が良いから」 滝本「ハイハイ」 ○ 同・事務所    八席ほどの室内。奥には接待室と支配    人室がある。    美紀と滝本入ってくる。 滝本「あれ? 誰もいないや」 美紀「手伝いって何?」 滝本「来週配る先着プレゼントの袋詰め……」    美紀、一番散らかっている席に座り、    机の上にあるものを構わず漁る。 滝本「ちょっと勝手に」    美紀、一冊のミニアルバムを手に取り、 美紀「何、これ」 滝本「あぁ、忘年会の時の写真だ」    美紀、ミニアルバムの写真をどんどん    捲ってゆく。    美紀の手が止まる。    滝本が桃子の肩に腕を回している写真。 美紀「うわ〜、こんなに顔近づけちゃって」 滝本「(見ながら)そうかな?」 美紀「ねぇ、あなたって桃ちゃんに気がある  の?」 滝本「そんな訳ないだろ」 美紀「な〜んか、桃ちゃんが来てから、あな  たの態度変わったような……ホラ、さっき  だって『ひとり来てもらってもいいかな』  って言ったよね?」 滝本「言ったけど?」 美紀「桃ちゃん以外の人といる時は『江田さ  ん、ちょっと手伝ってもらってもいいかな  ?』って、あたしご指名で言ってくれるの  にさ」 滝本「考えすぎだよ」 美紀「そう?」 滝本「もしかして妬いてる?」 美紀「別に」 滝本「かわいいな、美紀ちゃんは」    と、美紀の手を握る滝本。 美紀「(喜んで)ふざけないで」    倉田陽子(四十)が、咳払いをして入っ    てくる。    滝本、すぐに手を離し、 滝本「あぁ、倉田さん、今度配るホラ、折り  たたみ傘。アレ、どこへやったっけ?」 倉田「私が知るわけないじゃない」 滝本「あぁ、そううだよね。あ! 下の倉庫  だ。持ってくるから、ちょっと待ってて」 美紀「はい」    出て行く滝本。    再び写真を捲り始める美紀。    ―桃子の写真ばかりが続くのを見て、    舌打ちをする。 倉田「(席に着き)今日は、お客様の入りど  う?」 美紀「まぁまぁってとこですね」 倉田「そっか」 美紀「あの、倉田さん」 倉田「ん?」 美紀「ちょっと桃ちゃんのことで相談したい  ことが……」 ○ 同・エントランス(夜)    ゆっくりとした音楽が流れている店内。    出口に向かって歩く人々。    店内放送をしている桃子。 桃子「本日はご来店頂きまして誠にありがと  うございます。誠に勝手ながらまもなく閉  店とさせて頂きます。またのご来店を心よ  りお待ちしております」    警備員の加瀬大地(二十三)が台車でポ    ールを運びながら来る。 加瀬「お疲れさまです」 桃子「お疲れさまです」 加瀬「声、きれいですね。亀山さんって」 桃子「そんなこと」 加瀬「いつも癒されてます。その声に」    加瀬、軽く会釈をして出口に向かい、    ポールを並べ始める(閉店作業)。    その様子をニヤつきながら眺める桃子。    と、中年の男性客が桃子に近づき、桃    子の視界を遮る。 男性客「出口どこですか〜?」 桃子「?!……目の前になりますが」 男性客「あ、ハイ。今、何色の靴履いてるん  ですか〜?」   桃子、一瞬硬直するが『本日は終了しま   した』と書かれた札を置き、男性客を無   視して片付けを始める。   しぶしぶ帰る男性客。   桃子、その後ろ姿を眺めながら小声で「   ファック!」と言い、しかめ面をする。 ○ 同・事務所(夜)   滝本と倉田、中央の席でケーキの箱を開   けている。   桃子、「お疲れさまです」と言いながら   入ってくる。 滝本「おう、お疲れ〜。丁度良いとこに来た  な」 倉田「今度地下にオープンするお店からケー  キ貰ったのよ。食べてから帰って」 桃子「ありがとうございます」 滝本「甘いものは好きだっけ?」 桃子「ハイ、大好きです」   倉田、角の自分の席に着きパソコンをい   じりだす。 滝本「アレ? 何、倉田さん食べないの?」 倉田「今ダイエット中なの。こんな時間にケ  ーキなんて、とんでもない」 滝本「別に今更ダイエットなんかする必要な  いじゃない」 倉田「それどういう意味ですか?」 桃子「いや、倉田さん痩せてるからダイエッ  トなんか必要ないってことですよ。ねぇ?」 倉田「気遣わなくてもいいわよ」 桃子「いや、ホントですって」 滝本「亀山さんどれにする〜?」 桃子「え〜と、じゃあ……(箱を覗き込み)  わ〜、カワイイ」    と、中から十pほどのクマのマスコッ    トを取り出す。 滝本「店のマスコットキャラクターだ。亀山  さん持って帰りなよ」    滝本、ケーキを取り、そのまま口へ運    ぶ。 桃子「いや、ひとつしかないし」 滝本「倉田さんいらないよねぇ?」 倉田「えぇ、結構」 桃子「いや、私も別に要らないです」 滝本「(笑いながら)なんだよ、カワィて言  っときながら」 桃子「滝本さんが持って帰るといいじゃない  ですか。今度小学校に入る娘さんに」 滝本「あぁ、そうだな。喜ぶかもな」 桃子「(ケーキを取り出し)コレにしよっと」 滝本「あ、それも美味しそうだね。一口くれ  ない? あ〜ん……」 桃子「……(硬直)」 滝本「冗談だよ。カワイイな〜亀山さんは」 桃子「ハハ……」 倉田「そうだ、亀山さん」 桃子「はい」 倉田「それ食べ終わってからでいいから後で  ちょっとお話いいかな?」 桃子「はい、分かりました」    倉田、接待室へ向かう。 滝本「なんだろね」 桃子「さあ」 滝本「給料アップの話かな」 桃子「だといいんですけどね」    と、ケーキを食べる桃子。 ○ 同・接待室(夜)   ソファとテーブルが置いてあるだけのこ   じんまりとした室内。   俯き加減で座っている倉田。   桃子、入ってくる。 桃子「お待たせしました」 倉田「あぁ、どうぞ座って」 桃子「はい、失礼します」 倉田「実は昨日、江田ちゃんが受けたクレー  ムの話なんだけどね」 桃子「はい……」 倉田「亀山さん、お客様に『ボールペン貸し  て』って言われたことある?」 桃子「えぇ、何度もありますけど」 倉田「その、クレーム言いに来たお客様なん  だけどね、先日カウンターでショートカッ  トの子にボールペン貸りようとしたら『絶  対に返しなさいよ』って怒鳴られたって言  うのよ」 桃子「はぁ……」 倉田「亀山さん、そんな接客した覚えある?」 桃子「いえ、ないですけど」 倉田「そう……そうよねぇ……で、その後ね  、隣にいたお客様まで『あぁ、あのショー  トカットの子、愛想悪いのよね』って話に  参戦してきちゃって大騒ぎになったって言  うのよ」 桃子「え……」 倉田「私もね、亀山さんがそういう態度とっ  たなんて思ってないけどね、ショートカッ  トって言ったら亀山さんしかいないし……」 桃子「そんな事実、絶対にありません」 倉田「うん……、まぁ、これまで以上に接客  態度には気を付けて、あと笑顔! 忘れず  にね」 桃子「はい、すいません……」 ○ 同・ロッカールーム(夜)    誰もいないロッカールームに入ってく    る桃子。    とぼとぼと歩きながら自分のロッカー    を開け溜息をつく。    備え付けの鏡を見ると前髪に一本の白    髪が生えているのを発見する。    「ヤダァ」とボヤキながら、ピッと抜    く。 ○ 桃子のアパート(夜)   敷きっぱなしの布団や雑誌で散らかって   いる室内。   立て膝をつきながら、床に広げた新聞を   読んでいる亀山百合子(二十六)。   「ただいまぁ」と帰ってくる桃子。   百合子、「おかえり〜」と顔を上げずに   返す。   桃子、布団に倒れこみ、 桃子「はぁ〜、私って本当に、この仕事向い  てないわぁ」 百合子「やだ、昨日と同じこと言ってる」 桃子「いや〜、今日はいつもとは違うよ」 百合子「何? 何かあったの?」 桃子「うん、ちょっとね……」 ○ ファッションビル・事務所(夜)   パソコンに向かっている倉田。   滝本のデスクに置いてある携帯電話が震   える。 倉田「ちょっと滝本くん。さっきからブルブ  ルブルうるさいんだけど」 滝本「ごめん、ごめん」   と、携帯電話をポケットに仕舞い、帰り   支度を始める。 倉田「先週の売上率の出し方、間違ってたよ」 滝本「うそ?! ごめん、すぐ直す……」 倉田「もう直した」 滝本「……どうも」 倉田「単なる計算してるんじゃないんだから  ね。気をつけてよ」 滝本「わるい、わるい。じゃ、お先〜」 倉田「お疲れさま」    出て行く滝本。    舌打ちする倉田。    滝本のデスクにはクマのマスコットが    置かれたまま。 ○ 桃子のアパート(夜)    大笑いしている百合子。 桃子「あの……笑い話じゃないんですけど」 百合子「だって『絶対返しなさいよ!』って。  たかがボールペンで! あはは!」 桃子「あのねぇ、これは実際にあった出来事  じゃないんだよ」 百合子「でも分かるな〜。ペン返さない奴っ  ているんだよね〜。あっはは!」 桃子「だからぁ、そういうことが言いたいん  じゃなくて……もういい!」 百合子「いや〜、でもアンタよく言ったわ!」 桃子「だから私は言ってないって!」 百合子「じゃあ何でそんな話になったわけ?」 桃子「うん……私、思うんだけどさぁ、その  クレーム受けた江田さんて人が勝手に話を  作ってるんだと思うんだよね」 百合子「は? 何の為に?」 桃子「私を辞めさせたいとか……」 百合子「アンタ辞めさせて、その人になんか  メリットあんの?」 桃子「いや、無けど……」 百合子「ぶわぁははははは! 意味もなく嘘  つくわけないじゃん その人、仕事できる  んでしょ?」 桃子「うん、いつも笑顔で」 百合子「アンタひがんでいるの?」 桃子「違うよ!」    笑うのを堪えようとした百合子、しか    し我慢できずに「ぶほっ」と変な声が    でる。 桃子「何、今の。オナラ?」    百合子、新聞の上で転がりながら笑う。 桃子「もぉ〜、これ以上散らかしてどうすん  のさぁ」    と、新聞を取り整える。    尚も笑っている百合子。    桃子、新聞の天気予報の欄に目をやる。 ○ 曇り空(朝)    どんよりとした空模様。 ○ ファッションビル・エントランス    重い足どりでカウンターに向かう桃子。    カウンターには笑顔の美紀。 桃子「おはようございます」 美紀「おはよう、桃ちゃん!」    桃子、腰掛ける。    前方から中年の男性客が近づいてくる。    昨日、桃子に靴の色を聞いていた男で    ある。(以下、靴男と表記)    思わず俯く桃子。 靴男「こんにちは」 美紀「(笑顔で)いらっしゃいませ」 靴男「エスカレーターどこですか?」 美紀「こちらでございます」 靴男「あ、ハイ。何色の靴履いてるんですか」 美紀「黒です」 靴男「形は?」 美紀「パンプスです」 靴男「素材は?」 美紀「革ですね」    靴男、満足そうに笑みを見せると帰っ    てゆく。 美紀「最近よく来るんだよねぇ、今の人」  桃子「昨日の閉店間際にも来ましたよ」 美紀「本当に? 暇だねぇ」 桃子「私、ホントあぁいうの苦手で」 美紀「気持ち悪いよね。でもまぁ、靴のこと  だけ聞いて帰っちゃうんだから、問題ない   っちゃ問題ないか……いやあるか……」 桃子「あの、江田さん……一昨日、私のこと  でクレームになっちゃったみたいで……す  いませんでした」 美紀「あぁ、いいの、いいの。それより聞い  てよ。昨日、また年上の彼とケンカしちゃ  ってさぁ」 桃子「はぁ」 美紀「メール送ってるのに全然返事くれない  だもん。頭きて電話してやったら『なに』  って不機嫌な態度で出やがって」 桃子「へぇ」 美紀「頭くるでしょ?」 桃子「はぁ、そうですね」 美紀「桃ちゃんの方は? どうよ最近? 何  か良い出会いあった?」 桃子「いや特に無いですね」 美紀「えぇ! ダメじゃん! 若いんだから  さぁ、もっと頑張んなくちゃ!」 桃子「はぁ」 美紀「警備の加瀬くんなんてどう思う?」 桃子「やっ、別にどうもこうも……」 美紀「ダメ? ダメ?」 桃子「ダメも何もそういう目で見てませんか  ら」 美紀「ダメかぁ。固いな〜、桃ちゃんは。じ  ゃっ、あたしは休憩行ってくるね」    美紀、カウンターの下から自分のバッ    グを手に取り立ち上がる。    ブランド物のバッグに不釣合いなクマ    のマスコットが目立つ。昨日のケーキ    の箱に入っていたものである。 桃子「あ」 美紀「ん?」 桃子「いや、なんでもないです、いってらっ  しゃいませ」    美紀、嬉しそうな顔でカウンターを出    る。    桃子、悪い気を吐き出すように息を吐    く。 ○ 同・社員食堂    昼どきの賑わっている社員食堂。    美紀と滝本、向かい合って座っている。    テーブルの上の昼食。    滝本はほとんど食べ終わり、美紀はこ    れから食べようというところ。 美紀「どうして昨日メールくれなかったのよ」 滝本「あいさつメールに、いちいち返事なん  かできないよ。こっちにだって、こっちの  都合が」 美紀「あぁもうそれ以上聞きたくない」 滝本「いいじゃん、こうして毎日のように顔  合わせてるんだから」 美紀「そう言うけどね」 滝本「ハイハイ……メシ喰えよ。冷めるぞ」    美紀、おちょこ口で一口だけ食べる。 美紀「……なんか、あんまり食欲沸かない」 滝本「じゃ、俺はそろそろ……」    と、立ち上がる。 美紀「ちょっとは心配してよ」 滝本「あ、そういえば昨日、亀山さん、倉田  さんと何か話してた後、随分落ち込んでた  なぁ。心配だなぁ」 美紀「はぁ?! 何それ! もう私の前で家族  の話と桃ちゃんの話はしないで!」 滝本「声、おっきいよ」 美紀「早く行ってよ」 滝本「ハイハイ」 美紀「あ、今日、加瀬くん達と先に呑んでる  から終わったらすぐ来てよ」 滝本「ハイ」    と、お盆を持って立ち去る。    美紀、大口で食べ始める。 ○ 同・駐車場(夜)    車の出入り口で誘導をしている加瀬。 ○ 同・エントランス(夜)    桃子、つまらなそうな顔で美紀の話を    聞いている。 美紀「で、その年上の彼ときたら平気で奥さ  んや娘の話、始めちゃうわけ。ありえない  でしょ?」 桃子「えぇ」 美紀「せっかく肉じゃが作ってあげてもさ、  『あ、これは、かみさんの方が』とか言う  んだから。腹立つでしょ? ホント鈍感な  んだから」 桃子「色々大変ですね」 美紀「でもまぁ、そういう鈍感なところが逆  に女慣れしてなくてカワイイというか……  まぁ、桃ちゃんには分からないと思うけど」 桃子「はぁ……」 美紀「じゃ、私はそろそろ」 桃子「はい。お疲れさまでした」 美紀「今度はもっと生々しい話聞かせてあげ  るから」 桃子「楽しみにしてます」   立ち去る美紀。   桃子、美紀を見送ったところで、 桃子「興味ねぇよ。お前の不倫話なんか」    客が来る。 桃子「(立ち上がり笑顔で)いらっしゃいま  せ」 ○ 同・事務所前の廊下(夜)    桃子、事務所に向かって歩いている。    コート姿の滝本、事務所から出てくる。 桃子「(立ち止まり)お疲れさまでした」 滝本「おぅ、お疲れ〜……亀山さんさぁ、今、  喉渇いてない?」 桃子「えぇ、まぁ。カウンターにいる時は水  呑めませんから」 滝本「おっ、そりゃヨカッタ。今、江田さん  と警備の人達で呑んでるんだって。一緒に  行こうよ」 桃子「あっ、そうなんですか。でも私、江田  さんに誘われてないし」 滝本「なに遠慮してんの? もう亀山さんな  ら、いつでも大歓迎だよ」 桃子「いや、それに警備の人達もよく知りま  せんし」 滝本「亀山さんと同期の加瀬くんもいるみた  いだよ」 桃子「行きます」 ○ 居酒屋・店内(夜)    美紀と加瀬と男性社員の田村(四十七)    と杉本(四十五)が呑んでいる。    田村と杉本の間に座りチヤホヤされて    いる美紀。    その向かいに加瀬。 滝本の声「おまたせ〜」    振り向く一同。    滝本と、ジーンズなどのカジュアルな    格好をした桃子。 田村「めずらしい。亀山さんじゃん! 私服  だと雰囲気変わるね。一瞬誰かと思っちゃ   った」 杉本「本当。どこの姉ちゃん連れてきたの  かと思っちゃったよ」 桃子「いや、そんな……」 加瀬「どうぞ、こちらへ」    加瀬、桃子と滝本を空いている隣の席    に座らせようとする。    それに答えようとする桃子。だが、田    村と杉本が桃子の隣にぴったりとつく。    桃子、一瞬、唇を尖らす。    美紀、滝本の腕を引っ張り席から少し    離れる。 美紀「ちょっと、何で桃ちゃん連れてきたの  よ」 滝本「え? ダメだった?」 美紀「もう、つまんない」   美紀、腕を離し、自分のバッグを持つ。 滝本「何? 帰るの?」 美紀「トイレよ」 ○ 同・女子トイレ(夜)    美紀、鏡の前で化粧直しを始める。 美紀「どう見ても、あたしの方がカワイイの  に……」 ○ 席に戻ってくる美紀(夜)    桃子の隣に座っている滝本。    ひきつる美紀の顔。 加瀬「あ、江田さん改めて乾杯しましょうよ」 美紀「うん……」    と、仕方なく加瀬の隣に座る美紀。 桃子「(美紀に)お疲れさまです」 美紀「(満面の笑みで)お疲れさま〜」    と、桃子の目の前にある自分のグラス    を取り乾杯する。 杉本「ねぇねぇ、亀山さんはさぁ、彼氏い  るの?」 滝本「おい、いきなり何聞いてるだよ」 田村「まぁ、いいじゃないタキモッちゃん」 杉本「で、いるの?」 桃子「(チラッと加瀬を見て)いませんけど」    歓声を上げる滝本、田村、杉本の三人。    頬杖をつく美紀。    美紀の横顔を見つめる加瀬。 美紀「何よ、加瀬くん」 加瀬「いや、何でも……」 ○ 居酒屋前の道(夜)    ほろ酔い加減で店から出てくる一同。    滝本は特に酔っていて桃子の肩に体を    任せる。 桃子「あ〜あ、大丈夫ですか〜?」    駆け寄ってくる美紀。 美紀「あとは私が」    と、滝本を引っ張る。 桃子「あ、ありがとうございます」    千鳥足で桃子の前をゆく美紀と滝本。    加瀬、桃子の隣に来て 加瀬「大丈夫かなぁ、滝本さん」  桃子「さぁ……」 加瀬「(少し顔を近づけ)ねぇ、亀山さん」 桃子「(ドキリとして)はいっ?」 加瀬「……今日食べた中で何が一番美味しか  った?」 桃子「……は?」 加瀬「俺、ガーリックトーストかなぁ」 桃子「あぁ、美味しかったですね、確かに」    歩道から落ちる滝本 加瀬「もう滝本さん!」    と、駆け寄る加瀬。    落胆する桃子。 ○ 桃子のアパート(夜)    帰宅する桃子。 桃子「はぁ〜、疲れた〜」    風呂場から出でくる百合子。 百合子「遅かったじゃん」 桃子「呑みだよ〜。オッサン達に酒臭い体す  り寄せられてさ。最悪だった」    と、台所の水道でうがいをする桃子。 百合子「いいじゃん。気に入られてるみたい  で」 桃子「全然。気ぃ遣わすだけ遣わせておいて  会計の時はきっちり割り勘なんだから」 百合子「……嘘でしょ?」 桃子「ケチばっかりで。もうアイツらとは呑  みに行きたくない」    桃子、ゴミ箱に捨ててある弁当の容器    を見て、 桃子「あれ? 姉ちゃん、またコンビニ?」 百合子「うん」 桃子「最近コンビニ弁当ばっかじゃん。前は  よく家で作ってたのに」 百合子「作るの好きだけど、仕事にしてから  趣味で作る気しなくなった」 桃子「ふうん」 百合子「本当に好きなことは趣味範囲に留め  ておくのが一番だね」 桃子「でも好きなこと仕事にしてるなんて羨  ましいけど。あ〜あ、辞めちゃいたいな、  今の仕事。辞めたところで他に出来ること  もないけど。(着ていたコートを掛け)う  わっ、タバコくさっ! 本当最悪だよ。あ  んな奴らにチヤホヤされたって何の得もな  いね」 百合子「今の台詞、その人達の前で言ってみ  たら?」 桃子「ムリムリ。これでも職場ではおとなし  くしてるんだから……風呂、風呂〜」    と、床に置かれたままのジャージを取    る桃子。    ○ 滝本家・表(朝)    マンションの一角。    『滝本』の表札。 ○ 同・寝室    明るい室内で熟睡している滝本。    黒いセーターなどの地味な格好をした    、滝本友美(三十七)が入ってくる。 友美「あなた、休みだからっていい加減起き  たらどうなの?」    起きる気配なしの滝本。    枕元に置いてある携帯電話を見つめる    友 美。 友美「(鼻で笑い)私が何も知らないと思っ  て」    幸せそうな滝本の寝顔。   ○ 桃子のアパート    寝ている桃子、目を開く。    十一時を回っている掛け時計。    はっとし、起き上がる桃子。    慌てて携帯電話を手に取る。 桃子「あ、今日休みか……」     と、再び寝そべる。    インターホンが鳴る。    無視する桃子。 宅配員の声「宅急便でーす」    インターホンが鳴る。  桃子「ハイハイ」    と、仕方なさそうに起き上がり、戸を    開ける。    りんごの箱を置く宅配員。 宅配員「サインこちらにお願いします」 桃子「ハイ」 ○ ファッションビル・社員食堂      向かい合いながら昼食を摂っている美    紀と倉田。 美紀「で、桃ちゃんが来たら、皆桃ちゃんの  方、向いちゃって」 倉田「それが面白くなかったんだ?」 美紀「別に〜。でもトイレから戻ってきて、  あの人が桃ちゃんの隣にいた時は流石に腹  が立ちました。全く、どんな色目使ったん  だか」 倉田「色目って亀山さんが?」 美紀「えぇ」  倉田「色目使えるかな〜、亀山さんに」 江田「倉田さん、わかってませんねぇ。あぁ  ゆうコが危ないんですよ。本当は酒だって  強いくせに、ワザと弱いフリなんかしちゃ  って」 倉田「へぇ。亀山さん、お酒強いんだ」 江田「あんなコ、見た目がちょっといいだけ  で中身スッカスカなのに」 ○ 桃子のアパート    りんごを丸かじりする桃子。 ○ ファッションビル・社員食堂  美紀「あ、そうだ倉田さん。桃ちゃんに、こ  の前のクレームのこと話してくれました?」 倉田「話したわよ。もう神経遣っちゃった。  随分と亀山さん、考え込んだ顔してたから」 美紀「そうだったんですか? あたしには反  省しているように見えませんでしたけど…  …相変わらず愛想も悪いし。それに桃ちゃ  んが閉店までいた次の日に来ると、もうカ  ウンターが汚れてて、汚れてて」 倉田「まぁまぁ……あ〜……江田ちゃんは、  いつも笑顔でいいよね」 美紀「あ、見ててくれているのですね、倉田  さんは。嬉しい! 常に口角上げているの  も結構大変なんですよ」 倉田「うん。わかる、わかる」 美紀「あたしはお客様に媚売りまくって、い  つか、この業界のトップに立ってみせるん  です……間違ってます? あたし」 倉田「全然」    美紀、笑顔をつくって見せる。    倉田も、つられて笑顔になる。    美紀、バッグから携帯電話を出して見    る。    と、一変して笑顔が消える。 美紀「まだメール返ってきてない」 倉田「滝本くん?」 美紀「えぇ。まだ寝てるのかな。電話しても  いいですか?」 倉田「いいけど、むやみに掛けないほうがい  いんじゃない?」 美紀「むやみになんか掛けてませんよ。今は  特別。……驚かせてやるんです」 ○ 滝本家・寝室    滝本が寝ている横で携帯電話をいじっ    ている友美。    と、突然電話が鳴り驚く。    美紀からの着信。    友美、部屋を出る。 ○ 同・寝室前    友美、扉に背をつけ電話に出る。 友美「もしもし」 美紀の声「滝本さんの……携帯でしょうか」 友美「はい、妻の友美ですが、おたくはどち  ら様?」 美紀「あの、同じ職場で……インフォメーシ  ョンカウンターで受付をしております江田  と申しますが……急用ではありませんので  また改めて失礼します」    電話の切れる音。 友美「……受付嬢だったのか」 ○ ファッションビル・社員食堂 美紀「奥さん、出た」    と、息を呑む。    ドキリとする倉田。 美紀「びっくりしたぁ……」    と、うなだれる。 ○ 滝本家・寝室    友美、タンスの奥からレインボーカラ    ーのスカーフを出す。    うなり声をあげる滝本。 友美「いつまで寝ている気?」 滝本「う〜ん……」  友美「ばかね……」    と、そのスカーフを滝本の鞄の奥に入    れる。    寂しげな友美の顔。 ○ 桃子のアパート(夜)    テーブルの上には一口ずつかじってあ    る二つのりんご。かじり跡は茶色く変    色している。    窓越しに外を見ている桃子。    雨が降っている。    雨に濡れた百合子が帰宅する。 百合子「あぁ〜、なんだ〜。アンタいたなら  傘持ってきてもらえば良かった」 桃子「傘くらい買いなよ」 百合子「てか、服ぐらい着替えなよ」 桃子「だって外出る用事なかったし」 百合子「仕事中と落差ありすぎなんだよ、ア  ンタ」 桃子「ギャップってやつだ、へへ」 百合子「悪い意味でのね。(りんごを見て)  何これ」 桃子「りんご。 母さんのところから」 百合子「そりゃ分かるけど、どうして一口ず  つかじってあるの」 桃子「そのりんごスカスカなの。ひとつめ食  べた時は、たまたまかなぁと思って違うの  食べてみたんだけど、やっぱりスカスカだ  った」 百合子「ふぅん」 桃子「見た目は美味しそうなんだけどねぇ」 百合子「ジャムにしよっか」 桃子「おっ! ナイスアイデア! 流石はシ  ェフやっているだけあるね」 百合子「そんな、シェフだなんて。まだまだ  見習いの……」 桃子「よっ! シェフ、シェフ! なんか作  って!」 百合子「その手には乗らないよ。食べたきゃ  店まで来な」    桃子、唇を尖らせる。 百合子「なんだ、その顔。カワイクない」    桃子、唇を尖らせたまま、新聞を手に    取り、天気予報欄を見る。 ○ ファッションビル・エントランス(朝)    カウンターに美紀の姿。    滝本がくる。 滝本「美紀ちゃ〜ん」    と、内ポケットからレインボーカラー    のスカーフを出す。 滝本「俺の鞄に入ってた。美紀ちゃんのでし  ょ? 困るよ〜。気をつけてくれなくちゃ」 美紀「あたしのじゃないんですけど……奥さ  んの物なんじゃないの?」 滝本「かみさんがこんな派手なの持ってるわ  けないじゃない」 美紀「奥さんの好みよく分かっているような  言い方だね」 滝本「……どうしちゃったの? なんか変」 美紀「別に」   「只今戻りました」と言いながら桃子が   くる。 桃子「(スカーフを見て)落し物ですか?」 滝本「う、うん、そう。エレベーターホール  の所に落ちてた」 桃子「最近、落し物多いですね」 美紀「うん、そうね」 桃子「今も、先週の分、警察に届けに行って  きたところなんですよ」 滝本「へぇ。そんなことまでやらなくちゃい  けないんだ。大変だね」 桃子「滝本さん知らなかったんですか? 私  たちが届けに行ってたこと」 滝本「うん」    桃子、スカーフをカウンターの脇に仕    舞う。 ○ 滝本家・リビングダイニング(夜)    ぐつぐつと煮立っている肉じゃが。 ○ 同・玄関(夜)    マンションの玄関に子供靴と女性物の    靴が所狭しと並んである。    帰宅する滝本。    友美、来る。 友美「おかえりなさい」    と、滝本から鞄を受け取る。 滝本「今日は、肉じゃが?」 友美「えぇ」 滝本「匂いで分かった」 友美「ねぇ、あなた。レインボーカラーのス  カーフしらない?」 滝本「スカーフ? しらないなぁ……」 友美「そう。気に入っていたのに……どこか  に置いてきちゃったのかな」 滝本「……あ、靴、また増えた?」 友美「ごめんなさい。明日捨てるから」 滝本「そういうつもりじゃ」 友美「ううん、捨てたいの」    滝本、靴に躓きよろける。 友美「大丈夫?」 滝本「う、うん」    振り返る友美。    口元が緩む。 ○ ファッションビル・エントランス(夜) 桃子「では私はそろそろ」 美紀「うん、お疲れさま」 桃子「お先に失礼します」    と、立ち去る桃子。    カウンターの電話が鳴る。 美紀「お電話ありがとうございます」 ○ 滝本家・寝室(夜)    電話している友美。 美紀の声「インフォメーションカウンターの  江田でございます」 友美「そちらに忘れ物してきちゃったみたい  なんですけど、届いていないかと思い」 美紀の声「はい、どういった御品物でしょう  か」 友美「レインボーカラーの鮮やかなスカーフ  なんですけど」 ○ ファッションビル・エントランス(夜) 美紀「スカーフ……はい……」 友美の声「ふふっ……滝本です。江田さん、  明日はそちらにいらっしゃるの?」 美紀「えっ……ええ」 友美の声「では明日取りに伺うわ」 美紀「……」 友美の声「もしもし?」 美紀「はい……お待ちしております」    電話を置く美紀。    硬直する美紀の体。目だけが泳いでい    る。   ○ 同・事務所(夜)    事務所のドアを開ける桃子。    倉田と鉢合わせする。 桃子「すいません」 倉田「あぁ、亀山さん……最近どう? 忙し  い?」 桃子「いえ……とりわけて忙しくは」 倉田「そう。江田ちゃんがね、亀山さんが入  っていた次の日に入るとカウンターが汚れ  てるって愚痴るものだから」 桃子「え、そんなことを?」 倉田「うん。だから忙しいのかなと思って」 桃子「片付けてから帰っているつもりなんで  すけど……すいません」 倉田「ちょっと」    と、桃子を廊下に出す。 倉田「江田ちゃんとはうまくやっていけて  る?」 桃子「えぇ。一緒にいるときには、仲良く…  …私、なにか気に障るようなことしている  んですかねぇ?」 倉田「う〜ん、それは無いと思うけど」    俯く桃子。 ○ 同・ロッカールーム(夜)    私服に着替え終えた桃子。    鏡に向かい、髪型を整える。 桃子「うそ……」 ○ 桃子のアパート(夜)    白髪を抜いている桃子。    お茶を呑んでいる百合子。 桃子「十一本……十一本も白髪があった」 百合子「ストレス溜まってんじゃないの〜?  あ、十二本目発見」 桃子「江田だ! 江田のせいだ! せめて、  私に直摂言ってくれればいいのに。どうし  て、いちいち上司通すのかな……あ、仲良  いからな、あのふたり……普段から私の悪  口言い合ったりしてるのかな」 百合子「言ってるに決まってるじゃん」    桃子、百合子を睨む。    と、携帯電話が震える。メールの着信。 桃子「(携帯電話を見つめ)えぇ〜」 百合子「?」 桃子「江田さんが明日の出勤変わってくれな  いかだって。勘弁してよ。何、考えてるん  だよ、あの人」 百合子「行けばいいじゃない。どうせ暇なん  でしょ。もしかしたらアンタのやる気試し  てるのかもよ」 桃子「ダラダラするの楽しみにしてたんだけ  どなぁ。ホラ、見てよ、明日出ないでいい  ように」    と、スーパーの袋からカップラーメン    やお菓子を出す。 百合子「アホくさ」 桃子「なんかいい言い訳ないかな……姉の具  合が悪いので……」 百合子「ちょっと勝手に悪くしないでよ。あ、  明日、家にリョウくん呼びたいから、アン  タ、家に居ないでよ」 桃子「ヨウくん?」 百合子「カレシだよ。アンタも会ったことあ  るじゃん。忘れたの?」 桃子「あぁ、あのゲイっぽい人かぁ。ヨウく  んって」 百合子「違う」 桃子「え? 違う人?」 百合子「いや、多分当たってるけど、リョウ  くんはゲイじゃない……ゲイじゃなくて、  ゲイの人にモテそうな人!」 桃子「んんっ?」 百合子「そこんとこ間違えないで。あと、ヨ  ウじゃなくてリョウだから」 桃子「ヨウ」 百合子「違う」 桃子「ヨウ……リョウ……ヨウ」 百合子「とにかく、そうゆうワケなんで」    百合子、桃子から携帯電話を取り上げ    ようとする。    桃子、阻止して 桃子「分かったよ。自分で打つから」 ○ ファッションビル・事務所(朝)    それぞれのデスクに向かっている社員    たち。    桃子、「おはようございます」と入っ    てくる。 滝本「あれ? 亀山さん、今日出勤だったっ  け?」 桃子「昨日、江田さんから代わってくれない  かってメールがきて」 倉田「いいのよ、断ったって。 亀山さんに  だって都合あるんだろうし」 滝本「そうそう」 桃子「どうせ暇ですから」 滝本「がんばるね〜」 桃子「そんなこと」    左胸に名札を付け掛ける桃子。    と、コーヒーメーカーのコーヒーがぐ    つぐつと煮え立っているのを見て、名    札を置き、そっちへ行く。 桃子「コーヒー淹れておきますねぇ」 倉田「あぁ、忘れてた。ありがとう」    コーヒーを注ぐ桃子。 滝本「亀山さんの淹れてくれたコーヒー戴き  ま〜す」 桃子「私は注いだだけです。それに煮立って  た……」 滝本「おいしい」    滝本を見て、首を傾げる倉田。 ○ 同・エントランス    カウンターの桃子。    力強い足取りで桃子に近づく友美。 桃子「いらっしゃいませ」 友美「滝本です。忘れ物のスカーフを取りに  来ました」 桃子「はい、スカーフですね」   と、落し物入れから探す桃子。 桃子「(見せながら)こちらでよろしいでし  ょうか?」 友美「えぇ、確かに。どうもお手数お掛けし  まして」 桃子「いいえ」 友美「……いつも主人がお世話になっていま  す」 桃子「滝本さま……滝本さんの奥さまでした  か! こちらこそいつもお世話になりまし  て」 友美「ふふ……おもしろい人ね」 桃子「へ? そうですか?」    友美、桃子を舐めるように見る。 桃子「……そういえば、このスカーフ、ご主  人が届けに来たんですよ」 友美「わざとですもの」 桃子「へ?」 友美「わざと主人の鞄に……そうすれば貴方  と会えるかなと思って」 桃子「……私に、ですか?」 友美「えぇ。もう、ひと月も前から貴方のこ  とは存じていたわ」 桃子「え? 私の話とかするんですか? ご  自宅で」 友美「するわけないじゃない! 本当おもし  ろい人ね」 桃子「?」 友美「なんだか、もっとお話してみたいわ、  貴方と」 桃子「はぁ」 友美「ここで、ゆっくり話すわけにもいかな  いし。……明日はお仕事?」 桃子「えぇ」 友美「お昼休みには抜け出せる?」 桃子「えぇ……まぁ。でも」 友美「では明日で決まりね。ここの上にある  『コンチェルト』っていうイタリアンのお  店でどう?」 桃子「あ、そこは」 友美「嫌?」 桃子「姉が働いているんです。そこで」 友美「本当。お姉さんは貴方に似ているの?」 桃子「いえ、そんなには……あの、私と話す  ことなんてありますか?」 友美「沢山あるわ!……貴方がなくても、私  にはあるのよ!」 桃子「ハイ、すいません」 友美「で、何時に来れるの?」 桃子「一時……です」 友美「わかったわ。店の中で待ってるから。  あ、このことは主人には内緒よ。わかって  ると思うけど……なんだか、貴方、抜けて  いるところあるから」    と、立ち去る友美。    首をかしげる桃子。    倉田が来る。 倉田「亀山さん、事務所に名札おいてあった  よ」    と、名札を桃子に渡す。 桃子「あぁ、すいません」 倉田「なんか、顔が暗いよ。笑顔、笑顔」 桃子「あぁ、すいません」    倉田、笑いながら、桃子の肩を叩いて    去る。 ○ 同・社員食堂    ひとりで定食を食べている桃子。    白い作業着姿の百合子が来る。 百合子「アンタひとり?」 桃子「姉ちゃん! 丁度よかった。話聞いて  よ」 百合子「また愚痴〜?」 桃子「違うから」    と、百合子の腕を掴む。 百合子「ちょっと待って。コーヒー買うのが  先」 ○ 同・事務所・支配人室    松永重明(五十四)が、ひとり机に向か    っている。    ノックの音がして、倉田が入ってくる。 倉田「失礼します。この書類に支配人印をお  願いします」 松永「うん」    と、ハンコを押す。 倉田「どうも」    と、部屋を出ようとする倉田。 松永「あぁ、倉田さん」 倉田「はい」 松永「倉田さんは、どう思う? 滝本くんの  人事異動の件」 倉田「……良いと思いますよ。福岡に転勤し  て」 松永「うん」 倉田「もう、ここにいるほとんどの人が知っ  てますからね。滝本くんと江田さんの関係  は」 松永「そうなの?」 倉田「えぇ。当の本人は呑気にしてますけど  ね……けれど、やはり、そういう関係の二  人が同じ職場にいるのはいかがなものかと  ……」 松永「そうだよねぇ」 倉田「それに、滝本くんにとっても悪い話じ  ゃないと思うんです。福岡店舗はここより  も広いですし」 松永「うん。じゃ、今から話すか、滝本くん  に。倉田さんも立ち会って」 倉田「はい」 ○ 同・社員食堂    コーヒーを呑む百合子。 桃子「何で私をランチに誘うかなぁ。 友達  いないのかな?」 百合子「う〜ん、思うんだけどさぁ、やっぱ  この場合の理由ってひとつじゃない?」 桃子「え? 何? わかんないんだけど」 百合子「宗教の勧誘」 桃子「あ……」 百合子「絶対そうだよ。それしか考えられな  い」 桃子「そういえば、話し方もなんかおかしか  った。巧く言えないんだけど、なんか妙に  私のこと睨んでくるというか……話も咬み  合わなかったし……とにかく普通ではなか  った」 百合子「こう最初はさぁ、安めの数珠なんか  売っといてさ、そのうち、この世の終わり  みたいな話になって、最終的に高い壺を売  りつけられるんじゃない?」 桃子「どうしよう。会いたくない」 百合子「でも、もうアンタがここで働いてる  ことは分かってるんだから逃げようないじ  ゃない」 桃子「なんで私なんだろ」 百合子「アンタって騙しやすそうな顔してる  もん」 桃子「そう?」 百合子「うん。まぁ、それはいいとして、会  ってもガツンと断ればいいのよ」 桃子「うん……」 百合子「そんな弱気な顔は見せちゃダメ!  大丈夫! いざとなったら私もいるんだし」 桃子「はぁ、なんかまた白髪増えそう……」 百合子「(桃子の頭を見て)あ」 桃子「え? 何? またあった?」 百合子「うっそ〜ん」    と、笑う百合子。    頭を掻き毟る桃子。 ○ 同・事務所・接待室    滝本、倉田、松永の三人。 滝本「福岡……ですか」 松永「良い話でしょう」 滝本「……えぇ」 倉田「娘さん、四月から小学校でしょ。いず  れ転勤になるなら、この時期の方が」    倉田を見る滝本。 松永「あぁ、そうだよ。入学して、慣れてき  てから転校じゃ可哀想だ」 滝本「はい……」 ○ 同・エントランス(夜)    『本日は終了いたしました』の看板。    カウンターの拭き掃除をしている桃子。    机の角やペン立ての裏など、細かい所    まで磨く。 ○ 同・事務所(夜)    「お先に〜」と出て行く松永。    滝本と倉田の二人が残る。 滝本「ちょっと何だよ、今日の倉田さんの  言い方〜」 倉田「何が?」 滝本「子供の話なんかされちゃあさ、引き受  けるほかなくなるじゃん」 倉田「悪かった?」 滝本「わかってるじゃん」 倉田「じゃあ、何? はっきり言ってほしか  った? この人は受付嬢と不倫しているの  で、早めに追い出してくださいって」 滝本「何、追い出すって……」 倉田「目障りなのよ。ハッキリ言って。自分  のやってること分かってる?」 滝本「……」 倉田「別に目の前でイチャイチャされること  を僻んでるんじゃないわよ。そのせいで、  貴方の仕事が手抜きになって、その穴埋め  をしているのが私……」 滝本「そうだった?」 倉田「そうなの! ……いい機会だから言う  けど、いつまでもフザケてるんじゃないわ  よ! 貴方に妻子を捨てて、江田ちゃんと  一緒になる気ある? ないでしょ!」 滝本「……ハイ、スイマセン」 倉田「もういい加減にしなさいよ」    縮こまっている滝本。 倉田「タバコ吸ってくる! 私が戻るまでに  コピー撮っておいて!」 滝本「ハイ」 ○ 滝本家・表(夜)    美紀が来る。    小窓から明るい光が洩れている。 美紀「(表札を見て)ここかぁ」    ○ 同・リビングダイニング(夜)    茶を淹れている友美。    ソファに座っている滝本。 友美「良いじゃない、福岡なんて」 滝本「そお?」 友美「えぇ。いつから?」 滝本「三月下旬。二ヵ月後か……あ、タバコ  切らしちゃった」 ○ 同・表(夜)    扉の前を行ったり来たりしている美紀。    扉が開く。    美紀、隣の部屋の前に移る。 友美「買ってきます」 滝本「いいよ、わざわざ」 友美「でも」 滝本「いいよ、我慢するから。外寒いし」 友美「あなたに我慢させたくないの」    と、出てくる友美。    対面する美紀と友美。    美紀、軽く会釈して隣の部屋に入るふ    りをする。    友美、気にとめず、階段を下る。    呆然とする美紀。 美紀「(戸に向かって)仲良いんじゃない」    美紀、階段を下る。 ○ ファッションビル・エントランス(朝)    無表情でカウンターに座っている美紀。    桃子が来る。  桃子「おはようございます」 美紀「おはよう、桃ちゃん。昨日は代わって  くれてありがとうね」 桃子「いいえ」    席につく桃子。 美紀「……」 桃子「……」 美紀「……」 桃子「……あ、そういえば昨日、滝本さんの  奥さんが来たんですよ」 美紀「へぇ……どんな人だった?」 桃子「きれいな方でしたよ。あの滝本さんに  はもったいないくらい」 美紀「そう」 桃子「で、なんでか分からないんですけど、  今日一緒にランチすることになって」 美紀「え?! そうなの?」 桃子「えぇ。なんか怪しいですよね。面識な  いのに、いきなり二人でなんて」 美紀「……そお? よくあることじゃない?」 桃子「えぇ〜、そうですか? 私はじめて」 美紀「あるある。うんうん」 桃子「そうですかねぇ」    滝本が来る。 滝本「江田さん。ちょっといいかな」 美紀「はい」    と、立ち上がる。 ○ 同・社員食堂    人気のない朝の社員食堂。    美紀と滝本、向かい合って座っている。 美紀「福岡に……」 滝本「うん」    俯く美紀。 滝本「これを機に俺たちも」 美紀「ついていこうかな」 滝本「えぇっ」 美紀「ここも、そろそろ飽きてきたし」 滝本「辞める気?」 美紀「うん」 滝本「辞めてどうするの?」 美紀「あなたと結婚」 滝本「それは……」 美紀「嘘よ」 滝本「……ははっ」 美紀「終わりにしたいんでしょ?」 滝本「嫌いになったわけじゃ」 美紀「もういい」 滝本「……」 美紀「……戻っていい?」 滝本「うん」    立ち去る美紀。    タバコに火を点ける滝本。 ○ 同・エントランス    座っている桃子。    美紀が来る。 桃子「おかえりなさいませ」 美紀「……(座る)」 桃子「……」 美紀「ゴメン。ちょっと」    と、カウンターを出る美紀。    桃子、去ってゆく美紀の後ろ姿を見る。 桃子「生理痛かなぁ……」 ○ 同・社員食堂    灰皿に一本のタバコの吸い殻。    うなだれている美紀。    美紀の向かいには倉田。 倉田「私は反対したんだけどねぇ。滝本くん  の転勤」 美紀「……」 倉田「でももう、ほとんど決まっていたの」 美紀「……自分が嫌です」 倉田「へ?」 美紀「あの人は転勤の話と一緒に、別れ話を  するつもりでした」 倉田「……うん」 美紀「あたしは、転勤するからって、あっさ  り捨てるような人と関係をもっていたんで  す」 倉田「そんな……」 美紀「相手が本気じゃないことは分かってま  した。分かってたんです。それでも尚、あ  たしは付き合ってました。そんな自分が嫌  です」 倉田「そんなに責めないで」   声を出して泣く美紀。 倉田「ちょっと……」 美紀「どうしよ……こんな顔で戻れない」 倉田「あぁ、今日はもういいから」    泣いている美紀。 ○ 同・エントランス    制服姿の倉田が来る。 桃子「倉田さん」    と、驚く桃子。 桃子「へぇ〜、初めてみました。倉田さんが  制服着てるの。似合いますね」 倉田「そお? ちょっと江田ちゃんが帰るこ  とになって」 桃子「あぁ。顔色悪かったですもん」 倉田「亀山さん、休憩いく時間でしょ?」 桃子「あ、ハイ」 倉田「早く戻ってきてね。亀山さんが戻って  きたら私も事務所に戻るから」 桃子「分かりました。行ってきます。もう少  し見ていたかったんですけど」   と、左胸の名札を外す桃子。 倉田「そんなに似合ってる?」 桃子「えぇ、とても」    と、カウンターを出る桃子。    靴男が来る。 倉田「いらっしゃいませ」 靴男「靴……なんでもないです」    と、足早に去る靴男。 倉田「靴?」    と、首を傾げる。 靴男「フケてた……」    と、寂しそう。 ○ イタリアンレストラン『コンチェルト』    二十席ほどの店内。シンプルな内装。    桃子、入る。    厨房から百合子が来る。 百合子「いらっしゃい。どう? その人、も  う来てる?」 桃子「あ、あそこ」    桃子の視線の先には、凛とした姿勢の    友美。 百合子「ありゃ〜。いかにも壺売りそうな雰  囲気だね」    友美に近づく桃子と百合子。 友美「あら、どうも」 桃子「こんにちは……姉です」    お辞儀をする百合子。 百合子「どうも……ご注文はお決まりでしょ  うか」 友美「では、このパスタBセットを」 桃子「あ、私も同じものを」 百合子「はい、かしこまりました」    と、厨房へ行く。 友美「お姉さんも綺麗な方ね」 桃子「そうですか?」 友美「えぇ。ここにはよく来るの?」 桃子「いえ、滅多に来ないです。この制服着  てると、なんだか周りから見られているよ  うな気がして。だからといって休みの日に  来る気もしないので」 友美「そう」 桃子「えぇ……」 友美「主人からはもう聞いた?」 桃子「何をですか?」 友美「転勤のこと」 桃子「へぇ。滝本さん転勤なさるんですか」 友美「あら、やだ。しらなかったの? 可哀  想に」 桃子「えぇ、しりませんでした」 友美「なんか知っていたような言い方ね」 桃子「いえ、しりませんでしたよ」 友美「まぁ、いいわ。……主人のこと好き?」 桃子「へ?」 友美「どうなのよ」 桃子「好きか嫌いかで言えば……好きですけ  ど」 友美「ふふふふ。正直な人!」 桃子「あの……深い意味は無いですよ」 友美「では、どういう意味?」 桃子「……ただ良くしてもらっているってい  うのを、お伝えしたかっただけで」 友美「へぇ。どういう風に?」 桃子「え? なんでしょう……こう……」 友美「いつまで続ける気?」 桃子「は?」 友美「福岡まで、ついてくる気じゃないわよ  ね」 桃子「福岡?」 友美「主人の転勤先」 桃子「ですから転勤になったのは滝本さんで、  私ではないので」 友美「だから?」 桃子「ですから、私が行くわけ……あの…先  ほどから何を……」    百合子、サラダを持ってくる。 百合子「お待たせしました。すいません、先  ほど、お飲み物を何にするか聞くの忘れて  ……」 友美「ふざけないでよ」 百合子「申し訳ありません。いつもは厨房に  いるものですから」 友美「お姉さんのことじゃなくて……アイス  コーヒー」 桃子「私はアイスティーを」 百合子「ハイ」 友美「私はね、貴方と主人がどういう関係な  のか全て知っているのよ」 桃子「あの、私と滝本さんは上司と部下以外  の何者でもありませんが」 友美「ねぇ、お姉さん」 百合子「ハイ」 友美「妹さんは、他人の男と寝ても何とも思  わないような人なの?」 桃子「何かを大きく勘違いしていませんか?」 友美「もう、貴方と話しててもらちが明かな  いから。(百合子に)妹さんは他人の男を  平気で寝取る?」 百合子「イエ」 友美「どうして言い切れるの?」 桃子「もう、いいから、姉ちゃんあっち行っ  てよ」 友美「私と彼女が話しているの」 桃子「ハイ、スイマセン」 百合子「どうしてって……妹は他人の男とい  うか、それ以前に誰とも付き合ってません  から」 友美「本当に?」 百合子「見ていて分かりませんか? 男いな  いの」    友美、桃子をじっと見る。 友美「……分からないわ」 百合子「では私は料理の途中なので」    と、厨房へ行く。 桃子「あぁ……姉さま」    友美、尚も桃子を見ている。 友美「ところで貴方、年齢はいくつなの?」 桃子「二十二ですけど」 友美「二十二! そんな若いの」 桃子「はぁ……い、いただきます」     と、サラダに手をつける桃子。 友美「貴方の、その若さに惚れたのね。ただ  それだけね……貴方も可哀想に。遊ばれた  のね」 桃子「ですから私は……そもそも、何を根拠  に……」    百合子、来る。 百合子「あの、アイスコーヒーとアイスティ  ーはもうお持ちしてよろしい……」    友美、桃子を睨んでいる。 友美「貴方、主人と何度寝たの?」 桃子「何もしてませんよ。気持ち悪い」 友美「気持ち悪い?」 桃子「あ、すいません」    笑い出す百合子。 友美「何よ。貴方まで馬鹿にする気?」 百合子「奥さま、妹は何もしてないと思いま  すよ。毎日きっちり帰って来て、朝帰りな  んて一度もありませんから」 友美「そんなの理由になってないわ……悔し  いけど、よく分かるの。主人がこういう馬  鹿っぽい娘に好意もつの」 桃子「馬鹿……」 百合子「あはは。安心してください」 友美「安心? この人は不倫……」 百合子「妹は処女です」 友美「え?」 桃子「なにを……」 百合子「処女です」 友美「そんな嘘だれが信じますか!」 百合子「処女です」 桃子「わかったから」 友美「二十二の処女なんて、今の世の中にい  るわけないじゃない」 百合子「じゃあ、病院行って調べてもらいま  すか?」 友美「え? 分かるのそんなこと」 百合子「分かるみたいですよ今は……」 桃子「ちょっと! ヤメテクダサイ……」    桃子、周りの人々が自分を見ているこ    とに気付く。    「あの人、ここの受付嬢じゃない?」    等と噂する声が聞こえる。 友美「ふっ……ふふふふ。負けたわ」 桃子「負けたも何も、勝負してないって」    と、手で顔を隠す桃子。 百合子「ところで、お飲み物はお持ちしても  よろしいでしょうか?」 友美「えぇ、お願いします」 百合子「アンタは?」 桃子「私はもう結構です……やっぱり戴きま  す」 友美「ここのお店、美味しいわよねぇ。私、  大好きで」 百合子「ありがとうございます」   と、笑顔で厨房へ行く百合子。 友美「いただきます」    と、サラダを食べる。 友美「おいしい。おいしいね?」    うなだれている桃子。 ○ 同・エントランス    カウンターに座っている倉田。    桃子が来る。 倉田「亀山さん、おかえり……なんか疲れて  ない? どうしたの? なんか変なもの食  べた? 下痢?」 桃子「……まぁ、そんなとこです」 倉田「やだ、大丈夫?」 桃子「えぇ、下痢じゃないですから」 倉田「なんだぁ」 桃子「ふふっ」 倉田「あ、笑った」 桃子「?」 倉田「私、亀山さんが笑ったところ初めて見  た」 桃子「そうですか?」 倉田「うん。作り笑いは何度も見たことある  けど」 桃子「作り笑い……あ、滝本さん転勤なさる  みたいで」 倉田「そうなのよ。……それで今朝、江田ち  ゃんが泣いちゃって」 桃子「江田さんが?……なんでまた」 倉田「なんでって……しらないの?」 桃子「(笑って)江田さん、もしかして滝本  さんのこと好きだったんですかねぇ?」 倉田「そりゃ、まぁ、好きでしょ」 桃子「……へぇ。彼氏いるみたいなのに」 倉田「江田ちゃんて、滝本くん以外にも付き  合ってる人いるの?」 桃子「へ?!……江田さんって、滝本さんと、  付き合ってるんですか?」 倉田「うん。……何、亀山さんしらなかった  の?」 桃子「えぇ……じゃあ、あの、いつも話して  た年上の彼って滝本さんのこと……」 倉田「ヤダァ、江田ちゃん、そんなまどろっ  こしい言い方してたんだ」 桃子「……」 倉田「年上っちゃあ、年上だけどね」 桃子「……」 倉田「でも気付いてたでしょ? 亀山さんも」 桃子「……」 倉田「何、わかんなかった?」 桃子「……」 倉田「……」 桃子「あ」 倉田「……じゃあ、私は戻るとするか。はぁ、  作り笑いも疲れるわね。いつも、笑顔、笑  顔なんて口うるさく言って悪かったわ」    ウンウンと、ゆっくり頷く桃子。 倉田「え? 私、そんなに口うるさかった?」 桃子「イエ、そんなことないです。スイマセ  ン、ちょっと考えごとを……」 ○ 桃子のアパート(夜)    誰もいない部屋。    帰宅し、電気を点ける桃子。    突然、笑い出す。 桃子「そっかぁ。そういうことかぁ……」    笑い転げる桃子。    いつまでも笑う。 ○ 滝本家・玄関(夜)    綺麗に片付けられた玄関。 ○ 同・リビングダイニング(夜)    滝本、ソファに座り新聞を読んでいる。    友美が来る。 滝本「春菜はもう寝た?」 友美「うん、今寝たところ……珈琲呑む?」 滝本「うん……呑もうかな」    友美、珈琲の準備を始める。 友美「今日ねぇ、江田美紀さんに会ってきた  のよ」    友美に背を向けたままの滝本。 友美「あなた、彼女と何もしてないんですっ  てね」 滝本「……うん、してないよ。 江田さんは  単なる同じ店舗の仲間」 友美「(笑って)不思議ねぇ」 滝本「何が?」 友美「あなたと、その江田さんって人が、体  の関係をもってると思って……そのことに  腹を立たせて、私は会いにいったのに、そ  れがなかったと知らされたら、余計に腹が  立ってきちゃった」    硬直する滝本。友美が泣いているのが    分かる。 友美「本気だったのね、あなた……若くてカ  ワイイから近づいただけじゃなかったのね」 滝本「……違う」 友美「あなたの気持ちは分かったわ」 滝本「もう終わったんだ」 友美「……」 滝本「悪かった。若くてカワイイから近づい  ただけだ」    友美、ペーパードリップの珈琲にお湯    を注ぐ。 友美「いい香り」    珈琲の湯気。    滝本、新聞を置く。    天気予報欄をぼぅっと見る。 友美「ときどきねぇ、あなたのこと殺したく  なる」 滝本「えぇっ?」 友美「でもね、生かしといてあげる……あな  たなんか殺して、自分の人生、滅茶苦茶に  したくないもの……だから、生かしといて   あげる」    友美、珈琲を注ぐ。 滝本「うん……、それは、それは」    友美、珈琲を持ってきて、置く。 滝本「ミルクある?」 友美「ないわ」 滝本「……」 友美「私ねぇ、決めたの。今までは、あなた  に気に入られるよう色々努力してきたけど  、もう、そういうの辞めるの。これからは  、自分がやりたいようにやるの」 滝本「そう」 友美「それでもいいって言うなら、一緒に居  てあげる」 滝本「……うん」    珈琲を呑む滝本。 滝本「おいしい……本当においしい」 ○ 桃子のアパート(夜)    寝転んでいる桃子。笑いすぎて息が荒    くなっている。    百合子が帰宅する。 百合子「ただいま〜……何、アンタ具合悪い  の?」    桃子、さっと起き上がり、 桃子「姉ちゃん、よくも今日は喋らなくても  いいことを」 百合子「あ、やっぱ、気にしてた? ごめん  、ごめん」 桃子「軽いな〜。相変わらず」 百合子「ふふふふ」 桃子「何? 人が落ち込んでるところ見て、  そんなに面白い?」 百合子「うん」 桃子「あ〜あ。引越したいな」 百合子「アンタが引越したら、リョウくんと  ここに住みたいな」 桃子「……やっぱ引っ越さない。てか、姉ち  ゃんが出て行ってよ」 百合子「まぁまぁまぁまぁ。そんな、ツンケ  ンしないでよ。誕生日なんだし」 桃子「げ!」 百合子「はっぴぃばぁすでい、桃ちゃ〜ん」 桃子「もう、嬉しくないよ〜」    百合子、桃子に小さな箱を差し出す。 桃子「え? 何? くれるの? 私に? 珍  しくない?」    小刻みに頷く百合子。    桃子、包み紙をビリビリと破き、箱を    開ける。    箱の中の腕時計。 桃子「うわぁ〜、高そう〜」 百合子「誕生日だっていうのに、しらない女  とランチしてるアンタ見てたら、なんか可  哀想になってきちゃって」 桃子「あ、そういえば、今日、あの人に年齢  聞かれたとき二十二って言っちゃった。今  日から二十三なのに」 百合子「あっそう」 桃子「誤魔化すつもりじゃなかったんだよ」 百合子「どうでもよくない?」 桃子「私ね、年齢、誤魔化すようになったら  終わりだなって思ってるの」 百合子「あっそう」 桃子「ねぇ、これ、いくら?」 百合子「いくらでもいいじゃん」 桃子「ねぇ、いくら、いくら?」 百合子「そんなことより、着けてみたら?」 桃子「うん」    と、腕時計をはめる桃子。 桃子「わ〜。カワイイ〜。ねぇ、似合う?  似合う?」 百合子「うん、普通」 ○ ファッションビル・外観(朝) ○ 同・事務所    滝本のもとへゆく美紀。 美紀「おはようございます。 少しだけ話し  てもいいですか」    頷く滝本。 ○ 同・社員食堂    人気のない朝の社員食堂。    斜めに向かい合って座ろうとする美紀    と滝本。    椅子を引くと「ギッー」と音が鳴る。 滝本「……」 美紀「……」 滝本「……悪いけど」 美紀「同じですから」 滝本「……?」 美紀「本気でなかったのは、あたしも同じで   すから」 滝本「……」 美紀「あたしはただ、いけないことしている  自分に酔っていただけなんです……こうい  うことするのって、どっかでカッコイイと  思っていたんです……それだけです」 滝本「……そう」 美紀「転勤って早めてもらえないんですか?」 滝本「えぇっ?」 美紀「あと、二ヶ月も顔合わせたくないんで  すよ」 滝本「……多分、無理じゃないかな」 美紀「あ〜。この仕事、辞めようっかなぁ」 滝本「(笑って)また冗談?」 美紀「あたし、冗談なんかついたこと一度も  ないですよ」 滝本「そっかぁ。そうだよね」    美紀、バッグからタバコを出し、火を    点ける。 滝本「あれ? 禁煙してなかったっけ?」 美紀「してます」   「ふっ」と笑う滝本。    美紀、スッーと綺麗に煙を吐く。 美紀「お休み中の、お休みの一本です」 滝本「ん? どういうことだ?」    と、滝本もタバコを吸う。 美紀「たまに、ものすごく体に悪いものを、  体に取り入れたくなります」 滝本「……」    笑う美紀。 滝本「そう」    と、笑う。 ○ 同・エントランス    カウンターに座っている桃子。    美紀が来る。 桃子「おはようございます」 美紀「おはよ〜」 桃子「あ……昨日、大丈夫でした?」 美紀「うん、大丈夫。ごめんね」 桃子「いや、私はいいんですけど」 美紀「あ、代わりに倉田さん入ってくれたん  だってね」 桃子「そうなんですよ」 美紀「この制服着たんでしょ? 倉田さん」 桃子「えぇ、そうなんですよ。 正直、キツ  かったですね」 美紀「ふふっ」 桃子「あ、つい。内緒ですよ、今の」 美紀「どうしよっかな」 桃子「お願いしますよ。私、まだ居たいんで  すよ、ここに」 美紀「言わないよ」 桃子「はぁ」 美紀「……桃ちゃん、ごめん」 桃子「?」 美紀「あたしね、滝本さんとね……付き合っ  てた」 桃子「……えぇ……えぇ〜!」    と、ワザと驚いてみせる桃子。 美紀「ビックリした? 今まで、年上の彼の  話、よくしてたでしょ? あれ、全部、滝  本さんとのことだったんだ」 桃子「え〜、びっくり〜!」    溜息をつく美紀。 美紀「でも、もう終わっちゃった」 桃子「……」 美紀「全部、終わっちゃつた」 桃子「そうですか」 美紀「……」    客が来る。 桃子「いらっしゃいませ」 客「この中に、時計の電池交換できる所、あ  るかしら?」 桃子「はい。五階にあります時計売り場で請  け賜わっております」 客「そう。どうも」    と、去る。 桃子「……」 美紀「ペペロンチーノ作った」 桃子「?」 美紀「おいしいって言ってくれた」 桃子「はぁ」 美紀「買い物行った。バッグ買ってくれた」 桃子「……」 美紀「ホテル行った。『ずっと一緒にいよう  な』って言ってくれた」 桃子「……」 美紀「昨日は、随分落ち込んだけど、今は、  あんな奴のどこがよくて一緒に居たのかと」 桃子「……そうですよ。滝本さんなんて」 美紀「(笑って)そうだよねぇ」 桃子「えぇ。江田さんには、もっといい男が」 美紀「……桃ちゃんって、いい人ね」 桃子「えっ?」 美紀「あたし、こんな……」 桃子「……なにか?」 美紀「ごめんなさい。あたし、倉田さんによ  く、桃ちゃんのこと悪く言ってたの」 桃子「……え」 美紀「お客様から、桃ちゃんの態度が悪くて  クレーム受けたとか……朝、来るとカウン  ターが汚れてるとか」 桃子「……はぁ」 美紀「筋違いだとは思っていたけど、滝本さ  んが桃ちゃんのこと、ひいきしているよう  に見えて……許せなくて」 桃子「そんな」 美紀「あ……ちょっと動かないで」 桃子「へ?」 美紀「白髪」 桃子「え!」 美紀「抜いてあげる」    美紀、桃子の白髪を抜く。 桃子「……」 美紀「ストレス溜めちゃってるんじゃないの  〜? 桃ちゃんも」   と、笑う。    桃子、唇を尖らし、美紀の横顔を睨む。 美紀「あ、その腕時計新しくない?」 桃子「え、えぇ」 美紀「へぇ〜。カワイイ〜」 桃子「へへ」 美紀「高そうだね。いくらしたの?」 桃子「さぁ。もらい物なので」 美紀「あ、男だ」 桃子「違いますよ」 美紀「なんだ、やっぱりいたんだ、そおゆう  人」 桃子「だから違いますって」 美紀「顔、赤いよ。ふふっ。桃ちゃん、カワ  イイ〜」 桃子「……」    美紀、桃子の頬をつつく。 美紀「わ〜、もち肌〜。カワイイ〜」 ○ 同・事務所(夜)    桃子、入る。    滝本を睨む桃子。 滝本「なぁに? 桃ちゃん、その顔〜。あ、  『桃ちゃん』って言っちゃった」 桃子「ふんっ」 滝本「あ、俺、転勤するんだ。知ってた?」 桃子「えぇ、知ってました。どうもお世話に  なりました」 滝本「やだなぁ。まだ二ヶ月あるのに、追い  出す気?」 桃子「あぁ、スイマセン。そういう意味では」 滝本「(笑って)カワイイ〜」 桃子「……」 倉田「あ、亀山さん」 桃子「はい」 倉田「江田ちゃんから聞いたよ」 桃子「え?」 倉田「全部、江田ちゃんの作り話だったんだ  ってね。クレームのこととか」 桃子「えぇ……」 倉田「ひどく反省してた」 桃子「へぇ」 倉田「全く。とんだとばっちりよね」 桃子「えぇ、まぁ」 滝本「何? 何? なんかあった?」 倉田「周りの関係ない人間巻き込むなんて最  低」 桃子「はぁ」 倉田「まぁ、それもこれも全部、亀山さんが  カワイイのが原因だって思えば、幾分救わ  れるでしょ? 気持ち的に」 桃子「う〜ん」 倉田「こじつけっぽい?」 滝本「なんの話しているのか全然わかんない  なぁ」 桃子「……」 滝本「何? 何?」 倉田「本当、腹立つ顔してるよね」 滝本「えぇっ?! 俺〜?」 桃子「はぁ……話すと面倒臭いので、話した  くないです」 滝本「えぇ〜」    桃子、タイムカードを押す。 桃子「お先に失礼します」    と、出る。 滝本「お疲れ〜」 倉田「幸せものね、滝本くんって」 滝本「どこが? もうピンチなんだって」 倉田「幸せものよ」 滝本「まぁ……倉田さんに比べれば」 倉田「はぁ?! それなら私の方が幸せよ」 滝本「独身なのに?」 倉田「独身だからよ」 滝本「えぇ?」 倉田「本当、馬鹿ね。滝本くんって」    と、鼻で笑う。 倉田「(パソコンを見て)あ! また間違っ  てる」 滝本「俺?」 倉田「他に誰がいるのよ。こんなんだったら、  ひとりでやった方が効率いいなぁ」 滝本「スイマセン、スイマセン。すぐ直しま  す」 倉田「あぁ、いい。私やる」 滝本「スイマセン」 倉田「あぁ。謝られるのも、うっとうしいな  ぁ。もう、いいから、お茶頂戴」 滝本「ハイ。只今」 ○ 桃子のアパート(夜)     リンゴジャムを煮ている百合子。    桃子、帰宅する。 桃子「うわっ、いい匂い! ドア、開けた瞬  間わかったんだけど」 百合子「ふふっ。そうでしょう」 桃子「へぇ〜、こんな匂うんだ、りんごって」    桃子、腕時計を外し、テーブルに置く。    腕時計をじっと見る桃子。 桃子「虚しい。最高に虚しい」 百合子「……?」 桃子「あ〜、ムカツク。 私のこと、カワイ  イだって!」 百合子「はぁ?」 桃子「クソー」    と、頭を掻き毟る。 百合子「いや。全然カワイクないから安心し  な」 桃子「……」    桃子、新聞をチラッと見て手放す。    ―深い溜息。 ○ 曇り空(朝)   ○ 桃子のアパート    トーストにリンゴジャムを塗る桃子。    新聞を読んでいる百合子。 百合子「リョウくんと結婚しようかな〜」 桃子「うん。いいんじゃない?」 百合子「適当に答えないでよ」    桃子、トーストをかじる。 桃子「うん。おいしい」 百合子「やっぱ、まずは同棲かな」 桃子「うん。その方がいいんじゃない?」 百合子「はぁ……ところでアンタは、いつま  でやらない気?」 桃子「新聞読み終わったら貸して」 百合子「『処女でラッキー』なんて思われるの  は、ハタチぐらいまでだよ」 桃子「なんなの? 朝から。 やるとか、や  らないとか、人の勝手じゃん」 百合子「曇り、ときどき晴れ」 桃子「はぁ?」 百合子「今日の天気。曇り、ときどき晴れだ  って。どうせアンタ、天気予報しか見ない  でしょ」 桃子「あ、ハイ。そのとおりです。どうも」 ○ ファッションビル・エントランス・表    雨が降っている。 ○ 同・中    中年の女性客の対応をしている桃子。 女性客「ちょっと! さっきから雨降ってる  のに傘袋が出ていないじゃない! お陰で  床が濡れて」 桃子「申し訳ございません。すぐに……」    と、電話に手を掛ける。    加瀬が一枚の傘袋を手に来る。 加瀬「お客様、お待たせいたしました。どう  ぞお使いください」    女性客、何も言わずに受け取り、去る。 加瀬「すいません。俺が遅れたせいで」 桃子「あぁ、いいんです、いいんです。謝る  のが仕事みたいなもんですから」 加瀬「タフなんですね」 桃子「慣れてきちゃいました」 加瀬「この前は楽しかったですね」 桃子「えっ、あぁ……」 加瀬「また呑みに行きましょうね」 桃子「えぇ」 加瀬「……亀山さんて素敵ですね」 桃子「……そうですか?」 加瀬「なんか、物事深く考えなさそうなとこ  ろが」 桃子「えっ。褒めてませんよ、それ」 加瀬「あっ、すいません。でも、本当人気あ  るんですよ。警備の人達の中では。亀山さ  んって」 桃子「嘘だぁ」 加瀬「本当ですよ」 桃子「へぇ」 加瀬「……まぁ俺は……江田さん派だけど」 桃子「そう……ですか」 加瀬「あ、別に聞いてないですよね? じゃ  っ、失礼します」 桃子「お疲れさま……」    会釈して立ち去る加瀬。    桃子、加瀬の背をぼうっと見る。    靴男が隅から桃子を見ている。    桃子に近づく靴男。 靴男「こんにちは」 桃子「いらっしゃいませ」 靴男「エスカレーターどこですか?」 桃子「(笑顔で)こちらでございます」 靴男「何色の靴履いてるんですか?」    桃子、ゴクリと唾を呑み、満面の笑顔    で、 桃子「ブルーです。エヘッ」    靴男、桃子の足元を覗き込む。    桃子、絶対に見せない。 《了》