「日本フカシばなし」 植松拓也 登場人物 磯部真  (33) 主人公 石川   (?) 鬼 勝村忠司 (38) 先輩TVマン 森下大助 (26) 磯部の助手 戸井田要 (34) AV監督 百瀬泰三 (31) 鬼対策捜査官 加藤久江 (41) 喫茶店・店主 吉井梓  (28) 勝村の部下 熊田共雄 (52) 豆会社・社長 江本団吉 (50) 出版社・社長 桐島メグ (29) TVレポーター 長老   (?) 鬼ケ島の長老 ○ 公園 声 「すると桃太郎は、迫りくる鬼たちを、  バッタバッタと―」    紙芝居を披露する中年の男。    それに聞き入る子供たち。 ○ 同・夕    夕日に染まる公園。    一人、帰り仕度をする紙芝居屋。    ふと、背後の気配に気付く。 紙芝居屋「どした? みんな行っちまったぞ」    じっと紙芝居屋を見つめる少年。 少年「どうして?」 紙芝居屋「あ?」 少年「どうして鬼はやられちゃうの?」 紙芝居屋「どうしてって、悪モンだからだろ」 少年「何かしたの? 鬼」 紙芝居屋「そりゃあ、人の物盗ったり、みん  なに嫌がらせしたり―」 少年「そんなのお話になかったよ」 紙芝居屋「大事じゃないトコは端折るんだ。  カット、わかるか?」 少年「大事じゃなくないから聞いてるんだ」    紙芝居屋、ウザくなってくる。 少年「だって、もしかしたら人間が先に何か  したのかもしれないでしょ? だとしたら  鬼はちっとも悪モンじゃ……」    少年の口に水飴が突っ込まれる。    紙芝居屋、舌打ちし、自転車で走り去    る。    見送る少年。 ○ タイトル「日本フカシばなし」 ○ 大学・外観 ○ 同・講堂    騒がしい講堂内。    講壇に男性講師。 男性講師「本日は特別講義という事で、素晴  らしいゲストの方をお招きしてます」    無視して騒ぐ学生たち。    化粧を直している者、食事中の者もい    る。    プリントが配られる。    ゲスト講師のプロフィール。    「磯部真」、「東洋テレビネットワーク    (TTN)に入社」、「現在はフリーの    ドキュメンタリー作家として活躍」。 男性講師「それでは磯部さん、お願いします  (拍手)」    袖からノソッと現れる磯部真(三十三)。    白のYシャツにジーンズ、黒いキャッ    プという地味な出で立ち。    磯部、無愛想に会釈し、講義開始。 磯部「え〜本日は、『真実とは何か?』という  テーマで―」    磯部をよそに、学生たちのザワザワが    大きくなっていく。    呼応するように磯部の語気も荒くなり、    マイクを持った手が震え出す。    ガッシャーン!    講堂内、フリーズ。    窓ガラスにコブシ大の穴。    壇上、マイクを投げた格好の磯部。    磯部、講堂中に、にらみを利かせ、 磯部「自習!」 ○ 戸井田の編集室    機材やテープに埋もれた狭い部屋。    かすかに聞こえる女性のアエギ声。    戸井田要(三十四)が、アダルトビデ    オの編集をしている。    戸井田、縦にも横にもデカイ巨躯。 戸井田「バカ、今のガキなんてそんなもんだ  ろ」    仏頂面の磯部。 戸井田「で、コレ(カネ)は?」 磯部「?」 戸井田「バイト代」    磯部、首を振る。    戸井田、ため息。 戸井田「コンビニででも働くか? 未来の巨  匠さんよ」 ○ コンビニ    磯部、牛乳を何本もカゴに入れる。    レジで会計をする磯部。    満面の営業スマイルで接客する女の子。    磯部、じっと見つめる。 ○ 街を行く磯部    営業スマイルを試みるが、何度やって    も、ぎこちなく不気味な笑顔に。    すれ違う人が、次々に避けていく。 ○ 磯部の事務所(兼自宅)・オフィス・夕    テレビ、北朝鮮関連のニュース。    オドロオドロしいBGMに、扇情的な    演出。    安物のソファーでそれを見ている、元    ヤン風の男、森下大助(二十六)。    と、突然テレビが消える。 森下「(振り返って)何すんスか〜」    リモコンを放る磯部。    森下、キャッチしてテレビをつけ直す。    磯部、買ってきた牛乳をラッパ飲み。 磯部「頭、悪くなるぞ」 森下「社会人がニュース見ねえで何見んスか」 磯部「ヒモだろ」 森下「ヒモだって社会人スよ! つーか、な  んでニュースで頭悪くなんスか!」 磯部「自分の目で見てない」 森下「あ?」    磯部、去る。 森下「待てコラ! 意味わかんねーぞ!」    磯部、電話の横のメモに気付く。    手に取り、森下に見せる。 森下「あ、それ、さっき電話あって」    メモ、「9時 カツムラ」。 磯部「カツムラ……」 ○ 『喫茶 チッチ』・夜    カウンターでタバコをふかす女主人、    加藤久江(四十一)。    磯部が入ってくる。 久江「いらっしゃ〜……お! 磯部っち〜」    久江、一番奥のカウンター席におしぼ    りを置く。 磯部「や、今日はあっち」 久江「あそ、ほいっ(おしぼりを投げる)」    磯部、受け取ってテーブル席へ。    昔ながらの喫茶店といった店内。    テーブルに牛乳が置かれる。    久江、行きかけて、 久江「あ! 聞いたよ〜アンタ、大学」 磯部「(ボソッと)なんで知ってんだよ」 久江「いい加減ちょっとは大人になんなさい  よ〜。グッとこらえて、自分を抑えるって  ことを―」    磯部、知らん顔で牛乳を飲む。 声 「相変わらずだな」    磯部、顔を上げる。    勝村忠司(三十八)がやってくる。    モード系のスーツを着こなした、いか    にもヤリ手といった男。 勝村「磯部」    磯部、会釈する。 ○ 同・夜 磯部「すいません。店、選ばしてもらって」 勝村「酒ダメだったろ? それより何だよ、  大学って」    磯部、はにかむ。 勝村「ま、想像つくけどな」    勝村、タバコに火を点ける。 勝村「昔からだよな。普段は冷めてるくせに、  なんかこ〜胸に熱いもん秘めてるっつーか。  ほら、あん時だって、一人で上に噛みつい  て―」 磯部「で、今日は?」 勝村「出たっ! ムダ話シャットアウト!  お〜い久々の再会だぜ〜、そういうトコも  変わってねえな」    磯部、自嘲的に笑う。    勝村、テーブルに書類を広げる。    ドキュメント番組の企画書のようだ。 勝村「オファー」    磯部の顔色が変わる。 磯部「テレビ、締め出された人間にですか?」 勝村「俺はそうは思ってない」 磯部「やりたい事やる為に独立したんです。  誰の手も借りずに、本当にやりたい事だけ。  だから……」 勝村「磯部」    勝村、磯部の目を見据え、 勝村「理想だけじゃメシは食えないぞ」 磯部「……」 ○ 磯部の事務所・オフィス・夜 森下「臭え」    森下、磯部に詰め寄る。 森下「なんで引き受けたんスか! そんなキ  ナ臭え話!」 磯部「まだ引き受けてない」 森下「つーか誰スか? その勝村って」 磯部「大学と局の先輩。古い仲だ、きっとお  かしな話じゃない」 森下「おかしいっしょ!? 企画の中身、全  然教えねえって」 磯部「だから、それは明日―」 森下「今日言えよ」 磯部「とにかく、お前も居てもらうぞ」 森下「は?」 磯部「助手だろ、一応」 ○ 道を行く足元    歩幅・リズム、共に一分の乱れも無い。    曲がり角は直角に曲がり、赤信号では    車が来ないのにしっかり待つ。 ○ 磯部の事務所・オフィス    ソファでテレビを見ている森下。 森下「ちょっとでもアレだったら、即お引き  取りスからね」 磯部「しつこいぞ」 ○ 道を行く足元    信号が青に変わり、横断歩道を渡って    いく。    真っ直ぐ上げられた手。    古い雑居ビルの前で立ち止まる足。    見上げた三階の窓に、「磯部真事務所」    の文字。 ○ 磯部の事務所・オフィス 森下「いざって時は、コレで」    森下の肩越しに金属バットがのぞく。 磯部「どっから持ってきた、そんなもん」    と、玄関のチャイムが鳴る。 森下「来た!」    森下、ソファの裏に飛び込み、身構え    る。 磯部「やっぱ帰れ。なんか俺が恥かしいわ」 ○ 同・玄関    磯部、やってきて、 磯部「(ドア越しに)はい」 声 「あっ、初めまし……」    ドアがゴツンと音を立てる。    磯部、戸惑いつつドアを開けると、    爽やかな青年が、おでこを押さえて立    っている。 青年「っ痛〜」 磯部「大丈夫……ですか?」    青年、姿勢を正し、 青年「磯部さんでいらっしゃいますか?」 磯部「ええ」 青年「企画の件で伺いました、石川と申しま  す! 本日は宜しくお願い致します!」    石川、勢い良く頭を下げる。    磯部、頭突きを食らいそうになり、身    を反らす。 磯部「ど、どうぞ」 ○ 同・オフィス    ソファの陰から様子を窺う森下。    石川、イスの上に正座している。    磯部、牛乳とコップを持ってくる。 磯部「これしか無いけど」 石川「あ、お構いなく」    磯部、牛乳を注ぎ、石川に差し出す。 石川「勝村さんからは、どこまで?」 磯部「良い企画とだけ」 石川「なるほど、慎重だ」 磯部「え?」 石川「あ、いえ」    石川、牛乳を一口。 石川「磯部さん、今回あなたを真のジャーナ  リストと信じてお頼みします」    身を固くする磯部。 石川「僕たちは長い間、大きな誤解を受けて  きました。トラブルを避ける為に身を隠し、  外界との交流を断ってきたのです」 森下「やべえ宗教か?」 石川「僕たちの真実の姿を伝え、誤解をとく  手助けをして下さい、お願いします!」    石川、立ち上がって頭を下げる。 磯部「あの……大事なトコ、抜けてない?」    「?」と顔を上げる石川。 磯部「僕たちって、なに?」    石川、ゆっくりとイスに戻る。 石川「すぐには信じられない話かもしれませ  ん、ですが―」 磯部「話は最後まで聞く主義だ」    石川、一礼。 石川「実は……」    磯部、次の言葉を待つ。 石川「僕たち……」    森下も耳を立てる。 石川「鬼なんです!」    ……フリーズ…… 磯部「……森下!」    森下、ソファから「?」と顔を出す。    磯部、手招き。    森下、戸惑いつつ行くと、磯部に金属    バットを取られる。    磯部、ゆっくりと立ち上がり、 磯部「頑丈か? 鬼って」 石川「人間よりは大分」    磯部、いきなりバットを振り下ろす。    石川の目の前、テーブルにめり込む。 磯部「次は当てる」    石川、まるでひるんでない。    磯部、ゆっくりと振りかぶる。 森下「ちょっと!」    森下、慌てて磯部を抑える。 森下「髪黒い! ツノ無い! キバ無い!  おまけにチョット醤油顔って、ぜってえ  鬼じゃないスよ!」    磯部、森下を払いのけ、石川めがけて    バットを振り下ろす。 森下「ああっ!」    次の瞬間、石川の目が鋭く光り、バッ    トを片手で受け止める。 磯部「!」    石川、立ち上がってバットを奪う。    思わず身構える磯部と森下。 石川「ある国語辞典に、鬼―無慈悲で凶暴、  怪力を持つ想像上の化け物、とありました」 磯部「?」    石川の頭からニュッとツノが伸びる。 磯部・森下「!」    石川、金属バットを真っ二つに折り曲    げる。 磯部・森下「!!」    さらに、粘土のように丸め始め、やが    てバットがボールになってしまう。 石川「他はともかく、怪力というのは正解で  す」    石川、微笑む。    二人、開いた口がふさがらない。 ○ 同・夜    神妙な面持ちの磯部。 森下「やらないスよね?」 磯部「……」 森下「当然ながら」 磯部「……」 森下「考えるまでもなく」 磯部「……」 森下「って、なに考えてんスか! 鬼ヶ島ス  よ、鬼ヶ島! ありえねえっ!」 磯部「見ただろ?」    磯部、向こうを指差す。    森下、その先に視線を移す。    床に転がる金属バットボール。 磯部「歴史が、変わるかもしれないぞ」    磯部の目、輝いている。 ○ 道・夜    早歩きの森下。 森下「ふざけんな、歴史より命だよ」    森下、停車したワゴン車の横を通り過    ぎる。 声 「なあ、なんの話?」    森下、声に振り返った瞬間、ワゴンに    押し込まれる。    乗りこんでくる大男。 大男「命の話なら、俺としねえ?」 森下「……」 ○ 同・停車中のワゴン車内・夜    携帯電話を耳に当て、呼び出し音を急    かす森下。 森下「あ! 俺! 俺だけど!」 女(電話)「だれ?」 森下「俺だよ! 俺っつったら俺だろ!」 女(電話)「まだでしょ、小遣い日」 森下「頼む! マジやべぇんだよ!」    大男、森下の携帯ストラップを、森下    の鼻の穴に入れて遊んでいる。 女(電話)「いくら?」    森下、ためらいつつ、 森下「五十万……」    大男、鼻から出したストラップを今度    は口に。 女(電話)「なに? ウォン? ペソ?」 森下「イェン」    電話、切れる。 森下「あ! 待て! おい! おい!」    ……ツーツーツーツー……    森下、恐る恐る振り向く。    ニヤ〜と笑う大男。    つられて笑う森下。    その瞬間、大男のコブシが飛ぶ。 ○ 港・深夜    無言でたたずむ森下。    顔にはアザやスリ傷がある。 磯部「来たんだ?」 森下「どこか、遠くに行きたくなって……」 戸井田の声「よ〜う、久しぶり〜」    戸井田が現れ、森下の表情が強張る。 戸井田「相変わらずトラブッてるか〜?」 森下「寄るな、変態」 戸井田「金が要るなら仕事やるぞ」 森下「ヘボAVにゃ出ねえ」 戸井田「そか、自信ねえか?」 森下「あ? 試すか? テメエで」 戸井田「ヒモでホモ? 救いようねえっ!」    森下、戸井田の胸倉をつかむ。 磯部「止めろ、失礼だろ」 森下「こんな奴に失礼もクソも―」 磯部「ちがう、吉井くんにだ」 森下「吉井くん?」    磯部の後ろに若い女がいる。 森下「ど、どちら様ですか?」 磯部「吉井梓くん、勝村さんからの助っ人」    梓(二十八)、美人だが無表情で、鉄仮    面といった雰囲気。    森下と戸井田、まじまじと梓を観察。 森下「良くねえか? かなり」 戸井田「バカ、カメラ写りだ問題は」 森下「なんか、楽しくなってきたな」    森下と戸井田、仲良くニヤニヤ。 石川「磯部さん」    石川、やってくる。 石川「本当に来て下さったんですね!」 磯部「見られちゃまずいんだろ? 急ごう」 ○ 同・港のはずれ・深夜    ひっそりと浮かぶ一隻のボロ船。 石川「どうぞ!」 森下「やだよ」 戸井田「もれなく沈むぞ」 石川「安心して下さい。これは一種のカモフ  ラージュで……」    石川、飛び乗る。    船、イヤな音を立てて揺れる。 石川「ね?」    森下と戸井田、背中を押し合う。 ○ 同・船上・深夜    不安そうな森下と戸井田。    石川、操縦室から顔を出し、 石川「では、出発します」    モーター音が轟く……が、すぐに途切    れる。    二度、三度とそれが続く。 森下「おい、早速かよ」 石川「スクリューに何か引っ掛かってるのか  もしれません、お手数ですが……」 磯部「森下」 森下「やっぱり?」    石のように座っている梓。 声 「一緒にどうスか?」    梓、振り返ると、目の前に森下のいや    らしい笑顔。 梓 「いくつ?」 森下「え?」 梓 「トシ、いくつ?」 森下「二十六……スけど」 梓 「雑用、年下」 森下「……」    戸井田、「S嬢」とメモる。    船尾から覗き込む森下。    水面、真っ黒で良く見えない。 森下「すんません、懐中電灯かなんか……」 磯部「借りろよ」 森下「や、磯部さんの方が近いし」 磯部「雑用、年下」    梓、うなずく。 森下「……」 ○ 同・操縦室・深夜    森下がドカドカ入ってくる。 森下「暗くて見えねえ! 灯りよこせ!」    石川、白い布に液体を染み込ませてい    る。 森下「お前、何してん……」    石川、慌てて森下の口に布を押し付け    る。    森下、みるみる脱力し、倒れ込む。    冷たい石川の表情。    石川、別の布を手に操縦室を出ていく。 ○ 海上・深夜    暗闇の中を、音も無く進む船。    甲板、死んだように横たわる四人。 ○ 部屋    目を開ける磯部。    起き上がるとベッドの上にいる。    磯部、三人を揺り起こす。 森下「ん、ん〜……あれ、磯部さん?」    森下、飛び起きる。 森下「あいつは!?」    首を振る磯部。    と、ドアが開き、石川が入ってくる。 森下「のヤロ……どういうつもりだコラ!」    石川、無言で四人の前へ。    視線を交錯させる磯部と石川。    石川、突然ひざまずき、 石川「申し訳ありませんでした!」 磯部「?」 石川「どうしても、どうしても島の場所を知  られるわけにいかなかったんです!」    石川、頭を下げまくる。    森下、石川の胸倉を掴んで立たせる。 森下「んな事もうどうでもいいんだよ、今す  ぐ東京帰せ」    それでも謝り続ける石川。    業を煮やした森下、殴ろうと振り上げ    た腕を磯部が掴む。 森下「何すんスか」 磯部「(石川に)ここが鬼ヶ島、それは本当  か?」    石川、うなずく。 磯部「信じていいんだな?」    磯部、石川の目を強く見据える。 石川「はい」    真っ直ぐな石川の瞳。    磯部の表情がフッと和らぎ、 磯部「わかった」 森下「磯部さん!」 磯部「今は、それだけでいい」 石川「磯部さん……」    と、突然の拍手。 声 「素晴らしい」    一同、振り向く。    ドアの前に老齢の男。 男 「素晴らしい方が来てくれた」 石川「長老!」 森下「長老?」 磯部「……」    長老、磯部たちの前に歩み出る。 長老「歓迎しますよ、磯部さん」    長老、高らかに指を鳴らす。    続々と部屋になだれ込んでくる鬼。 森下「え? なに? なに?」    鬼たち、長老の後ろに整列。 長老「さんはいっ!」 鬼全員「ようこそ! 鬼ヶ島へ!」    鬼たちの白い歯が輝く。 ○ 林道を走る車内    運転席に石川、助手席に長老。    後部座席に磯部たちがいる。    窓の外、陽光に白む静かな森林。 長老「自然との共存。私たちが何より大切に  している事です」 戸井田「(磯部に)賢いな、俺らより」 長老「とは言え、年々島の人口は増加し、変  化を迫られているのも事実です。日本から  そのヒントを頂く。実の所、今回の友好計  画には、そういう目的もあるんです」 ○ 同 石川「撮影って、もっと大人数でやるものだ  と思ってました」 磯部「本来はな。でも、ドキュメンタリーは  その気になれば一人だって出来るし、俺に  はこれが合ってるんだ」 森下「友達いねえだけだろ」    磯部、森下の脇腹にヒジ打ち。 戸井田「で、どこ向かってるんです?」    長老、後部座席に顔を出し、 長老「鬼が、一目で分かる場所です」 ○ 憩いの広場    言葉を失っている磯部たち(吉井だけ    が無表情)。    見渡す限りの大自然の中、老若男女、    様々な鬼たちが、笑顔で戯れる。    花を摘み、その香りを楽しむ鬼。    蝶々やリスを追いかける鬼。    木陰でハープを奏でる鬼。    仲睦まじい恋人同士の鬼。    すべてがパステルカラーのメルヘン・    ワールド。    まさに楽園。 長老「これが、鬼ヶ島ですよ」 ○ 森下の想像上の鬼ヶ島    鋭くとがった岩肌を、荒波が打ちつけ    る。    鬱蒼とした森の中から現れる赤鬼。    意味不明な奇声を発し、金棒を振りま    わして暴れまくる。 鬼 「アオォォ〜〜〜〜ウ!」 ○ ホテル・磯部たちの部屋(三階) 森下「―って、こんなんじゃねえの? 鬼ヶ  島って」 戸井田「俺、全員、深田恭子に見えた」 森下「つーか思ったんだけど、ドキュメンタ  リーぐらい余裕じゃねえ? なんでわざわ  ざヨソもん引っ張って来たんだろ」 磯部「当然だ」    離れた所で荷ほどきをしている磯部。    戸井田、うなずく。 森下「え、何で?」 戸井田「チカンが無実を訴えた所で、誰が信  用する?」 森下「なるほど」 磯部「もっと良い例え無いのか」 ○ 同・梓の部屋    シャワーを浴びる梓。 ○ 同・磯部たちの部屋 森下「つーかさ、あのネエちゃん別部屋?」 戸井田「当たり前だろ」 森下「おんなじクルーでしょ? ファミリー  でしょ? ならひとつ屋根の下でしょーが  !」 磯部「確か、下の階って」 森下「階も違うのかよ!」 戸井田「お前がエロい目で見てたからだべ」 森下「テメエもだろ」 戸井田「バカ、俺はあくまでクリエイターと  して、彼女に女優としての素質があるかど  うかを―」    森下、去る。 戸井田「って、聞けよ!」    森下、ベランダに出る。 戸井田「どした?」 森下「夜這いカマしたる」 戸井田「止せ、まだ昼だ」 磯部「そういう問題か、止めろ」    森下、手すりを乗り越える。    磯部、慌ててベランダへ。 磯部「戻れ! アホ!」    森下、排水パイプをつたって下階のベ    ランダに降り、姿を消す。    磯部、ため息をつき、部屋に戻ろうと    振り返ると、    DVカメラ片手に、手すりをまたぐ戸    井田が。 磯部「どこ、行くのかな?」 戸井田「ロ、ロケハン」 ○ 同・梓の部屋    バスローブ姿でベッドに座り、洗い髪    を乾かす梓。    ドアをノックする音。    梓、上着を羽織ってドアを開ける。    甘く微笑むホスト風の鬼。 ホスト鬼「お時間、よろしいですか?」 ○ 同・ベランダ(二階)    ガラス戸にスーッと現れる森下の顔。 森下「居ねえ」    スパイダーマンみたいな森下。    「居ねえ」「居ねえ」と部屋から部屋へ    飛び移っていく。 ○ 同・磯部たちの部屋    機材をチェックする磯部。    その背後、ベランダに一本のロープが    垂れてくる。 ○ 同・ベランダ(二階) 森下「居ねえ……つーか最後だよ!」    森下、一番端の部屋まで来ている。 森下「磯部の野郎、フカシやがったな」 ○ 同・磯部たちの部屋    ベランダの戸が音も無く開く。    部屋に踏み込んでくる足。    磯部、気付かない。 ○ 同・ベランダ(二階) 森下「あ〜アホ臭え」    森下、戻ろうと手すりをまたいだ瞬間、    足を滑らせる。 森下「!」    とっさに手すりを掴む森下。    宙ぶらりん状態に。 森下「あっぶねぇ〜……ん?」    眼下に、ホスト鬼を連れ立ってホテル    を出ていく梓の姿。 森下「先客?」 ○ 同・磯部たちの部屋    磯部に忍び寄る影。    磯部、気配に気付くが振り返らずに、 磯部「居なかったろ? だって本当は下じゃ  なくて上……」    磯部の口を塞ぐ手。 ○ 同・磯部たちの部屋・前    廊下をやって来る石川。 石川「ルームサービスいかがですか〜?」    返事が無い。 石川「磯部さ〜ん、石川です」    石川、不審に思い、ドアノブに手をか    ける。    ノブ、回る。    石川、ためらいつつ、 石川「失礼しま……」    石川、礼をしてドアに頭をぶつける。 ○ 同・磯部たちの部屋 石川の声「磯部さ〜ん、森下さ〜ん……と、  何さんだっけ、もう一人」    入ってきた石川、表情が凍る。    床に転がった牛乳パック。    流れ出た牛乳が池をつくっている。 ○ 謎のアジト・夕    薄暗く湿った、倉庫のような建物。    壁にもたれて座る磯部。    それを囲む大勢の鬼たち。    皆、そろいの白装束。    と、鬼たちがスッと道を空ける。    そこをやって来るボスらしき鬼。    何故かDVカメラを回している。    DVの液晶画面、端に『REC』の文    字。    磯部の前にバックが放られる。 ボス鬼「まだ何も撮ってないな」 磯部「何のつもりだ」 ○ 森の小屋・外・夕    人気のない森に建つ小屋。    梓とホスト鬼が入っていく。    木陰から顔を出す森下。 森下「あそこでヤる気か?」    忍び足で近づき、中を覗く。    テーブルを挟んで向かい合う梓と長老。 森下「ジイさん?」    森下、肩をつかまれる。 森下「!」    声を上げそうになり、口を塞がれる。    見ると戸井田である。 森下「へめぇ、ふぁにしにふぃた」    戸井田、無言で「中を見ろ」と促す。 長老「君は、勝村さんの部下だそうだね?」    森下と戸井田、耳を立てる。 梓 「約束が守られるか、見届けるように言  われてます」 森下「約束?」 戸井田「何かありそうだぜ、こりゃ」 ○ 謎のアジト・夕    手足を縛られ、転がされる磯部。    磯部を取り囲む子分たち。    その手には、巨大な金棒。    ボス鬼、DVカメラを磯部に向ける。 ボス鬼「これを奴らに送り付けてやる。二度  とこんな考え起こさないようにな」 ○ 森の小屋・外・夕    戸井田、DVカメラを出し、小屋の中    に向ける。 森下「おい! (慌ててカメラを下げる)」 戸井田「任せろ、盗撮モノは俺の十八番だ」 森下「AVじゃねんだよ、百パーバレんぞ」    戸井田、窓に手をかける。 森下「シカトかよ!」 戸井田「黙ってろ!」    戸井田、窓をかすかに開け、ガンマイ    クを挿し込む。 戸井田「音だけだ」 森下「……」 長老の声「安心しなさい」    森下、注意を小屋に戻す。    長老、笑みを浮かべて梓に近付き、そ    っと肩に手を置く。 長老「磯部が生きて島を出ることは、無い」 ○ 謎のアジト・夕    子分たち、金棒を振り上げる。 ○ 森の小屋・外・夕 森下「はあっ!?」 戸井田「バ、バカッ!」    長老と梓、こっちに気付く。    小屋を飛び出してくる長老。    森下と戸井田、慌てて逃げ出す。    が、ホスト鬼が行く手を阻む。    はさまれた森下と戸井田。    戸井田、DVからこっそりテープを抜    き、別のテープと入れ替える。    長老とホスト鬼、二人に襲いかかる。 ○ 謎のアジト・夕 ボス鬼「待て!」    ビクッと固まる子分たち。    金棒、磯部の眼前で止まっている。 ボス鬼「ただ殺すんじゃつまらねえ。どうせ  ならもっと衝撃的にするんだ」    子分たち、「?」と顔を見合わせる。    磯部をにらみ、思案するボス鬼。    やがて、不気味な笑みを浮かべる。 ○ 森の小屋・夕    倒れて気を失っている森下と戸井田。    長老、森下のDVからテープを抜き、    踏み潰す。 ○ 謎のアジト・外・夕    突き飛ばされ、地面に這う磯部。 ボス鬼「いいか、奴めがけて一斉に投げるん  だ。原形が無くなる位グチャグチャにして  やれ」    子分たち、金棒を掲げて雄叫びを上げ    る。    ボス鬼、DVを構える。 ボス鬼「本番、5秒前! 4……3……」    子分たちの頭、ツノが伸びる。 ボス鬼「2……1……」    必死にもがく磯部。 ボス鬼「キュ〜ッ!」    金棒、一斉に放たれる。    高い放物線を描き、磯部に迫る。    DV、凍りつく磯部の表情を捉える。 ボス鬼「(ニヤリ)」    ドッカァ〜〜ン!    砂煙が巻き上がり、辺りを覆う。 ボス鬼「いい画だ! いい画だ〜っ!」    ボス鬼、ハシャぎまくる……が、 ボス鬼「?」    砂煙の中に人影が見えてくる。    目を開ける磯部。 磯部「生きてる……のか?」    見ると、足が宙に浮いている。 磯部「やっぱり死んでる!」 声 「すいません、遅くなりました」    磯部、見上げると石川の顔がある。 磯部「石川?」    磯部、石川の脇に抱えられている。 石川「おケガ、ありませんか?」 ボス鬼「クソったれ〜っ!」    ボス鬼、石川に向かって突進!    が、その手を何かが弾く。    地面に落ちるDVカメラ。 ボス鬼「っ痛……」    新たに姿を現す鬼軍団。    皆、手にマシンガンを持っている。    マシンガン、一斉に火を吹く。    パニクって逃げ惑うボス鬼たち。 磯部「おい! 何も殺さなくても!」 石川「大丈夫、よく見て下さい」 磯部「え?」    磯部、目を凝らす。 磯部「まさか」    磯部、落ちた弾丸を一つ拾い上げる。    豆だ。    撃たれてもがき苦しむ子分。    ボス鬼たち、一人残らず逃げていく。 磯部「それはホントだったのか……」 ○ ホテル・磯部たちの部屋・夜 磯部「何モンだ? あいつら」 石川「おそらく、今回の計画に反対している  一部の者たちです。彼らは変化を嫌い、日  本との交流は堕落だと」 磯部「保守派ってやつか」    傷の手当てをする磯部。    それをじっと見る石川。    磯部、視線に気付く。    石川、顔をそらす。    と、ドアが開き、森下と戸井田を担い    だホスト鬼が入ってくる。    慌てて駆け寄る石川。 石川「どうしたんですか!?」 ホスト鬼「外で倒れてた」    ベッドに寝かされる二人。 森下「覚えてないんだよぅ……」 戸井田「なんか、頭ボーッとして……」    磯部がやってくる。    石川を気にしつつ、二人に耳打ち。 磯部「覗いてて落ちたな」    涙を浮かべる二人。    磯部、呆れ果て、 磯部「去勢しろ、お前ら」 ○ 同・部屋前・夜 ホスト鬼「じゃ、お大事に」    カッコよく去っていくホスト鬼。    頭を下げる磯部。 磯部「は〜あ……疲れた、寝るわ」    何か言いたそうな石川。    磯部、部屋に戻る。 石川「あの!」 磯部「?」    言葉が出ない石川。 磯部「また疑われたって思ってるのか?」 石川「……」 磯部「疑ってるよ、確かに」    石川、うつむく。 磯部「でも、それは白黒決めてないって事だ」    石川、顔を上げる。 磯部「心配するな」 ○ 撮影風景    スナップ風に次々と。 ○ ホテル・磯部たちの部屋    テレビに接続されたDVカメラ。    撮影した映像を観ている磯部たち。 戸井田「尺は稼いだな」    テーブルの上に何本ものテープ。 磯部「でも、何かが足りない」 森下「何か?」 磯部「驚かすだけじゃダメなんだ」 戸井田「友好のメッセージってヤツか」    磯部、イスにもたれ、唇を噛む。    それを見つめる梓。 ○ 森の小屋・外観・夜 ○  同・内・夜 長老「確かに、それ無しではな……」    無表情で座っている梓。 長老「よし、なんとかしよう」 梓 「それより、お忘れじゃないですか?」 長老「?」    梓の強い視線。 長老「わかっている。だが、彼はなかなか使  えそうな男だ、少々惜しい気もする」 梓 「情けは無用」    梓、小屋を出ていく。 長老「……」 ○ 森の中 磯部「長老が?」    石川の後を歩く磯部たち。 石川「ええ、皆さんをお連れしろと」 森下「何だよ、こんなとこで」 石川「さあ……あ、あそこです」    石川が指差した先に、洞窟が見える。 ○ 洞窟・入り口    覗き込む磯部たち。    少し奥に長老が立っている。 長老「お待ちしていました」    導くように中へ消える長老。    磯部たち、戸惑いつつ後に続く。 ○ 同・奥    ドーム型に開けた空間。    祭壇に石碑が鎮座している。    石碑、桃の形である。 森下「まさか……」 長老「お話しします。桃太郎伝説の真実を」 ○ 「日本むかしばなし」風のアニメ    本家にそっくりなテーマ曲。    タイトル「桃太郎(真実)」。    孤島に近付いていく一隻の船。 NA「むか〜しむかし、鬼ヶ島に、初めての  訪問者があったそうな」    砂浜に乗り上げた船を前に、ザワつい    ている鬼たち。    と、船から侍が、三人のお供を従えて    降りてくる。 侍 「我が名は桃太郎! この島の者たちを  奴隷として日本へ連れに参った!」    驚く鬼たち。 桃太郎「一日だけ待つ。もし従わなければ」    桃太郎、飛び上がり、巨大な岩石を真    っ二つに斬る。    青ざめる鬼たち。    停泊した船の上に立つ桃太郎。 鬼 「あの、宿とごちそうの準備が……」 桃太郎「ご機嫌取りならムダな事だ。さもな  くば、酒に酔わせて喰ってしまおうとでも  考えたか?」 鬼 「そんな! とんでもない!」 NA「今日は嵐になるかもしれない。そんな  鬼の訴えにも、耳を貸さない桃太郎。そし  て、その夜―」    船の上で眠っている桃太郎。    突然の大きな揺れに飛び起きる。    と、島が向こうに見える。    雷が光り、豪雨と強風に海が狂う。    パニックになる桃太郎一行。    すると、天まで届く大波が現れ、船を    飲み込もうとした……次の瞬間!    船が浮き上がり、飛んでいく。    宙を舞い、砂浜で待っていた鬼たちに    キャッチされる船。    船を投げた鬼たちが、海の上でガッツ    ポーズ。    歓声を上げる砂浜の鬼たち。    桃太郎、呆然。    部屋で暖をとる桃太郎一行。    運ばれてきた温かい料理を口にし、目    が潤む。 NA「命を救われた桃太郎は、翌朝、鬼たち  に奴隷の話は中止だと告げ―」    桃太郎、昨日真っ二つにした岩の片方    を、何かの形に斬る。 桃太郎「友の証だ」    島を離れていく船。    笑顔で手を振る鬼たち。    その傍ら、桃の石碑が輝いている。 NA「こうして鬼たちは、今も島で平和に暮  らしておるのじゃった……めでたし、めで  たし」    「おしまい」の字幕。 ○ 洞窟・奥 森下「マジかよ……」 戸井田「でも待った。ならどうして、日本に  は別の桃太郎が?」 長老「島に邪な人間が近付かぬよう、『鬼は邪  悪な怪物だった』、そう桃太郎さんがお伝え  になったそうです」    森下と戸井田、納得。    磯部、石碑に近寄り、じっと見つめ、    触れてみる。    緊張の面持ちでその行動を追う長老。    磯部、振り返り、 磯部「これだ!」    長老、ホッとする。 ○ 同    石碑を撮影する磯部たち。    離れて眺める長老と石川。 石川「全く知りませんでした。石碑の事も、  伝説の事も」 長老「イカンな、歴史は宝だぞ」    石川、頭を下げる。    長老、梓と目が合う。    互いに何かを確認し合う視線。 ○ 砂浜・夜    一人歩く梓。    片割れの岩を見つけ、歩み寄る。 声 「そこまでしてこそ信憑性が出る」    梓、振り向くと長老がいる。    長老、愛でるように岩を撫でる。 長老「一朝一夕にしては十分な出来だったで  しょう? 石碑も、伝説も」 梓 「用件は?」 長老「例の件、決断しましたよ」 梓 「そうですか」    梓、さっさと去る。 長老の声「ただ、多少の変更が」    梓、振り返る。    長老、ピストルを向けている。 梓 「……」 ○ 同    パーンパーンと打ち上げ花火。    磯部たちの見送りに集まった鬼。    派手な演出に戸惑い気味の磯部たち。 長老「本当に、ご苦労様でした」 石川「放送後の状況は、僕の方から逐一」 長老「楽しみにしている」    森下、辺りを見回し、 森下「なあ、ネエちゃんは?」 戸井田「あ、そういやあ」 長老「昨晩、一足先にお帰りになりました。  なんでも、急ぎの仕事が入ったとか」 森下「挨拶なしかよ」 戸井田「あの娘らしいじゃねえか」 石川「では、そろそろ」    磯部たち、船に乗り込む。 長老「あとは頼みましたよ、磯部さん」    磯部、力強くうなずく。    島を離れていく船。    甲板、磯部たちが静かに眠っている。 ○ 東京    郊外の日常風景。    路上のアクセサリーショップ。    「元祖! 鬼ヶ島公認!」の看板。    鬼のツノ型アクセサリーなどが並ぶ。    建築現場。    尋常じゃない量の資材の前に立つ若者。    ヘルメットのてっぺんの穴からツノが    伸び、軽々と資材を運んでいく。 ○ 『鬼現象』を伝えるVTR NA「今、世間の話題をさらっている、鬼」    鬼を特集した雑誌やテレビ映像。    親善大使として歓迎される石川。    日本の外務大臣と握手を交わす。    ギャル系女子高生の一団。    頭のツノ型アクセサリーを、スイッチ    で伸び縮みさせながら、 ギャル「え、鬼? あ〜もうマジやべえ!  つーか石川くんマジかっけー!」    顔にモザイクが入った建築監督。 建築監督「助かってるよ〜。この不景気に、  文字通り千人力だからね〜」    カメラに近寄り、 建築監督「(小声で)違法だけど」 おばさん「行ってきっちゃった、例のお店」    インサート、ホストクラブ店内。    ホスト鬼が部下を従えてスマイル。 おばさん「きゃあ〜っ!」 謎の教祖「騙されてはイカン! 奴らは魔界  からの使者だ! 今に取り返しのつかぬ事  になる、大いなる災いがやってくるぞ〜!」 子供「あのね、みんなが鬼やりたがるからね、  鬼ごっこできなくなっちゃった」    デモ行進。    「鬼差別をなくせ!」「節分廃止!」    「絵本の内容を改訂しろ!」などのプ    ラカードが躍る。 NA「全ての始まりは一本のドキュメメンタ  リー。私達の常識は、完璧に打ち砕かれた  のです」 ○ 『喫茶 チッチ』    店内のテレビに前シーンの続き。 久江「ちょっとちょっとスゴイじゃないの!」    カウンター席に磯部と森下。 久江「サインちょうだい! サイン!」 森下「つーか、これぐらい当然っしょ? と  んでもねえモン撮ってきちゃったんだし、  俺ら」 磯部「けど、ちょっと騒ぎ過ぎな気もする」 森下「いいじゃないスか〜祭りスよ祭り」 久江「サ〜〜イ〜〜ン〜〜」    磯部、神妙な顔でテレビを見つめる。 久江「サイン! サイン! サイン!」    磯部、色紙を取り上げ、フリスビーみ    たいに投げる。 久江「ああっ! (追いかけていく)」    携帯の着メロ。    郷ひろみの「♪男の子 女の子」。 森下「(電話に出て)はい」 久江「彼女!?」 磯部「じゃなくて養育者」 森下「おう……じゃ駅前7時……うぃ〜」 久江「彼女? 彼女?」 磯部「だから―」 森下「石川だよ」 磯部「え?」 森下「合コンなんス、今日」 磯部「あいつと?」 森下「あいつが来れば、ありえねえレベルの  女集められるって、ツレが」 磯部「……」    森下、口臭消しを噴きかけ、 森下「じゃっ!」    と、軽やかに店を出ていく。 久江「鬼ブーム、恐るべし」 ○ 石川のアパート・部屋    受話器を置く手。    ため息をつく石川。    重たい表情でコートを羽織る。 ○ 同・玄関    ドアを開ける石川、顔を上げて驚く。    部屋の前に勝村。    何か不気味な空気を漂わせている。 ○ 同・部屋 石川「あの、ちょっと今日はアレなんで、出  来れば日を改めて……」    テーブルに雑誌が放り投げられる。 石川「?」    開いたページに磯部のインタビュー記    事。 勝村「ギャグか? オニガシマン・ジョーク  ってやつか? 笑えねえよ、全然」    勝村、顔を突き合わせ、 勝村「このままで済むと思うな」    勝村、ゆっくりと部屋から消える。 石川「……」 ○ 駅前・夜    改札から流れてくる人の波。    それを凝視する森下と友人たち。 森下「んだよ! これも違ぇよ!」 友人1「(時刻表を見ながら)次、五分後!」 友人2「つーことは、七時過ぎんぞ!」 友人3「次だ! ゼッテー次だ!」    一同、ハシャぐ。 声 「あの……やっぱり帰ります」    柱の陰、帽子を目深にかぶった石川。 森下「あ? お前いなきゃ始まんねんだよ今  日は」    石川、明らかにノッてない。 森下「そんな顔すんなよ〜、なんなら顔見せ  るだけでもいいからさ〜」 石川「それなら居なくても同じです」    石川、去ろうとする。    森下、強引に肩を組む。 森下「いいか? 合コンってのは立派な異文  化交流だ。鬼と人間の架け橋になんなきゃ  いけないお前が、それを断わるってのか?」 石川「……」 森下「あ? あ? どうなんだよ?」 石川「……わかりました」 森下「それで良いんだ、親善大使」 友人たちの声「も、も、も、森下っ!」 森下「来たかっ!?」    振り返った森下の動きが止まる。    目の前に並ぶモデルばりの美女たち。 女1「ごめんなさい、遅れちゃって〜。え〜  と、森下さん?」 森下「……」 女1「森下さん?」    森下、立ったまま失神している。 ○ 磯部の事務所・外・夜    ビルに入る磯部。 ○ 同・オフィス・夜    立ち尽くす磯部。 声 「ま〜こ〜っちゃん! あ〜そ〜ぼっ」    戸井田、入ってくる。 戸井田「試写会、試写会! 我が最新作、『淫  乱・オブ・女医トイ』のワールドプレミア  ……って、なんじゃコリャ!」    部屋が荒らされている。 戸井田「どうしたんだよ! まさか、あのバ  カの借金?」    部屋を見回す磯部。    あちこちに、何かを探していた痕跡。 磯部「違う」 ○ 同・夜    テレビ、インタビューを受けているス    ーツの男。    それに見入る戸井田。 戸井田「いつからだ?」 磯部「構想自体は四年前。やっとこのクラス  の証言まで漕ぎつけた」 戸井田「覚悟、できてんのか?」 磯部「じゃなきゃやらない」    磯部、テレビにつないだDVカメラか    らテープを取り出し、懐へ。 戸井田「復讐のつもりか?」 磯部「いや、宿題のつもりだ」 ○ カラオケボックス・夜    群がる女性陣に困惑している石川。    森下たち、向かいのソファでジリジリ    している。 森下「耐えろ……今は耐えるんだ」 ○ 『喫茶 チッチ』・夜    入り口の鈴が鳴る。 久江「あら?」    磯部、無言でカウンター席へ。 久江「また来たの?」 磯部「今夜は、ここに居たい」    グラスを出す久江の手が止まる。 久江「えっ……」 ○ カラオケボックス・夜 石川「すいません! ちょっとお手洗いに」    石川、必死で女たちを振り払い、部屋    を出ていく。    その瞬間、森下の目が光る。 森下「チャンス!」 ○ 『喫茶 チッチ』・夜 久江「チャンス」 ○ カラオケボックス・夜 女1「チャンスよ」 森下「へ?」    素早く円になる女性陣。 女1「せ〜の!」 女たち「じゃ〜んけ〜ん、うらぁっ!」    パーがみっつにチョキが一つ。 女1「よっしゃあ〜っ!」 女2「マジ〜? 一発〜?」 女3「や、後出しっしょ? 今」 女4「てか三回勝負……」 女1「いやいやいやいや、見苦しいから」    女1、部屋を出ていく。    残された女たち、大ブーイング。 女2「んだよ、つまんね〜」 女3「どうする? 帰る?」 女4「どうせタダだし、飲んで食うべ」    女たち、内線で注文を始める。    嵐のような出来事に、置いてけぼりの    森下たち。 森下「あの〜……」 女2「他、もういい? タダだよ」 森下「もしも〜し」 女3「や、かなり頼んだよ、タダだからって」 森下「待て」 女4「足りなかったら追加すりゃいいよ、タ  ダだもん」 森下「待てって」 女2「(内線に)んじゃ取りあえずそれで、は  い、は〜い……」 森下「待てっつってんだろコラァ〜ッ!」    女2に詰め寄る森下。 女2「あ? なに?」    森下、女2の腕を掴む。 女2「ちょっと何すん……」    森下、受話器を引ったくり、 森下「(内線に)鬼ごろし、ありますか?」 ○ 同・トイレの前・夜    トイレから出てくる石川。 石川「あ〜頭痛い……凄いな、あの人たち。  セリ市場みたいだ」    石川、ヨロヨロと歩き出す。 声 「石川くん」    石川、ビクッとなる。    恐る恐る顔を上げると、    見事に作り込んだカワイ顔の女1。    石川、引きつった笑顔を浮かべる。 ○ 『喫茶 チッチ』・夜    閉店後の店内。 久江「盛り上がってるかな、合コン……連れ  てってもらえば良かったのに、磯部っちも」    我関せずの磯部。    その横顔を見つめる久江。    ……沈黙…… 久江「チュウしてあげよっか?」 磯部「あ?」    磯部、ガシッと顔をつかまれる。 ○ カラオケボックス・非常階段・夜    女1にキスされる石川。    慌てて引き離し、 石川「な、何するんですかっ!?」 女1「セックス」 石川「セッ……」    女1、服を脱ぎ始める。 石川「!」    半裸になった女1、石川を押し倒す。 ○ 『喫茶 チッチ』・前・夜    ドアが開き、磯部が倒れ込んでくる。    その足にゾンビのごとくしがみ付く久    江、すでに荒馬状態。 久江「そのつもりで来たんだろう?」 磯部「や、やめ、はな……離せ! この色ボ  ケ中年!」    磯部、渾身の力ではじき返す。 ○ カラオケボックス・非常階段・夜    尻もちをつく女1。 女1「っ痛〜」    肩で息をしている石川。 女1「何で!?」 石川「あなた、大事なこと忘れてます」 女1「何よ? ゴム?」 石川「僕は鬼なんですよ!」 女1「だから?」 石川「だからって」 女1「アタシ外人好きだし」    女1、再び石川を押し倒す。 石川「外人とは違います! とりあえず、と  りあえず……」 ○ 『喫茶 チッチ』・夜 磯部「落ち着け」    磯部、財布を出す。 久江「お金は要らないのよ!」 磯部「アホ、会計だよ」    磯部、久江に背を見せないように慎重    にカウンターへ。    今にも飛びかかりそうな久江。 磯部「ドードードー……」    磯部、金を置き、逃げるように店を出    ていく。    残された久江。 久江「(泣く)うあああああ〜〜〜……」 ○ カラオケボックス・非常階段・夜 女1「あああああ〜〜〜うぜぇ!」    目を丸くする石川。 女1「さっきから鬼だ人間だ鬼だ人間だって、  マジうぜぇ! いい? アタシはアンタと  したいだけなの。種族だ何だなんてどーだ  っていいのよ!」    石川、ハッとなる。 女1「こんなイイ女とヤレんだから、アンタ  は黙って抱きゃいいのよ」    女1、改めて石川に迫る。    が、やっぱり引き離される。 女1「ちょっと、いい加減に―」 石川「最高です!」 女1「へ?」 石川「今のあなたの言葉、僕の努力が実を結  んだという証! 僕の事、本当に理解して  くれてるんだ」 女1「や、何言ってんの?」    石川、女1の手を握り、 石川「あなたとなら、愛し合える」 女1「だからさっきから」    女1、石川を倒して馬乗りになる。 女1「言ってるでしょ?」 石川「そうじゃなくて! ちゃんとした交際  を!」 女1「結局は一緒だっつーの!」    女1、石川のベルトを外す。 石川「ヤだ〜! 不純異性交遊反対〜!」    女1、強引にズボンを下ろす。    と、突然動きが止まる。 女1「な……なに、これ……」 石川「え?」    石川、トラ柄のブリーフをはいている。 女1「ぷ……ぷぷ」    女1、噴き出し、笑い転げ、そのまま    非常階段を降りていく。    石川、パンツ丸出しのまま呆然。 ○ 道・夜    一人歩く磯部。 磯部「ったく何考えてんだ、あのババア……  ん?」    歩く石川、肩を叩かれて振り返る。 磯部「よう」 石川「磯部さん!」    石川、突然ニヤニヤし出す。 磯部「なんだよ……」 ○ 別の道・夜 石川「感激でした。メディアを通してじゃな  く、ああいう生の声が聞けて」    石川、幸せそうに、 石川「嬉しかった」    磯部、微笑む。 石川「(立ち止まり)では、ここで」    木造アパートの前。 磯部「お前ん家?」 石川「はい」 磯部「近所じゃねえか」 石川「その方が、色々便利だと思って」 磯部「あぁ、そか……んじゃ」    磯部、行きかけると、 石川「磯部さん!」    磯部、振り返る。 石川「ありがとうございました」 磯部「まだ終わりじゃないだろ」    笑顔を交わす二人。    磯部、去る。    見送る石川。 石川「ほんと、お世話になりました。磯部さ  ん、森下さ……あ! 森下さん!」 ○ カラオケボックス・夜 森下「♪も〜もたろさん、ももたろさ〜ん、  これから鬼の〜征伐に〜♪」    「鬼ごろし」のビンを片手に熱唱する    森下。    熱い歌声が、夜空に響き渡っていく。 ○ 磯部の事務所・玄関    買い物袋を下げて帰ってくる磯部。    見覚えのない靴に気付く。 森下「客っス」 ○ 同・オフィス    磯部、荷物を置き、テーブルにつく。    対面に二人の中年男。    磯部が口を開こうとすると、    一瞬早く名刺が差し出される。    戸惑いつつ受け取る磯部。    「豆のでん八  熊田 共雄」。    「よいこ出版  江本 団吉」。 熊田「磯部さん」 磯部「はい」 江本「責任を取って頂きたい」 磯部「はい?」 熊田「鬼差別撤廃運動に伴う、国民の節分豆  まき自粛!」 江本「同じく! 鬼が悪役の絵本、売り上げ  激減!」 熊田・江本「どうしてくれるんですか!」    答えに困る磯部。 熊田「分かってらっしゃらないようだ、事の  重大さを」    江本、うなずく。 熊田「節分は我々にとって無くてはならない  もの! 節分の無い『でん八』など、言わ  ば新庄のいない日本ハム!」 江本「同じく! 桃太郎の無い『よいこ出版』  など、キャメロン・ディアスのいないチャ  ーリーズ・エンジェル!」 熊田・江本「分かっていただけますか!?」    二人の勢いに圧倒されている磯部。 磯部「で、でも……それは、自分がどうこう  できる問題じゃ……」 声 「できた!」    磯部、驚いて振り返る。    台所に黒スーツの男。    手には何故か「赤いきつね」。 男 「うどんは3分じゃなくて5分なんだよ  ね、あ〜待ちくたびれた〜」    磯部、目の前に座る謎の男を、まじま    じと見る。 男 「あ、もらったよ。大好きなんだ〜これ」 磯部「いや、勝手に……」 男 「あ、自己紹介? 防衛庁から来ました、  百瀬泰三です」 森下「防衛庁?」    百瀬、「赤いきつね」を食べ始め、 百瀬「用件は、こちらと同じ」    熊田と江本、うなずく。    状況を把握できないでいる磯部。 百瀬「政府は鬼を侵略者と見なした、けど今  鬼を叩けば国民の反感を買う、だから君が  鬼ブームを静める、そういう話」 磯部「……」 百瀬「断る権利無いから、すぐ来てもらうか  ら、これ食べ終わるまでに仕度して」    百瀬、食事を続ける。 森下「侵略者って、あんたら散々歓迎……」 磯部の声「どうして言い切れる?」    磯部の肩が小さく震えている。 磯部「鬼が侵略者だって、どうして言い切れ  る!」    磯部、百瀬をにらみつける。    手を止める百瀬。    場に緊張が走る。 百瀬「問題」    百瀬、油揚げをつまみ上げる。 百瀬「この揚げ、僕はいつも最後に食べる。  な〜ぜだ?」 磯部「ふざけるな」 百瀬「ヒント、好きなものは最後にってやつ  じゃありませ〜ん」    磯部、百瀬をにらんだまま。 百瀬「降参? じゃあ正解発表。この揚げは  ね、一見そんなに熱そうじゃない。でも、  油断してかぶりつくと―」    ハシで絞ると揚げからツユが溢れ出す。 百瀬「舌、火傷するんだよね〜」    突然、百瀬の表情が鋭くなる。 百瀬「もしこの国が火傷したら、君、責任取  れる?」 磯部「……」    百瀬、柔和な顔に戻り、 百瀬「ちょっと考えてみてよ」    と部屋を出ていく。    慌てて後を追う熊田と江本。    磯部、器に残された揚げをじっと見て    いる。 ○ コンビニ前・夕    ベンチに座る百瀬、熊田、江本。 熊田「磯部のヤツ、かなり強情ですよ」 江本「大丈夫ですかね? 百瀬さん」    百瀬、腕時計とにらめっこしている。 百瀬「5、4、3、2……できた〜!」    百瀬、「緑のたぬき」のフタを開け、    いきなりカキ揚げをガブリ。 熊田「あれ? 具は最後じゃ」 百瀬「それは、きつね」 江本「どうしてたぬきは?」    百瀬、渋々手を止め、 百瀬「見てて」    と、カキ揚げをツユの中に沈める。    見守る熊田と江本。    しばらくして引き上げられたカキ揚げ、    ボロボロと崩れ落ちる。 百瀬「ね?」 熊田・江本「はあ……」    食事を再開する百瀬、ふと手が止まる。 百瀬「もろいトコから手をつける……か」    百瀬、勢い良く麺をすする。 ○ 建築現場・深夜    片付けを終える作業員たち。 働き鬼「お疲れさまでした!」 ○ 夜の街を行く働き鬼    一軒の居酒屋の前を通り過ぎる。 ○ 居酒屋・深夜 熊田「百瀬のヤツ、どう思う?」 江本「キチガイ」 熊田「俺たちだけで何とかするか」 江本「でも、どうやって?」    難しい顔で焼き鳥をかじる二人。 声 「はい! ピーマンの肉詰め、鬼スペシ  ャルね!」    熊田と江本、「鬼」に反応する。    店の主人がカウンターの客に料理を出    している。 客 「鬼スペシャル?」    皿を見ると、一つは普通のピーマンで、    もう一つが赤ピーマン。 主人「赤と青。せっかくだから、あやかんな  くちゃね。ほら、あれだ、便乗商品!」    熊田と江本、ハッとなる。 客 「でも緑だよ」 主人「ま、そこはね」    武者震いしている熊田と江本。    同時に立ち上がり、 熊田・江本「それ、もらった!」 主人「はい! 鬼スペシャル二丁!」 ○ 道・深夜    人気の無い路地を行く働き鬼。    曲がり角で、ふいに人影に囲まれる。    5、6人の体格の良い男たち。 働き鬼「?」    突然、投げつけられる豆。    思わず身をかばう働き鬼。    男たち、一斉に襲いかかる。    「この仕事ドロボーが!」などと叫び    ながら、殴る蹴る。    必死で耐える働き鬼。    と、一人の男の手にナイフが光る。 働き鬼「!」    働き鬼、とっさに男を突き飛ばす。    男、バランスを崩し、さらに豆で滑っ    て転倒。    他の男たちが悲鳴を上げて逃げ出す。    倒れた男の首筋に、ナイフが突き刺さ    っている。    立ちすくむ働き鬼。    慌てて荷物をつかみ、走り去る。    アスファルトに広がっていく男の血。    傍らに転がる、てっぺんに穴の開いた    ヘルメットを濡らす。 ○ 磯部の事務所・オフィス テレビ「昨夜未明、××区の路上で男性が、  首を刺されて死んでいるとの通報があり―  現場で発見されたヘルメットから、警察は、  近くの建築現場で違法に働いていたとみら  れる鬼が、事件に関与していると―」    森下、磯部に詰め寄る。 磯部「居たのか? そこに」 森下「……」 磯部「見たのか? その目で」    森下、部屋を出ていく。    複雑な表情で見送る磯部。    テーブルには、百瀬の「赤いきつね」    が残されている。 ○ 『喫茶 チッチ』・夜    閉店の準備をしている久江。    入り口の鈴が鳴り、見ると森下がいる。 久江「もう終りだよ」 森下「ちょっと話あんだ」 久江「金なら貸さねーぞ」 森下「磯部さんの事」    久江、手を止める。 ○ 同・夜 森下「そりゃ俺だって信じてえよ。でも…  …」    水割りをつくる久江。 久江「あんた、知ってる? 磯部っちがテレ  ビ辞めた時のこと」 森下「や、良くは」    久江、水割りを一口あおり、一番奥の    カウンター席を見つめる。 ○ 『喫茶 チッチ』 (四年前)    一番奥のカウンター席に磯部。 久江NA「四年前の夏、ある事件が世間を騒  がせてた」    店のテレビ、殺人事件のニュース。    「女子高生通り魔殺人 事件の真相を    追う!」という仰々しいテロップ。 ○ 当時の事件現場 久江NA「十七歳の女子高生が、学校帰りに  刺し殺されたって事件」    白いママチャリが倒れ、アスファルト    に大きな血痕が広がっている。 ○ 『喫茶 チッチ』・夜  森下「四年前……あったっけ? そんなの」 久江「一年もすれば忘れるのよ、みんな」 森下「……」 ○ 事件を取り上げる当時のメディア    新聞、週刊誌、テレビ番組。 久江NA「目撃者も有力な手掛かりもゼロ。  手詰まりの警察をよそに、マスコミは勝手  な推理を始め、そのうちに一人の男が浮か  び上がってきた」 ○ 容疑者の男の写真 久江NA「男は、被害者に付きまとっていた  ストーカー。交際を断られ凶行に及んだ。  そう報じられたの」 ○ 『喫茶 チッチ』・夜 久江「それを最初に伝えたのが、磯部っちが  いたニュース番組、『タイムリー・ファイ  ブ』」 ○ 磯部の事務所・オフィス・夜    「赤いきつね」を見つめる磯部。 久江NA「確証の無い時点での放送に疑問を  持った磯部っちは―」 ○ TTNテレビ (四年前)    プロデューサーに詰め寄る磯部。 磯部「本気で流すつもりですか? あんなガ  セ」 プロデューサー「ガセェ? 被害者の母親が  証言してるし、警察に被害届も出てるだろ」 磯部「それはストーキングについてのみです」 プロデューサー「十分だろぉ? あいつが殺  ったんだ、間違いねえよ」 磯部「どうして言い切れる?」 プロデューサー「磯部、視聴者はもうこの事  件に飽きてきてる。新しい展開が必要なん  だ、わかるだろ?」    磯部、プロデューサーをにらむ。 プロデューサー「文句があるならヨソへ行け。  代わりはいくらでも居るんだ」    憮然とした表情のプロデューサー。    磯部の拳が震える。 ○ 同・屋上・夕 (四年前)    遠くを見ている磯部。 久江NA「でも、生き甲斐だった報道の仕事  を、どうしても手放せなかった」 ○ 『タイムリー・ファイブ』の映像    「あの凶悪事件に新事実!」と題した    特集。 ○ 容疑者の顛末 久江NA「放送をきっかけに男の生活は一変」    家の前で報道陣に取り囲まれる容疑者。    荷物をまとめ、仕事場を去る容疑者。    同僚たちの視線が刺さる。 久江NA「そして、ついに―」 ○ 新聞を見ている磯部 (四年前)    容疑者の自殺記事。    磯部、沸き立つ感情に体が震える。 ○ 磯部の事務所・オフィス・夜    「赤いきつね」を握りしめる磯部。    前シーンの磯部とダブる。 ○ 『喫茶 チッチ』・夜 久江「それで、磯部っちは辞表を」 森下「……」 久江「きっと、その時のこと思い出してるの  よ」 森下「でも、それと今回じゃ事情が……」 久江「それは磯部っちだってわかってるわよ  !」 ○ 磯部の事務所・オフィス・夜    ゴミ箱の前に立つ磯部。    手にした「赤いきつね」を捨てられず    にいる。 久江NA「だから苦しんでるんでしょ?」 ○ 『喫茶 チッチ』・夜    沈黙する久江と森下。    森下の着メロが流れる。 森下「行くわ」    森下、店を出ていく。    久江、ふと向こうを見やる。    壁に飾られた色紙。    無愛想に「イソベ」と書き殴られてい    る。 久江「磯部っち……」 ○ 同・前・夜    携帯を耳に当てる森下。 電話の声「もしも〜し」 ○ 磯部の事務所・オフィス    カーテンが揺れ、日が射し込む。    「赤いきつね」と対峙する磯部。    電話が鳴る。    磯部、時計を見やる。    針は十二時を少し回ったところ。    磯部、ゆっくりと受話器を取る。 久江(電話)「大変!」 磯部「……」 久江(電話)「テレビつけて!」 磯部「なに?」 久江(電話)「早く!」    磯部、気だるくテレビをつける。 磯部「何チャン?」 久江(電話)「どこでもいいから!」    適当にザッピングする磯部。    と、大勢の記者が集まる会見場が映る。    何かを感じ、手を止める磯部。    会見場、にわかにフラッシュがたかれ、    男が姿を現す。    その瞬間、磯部の瞳孔が全開に。    男、森下である。    テロップ、「あの鬼ドキュメンタリー    スタッフが緊急会見!」。    磯部、身を乗り出す。 森下「え〜、本日はお忙しい中―」    磯部、音量を上げる。 森下「私から、国民の皆様に重大なお知らせ  を……いや、真実をお話しします」 ○ 『喫茶 チッチ』    仕事そっちのけでテレビを見つめる久    江。    客も全員、飲みかけ食べかけのままで    止まっている。 ○ 戸井田の編集室    テレビを凝視する戸井田。    編集中のAVが流れっぱなし。 ○ TTNテレビ・報道制作室    大型テレビの前に社員の人だかり。    少し離れたデスクから眺めている勝村。 ○ 会見場    森下、ひとつ息をつき、 森下「私たちが制作した鬼ドキュメンタリー  は……ヤラセでした」 ○ 磯部の事務所・オフィス 磯部「!」 ○ 『喫茶 チッチ』    客が一斉にグラスやフォークを落とす。 ○ 戸井田の編集室    モニターのAV女優が昇天する。 ○ TTNテレビ・報道制作室    勝村が立ち上がる。 ○ 会見場    どよめく会場内。 森下「確かに鬼は実在しました! でも、あ  れは本当の姿じゃない!」    混乱、収まらない。 森下「証拠をお見せします!」    モニターが運ばれてくる。    ようやく静まる取材陣。    森下、モニターのスイッチを入れる。    映し出されたのは、ボス鬼の子分に縛    られた磯部の姿。 記者「脅迫されてたんですか!?」    森下、うなずく。    記者たち、一斉に森下に押し寄せる。    フラッシュと怒号の中、消えていく森    下。    会見場、修羅場と化す。 ○ 戸井田の編集室 戸井田「まずいぞ……」    戸井田、上着を掴み、立ち上がる。    と、上着から何かが落ちる。 戸井田「?」 ○ 磯部の事務所・オフィス    言葉を失っている磯部。    携帯が鳴る。    磯部、すぐに携帯を引っつかむ。 百瀬(電話)「見てた?」 磯部「どういうことだ」 ○ 電話をする百瀬 百瀬「昨日の夜、偶〜然彼に会っちゃって、  なんか、こーゆー事になったみたい」 ○ 磯部の事務所・オフィス 磯部「金か」 百瀬(電話)「君は本当に悲しい人だ。かわい  い部下を、よくまあそんな風に」 ○ 電話をする百瀬 百瀬「彼はただ、純粋な愛国者なだけだよ」 ○ 『喫茶 チッチ』    戸井田が飛び込んでくる。 戸井田「磯部は!?」 ○ 磯部の事務所・オフィス 百瀬(電話)「ショック? ショックも良いけ  ど、急がないと手遅れになっちゃうよ」 磯部「?」 ○ 電話をする百瀬 百瀬「君の友達」 ○ 磯部の事務所・外    磯部が飛び出してくる。    そこに現れる戸井田。 戸井田「どこ行くんだ?」 磯部「どけ」 戸井田「どかねえ、鬼んトコ行く気ならな」 磯部「お前まで!」    戸井田、DVテープを差し出す。 戸井田「さっき見つけた。島で着てたこのジ  ャンパーから出てきた」    磯部、戸井田を押しのけて行く。    戸井田、引き止め、 戸井田「奴ら、俺たちを殺すつもりだったん  だ! この中に証拠がある!」    磯部、思い切り振り払う。    尻もちをつく戸井田。    磯部、落ちたテープを一瞥し、 磯部「俺は、俺の目で見るんだ」 戸井田「……」    磯部、走り去る。 戸井田「磯部!」 ○ 走る磯部 ○ 百瀬の会見 百瀬「我々は、一連の鬼側の行動を、全て計  画的な侵略行為と認識し―」 ○ TTNテレビ・報道制作室    喧々騒々の室内。    ADの若い女が駆け込んでくる。 AD「大変です! 視聴者から電話が殺到し  てます!」    勝村、一人テレビを見たまま。    テレビ、百瀬の会見の中継。 勝村「そういう事か」 ○ ワイドショーの映像    早速、鬼批判が始まっている。    街頭インタビュー。    前と同じ人物たちだが、まるで手の平    を返した発言。 子供「これでまた鬼ごっこができる〜!」 ○ 『でん八』&『よいこ出版』(画面二分割)    テレビの前で立ち尽くす熊田、江本。    それぞれの背後には便乗商品の山。 熊田・江本「……マジかよ」 ○ 石川のアパート・部屋(三階)    磯部が駆け込んでくる。    テレビの前で固まっている石川。 磯部「逃げるぞ」    石川、反応が無い。 磯部「時間がない!」    と、窓が割れる。 磯部・石川「!」    床に転がる石ころ。    間髪入れず、次々に飛んでくる。    中には豆も。    磯部、這って、窓から外を見る。 ○ 同・前    敷地の外に人だかり。    「出て来い、鬼〜!」    「よくも騙してくれたな!」    罵声と怒号が飛び交う。    そこから少し離れた所に報道陣。    カメラの前に立つ桐島メグ(ニ十九)。 メグ「こちら、鬼が住むアパート前です。集  まった周辺住民で現場は騒然としてます」 ○ 同・部屋    カーテンを閉める磯部。 磯部「クソ」    石川、おもむろに立ち上がり、玄関へ。 磯部「おい?」 石川「彼らと話をしてきます」 磯部「バ、バカ!」    磯部、慌てて石川を制する。 石川「あれは真実じゃありません! だから  話を!」 磯部「んなこともう関係ないんだよ!」    もみ合いになる二人。 声 「そうです! あの石川って鬼です!」    二人、止まる。    傍らのテレビ、女のインタビュー。    モザイクが入っているが、明かに合コ    ンの女1。 女1「それで、非常階段に連れていかれて…  …無理矢理……(言葉に詰まる)」 インタビュアー「レイプされたんですね?」    女1、泣き崩れ、何度もうなずく。 石川「そんな……」 磯部「わかったろ?」 ○ 同・前 住民1「おい、もう突っ込んじまおうぜ」 住民2「危険だ」 住民1「待ってても出てこねえよ!」 住民3「落ち着けって!」    住民たち、次の行動を巡ってもめ始め    る。 声 「良い方法がある」    現れる住民4。 住民1「あ? 何だテメエは」    住民4、灯油缶を見せ、 住民4「これで」 ○ 同・部屋・キッチン    アパートの裏手、人の気配は無い。    窓からそれを確認する磯部。 磯部「どうにか裏に回れれば」 ○ 同・前    アパートに灯油をかける住民たち。    そこに大家が割って入る。 大家「待ってくれ! 私のアパートだ!」    住民たち、一斉に大家を見る。 住民1「かばうのか?」 大家「え?」 住民2「まさか、こいつも鬼か?」    住民たちの間に、「そうだ」「鬼だ」と    いう声が広がっていく。 大家「……」 ○ 煙に包まれたアパート メグ「アパートから火の手が上がっています  ! もの凄い煙です!」 住民1「あの野郎、もうすぐ黒鬼だぜっ!  ギャハハハハ!」    傷付き倒れた大家、力なくアパートを    見つめる。 ○ 同・部屋    窓の外、視界を遮る黒い煙。 磯部「クソ……クソ! クソ!」    石川、磯部の前に立つ。 石川「目、つぶって下さい」 磯部「え?」 石川「早く!」    磯部、戸惑いながら目をつむる。    石川、磯部をひょいと抱え上げる。 磯部「おい、なにすん……」    石川、磯部の身体を隠し、窓に向かっ    て二歩・三歩と下がる。 磯部「ま、待て! 分かる! 見えないけど  分かる! 早まるな!」    石川、走り出す。 磯部「ああああああああ〜〜〜〜……」 ○ 同・外    窓を突き破り、飛び出してくる石川。    地面に叩き付けられ、三回転、四回転。    さらに、ブロック塀に激突する。    石川の腕の中から這い出る磯部。    石川、倒れたまま動かない。 磯部「おい! 大丈夫か!」    石川の目がパッと開き、 石川「もちろん、鬼ですから」 ○ 同・前    崩れかかったアパート。 住民2「今、なんか音しなかったか?」 住民1「あん?」 住民3「した。バリ〜ンて、何か割れるよう  な」 住民1「そうか?」 住民2・3「……」    住民2と3、ハッと顔を見合わせる。 ○ 同・裏道    磯部と石川が塀を乗り越えてくる。    角を曲がってくる住民と報道陣。 住民1「いた!」    住民たちに気付いて逃げる二人。 住民3「あれ? 二人?」 住民1「逃がすな!」 住民3「なあ、鬼って二人?」 住民1「知るかよ!」    一同、追いかけていく。 ○ 路地    激走する磯部・石川、住民、報道陣。    と、メグの携帯が鳴る。    メグ、走りながら出る。 勝村(電話)「桐島か?」 ○ TTNテレビ 勝村「すぐに港通りへ向かえ」 ○ 路地 メグ「でも、今まさに石川を追って……」 勝村(電話)「そんなのは他局にやらせてお  け」    メグ、立ち止まる。 メグ「どういう事です?」 勝村(電話)「とにかく港通りだ。また連絡す  る」    電話、切れる。 カメラマン「何やってんだ! 出し抜かれち  まうぞ!」 メグ「待って!」    カメラマンらクルー、立ち止まり、メ    グを見る。 メグ「移動よ」 ○ 別の路地    息を切らせて走る磯部と石川。    磯部、振り返る。    追っ手は見えない。 磯部「まいたか」    二人、十字路に差しかかる。    磯部、迷いつつ曲がる。    と、先で行き止まりにぶつかる。    磯部、舌打ち。    十字路に引き返す二人。    と、一台の車(シビック)が現れて、    道をふさぐ。    二人、慌てて踵を返す。 声 「磯部!」    車から下りてくる戸井田。 戸井田「乗れよ」    磯部、警戒している。 戸井田「まあ、なんつーか、お前は俺の大事  なバイト先だからよ、何かあったら困るな  って」 磯部「戸井田」    磯部、車に乗り込む。    石川も、礼をして続く。    が、戸井田に引き止められる。 石川「……」 戸井田「お前には、乗れって言ってねえよ」 磯部「……」 ○ また別の路地    住民&報道陣、ウロウロしている。 住民1「あ〜チクショウ! 見失った!」    と、向こうに石川らしき人影が。    人影、こっちに気付いて逃げる。 住民1「み〜っけ」    袋小路で、うろたえる人影。    迫る住民たち。 住民1「へへへ、鬼ごっこは終わりだ」    人影、金網のフェンスをよじ登る。    住民たち、駆け付ける。    数人がかりで引きづり下ろし、束にな    って押さえ込む。 住民1「つかまえ……」    一同、固まる。    人影、石川の服を着た戸井田である。 戸井田「勘弁してよ、立ちションぐらい」 一同「……誰だよっ!」 ○ 港通り    ひときわ飛ばしている一台の車。    戸井田のシビックだ。 ○ シビック車内 カーラジオ「鬼はアパートに火を放ち、現在  も逃走中。なお、大家が重傷を負わされた  との情報も入っており―」    運転席の磯部、ラジオを切る。 石川「デタラメだ……」 ○ 港通り・路地    大通りに続く路地に停車したバン。 ○ バン車内    待機中のメグらテレビクルー。    メグの携帯が鳴る。 勝村(電話)「どうだ?」 メグ「特別飛ばしてる車は、まだ」    メグ、勝村とやりとりを続ける。 カメラマン「おい、マジで中継なしなのか?」    メグ、うなずく。 カメラマン「なに考えてんだ、勝村さん」    メグ、「さあね」と肩をすくめる。 カメラマン「兵隊は言われた通りに動けって  か」    その時、前の大通りを猛スピードのシ    ビックが横切る。 カメラマン「桐島!」 メグ「(携帯に)来ました」    バン、大通りに出ていく。 ○ 港通り    飛ばしまくるシビック。    が、信号につかまり急停車。 ○ シビック車内 磯部「クソ!」    磯部、焦れて信号をにらむ。    電器店の店頭に並んだテレビ、鬼批判    のワイドショーが流れている。    それをじっと眺める磯部。    と、隣りにバンが並び、視界を遮る。    前に向き直る磯部。 声 「いました! 鬼です!」 磯部「!?」    バンから身を乗り出すメグ。 メグ「運転席には……これはどういう事でし  ょう! 磯部真です! 鬼の車に磯部真が  乗っています!」 磯 部「……」    信号、青に変わる。    磯部、思いきりアクセルを踏み込む。    弾丸のごとく飛び出すシビック。    急発車して追いかけるバン。    ニ台が走り去り、再び現れた店頭テレ    ビに、自衛隊が『鬼退治』を始める速    報が。 ○ 港通り    他の車を縫うように激走する二台。    カメラマン、身を乗り出し、必死に撮    影を続ける。 メグ「顔よ! 顔押さえて!」 カメラマン「(ドライバーに)もっと飛ばせ!」    バン、加速し、シビックに並ぶ。 カメラマン「イェ〜ス!」    磯部、バンに気付き、さらにアクセル    を踏み込む。    引き離すシビック。    負けじと食らいつくバン。    追いつけ追いこせのカーチェイスに。 ○ シビック車内    前方にスクランブル交差点。    信号、青から黄色に変わる。 石川「磯部さん! 黄色! 黄色です!」    磯部、スピードを落とさない。 石川「黄色ですって!」 磯部「(真っ直ぐ前を見たまま)」    信号、赤に。 石川「あああああああ〜〜〜〜〜っ!」    交差点に飛び込む。    と、左側からトラックが! 磯部「あああああああ〜〜〜〜〜っ!」    磯部、とっさにハンドルを切り、ギリ    ギリで回避!    が、コントロールを失い、激しく蛇行    して電柱に激突! ○ バン車内    目の前にトラック。 メグ「きゃあああああ〜〜〜〜〜っ!」    激突! ○ TTNテレビ・駐車場    勝村、携帯のメモリーを呼び出し、メ    グにコール。    呼び出し音が続く。    勝村、何かを感じ、車に乗り込む。 ○ 港通り・スクランブル交差点    野次馬に囲まれた交差点。    トラックの荷台に突っ込んでいるバン。    助手席側が電柱にメリ込んでいるシビ    ック。    ドアが開き、磯部が転がり出てくる。    磯部、よろよろと助手席に回り、石川    を引きずり出す。    石川、相当な重傷。 石川「今のはさすがに応えました」 磯部「しゃべんな」    磯部、辺りの混乱に紛れ、石川を支え    て路地に消える。 ○ 激走するレンジ・ローバー    運転席に勝村。    窓の外、救急車が追い越していく。    勝村、その後ろにピッタリと付け、信    号無視で走っていく。 ○ 港通り・スクランブル交差点    救急車が到着し、隊員が事故車に向か    う。    続いてレンジが停車し、勝村が飛び出    してくる。    勝村、担架で運ばれるメグに駆け寄り、 勝村「おい! テープは!」 救急隊員「ちょっと! 離れて下さい!」 勝村「テープは! 無事か!?」    メグ、力無くテープを差し出す。    勝村、それを掴むと、レンジに乗り込    み走り去る。 ○ 路地裏    引きづるように歩く磯部。    石川に押し潰され、倒れ込む。    磯部、フラフラと立ち上がる。 石川「磯部さん、もういいです。僕の事は、  もういいですから」 磯部「しゃべんなって言ったろ」    磯部、苦痛に顔を歪ませながら、石川    を抱き起こす。 磯部「死なせる訳にはいかないんだ、お前だ  けは」 ○ 港・夕 ○ 同・港のはずれ・夕    疲労困ぱいでやってくる磯部と石川。    磯部、石川を船に乗せてやる。 石川「僕たち、間違ってたんでしょうか?」 磯部「……」 石川「人間と鬼の交流なんて、所詮キレイ事  だったんでしょうか?」 磯部「早過ぎたんだ」 石川「え?」    磯部、石川の目を見つめ、 磯部「十年、百年……いや、千年経っちまう  かもしれないけど、俺も死ぬ気で、必ず…  …だから―」    磯部、手を差し出す。 磯部「また会おう」 石川「……」    二人、固い握手を交わす。    港を離れていく船。    磯部、それを背にして去る。 ○ 磯部の事務所・前・夕    力ない足取りでやってくる磯部。 ○ 同・オフィス・夕    磯部、電気も点けずにソファに身を預    ける。    目の前に、無言で鎮座するテレビ。    磯部、疲れた嘲笑を浮かべ、天を仰ぐ。 声 「散々だったな」 磯部「! (振り返る)」    暗闇から現れる勝村。 磯部「勝村さん?」 勝村「自業自得だ。いや、正確にはお前がコ  ソコソつくってる映画のせいか」    磯部、顔色が変わる。 勝村「しかし良い度胸だよ。天下のTTNに、  堂々とケンカ売ろうってんだからな」 磯部「……」 勝村「正直ビビッたぞ。ヤラセ、ねつ造、資  金流用……お前は色んな事を知りすぎてる。  おまけに、なかなかのガンコ者だ」    勝村、部屋の中をうろつき始める。 勝村「上の連中が騒ぎ出した頃、あいつが現  れた。自分を鬼だと言うガキ。俺はすぐに  追い払った。そしたら、証拠を見せると言  って……お前も見ただろ? どんなのだっ  た? そっちは」    机の上に置かれた金属バットボール。 勝村「局は、金のなる木だと確信した。けど  俺は、それ以上の価値を、奴の話に見い出  したんだ」    勝村、立ち止まり、 勝村「奴らに協力する代わりに、お前を鬼ヶ  島で始末してもらおうってな」 磯部「!」 勝村「直接手を下さず、絶対に足もつかない。  どうだ、名案だろ?」    動揺を隠せない磯部。 勝村「でもお前は戻ってきた。ハナからその  つもりだったのか、それともお前の利用価  値に気付いたのか……とにかくお前は生か  され、消えたのは吉井だった」    勝村、携帯を取り出す。 勝村「おかげでややこしくなっちまったが…  …(携帯に)俺だ、そう、今すぐだ。(携帯  を切り、磯部に)そろそろエンドマークに  しようや」    勝村、リモコンを取り、テレビをTT    Nに合わせる。    『タイムリー・ファイブ』のスタジオ。    キャスターに原稿が渡される。 キャスター「え〜臨時ニュースです」    勝村、ニヤリ。 キャスター「衝撃映像が届きました」    画面、切り替わる。    と、磯部の表情が凍りつく。    テレビ、逃走中の磯部と石川の映像。    路地裏を走る二人や、シビックの車内。 キャスター「目撃者の話によると、磯部氏は  人質という様子ではなく、鬼の逃走を助け  ているようだったと―」 勝村「たった今、お前は鬼になった」    磯部、勝村を押しのけて逃げる。    が、携帯で後頭部を殴打される。    腰から砕け、うずくまる磯部。 勝村「あとは桃太郎さんに任せる。俺はやっ  ぱり手を下さない。めでたしめでたしだ」    勝村、こらえ切れずに笑い出し、高笑    いと共に部屋を出ていく。    力を振り絞って立ち上がる磯部。    フラつく足で後を追う。 ○ 同・外・夕    ビルから出て来る勝村。 勝村「♪も〜もたろさん、ももたろさん、こ  れから鬼の〜……」    向こうからやってくる大勢の人影。 勝村「征伐だ」 ○ 同・オフィス・夕    磯部、ドアに手を伸ばす。    と、寸前でドアが開く。    並ぶいくつもの黒い影。    磯部、後退る。    進入してくる黒い影。    テレビの光で、部屋の中がチカチカ点    滅する。    追い詰められた磯部。    壁に映った影が、凶器を振り上げる。 ○ 同・外・夕    鈍い衝撃音。    ……静寂……    突然、窓を突き破って飛び出てくる人    物。    そのまま地面に叩き付けられ、三回転    四回転。    さらに、ブロック塀に激突する。    ゆっくりと起き上がったその人物、磯    部である。    自分の身体を不思議そうに見る磯部。    何故か傷一つ無い。    と、ビルから狂気の集団が湧き出して    くる。    磯部、逃げる。    逃げて逃げて、全力で逃げていく。 ○ 自衛隊&狂気の大衆による鬼退治    (以下、走る磯部とカットバックで)    ホストクラブ、アクセ店……次々に退    治されていく鬼たち。    抵抗する鬼もいる。    自衛隊員をなぎ倒し、戦車を投げ飛ば    すが、多勢に無勢で力尽きる。    鬼と間違われて撃たれる人。    近くにいた人が必死で訴え出るが、今    度は自分が大衆の餌食に。    人間も鬼も入り乱れ、日本各地で繰り    広げられる追いかけっこ。    これらは全て、軽快なBGMに乗り、    早回しで展開。    なんとも滑稽な大騒乱である。 ○ 激走する磯部    キャップが脱げて飛んでいく。    磯部、振り返ると、追ってくる森下が    いる。 森下「磯部さん!」 磯部「森下?」 森下「すいません、俺……まさか、こんな事  になるなんて」 磯部「帰れ!」 森下「?」 磯部「分かるだろ、俺と一緒に居たら……」 森下「構わないっスよ!」 磯部「?」 森下「大事なのは、この目が開いてるかどう  か」    森下、微笑み、 森下「でしょ?」 磯部「……」    磯部、笑顔を返し、 磯部「ああ」    並んで走っていく磯部と森下。    共に、どこか晴れやかな表情。    と、二人の頭からツノが伸びてくる。    それを俯瞰で捉えるカメラ、引いてい    くと……    とんでもない数になっている追っ手。    さらに引いて……    あちこちで煙があがったり、爆発が起    きる日本列島が見えてくる。    しかし、それは凄惨な光景ではなく、    まるで祭りの狼煙か、打ち上げ花火の    ようだ。                   完 ※掲載にあたり、多少の加筆・修正をしました。