「デリヘルブギ」   〈主な登場人物〉  今市圭太 (36)浜夏市生活環境課主任  牛山 猛 (28)同課  麻生ゆかり(31)デリバリーヘルス嬢  今市寿美枝(33)圭太の妻  藤川清介 (63)デリヘル「桜」経営  佐々木 恒(45)同・市生活環境課長  北岡   (39)同・市生活環境課係長  春田   (38)同・市生活環境課  前田博昭 (53)同市会議員、前田工業社長  原田ひとみ(32)デリバリーヘルス嬢  百瀬佳奈 (29)デリバリーヘルス嬢  狩野玲子 (33)人妻 ■デリバリーヘルス「桜」事務所・中      夜。オフィスビル内の一室。      簡素なデスク。藤川清介(63)、携帯電話で話している。   藤川「九十分一万五千円になります。ご自宅か、ホテルに伺います。      そうですね、ビジネスホテルなら、どこでも……」      ソファに座っているひとみ(32)。   藤川「本番行為はもちろん無理矢理なプレイの強要は厳禁となります……」      藤川、ひとみに目で合図、立ち上がるひとみ。 ■事務所・前      藤川、ひとみ、車に乗る。  ひとみ「ドライバーは?」   藤川「くびにした」  ひとみ「また」   藤川「女の子と親密になるのが目的みたいな奴では困る。こういう仕事は、まじめでなきゃ      勤まらない、長続きしないんだ……」 ■道路      藤川の車、来て、ひとみをおろす。      車、行く。 ■ホテル前      出てきたゆかり(31)。      藤川の車、来て、とまる。   藤川「(ゆかりに)終わったばかりで、悪い。佳奈さん指名なんだが、子どもが熱出して      さっき帰っちゃったんで……代わりに」  ゆかり「しょうがない、お互い様」      と、乗る。      車、走り出す。      と、止まる。 ■走る車の中      藤川、後部座席にゆかり。      藤川、胸を押さえている。  ゆかり「社長、どうしたの」   藤川「胸が急に……(持ち直し)大丈夫」  ゆかり「どっか悪いの」   藤川「(つくり笑い)いたって健康。病気なんか一度もしたことないし……どうしたんだろう」 ■ホテルの一室・前      やってきたゆかり、ノック。      ドアが開く。  ゆかり「デリヘル桜のゆかりです。佳奈さん、急に来れなくなっちゃって。私でも?」      と、中へ入る。 ■同室・中      ゆかり、戸惑って。      客、不服そう、迷っている。    客「脱いで、見せろ……」  ゆかり「脱いだらチェンジできないけど、いいですか?」    客「(鼻を鳴らすが)しょうがねえッ」      ゆかり、服を脱ぐ。      客、途端に相好を崩し、金を出す。      ゆかり、受け取り、バッグにしまう。      客、むしゃぶりつこうとする。  ゆかり「先にシャワー浴びましょ」      と、笑顔。 ■タイトル ■空き地      家電や家具など粗大ごみや廃木材などが捨てられてある。      車体に「浜夏市不法投棄監視車」と書かれたバン、来て、止まる。      今市圭太(36)、降りる。荷台から看板を下ろし、取り付け始める。      その模様を不満そうに見ていた老人。   老人「勝手に捨てられたのに、なんでこっちの責任になる?」   圭太「場所が民有地だと、その責任は所有者である民間人になります。従って税金で処分する      ことはできないので……」   老人「役所が、捨てられないようにしろッ」   圭太「ですから、こうして、看板を取り付けたり、パトロールしたり、色々な対策を講じております      ……すいません」   老人「あんたに謝ってもらっても、しょうがないッ」   圭太「すいません……」   老人「(ボソリと)税金泥棒」      圭太、取り付け作業をする。      看板には      「禁 不法投棄」      「ごみのポイ捨ては犯罪!」      「罰金最高1000万円!!」      と書かれてある。 ■林道      緑豊かな田園風景。      圭太が運転するバン、走っていく。 ■浜夏市役所・外観      五階建ての庁舎。      圭太が運転するバン、来る。      駐車場へ入る。 ■同・フロア内            「生活環境課」の表示。      課長の佐々木恒(45)。ほかに数名の職員(春田、北岡など)がいる。      圭太、来る。佐々木の席へ  佐々木「ご苦労さん……大変だったな」   圭太「役所の人間なんて憎まれ役ですから」  佐々木「市民なんて、そんなもんだ。……来週から職員が配置換えになる、その世話を頼みたい。      かなり扱いにくい男らしい」   圭太「扱いにくい?」  佐々木「反抗的というか、上司を上司と思わないというか」   圭太「(ひきつり)私が、ですか」  佐々木「不服か」   圭太「北岡係長がいます。春田さんも」  佐々木「(声を潜め)彼らが使えないってこと、知ってるだろ」   圭太「は」  佐々木「民間企業の人事部にいたんだろ。君しかいないんだ」   圭太「はい……」 ■男子トイレ・ボックス内      圭太、便器に座り、用を足している。      人が入ってくる気配。 ■同・トイレ・中      北岡(39)、春田(38)、来る。   北岡「今市、民間にいたのか。道理でよく働く。さすが民間出身」   春田「そのうち同化して、テキトーになるかもしれませんが」   北岡「いや、一生便利屋だッ」      二人、笑う。 ■男子トイレ・ボックス内   圭太「(息を潜めて)……」      二人が出ていく気配。      圭太、水を流す。 ■市役所玄関      夕刻。圭太、帰っていく。      佐々木、来て     「家へまっすぐか?」   圭太「はい……。課長も?」  佐々木「(憮然)寄り道するところなんか、ないからな」      と、行く。   圭太「……」 ■花園マンション外観      いかにも中古な佇まい。      圭太、やってくる。 ■同・ある部屋      三〇二号の表示。      ドアが開き、ゆかり、出てくる。 ■同・玄関前      藤川の車、来る。      やってきた圭太、入る。      エレベーターが開き、ゆかり、降りてくる。   圭太「(如才なく)こんばんは」      ゆかり、驚くが、気づいて  ゆかり「お隣の」      と、足早に行く。      圭太、ゆかりの後姿を目で追って。      ゆかり、藤川の車に乗る。      圭太、見ている。      藤川と目が合う。      圭太、バツ悪く。 ■車の中      藤川、ゆかりが乗ると、車を出す。   藤川「誰? 今の人」  ゆかり「え、ああ、隣の部屋のご主人」   藤川「あんたのこと、見てた。惚れてるかも」  ゆかり「役所に勤めてる、まじめな人よ」   藤川「そんな感じだ」      ゆかり、顔を直しはじめる。 ■同・ある部屋      圭太、ドアを開ける、中へ入る。      ドアの表示、三〇三号。 ■同・内部      圭太、来る。      妻の寿美枝(33)、テレビのニュース番組を見ている。      「夫が妻を殴り殺す」      「円満夫婦に何が?」      テーブルの上、モデルハウスのチラシ。      圭太、ちらりと見るが、   圭太「飯は?」  寿美枝「展示会行ってきた。家が欲しいなって」   圭太「そう……」  寿美枝「こんな古くて狭いマンション、よく住んでられるわね、もう飽き飽きッ」   圭太「子どもができるまで」  寿美枝「五年もできないんだから、もう、できないわよッ」   圭太「な、飯は?」  寿美枝「それに私じゃなく、あなたに問題があるんじゃない?」   圭太「今度病院にいく」  寿美枝「今度っていつよ。口ばっかじゃない。もういい、二度と言わないッ」   圭太「悪かった。……僕のご飯は?」      寿美枝、キッチンへ。コンロに火をつけ、鍋を暖め始める。  寿美枝「これから」      圭太、押し黙り、居間へ。      シェイプアップマシン。   圭太「また買ったの」  寿美枝「少し太ったから」   圭太「先月も似たようなのを買わなかった?」  寿美枝「すごく安いの。六万」   圭太「(驚き)六万」  寿美枝「返品無理だから」      圭太、黙り込む。 ■同・寝室      ベッド。      パジャマに着替えた圭太、来る。      寿美枝、すでに寝ている。      圭太、来て、軽く肩をゆする。  寿美枝「今日は、疲れてる」      寿美枝のパジャマを脱がそうとする圭太。その手を押し戻す寿美枝。     「嫌」      圭太、萎えて。 ■同・居間      朝。こんがり焼けた食パン。      圭太、バターを塗っている。      平らかな時間。 ■同・寝室      寿美枝、寝ている。 ■同・居間      圭太、コーヒーを飲んでいる。      テレビのニュース番組。その画面。      「続報 夫による妻殺し」      「超・浪費妻に倹約夫の怒り」      顔をしかめる圭太。 ■市役所生活環境課フロア      朝。圭太、佐々木。   圭太「来ませんね。牛山君」  佐々木「どうしたのかな」   圭太「連絡もないようですし。部署を間違えたとかは。初日から遅刻というのは、ありえないと      思いますが……」      壁の時計、十時。      人の気配。      のそりと人影。      牛山猛(28)、圭太や佐々木のほうへ    猛「(傲岸に)お疲れッす!」      一同、唖然。   圭太「君、遅れるなら、連絡ぐらい」    猛「したよ、今朝。メールで」   圭太「(驚き)メール?」    猛「課のアドレスにさ」      圭太、パソコンを操作する。    猛「俺の席は?」  佐々木「そこだ」      と、圭太の隣を指差す。   圭太「(画面を見ている)確かにメールが来てます。『体調不良で遅れます。牛山猛』。これ?」    猛「嘘は言ってないだろ」   圭太「だけど、これは」    猛「嘘は言ってない」      圧倒される圭太。      佐々木の席。圭太、来て   圭太「いったい、彼は」  佐々木「(のんびりと)常識知らずだ」   圭太「最悪です……」      猛、来て    猛「おい、この課は何をするんだ」   圭太「(仰天)おい?」  佐々木「生活環境課、君の仕事は、ごみ対策だ」    猛「ごみ? ごみかッ(と、笑う)」   圭太「!」    猛「ここの連中もごみだったりして」      圭太、固まる。      ハードロック調の音。      一同、仰天。      猛、携帯電話を取り出す。受信音。      猛、行く。   圭太「ど、どこへ?」    猛「私用」      と、行ってしまう。      圭太、ふらふらと佐々木の席へ来る。   圭太「役所に勤めてまだ七年ほどですが、ああいうのは、初めてです。頭の中が、真っ白に」  佐々木「いるんだよ、ああいうのが」   圭太「……やってけるか、自信ないです」  佐々木「難しい仕事なんかさせない、どうせ無理だろ……不祥事さえ起こさなきゃ」   圭太「不祥事?」  佐々木「懲戒免職になるようなことをさせたら、こっちの責任になりかねん」   圭太「でも、こっちの神経が先に……」  佐々木「何言っとるッ、慣れだよ、慣れ」 ■同・フロア・自販機前      猛、メールを見ている。      その画面。     「先週のエッチ。超よかった〜。今、市役所の駐車場に来てるの!」      猛、にやにやしながら行く。      圭太、来る。   圭太「牛山君」      猛、行く。      圭太、追う。 ■市役所の駐車場      猛、来る。あたりを見ている。      車から玲子が手を振る。      猛、近づく。 ■玲子の車・中      玲子、助手席の猛。   玲子「猛く〜ん!」      と、猛に抱きつく。抱擁、キス。    猛「旦那に、ばれなかった?」   玲子「平気。別に知られたっていいし。どうせ何も、できやしない」    猛「割り切った付き合いってそんなにいいもんか、病み付きか」      玲子、にんまり笑って猛の股間に頭をうずめる。      猛、興奮し、玲子の下を脱がす。      二人、座ったまま、つながる。 ■市役所の駐車場      圭太、来る。      背後に玲子の車。      猛と玲子のつながった姿が見える。      圭太、振り返る。      視界に飛び込む。   圭太「あッ」 ■市役所生活環境課フロア      佐々木、圭太の話に目をむいて  佐々木「なんて奴だ」   圭太「よくも昼間から」  佐々木「うらやましい」   圭太「は」  佐々木「そういう気持ち、ないか」   圭太「ないです」      夕刻。      圭太。猛、パソコンで市のホームページを見ている。      五時の時報。      猛、圭太に    猛「あんた、奥さん、いるか」   圭太「え」    猛「奥さん、いるかって」   圭太「い、いる」    猛「可愛がってるか」   圭太「……なんで」    猛「ちゃんとやってねえと、浮気されるぞッ」      と、笑いながら、行く。      全身の力が抜ける圭太。 ■圭太のマンション・中      夜。圭太、ドアを開ける。中が暗い。   圭太「寿美枝」      灯りをつける。      テーブルの上の置手紙。      「友達とカラオケ。夕飯、適当にお願い。寿美枝」      圭太、慌てて携帯に電話する。      留守番電話のメッセージ。   圭太「寿美枝。僕だ……ご飯」      と、切る。ため息。 ■スナック「しんぐる」中      大きなカラオケセット。      寿美枝、歌っている。テーブルを囲んだグループ。      ママの晴香(40)、曲を入れている。 ■大衆寿司屋・中      カウンターとボックス席が少々。      圭太、来る。    若「ご注文は?」   圭太「イワシ。この間、間違えてサバが来ちゃったんだ」    若「(不服そうに)イワシとサバ、似てますけど、僕ら、間違えませんよ」   圭太「そうだよね、悪い、気分悪くした、謝る」      寿司ネタが置かれる。   圭太「(小声)サバだ……」      圭太、食べる。 ■スナック「しんぐる」中      寿美枝、生ビールを飲んでいる。  寿美枝「いいお店。落ち着く」      客が入ってくる。      水割りをつくる晴香。      寿美枝、その様子を見ながら  寿美枝「ママ、ここで働けない」   晴香「(振り向いて)え?」  寿美枝「スーパーのレジ係じゃいくらにもならないし。だめかな」   晴香「うちは助かるけど、いいの?」  寿美枝「帰りたくない気分。もう、時間の問題かも、私たち」   晴香「また、そんなこと」  寿美枝「お代わり」      と、飲み干したビールグラスを出す。 ■レンタルビデオショップ・中      アダルトビデオコーナー。      圭太、物色。いくつか手に取る。      カウンターへ。      風俗情報誌がある。      圭太、手に取り、開く。      「浜夏市内のデリバリーヘルス情報」。      圭太、目を留める。 ■圭太のマンション・居間・中      圭太、ノートパソコンを開く。      デリバリーヘルス桜のサイト。      その画面。顔はぼかしを入れて隠し、胸部をあらわにしている女性たち。      圭太、視線が吸い寄せられる。      電話番号をメモしようとする。      玄関のドアが開く。      圭太、さっとパソコンを閉じる。      寿美枝、帰ってくる。      キッチン。      寿美枝、酔っている。コップに水を汲み、飲む。      圭太、来る。   圭太「寿美枝」  寿美枝「先に寝てていいのに」   圭太「どこに?」      寿美枝、奥へ。 ■同・寝室      寿美枝、ベッドでなく、畳に寝ている。      入ってきた圭太、愕然。   圭太「寿美枝ッ」      寿美枝、寝ている。      圭太、静かに出ていく。 ■山間部      圭太が運転しているバン、走っている。 ■ある場所      圭太、バンを止め、看板を持って林の中へ入っていく。      トラックが廃材を捨てている。      圭太、仰天、固まる。      土木作業員風の男が運転しているのが見える。      圭太、ゆっくり後ずさり、木の陰に身を隠す。   圭太「(息を潜め)……」      と、看板を見る。      「禁 不法投棄」      「ごみのポイ捨ては犯罪!」      「罰金最高1000万円!!」      圭太、看板を裏返しにする。      トラック、去る。      圭太、顔を出す。ほっとなる。      圭太、看板を取り付ける。 ■市役所生活環境課フロア      圭太、戻る。      猛の怒鳴り声が聞こえる。    猛「あんたも頑固だなッ! 私有地に捨てられたごみは、所有者である、民間人の責任なんだ、      税金で処分はしないんだッ!」  佐々木「なんだ、あれは、なんで電話なんか出させたんだ?」   圭太「私が外へ出ていて、彼しかいなかったからでしょう……」  佐々木「あいつを外へ出せ、何か外回りのような仕事を与えろ」   圭太「はい……」 ■林道      緑豊かな田園風景。      圭太が運転するバン、走っている。      猛が乗っている。 ■バンの中    圭太、猛。   圭太「こうやって、不法投棄を監視するのもうちの課の大事な仕事なんだ。是非、君には、      これをやってもらおうと思ってる」    猛「不法投棄?」   圭太「ごみを、むやみやたらに捨てることだよ。法律で禁止されている。個人なら最高1千万、      企業なら1億円の罰金があって、犯罪なんだ」    猛「それを取り締まるのか」   圭太「そうじゃない、警察じゃないんだから、そんなことはできない。現場を確認するとか、      看板を取り付けたりとか」    猛「なんだ、そんなことか(と、あくびする)寝ててもできるな」   圭太「よろしく頼むよ……」 ■山間部の場所      壊された看板。      トラック、廃材を捨てている。      圭太の車、近づく。      止まる。      車の中の圭太、猛。    猛「ん?」   圭太「ふ、不法投棄だ」    猛「(見る)あれが?」   圭太「け、警察に通報」      猛、降りる。    猛「俺が行く」   圭太「牛山君!」      土木作業員風の男が運転している。      猛、近づいていく。      ふと振り返る。      圭太、まだバンの中。      猛のほうへ戻るよう身振り。      猛、舌打ち。    猛「(男に)やめろッ、犯罪だぞッ」      男、エンジンかけ、トラックをバックさせる。      猛、あっとなる。      トラック、走り出す。      猛、バンへダッシュ。乗る。    猛「早く出せ!」   圭太「え」    猛「追うんだッ! 捕まえるッ」      圭太、エンジンをかける。かからない。    猛「俺がやる!」      と、圭太を追い出す。      圭太、あわてて助手席へ。      バン、走り出す。 ■林道      走るトラック。      荷台から廃材が散乱している。      遅れて、追うバン。 ■道路A      走るトラック。      追うバン、猛スピードで。      トラック、曲がる。      バン、追いついて曲がる。 ■バンの中      猛、どんどんスピードを上げていく。      圭太、青くなる。気持ち悪くなってくる。 ■道路B      トラックの姿、ない。      徐行するバン。 ■バンの中      圭太、猛。      猛、いきり立って辺りを見る。      バックミラーに、トラックの影。      猛、アクセルを踏む。 ■道路      トラック、Uターン、一方へ曲がる。      バン、追いついて曲がろうとする。      対向車。ぶつかりそうになる。      猛、咄嗟にハンドルを切り、脇へ。急停止。 ■バンの中      圭太、参っている。    猛「畜生ッ」   圭太「なんて運転だよ」    猛「あんたがもたもたしてるからだッ」   圭太「……」 ■市役所生活環境課フロア      圭太、佐々木、猛。    猛「もう少しで捕まえられるところだった」  佐々木「不法投棄の現場に遭遇するなんて、滅多にあることじゃない。な、今市君、そうだろう」    猛「いざって時に人間の本性が出るからな」   圭太「(グサリと来て)……」  佐々木「まあまあ、怪我もなかったことだし」   圭太「……」 ■大衆寿司屋・中      圭太、生ビールを飲む。   圭太「(険しい顔)なんであんな奴の面倒、嫌だ、嫌だッ」      一気に飲み干す。      寿司が置かれる。   圭太「(見て)またサバだ」      圭太、食べる。 ■ピンク通り      ヘルスの店が数軒並ぶ。      圭太、来る。      外側から料金表などを見て歩いている。      入るでも、入らないでもなく、行ったり、来たり。 ■ある一室・中      入ってくる圭太。      簡素なシングルベッド。      圭太、座る。   圭太「……」      と、緊張の面持ち。      ノックの音。      圭太、開ける。      ゆかりが立っている。      圭太、目を見張る。  ゆかり「ごめんなさい、五〇三?」   圭太「デリヘルの人……」  ゆかり「(あっさりと)これが私の仕事。入っていい?」      と、中へ。  ゆかり「地元じゃないから構わないと思ってたけど、本当、世間て狭いわ〜」      と、服を脱いでいく。   圭太「(迷う)ええと……困ったな」  ゆかり「どうして? 遊びたいんでしょ」   圭太「状況的に、まずいというか」  ゆかり「難しく考えないの。いいじゃない、たまには奥さんでなくても」      と、服を脱いでいく。   圭太「(困惑)」  ゆかり「それとも、私じゃ、魅力ない?」   圭太「まさか(と言って、赤くなる)」  ゆかり「よかった。ご近所さんだし、サービスしてあげる。脱いで」      ゆかり、裸になる。      圭太、のろのろと脱ぎ始める。      ゆかり、手伝う。圭太の股間をちらりと見る。  ゆかり「じゃ、先にシャワー」      と、笑顔。      ベッドの中。行為の後。      圭太、すっきりした表情。心なし和んでいる。      ゆかり、寝ている。  ゆかり「別に隠す気ないけど、マンションの人には黙ってて……面倒くさいし」   圭太「言いません。こっちも、家内に知られたくないし」  ゆかり「お互い秘密ってわけね」 ■林道      緑豊かな田園風景。      バンが走っている。      猛が運転、圭太が乗っている。 ■バンの中    猛「確かにあんたのいうとおり」   圭太「?」    猛「寝ててもできる」   圭太「君は、なんで役所に?」    猛「なんでかな。冗談で公務員試験受けたら受かっちまった、ちょっとした社会見学かなあ。      別にいつどうなったって」      圭太、呆れる。 ■山間部の場所      廃材を積んだトラック、走っている。    ■バンの中   圭太「あ、あのトラック」    猛「(睨んで)よし、今度は絶対捕まえるッ」      と、アクセルを踏み込む。 ■林道      トラック、走っている。      バン、追って来る。 ■バンの中   圭太「写真を撮ろう、ナンバープレートも。証拠があれば言い逃れできない」    猛「頭は、いいな」   圭太「……」 ■ある場所      廃材を捨てているトラック。      離れた場所から、カメラで撮影する圭太。猛に合図。猛、飛び込んでトラックの運転手を      ひきずりおろす。      運転手、逃げる。トラックへ。      走り出すトラック。      圭太、猛、バンへ。 ■道路A      走るトラック。      追うバン。      曲がるトラック。 ■道路B      トラック、姿がない。      徐行するバン。 ■バンの中    猛「この前のようにはいかないぞ」      と、脇の道から出てくるトラック。反対方向へ行こうとする。   圭太「安全運転」    猛「無理だッ」      と、アクセルを踏む。 ■道路C      走るトラック。      追うバン。      トラック、運転誤り、ぶつける。止まる。      止まるバン。      おりる猛、圭太。      運転手、気絶している。 ■市役所生活環境課フロア      圭太、猛、来る。      拍手で迎えられる。   圭太「(照れている)」  佐々木「お手柄、お手柄」    猛「金一封とかないのか」      一同、しらける。   圭太「牛山君」 ■圭太のマンション付近の道      夜。圭太、やって来る。      藤川の車      ゆかり、心配そうに話している。      圭太、通りかかると、あたりに誰もいないのを確かめ   圭太「どうしたの」  ゆかり「心臓が悪いの、うちの社長」   圭太「(驚き)社長? お父さんじゃないの?」  ゆかり「違うわよ、デリヘルの社長よ、ドライバーもやってるけど、きついから」      マンションの住人、勤め人が来る。      圭太、ゆかり、はっとなり、話をやめる。      住人、行く。   圭太「デリバリーだと、車とドライバーが必要なんだね」  ゆかり「……誰か、いないかな?」   圭太「え」  ゆかり「今、人がいないの。今市さん、顔広そうだし」   藤川「そこまで頼んじゃ(圭太に)こんばんは」  ゆかり「いいのよ、友達だし、お隣だし」   藤川「迷惑でしょ?」   圭太「いいえ。あたってみましょう」  ゆかり「(笑顔)お願いね」      と、車に乗りかけて  ゆかり「よかったら、また来て。サービスしてあげるから」   圭太「(制し)その話は」  ゆかり「いいじゃない。一度来たら、二度も三度も同じ」   圭太「うん……」      藤川の車、行く。      圭太、見送って。 ■市役所生活環境課フロア      佐々木、圭太に  佐々木「歓迎会?」   圭太「やりましょう。彼のために」  佐々木「配属されたばかりだから、普通あるんだが、彼の場合、誰も来ないんじゃ」   圭太「反目しているだけじゃいつまでたっても。仲良くならないと」  佐々木「君に任せよう。そうしてるんだし」 ■大衆寿司屋・前      圭太、携帯電話で話している。   圭太「(驚き)来れないんですか……課長がいなきゃ……」      圭太、堪え、中へ入る。 ■同・中      猛、飲んでいる。      圭太、来て   圭太「課長、用事があるって……すまん」    猛「昔から嫌われ者だ。わかってんだ」   圭太「申し訳ない。しかし、一人も来ないなんて。いくらなんでも」    猛「中学の時、超問題児だったらしい。先生困らせて、学校やめさせた。でも、悪い奴だったから、      今だって後悔してない。大掃除してやった、と思ってる」   圭太「そんなに悪い奴か」    猛「先生のくせに、生徒をいじめる奴さ。ま、どこにでもいるのさ、そういうくだらねえのが……      信じなくていいぜ」   圭太「いや、信じるよ」    猛「俺の歓迎会なら、女遊びに行こう。風俗とかどうだい」   圭太「君は、女性の友達がたくさん」    猛「人妻ばかり。最近、旦那の監視が厳しくて、会えなくなっちまった」   圭太「風俗は避けたいが」    猛「なんで?」   圭太「場所が悪い、街中で、ひと目がある」    猛「ひと目?」   圭太「地元だよ、誰が見てるかわからないじゃないか」    猛「そんなこと気にするか」   圭太「高校の時、ストリップ見に行ってね。出てきたら、クラスの女の子に見られた、次の日には      学校中の噂になって、それから卒業までピンク男って呼ばれて、本当、嫌だった……」    猛「やりたいときはやりたいもんさ。公務員も教師も、医者も関係ない。我慢しすぎは、体に毒だ。      あんただって若い女や、人妻とやってみたいと思うだろ」   圭太「……ない」    猛「あんたは奥さん、信じてるかもしれないけど、男と女なんて、いつどうなるか。崩壊寸前の夫婦      なんて、腐るほどある」      寿司が置かれる。   圭太「(見て)また違う」    猛「よく間違える店だなッ、作り直してもらおう」   圭太「僕が我慢する」    猛「なんだ、毒でも入れられるのか?」   圭太「言っちゃ悪いが、二代目は無能、スカだ。初代のおやじさんには世話になった、学生時代から、      この店が好きさ。だから」    猛「わけわからんかっこつけだ、何が楽しい?」      圭太、寿司を食べる。   圭太「昔、民間企業の人事にいた。能力主義とか成果主義とかいってるが、大間違い。ものすごい実力が      あっても嫌われ者は不可。結局、敵をつくらず、馬鹿をやらず、万事      丸く収める奴が一番得をする。民間も役所も同じ」    猛「俺にはどうでもいいさ、デリバリーって知ってるか」   圭太「え」    猛「宅配。ホテルでも自宅でも女の子を派遣してくれる。店に入らなくていい」   圭太「でも、どうやって連絡する?」    猛「知らないのか、しょうがねえ」   圭太「君は、割り切った付き合いの女性がいるんだろう。それに、旦那も諦めて、監視の目もゆるくなるさ」 ■圭太のマンション・中      台所。      圭太、フライパンでオムレツを焼いている。      ノックの音。      圭太、行く。      玄関。      開けると、ゆかり。  ゆかり「ドライバーの件、どうなったかなって」   圭太「ごめん、まだ」  ゆかり「社長、具合悪くて今日は休みになったの……奥さんは」   圭太「出かけてる」  ゆかり「最近、夕方から出かけてるみたいね。時々、会う」   圭太「毎晩、十二時かな」  ゆかり「夕飯は?」   圭太「自分で作ってる」  ゆかり「へえ」   圭太「よかったら」      台所。      ゆかり、来る。  ゆかり「何作ってるの?」   圭太「オムレツ」      ゆかり、フライパンのふたを取る。  ゆかり「うーん、いい匂い」   圭太「でも、見よう見まねで」  ゆかり「私がやってあげようか」   圭太「助かるけど」  ゆかり「あ、そうか、そう奥さんに怒られるか」   圭太「怒らない、怒らない、温厚だから」      オムレツが並んだテーブル。      缶ビールを開ける。      グラスに注ぐ。      圭太、ゆかり、乾杯。      「いただきます」と食べ始める。      ゆかり「おいしい」      圭太、ほっとする。      食後。   圭太「娘さんが実家に」  ゆかり「悪いママだわ……いくら、稼がなきゃならないって言っても、全然、帰ってない。ごめんなさい、      こんなつまらない話聞かせちゃって」   圭太「立ち入ったことだけど、父親っていうか、前のご主人から養育費は」  ゆかり「ゼロ。全然、働かない人で」   圭太「今は」  ゆかり「さあ」   圭太「……」  ゆかり「専業主婦って嫌ね。一緒にいたくなくて離婚したけど、働きながら、子ども育てようと思うと、      大変。稼げないし」   圭太「市役所に相談した? 児童扶養手当てが申請できる」  ゆかり「したけど」   圭太「離婚したのは何年前?」  ゆかり「三年前かな。なんで?」   圭太「児童福祉課にいたんだ」  ゆかり「そう。でも、とてもやっていける額じゃなかった」   圭太「だから、今の仕事に」  ゆかり「別に、そうじゃないけど……」   圭太「……」 ■同・玄関      圭太、ゆかりを送る。  ゆかり「ご馳走様。奥さんが帰らないうちに」   圭太「うちの専業主婦、こんな時間まで、何してるのかな? 僕と離婚するために、お金稼いでたりして      ……ごめん、こんな話」  ゆかり「……お休み」      と、行く。   圭太「お休み」 ■市役所生活環境課フロア    猛「あんたも頑固だなッ! 不法投棄されたごみは、税金で処分しないんだッ!」      圭太、佐々木、微笑ましく見て   圭太「やってますね」  佐々木「本当はあれくらい言ってやるほうがいいんだ」    猛「議員だって、それがどうした。勝手にしろッ」   圭太「(血相変え)今、議員って言った?」    猛「市会議員の前田博昭って奴。不法投棄ごみ、すぐ処分しろって」   圭太「前田……市会議員のセンセイだ」    猛「怒鳴りつけてやった」   圭太「なんてこと」    猛「びくびくすんな、悪いのはむこうだッ」      と、行く。   圭太「(困惑)どうします?」  佐々木「まずいことになる。俺は知らん。知らんぞ」   圭太「……」 ■同・自販機前      猛、携帯で電話している。      圭太、来る。    猛「なんとか、旦那の目、ごまかして出て来いよ……」   圭太「(目が点になる)」      猛、携帯電話を切って    猛「立ち聞きか。趣味悪い」   圭太「この前の電話、市会議員の前田」    猛「あ〜」   圭太「君の言うとおり。議員さんのやろうとしていることは、筋違い。僕もそう思う」    猛「ただ、立場が弱いから、誰も言いたいこと言えない」   圭太「でも、議員とは喧嘩しちゃいけないと思う。で、その前田議員から来て欲しいと、呼び出しがあった」    猛「俺が、行くわけないだろ」   圭太「僕が行く」    猛「なんで?」   圭太「君を行かせるより、僕が丸く納めるほうが手っ取り早い」    猛「恩に着せようたって」   圭太「だから、話した。言わないで行くのはずるいような気がしたから」    猛「あんたって、人がいいな」   圭太「そんなことないさ」    猛「だけど、いつか馬鹿見るぜ、やめたほうがいい、いい人なんてな」   圭太「忠告ありがとう」 ■前田工業・前      バン、止まる。      降りる圭太。 ■同・事務所・中      圭太、入ってくる。      奥の大きな机に、前田博明、睨みつけるように迎えて。   圭太「(頭を下げる)先日は、申し訳ありませんでした。牛山君の上司で今市圭太と申します」   前田「なぜ、彼が来ない?」   圭太「体調が悪く、来られないので。とりあえず、私が」   前田「いきたくないって言ったんだろう。私が誰かを知っていて、呆れたな」   圭太「いえ」   前田「相手が議員だろうと、市民だろうと、あんな言動は慎まなければならん。そのことを厳しく言って、      聞かそうと思ったが、来ないんじゃな。だが、このままではすまんぞ」   圭太「は」   前田「君もな」   圭太「私も?」   前田「連帯責任だし、君に管理・監督能力がないってことだろう」   圭太「はい。しかし」   前田「部長にも言っておく。話は以上だ。帰ってよろしいッ」      圭太、青くなる。 ■大衆寿司屋・中      圭太、生ビールを飲む。   圭太「(険しい表情)なんでこうなるんだ……畜生ッ」      寿司が置かれる。   圭太「(見て)またサバだ」      圭太、食べる。 ■林道      緑豊かな田園風景。      バンが走っている。      猛が運転、圭太が乗っている。 ■バンの中    猛「デリヘル、市内にいくつかあるな」   圭太「ネットで調べた?」    猛「知り合いが働いてた。ほら、駐車場で女が抱いた女、玲子、旦那と別れて、その仕事に就いたんだ」   圭太「お金?」    猛「色々な男と試してみたい」   圭太「(目を白黒させ)へ」    猛「そういう女が増えてるさ」 ■街中      藤川の車が止まっている。 ■付近の道      バン、通りかかる。      圭太、ゆかりの姿を見つけて。      バンを近づける。   圭太「どうしたの」      ゆかり、気づいて。  ゆかり「社長が」      圭太、はっとなり、降りる。   ■藤川の車・中      ぐったりしている藤川。      圭太、ゆかり、来て      圭太、中へ入り、藤川の口に手を当てる。      緊張し、車の外へ出そうとする。   圭太「救急車呼んで」      ゆかり、電話する。      圭太、藤川を寝かせ、心臓マッサージを施す。  ゆかり「何してるの」   圭太「心臓が止まってる」  ゆかり「!」      圭太、マッサージをする。      猛、ゆかり、ひとみ、見守っている。         救急車、到着。      酸素マスクを装着され、搬送される藤川。      圭太、猛、ゆかり、見送る。    猛「どういう知り合い?」  ゆかり「どうしよう、ドライバーの代わり、早く見つけなきゃ」    猛「ドライバー?」  ゆかり「それに社長の代わりが、休業なんて、困るもの」   圭太「何とか探してみる」    猛「さっきから、よくわからんが」   圭太「後で説明する」  ゆかり「私たち、デリヘルの仕事をしてて、女の子の送り迎えをしてくれるドライバーと社長の代わりを      してくれる人を募集しているの」   圭太「ああ、全部言わなくても」    猛「あんたはその客か?」  ゆかり「マンションの隣同士なの」   圭太「……」    猛「奥さんがいるのに、隣に住んでいる女と、やっちゃったわけ」   圭太「やってない」  ゆかり「似たようなもんじゃない」    猛「なんだ、なんだ、やるじゃねえかッ」 ■廃工場      プラスチックやタイヤ類がそのまま放置されている。      圭太、猛、来る。   圭太「業者が倒産で逃げて、もぬけの空だ」    猛「見つかったか。彼女たちのドライバー」   圭太「探すとは言ったけど、僕が紹介できない。関係疑われるから」    猛「だと思った。俺たちでやらないか」   圭太「冗談」    猛「昼は俺が運転手、夜はあんたが運転手だ。車ならほら、バンがある」   圭太「何を言ってるんだ、副業はご法度。ばれたら免職だ」    猛「ばれない、ばれない。俺はポイ捨ての監視、そうだろ?」   圭太「断る」    猛「いいじゃないか、なッ、女たちと仲良くなれる、ただでやれる、楽しいぜッ」   圭太「……」 ■走るバンの中      圭太、猛、話している。    猛「彼女なんていった、そうだ、ゆかり、彼女ともっと仲良くなれるッ、それにそっちがうまくいったら、      役所なんかやめちまえばいい」   圭太「……彼女とは友達でいたいけど。勘弁してくれ」    猛「勘弁しない」   圭太「君みたいに考えられないよ」    猛「いいから、俺についてこい。馬鹿みたいに面白くて、笑っちゃうくらい、くだらない男にしてやらあ。      やろう、二人で。公務員とデリヘル、うんと稼げそうだッ」   圭太「……」 ■市役所      自販機前。      圭太、猛、コーヒーを飲んでいる。   圭太「三年前まで、児童福祉課にいた。離婚して、働きながら、子育てしてる若いお母さんたちを支援する      助成金制度があって、その担当だった。でも、その額だけじゃ食べてけないんだ、悲しいよな」    猛「だからさ、デリヘルのほうがよっぽど彼女たちを助けてやれるじゃないかッ」   圭太「だからって、僕らがやるわけにはいかない」    猛「ったく、頑固だなッ、あんたも。わかった。もういい、あんた、あの子らを助ける気なんかないんだ。振りしてるだけさ、薄情者だよ」   圭太「……」 ■圭太のマンション・一室      ノックの音。      圭太、開ける。      ゆかり、立っている。      皿に乗せたホットサンドを持っている。  ゆかり「これ、この間の御礼」   圭太「何?」  ゆかり「ホットサンド、つくったの」   圭太「ありがとう。今日は休み?」  ゆかり「仕方ないから。募集しようかって話してるの」      寿美枝、立っている。  寿美枝「あら、お隣の、何の用」  ゆかり「ホットサンドを」  寿美枝「え」   圭太「夕飯ご一緒したんだ」  寿美枝「とにかく、こんなことしないで」      と、突っ返すように。   圭太「俺がもらったんだ」      と、取り返す。  ゆかり「奥さん、ご主人、とても優しい人だと思います。大事にしてあげてください」      と、行く。  寿美枝「(怒気)ちょっと」      寿美枝、ホットサンドを取ると、行く。      ゆかり、はっと見る。      寿美枝、ホットサンドをつかみ、ゆかりに投げつける。      ゆかり、急いで部屋へ。      下に落ちたホットサンド。  寿美枝「片付けといてよッ」      と、中へ入る。      圭太、呆然と見ていたが、ホットサンドを拾う。汚れをきれいに払う。      圭太、食べる。   圭太「(味わうように)……」 ■市役所生活環境課フロア      猛、圭太に    猛「今、なんて」   圭太「ドライバー、やろう。(やや小声)今晩、事務所へ行くことにした」      猛、感極まり、《よっしゃあ〜ッ》と、奇声を発する。      驚く周囲。 ■デリバリーヘルス「桜」事務所・中      藤川、ゆかりやひとみ、二十代から四十代までの女たち十名程度。      圭太、猛、いる。  ゆかり「みんな紹介するわ。私たちの新しい仲間で、ドライバーをやってくれる今市さんと牛山さん」      拍手。    猛「(圭太に)熟女も、若いのも、いっぱいッ」   圭太「昼は彼が送迎、夜は僕が送迎します。よろしくお願いします」      と、頭を下げる。      一同、賛同の拍手。      圭太、照れている。      ひとみ、口を開く。  ひとみ「よかったわ。この商売、色々ヤバいこともあるから」   圭太「ヤバいことって?」  ひとみ「突撃よ。社長から聞いてない?」   圭太「突撃?」   藤川「中にいるんですよ、無理矢理なプレイをしたりする客が、そういうときは踏み込んで阻止する」   圭太「(固まる)」    猛「やくざは?」   藤川「その点は心配ない。きちんと、用心棒代にそれなりのもの払ってる。それより、やくざまがいの      客が厄介だ。脅して金を取ろうとする」    猛「その辺は任せろ。自慢じゃないが、やくざと喧嘩して勝ったこともある」   圭太「(猛に小声で)僕は、そんなこと聞いてない」    猛「(とぼけて)言わなかったか? まさか、ここまで来て、やめるなんて言うなよ」   圭太「突撃なんて、無理だ……」      ゆかり、来て  ゆかり「ありがとう。みんなも喜んでる」   圭太「僕はただ、役に立てれば」      ゆかり、熱く見つめて。 ■市役所生活環境課フロア      圭太、パソコン前で作業している。      その画面。      猛の携帯メールを受信。      「ひとみさん、一人終わり、次へ」      圭太、メールを送信。      「諒解。安全運転で」      佐々木、来る。      圭太、さっとパソコン画面を隠すようにして立つ。   圭太「(焦っている)」  佐々木「牛山君は?」   圭太「パトロール中です」  佐々木「あの男がいないと、静かでいい」   圭太「ごみ監視の仕事が合っていたようで」  佐々木「信じられない気もするが、ま、いいことだ」      と、行く。 ■ホテル・前      立っているひとみ。      バン、止まる。猛の運転。      ひとみ、車体の文字を見て、驚く。      乗り込む。 ■バンの中      ひとみ、猛。  ひとみ「この車、市役所の?」    猛「そう。公用車」  ひとみ「じゃあ、あんた」    猛「俺も、もう一人も、お役人」  ひとみ「呆れた」 ■市役所生活環境課フロア      佐々木、圭太に  佐々木「夜間?」   圭太「ええ、不法投棄は、夜の闇にまみれて行われますから、パトロールもやはり」  佐々木「ああ、車ね。いいだろ。使いなさい。環境課って書いてあるんじゃ、ほかに使い用もない」   圭太「ありがとうございます」  佐々木「でも、やけに熱心だな」   圭太「彼も、心を入れ替えたようで」 ■男子トイレ・ボックス内      圭太、便器に座り、用を足している。      人が入ってくる気配。 ■同・トイレ・中      北岡、春田、来る。   北岡「最近、面白くない」   春田「なんで」   北岡「あの破天荒な新人だよ、今市主任、見事手なづけちゃったじゃないか。面白くない」   春田「でも、どうせまた、課長に、無理難題押し付けられるんじゃないですか」   北岡「そうだな、ますますそうなるな」      二人、笑う。 ■男子トイレ・ボックス内   圭太「……(醒めた表情)」      と、水を流す。 ■デリヘル桜・事務所      夜。圭太、座り、システム説明マニュアルを読んでいる。      テーブルの上の電話が鳴る。      ソファにはひとみや佳奈(29)がいる。   圭太「毎度ご利用ありがとうございます(を見ながら)お客様、当店初めてですか。では、      すいません、以下の方はご利用をお断りしております。泥酔されている方、暴力団      関係者の方、もちろん、お客様は違うと思いますが、本番行為を要求される方、      これも、大丈夫ですよね? はい、ありがとうございます、性病をお持ちと思われる方、      乱暴な言葉、暴力等、女の子が嫌がる行為をされる方」   佳奈「(笑う)長いッ」  ひとみ「初めてのお客さんだと、ああやって全部説明、お客さん、しびれきらしちゃう……」 ■ホテル・前      立っているゆかり。      圭太のバン、来る。      ゆかり、乗る。 ■バンの中      後部座席のゆかり、俯いている。      圭太、バックミラーで見る。      目のところにあざ。   圭太「どうしたの」  ゆかり「なんでもない」   圭太「だって」  ゆかり「お客に殴られたの。興奮すると、そうなるんだって」      圭太、車を止める。   圭太「見せて」      ゆかりの顔。      どこか痛々しい。涙目になっている。   圭太「次回からは断ろう。禁止行為だ」  ゆかり「でも、常連さんだし」   圭太「途中で、キャンセルすればいい、そういうシステムになってる」  ゆかり「無理だわ、私一人じゃ、所詮、女だもの、力じゃ適わない」   圭太「……(思いに沈む)」 ■市役所・屋上      職員用の運動場。      猛、ジャージ姿でダンベルを上げ下げしている。額に汗。      圭太、やってくる。   圭太「何してる?」    猛「いつでも踏み込めるように、鍛えとかないと」   圭太「え」    猛「気の荒い客だっているだろうし、突撃ってやつ、そのときはあんたも」   圭太「遠慮する」    猛「……ゆかり、また殴られた」   圭太「え」    猛「彼女、優しいから、我慢しちゃうらしい。でも、一度現場押さえてお灸すえなきゃ、      俺たちがなめられる」   圭太「……(重い表情)」 ■走るバンの中      圭太、携帯電話をかけている。      留守番電話のメッセージ。   圭太「(不審)みんな、どうしたんだ」 ■廃工場      圭太、来る。      マイクロバスが止まっている。      圭太、来て、驚く。      バスの正面ガラスに      「デリヘル桜ツアー ご一行様」      圭太、急いで中へ入る。 ■同・中      シートが敷かれ、十人ほどの男たちが座っている。メイド姿になった女たち、      飲み物や食べ物を男たちに配っている。中には、男女とも裸のもの、キスしあい、      抱き合っているもの、まるでピンクキャバレーの様相。      圭太、来て、ひきつる。      圭太、猛を探す。   圭太「牛山君、牛山君ッ」      猛、半裸で女たちとお座敷ゲームまがいをしている。      圭太、猛を見つけ   圭太「何してるッ」    猛「出張パーティーだよッ!」   圭太「これじゃまるで、乱交パーティーじゃあ」    猛「(はっとなり)それだ、それでいこうッ、(大きな声で)ちゅうも〜く!」      一同、静かになる。    猛「特別企画。今日はチェンジ無限、コンパニオンは何人でもいい、乱交形式だ、九十分      二万円でどうだッ、(歓声上がる)よ〜し、前金だ」      男たち、二万円を払う。      猛、徴収していく。    猛「みんな〜、裸〜ッ!」      女たち、衣服を脱いで行く。      男たち、脱ぎ捨てる。      絡み合う男女。嬌声。      圭太、呆然と立ち尽くす。 ■スナック「しんぐる」中      寿美枝、晴香。   晴香「決めたの?」  寿美枝「だんなにはまだ言ってないけど」   晴香「離婚するなら、どうして結婚したの?」  寿美枝「結婚したから離婚するの。実家に帰ってやり直す。それだけはしたくなかったんだけど、仕方ない」   晴香「もういっぺん、考えられない?」  寿美枝「もう気持ちがないの。それなのに、形だけの夫婦なんてぞっとする」 ■花園マンション・前      朝。新聞配達の少年が自転車で来る。      帰ってくる圭太。 ■圭太のマンション・中      圭太、入ってくる。 ■寝室・中      圭太、来る。      寿美枝、いない。   圭太「……」 ■同・居間      圭太、横になる。眠ってしまう。 ■デリヘル・事務所      猛、電話を受けている。    猛「ゆかりさん? 毎度どうも、わかりました」      と、切る。 ■市役所生活環境課フロア      圭太、パソコン画面を見ている。      猛からのメール。      「ゆかりさん 指名。例の人物、ホテル前で待機、よろしく」      圭太、緊張。 ■ホテルの前      バン、止まっている。      圭太、来る。 ■バンの中      圭太、猛。    猛「遅いな」   圭太「そう簡単には出られないよ」    猛「さっき入った。もし、相手の男がまた乱暴な行為をしそうになったら、電話することになってる」 ■ホテルの一室・中      ベッドの中。      両手を縛られているゆかり。  ゆかり「痛い。取ってください。大声出すわよッ」      「うるさい、口だ」      と、口元にテープを張る。      ゆかり、抵抗するが、男の力は強い。口が聞けなくなる。      客、一万円冊を数枚おく。    客「ほら、これならいいだろう」      と、ゆかりをなめていく。      ゆかり、枕の下から、携帯電話を追い出す。両手を前に回し、かけようとする。      客の愛撫。      ゆかり、客から見えないように隠しながら、携帯電話をかける。 ■バンの中      圭太、猛。      携帯電話、鳴る。    猛「ゆかりだ。もしもし」 ■ホテルの一室・中      ゆかり、ものが言えない。      唸るしかない。 ■バンの中    猛「おかしい。何も聞こえない」   圭太「確かにゆかりさん」    猛「着信は間違いない」      唸り声。    猛「なんだ、盛り上がっているところか」   圭太「貸して」      聞いている圭太。   圭太「(はっとなる)」     《た、す、け、て》。 ■ホテルの一室・中      ゆかり、携帯電話に口を近づけ、助けてと、言っている。 ■バンの中      圭太、聞いている。   圭太「助けを呼んでる」    猛「本当か」   圭太「部屋は?」 ■ホテルの一室・前      圭太、猛、来る。      ノックする。   圭太「すいませんッ! 開けてください、デリヘル桜ですッ」 ■同・中      客、気づいて、行く。    客「なんだ」 圭太の声「ちょっと、うちの女の子のことでお話したいことがあって」    客「後にしろ」   ■同・外   圭太「実は性病に感染した恐れ」      ドアが開く。    客「(驚いて)本当か」   圭太、猛、わっと踏み込む。 ■同・中      圭太、猛、来る。      ゆかりを見つけ    猛「禁止行為だ」      猛、客をおさえつけ、局部をさらす。      圭太、「私はデリヘルで禁止行為をしました」の紙を張り、写真撮影。      圭太、ゆかりの縄を解くと、上着を着せ、出て行く。      猛、客の洋服のポケットから名刺を抜き出し    猛「今度やったら、この写真、町中にばらなくッ、あんたの会社、家族にもだッ」      と、行く。      客、悔しげに    客「くそ、覚えてろッ!」 ■デリヘル事務所・中     夜。圭太、猛。    猛「(名刺を見ている)あいつ、市内の会社のお偉いさんらしいな」   圭太「(暗い顔)……」    猛「軽く脅かして、金取るか」   圭太「そんなことしないでくれ」    猛「あん?」   圭太「なんだか急に恐ろしくなってきた」    猛「何が?」   圭太「僕らがしていること」    猛「立派な人助けさ」   圭太「こんなこと、うまくいかなう、いくはずがないんだ、しちゃいけないんだ。きっと、      今に、大きなしっぺ返しを食う」    猛「この世は縁さ」   圭太「?」    猛「俺とあんたが出会ったのも縁、隣の人がデリヘル嬢だったのも、あんたが惚れたのもみんな」   圭太「そう単純には割り切れない」    猛「人間なんて馬鹿でくだらない、そう思え」   圭太「そんな考え方はよくない、間違ってるッ」 ■市役所生活環境課フロア      佐々木、春田、北岡、話している。  佐々木「(驚き)冗談だろう」   北岡「実際、あるビジネスホテルで」   春田「公用車に女を乗せて、その前でおろしたのを見た人間が」   北岡「二人で何かやってるんじゃ」   春田「もしかすると、犯罪行為」  佐々木「それはまずい、やめさせろ」   北岡「まず証拠をつかみます」   春田「二人の尻尾を」 ■イタリアレストラン・中      玄関に「貸切」の札。      デリヘル「桜」の女たちがテーブルについている。      圭太、猛もいる。      ゆかり、立ち上がる。メモ用紙を広げ、読む。  ゆかり「今日は、デリヘル「桜」の三周年記念パーティーです。一時は社長の体が悪くなって、      とても心配しました。でも、頼もしい助っ人が二人も。おかげで、楽しく、働いてます。      本当にありがとう。これからもよろしくお願いしま〜す」      大きな拍手、歓声。      ゆかり、圭太、猛にプレゼントを渡す。      猛、大はしゃぎで包装を解く。      最新式のデジタルムービーカメラ。    猛「これだ、これだ、一ヶ月前から、みんなにしつこく言ってきたから。嬉しいよッ!」      一同、笑う。      圭太、続いて包装を解く。      サンドイッチトースター。   圭太「フライパン?」  ゆかり「サンドイッチトースター。直火で、ホットサンドがつくれるの」   圭太「(喜色)ありがとう。つくってみる。最近、一人で作るのに慣れてきて」  ゆかり「……」 ■圭太のマンション      圭太、ゆかり、猛、二次会の後。      猛、来て、圭太とゆかりに一枚の写真を見せる。      小さな農場の写真。    猛「いいだろう、自給自足の生活。いつか、人里離れた静かなところで暮らす。自分で米や      野菜を作って」   圭太「似合わない……」  ゆかり「……(笑う)」    猛「(圭太に)あんた、何を買ったんだ」   圭太「何も使ってない」    猛「なんで、公務員の給料よりいいはずだ」   圭太「使い道は決まってる」    猛「じゃ、言えよ。なんだ」   圭太「……」    猛「なんで、隠す」  ゆかり「……」      圭太、奥へ行く。      圭太、戻ってくる。   圭太「これ」      と、預金通帳を見せる。  名義人「今市寿美枝」。      猛、ゆかり、見る。   圭太「嫁さん名義の通帳。稼ぎは全部、定期預金。今は実家に帰ってるけど、離婚したいって言ってくる。      そのとき、これをわたしてやるつもり。少しは足しになるはずだ」    猛「全部? それでいいのか。自分には」   圭太「うちの嫁さん、専業主婦だから」  ゆかり「……」      キッチン。      サンドイッチトースターを置く。      圭太、ゆかり。  ゆかり「優しいのね」   圭太「……通帳のこと?」  ゆかり「なかなか、できることじゃない」   圭太「そんなふうに言われると、馬鹿を言いたくなる。ホテルで君の裸見てから、ずっと興奮しっぱなし、      今だって堅くなってるって」  ゆかり「冗談、やめてよッ」   圭太「(真顔で)冗談じゃないって言ったら」  ゆかり「……」   圭太「そろそろ部屋へ戻ったほうがいい。理性が飛びそうだ」  ゆかり「そんなもの」      と、圭太に近づき、キス。  ゆかり「捨てちゃえッ」      圭太、ゆかりを抱きしめ、キス。      ゆかり、圭太、寝室へ。      激しく服を脱がす音。      翌朝。寝室。      圭太、寝ている。      起きると、ゆかりがいない。      圭太、起きる。         キッチン。      ゆかり、ホットサンドを作っている。      圭太、来て、笑う。      ゆかり、笑う。 ■市役所生活環境課フロア      圭太、やってくる。   圭太「(上機嫌)お疲れッす!」      猛、唖然となる。   圭太「今日も一日やる気十分!」      と、卑猥な素振りをし、独り笑う。      驚く周囲。      猛、立ち上がり    猛「パトロール、行ってくる」      と、出て行く。   圭太「(猛に)ご苦労さん、いってらっしゃ〜いッ!」      北岡、春田、席を立ち、行く。      それを見ている佐々木。 ■道路      走るバン。      猛、ひとみを乗せている。      北岡が運転する車が追っている。 ■北岡の車の中   北岡「また女を乗せたぞ」   春田「乗せておろすだけ。何だと思います」   北岡「まだ、わからん」   春田「追うしかないですね」 ■デリヘル事務所・中      夜。猛、いる。      圭太、やってくる。    猛「ゆかりさん、指名入った、送り迎え」   圭太「彼女は、もう来ないと思う」    猛「え」   圭太「たぶん、そんな気がするんだ」    猛「さっき連絡したら、今来るって」   圭太「嘘だ……」      ゆかり、来る。   圭太「(柔和な笑顔)お疲れ様」  ゆかり「お疲れ」    猛「××ホテル、四〇一号室」  ゆかり「四〇一ね」   圭太「仕事するの?」  ゆかり「そう」   圭太「だって、僕らは……」  ゆかり「昨夜は、素晴らしかったわ。……でも、生きてかなくちゃ」   圭太「生きてくって、仕事ならほかに」  ゆかり「やめろっていうの?」   圭太「やめると思った……」  ゆかり「どうして」   圭太「……なんとなく」  ゆかり「やめて、どうするの」   圭太「どうするって……」    猛「(二人を見て)もしかしてあんたら、そういうこと?」   圭太「……」    猛「やったなあッ!(圭太に)どう、彼女、どうだった?」  ゆかり「……」   圭太「僕は妻帯者だ……」  ゆかり「臆病者ッ」   圭太「売春婦ッ」      ゆかり、圭太の頬をひっぱたく。目に涙をためて出ていく。      猛、唖然と見ている。      圭太、呆然。 ■同・外      ゆかり、出てくる。      泣いて目の回りが赤い。      と、立ちはだかる人影。      北岡、春田。      ゆかり、はっと見る。   北岡「市役所の者です。今市圭太さん、知ってますね?」   春田「僕らは警察じゃない。彼が何をしているか、教えて欲しいだけ。ホテルの前で      女性をおろし、ほかでまた拾う。これは何ですか?」  ゆかり「何の話?」   北岡「庇う必要ないでしょう」   春田「彼がしているのは、公務員として絶対やってはいけない副業」   北岡「世間に知れたら、懲戒免職だけですまない。行政への不信感につながる。だから、      いまのうちにやめさせたいんです」  ゆかり「知らないわ、そんな人」      と、行こうとする。      北岡、春田、ゆかりを引き止める。      抵抗するゆかり、もみ合いになる。      やってきた猛。    猛「(怒気)おまえらッ」   北岡「馬鹿者、恥を知れッ」   春田「懲戒免職だッ」      猛、二人に飛び掛る。      北岡、春田、わっと逃げる。      猛、北岡、春田を捕まえ、ぶん殴る。      ゆかり、事務所へ戻る。      北岡、春田、派手な悲鳴を上げながら、逃げ惑う。猛、捕まえては、また殴る。      ゆかり、圭太と来て   圭太「(驚くが)牛山君ッ、やめろ、やめろッ」      と、叫ぶ。猛をひきはなそうとする。      猛、ようやく、やめる。      倒れている北岡、春田。   圭太「(暗然と)役所の連中だ。おしまいだ、僕は……」  ゆかり「私、何も話してない」   圭太「もう遅い……」 ■市役所・会議室・中      環境部長、佐々木、話している。佐々木、頷いて。      圭太、猛、入ってくる。   部長「(不機嫌そうに)やってくれたな」  佐々木「今市君、君には失望した」   圭太「申し訳、ありません」      と、思い切り頭を下げる。      ゆっくり顔を上げ、おそるおそる   圭太「やはり、免職ですか」  佐々木「当たり前だ、と言いたいが」   部長「今回は注意だけにする」  佐々木「市長の意向だ。こんな不祥事、表沙汰にはしたくない」   部長「今年は市長選がある」   圭太「(頷いて)では」   部長「元通りだ」   圭太「(喜色)あ、ありがとうございます」      テーブルに、額をこすりつける圭太。    猛「待ったッ」  佐々木「なんだ」    猛「口止め料もらおう」   部長「!」    猛「特別ボーナス!(ふふ、と笑う)俺たちがマスコミに話したら、またスキャンダルだ、      隠蔽体質と何とかって、騒ぐだろう」      部長、佐々木、困惑の表情。   圭太「すいません、彼と二人で話をさせてください」      部長、頷いて  佐々木「あとは任せる」      と、部長、佐々木、出る。      圭太、猛。    猛「(嬉しそうに)ついてるなあ、俺たち。特別ボーナスもらって、またデリヘルだって      できるかもしれん」   圭太「この世は、縁だって言ったな。君と出会ったのも縁、ゆかりのことも」    猛「それがどうしたんだ」   圭太「僕は違うぞ。君とは縁を切る。元の、まじめで静かな生活に」    猛「マジでか」   圭太「頼む、聞き分けてくれ。僕を助けると思って」    猛「(見ているが)嫌だね。あんたは最悪の選択をしようとしてる。人生は一度きりだ」   圭太「いいか、マスコミに何を話そうと、僕が完全否定したら、証拠はない」    猛「……」   圭太「誇大妄想狂か異常者扱いされるだけ。だから、特別ボーナスはない」      圭太、行きかけて   圭太「短い付き合いだった。何の意味もなかったかもしれないけど……」      圭太、出て行く。    猛「(怒りこみあげ)ふざけんなッ、馬鹿野郎、死んじまえッ!」 ■圭太のマンション      キッチン。      圭太、入っていくと、寿美枝がいる。   圭太「寿美枝」  寿美枝「(堅い表情)実家にいたけど、今日」   圭太「戻ってくれたんだね」      寿美枝、一枚の紙を差し出す。      離婚届。   圭太「(愕然)」  寿美枝「前から考えてたけど」   圭太「……」  寿美枝「何も言わないのね。泣いて、ひきとめられるかと思ったけど」   圭太「(絶句)」  寿美枝「でも、まさか、女つくられるとは思わなかった」   圭太「え」  寿美枝「ご近所がなんて言ってるか知ってる。奥さんの留守に、隣の女引き込んでって。      よくも大恥かかせてくれたわねッ」   圭太「彼女のことは……悪かったと」  寿美枝「何の仕事か知ってるのッ、体を売る仕事よ、売春よ、最低の女のやることッ」   圭太「最低じゃない」  寿美枝「ふん、あんたも最低。でもよかった。これですっきり別れられるわッ、変態男ッ!」      と、行こうとする。      蒼白の圭太、そばに包丁がある。      包丁を手に取り、構える圭太。      寿美枝、はっとなる。  寿美枝「狂ったの?」      手が震えている圭太。   圭太「僕は、変態なんかじゃない、君の夫として、人間として、一所懸命やってきたッ、      なんで、わからないんだッ」  寿美枝「私を殺す気? ふん、そんな根性ないくせに」   圭太「畜生(構えたまま震えている)」      寿美枝、余裕を見せ、出て行く。  寿美枝「馬鹿ッ」   圭太「(震えている)」 ■大衆寿司屋・中      圭太、刺身を食べている。      カウンターの上、預金通帳。      「今市寿美枝」名義。      圭太、じっと見ている。      涙があふれ出る。      泣いている圭太。   圭太「わさびつけすぎた」      と、笑う。 ■圭太のマンション前      夕方。      圭太、帰ってくる。 ■同・玄関前      やってきた圭太、入る。      エレベーター開き、ゆかり、降りる。   圭太「こんばんは」  ゆかり「久しぶり、元気だった」   圭太「ああ、なんとか。今は」  ゆかり「牛山君が」   圭太「彼、辞めたんだ。でも、ビジネスの才能あるから、うまくいくと思う」  ゆかり「私、引っ越すの」   圭太「どこへ」  ゆかり「実家。娘と住むつもり」   圭太「××町だったね」  ゆかり「▽▽川公園の前」   圭太「湧き水で有名な川だ」  ゆかり「迷惑かけたわ」   圭太「奥さんのこと? もともと、こうなる運命さ」  ゆかり「一言謝りたかったの」   圭太「……」  ゆかり「……」   圭太「出勤時間」  ゆかり「いけない」      と、行く。      圭太、見送る。      ゆかり、笑顔で手を振って。      じっと見ている圭太。 ■市役所生活環境課フロア      圭太、作業をしている。  佐々木「今市君」      圭太、佐々木の席へ。   圭太「色々ご迷惑を」  佐々木「私はかなり寛大なほうだから、水に流そう。来週から、新しい職員が来る、      これがまた相当な問題児らしい」   圭太「え?」  佐々木「反抗的というか、上司を上司と思わないというか。ということで、また君に頼む。      もちろん、前回のようなことはしないように、よろしく」   圭太「……お断りします」  佐々木「へ」   圭太「北岡係長も、春田さんもいます」  佐々木「だから、君」   圭太「便利屋扱いはごめんです」  佐々木「な、なに」      圭太、北岡、春田の席へ。   圭太「先輩方ッ! たまには仕事してくださいッ、有能で、高い給料もらってるんでしょッ。      他人の粗探しするだけが、能じゃありませんッ」      北岡、春田、絶句。      圭太、佐々木の席へ戻り   圭太「辞めます。役所には向いてません。馬鹿でくだらない人間ですからッ」      一同、びっくりしている。      圭太、行く。 ■デリヘル事務所・中      夜。猛、電話している。      圭太、来る。誰かを探している様子。    猛「(笑み)なんだ、やっぱり働きたくなったか」   圭太「ゆかりさんは」    猛「指名入ってるのに、ここんとこずっと実家に戻ったきりで、やる気ねえのかな」   圭太「車、貸してくれ」    猛「え」   圭太「迎えに行く」    猛「!」 ■道路      走る車。      圭太、猛。   圭太「ついてこなくていいのに」    猛「まだ新車だ。壊されちゃ困る」 ■川のある公園      夏祭り。      夜店が出て、賑わっている。      浴衣姿のゆかり、娘と歩いている。      綿菓子を売っている店。      娘、欲しそうに見ている。      ゆかり、迷う。      と、綿菓子をお客に渡り、その綿菓子が娘の前に来て    声「おいしいよ。あげる」      ゆかり、はっと見る。      圭太、猛、立っている。  ゆかり「!」 ■橋の上      圭太、ゆかり、来る。      少し後ろに猛。      どんどん人が来る。   圭太「すごい」  ゆかり「花火があるから」   圭太「……つまり、なんで来たかというと」  ゆかり「私みたいな女は結婚とか向かないと思う。家庭的じゃないし、仕事好きだし、娘もいる、      母親だってもう六十過ぎ。お荷物ばっか、いいことなんか」   圭太「……」  ゆかり「ずっと友達でいいじゃない」      圭太、ポケットから取り出し、渡す。   圭太「君に」      明かりに照らされた、それは預金通帳。      「今市ゆかり」の名義。  ゆかり「(息を呑む)これ」   圭太「この中のお金は全部、使ってくれていい。足りなくなったらその分入れる。一生」  ゆかり「……」   圭太「形なんかどうだっていい。君は、心の妻だから」      圭太、ゆかり、抱き合い、キスする。      猛、照れたように笑う。      花火が打ちあがる。      抱擁する圭太とゆかりを明るく照らして。 (終わり)