「ブランコはひとり揺れていた」 西澤さとる 登場人物  加藤雄一(六二) 主人公  加藤桂 (二九) 加藤家の嫁(旧姓金本)  加藤文彦(三四) 雄一の息子  金本洋子(四六) 桂の母  矢島美紀(二八) 桂の同僚  国松  (三〇) 雄一の部下  江守  (六二) 雄一の同僚  茜   (四〇) クラブのママ  大輔  (二八) 美紀の彼氏  雄一の部下たち  医者  看護士たち  寿司屋の親父  交番の警官  交通課の警察官  結婚式の参列者  葬式の弔問客  風俗のスカウター  他 〇 風に揺れているブランコ   どこかの民家にあるもの。   雨混じりの風に頼りなく揺れている。   座板は腐食し、今にも壊れてしまいそう。 〇 タイトル 〇 繁華街の居酒屋 外 夜   雨上がりの通り。   加藤雄一(六二)を先頭にサラリーマン       達が陽気に出てくる。   雄一、老眼鏡、白髪混じりの頭は年齢相   応だが、どこか男の色気がある。   各々、折り詰めを手に提げ、雄一に「ご  馳走様でした、部長」と頭を下げる。 雄一「(ほろ酔い)たまには……な」  付き従うように傍らに立つ部下の国松(三〇)、 国松「部長、次、行きましょう」 雄一「勘弁してくれ、俺はもう帰って寝る」 国松「じゃあ、送りますよ」 雄一「いいよ。酔い醒ましに少し歩くから」 国松「(小声で)でも、ちょっとお聞きした  いことあるんです」  雄一「なんだ?」 国松「(言いづらそうに)うちの部、解散す  るって噂が……」 雄一「(大げさに酔った振りして)気にする  な」 国松「……でも、優勝できないレースチーム  は金喰い虫だって……」 雄一「なるようになる! 」   と、ことさら大げさに国松の肩を叩き励  まし、一人去っていく。 国松はじめ部下たち無言で見送る。     〇 繁華街   夜とはいえ、明るく賑やかな通り。   駅へ急ぐ雄一、何かに躓いて転び、悪態   をつきながら眼鏡を探す。転んだ拍子に   落としたのだ。 女の声「大丈夫?」   と、雄一に手を添えて助けてくれる女。   雄一、眼鏡がないので女の顔がよくわか   らない。   女は桂(二九)、近くのクラブのホステ   ス。派手なドレスで、濃いめの化粧。 雄一のズボンの膝の綻びに気づき、 桂「(残念そうに)あーあ、台無し」   と、ズボンの穴に指を入れる。   雄一、くすぐったさを我慢しながら、 雄一「そこらへんに、眼鏡がないかな」   桂、辺りを見回し 桂「(拾って)これ?」 雄一「(ホッとして)そうそう、これこれ」 桂「気をつけてください」   と、去っていく。   雄一、やっと眼鏡をかけるが、桂は他の   ホステスたちと建物に消えていく。   帰りの客を見送ったところだ。   雄一、その後姿を見送る。 〇 加藤家 玄関   閑静な住宅街の大きな家。   明かりをつける雄一、靴を脱ぎながら、 雄一「(ポツリと)ただいま」   返事はない。    〇 同 茶の間   畳の間。仏壇がひとつ。   雄一、「チーン」と鳴らし、寿司の折り   詰めを開けて、 雄一「(仏壇に)これうまいぞ」   と、一人でもぐもぐ。   遺影は五〇代後半の雄一の妻。 〇 同 雄一の部屋   ハンガーのスーツが鴨居に架けられる。   大きな本棚、中は車の技術の本ばかり。   大きな机とベッド。   どこも読みかけの本で散らかっている。   パジャマの雄一、背広のほこりを払いな   がらズボンの穴を見て、指を入れてみる。 〇 クラブ 茜   雑居ビルの中の店。   ボックス五つぐらいの中程度のクラブ。   ママの茜(四〇)と美紀(二八)が客と   カラオケで大騒ぎしている。   手拍子をしている金本桂(二九)。   桂、儚げで整った顔立ち、喧騒の中で静   かにしていても目を引いてしまう女。   その隣に加藤文彦(三四)、背が高くス   マートだが神経質そうな男。桂の横顔を   見つめている。 桂、文彦を優しく見つめて、 桂「(文彦の腿に手を置き))何見てるの?」 文彦「(真剣に)この前の話、考えてくれた?」 桂「(笑顔で)ここお店よ」 文彦「(不満げに)……仕事もさ、早めに終  わらせてきたんだ」 桂「(苦笑して)子どもみたい」 文彦「気持ちだけでも教えてくれよ」   桂、上目遣いで頷く。 文彦「(パッと明るくなり)それ、OKって  ことだね」   桂、再び恥ずかしそうに頷く。 文彦「(大きく深呼吸して)よかったあ」   と、ソファに沈む。 桂「(表情を曇らせ)でも……私、こんな仕  事してるじゃない。家族の方が……」   店の傍らでは美紀が客とくすぐりあって  嬌声を上げている。 文彦「僕はね、こんなところ桂にはふさわし  くないと思ってるんだ。生活のためだろ?」   桂、ことさら可愛く頷く。 文彦「そう、桂は真面目で働き者で……」 桂「……なに?」 文彦「……きれいな人なんだ」   と、そっと桂の手をとり握る。   桂、それに応えて頷く。   美紀、客とふざけながらも、二人の様子   を目ざとく見つけ鼻で笑う。 〇 深夜、明かりが消える「茜」の看板 〇 同 店内   桂たちが帰り支度をしている。   そのなかで、念入りに化粧を直す美紀。 桂「(美紀を見て呆れ気味で)またあ……」 美紀「(軽く)アフターは大切な営業です」 桂「美紀の場合は過剰サービスよ」 美紀「デートして一晩お付き合いして、ちょ  っとお小遣いをもらうだけ」 桂「感心しないな……」 美紀「(鼻で笑って)なんであんたが銀行員  の奥さんなわけ?」 桂「(ギクッとして)何の話?」 美紀「(化粧を直しながら)とぼけない、と  ぼけない。高望みは不幸の元」   ムッとする桂。 美紀「あんた、普通の奥さんはムリだよ」 桂「何言いたいの?」 美紀「悪い事言わないよ。やめときな」 桂 無神経さに頭にくる。 美紀「(手を止め桂を見つめる)なんかあっ  たら私のとこに来な」   桂、表情が強張る。   奥から茜が出てきて、 茜「桂ちゃん 早く行かないと終電なくなる  よ。美紀、そんな仕事の仕方やめな!」 美紀「(手で制して)いいの、これが好きなの」 茜「(絶句)さあさ、鍵閉めるよ!」   と、桂と美紀を外に出るように促す。   美紀、陽気に鼻歌混じりで帰り支度。そ   の様子を呆れた表情で見ている桂。 〇 桂の住んでいるマンション 前   エレベータを下り、疲れた顔で廊下を歩   く桂、部屋の前に立ってる母の洋子(四六)   を見て表情がいっそう曇る。   洋子、残り少ない色気にしがみついてい   る中年女、ことさら愛想よく、 洋子「おかえり。だから合鍵欲しいのよう」   桂、返事せず鍵を開ける。 〇 同 リビング 室内   中古マンションの1LDK。   女性らしいマスコットが飾ってある片付   いた部屋。   小さな本棚には料理の本、テーブルマナ   ーの本と映画「プリティー・ウーマン」   のDVD。   小さなテーブルの前に座る洋子、部屋中   を見回し、 洋子「やっぱり、マンションは良いね、中古  でも」   桂、キッチンからペットボトルの茶とグ   ラスを持ってきて座る。 洋子「(茶を見て)ビールはないの?」 桂「(相手にせず)これでいい?」   と、一万円札を数枚出す。 洋子、受け取って数え、手を頂戴の形。 洋子「(にっこり)タクシー代」   桂、渋々出す。 洋子「(甘えて)合鍵くれないんだもん」 桂「(憎憎しく)今度の男も貧乏なの?」 洋子「ふんっ! 余計なお世話」 桂「ところでさ、私、結婚するから……」 洋子「(驚いて)えっ! どんな人?」 桂「(勝ち誇って)銀行員よ」 洋子「堅そうだねえ」 桂「(頷いて)うん、真面目な人よ。店に来  たのは付き合いだったの」 洋子「(不満そうに)ふーん」 桂「だからお小遣いはもう無理よ」 洋子「(首を傾げて)堅物はどうかな? 少  し遊び歩いている男が、あんたのためだよ」 桂「(睨んで)あの土建屋の社長みたいの!?」 洋子「(鼻で笑って)……そうよ……」 桂「(怒りを抑えて)あんな男、大嫌い! 母さんも酷いよ! 私が横取りしたみたいに  言って!」 洋子「疑われるようなことするからだろ!」 桂「(怒鳴る)あいつが無理やり私を……!」 洋子「(憎憎しく)あんた、本当にそう言い  切れる? あんたにその気無かった?」 桂「当たり前よ! 私は母さんとは違う。男  見る目あるもの。 母さんも妬んでるんだ。  私が幸せになりそうだから妬んでるんだ」 洋子「(財布を仕舞い)ありがとうね」   と、立ち上がる。 洋子「(強張っている桂を見下ろして)まっ、  若いうちに何でも試しておきな。あ〜、母  さんの言ってること正しかったなあと思う  日、来るよ」   と、部屋を出て行く。   桂、悔し紛れにグラスを扉に投げつける。   砕けたグラス、尖って不気味に光る。 〇 加藤家 リビング   リビングから庭が見える。   そこには冒頭のブランコが暗闇の中にボ   ウーッと浮かんでいる。   深夜番組のテレビ画面。   ソファでうたた寝をしている雄一、テレ   ビを見ながら寝てしまったらしい。   手からリモコンがずり落ちる。   帰ってきた文彦がその様を見て、 文彦「とうさん、風邪引くよ」 雄一「(涎を拭いて)ああ、おかえり。遅かっ  たな。最近忙しいのか」   と、手から消えているリモコンを探す。 文彦「(改まって声で)とうさん」 雄一「(リモコン拾って)うん?」 文彦「僕、結婚したい人いるんだ」 雄一「(文彦の顔を見て)えっ?」 文彦「綺麗な人なんだ、性格もおとなしくて。  父さんも気に入るよ」 雄一「(テレビを消して)俺なんかどうでも  いい。お前が気に入ればそれで良いんだ。  どうすんだ、どこに住むんだ」 文彦、キョトンとしてる。 雄一「いや、俺が出て行くよ。俺なんかどっ  かの小さなアパートで良いんだ」 文彦「(呆れて)とうさん、本当に無駄遣い  が好きだね」 雄一「なにが?」 文彦「部屋が多いから同居すればいいんだよ」 雄一「でも、若い者は若い者同士、今時の娘  さん、年寄りと一緒じゃ嫌がるぞ」 文彦「そういう人じゃないよ。それは大丈夫  さ。それに、これから物入りだから出費は  抑えたいんだ」 雄一「そうか……?(ハッと気づき)遅れて  すまん。驚いて大事なこと忘れていた。(改  まって)よかったな、おめでとう」 文彦「(笑顔で)うん、ありがとう。今度、  紹介するよ。仕事の帰りに三人で食事でも」 頷いて、肩を叩き祝福する雄一。 〇 車の爆音が轟く山間 昼 別の日   民家らしいものは見えない。 〇 〇〇自動車 テストコース    レーシングカーが猛スピードでコースを   走り回っている。   雄一、そのレーシングカーの走りを真剣   な眼で見ている。   傍らには部下の国松。 国松「部長のご指示通り、ボディを削って正  解ですよ」   雄一、車の走りに見とれて頷く。 雄一「(ハッと気づいて)悪いが、今日は早  めに上がらせてもらうよ」 国松「なにか?」 雄一「息子が嫁さん紹介してくれるんだ」 国松「そうですか。おめでとうございます」 雄一、少し照れる。 国松「(改まって)部長」 雄一「どうした?」 国松「(言いづらそうに)このレーシングチ  ーム解散ですか……?」 躊躇いがちに頷く雄一。 国松「(項垂れて)確実に実力は上がってい  るんですけど、一回でも優勝してれば……」 雄一「(走るレーシングカーを見ながら)お  前たちは大丈夫だよ。クビはない」 国松「僕はスポーツカーの設計がしたいんで  す。家族のご機嫌取りのファミリーワゴン  なんて嫌だな」 雄一、何もいえないが、肩を叩き慰める。   国松、雄一の気持ちに応え作り笑顔。 〇 東京へ向かう特急 車内   乗客は雄一だけ、頬杖をつき、外の景色   を眺めている。   列車と平行して走るスポーツカー。   中には若い男女。   雄一の羨望の眼差し。    〇 夕方のビル街に滑り込んでいく特急  〇 高級レストラン 雄一たちの席   しゃれたビルの中の店、静かな店内、上   品な調度、上品な客。   雄一と文彦、時間を気にしながら、桂を   待っている。 雄一「何かあったんじゃないか……?」 文彦「(立ち上がり)ちょっと、電話してく  る」   と、店を出て行く。 〇 同 入り口 前   エレベータがある。 文彦「(携帯を出し)圏外だよ」   と、電波の届くところを探し去る。   そのとき、エレベータのドアが開き、   入れ違いで桂がやってくる。   桂、いつもと違い清楚で可愛い服装。 桂「(入り口のボーイに)すみません。加藤さ  んで予約しているんですが」   ボーイ、うやうやしく案内する。 〇 同 雄一たちの席   桂、ボーイに案内されて、 桂「すみません、文彦さんのお義父さんです  か?」 雄一「(少し慌てて)あっ! はい。金本桂  さん?」 桂「はい。遅れてすみません。電車が遅れて  ……。文彦さんは?」 雄一「(席を勧めながら)いま、あなたに電  話をかけに」 桂「(困った顔で)ここ、圏外なんです。私  も何度もかけたんですけど……すみません」 雄一「(携帯を出し)本当だ。まあ、待って  れば、あいつも来ますよ」 桂「(ちょっと迷って)そうですね」   と、座り、そっと汗を拭きながら雄一の   視線に気づく。   雄一、首をかしげながら桂を見ている。 桂「あの……なにか、ついてますか?」 雄一「……いや。」   × × ×   雄一の回想 フラッシュ   ひざに穴の開いたズボン。そこに入る指   × × ×   歩道に転がる眼鏡   × × ×   元のレストラン。 雄一「桂さん。どこかでお会いしましたよね」 桂「(平静に)どこでしょう?」 雄一「(首を振って)いや、はっきり思い出  せないんだけど、似た感じの人が……」 桂「(考えるふり)すいません。記憶が……」 雄一「(頭を掻きながら)どこかで会ったと思  ったんだけど……じゃあ、仕事は……」   顔色変えず笑顔の桂。   そこへ、文彦やってきて、 文彦「(桂の隣に座り)やあ、入れ違いか」 桂「ごめんなさい。ちょっと電車が……」 文彦「(手で制して)こちらが金本桂さん、 で、うちの父」 雄一「お前が来る前に、自己紹介は済ませた  よ。今、桂さんの仕事訊いてるんだ」   文彦、ドキッとする。 桂「(平然と)建築の業界新聞の会社で事務と  原稿取りしてます。学生時代からやってま  したから」   文彦、水を飲み干す。 雄一「それは、また地味な」 桂「ええ、編集の仕事したくて頑張ったんで  すけど、やはり才能がないらしくて」 雄一「うーん、そうか、他人の空似か。詮索  してすみません」 桂、笑顔で答える。   文彦ホッとして力が抜ける。 文彦「ねえ、料理持ってきてもらおうよ」 雄一「そうだな」   文彦、ボーイを呼ぶ。   何事もなかったかのような笑顔の桂。 〇 豪華な施設の結婚式場。例えば椿山荘   洒落た教会の前。   出てくる新婦の桂、すその広いウェディ   ングドレスを着て幸せそうな笑顔。   新郎の文彦は愛想よく挨拶。   二人は参列者からライスシャワーを浴び   ている。 × × ×   参列者の江守(六二)、雄一に 江守「(見惚れて)親子で面食いか、可愛い  嫁さんだな」 雄一「ああ、まあな」   そこへ、洋子が来て、 洋子「(慇懃に)いいお式挙げてもらって  ……」 雄一「とんでもない。本当によく出来たお嬢  さんで、女手ひとつで大変だったでしょう」 洋子「いえいえ、不調法な娘で……」   と、ことさらおかしそうに笑う。   雄一、ちょっと不思議そうな表情。   × × × 桂、祝福を受けながら、 桂「(文彦の耳元に)私、嬉しい」 文彦「……よかったね」 〇 同 ホール   披露宴が終わった後   帰る客あり、記念写真撮る客あり。   文彦は会社の上司に挨拶。   新婦の桂は引っ張りだこ。   美紀と茜やってきて、 茜「(感激して)綺麗だったわよ。桂ちゃん、  私、昔を思い出しちゃった」 美紀「呼んでくれてありがとうね」 桂「(小声で)片親で親戚少ないから、渋々よ」   と、言いながら笑う。 美紀も笑顔で返す。 茜「ね、写真撮ろう、写真。あっ、おじさん  お願い」   と、そばを通る雄一にカメラを渡す。   雄一、戸惑いながらカメラを構える。 桂「(慌てて)お義父さん、すいません」 茜「(ポーズとりながら)あっ お義父さん?  すいません。ご用立てして」   三人並んで写真を撮る。 雄一「(カメラ返して)こちらは」 桂「(落ち着いて)ええ、叔母です」   茜、ドギマギしながら挨拶 美紀「(大げさに可愛い子ぶって)従姉妹の  美紀で〜す」   雄一、ギクシャクしながらそれぞれに愛   想よく挨拶。   目立たぬように胸をなでおろす桂。   その様子を無表情に見ている洋子。 〇 〇〇自動車 本社 会議室 別の日   広い会議室 大きな会議用の机。   大きな窓。都内の風景が一望できる。   雄一、風景を見ながら誰かを待っている。   江守(六二)が部屋に入ってくる。 江守「いやいや、お待たせ」 雄一「テストコースから電車で二時間。呼び  つけておいて待たせるとは無礼だぞ」 江守「(座りながら)許せ、許せ。こっちは  下らん用事が多いんだ」 雄一「(座って)先日は式に参列してもらっ  てすまなかった」 江守「いやいや、枯れ木も山の何とかだ、息  子たちはどうだ?」 雄一「今、新婚旅行。明後日までハワイだ」 江守「同居だって? 良い息子持ったなあ。  親の心配する息子は金の草鞋を履いても探  せと言うからな」 雄一「いや、あいつは家賃節約したいだけだ」 江守「浪費家よりいい。ところで……レース  からの撤退、今度の会議で可決だ」 雄一「(ちょっとショック)やっぱりな……」 江守「(わざとおどけて)うちも台所事情は火  の車だ。まさに車屋だ」   雄一が笑わないので気まずい雰囲気。 江守「うちは昔から軽自動車主体だから、や  っぱり無理だったんだな(頭を下げ)社長  の気紛れにつき合わせてすまない」 雄一「よせよ、俺はそれなりに楽しかったよ。  もう少しで優勝できるんだが……」 江守「お前、もう一期やるだろ? 役員。俺  が常務に頼んでおくよ」 雄一「いや、それはいい。仕事は十分だ」 江守「引退すると老け込むぞ」 雄一「……ここにいたら、下らん用事が多く  なるんだろ?」   江守、苦笑する。 雄一「今、外を眺めて想像してたが……」 江守「どうした?」 雄一「ここで働いている俺を想像できないん  だ。あのチームなくなれば、もう、この会  社には興味ないんだ」 江守「(しんみりと頷き)まあ、あの可愛い  嫁さんと余生を過ごすもの悪くはないな」 雄一「(むきになり)ばか!」 江守、イタヅラっぽく笑う。 雄一「そんなことより……」 江守「部下のことだろ? お前が育てた連中  だ。まだまだ、この会社で働いてもらうさ」 雄一「そうか、頼むよ。優秀な連中なんだ」   江守、頷く。 雄一「(何度も頷いて)そうか……よかった」 江守「(指でお猪口を作り)おい、今夜」 雄一「(慌てて)いや、今日は……いいよ」 江守「(頷いて)そうか……」   雄一、無言で何度も頷く。 〇 大衆居酒屋   酔ったサラリーマンで、賑やかな店。   一人手酌で飲んでいる雄一、騒いでいる   若い客を羨ましそうに見ている。      〇 加藤家の前の道 夜   雄一、ほろ酔いで歩いている。   フッと気づくと家に明かりが点いている。   驚く雄一。 〇 加藤家の玄関。   女の靴   可愛く揃えて脱いである。   首を傾げる雄一。 〇 加藤家 キッチン    旅行着のままの桂、食卓でウィスキーを   飲んでいる。   帰ってきた雄一に気づき、 桂「(慌ててグラスを隠し)お帰りなさい」 雄一「(キョトンとして)帰り、明後日じゃな  かったか?」 桂「(気まずそうに)帰ってきちゃったんで  す」 雄一「文彦はどうした?」 桂「上で寝てます。疲れたって……」 雄一「どうした。熱でも出したか?」   首を振る桂、そっとグラスをシンクに片   付ける。 雄一「……喧嘩か?」 桂「(寂しそうに)……いえ」 雄一「まさか……」 桂「なんですか」 雄一「成田離婚か?」 桂「……いえ、なんでもないんです。私、二  階に上がりますね」   と、逃げるように。 雄一「(自分でグラスを探して)いや、ちょ  っと付き合ってよ」 桂「(驚いて)えっ!?」 雄一「そう言えば、頂き物のレバーソーセー  ジがあるんだ。レバー好きか?」   桂、嬉しそうに頷く。   × × ×   つつましいが楽しい酒宴。 桂「おいしい……」 雄一「スコッチはにおいのきつい食べ物とあ  うんだ。イギリスじゃ羊のモツ料理と一緒  に食べるんだ」   頷いて感心している桂。   雄一、桂に見惚れている。 桂「(満更でもないが)お義父さん。何見て  るんですか?」 雄一「すまん……転んだ時ね、眼鏡拾ってく  れた娘がいてね。桂さんダブるんだよな」 桂「(探るように)どんな人?」 雄一「なんというか、忘れたくない感じの…  …老眼だし暗がりだったから」   桂、おもむろに立ち上がり、雄一の肩を   揉みだす。 雄一「(驚いて)おいおい、新妻にそんなこと」 桂「(笑顔で)大丈夫、私ね、上手なんです」 雄一「悪いね」   と、桂の肩揉みに身を委ねる。 桂「……私、変ですよね。一人でお酒飲んで」 雄一「酒だけが友達ってとき、誰でもあるさ」   桂、しんみりして頷く。   そこへ、パジャマの文彦やってきて、 文彦「うるさいと思ったら……」   と、二人の光景、二つのグラスを見てム   ッとする。 雄一「(慌てて桂から身体を離し)おまえ、途  中で切り上げたんだってな」   桂、雄一の慌てぶりにキョトンとする。 雄一「(冷蔵庫から水を出し)ああ、オアフで  帰ってきた。日本人ばかりでウンザリだよ」 雄一「(呆れて)綺麗な浜辺で寝そべるだけ  でもいいだろ。なあ、桂さん」 桂「(遠慮がちに)ええ……」 文彦「(桂を見て)ちょっと俗悪だよね……」   すまなそうに縮こまる桂。 雄一「(呆れて)お前、相変わらずだなあ……」 文彦「……ああ、よく寝た(桂に)これから  仕事するからコーヒー」 桂「(戸惑いながら)えっ……あっ、はい……」   と、仕度を始める。   桂を心配そうに見る雄一。 〇 湯気を立てているコーヒーカップ   文彦の部屋    文彦がパソコンで仕事をしている。 〇 加藤家 夫婦の寝室    文彦の部屋の隣    セミダブルベッドが二つ。   壁を通してパソコンのキイを叩く音が遠   くに聞こえる。   寝巻きで薄化粧をしている桂、ベッドの   上でキイの音を聞きながら天井を見つめ   ている。    〇 同 ダイニング 朝 別の日   桂、食器を洗っている。   新聞を読んでいた雄一、老眼鏡越しに、 雄一「(驚いて)今日は日曜だろ?」 桂「新婚旅行の遅れを取り戻すそうです」 雄一「休日出勤か。大変だな。あいつも」 桂「(項垂れて)ええ」   と、食器を洗う手が止まっている。   水道から水が垂れ流し。   雄一、桂の丸まった背中を見ている。 桂「(ハッと気づき)お義父さん、ハンバー  グ作れます?」   と、水道を止める。 雄一「ハンバーグ……? 」 桂「……子どものとき、お義父さんのハンバ  ーグが美味しかったって、文彦さん、話て  くれたんです」 雄一「(やっと思い出して)ああ、あのことか」 桂「(振り返り)それ、教えてください。作  ってあげたいんです。最近疲れてるようで」 雄一「(力強く頷き)ああ」   やっと笑顔になる桂。   それを見てホッとする雄一。 〇 郊外の大型スーパー 食料品売り場   魚売り場の前   雄一と桂、立っている。 桂「(驚いて)鰯ですか……?」 雄一「ああ、文彦は魚嫌いでね、特に青魚。  鰯をハンバーグにすりゃ食べるんじゃない  かとやってみたんだ」 桂「つみれ鍋からヒントを得たとか……?」 雄一「(頷いて)何も知らないでパクパク食  べてたよ」   桂 くすっと笑う。 雄一「刺身に出来る奴をいっぱい買うんだ」   と、ありったけ買う。 桂「そんなに?」 雄一「(イタヅラっぽく笑う)へへ、後は大  蒜とかセロリとか香りの強い野菜を買う」   桂、頷く。    〇 加藤家 キッチン   買い物の袋が所狭しと置かれている。   鰯を包丁で叩いている雄一。 桂「クッキングカッターありますよ」 雄一「あれはさ、遠心力でうまみが出ちゃっ  て美味しくないんだよ」   桂、感心して頷き、包丁を持ってきて一   緒にたたき出す。   雄一と桂、弾んで楽しそうに料理をする。   みるみる、大きなハンバーグが三っつ形   になって行く。   × × × 雄一「出来た!!」   桂、思わず拍手。 雄一「これ、冷蔵庫に入れておいて、夕飯に   焼けば良い。ソースはそのとき作るから」 桂「なんか、大雑把ですね」 雄一「男の料理だ」 桂「(首を傾げて)でも、あんなに鰯買ったの  に、意外と少ないもんですね」 雄一「お昼だよ」   桂、意味が分からない。   × × ×   食卓の上にはぶつ切に近い鰯の刺身とコ   ップの日本酒2つ。 桂「(驚いて)いつの間に?」   雄一、コップを掲げ乾杯のかっこ。   二人、ちびちびやりながら鰯を食べる。 雄一「ちょっと、飲んで昼寝して、そのころ  あいつ帰ってくるだろう」   桂、楽しそう頷く。 桂「私、少しだけにします」 雄一「いける口だろ?」 桂「文彦さん、早く帰ってくるかも……」   雄一、納得の笑顔。 〇 同 雄一の部屋 夜   昼酒に酔いベッドで昼寝してしまった雄   一、ハッと目が覚める。 雄一「いかん、いかん 調子に乗りすぎた」   と、ベッドから降りる。 〇 同 リビング    ソファに座りテレビの前の桂、見るでも   なくリモコンでチャンネルを次々と回し   ている。   横に立っている雄一、 雄一「まだ帰ってないのか? 連絡は?」 桂「ええ……」 雄一「桂さん お腹すいてないか」   桂、暫く迷って、 桂「(立ち上がり)私、待ってます。お義父  さん、仕度しますから先に……」 雄一「いや、俺は大丈夫。まだ、我慢できる」 桂「そうですか……」   と、座り直す。   桂、リビングから見える庭を見ている。   暗闇の中にボーっと浮かぶブランコ。   雄一、桂の小さくなった背中を見つめる。 〇 同 ダイニング   レンジの横に並べてある鰯ハンバーグ。   まだ、調理してない。   油を引いたフライパン。   食卓に項垂れている桂、   向かいに少し飲んで顔が赤い文彦。   二人を少し離れてみている雄一。 文彦「ごめん、連絡したつもりでいたんだ。  部長も出勤しててさ、帰りにちょっと……」   桂、黙って聞いている。 雄一「桂さん、朝からお前にうまいもん食べ  させようと頑張ってたんだ」 文彦「(見て)ハンバーグか、冷凍すれば明  日食べれるでしょう」   雄一の責める目、項垂れた桂を見て、 文彦「謝ってるじゃないか。これも仕事だよ。  とうさんだってサラリーマンだからわかる  でしょう」   桂、項垂れて何も言わない。 文彦「……今度はちゃんと連絡するよ」   と、出て行く。   桂、立ち上がりハンバーグをラップで包   み始める。 桂「お義父さんのぶん焼きましょうか?」 雄一「いや、なんか適当に済ますよ……悪か  ったな、気の利かない息子で」 桂「いえ、仕事なんですから……」   雄一、台所を片付けている桂の寂しそう   な姿を見つめている。    〇 同 夫婦の寝室   各々のベッドの文彦と桂。   文彦、枕元のスタンドで本を読んでいる。   桂、天井を見つめている。 桂「酔ってないんですか」 文彦「ああ、本当に付き合っただけだ。その  度に酔っていたら身体もたないよ」   桂、おもむろに文彦のベッドに潜り込む。 文彦「(驚き)なに?」   桂、身体を文彦に密着させる。 桂「(媚びて)ねえ……」   文彦、渋々、本を閉じる。 〇 夜空の満月   に照らされているブランコ 〇 同 夫婦の寝室   大きな深呼吸をして桂から離れる文彦。    不満そうな桂、はだけたネグリジェを直   すことなく冷めた表情。   文彦、さっさと部屋着を着て、 文彦「先に寝ててよ」 桂「(ネグリジェ直しながら)どうしたの?」 文彦「いや、ちょっと……」    と、寝室を出て行く。   桂、しばらく不満そうに天上を見つめるが、   やがて起き上がり部屋を出て行く。 〇 グラスの中に落ちる生卵の三つ   白身がねっとりとグラスを濡らし、黄身   がどんよりとその中に浮いている。 〇 同 キッチン   不満そうに入ってくる桂。   生卵を飲み干している文彦を見て驚く。 桂「どうしたの?」   文彦、口の周りについた黄身を拭き、 文彦「おまえは?」 桂「のど渇いちゃって」   と、生卵のグラスを見つめる。 文彦「栄養補給だよ。消費した分ね」 桂「(強張って)……私のこと嫌い?」 文彦「なんで?」 桂「……さっき、無理してる感じ……」 文彦「僕ね、ああいうこと、ダメなんだ」   桂、少し驚く。 文彦「ああいうこと大切だってのは分かるけ  ど、それより心の繋がりだよ。信頼しあう  気持ちだよ」   桂、言い返せない。 文彦「まだ若いからピンと来ないかも知れな  いけど、桂もそのうちわかるよ……」   と、台所を出て行く。   憂鬱な桂。 〇 同 リビング 翌朝   起き抜けの雄一、欠伸をしながら庭を見   ると、桂がブランコのそばに立っている。    〇 同 庭   ブランコをしみじみと見ている桂。 雄一の声「昔、文彦に作ってやったんだ」   桂、驚いて振り返ると、雄一が庭に下り   てきている。   桂の思い詰めた顔を見て、雄一息を呑む。   桂、再びブランコに目を移す。   座板が変色しているブランコ 雄一「座るとこが腐っていて、危ないんだ」   桂、ためしに手で座板を押してみる。   バキッと割れる。 桂「(割れた座板を見つめて)乗ってもらえ  ないブランコって寂しいですね」   と、部屋に戻る。   雄一、黙って桂の後姿を見送る。 〇 〇〇自動車 テストコース 工作室 内   雄一が機械を使って鉄板を曲げている。   国松、戸を開け入って来て、 国松「(驚いて)何作ってんですか!? 仰っ  ていただければ僕やりますよ」 雄一「(機械を止め)俺がやりたいんだよ!」   と、笑顔。   首を傾げる国松    〇 加藤家 内    キッチン   皿を丁寧に洗っている桂。   × × ×   トイレ   懸命に便器を磨いている桂。   × × ×   雄一の部屋    背広が鴨居に掛かっている。   桂が掃除をしている。   背広を箪笥に仕舞おうとハンガーを鴨居   から外すと、そのズボンが落ちる。   桂、そのズボンを拾い、フッと見ると膝   のところが破れているのに気づく。   桂、そのスーツをそっと撫でる。 〇 加藤家の最寄の駅 夕方   改札を通る雄一、小脇に板状の包み。 〇 加藤家 ダイニング   食卓に頬杖をついて放心している桂。 雄一の声「おーい、桂さ〜ん」   桂、フッと我に返る。 〇 同 庭   ブランコの座板が新品になっている。   雄一が作っていたのはブランコの座板。   包んであった包みが散らかっている。   傍らに雄一、手招きをしている。   リビングの窓を開けてキョトンとする桂。 雄一「桂さん。来いよ」   桂、「?」という表情で庭に下りブランコ   に近づく。 雄一「どうぞ」 桂「(表情が溶けて)子供用でしょ」 雄一「わが社の最高級のチタンを使っている。  小錦だって大丈夫だ」 桂「失礼ですよ。そんなにありませんよ」   と、ブランコに座り、しばらく揺れる。 桂「これ、作ったんですか」 雄一「ああ、今朝乗りたそうにしてたから」 桂「私のために……!」   と、嬉しそうに雄一を見つめる。   その視線に慌てて雄一、 雄一「押してやるよ」   と、桂の後ろに回り押し始める。   大きく揺れる桂、嬉しそう。 雄一「寒くないか?」 桂「大丈夫、お義父さんの手、暖かいから」    〇 雄一の見た目で   桂の背中が近くなったり遠くなったり。   背骨、肩甲骨、など桂の身体がブラウス   にレリーフのように浮き出ている。    〇 元の庭   雄一、顔を赤らめ、手を止める。 桂「(キョトンとして)どうしたんですか?」 雄一「(戸惑いながら)そろそろ、夕飯を」   と、ぎこちなく部屋に戻っていく。   桂、雄一の後姿を見つめている。 〇 同 雄一の部屋   椅子に座り胸の高鳴りに戸惑う雄一。   桂の感触が残る手を見つめる。   ノック。桂が顔を覗かせ 桂「ごはんですよ」   雄一、潤んだ目で桂を見つめ頷く。   そのぎこちなさに「?」とする桂。  〇 同 ダイニング 夜   雄一、桂、文彦、食卓につき夕食。   特に会話もなく、黙々と食事をしている。   雄一、チラチラ盗み見るように桂を見る   が、視線が合うと慌てて目を伏せる。   顔が赤い雄一、ご飯を残し、 雄一「ごちそうさま」 文彦「(驚き)どうしたの? なんか顔が赤  い。熱あるの?」 雄一「(慌てて)大丈夫、頑丈だよ」   と、席を立ちリビングのソファに座る。   静かに食事を続ける桂。 〇 同 リビング   風呂上りの雄一、髪を拭きながら入って   来る。   ソファでニュースを見ている文彦。   キッチンでは桂が洗い物を終えている。 雄一「次の人、どうぞ」 桂の声「(キッチンから)あなた」 文彦「(テレビを見ながら)先に入ってよ」 桂の声「……はい」   雄一、牛乳を持ってきて文彦の隣に座る。   特に会話することなくニュースを見る。   × × ×   風呂場 脱衣所   裸の桂が風呂場に入り、戸を閉める。   × × ×   リビング。   「バタンッ」という音が聞こえてくる。   雄一、その音にビクッとする。   × × ×   風呂場   シャワーを浴びる桂   × × ×   リビングに、シャワーの音が聞こえる。   雄一、気を紛らわそうと牛乳を飲む。   慌てて飲んで少し零してしまう。   テーブルに滴り落ちる数滴の白い牛乳。 文彦「(苦笑して)どうしたんだよ」   雄一、返事をしないで、こぼれた牛乳を   見つめている。 文彦「(心配して)とうさん?」 雄一「(我に返り)ああ、うん?」   慌てて、テーブルを拭く雄一。 〇 〇〇自動車 事務室 三ヶ月後。   自分の席で頷いている雄一。     部下一が異動の挨拶をしている。   国松が段ボール箱に書類を入れ整理して   いる。 部下一「ここの仕事、本当に楽しかった。お  世話になりました。明日、異動します」 雄一「(しんみりと)いろいろありがとう」 部下一「(項垂れて)失礼します」   と、去っていく。 雄一「(ため息をつき)みんな若いんだ。次の  やりがいを見つけるさ」 国松「一人減り、二人減り……速いですね、  時間が」 雄一「(椅子にもたれて)ああ」 国松「定年まで後三〇年、僕はもう一回この  会社でレースやりますよ。そのときは部長、  顧問で呼びますから」 雄一「(笑って)ああ」 国松「本気にしてませんね」 雄一「ありがとう。俺もいい年齢だからな」 国松「年齢なんか関係ないですよ。気持ちの  問題ですよ」   雄一、表情が曇る。 国松「(心配して)何か気に障りました?」 雄一「いや、人間、年齢が来たら程よく枯れ  るべきだと思ってるんだ」 国松「何言ってるんですか、年寄り臭い」 雄一「(むきになって)俺は年寄りなんだよ。  余計なこと考えちゃいけないんだ」 国松「……どうしたんですか?」 雄一「(慌てて)いや、なんでもない」   と、席を立ち外を眺める。   外には黒い雲。 〇 加藤家 庭    ブランコに乗って揺れている桂、突然、   吐き気に襲われる。   思い当たる節がある桂。   風が吹き始め、空には黒い雲。 〇 とある病院 待合室    座って順番を待つ桂。 看護婦「加藤さ〜ん」   と、呼ばれ立ち上がる桂の不安そうな顔。 〇 加藤家 リビング 夕方   外は強い風雨。   鼻歌を歌いながら、弾んで洗濯物を畳ん   でいる桂。   会社から帰った雄一、 雄一「いやあ、来たなあ、台風は今夜通り過  ぎるらしいよ」 桂「(明るく)あっ、お義父さん、お帰りなさ  い、気づかなくて」 雄一「自棄に機嫌がいいねえ。なんか良いこ  とあったのか」   照れ笑いの桂、鼻歌を歌いながら洗濯物   を畳み続ける。   首を傾げる雄一。ハッと気づき……。 〇 同 茶の間   仏壇で線香を上げている雄一、遺影に、 雄一「母さん。年甲斐もなくすまん。怒って  るか? 笑ってるよな。俺もお爺さんだよ」   と、自嘲的に笑う。 〇 深夜、台風に翻弄されているブランコ。 〇 加藤家 夫婦の寝室 夜   強い風雨の音   ベッドで何か言いたそうにしている桂。   本を読んでいる文彦。 桂「(笑顔で)ねえ」 文彦「(本を読みながら)うん?」 桂「わたしね、出来たの」 文彦「(桂を見て)何が?」 桂「子どもよ、あなたの子ども」 文彦「(本を閉じ驚く)えっ!?」 桂「(弾んで)あなた、おとうさんよ!」   憮然としている文彦。 桂「(強張って)うれしくないの?」 文彦「間違いないのか」 桂「(頷いて)今日、病院行ってきたから……」   文彦、暫く考え込む。 桂「(強張って)どうしたの?」 文彦「うん……堕ろせよ」 桂「(驚く)えっ?!」 文彦「……子どもなんて無駄だよ」 桂「(うろたえて)無駄ってどういう意味?」 文彦「……まだ、早いよ。親の資格というか、  そういうものが無いと思うんだよ」 桂「……何言ってるの? 私、わからない」 文彦「ニュース見てもわかるだろう。こんな  変な世の中、生まれてくる子がかわいそう  だよ」 桂「変なのあなたよ。言ってることおかしい」 文彦「いいから、僕の言うこと聞けよ!」 桂「(涙声で)嫌!」 文彦「僕は、その子、愛する自信ないね。そ  れで良いなら好きにしなよ」   大声で泣き伏せる桂。   憮然とする文彦。 〇 一転して台風一過の青空 翌朝 〇 加藤家 玄関    文彦が靴を履いている。   じょうろを持った雄一、入って来る。 文彦「朝からせいが出るね」 雄一「ああ、桂さんは?」 文彦「(ムッとして)上で寝てるよ」 雄一「(頷いて)今、大切な時期だからな」 文彦「(憮然)行ってくる」   雄一、首をかしげながら見送る。  〇 同 夫婦の寝室 前   心配そうな雄一、ノックする。桂がベッ   ドで横になっている。 桂の声「(微かに)……はい」   恐る恐る扉を開ける雄一、 雄一「桂さん? 」   ベッドで寝ていた桂、半身を起こし顔を   向ける。   思いつめ、泣きはらした顔に驚く雄一、 雄一「大丈夫か?!」 桂「……朝ごはんですね……」  と、縋りつくような視線。 雄一「(視線をそらし)いや、いいんだ……。  自分でやるから、ゆっくりしてなさい」   と、逃げるように扉を閉める。    〇 〇〇自動車 事務室   雄一、席で思い悩んでいる。   国松 他数名、事務所を引き払うため、   ダンボールに次々と資料を入れ、荷物を   まとめている。 国松「(心配して)部長。どうしました?」 雄一「(我に返り)いや、なんでも……」   と、躊躇いながら電話をかける。   × × ×   加藤家 庭   電話の呼び出し音が遠くに聞こえる。   暑い日差しの中、   ブランコに乗って揺れている桂、小さな   声で子守唄を歌っている。   おもむろに立ち上がる桂、虚ろな目で歩   き出す。   小さく揺れているブランコ、次第に動き   が止まる。   ピクリともしないブランコ。   電話の音が繰り返される。   × × ×   元の事務室   電話に誰も出ないので不安になり、 雄一「国松君、悪いけど帰って良いかな?」 国松「(心配そうに)ええ、後は梱包だけです  から構いませんが、お宅で何か?」 雄一「いや、ちょっと、心配事が……」  と、その顔に不安が広がる。 〇 東京に向かう特急 〇 加藤家 表   タクシーが止まり慌てて降りる雄一。 〇 同 玄関   雄一、入ってきて、 雄一「(焦って)桂さん!」   フッと見ると桂の靴がそろえてある。 雄一、焦って奥にはいる。 〇 同 夫婦の寝室   慌てて扉を開ける雄一、ベッドに寝てい   る桂を見て、ほっと一安心する。   が、床に転がっている睡眠薬の空のビン。   雄一、慌てて桂を起こそうとする。 雄一「桂さん! 桂さん! 桂!」   桂、意識がない。   慌てる雄一。 〇 救急病院 処置室 前   ベンチで心配そうに待っている雄一、そ   こへ文彦が小走りにやってきて、 文彦「とうさん」 雄一「胃洗浄をした……」 文彦「で、桂は?」 雄一「大丈夫だそうだ」   文彦、ホッとする。 雄一「お腹の子はダメだったらしい」   文彦、俯いたまま答えない。 雄一「……何があったんだ?」   文彦、返事をしない。 雄一「(声を荒げて)おい! 文彦!」 文彦「(努めて冷静に)病院だよ。大きな声、  出さないで……」 雄一「昨日の桂さんは母親の顔だった。本当  に幸せそうな母親の顔だった」 文彦「父さん。僕たち夫婦の問題だよ」 雄一、射抜くような視線。 文彦「(その視線にたまらず)桂が無事なら  良かったじゃないか」 雄一「(激昂して立ち上がり)おまえ! なん  か言ったのか!?」 文彦「子どもなんかいらないんだよ」 雄一「(怒りを抑え)なんで一緒に喜べないん  だ?」 文彦「(吐き棄てるように)軽はずみに生まれ  てくる子どもは不幸だよ」   雄一、カッとなって殴る。   頬を押さえ、驚く文彦。   周囲の看護士たちは息を飲む。 雄一「おまえの結婚は軽はずみなのか!?」 文彦「(少し怯えて)なんだよ……」 雄一「(情けなくなり)いいか、桂さんが元気  になったら大切にするんだぞ」 文彦「(ムッとして)……いつも大切にしてる  よ」 雄一「黙って聞け! 大切にするんだぞ!   いいな!」   文彦、思わず頷く。   力が抜けて座り込む雄一。 〇 同 病室   看護婦が点滴をセットし終わる。   桂がベッドに寝ている。   雄一と文彦が医者から話を聞いている。 医者「命に別状はありません。暫くこの状態  ですが、意識が戻ったら連絡してください」   雄一と文彦、お礼を言う。   医者、挨拶をして去る。 文彦「(言い難そうに)とうさん、僕、会社に  戻らなきゃ……」 雄一「(怒りを抑えて)おまえ……」 文彦「居なきゃいけないのは分かってるさ、  でも……」 雄一「……ああ、でも、退院のときはお前が  迎えに来い」 文彦「(躊躇いがちに頷いて)わかったよ」   と、去る。   雄一、ため息をつき桂の傍らに座る。   ほつれ毛を直してやり、汗を拭いてやる。   桂の手を、愛おしそうに握り締める雄一。   × × ×   ポタポタ落ちる点滴、薬液が大分無くな   っている。   雄一、桂の手を握ったまま寝てしまった。 桂「(フッと目を覚まし)お義父さん……?」 雄一、目を覚まし桂の顔を見る。 雄一「(ホッとして)ああ、よかった……」 桂「……私、どうしたの?」 雄一「……大丈夫……なんでもないよ」 桂「……お義父さん……は?」 雄一「会社から家に電話したんだ。そしたら  誰も出ないものだから、ちょっと……」 桂「……いままで……ずっと一人で?」 雄一「(慌てて)文彦もさっきまで居てな。そ  の、会社に呼ばれて……」   桂、雄一の気遣いに寂しく笑い、手を握   り返す。 雄一、慌てて握っていた手を離す。 雄一「すまん。少しでも早く気がつけば、と  ……」   恥ずかしくなって俯いてしまう雄一。 桂「(溶けた表情で)ありがとう」 雄一「(照れて)あっ! そうだ、意識が戻っ  たら連絡くれと言っていたんだ」   と、部屋を飛び出していく。   残された桂、雄一の慌て振りに少し笑う。 が次第に暗い表情になる。 〇 病院 前   桂が文彦に付き添われて退院。   タクシーに乗る。 〇 走るタクシー 車内   後部座席の桂と文彦。   まだ少し顔色の悪い桂 文彦「大丈夫?」 桂「(儀礼的に)すいません。子どもじみた真  似をして」 文彦「いや、僕も言葉が足りなかった。あや  まるよ」   と、頭を下げる。   桂、儀礼的に応えそのまま窓の外を見る。     文彦、桂を窺うが、   桂、無視して外を眺め続ける。 〇 加藤家 キッチン 別の日   すっかり顔色が戻った桂、食事の支度を   している。   冷蔵庫をあけると、卵が目に入る。   卵を手に取り覚めた眼で見つめる桂、手   に力を入れ、そのまま握りつぶす。   桂の目に表情がない。    〇 同 夫婦の寝室 夜   ベッドで落ち着かない文彦。   桂の階段を上ってくる気配を感じ慌てて   読書をする。   風呂上りの桂、部屋に入ってきて、何も   言わず、自分のベッドに潜り込む。   文彦、桂をちらちら盗み見る。 文彦「(思い切って)桂?」 桂「(寝たまま)はい?」 文彦「身体のほうはどうだ?」 桂「ええ。あなたもお義父さんも気を使って  くれて……。ありがとうございました」 文彦「そうか……」   と、思い切って本を置き、桂のベッドに   潜り込む。 桂「(驚いて)なんですか!?」 文彦「(躊躇いがちに)僕も少し反省したよ」   桂、冷めた目で睨む。 文彦「(桂を寝巻きの上から撫でて)そんな  目するなよ。僕たち夫婦じゃないか……」   桂、文彦をベッドから突き落とすように   追い出す。   文彦、抵抗しながらもベッドから落ちて、 文彦「(不満そうに)なんだよ……!」 桂「あなた、子どもはまだ早いんですよね」   唖然とする文彦 桂「無理しないで下さい」   と、背中を向ける。   決まり悪そうに自分のベッドに戻る文彦。   目を閉じながらも怒りが露な桂。 〇 同、ダイニング 朝   桂、コーヒーを出している。   食卓についている雄一、桂の顔を窺い、 雄一「(思い切って)桂さん」 桂「はい?」 雄一「調子はどうだ?」 桂「(笑顔で)ええ、おかげさまで……」 雄一「じゃあ、ドライブするか?」 桂「(驚いて)え?」 雄一「いや、……家の中にいても気が晴れな  いだろうと思って」   桂、少し戸惑っている。 雄一「なんのことはない、ただ俺の仕事場に  行くだけだ。山の中で空気は良いし、それ  に今なら周りも案内できる」 桂「(暫く考え)本当に邪魔じゃないですか?  お仕事の……」 雄一「(戸惑いながら)母さんが生きてれば、  力に慣れたと思うが……、俺にはどうも…  …。調子悪いのなら、家で寝てても……」 桂「(頷いて)そうですね。仕度します」   雄一、ホッとして頷く。 〇 高速を走るクーペ 車内   運転する雄一、黙って前を見ている助手   席の桂。    〇 〇〇自動車 テストコース   ゆっくりと入ってくる雄一の車。   場内はシーンと静まり返っている。   車が止まり、雄一に続いて桂が降りる。 桂「(見渡して)広いですね」 雄一「(コースに生える雑草見て)ああ」 〇 同 格納庫 内   中にはさまざまな試走車やレースカーが   ある。   鉄の扉が少し開いている。   雄一、入ってくる。   中には国松がいる。 雄一「よう、おはよう」   国松、手には雑巾、傍らにはバケツ。 国松「おはようございます」 雄一「(雑巾を見て)ご苦労さん」   桂も恐る恐る入ってくる。 国松「あっちのレースカーは本社のロビーで 注目浴びますけど、他はスクラップです」  雄一、無言で頷き、横に来た桂に気づく。 雄一「(国松に)ああ、息子のお嫁さんの桂だ。  (桂に)いっしょに仕事した国松君」 国松、桂、お辞儀しあう。 国松「(磨いていた車を示し)これ、部長と  最初にがんばった車です」   雄一、頷いてその車を撫でる。 国松「(桂に)2シーターのスポーツカーです。  200以上は出せる。そしたら会社の幹部  が、そんな道、日本にはない」   桂、聞き入っている。 国松「(幹部の物まね)どうしてもって言うな  ら、家族全員のせろ!って(と、不満そう)」 雄一「犬も乗せろって言った。馬鹿が! 犬  は自分で走るもんだ」 国松「これで、走ると景色が矢になって飛ん  で来て、自分に突き刺さる感じ……」   雄一、愛おしそうに車を撫でる。 国松「……で自分がバラバラになって生まれ  変わるような気持ちになるんですよ」 雄一「(苦笑して)オーバーだよ。でも、こい  つも鉄くずか」   桂、そんな雄一を見て、 桂「運転してください。お義父さん」 雄一、驚き桂を見る。 雄一「(満更でもないが)うーん」 桂「私を乗せてください。見せてください。  矢のように飛んでくる景色」 国松「部長! ガソリンはありますよ」    迷いの末、覚悟を決めた雄一。 〇 同 テストコース 内   コースに出されている試走車。 〇 試走車 車内   雄一と桂がヘルメットを被りシートベル   トをしている。   国松が外から、 国松「手入れしてないので、コースのところ  どころに雑草が生えてます。スピンの危険  があるので、慎重に!」 雄一「(エンジンをかけ)何今頃言ってんだ!」   国松、「へへ」と笑う。   緊張している桂 〇 試走車   コースを一周する。   × × ×   車内   シフトチェンジして加速する雄一。   ガクンと衝撃が来て驚く桂。 桂「なに? どうしたの?」 雄一「シフトチェンジだ」   × × ×   スピードを上げる試走車   × × ×   雄一が次々とシフトチェンジしていく。   その度に衝撃が桂を襲う。   桂、驚きで瞳孔が開いて行く。   × × ×   見守っている国松。 国松「(ポツリと)部長、飛ばすなぁ」   × × × 車内、爆音で会話が出来る状態じゃない。 桂「(景色を見て)うわぁ、すごい」 雄一「(叫ぶ)なに?!」 〇 桂の目で見た景色。   フロントグラスの向こうの景色が矢のよ   うに飛んでくる。 〇 試走車   車内、瞳孔が開き上気している桂。   雄一、運転に没頭。   × × ×   映画のコマ落としのように走る続ける   試走車。   × × ×   車内、シフトダウンしていく雄一。   上気しへとへとの桂   × × ×   試走車がスピードを落としていく。   コース上の雑草を踏む試走車、その途端、   スピンする。   × × ×   車内、回転し横に振られる二人   雄一、ハンドル操作で何とか止める。   放心状態の桂。 雄一「大丈夫か!?」 桂「(潤んだ目で)うん」   雄一、桂のシートベルトを外してやる。   桂、雄一の腕にしがみつく。   見つめあう二人、自然に顔が近づく。   そのとき、突然ドアが開き、 国松「大丈夫ですか!?」   二人、驚いて離れる。 雄一「ああ、大丈夫だ」   と、取り繕う笑顔。   顔を赤くして俯く桂。  〇 加藤家 ガレージ 夕方   雄一のクーペが入ってくる。 〇 同 車内   エンジンを切る雄一、 雄一「(躊躇いながら)桂さん」   降りようとする桂、改めて座りなおす。 雄一「……どうなんだろう?」 桂「……何が?……ですか?」 雄一「いや……文彦とは……」   桂、俯いて黙っている。 雄一「親だからと言って、口挟むことじゃな  いとは思う。でも、心配なんだ……二人の  ことが」 桂「心配……ですか?」 雄一「(頷いて)二人はやっていけるのか……」   暫く間 桂「(呟くように)……私たち夫婦じゃない  んです」 雄一、絶句する。 桂「あの人は私を愛してくれないんです」 雄一「(戸惑って)……夫婦のことか……」 桂「(躊躇いがちに頷き)新婚旅行のときも  一回だけ、その後もお義理で……こんなこ  と不満に思う私、変ですか?」 雄一「(慌てて)いや、大切なことだ。でも、  ……結婚する前には……」 桂「(首を振って否定)……それが誠意なんだ  と勘違いしてました。それに……もう、私  がその気になれなくて……」 雄一「(苦笑して)……じゃあ、もう答えは  出てるんだ。桂さん、遠慮しなくていい。  新しい人生を見つけるんだ」 桂「(躊躇いがちに)私がいたら迷惑ですか?」 雄一「(慌てて)いや、そんなことはない!  迷惑なんてとんでもない!」   と、桂を見る。 桂「(その慌てぶりに少し微笑んで)今日みた  いに、お義父さんが優しくしてくれるなら、  この家にずーっといます」 雄一「桂さん、真剣に考えなさい。若いうち  ならやり直しても恥ずかしいことはない」 桂「私、そんなに不幸じゃないんです。庭が  ある大きな家に住めて、あくせく働くこと  もなく、文彦さんだって、夫だって期待し  なければ結構良い人ですから……」 雄一「生活するってそれだけじゃないだろう。  もっと、こう、気持ちを通わせる相手と人  生を築くとか、歩んでいくとか……」 桂「(笑顔で)……お義父さん」 雄一「うん?」 桂「また、ブランコ作ったり、ドライブに連  れてって下さい」 雄一「えっ?」 桂「私、この家が好きです」   と、躊躇いがちに雄一の手を握り、 桂「(真剣に)私、この暖かさを探していたの。  薬飲んで意識失ったとき、目を覚ますこと  出来たの、この手の暖かさのおかげ」   雄一、生唾を飲み込み、桂を見つめる。   お互い相手の鼓動が聞こえてきそうな緊   張感。 桂「(恥ずかしそうに笑い)夕飯の支度します  ね」   と、車から降りていく。   残された雄一、胸の高鳴りに、困惑する。 〇 同 表 早朝 別の日   文彦、セダンにゴルフ道具を積んでいる。   桂、旅行用のバッグを文彦に渡す。 文彦「(バッグ受け取って)今日ラウンドして、  一泊、明日、お客さんを観光に連れて、帰  ってくるのは明日の夜だ」 桂「(無表情に)はい」 文彦「(車に乗り込み)体の調子、どうだ?」 桂「(表情なく)ええ、もう、すっかり」 文彦「(決まり悪く)まあ、のんびりしてなよ」 桂「(無愛想に)行ってらっしゃい」   何か言いたそうな文彦、車を発進させる。   見送ることなく家に入ってしまう桂。 〇 同 ダイニング   飲み干した牛乳のカップがテーブルに置   かれる。   出勤前の雄一が飲んでいたカップ。 雄一「(驚いて)文彦は出張か……?」 桂「ええ」  と、食器を下げる。 雄一「(戸惑いながら)そうか、出張か……」 桂「(雄一を見つめて)お義父さん」 雄一、桂の視線に息を呑む。 桂「今日は早く帰ってきて来てください。何  か美味しいもの作ります」 雄一「(頷くが)いや、外で食事してくるよ。  だからゆっくり休んでなさい」 桂「(少しがっかりして)そうですか……」   雄一、桂を見る目に迷いがある。    〇 落ち着いた居酒屋 夕方   外はまだ明るい。客のまばらな店内   雄一、手酌でちびちび遣っている。   そこへ江守がやってきて、 江守「(座りながら)なんだい、急に……」 雄一「急に飲みたくなったんだ。おまえと」 江守「調子良いな。なんかあるのか?」   × × ×   加藤家 庭 夜   ブランコに乗って小さく揺れる桂。   寂しそうな目。   × × ×   落ち着いた居酒屋   賑やかになった店内   レジで雄一が払っている。 江守「どうも、ごちになりますよ」 雄一「ああ、じゃあ、次、行くか」 江守「よせよ、もう充分だよ」 雄一「いいから、いいから」   と、遠慮する江守の手を引っ張って、店   を出る。   × × ×   加藤家 雄一の部屋   桂、大きな本棚を珍しそうに眺める。   鴨居の雄一のスーツに気づき、その匂い   を嗅いで頬を寄せる。   × × ×   高級クラブ   ホステスが何人かいる。   雄一も江守もへべれけ。 江守「(酔って)なに? もう一度言え!」 雄一「(こっちも酔って)だから、今日は息子  の嫁と二人きりなの」 江守「だからどうした?」 雄一「若い娘と二人じゃ危ないじゃないか」 江守「(ホステスに)おい! みんな。 この  馬鹿は息子の嫁に手出すつもりだ」   ホステスたち「イヤラシイ」とか言いな   がら笑っている。 雄一「だからね、そうならないように……」 江守「ないない、もうピクリとも動かないよ」   と、下品な大声で笑う。   雄一、頭をかきながら首をかしげている。   × × ×   加藤家 リビング   テレビは映っているが、パジャマの桂、   特に見ているわけではない。   外でタクシーの止まる音   玄関の戸が開き、人が倒れる音。   桂、パジャマのボタンをひとつはずし、   胸を開け気味にする。 〇 加藤家 玄関   框に倒れている雄一、泥酔状態。   桂、その雄一を見下ろしている。 雄一「(うわ言の様に)み、ず……」 〇 同 雄一の部屋   酔いながらもなんとかパジャマに着替え   る雄一。   ノックの音 雄一「どうぞ」   桂、グラスに水を持って入ってくる。 雄一「(グラスを受け取り)ありがとう」   と、飲み干す。   桂の開いた胸元に目が行く雄一、気持ち   を打ち消し唸ってベッドに倒れ込む。   桂、思いつめて雄一を見ている。   雄一、大げさな鼾で狸寝入り。   耐えていたが涙が出てくる桂、顔を隠し   て部屋を出て行く。   狸寝入りを止め起き上がる雄一、肩を落   とし悩み込む。 〇 加藤家 ダイニング 翌朝   食卓で朝食を済ました雄一、背中を向け   洗物をしている桂。   雄一、桂の背中をちらちら見ながら、 雄一「行ってくる」 桂「(振り返らず)はい」   雄一、桂を気にしながら出て行く。 〇 近くのすし屋 夕方   一人、カウンターで飲む雄一。   〇 加藤家 リビング 夜   帰ってきた雄一、人気の無いのにホッと   する。   耳を澄ますと「ギイ、ギイ」と何か軋む   音が聞こえてくる。   フッと庭を見ると……。 〇 同 庭 夜   月明かりの中、   パジャマの桂がブランコに揺れて、物思   い耽っている。   その姿をリビングから見つめている雄一。 雄一「……夜露は身体に良くない」 桂「また押してくれますか?」 雄一「文彦は?」 桂「上で寝てます。接待で疲れたって……」 雄一「(戸惑いながら)うん」   と、庭に下りて桂に静かに歩み寄り、桂   の背中を押してやる。   桂、大きく揺れる。 桂「お義父さん」 雄一「うん?」   と、手を止める。   桂、急に立ち上がり雄一に抱きつく。   戸惑う雄一、我慢できず桂をきつく抱く。   桂が顔を近づけキス。   二人の熱いキス。   桂、何かに気づき視線をリビングに移す   とそこに文彦が立っている。   雄一は後ろを向いてるのでわからない。 〇 キスしている桂の目で。   二人の姿を見て見てうろたえる文彦。   何も言えず奥に戻っていく。 〇 元の庭   雄一、そっと桂から離れ。 雄一「……すまない、いい年して自分を抑え  られなかった」 桂「(妖しく微笑み)わたしも……」 雄一「……いいかい、このことは……」 桂「(微笑んで)わかってるから……おやすみ  なさい」   と、家に入っていく。   雄一、桂を見送ると、胸の高鳴りを抑え   きれない様子で自分の部屋に向かう。 〇 加藤家 夫婦の寝室   ベッドに座りイラついている文彦。   桂、入ってきて何事もなかったように、 桂「あら、起きてらしたんですか? 気づか  なくてすみません」 文彦「(怒って)お前、何やってたんだ!?」 桂「(しらばっくれて)眠れないので外のブラ  ンコに乗ってました」   文彦 キッと桂を睨みつける。 桂「(平然と)何か召し上がります? お風呂  も沸いてますけど?」   文彦、怒りを露にして部屋を出て行く。   桂、大きくため息をつく。 〇 同 風呂場   文彦が乱暴に戸を閉める。 〇 同 雄一の部屋   ベッドに入っている雄一、風呂の戸の音   にビクッとする。    〇 同 ダイニング 翌朝    朝食の仕度をしている桂。   文彦、険しい表情で朝食を食べている。   雄一、出勤の支度をしてやってくると、 桂「お義父さん、ごはんは?」 雄一「いや、コーヒーだけで良い」 文彦「(ムッとして)なんだ、これ!? 朝か  らこんなもの喰わすな!」   と、皿を床に叩きつける。   驚く、雄一と桂。 雄一「お前、何やってんだ!?」   文彦、雄一を睨みつけプイっと二階に上   がっていく。 雄一「(強張った顔)夕べのこと、あいつ……」 桂「(雄一の手を握り)大丈夫。私うまくやる  から……」   戸惑う雄一。 桂「私、もう、お義父さんしかいないの」 雄一、思わず手を握り返し頷く。   二階から文彦が降りてくる気配。   二人、手を離し取り繕う。   文彦、やってきて二人のよそよそしい態   度に不愉快になり、もと来た廊下を戻り、   出かけてしまう。   桂、何事もなかったようにコーヒーを雄   一の前に置く。   桂の冷静さに静かに驚く雄一。      〇 加藤家 近くの交番 夜   泥酔している文彦、椅子に座っている。   それを見下ろしている巡査と雄一。 巡査「とにかく、駅で大騒ぎしてまして、名  前も何も名乗らなかったのですが。何とか  免許証でお宅を知ったわけです」 雄一「(恐縮して)連れて帰って良いでしょう  か」 巡査「どうぞ、けが人もいませんから。息子  さんに、お酒はほどほどにと」 雄一「すいません」   と、文彦を抱えおこす。 〇 加藤家 前   タクシーから降りる雄一と文彦   文彦、雄一の手を乱暴に振り払う。 雄一「何やってんだ、文彦、だらしがない」 文彦「(睨んで)あんたにとやかく言われたく  ないよ」   雄一、息を呑む。 文彦「見たよ。夕べ見たんだよ」   雄一、その場で土下座し 雄一「すまん。俺が悪いんだ」 文彦「いつからだよ!」 雄一「いつからもなにも、ほんの弾みなんだ」 文彦「弾みで息子の女房に手を出すのか!」 雄一「すまん」 文彦「すみませんだろ! えらそうに!」 雄一「(頭を下げて)すみません」   文彦、頭を抱える。 雄一「桂さんは悪くないんだ。悪いのは俺な  んだ」 文彦「(怒鳴る)あんたにはモラルがないの  か!」 雄一「なあ、二人だけで暮らしてやり直して  くれ。俺は出て行く。どっかの安アパート  でいいんだ」 文彦「(雄一に唾棄し)あんたは、ケダモノだ  よ!」   と、雄一を残し家に入っていく。   後悔で顔を歪ませる雄一。 〇 同 玄関    文彦、大声で唄いながら入ってくる。   桂が奥から出てきて、文彦に手を貸す。 文彦「触るな」   と、桂を殴る。   桂、頬を押さえ痛さでうずくまる。 文彦「(桂に掴みかかり)おい!!」 桂「なんですか?」 文彦「見たんだぞ!」 桂「なにを!?」 文彦「夕べのことだよ!!」 桂「だからなんですか? あなたとは終わっ  てるんです!」 文彦「俺の父親じゃないか! お前もケダモ  ノだ!」 桂「あなたは私を見てくれない。理想ばかり  押し付ける。もうウンザリよ!」   文彦、手を上げ殴ろうとする。 桂「殴りなさいよ! 痛くないわよ! 泣か  ないわよ! なんともないわよ!!」   文彦、桂の険しい視線に怯み、 文彦「(涙ながらに)なにが不満なんだ!」   と、奥に入っていく。 桂「(頬を押さえ)冷やしておかなきゃ」   と、ポツリと呟く。 〇 同 雄一の部屋 翌朝   ベッドに腰掛けている雄一、寝不足で憔   悴している。   ノックして桂が入ってくる。   桂の顔には痣 桂「朝食どうします?」 雄一「(驚いて)どうした? 大丈夫か?」 桂「ええ、冷やしましたから……」 雄一「文彦は?」 桂「今朝、早く出掛けました」 雄一「そうか……」   と、立ち上がり桂の痣をまじかに見て、   触ってみる。   痛がる桂。 雄一「ごめん、ごめん」 桂「大丈夫よ」 雄一「すまない。俺がいい年して……」 桂「(ため息)悪い癖よ、お義父さんの。謝っ  てばかり……」 雄一「すまない」   桂、「また謝る」と叱る目。   二人噴出して静かに笑う。   雄一、笑い顔が次第に強張り、 雄一「やっぱり、俺は出て行くよ」 桂「えっ? どうして?」 雄一「いけないんだ。こんなこと……。 俺、  アパート探してここを出て行くよ」 桂「私を一人にしないで……」   と、雄一の胸に頬を寄せる。   思わず桂の肩を抱いてしまう雄一、その   目には困惑が広がる。    〇 東京近郊の田舎の街道を疾走するセダン   文彦が運転している。   大音量の陽気なクラシック。たとえばベ   ートーベンの第九。   ドイツ語で歌っている文彦   田舎道は見通しが良く、空は晴れ渡って   いる。   車が丘を越えて消えると「ドンッ!」と   車のクラッシュする音が響く。   山のカラスが驚いて飛び立つ。 〇 警察署 霊安室   文彦の遺体。   確認する雄一と桂、傍らの警察官に頷き、   本人だと認める。 警察官「そうですか。ご愁傷様です」 雄一「……事故ですか……?」 警察官「(頷いて)……居眠り運転ですな」 雄一「そんなことする子じゃないんです」 警察官「現場は天気も良く、見通しもいい。  ブレーキを踏んだ形跡もないんですな。猛  スピードで電柱に……居眠り以外考えられ  ないんです。アルコール反応もないし」   雄一、納得しない表情。 雄一「本当に事故なんですね? 確証はある  んですね?」 警察官「いや、事件の証拠がないんですな。  後考えられるのは……自殺なんですが、遺  書かなんかありますか」   二人とも、「ありません」の表情。 警察官「うん 衝動的なら遺書はないが、な  んか心当たりは……」 雄一「(項垂れて)……特には……」 警察官「じゃあ、事故でしょう」   雄一と桂、無言で頷く。 〇 お寺 門   「加藤文彦の葬儀」の看板 〇 同 祭壇前   棺に入った文彦。文彦の遺影。   多くの花束。   肩を落とし呆然としている雄一。   隣の桂、無口だが冷静に挨拶している。 ○ 火葬場 釜の前   棺が釜に入って行き、ふたが閉められる。   桂は静かに立っている。   そのとなりに項垂れた雄一、よろける。   抱きとめる桂。   二人見つめあう。   釜から炎の音が響いてくる。   弔問客の視線を感じる雄一、その視線に   少し怯え桂から離れる。   そんな雄一の態度を見つめる桂。   二人の様子を離れたところから冷ややか   に見ている喪服の洋子。 〇 同 タクシー乗り場   タクシーを待っている洋子、付き添う桂。 桂「今日はありがとう」 洋子「若後家さんにしては元気良いね」 桂「こんなときに厭味?」 洋子「……あんた! いつまであの家に居る  んだい?」 桂「いつまでって……」 洋子「ダンナは死んじまったんだろ?」 桂「(戸惑いながら頷き)……そうよ、だから  私がお義父さんのお世話しなきゃ……」 洋子「(鼻で笑って)お義父さん? はあ?   ちょっと良い男じゃないか? 今の男、飽  きたからちょっと粉かけようかな」 桂「(ムッとして)馬鹿な事言わないでよ!」 洋子「馬鹿はあんただよ! 私の目は節穴じ  ゃないよ! あんた、あのオヤジに惚れて  んだろ!?」   桂、俯いて返事しない。 洋子「あんたはね、優しくしてくれる男を好  きになっちゃうんだよ。……あの社長のと  きだって。あんた満更じゃ……」 桂「(叫ぶ)やめて! その話は!」 洋子「……このままいたら、とんでもないこ  とになるよ」 桂「なんで? なんで、お義父さんじゃいけ  ないのよ?」 洋子「そういうもんなんだよ!」 桂「そんなのどうでもいい!」 洋子「分からない子だね!」   と、桂の頬をたたく。   そこにタクシーが来る。 桂「(頬を押さえて)ほら、タクシー来たよ!」   と、乱暴に洋子をタクシーに押し込む。 洋子「……こんなこと、ただじゃすまないよ」   桂、返事をしない。   タクシー、発車する。   桂、涙目だがぐっと堪える。 かに見ている喪服の洋子 〇 加藤家 茶の間 畳の間    仏壇。    雄一の妻の遺影の横に文彦の遺影。   そして骨箱 〇 同 庭 翌日   桂が洗濯ものを干している。   力強くシーツを広げ、テキパキ動くバネ   のような腕、腰。   晴れやかな表情の桂。   リビングの雄一、桂に見惚れている。   雄一のパジャマを広げた桂、笑顔で、 桂「(雄一に)お義父さん! そろそろ買い換  えましょうよ」 雄一「(思わず笑顔で返す)ああ、そうだな」   桂、弾んで鼻歌混じり。   顔から笑顔が消え後悔の表情になる雄一、 雄一「……出かけてくる」   と、その場を立ち去る。 桂「どこに行くの?」   返事をしない雄一。   その背中を黙って見送る桂。 〇 夜のブランコ そよとも動かない。 〇 同 リビング   夕食  雄一と桂、テーブルを挟み無言で食事。 桂「(ことさら明るく)ねえ、明日、お義父さ  んのパジャマ見に行きましょうよ!」   雄一、大きく深呼吸し、 雄一「桂さん、これからどうする?」 桂「(笑顔が消え)えっ?」   と、雄一を見つめる。 雄一「(桂の視線に息を呑むが)このままって  訳に行かないだろう……」 桂「(見つめながら)どうして?」   雄一、目をそらし首を振る。 桂「(俯いて)お義父さん、私のこと嫌い?」   雄一、項垂れ答えない。 桂「私はお義父さんのこと好き」   と、雄一の手を握る。   微かな笑顔を浮かべる雄一。 桂「お義父さんも……私のこと……」 雄一「(辛そうに)それ以上言っちゃだめだ!」 桂「(手を強く握り)なんで?」 雄一「(手を離して)不動産屋に良い物件が  あった。桂さんがここにいたければ、初七  日で俺はそっち移ろうと思っている」 桂「そんな……」 雄一「桂さんが、新しい人生を選ぶならでき  るだけのことはする」 桂「(項垂れて)……一周忌まで……」 雄一「(項垂れて)初七日までな。桂さんはど  っちにするか決めてくれ」   と、立ち上がり出ていく。   桂、項垂れて何も言わない。 〇 某ビジネスホテル 一室 別の日   ベッドとテーブルの簡素な部屋。   雄一が携帯で電話をしている。 雄一「だから、事務所を引き払うのに二、三  日忙しくなるんだ。仕事に集中したいから」   × × ×   加藤家 リビング   桂が電話している。 桂「(困惑して)どういうことですか?」     × × × 雄一「いろいろ忙しくてね」   × × × 桂「どこですか? そこ。私も……」   × × × 雄一「なんかあったら携帯に連絡しなさい。  じゃあ」   と、切る。   そこへ、国松がコンビニの袋を持って入   って来て、 国松「適当に買ってきました」 雄一「悪いね」 国松「いいえ。でも、もう雑用しかないです  よ。何も泊り込まなくても……」 雄一「(袋からビールを出し)おっ! 気が利  いてるねえ」   × × ×   加藤家 リビング   受話器をそっと置く桂、不安な表情。 〇 窓に夜の景色。   浴衣の雄一、携帯に手を伸ばし、   携帯画面「加藤 自宅」   迷うが、思いとどまり布団を被る。 〇 加藤家 庭 ブランコ     ブランコに乗って物思いに耽る桂。   × × ×   桂のイメージ   試走車のフロントの矢のように飛んでく   る景色。   × × ×   ブランコの桂、目を閉じ恍惚の表情。   腿がキュッと締まる。   静かに揺れるブランコ。 〇 同 リビング 別の日   桂が電話をしている。 桂「ええ。お義父さんの気持ちはわかりまし  た。でも、今日は帰ってきて下さい。最後  に家で食事を……お願いします」   × × ×   テストコースを、電話しながらぶらつい   ている雄一。 桂の声「それで、私の気もすみますから」 雄一「(困惑しながら)……わかったよ。帰る  から……じゃあ」   と、切り大きくため息。   × × ×   受話器を置いた桂、その表情は何かを決   心している。 〇 同 ダイニング 夕   食卓に花が飾られ、桂の渾身の料理が並   ぶ。   薄化粧で弾んでいる桂。   × × ×   加藤家 前   表で立ち尽くす雄一、迷った末、もと来   た道を戻っていく。   × × ×   雄一を待ちくたびれた桂、食卓の花をジ   ーっと見つめる。   × × ×   加藤家 近くの寿司屋   雄一、カウンターで呑んでいる雄一。 店主「今日はあまりすすみませんね」 雄一「(苦笑して)おあいそ」 〇 近くのパチンコ屋   玉を打ちつくす雄一。   店内には「蛍の光」。 〇 加藤家 玄関   雄一、静かに入ってくる。 〇 同 ダイニング   ご馳走が並べられた食卓。   むしられた花びらが食卓に散っている。   それを見て悲しくなる雄一。 〇 同 雄一の寝室   寝巻きに着替えベッドに横になる雄一、   ため息をして枕もとの明かりを消す。 〇 月明かりの下、夜露に光るブランコ 〇 同 雄一の寝室   静かな寝息をたてている雄一、フッと人   の気配に気づき、枕もとの明かりを点け   ようとすると、 桂の声「点けないで!」 雄一「桂さんか?」   と、目を凝らすと暗闇に桂の裸身が光る。 雄一「なにしてんだ!?」 桂、黙って雄一の布団に潜り込む。   うろたえている雄一の口にキスをする桂、   雄一の手を自分の乳房に導く。   戸惑う雄一、次第に桂に溺れていく。   熱く抱き合う二人。 〇 月夜のブランコ   夜露に月明かりが光り輝いている。   周りでは虫の声が賑やか。 〇 加藤家 雄一の寝室   コトが終わりまどろんでいる雄一と桂。   桂、雄一の胸に頬を寄せている。 桂「雄ちゃん……」 雄一「(ギクッとして)雄ちゃん?」 桂「うん。雄一だから雄ちゃん」   雄一、戸惑った表情。 桂「私たちやっと一緒になれた」 雄一「……ああ……」 桂「感謝しなくちゃ。あの人のおかげで雄ち  ゃんに会えたんだもん」   雄一、少し青ざめている。   彼の胸に頬を寄せている桂には雄一の表   情はわからない。 桂「あの人、言ってた。私たち、ケダモノだ  って」 雄一「(表情を強張らせて)文彦か」 桂「(頷いて)二人はケ、ダ、モ、ノ」   雄一、青ざめ戸惑っている。 桂「ねえ、この家売って、どこか知らない土  地で暮らしましょうよ」 雄一「えっ!」 桂「で、死ぬまで抱き合うの。もう、服なん  か着ないで裸で一生暮らすの」 雄一「(戸惑って)風邪引くぞ……」 桂「(自嘲の笑い)だって、ケダモノだもん」   と、雄一の手を噛む。 雄一「(浮かない様子で)ああ、そうだな……  でも、俺、少し寝るよ。桂さんも寝なさい」 桂「うん」   と、暫くすると寝息を立てる。   眠れない雄一、とめどなく涙が出てくる。    〇 朝日の中のブランコ。 〇 加藤家 雄一の部屋   ベッドで目が覚める桂。   周りを見ると雄一がいない。   キョトンとする桂。 〇 同 廊下 茶の間の前   裸の桂、雄一を捜して歩いている。   フッと見ると襖が少し開いている。    中を覗く桂、   × × ×   覗く桂の目で。   雄一、骨壷に手をつき詫びている。   そして、いきなり拳骨で自分の頬を殴り   始める。 何度も何度も……。   後悔し自分を罰しているのだ。   × × ×   元の廊下   その光景を見ていた桂、一瞬眉間に皺が   よるが、次第に、悲しい目になる。   静かに、もと来た廊下を戻る桂、途中、   振り返るが、その目に表情はない。 〇 加藤家 二階への階段   上がって行く男の足。   雄一、桂を探しながら。 〇 同 夫婦の寝室の前   雄一、躊躇いながらノック   返事がない。 雄一「桂さん、桂さん」   と、首をかしげながら。 雄一「朝飯にしようじゃないか」   返事がない。   雄一、不審に思い 雄一「桂さん、開けるぞ」   と、戸を開ける。   中はハンガーなどが散乱、誰もいない。   雄一、慌ててクローゼットを見る。   桂の衣類が大方無くなっている。   桂が出て行ったと知り落胆する雄一。 〇 同 庭   雄一、ブランコにへたり込むように座る。   活気ある街の喧騒が聞こえてくる。 〇 美紀の部屋 内   洒落たマンションの一室   2LDK、広い部屋だが散らかっている。   その一室に桂を案内する美紀。   ベッドはあるが少し雑然としてる部屋。   美紀、肌を露出気味の部屋着。 美紀「電話もらって急いで片付けたんだけど、  いつも物置に使ってるから……」   大きなバッグを持つ桂、部屋を見て 桂「ありがとう。二、三日でいいから」 美紀「笑顔で)お帰り、待ってたよ」 桂「(項垂れて)美紀の言う通りになっちゃっ  た」 美紀「(ニヤつきながら)大体わかるなあ。あ  のお義父さんでしょ? 」 桂「(キッと睨み)ちょっと!」 美紀「あのおじさん、ちょっといけてるね。  私だって逃さないよ」 桂「(怒って)やめてよ!」  美紀「(ふふんと笑って)やっぱりね。犯され  た? それとも誘った?」 桂「いい加減にして!」 美紀「(面白がって)誘ったんだ」 桂「(バッグを持って)私、帰る!」 美紀「どこへ?」   桂、力なく、バッグを落とす。 美紀「あんたさ、そろそろ気づきなよ。自分  のこと」 桂、意味が分からない。 美紀「あんたはさ、男無しじゃいられないん  だよ」   桂、表情が強張る。 美紀「面倒なのはさ、あんたは何もしなくて  も、男が勝手に夢中になっちゃうこと」 桂「(呟くように)嫌なことを言う」 美紀「こんなトラブル、今回初めてじゃない  でしょ?」   桂、頷かない。 美紀「思い当たるでしょ。そんな女がさ、普  通の奥さんになろうとしてもムリなんだよ。  傷つくだけ。あんたも相手も」 桂「(力なく)そんなことないと思う」 美紀「いつまでもいて良いよ。ゆっくり考え  な、コーヒー飲むでしょ?」   と、キッチンに去る。   呆然と立ちつくす桂。 美紀の声「(キッチンから)今日さ、彼氏来る  んだ。別に良いよね」 桂「(力なく)……うん」 〇 同 リビング 夜   桂、美紀そして美紀の彼氏大輔(二八)が   リビングで宴会。   三人ともかなり酔っている。   暗くして蝋燭の明かりで怪しい雰囲気   大輔、アンカー髭 身体にはファッショ   ンタトゥーの少し危なそうな男。   美紀と寄り添い楽しそうに話をしている。   桂、トローンとしながらもノリが悪い。 大輔「(ニヤついて)こちら、楽しそうじゃな  いね」 美紀「だって、追い出された未亡人なんだも  ん。可愛がってやってよ」 大輔「へー、そそるねえ」   桂、決まり悪そうに笑う。 美紀「(大輔に)見せて上げてよ」   大輔、服を脱ぎ上半身裸になる。   乳首やへそにピアス。   驚く桂、大輔のピアスから目が離せない。 美紀「こいつ変態でさ、ここ引っ張ると……」   と、乳首のピアスを引っ張る。   大輔、感じてる顔。 美紀「勃起すんだよ」   引っ張られて変形する乳首。   上気した顔の桂。 美紀「(桂に)引っ張ってみる?」   桂、首を振って、 桂「(息が荒くなる)……いいよ」 美紀「大丈夫?」   桂、目を潤ませながらも返事をしない。 美紀「大輔とキスする?」   驚いて、首を振る桂、大輔にキスされる。   桂、驚くが拒否せず、大輔に抱きつく。   大輔にされるままに感じていく桂。   妖しく微笑む美紀。   いつの間にか全裸になっている三人。   × × ×   桂の回想 今の桂とカットバッグ。   無音で。   庭で雄一に押されて揺れる楽しそうな桂。   × × ×   雄一と桂、夢中で抱き合っている。   × × ×   文彦の骨箱   × × ×   骨壷を抱いて泣いている雄一。   × × ×   各々の画面が、目まぐるしく変わってい   きしだいに画面が白くなっていく。   真っ白な画面に、大輔と桂の荒い息遣い。   二人の声が絶頂を向かえようと……。 大輔の声「イテッ!」   × × ×   ハッと我に返る桂。   ムッとしている美紀、大輔の背中につめ   を立てている。 美紀「(大輔に抱きつき)だめ! 私の中で」   大輔、頷いて美紀に乗り換える。   ありとあらゆることをして、感じていく   二人。   置いてけぼり桂、目から一筋の涙が零れ   落ち……。   桂、いつの間にか服を着て、部屋を出て   行く。背中で嬌声を聞きながら……。 〇 繁華街    店の看板とネオンで昼のような通り。   うつろに項垂れて歩いている桂。   行き交う女の子に声をかけているスカウ   ター、いかにも怪しい男。   桂に目をつける。 スカウター「すいません。お話聞いてもらえ  ませんか」   桂、スカウターの顔を見つめて、 桂「(ポツリと)……なんですか?」 スカウター「もしよければ、お仕事紹介した  いんですが」   桂、戸惑いながら頷く。 スカウター「あなたの女らしいところ生かし  た仕事ですが……」   桂、しばらく考えて、 桂「(ポツリと)それ、稼げますか? 自分が  めちゃくちゃになるくらい稼げますか」   頷くスカウター。   桂、項垂れて涙をこぼす。   スカウターの目がいっそう妖しく光る。   〇 加藤家 庭 別の日   ブランコに乗っている雄一、髪はボサボ   サ、無精髭、憔悴している。   × × ×   雄一の回想。   冒頭の転んで眼鏡を探す雄一と桂   × × ×   スーツの穴に指を入れる桂    × × ×   元の庭   ハッと気づく雄一。 〇 繁華街、雑居ビルの前 夕方   雄一、やつれているが髪を整え髭をそっ   ている。   雄一と桂が初めてであった通り。   出勤する美紀を見つけて、 雄一「君は桂の従姉妹の……」   呼び止められた美紀の驚いた顔。    〇 クラブ 茜   驚いた雄一の顔、   困った顔の美紀と茜 美紀「(イタヅラっぽく笑い)すいません、お  とうさん、従姉妹なんてウソなんです」   茜もすまなそうに頭を下げる。 雄一「やっぱり、桂はここで働いていたんだ」 茜「ええ。結婚する前は確かに……」 雄一「(鬼気せまる)桂を知りませんか? 帰  ってこないんです」   少し怖がる美紀と茜。 美紀「(剣幕に負けて)実はうちに来たんです」 雄一「(ほっとして)帰ってくるように言って  ください。何なら迎えに行きます」 美紀「(困った顔で)でも、居たのは二、三日  で、なんか良い仕事見つけたって出て行っ  たきり……」 雄一「どこに行ったんですか?」 美紀「わかりませんよ」 雄一「友達でしょう。なんか言ってたでしょ  う。隠さないで下さい」   と、美紀の腕を掴む。 美紀「(痛がり)お父さん。ちょっと」   しかし離さない雄一。 美紀「(雄一を突き飛ばし)痛いって言って  るんだろ、エロ爺。そんなに大事ならしっ  かり捕まえときゃよかったんだよ」   ギクッとする雄一。 美紀「そんなに知りたきゃ教えてやるよ!   桂はね、自分の居場所見つけたのよ!」   雄一、意味がわからない。 〇 ラブホテル街 夜   探しながら歩いている背広の雄一。   派手なホテルの看板が輝いている。 美紀の声「詳しくは知らないよ。放送局ちか  くのホテトルで働いているよ」 雄一の声「どういう意味だ?」 美紀の声「電話で呼ばれて男とデートするん  だよ。ホテルに行ったりしてさ」 雄一の声「……桂は生活に困ってるのか?」 美紀の声「やりたいことをしてるだけ!」   濃い化粧の女が男にぶら下がるようにし   てホテルに入っていく。   彷徨い歩く雄一、その光景を見て。 雄一「(険しい表情)そんな馬鹿なことあるか!」   と、心の叫びが街にこだまする。    〇 雨に濡れているブランコ 〇 雨の繁華街 別の日   疲れた顔の雄一、あるマンションから出   てきて、違うマンションに入っていく。    〇 マンションの一室 ホテトル 受付   桂の写真をボーイに見せている雄一 ボーイ「うちにはいないねえ」 雄一「よく見てください。これ半年前だから  少し変わってるかもしれない」 ボーイ「(呆れて)ホテトルなんて何件あるか  わかりゃしない。ムリだよ。おじさん」   返事をしない雄一、疲れた顔。 〇 夜の繁華街 小さな公園   雄一、小さな公園のブランコに乗り町並   みを眺めている。   すると、桂らしき女が通る。   雄一、足をもつれさせて追いかける。   〇 ラブホテル 前   少し派手な服装の桂、ホテルに入ろうと   すると、その腕を捕まえる雄一。   振り返る桂、やつれて目がぎらついてい   る。   お互い驚く雄一と桂。 桂「お義父さん!」 雄一「なにやってんだ!」 桂「人が待ってんの! 仕事なの!」   と、雄一の手を振りほどこうとする。 雄一「(いっそう強く掴み)いいから来い!」   と、引っ張る。   桂、痛さで顔をしかめながらついていく。 〇 喫茶店    賑やかな店内。   桂と雄一が座って話している。   痩せた桂、雄一を見るその目はぎらつき   ながらも、どこか懐かしさがある。 桂「(期待しながら)なんで私を探してくれた  んですか?」 雄一「(答えず)ちゃんと食べてるのか?」 桂「お義父さんこそ……」 雄一「こんな仕事……お金なら俺が……」 桂「(フッと笑い)お金はいいんです……」   雄一、答えられない。 桂「なんで、探してくれたんですか?」 雄一「桂、戻って来い……俺は今でも……」   と、言葉が詰まる。   桂、次の言葉を待っている、が出てこな   いので落胆して項垂れる。 雄一「(優しく)……な、帰ろう」   桂、力なく頷く。   〇 繁華街 大通り    深夜だが地下鉄工事のため渋滞している。 〇 同 渋滞中のタクシー   雄一と桂が乗っている。   桂は始終夜の繁華街を見ている。 雄一「(思い切って) 暫く一緒に暮らすか?」   窓を見ている桂、目が輝く。 雄一「で、うちから嫁に出たら、どうだ。桂  さん、国松っていたろ。テストコースにい  た奴。あいつ今じゃ課長なんだ。優秀な奴  でね」   桂、落胆の表情 雄一「まだ若いんだから、次の人生を……」 桂「(舌打ちし)遅いよ!」 雄一「えっ?」 桂「(運転手に怒鳴る)遅いよ」 運転手「見ての通りですよ。地下鉄の工事で  車線規制してるんで……」 桂「(運転席に身を乗り出して)シフトチェ  ンジだよ。スピード上げてよ」   と、シフトに触ろうとする。 運転手「(慌てて)ダメですよ、オートマなん  ですよ」   桂、運転手を罵倒し叩く。 雄一「(慌てて)やめろ! やめるんだ、桂」 桂「(雄一に向き直り)雄ちゃん! 代わっ  てよ、運転してよ!」   雄一、表情が凍りつく。   桂、のろのろのタクシーから飛び降りる。   雄一も運転手も驚く。   止まるタクシー。   道路に転がり泥だらけの桂、立ち上がり 桂「(名刺を出し)お義父さん、私に会いたか  ったらここに電話頂戴。サービスするわよ」   と、媚びた笑顔が真顔になり、振り返ら   ず繁華街に走っていく。   雄一、慌てて金を払いタクシーを降りる。 〇 繁華街の歩道   賑やかな通り。   雄一、桂を追い道路を渡ろうとする。   後から来たスクーターに引っ掛けられ、   倒れる雄一、頭を抱えて蹲る。   桂、振り返るが、そのまま繁華街に消え   ていく。 〇 病院 病室 別の日   頭に包帯を巻き横になっている雄一、看   護士一に名刺を渡し頼み込んでいる。 雄一「(弱々しく)お願いします。呼んでくだ  さい」   看護士一、もらった名刺を呆れ顔で見る   それは桂が渡した、いかにも風俗の名刺。 〇 同 ナースステーション   看護士一、入ってきて名刺を机に置く。   暫くするとその名刺が、何かの拍子で風   で舞い床に落ちる。   看護士や患者に踏まれ、廊下に出て彷徨   い、掃除婦の塵取りに入れられてしまう。   〇 繁華街 夜   寒風、吹きすさぶ通り。   憔悴を隠すように濃い化粧をした桂、行   きかう男に声をかけている。 桂「ねえ、ちょっと遊ぼうよ」   その目は嬉々としているがどこか寂しい。   男たちは、相手にせず通り過ぎる。 〇 加藤家 庭   寒風の中ブランコが揺れている。  桂の声「ねえ、ちょっと遊んでよ。お願い」   が、被って……。                 おしまい ペラ換算二四六枚