【タイトル】 

「終の棲家」

【作者】 

谷口 晃(たにぐち あきら)

【E−mail】 

takira@mecha.ne.jp

【シナリオ】

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《梗概》

 野村良吉は六十七歳の老人である。彼は二年前、大腸癌の手術をしたが、発見が遅かったため、最近、また、新たに肺への転移が認められる。
彼は、かつて地元劇団の一員として演劇活動をし、その経験を生かし、照明の技術職員として、大阪近郊池山市の市民会館で働いていたが、採用が遅かったため充分な年金を貰えずにいた。
 妻、聡子は劇団の主演女優として活躍していたが五十二歳で他界し、良吉は池山市の市営住宅で一人、暮らしていた。一人娘の和美は結婚し近くの桜の森市で家庭を持ち、純、綾、の二人の娘を持っていた。
 肺への転移を認められ手術を躊躇していると、やがて肝臓への転移も発見される。医師は治療を勧めるが、彼はあまり乗り気にならない。自分の身体はもう二つの癌とは闘えないと感じている。
 そんな良吉のもとに、娘の和美夫婦が、娘純、の問題を持ち込んでくる。中学三年生の純は好意を持っている男子生徒から傷つけられ、「場面 緘黙症」になり、さらに、それが原因で不登校になっていた。純は、子供の頃から良吉に懐いており、良吉もまた純を愛していた。娘の和美は純の不登校をなんとかしようとするあまり、感情的になり、純との間に深い溝が出来てしまい、一旦、和美と純を離した方がいいと判断し、良吉に預かって欲しいと頼み込んで来たのだ。
 良吉は自分が抱えている病気の問題、さらに、住んでいる市営住宅の環境も受験を控えた純のためにいいとは思えないと考え、返事を留保する。
 良吉の家の隣には七十過ぎの夫婦が住んでおり、息子の借金で電気も止められる有様で、さらにもう一方の隣には、夫のアル中と暴力に悩む四十九歳の妻滝子が住んでいた。
 しかし、苦しくなった純は、ある日、突然良吉のもとへ飛び込んで来る。死が間近に迫っている良吉と、「場面 緘黙症」で不登校の純との生活が始まる。
或る時、良吉は劇団仲間であった村田公男の入院を見舞う。彼も末期癌でレスピレーターをつけて三ヶ月の間昏睡している。それを見た良吉は、自分が正常な精神を持っている間に自分で死のうと決心する。治らない癌を現代の医療の延命療法で生き延びるよりは、自然に任せ、命尽きる手前で死ぬ ことが自分の生き方だと覚悟を決める。一緒に住むことになった純は、高校入試の勉強をしながら、病気と向き合って生きている良吉に気付き動揺する。死を前にした祖父と受験を前にした孫の共同生活の中に、束の間の平安が訪れることもあった。純は良吉の生き方と優しさを、良吉は、純の素直さと若さを感じ取り、それぞれが、それぞれの生活を真摯に生きようとする。
良吉は、純の入試が終り、両親の元に帰った日に、死のうと思っているが、隣の老人夫婦も同じように息子の借金に悩まされ、死を考えていた。ある日、隣の老人夫婦は良吉が死のうとしていることを感じ取り、一緒に死ぬ ことを頼み込む。良吉の友達の貴志も、良吉が死のうとしていることを察知し、良吉に好意を抱いている隣の滝子も一緒に死にたいとせがむ。
 良吉は、老人夫婦の希望を聞き入れ、一緒に死ぬことを決意する。
 純の受験の日、市営住宅の五人はお別れ会を開く。友達の貴志、隣の滝子、戸村老人夫婦、良吉の五人は酒を飲み踊り狂う。そして、良吉と戸村夫婦は病院から処方され、貯め込んであった睡眠薬や抗うつ剤を飲んで、自動車の排気ガスを家に引き込み自殺を決行する。
 一方、純は受験を終え、家でくつろいでいるが、良吉の行動に不審な点のあることに気付く。良吉のすべての言動を振り返って、純は「おジイちゃんは死ぬ 気だ!」と確信する。純が国道を自転車で駆け抜け、市営住宅に到着した時、良吉と戸村夫妻は排気ガスを引き入れ自殺している最中であった。純はガラス戸を破って良吉を助けようとするが、救急車で病院に運ばれた三人は死んでしまう。
 高校入試の発表があり、純は合格する。
市営住宅で暮らした二ケ半の生活とその中での良吉の生き様、死に様は、純に生きる意味の深さを教え、純は高校生活への第一歩を力強く踏み出す。