「団地ング・ブルース」 石井麻子 ○ねずみ色の府営団地   1号棟から4号棟までが建ち並ぶ。   人気が無い所を、サトちゃん(3)が三   輪車を漕いでゆく。 ○小学校・校門前   三輪車のサトちゃん、誰もいない校庭を   見つめている。蝉が鳴きわめく。 ○四年二組・教室   暑苦しい教室。騒がしい子供ら。   先生が成績表を配っている。 先生「はい次、生島育男!」   民安徹二(9)が立ち上がって、「イク   イク〜」と腰を振る。哄笑が湧く中、育   男(8)は苦笑いで教壇へ。   だが、薮中(8)がにやにや笑うのには   睨みつける。徹二、前席の薮中の頭を叩   く。 徹二「お前は笑うなや」   慌てて笑うのを止す薮中。 ○下校の道すがら   黄色の帽子を被った小学生達がわーわー   駆けてゆく。   育男と徹二が並んで歩く横を、早歩きで   去って行こうとする薮中。 徹二「(見つける)おい、ヤブ!」   薮中、息を呑んで徹二を見向く。   徹二、拳を振り上げ「おらぁー」と襲う   ふり。   ダッシュで逃げる薮中。 徹二「ヘボヤブが」 育男「なあ、テッちゃんラジオ体操行くん?」 徹二「行かん」 育男「毎日行ったら図書券二百円やで」 徹二「まじか」   徹二、ひとりで帰るあほ谷(7)を見つ   ける。 徹二「おい! あほ谷!」   あほ谷、嬉しそうに駆け寄ってくる。 徹二「(声を潜め)おい。お前に頼みがある」   あほ谷、目を輝かせている。 徹二「お前にしか出来ん事や。頼まれてくれ  るか?」 あほ谷「ウン!」   徹二、自分と育男の「ラジオ体操捺印カ   ード」をあほ谷に託す。 徹二「はんこ、もーといてくれ。やれるか?」 あほ谷「ウン!」 徹二「よし、行け!」   あほ谷、嬉しそうな足取りで去ってゆく。 育男「大丈夫か?」 徹二「かったるいもん行ってられへん。育男  もココ(頭)使わな。賢く生きてく術やん  け」   そこへ原田光彦(9)。大急ぎで帰ろう   とするを、徹二が引き止める。 徹二「おー、光彦」 光彦「(立ち止まる)おー」 徹二「(光彦の頭に触り)パーマあてたんか  ?」 光彦「(鬱陶しい)もぉー。天パやって!」 育男「帰ってから遊ぶけど」 光彦「おお、俺ムリや。今から帰ってすぐ出  発やねん」 育男「どこ行くん」 光彦「えー? ああ、うん、まあ(濁す)…」 徹二「(光彦の天パを撫で回し)何やねん。  どこ行くねん」 光彦「うん、まあ……ハワイ」 徹二「おおー! お前英語喋れるんか」 光彦「(照れくさい)もうええって」 徹二「ええやんけ、ちょっと喋ってくれや」 光彦「……マ、マイ・ネーム・イズ・ミツヒ  コ・ハラダ。ハワーユー?」 育男・徹二「おおー!」 光彦「(恥ずかしい)ちょ、ちょお俺急いで  んねん。またな!」   走り去る光彦に、 徹二「またなー! のせ彦!」 光彦「えー? なんてー?」   言いながら光彦、去っていく。 育男「何や、のせ彦って?」 徹二「『頭にブロッコリーのせ彦』。今俺が  考えた」   育男、大笑い。 徹二「マイ・ネーム・イズ・のせ彦ブロッコ  リー・アタマに」 育男「(笑う)のせ彦の妹かわいい」 徹二「お前、ロリコンか」 ○生島宅(3号棟)・居間   育男、母・ゆりこ(41)と姉・さつき(   15)とで素麺を食べている。   大急ぎで食べる育男に、 ゆりこ「今日もテッちゃんか?」 育男「うん」 ゆりこ「テッちゃんテッちゃん言うて、あん   た、コテッちゃんやな」   育男、食べる手を止め、母を恨めし気に   見上げる。 育男「何で『イク島』やのに、『イク男』な  ん?」 ゆりこ「そんな事、母さんかて離婚するや思  わんやん」 育男「ヤブのボケに笑われたわ」 ゆりこ「(わざと目を丸くし)いや、育男さ  ーん。えらい口悪いやんかー」   バツが悪い育男、苦笑い。   さつき、黙々と食べていたが、 さつき「民安んとこの弟やろ? あんなんと  つるんでるからや」 ゆりこ「お姉ちゃん、民安さん知ってたん」 さつき「(嫌悪)兄貴と同級。学校なんか来  えへんけど。たまに来たら問題起こすんや  もん」 ゆりこ「せやけど、テッちゃんは関係ないわ  な。(育男に)なあ、コテッちゃん」 さつき「似たようなもんやろ、どうせ」 SE 電話ベル   ゆりこ、立つ。 育男「(さつきに小声で)黙れ、おめこ」   驚くさつきに、育男、したり顔で中指を   立てる。 ゆりこ「(電話口に)わかったわかった、済  みませんね。……はーい、すぐ行きまー」   電話を切る。 ゆりこ「(二人に)おばあちゃん。早いこと  休憩代われ言うて。やかまし、やかまし」   出掛ける準備をしながら、 ゆりこ「母さん行くけど、育男さん。通信簿  は後でゆっくり見させてもらいま(にやり)。  ほな、お姉ちゃん、あとお願いね」 さつき「今日から『久我先生』、時間早いか  らね」 ゆりこ「オッケオッケ。えー、五時からね」   ばたばたと慌ただしく出てゆく母を認め   てから、さつき、育男の頬を叩く。 さつき「民安なんかやめとき!」 ◯4号棟・1階エレベーターホール   三輪車のサトちゃんがやって来る。   小学1年生くらいの男女五、六人が「く   つかくし」をして遊んでいるのを見てい   る。皆、片一方ずつ靴を出して並べ、歌   いながら隠す靴を選ぶ。  〜くつかくしちゅうれんぼー  橋のしたのねずみが   ぞうりをくわえてちゅっちゅくちゅー  ちゅっちゅくまんじゅうは誰が食うた  だぁれも食わないワシが食うた……   エレベーターから駆けて出て来た徹二、   並べてある靴をわざと蹴り飛ばして行く。   「ああー!」と子供らのブーイング。   行ってしまった徹二に男児A、「ぶっ殺   す!」と舌を巻く。   ……引き返してきた徹二、男児Aの頭に   拳骨。      ◯中庭   男児Aがケンケンで靴を探すを、他の子   供ら、嬉しそうに見守っている。   溝の中を探す男児A。   「ちーがいましたー」唱和する子供ら。 ◯ゴミ捨て場   鉄扉を開ける男児A。 子供ら「ちーがいましたー」 女児A「あー、ネコちゃんや!」   子供ら、女児が見つけた捨て猫の方へワ   ーッと走ってゆく。   捨て猫に夢中な子供ら。   ケンケンのまま取り残された男児A。 男児A「……おいっ!」     ○駄菓子屋『マルイチ』   育男と徹二、菓子を選んでいる。   ガチャガチャの中に色とりどりの丸いガ   ム。「赤色出たら、もひとつサービス」   の貼紙。   それに挑戦しようとする育男を、徹二、   制止する。 育男「なんや」   徹二、ズボンのポケットから赤色のガム   をこっそり取り出す。 育男「あッ……」 徹二「(番台の女店主に)おばちゃん、ほら。  (赤色)出たで」 女店主「(驚く)またアンタか! まあよう  当てる事。そないに赤いの入ってるもんか  しら」 徹二「なんや、いちゃもん付ける気ィか?   出るとこ出たってもええんやで!」   女店主、渋々立ち上がり、ガチャガチャ   を開けて、徹二に青いガムをひとつ渡す。 徹二「(手に持っていた菓子を渡す)これも  な。全部で百円やな」 女店主「(袋に詰めながらイヤミ)おばちゃ  んとこも、監視カメラ言うの? アレ付け  やないかんなー」 徹二「ほんまやなー。世の中ブッソウやから  なー。ほな!」   出てゆく育男と徹二の背中に、 女店主「……くそッ!」 ○公園   広場で子供らが野球をしている。   ジャングルジムの頂上、育男と徹二が菓   子を食べている。 育男「おばちゃん、めっちゃ疑ってたな」 徹二「おお。あの戦法はもう封印や」   と、徹二、青いガムを育男にやり、赤い   ガムをクチャクチャ噛む。 育男「何べんかやったん?」 徹二「おお、(クチャクチャ)このガムだけ  で四回目」 育男「四回! ガムふにゃふにゃなるやろ」 徹二「全然バレへん。ばばあ疑うのおっそい  ねん」 育男「もうやらんの?」 徹二「おお。引き際が大事やんけ」 育男「テッちゃん次の日曜、野球行く?」 徹二「試合やったら行く」 育男「なんぼ上手くても、練習来えへんかっ  たら試合出さんて監督が言うてたで」 徹二「あほか。俺を使わんとどうやって勝つ  ねん」   徹二、公園の外に薮中を見つける。 徹二「(大きく手を振り)おーい! ヤブ!  こっちや! ヤブ!」   キョロキョロしている薮中、徹二の姿を   認め、逃げようとする。 徹二「待てやー! 遊ぼうぜ、ヤブ!」   徹二、するすると器用にジャングルジム   を降り、薮中の方へ駆けて行く。   足が速い。敢え無く捕まった薮中。   徹二、薮中をヘッドロックしたまま連れ   て来る。   育男、けらけら笑ってその様子を見てい   る。 ◯広場   徹二と育男を中心に、小さな野球少年達   と薮中が円陣を組まされている。 徹二「よし。今からノックや。エラーした奴  はケツバットの刑」   「えー!」と、ブーイング。 徹二「えー、やない。上手くなりたいんやろ」 薮中「はぁ〜?! それなら僕は関係ないと思  うけど……」 徹二「そんな事俺には関係ない。よし、みん  な守れ。育男、ファースト行ってくれ」   皆、守備に就く中、なかなか動き出さな   い薮中。徹二を睨んでいる。   バットを振り上げる徹二に「ヒッ」と戦   き、渋々守りに就く薮中。   ×   ×   ×   少年がエラーする。カラーバットを振り   上げて追いかけてくる徹二に、きゃっき   ゃ嬉しそうに逃げ回る少年。   他の少年らも笑い転げている。   ×   ×   ×   ノックを受けている薮中。右へ左へ揺す   ぶられている。へとへとで足が付いてこ   ない様子。 育男「へいへーい! イージー、イージー!」   育男に習い、少年らも声を上げる。   「へいへーい!」   「どーした、どーした!」   もう、動けない薮中。 徹二「なんや、ヤブー! もう終わりかー!   よっしゃー。ケツバットー!」   皆、薮中の周囲にワーッと集まる。   徹二、少年らを縦に並ばせ、一番前の子   にカラーバットを持たせる。 徹二「よし、ヤブ、ケツ出せ。(少年に)行  け」   少年、薮中にケツバット。容赦ない。 薮中「ううッ!……」 徹二「よし、次」   次の子にカラーバットが渡され、ケツバ   ット。 薮中「ああッ!……」 徹二「おお、ええ音や。よし、次!」 薮中「もー、やめてくれぇ!」   徹二、次の子にこっそり、「カンチョー   しろ」というポーズ。   皆、くすくす笑う。   カンチョーする少年。 薮中「!!……」   薮中、ピクリとも動かない。 徹二「(少年に)へーい、グッドジョブ!」   ハイタッチ。 薮中「……く、くそッ」 ○3号棟・一階エレベーターホール(夜)   育男がエレベーターを待っている。   開いたエレベーターから、さつきの家庭   教師・久我先生(21)が出てくる。   育男、何となく会釈。   久我先生、気まずい笑顔でそそくさと行   ってしまう。   育男、エレベーターに乗り、閉める。   途端、しかめ面。 育男「……くっさ!」 ○生島宅・台所   ゆりこと、その母・富子(66)が晩飯の   準備。   「ただいまー」と育男、帰って来る。 ゆりこ「おっそーい。育男さん、通信簿(と  手を出す)」   育男、通信簿を持って来て、ぶっきらぼ   うに手渡す。 ゆりこ「(見る)……ほんまにちゅう中の中  やな」 育男「まあな」 ゆりこ「こら。褒めてないわよ」 富子「育男ちゃんも家庭教師の先生頼んだら  どないやの」 育男「エレベーターで姉ちゃんの先生に会っ  たで(にやにや)」   居間にいたさつき、「先生」と言う言葉   に反応。「ご飯、まだー?」と、台所へ   やって来る。 さつき「(育男に)あんた、いらん事言うて  ないやろな」 育男「先生、エレベーターで屁ぇこきよん」 ゆりこ「(笑う)嘘でしょ?」 育男「めっちゃくっさかった。爆弾や」 富子「人間やからな。しゃあないけどな。せ  やけどエレベーターはかなんがな」 育男「テロリストやもん」   笑う三人に、さつきは顔を紅潮させ、唇   を噛みしめる。 さつき「……ごはん、要らん」   ぷいっと自分の部屋に入る。   ばたん、と閉まる音。 富子「……(声を潜め)地雷、踏んでしもた  みたいよ」   ゆりこ、肩をすくめる。 ○薮中宅(4号棟)・ヤブの部屋   暗い部屋にろうそくのともし火。   薮中、「呪いの本」を片手に呪文らしき   を唱えている。   机の上の紙には「民安徹二」「生島育男」   と記されている。 薮中「……エロイムエッサイム、エロイムエ  ッサイム」   マッチを一本擦る。 薮中「悪魔の子供よ、呪われよ!」   擦ったマッチを紙の上に落とす。   燃え上がる火。 薮中「(焦る)うわっ、うわっ」   母親が慌てて入って来、消し止める。 母親「(高い声)誰が火付けに育てたかッ!」   息子の頭を叩く。 ○小学校・校庭(早朝)   子供たち、眠い目をこすりながらラジオ   体操。あほ谷、何だか滑稽な体操ながら、   楽しそう。   ×   ×   ×    子供たち、朝礼台に一列に並び、順番に   カードにはんこを押してもらう。そして、   あほ谷の番。 役員「(笑顔で捺印)ハイ、また明日!」 あほ谷「ウン!」   あほ谷、走って列最後尾へ。   ポケットから、徹二のカードを取り出す。   嬉しそうに順番待ち。   そして、あほ谷の番。 役員「ハイ、また明日……(あほ谷を凝視)  アレ? ボク、二回目やね?」 あほ谷「ウン!」 ○3号棟・中庭   育男、徹二、あほ谷。   徹二の拳骨が、あほ谷の脳天を直撃。   あほ谷、どつかれた頭を押さえて「うぅ   ぅ〜」と唸り声。恨めしげに徹二を見上   げる。   育男、取り繕う。 育男「まあ、しゃあないやん。あほ谷なんや  し……」 徹二「(あほ谷を見下ろし)んなもんバレる  に決まってるやないけ!」 育男「テッちゃんて……」 徹二「せめて、変装ぐらいせえや! この頭  を使え、頭を!」   言いながら、あほ谷の頭に再び拳骨。 あほ谷「……(唸る)うぅぅ〜」   その様子を、自転車置き場の陰から見て   いたのは、薮中。 ○自転車置き場   薮中とあほ谷、何やらこっそり話し合っ   ている。   薮中が一方的に熱弁を振るう姿はヒトラ   ーの如し。あほ谷はただ、にこにこと聞   いている。 ○遊歩道   三輪車のサトちゃんが不思議そうに見て   いるのは、シャドーボクシングをしなが   ら走る薮中。その後を、見よう見真似で   付いて行くあほ谷。 薮中「(真剣)シュッ、シュッ」 ○公園   薮中とあほ谷、ロープを大木に括り付け、   ロープのあまりを自分の胴体に括り付け   ている。   「押忍! 押忍!」と鉄拳突き。 薮中「押忍! 打倒民安!」 あほ谷「オス!」 薮中「押忍! 打倒生島!」 あほ谷「オス!」 ○3号棟・駐車場   徹二と育男、金属バットと軟球を持って   ブラブラ歩いている。   徹二、バットを素振りしながら、 徹二「あほ谷、全然使えんな」 育男「うん」 徹二「あいつに頼んだんが間違いや」 育男「図書券、パーやな」 徹二「そうやんけ。あのボケ!」   言いながら、思い切りスイング。   ボコッ! とBMWのボディにバットが   直撃。 徹二「うおっ!」 育男「テッちゃん!」   徹二、咄嗟に周囲を見回す。 育男「……逃げる?」 徹二「お、おお。(何か見つける)あ、ちょ  お待て」   徹二、落ちていた油性ペンを拾い、「貸   せ」と、育男から軟球を取り上げる。 徹二「あほ谷って、下の名前なんや?」 育男「え?……谷、コウヘイ……かな?」   徹二、ボールに「谷こうへい」と書き、   BMWの下にこっそり置く。いかにもボ   ールの仕業のように見える。 育男「テ、テッちゃん……」 徹二「トチッた罰やんけ」 育男「……ええんか?」 徹二「賢く生きていけ、育男! 行くぞ!」 ○生島宅・玄関   育男、徹二を連れてくる。 育男「ただいまー」 富子「おかえり。あら」 徹二「お邪魔します」 富子「もうちょっと早よ来たら、おばあちゃ  ん何か作ってあげたのに。おやつやら」 育男「うん。もう休憩終わり?」 富子「そうよ。(徹二に)ごゆっくりね」 徹二「ありがとうございます」 富子「あんた、テッちゃん言う子ね? いや  男前やんかー」 徹二「そうですねん。もー、こればっかりは  ね〜。どうぞ、行ってらっしゃい」 富子「はい、行ってきまー」 ◯居間       育男と徹二、テレビを見ながらカップラ   ーメンを食べている。   さつきが帰って来る。 徹二「あ、お邪魔してまーす」 さつき「(無視して育男に)あんた、そんな  もん勝手に食べて」 育男「うるさい、おならばばあ」 さつき「!!……あ、あんた! ちょっと口悪  いんとちゃう?(イヤミたっぷり)まぁ、  誰の影響かは知らんけどな!」 徹二「ま、ま、ま。お姉さん」    さつき、徹二を睨んでから、ぷいっと自   分の部屋へ。 徹二「(声を潜め)なんやねんお前、『おな  らばばあ』て。センスゼロやないけ」 育男「あいつの家庭教師、エレベーターで屁  ぇこきよん」 徹二「おお、まぁそれはキツイ」 育男「それ言うたら、あいつブチ切れてん」 徹二「(突然大声で)オイー、育男〜、屁ぇ  こくなや〜! くっさいのぉ〜! 鼻もげ  るやんけ〜!」   さつき、部屋の扉を乱暴に開けて居間へ   やって来る。鼻息荒く育男と徹二を睨み   つけ、そして家を飛び出していく。 徹二「ほんまや。お前の姉ちゃん、おならに  ビンカンやな」 ○喫茶『かたつもり』   小さな店内。男性客ひとり。   ゆりこと富子、グラスを拭いたり伝票を   勘定したり。   そこへ、さつきが駆け込んでくる。 ゆりこ「あれま。どないかした?」 さつき「母さん! アイツ追い出してよ!」 ゆりこ「どないした?」 さつき「民安の弟やん!」 ゆりこ「テッちゃんか? 来てはんの」 さつき「あんなガキ、ウチに入れんといて!」 富子「(のんき)そう? 感じええ子やった  わよ。おばあちゃん好きやわ」 さつき「おばあちゃんには分からんねん!」 富子「(ムキ)何でおばあちゃんに分からん  の? 分かるわよ! どんな言い草?!」 ゆりこ「(取り繕う)ちょっとちょっと〜。  ほんで、さつき。何かされたの?」 さつき「違う! 居るだけでイヤやの!」 ゆりこ「そんなん〜。無茶言わないの」 さつき「あんなガキと一緒におったら育男も  おかしいなるで! あとで泣いても知らん  から!」 ゆりこ「(シッ)お客さん居るから」   立ち上がった男性客は民安豊(15)。   気付いたさつき、目玉をひん剥く。 ゆりこ「ありがとうございます。ごめんなさ  いねェ、騒がしいて」   豊、勘定を済ませても出て行かない。   突然、さつきに目一杯顔を近付ける。   さつき、硬直。 豊 「……弟が、すまんの。きつく言うとく  から」   出て行く豊の後姿。   未だ硬直が止まぬさつき。 ゆりこ「(さつきに)どちらさん?」 さつき「……民安!!」 ○4号棟・1階ピロティー   男児女児七、八人で「探偵」をしている。   歌いながら「探偵」と「ぬすっと盗人」   に分けていく。   〜いろはにほへとちり「ぬすっと」   るをわかよ「たんてい」……   ×   ×   ×   「盗人」の子供たちがわーっと逃げ出す。   「いーち、にー、さーん……」十数えて   「探偵」たちが追いかけ始める。   「盗人」の男児A、ある家のガスメータ   ーの鉄戸を開け、その閉所に隠れ入る。   次々と「盗人」が捕まっていく。   閉所から、   男児Aを懸命に探す子供らが微かに見え   る。 男児A「うふふ……」   男児Aを探して悩む子供ら。 女児A「おらへんなー。……(天を指差し)  あーッ、ヘリコプターや!」   皆、わーっと駆け出し、上空のヘリコプ   ターに向かって「SOS! SOS!」   と叫ぶのに夢中。 男児A「(鉄戸を開け)……おい!」 ○3号棟・1階エレベーター   扉が開くと、育男と徹二が乗っている。   目を丸くする二人。   あほ谷と、その母が、派手なペアルック   で立っているのだ。   必死で笑いをこらえる二人は、谷親子と   目を合わさぬようにエレベーターを出る。   「ちょっと!」   と、あほ谷母が呼び止める。   徹二と育男、懸命に真面目な顔に直して   振り返る。 あほ谷母「育男くんと、民安くん、だよね?」 徹二「あ、はい! いかにもです!」 あほ谷母「んじゃあねぇ〜、『育ちゃん』と  『ターミー』って呼ぶね」   育男と徹二、顔を見合わせ、笑いをこら   える。 徹二「ターミー、ですか……」 あほ谷母「そ。かーいーね!」 徹二「(眉を顰め)え、何て? カーイー?」 育男「(声を潜め)カワイイ、言うてんちゃ  う?」 徹二「あ、はい! カーイーです!」   噴出しそうになる育男、鼻が膨らむ。 あほ谷母「んでねぇ〜、育ちゃんとターミー  にお願いがあるんだけどなぁ」 徹二「お願い、ですか?」 あほ谷母「あのねー、ウチね、ほら、ちょっ  とお金、あるじゃない?」 徹二「そーなんすか」 あほ谷母「だから、ねたまれちってねぇ」 徹二「(適当)へぇ〜」 あほ谷母「車、BMなんだけどね。ボコられ  ちったんだー」   育男と徹二、息を呑む。打って変わって   脂汗。 徹二「それぁ……、ひどい、事です、ね」 あほ谷母「んでね、かーいーキミたちにお願  いがあるのだ」   鞄からビデオカメラを取り出す。 あほ谷母「(徹二にカメラを渡す)犯人を撮  ってきて欲しいのです」 徹二「ええ〜?!」 あほ谷母「きっと、犯人は朝早く駐車場に現  れると思うんだ。勘だけどね、うふふ」 徹二「え? え? でもやっぱり、ね? そ  ういうものはご自分で撮られたほうが、ね  ? そのォ、何かと、ね?」 あほ谷母「おばちゃんね、朝弱いから。(急  に目が据わる)だからこうしてお願いして  るんやけど。何や。出来へんか」   育男と徹二、おののく。 育男「で、でも、もし犯人が現れへんかった  ら?」 あほ谷母「(笑み)いいのよ。とにかく見張  ってて欲しいんだな。三日間でいいから。  ね。お願いします! バーイ!」   エレベーターに乗ってしまう。   扉が閉まる間際、あほ谷がポケットから   取り出し、二人に嬉しそうに掲げて見せ   た物は、「谷こうへい」と書かれた軟球。   立ち尽くす育男と徹二。 ○3号棟・駐車場(早朝)   育男と徹二、ビデオカメラを手に、BM   Wの前に呆然と立つ。 育男「犯人映せて……。無理やん」 徹二「おばはん俺らがやったって分かってて  言うてんのか、ほんまにあほなんか、おい  育男、どっちや!」 育男「わからん。ちょっと怖いな」 徹二「おお。何となくヤクザのにおいがする」 育男「けど、こんなことしててもしゃーない  で。犯人俺らなんやし」 徹二「まあ、現れんかったらそれでええて言  うてるわけやし。三日間辛抱するしかない  やろ」 育男「まぁ、そーね」 徹二「『そーね』てお前……、カーイーやん  け」 育男「やめてや。怖い!」 ○グラウンド   「ジャガース」の野球少年たち。   ユニホーム姿の育男と徹二、眠そう   にやって来る。 光彦「(嬉しそう)おー、テッちゃん来たん」 徹二「ちゃう。今日から俺を『ターミー』と  呼べ」 光彦「はぁ?」 育男「(笑う)帰って来たん」 光彦「おお。昨日や」 徹二「アレ?……お前、パーマあてた?」 光彦「もうええって。はい、おみやげ」   二人に袋を渡す。 徹二「何やねん。気ィ利くやんけ」   袋を開けると、派手なアロハシャツ。 徹二「おいブロッコリー! コレいつ着るね  ん!」 ◯「ジャガース」のダッグアウト   試合中。チームメイトは守備に就いてお   り、監督と、徹二だけがやきもきしてい   る。九回表、同点、ノーアウト、ランナ   ー満塁。 徹二「監督のおっちゃん、俺にほらせた方が  ええって!」 監督「あかんど! お前は出さん、絶対に!」 徹二「うわ、見てや!」  バッターボックスに女子が入る。 徹二「女やで、おっちゃん。完全になめられ  てるやん」 監督「じゃかまし! 黙っとれ!(イライラ)」   汗だくのピッチャー、投げる。 主審「(首を横に振る)スリーボール」   相手チームのダッグアウト、大盛り上が   り。 徹二「(相手チームに怒鳴る)黙れ、くそが  き! みかん食うて寝とけや!」 監督「踏ん張りどころや、踏ん張りどころ(  イライラ)」   ピッチャー、投げる。すっぽ抜け。   押し出し、勝ち越し点を与える。 徹二「(ピッチャーに怒鳴る)何やっとんね  ん! 女やぞ! ちんこ折ったろかコラお  前! ウンコちびったことをばらしてやろ  うかコラお前! お前は何の為に生きとん  ね?!  言うてみぃコラ、ボケ! かかって  来んかー!」   徹二の怒号が止まぬ中、監督、堪らず立   ち上がる。 監督「(主審に)ピッチャー交代!」      ◯マウンドの徹二   不敵な笑み。振りかぶって投げる。   豪速球が、キャッチャーミットで煙を上   げる。 主審「ストラーイク! バッターアウト!」 徹二「イクイク〜(腰を振る)」 監督「あほんだら、真面目にやらんかぇ!」   ファーストの育男の嬉しそうな顔。 ◯遊歩道(夕刻)   育男、徹二、光彦。泥だらけのユニホー   ムでとぼとぼ歩いている。 育男「(徹二に)しゃーないやん、こんな日  もあるやろ」 徹二「……」 光彦「テッちゃんはよーやったて!」 徹二「(舌打ち)あの、ハゲ監督……」 光彦「おお、せや。あのハゲ、代えんの遅い  ねん! テッちゃんに打順回らんやんけ!  (育男に)のお?」 育男「うん」 徹二「……」   徹二が喋らないので、皆、とぼとぼ。   「あ」と育男が見つけたのは、シャドー   ボクシングする薮中とあほ谷。 光彦「(薮中に)おー。何やってんねん」 薮中「い、いやぁ……」 あほ谷「(嬉しそうにシャドー)ダトー、タ  ミヤス、オス! ダトー、イクシマ、オス  !」 薮中「(焦る)お、おい!」   徹二の目が生き返る。   徹二、薮中の腹に鉄拳一発。 薮中「うッ……」 ◯3号棟・駐車場(早朝)   大あくびの育男と徹二。 徹二「とりあえずビデオ回せや」   育男、録画開始。   BMWを延々撮る。   何も起こらない(起こる筈もない)。   育男、大あくび。 徹二「眠いんか育男。よし、俺を撮れ」   ×   ×   ×    楽しそうに撮影し合っている二人。   「ぐおッ」   と、くぐもった悲痛な男の声が聞こえる。   育男と徹二、怪訝な顔を見合わせ、声の   する方へ行く。   車の陰。豊が同年代の男を、馬乗りで殴   っている。殴られている男の顔は血塗れ   で、腫れ上がっている。 育男「……テッちゃん」 徹二「……」   殴られている男は口から泡を吹いている   が、豊、殴り続ける。   豊、徹二と育男に気付き、手を止める。 豊 「なんやお前ら。こんな夜中に」 育男・徹二「……」 豊 「ああ……、ちゃうな。朝か」   豊、立ち上がって、去る。 ◯あほ谷宅(3号棟)・玄関先   育男と徹二、あほ谷母にビデオカメラを   返す。 あほ谷母「ありがとね〜。(封筒をそれぞれ  に渡す)コレ、お礼です」 徹二「え? あ、ありがとうございます」 SE 携帯電話のベル   あほ谷母、出る。 あほ谷母「あ、パパ? 取引きはうまく行っ  たですか?(顔が曇る)あ、そう……。ま  たあの子のチョンボか。もうあの子、小指  あらへんやないの。しまいに首落としたら  なあかんねー……」   育男と徹二、戦慄。 ◯階段・踊り場   育男と徹二、封筒を開ける。 徹二「うお、五千円や!」 育男「え?……俺、なぜか六千円や」 徹二「ええー?! 何でお前の方がちょっと気  に入られてんねん!」 育男「……こわい」 徹二「とにかく儲けたぞ。育男、豪遊や!」 育男「(お金を見つめて)……ほんまにええ  んかなぁ」 ◯ビデオカメラの再生画面   早朝の駐車場。   徹二がフェイド・イン。 徹二「こんばんは。ターミーです」   この後、徹二のバッティングフォームが   延々続く。 徹二「イチロー」 徹二「ワーダ」 徹二「タネダ」…… ◯甲子園球場・外観 ◯その周辺   人と店屋でごった返している。   アロハシャツ姿の育男と徹二が歩いてい   る。 ◯みやげ物屋   育男と徹二、サングラスを試着している。   徹二、茶色レンズの色眼鏡をかけ、鏡を   見る。 徹二「うおっ、育男、見てくれ。八郎にそっ  くりや!」 育男「ハチロー?」 徹二「おお、俺の親父や」 ◯自販機前 育男「テッちゃん、ジュース買うとこーや。  中入ったら高いし」 徹二「(呆れ顔)お前はそーゆーとこがコモ  ノ小物やねん。行くぞ」 ◯球場内   炎天の下、高校球児らが熱戦を繰り広げ   ている。砂埃。陽炎。打球音。大歓声。 ◯外野席   アロハシャツとサングラス、リゾート気   分で観戦する育男と徹二。 売り子「熱燗、ジュース、ポップコーン、い  かがっすかー」 徹二「(売り子に)コーラ、二個」 売り子「六百円ですねー」 育男「(驚く)まじで?」 売り子「はい、六百円ですね。(徹二に)ど  うする、ボク?」 徹二「あほか、金はあるんじゃ。ぬかすな」   売り子、たじろぐ。 ◯バックスクリーンのフリーボード   ふてぶてしくコーラを飲む育男と徹二の   姿が映し出される。   気付いた徹二は椅子の上に立ち、サング   ラスを上げながら「怒るで、しかし」の   ジェスチュア。 ◯民安宅(4号棟)・玄関外(朝)   水泳バッグを持った育男がドアチャイム   を鳴らすと、徹二の母・アザミ(33)が   出てくる。寝起きらしい。   育男、恐る恐る会釈。   徹二の母、暫く育男を見下ろして、 アザミ「(家の中に)テツ! 来てるで!」   バタンと、扉を閉める。   育男、外に取り残される。   家の中から怒鳴り声が聞こえる。 八郎(父)の声「テツ! 誰や、こんな朝早  ように! 常識知らんやっちゃ!」 アザミの声「もう、ええがな」 八郎の声「何がええんや! どのガキや!わ  しが言うて来たらぁ!」   育男、びびる。 アザミの声「もうええ言うてるやろ! テツ  ! 早よ行け!」   扉が開き、徹二が出てくる。 徹二「(待たせて)すまんすまん。行こ」 育男「う、うん」 ◯歩道   育男と徹二、光彦が水泳バッグをそれぞ   れ持って歩いていく。   じりじりと照りつける太陽。積乱雲。 ◯小学校・プール   子供たちがはしゃいでいる。水しぶきが   きらきらと眩しい。   育男らも飛び込み、泳ぎ、楽しそう。   シャワーの所に薮中。合掌し、水に打た   れるその姿は修行僧の如し。   徹二、プールの真ん中で不自然に立って   いるあほ谷を見つける。   「ぶるっ」と身震いするあほ谷。   徹二、泳いであほ谷のもとへ。あほ谷を   ヘッドロックし、 徹二「お前! 今ションベンしたやろ!」      ◯プールサイド   育男、徹二、光彦が横たわる。   「お兄ちゃん」   と、光彦の妹・みさお(7)がやって来   る。 光彦「みさおも来てたん」 みさお「なあ、お兄ちゃん」   みさお、光彦に何やら耳打ち。   光彦、笑顔でみさおの頭をポンと撫でる。   照れるみさお。 光彦「(育男に)明日な、みさおの誕生日会  やねん。育男にも来て欲しいって」 育男「お、俺?」 徹二「(はやす)オイ〜!(と手淫する振り)」 光彦「テッちゃんも来たってーや。(みさお  に)なあ?」 みさお「うん!」 徹二「おお、育男が行くんやったら。……せ  や、あほ谷も呼ぼうや。おもろなるぞ」 光彦「おお。一緒に来てや」   みさおの顔が曇るが、誰も気付かない。 徹二「育男、あほ谷に報告しに行くぞ」 育男「うん」   徹二と育男、プールに飛び込む。   プールの真ん中のあほ谷、また、「ぶる   っ」と身震いしている。 みさお「なあ、お兄ちゃん」 光彦「うん?」 みさお「……谷くんも、来るの?」 光彦「どうした?」 みさお「みさおな、谷くんイヤやな。何喋っ  てんのか分からんねんもん」 光彦「そんな事言うたんなや。おもしろい奴  やで」 みさお「……うん」 ◯生島宅・台所(夕刻)  育男、帰って来るとゆりこがジュースやケ  ーキの用意をしている。 育男「(ケーキ)何それ」 ゆりこ「『ただいま』が抜けてまっせ」 育男「ただいま。何それ」 ゆりこ「(さつきの部屋を指差し)久我先生」   育男、さつきの部屋の扉を少し開けて覗   く。 ゆりこ「(育男に)やめときなさいよ」   久我先生に素直に質問し、楽しそうに勉   強するさつきの姿が見える。 育男「(扉の隙間から)ぷぅ〜」 ゆりこ「こら育男!」   急いで扉を閉める育男。   暫く様子を伺うが、さつきの部屋は静か。 育男「……地雷じゃなかったみたい」 ゆりこ「そらあんた、先生の前やもの。その  代わり、あとで怖いわよ〜」 ◯トイレ・中   耳をふさいで蹲る育男。 ◯同・外   さつき、鍵のかかったトイレのドアノブ   をがちゃがちゃ回し、扉をバンバン叩い   ている。 さつき「出てこい! 卑怯もん! あんただ  けは許さへん! 出てこい! 育男!」 ◯原田宅(2号棟)・居間   大きなテーブルの上にはケーキや菓子や、   ご馳走が並ぶ。   育男、徹二、あほ谷、光彦、そして女児   たちが、みさおを囲んでいる。   女児たちに貰ったプレゼントを、開けて   は喜ぶみさお。 育男「(プレゼントを渡す)おめでとう」 みさお「(満面の笑み)開けてもいい?」 育男「あ、うん」   開けた中身は「リリアンセット」。   目を輝かせるみさお。料理を運ぶ母に、 みさお「見て、お母さん見て! 育男ちゃん  にこれ貰った〜!」 母 「まあー、いいねー。よかったねー」 徹二「(育男に小声で)お前、やるやんけ」 育男「(小声で)やめてや」 徹二「(小声で)ところで、リリアンて何や  ?」 育男「(小声で)知らん」 徹二「(小声で)お前。それはあかんやろ。 俺はオカマの名前かと思たぞ」 育男「(小声で)ええから、テッちゃん渡し」 徹二「(プレゼントを渡す)ハイ、上げる」   みさお、開けると、「ぬりえ」と色鉛筆。 みさお「テッちゃん、ありがとー!」 徹二「(難しい顔)おお」 育男「(小声で)テッちゃん、カーイー」   徹二、顔が真っ赤。   あほ谷、嬉しそうに、みさおにプレゼン   トを渡す。それは包みもなく、明らかに   使い古されたピンク色のシャープペンシ   ル。受け取るみさおの顔、困惑。   母、シャープペンシルをみさおから奪い   取り、眉を顰める。 母 「何やのコレ……(あほ谷に)ごめんや  けどね〜、みさおちゃんはこういうのは要  らんわ」 あほ谷「(にこにこ)……」 母 「悪いけど、返すわね〜。コレ、使って  はった物でしょう? こういうのは、みさ  おちゃん貰えないからねー」   シャープペンシルを返されたあほ谷、に   こにこ笑っているが伏し目がち。 母 「やっぱり、お誕生日の席やからね〜。  そういうのはちょっと、ねー……」 光彦「(話題を変えようと)お母さん、ろう  そく、火ィつけようや」 母 「あ、そうね」   ろうそくに火がともされ、消灯。   〜ハッピーバースデイ・トゥーユー   ハッピーバースデイ・トゥーユー……   合唱の中、ピンク色のシャープペンシル   を手に、とぼとぼ家を出るあほ谷の顔は、   尚、にこにこ。   育男と徹二、俯いている。 ◯遊歩道(夕刻)   育男と徹二、手持ち無沙汰に歩いている。   二人とも、何となく無言。 育男「あ。あほ谷……」   その方を見ると、あほ谷がひとりぼっち   で、項垂れて立っている。   育男と徹二、どちらからともなく、あほ   谷のもとへ。 育男「あほ谷……」 徹二「いや、誘った俺がそもそも悪かった。  すまん」   深々と頭を下げる。下げた頭の目の先に、   捨てられているエロ本。   あほ谷は項垂れていたのでなく、それを   見ていたのだと覚る。 徹二「おい! あほ谷! お前は何でそんな  におもろいねん!」   徹二、あほ谷を倒し、腕ひしぎ十字   固めを決める。 あほ谷「イタイ……」 徹二「さっき俺が頭下げた分を返せ!」 あほ谷「(泣きそう)イタイ……」   育男がくすくす笑う。 ◯4号棟・1階ピロティー   屋根の下、三輪車のサトちゃんが、雨の   降る暗い空を見上げている。 ◯5階・廊下越しから   男児女児五、六人が、傘を広げて雨降る   外を見下ろしている。   はるか地上。 男児A「ほんまか?」 女児A「ウン。わたし、テレビで見たもん。  カサひらいてな、ふわふわーって飛ぶねん」 男児A「うん……」   見下ろす。やはり地面ははるか下。   固唾を呑む男児A。 男児A「……ヨシ。いっぺん練習」 ◯階段   最上段。「ガンバレガンバレ!」と手拍   子する嬉しそうな子供らと、開いた傘で   飛ぼうと、助走を計る男児Aの真剣な眼   差し。   意を決したという風の男児A、助走を付   けて、飛ぶ。   「ワーッ」と子供らの歓声。   ドスッ、と階下に落ちる男児A。   心配そうに駆け下りる子供たち。 女児A「(男児Aの差していた傘を指差し)  あー、これママとヒャッキンで見たことあ  るヤツやー! ヒャッキン、ヒャッキン!」 子供ら「(両手を上げて嬉しそう)ヒャッキ  ン、ヒャッキン!」   うずくまっている男児A。足首を押さえ、 男児A「(悲痛)ぐねた……、ぐねた……」   「ヒャッキン、ヒャッキン……」   子供らの楽しい唱和がこだまする。      ◯民安宅・徹二の部屋   育男と徹二、TVゲームをしている。 徹二「育男、見てくれ。俺が作った新キャラ  レスラーや。『ストロング・ヤブナカ』」   ゲーム画面。   真っ白いブーメランパンツスタイルに、   リングシューズは履かず、黒のマントを   翻し、鞭を振り回すという、奇妙なレス   ラーの姿。 育男「(笑う)何やねん、これ。変態やん!」 徹二「おお、ヤブがモデルやからな」 育男「ブリーフ穿いたオッサンやん!」   二人、げらげら笑う。   突然、扉が乱暴に開かれ、茶色レンズ眼   鏡の八郎(50)が、顔を出す。 育男「!! ハチロー……サン」   八郎、痰をからませ、何も言わずにばた   ん、と扉を閉める。 育男「(声を潜め)ハチローさんて、怖い?」 徹二「晩働いてるから昼間寝てんね。気にす  んなや」 育男「俺、居って大丈夫なん?」   徹二、立ち上がって育男の背後に回り、   スリーパーホールドを決める。 徹二「弱気なお前が嫌いだ!」 育男「(タップ)ギブ……ギブ……」   「おら! テツ!」   と、扉を蹴って怒鳴り込んで来たのは豊。   一瞬で緊張する部屋内。 豊 「何をぴーぴーぴーぴー喚いとんね」 育男「……」 豊 「外行ってチューチューでもしゃぶっと  かんかぇ、やかましい。おお?」 徹二「(声が小さい)関係、ないやろ……」 豊 「……ああ、何て? 聞こえへん」 徹二「……」 豊 「聞こえへん、言うとんね」   豊、「ああ? ああ?」と徹二を膝で蹴   りながら、部屋の隅に追いやって行く。 徹二「(思い切って顔を上げ)お、お前には  関係ない!」 豊 「……だれにモノ言うとんじゃ!」   豊、机の上にあった縦笛で徹二の脇腹を   殴る、殴る。 徹二「うッ! うッ!……」   育男、震えて声が出ない。   「ゆたちゃん!」   と、アザミが入って来る。 アザミ「やめなさい、ゆたちゃん! やめて、  お兄ちゃん!」   割って入ったアザミ、蹲る徹二の頬や頭   を何度も叩く。   信じられないといった顔の育男。 アザミ「お前は! お兄ちゃんに何を言うた  んや! 言うてみィ!」 徹二「……」 アザミ「言われへんのか? お前が悪いんや  な? お兄ちゃんに謝り!」 徹二「……」 アザミ「中途半端にワルぶりやがって。お兄  ちゃんに勝てる思たんか!」 徹二「……勝てるわい! こんなヤツ、何ぼ  のモンじゃ!」   勢いよく立ち上がったところ、アザミに   張り飛ばされる。 アザミ「血迷ったことせんときや!」   蹲る徹二。 アザミ「(態度は一変、豊に)悪かったね。  気ィ悪ぅさせたね。お母さん、きつく言う  とくから」   豊、縦笛を投げ捨て、アザミの胸倉を掴   む。 豊 「……お前、ダレや?」 アザミ「ゆたちゃん……」 豊 「『お母さん』、でしたっけ?」   アザミの薄い笑みが引き攣る。 豊 「アンタ、何で、コイツ(徹二)を殴  ったんスか?」 アザミ「(へらへら)コイツはこうでもせん  と、お兄ちゃんに口ごたえばーっかりしよ  るからホンマに……」   豊、突然アザミを押し倒す。 アザミ「ちょっと! やめ……」 豊 「オイ、徹二! お前のオカンをここで  犯したるからよう見とけ!」   徹二、蹲ったまま。   抵抗するアザミの頬に平手打する豊。   アザミ、しまいにわーわー泣き出す。 豊 「……あほんだら」   豊、部屋を出て行く。 アザミ「(大泣きしながら)テツー! 謝り  ー! お兄ちゃんに謝りー!」   徹二、三角座りの膝に顔を埋めたまま。   育男は動けないまま。 アザミ「(号泣)どないせーゆーね! アタ  シにどないせーゆーね!」   アザミの泣き声と、雨の音。 ◯神社・周辺(夜)   夏祭り。混雑する人々。犇めき合う夜店。   陽気な暑さが漂う。 ◯当てもん屋   様々なおもちゃが並ぶ。   薮中の視線は、メリケンナックルに集中   されている。   百円を払い、くじを引く。 的屋「ああ、ザンネン賞、ハイ」   と手渡されたのは、吹き戻り笛。   薮中、もう一度挑戦。 的屋「またまたザンネーン」   と、吹き戻り笛。 的屋「おニイちゃん、頑張ってや」   薮中、ムキになって、みたび挑戦。   ×   ×   ×   十本の吹き戻り笛を両手に持った薮中が、   立ち尽くす。 ◯境内   立派なだんじりが一台。その壇上、鉦や   太鼓の囃子に合わせて龍踊りを披露する   豊の勇姿。迫力。   見惚れる見物人たち。その中に育男、徹   二、光彦の姿。 光彦「(惚れ惚れ)テッちゃんの兄ちゃん、  やっぱカッコええなー」 徹二「……」   育男、徹二を横目で見る。   徹二の目は、兄を恨めしそうに睨みつけ   ているように見える。 徹二「(ぷいと目を逸らす)行こや」   歩き出す。 ◯当てもん屋 的屋「(鐘を振り)おめでとー、大当たりー  !」   偶然通りがかった薮中が目撃したものは、   メリケンナックルを当てて喜ぶあほ谷。  薮中「え、ええー?!」 ◯横道   薮中、十本の吹き戻り笛をあほ谷に差し   出し、拝み倒している。   あほ谷、メリケンナックルを後ろ手に、   「うぅ〜」と唸って首を横に振り、断固   拒否。 ◯混雑する道   たこせんべいを食べながら、ぶらぶらと   歩く育男、徹二、光彦。   突如、前に立ちはだかる者。   三人の男子中学生。   育男ら、右に避けても左に避けても立ち   はだかってくる。 中学生A「ちょっと、いいかな?」   育男らの、しまったという顔。 ◯境内の奥   人気がない。育男ら三人は、中学生三人   に囲まれている。 中学生A「ボクたち、お金落としてしまって  んやんかー。ちょっと貸してくれへんかな」 中学生B「祭りの日ィやし、ちょっとぐらい  持ってんやろ?」 徹二「(にこやか)いやぁ、僕らお金ないっ  すよ」 中学生B「(にこやか)そんな事ないやろ?  ちょっと、跳ねてみ?」   育男ら三人ぴょんぴょん跳ねる。   光彦のポケットがチャリンチャリン   鳴る。   徹二、光彦の脇腹をグーで殴る。 中学生A「無理は言わんよ。あるだけでええ  ねん」 徹二「いやぁ、僕らダメなんですよ。お母さ  んにお金の貸し借りだけは絶対だめよー、  言われてて」 中学生B「はぁ? こら。寝言ぬかすな(す  ごむ)」 徹二「(育男に)お前のおばあちゃんて、確  か、『ゼニカネ他人や』言うて死んだよな  ?」 育男「う、うん。ユイゴン」 徹二「そういうわけで、ねぇ?」 中学生C「(徹二に)おいコラ。いつまでふ  ざけとんね? 早いことカネ出せや」   じりじり近づいてくる。 徹二「(小声で育男と光彦に)逃げんぞ」 育男「(小声で)う、うん」   その時、徹二の肩に馴れ馴れしく腕を回   す者。徹二、はっと振り返る。豊だ。 豊 「おい徹二。何遊んでんね?」 中学生A「(戦く)た、民安、サン!」 豊 「(中学生たちに)俺の弟に用事か?」   中学生たち、何も言わず豊に頭を深々と   下げ、足をからませて、逃げるように消   えてゆく。 豊 「(徹二に)助かったのー」   にやにや笑って去って行く。 徹二「(豊の背中に叫ぶ)オ、オラー! お  前になんか何にも頼んでへんやないけー!  お前の助けなんか要らんのじゃー!」   豊の背中はどんどん小さくなり、やがて   人波に呑まれてゆく。 徹二「何じゃー! かかってこんかー! 勝  負したらぁー! くそー! ボケー!…」   徹二の叫び声は、虚しくもお囃子に掻き   消されてゆくのだ。 ◯薮中宅・居間   薮中、卓袱台の上に、ボール紙とカッタ   ーナイフで、何やら工作。 薮中「……できた」   満足気に眺めている完成品は、お手製の   メリケンナックル。 薮中「コイツで民安を!……シュッ」   洗濯籠を抱えた母親が入って来、訝しげ   に卓袱台に顔を近付ける。 母親「(高い声)あほかー! キズいっとる  やないかー!」   洗濯物の濡れタオルで、息子の頭を叩く。 ◯駄菓子屋『マルイチ』   客はない。番台の女店主、何気なくガラ   ス戸の外を眺めている。   育男と徹二が店の前を通りかかる。   徹二、女店主に向かって舌を出し、両手   の中指を立てて見せてくる。 女店主「(舌打ち)ガキがッ!」   女店主、負けじと中指を立てようとする   が、不器用でうまく出来ない。   育男と徹二、行ってしまう。 女店主「く、くそッ……」   ×   ×   × 女店主「ふんっ、ふんっ、ふんっ」   中指を立てる練習に夢中の女店主。   少年が入ってくるが気付かない。   少年、自分に気付かぬ女店主を横目   に、菓子を思いっきり万引きして、   そそくさと出て行く。 女店主「(尚も)ふんっ、ふんっ……」 ◯道   育男と徹二、歩いている。 育男「『マルイチ』行かんの?」 徹二「あかん、あっこはやり甲斐がない。俺  はもっとビッグな事に挑戦したい」 育男「ビッグな事?」 ◯スーパーマーケット・外観 ◯菓子売り場   監視カメラが、百八十度回る。   菓子を物色する徹二の後を付いてゆく育   男。徹二、チューインガムを手に取ると、   カメラが他所を向いたスキに素早くポケ   ットに入れる。 育男「あ……」   次から次へと菓子をポケットに詰め込ん   でゆく徹二。   徹二、育男に目配せする。   育男、ゴクリ、と生唾を呑む。   ソロソロと十円チョコに手を伸ばし、   大急ぎでポケットに突っ込む。 ◯出入り口   何食わぬ顔で出てくる二人。   と、突然、猛ダッシュで駆け出す。 ◯公園(夕刻)   大木と自分にロープを括り付け、「押忍、   押忍」と鉄拳突きをしている薮中。   育男と徹二が来る。 徹二「おー、ヤブ! がんばっとるか」   薮中、聞こえない振り。 徹二「オイ! 何、しかとしてくれてんね!」   地面の砂を掴み、薮中にかける。 徹二「おら! おら!」 薮中「うわっ、うわっ」 ◯ベンチ   徹二、ポケットから、盗んだ菓子を次々   に出す。 徹二「やっぱ『マルイチ』とは品揃えがちゃ  うのー」 育男「俺、めっちゃ緊張した」 徹二「おい育男。俺はビッグビジネスを考え  たぞ」 育男「なに」 徹二「お前、『トミスポ』知ってるか」 育男「あー。商店街の?」 徹二「せや。でな、スーパーでパクったもん  をやな、『トミスポ』に返品すんねん」 育男「ええ? 何それ、どういう意味? 絶  対ムリやって!」 徹二「ええから、まぁ聞け。まずスーパーの  スポーツ屋で色々パクるやんけ……」 ◯徹二のシミュレーション   スポーツ店『トミスポ』。こじんまりし   た店内。   紙袋を手に、育男と徹二が入ってくる。 老店主「いらっしゃい」 徹二の声「あそこのジジイはもうヨボヨボや」   育男、紙袋の中のものをレジ台に広げる。   グローブや硬球など高価な品ばかり。 徹二「これ、返品したいんやけど」 老店主「ええ? あ、はー。この分のレシー  トはお持ちで?」 徹二「それがな、失くしてしまってんなー」 老店主「はー、左様だっか。では、いつ頃お  買い上げで?」 徹二「一週間、いや、二週間前かなぁ。ボク  も定かやないんやけど。ねえ、おじちゃん、  ボクのことほんまに覚えてない? ボクの  顔、よう見てよ」   徹二、抜群にカワイイ顔。   老店主、徹二の顔を凝視。 老店主「あ、ハイハイ、思い出しましたよ。  ぼん坊だしたナァ。ヘェヘェ左様だっか、  返品だんなー。……占めて、二万円だす。  ヘェ、確かにお返しします(徹二に二万円  渡す)」 ◯育男と徹二の現在 徹二「な? ロマンやろ?」 育男「それって、『横流し』言うこと?」 徹二「ああ? お前はそうやって、たまに難  しい言葉を知ってるとこが可愛くない」 育男「でも、せやったら、別に端から『トミ  スポ』で……」 徹二「パクったらええやんけ、てか?」 育男「……スーパーは監視が凄いけど、『ト  ミスポ』はスキだらけなんやし……」 徹二「オイ育男……お前は鬼か? それぁ、  『トミスポ』のジジイが可哀相過ぎるやな  いけ。お前ちょっとは『トミスポ』のジジ  イの気持ちを考えろ」 育男「むちゃくちゃや」 徹二「ちゃう、ロマンや」 育男「……俺、やりたないわ」  徹二「おい、育男。お前には気合が足らん!  ついて来い、修行や!」 ◯大木の前   薮中の隣で徹二、同じく鉄拳突き。   迷惑そうな薮中。 徹二「押忍! 押忍!」 薮中「……」   育男、苦笑い。 ◯スーパー・スポーツ用品店   大きな紙袋を持った徹二と育男。   グローブが並ぶ棚の前に立つ。   徹二、一度はグローブに手を伸ばすが、   躊躇する。   コーナーをうろつく二人。   徹二、コールドスプレーを紙袋に入れる。   成功。ロジンバッグを紙袋に入れる。   革用クリームを紙袋に入れる。   目にも留まらぬ早業。   徹二、もう一度グローブの棚に行き、   今度は躊躇することなく紙袋に入れる。   何食わぬ顔で出て行こうとした所で、徹   二の肩に店長の手が伸びる。   徹二、しまったと言う顔。   育男、顔面蒼白。 ◯事務室   事務机の上に、様々な盗品。   育男・徹二と対座する店長が、ゆっくり   と話し始める。 店長「……あかん、言うのは分かってるな?」   育男と徹二、俯いている。 店長「おっちゃんとこもな、遊び半分で商売  しとるワケやないんや。必死や」   育男と徹二、俯いている。 店長「今、夏休みか……。おっちゃんもな、  キミらぐらいの時分は、ようやったもんや。  気持ちが分からんでもない。今回だけやと  約束するなら、見逃してやりたい気持ちが  無いでもない」   徹二、嬉しい顔を上げる。 店長「いやしかし、額がでか過ぎる。子供の  イタズラで済む話やあらへんがな! 見て  みぃ、コレを!」   突如、立ち上がって激高する店長。   グローブを徹二の顔面に擦り付ける。 店長「俺が、このグローブをクソガキ一人に  売るために、どれだけ頭を下げ、口の曲が  るような出まかせを言うのか、お前、分か  ってんのかぁ! オラ、オラ!」   グローブで、徹二の顔面を嬲る。   徹二、明らかにイラついているが、何も   言えない。 店長「お前らみたいな腐ったガキに、何ゆえ  三十日も四十日も休みが要るんじゃい!  やる事言うたら、見てみぃ、窃盗やないか!  汗水たらして休まず働く大人を馬鹿にしや  がって、くそったれぇ! うぅぅっ……」   泣きながら、机の脚を何度も蹴り飛ばす。 店長「働けー! 働けー! お前らみたいな  もんこそが、働いて働いて死んでいくべき  やないかー! 俺かて休みが欲しいわい!  休めばええやと思とんねやろ? スーパー  いう所はなー、年がら年中むやみやたらに  開けとんねや! 舐めくさりやがって、ガ  キが勝手な事をぬかすな! うぅぅっ…」   育男と徹二、阿呆を見るような目付きで、   店長を見上げる。   店長、涙をぬぐって、仕切りなおす。 店長「(座る)……で、何年生」 育男「四年(言いかける)」 徹二「三年生です!」 店長「(徹二をじろりと睨む)貴様はぁー!  この期に及んで、まだ嘘ぬかす気かぁー!」 徹二「……四年です」 店長「……うむ。で、親御さんは。家に居て  はるか?」 徹二「はー。おることは居りますけど、八郎  は寝てる思います」   育男、噴出す。徹二も釣られて笑う。   笑う二人に、呆気にとられる店長。 店長「……(号泣)どーして、どーしてお前  らは皆そうなんやぁ! わーん! 大キラ  イやー!」   ×   ×   ×   「ひっ、ひっ……」と未だしゃくり上げ   る店長をよそ目に、談笑する育男と徹二。   勢いよく扉が開き、アザミが入ってくる。 アザミ「……この、ボケッ!」   徹二の襟首を掴み上げ、引きずってゆく。 徹二「(引きずられながら)育男、バーイ」   ×   ×   ×   扉が開き、ゆりこが入ってくる。   何も言わず、ただ、厳しい眼差し。 ◯道(夕方)   育男、ゆりこ。無言で歩く母子。   陽が落ちてゆく。 ◯生島宅・居間(夜)   ゆりこ・富子と対座する育男、正座で俯   いている。   台所でさつき、様子を見ている。 富子「ま、若気の至り、言うやっちゃろけど  も……。何か欲しいモンあったんか?」 育男「……」 さつき「欲しくてやったんとちゃうねん。こ  の子な、オトモダチに流され易いねん」 ゆりこ「……おばあちゃん。さつきも。悪い  けど部屋行って」   さつきと富子、さつきの部屋へ。 ゆりこ「……盗ってきたもんあるんやったら、  今ここに出しなさい」   育男、無言のまま自分の部屋へ。   ゆりこ、難しそうに目を閉じている。   戻ってきた育男、座って俯く。 ゆりこ「ここに出しなさい」   育男、テーブルの上に十円チョコをそっ   と出す。 ゆりこ「……よう、食べへんかったんでしょ  うが?」 育男「(俯いたまま)……」 ゆりこ「母さんな、このチョコレート、ずっ  と置いとく。育男が大人になっても、その  後悔の気持ちを忘れんように、ずっと、ず  ーっと置いときます。……たかだか十円や  二十円のこのチョコ、これがどんなけ重い  モンか、わかるわね?」 育男「(俯いたまま)……はい」 ◯民安宅・居間(その夜)   育男・ゆりこと、徹二・アザミが対座す   る。 ゆりこ「この度は、ホントに……こんな事に  なってしまいまして……(頭を下げる)」 アザミ「テツ。自分の部屋ィ行っとけ」 徹二「え、何で?」 アザミ「ええから、行けや」   徹二、渋々立って行こうとするが、 ゆりこ「待って、テッちゃん」   徹二、振り返る。 ゆりこ「(穏やか)おばちゃんは今日、お母さ  んに謝りに来たのもあるんやけどね。育男  とテッちゃん、二人でゴメンナサイし合っ  てね、ほんで今まで通り仲良く……」 アザミ「それ、どーゆー意味?」 ゆりこ「え?」 アザミ「どーゆー意味や。何でウチの息子が  謝らなイカンね? ウチの息子にそそのか  された、そない言いたいんか!」 ゆりこ「そんな! そんな事言うてるんとち  ゃいます!」 アザミ「ほんならアンタ、何言いに来てん?」 ゆりこ「そそのかしたとか、そそのかされた  とか、そんな事今問題じゃ無いでしょう?」 アザミ「せやったら何や、わざわざ出向いて  来てウチの家庭カンキョー見に来たんか。  そらおもろいやろが!」 ゆりこ「そんな事、私知りません! 私が言  いたいのは……」 アザミ「知らんこと無いやろが! アンタん  とこの良うデケル娘さん、ウットコの豊と  同じ年やゆーやんか」 ゆりこ「今話してるのは、育男とテッちゃん  の事でしょう? 今、関係ないでしょう?」 アザミ「関係ないこと無いわ! 豊の弟やか  ら言うて、あんたもテツをワルモンにする  気ィなんやろ!」  ゆりこ「そんな事、考えてもない! 民安さ  ん、ちょっと話を聞いて下さい!」 アザミ「あのね。知ってはる思うけども、ア  タシ豊のほんまもんの親とちゃうのよ。前  の嫁さんから旦那ぶんどってやったんや。  ええ? 盗人の子は盗人てか。え? おもろ  いか」 ゆりこ「民安さん! 育男と徹二君の話をし  ましょ!」 アザミ「イクオや? アンタのとこかて、エ  ラそうに言うて父親無いやないか!」 ゆりこ「(ムキ)私のとこは、父親なしでも  賢く立派に育てていきます!」 アザミ「あんた、よぉ見てみぃ! 賢く立派  に育てた子ォが、何や、立派にドロボーや  っとるやないか! 何ぼのモンじゃい!」 ゆりこ「!!……ちょっと、あなた。モノには  言い方言うの、あるんとちゃいますか!」 アザミ「(口を歪め)『アルントチャイマス  カ』やって。あんたはな、イクオ、イクオ  言うて、テツを馬鹿にしとんね。ええ、せ  やろ?!」 ゆりこ「あなた、ちょっと。さっきから何を  言うてますのん?」 アザミ「けどな、テツはな、あたしと民安の、  たったひとりの子ォなんや! 豊と同じに  してくれるな!」 ゆりこ「民安さん! お言葉ですけど、それ  が、母親の言う事ですか!」   ゆりこ、きつい目でアザミを見る。   が、アザミの様子がおかしい。 アザミ「……(ばつの悪い顔)ゆた、ちゃん」   アザミの目の先。居間の入り口に、アザ   ミを見据える豊の姿。 アザミ「帰ってたの。イヤやわ、気付かんか  ったわ。ご飯は? 食べるか? ん?」 豊 「……アンタの『たったひとりの子ォ』  が、泣いてまっせ」   徹二が、涙をぬぐっている。 豊 「……ボクの家は、どこにあるんスかね」   自嘲の豊、場を去る。 アザミ「待って、ちがう!」   追おうとするが、豊は家を出てしまう。   行ってしまった豊の方をいつまでも切な   げに眺めている育男。 アザミ「(ゆりこに激怒)アンタらみたいな、  ややこしモンが来るから!」 徹二「おかん。……もう、やめてや」 ◯生島宅・居間(午前)   育男、ソファに寝そべってテレビを見て   いる。   「アンタ」   と、後ろから声を掛けたのはさつき。 さつき「母さん、ゆうべ独りで泣いてたで」   育男、寝そべったまま振り向きもしない。 さつき「トモダチ選んだ方がええみたいやな」   言い捨てて、自分の部屋へ。 育男「(テレビを見たまま呟く)……黙れ、女」   育男、うつ伏せになって顔を埋める。 ◯民安宅・玄関外   ユニホーム姿の育男、恐る恐るドアチャ   イムに手を伸ばしかけたその時、家の中   からむせび泣く子供の声が聞こえる。   徹二らしい。 育男「……」 アザミの声「行かんでええ! 家におったら  ええ!」 徹二の声「(泣き声)行きたい、行きたい!」 八郎の声「こらぁ、テツ! 喚くな、やかま  しい! おかんの言う事聞いとけ、アホが」   徹二の泣き声、更に高く。   育男、とぼとぼと去る。 ◯「ジャガース」のダッグアウト   攻撃中。ジャガース、大敗を期しており、   チームメイトは意気消沈。   イラついている監督。 監督「育男ー! 徹二は、徹二? どないな  ってんねや?」 育男「……わからん」   相手チームの歓声が湧くグラウンド。 ◯駄菓子屋『マルイチ』   育男、光彦と、同年の男子。   光彦と男子、勘定を終えて店を出る。   育男、勘定。 女店主「もひとりのおニイちゃん、最近見い  ひんな」 育男「うん」 女店主「何や、ええモン見したろ思てたのに」 育男「なに」 女店主「ま、ええわ。おニイちゃん、元気出  しや」   女店主、飴玉をひとつサービス。 育男「……おばちゃん。俺、ハッカ嫌いやね ん」   育男、飴玉を返して店を出る。 女店主「(憤まん)餓鬼畜生め!」 ◯2号棟・1階ピロティ   育男と光彦、地べたに座り、菓子を食べ   ながらカードゲームをしている。もう一   人の男子は、手持ちゲームで独り、ピコ   ピコ楽しんでいる。 光彦「あほ谷な」 育男「うん」 光彦「引っ越すらしいで」 育男「(手を止め)……うそ」 光彦「おお。みさおが言うてた」 育男「……ふーん」   そしてまた、皆、無言で遊ぶ。   時折吹く風。中庭の木々の青葉がざわめ   く。 ◯育男の帰路(夕方)   団地の前の道を、とろとろ行く。   背後からエンジン音。振り返る育男。   中学生らしき男子たちが、爆音を轟かせ   て原付二輪を疾駆させている。   歩道へ寄る育男。原付が目の前を駆け抜   けてゆくとき、 育男「あッ」   二人乗りする一台の原付。後ろに乗って   いた少年は、確かに徹二だったのだ。   ……育男、走り出す。 ◯公園   走ってやって来る育男。   大木に目をやるが、ロープだけがだらり   と垂れ、薮中の姿は無い。 育男「(息切れ)はぁ、はぁ……」   立ち尽くす育男。   帰ろうとしたその時、ベンチに座る男女   に釘付けになる。   四十代の女と談話する豊が、楽しげで、   穏やかに居るのだ。   暫く眺めている育男。ふいに豊と目が合   う。焦る育男。ぺこぺこと頭を下げ、行   こうとすると、豊、「こっちへ来い」と   いう手招きをする。 育男「……え、え?」 ◯ベンチ   豊の前に緊張して立つ育男。   女、黙って微笑んでいる。 豊 「テツはあれ、誰とつるんどんね?」 育男「イヤ、分かんないです……」 豊 「……そーか」   話はそれで終わりらしいが、どうしてい   いか分からず突っ立っている育男。 女 「(豊に)じゃあ、母さんそろそろ」 豊 「おお」   育男、ハッとし、慌てて場を立ち去る。   女、帰ろうと立ち上がる。 女 「……ほんまに、母さんとこ、来えへん  ?」 豊 「(ふと笑う)ダンナと仲良うせえや」 女 「そんなこと言うてから」 豊 「マトモな家庭、作りーや」 ◯生島宅・食卓(夜)   ゆりこ、富子、さつき、育男。   卓上コンロに鉄板を乗せ、お好み焼。   ゆりこ、ソースを塗った時点で、 ゆりこ「ひや。花がつお無いんやわ」 富子「えー!」 さつき「もー、ええやん」 育男「俺も別に要らん」 富子「いややで! おばあちゃん、花がつお  無かったら食べへん!」 さつき「出たで。年寄りのダダや」 富子「(手拍子)花がっつお! 花がっつお  !」 育男「もー。お腹減った」   尚も富子の「花がつお」コール。 ゆりこ「お姉ちゃん、育男さん、じゃんけん」 さつき「何でよ! おばあちゃんが行けばえ  えやん!」   富子、耳を塞いでコール。 ゆりこ「自転車でシャーって行って来てよ」   さつきと育男、渋々じゃんけん。   育男、負ける。   育男、舌打ちしながら席を立つ。 さつき「(イヤミ)ちゃんと、お金払うんや  でぇ」 ゆりこ「こら、お姉ちゃん!」 ◯コンビニエンス・ストア前   数台の原付二輪が駐車されている。   育男が自転車でやって来て駐輪する。   中から徹二が出てくる。 育男「あ……」 徹二「おお……」 育男「……久しぶり」 徹二「……おお」   ガラス越しに見える店内。男子中学生が   五、六人、店をひやかしている。 育男「(店内を顎差し)誰?」 徹二「ツレ」 育男「さん三ちゅう中の人?」 徹二「ちゃう」 育男「誰?」 徹二「(面倒臭そう)前、俺、ゲーセンでア  イツらにカツアゲされかけてん」 育男「うん」 徹二「で、『ゼニカネ他人です』言うたら」 育男「また、言うたん」 徹二「おお。ほんなら『お前、おもろい』っ  てなって」 育男「ふーん……」 徹二「けどアイツら、そない、おもんないで」 育男「(少し笑う)……豊さんが心配してた」 徹二「……別に、関係あらへん」 育男「……うん」 徹二「……お前、何してるん」 育男「え? 買いもん」 徹二「ふん。何の」 育男「花がつお」 徹二「おお! もしかしてお好み焼?」 育男「うん」 徹二「ちゃんと食えよ」 育男「(笑う)うん」 徹二「お前はイカばっかほじくって食うから」 育男「(笑う)そんな事せえへんわ」 徹二「イカくさいて、もっぱらの噂やんけ」   育男、笑う。徹二も笑う。嬉しい。   中学生男子がぞろぞろ出てくる。 中学生1「おー、テツ。何やそいつ」 徹二「あ? ちゃうちゃう関係ない。(育男  に『行け行け』というポーズ)ほなな」 育男「う、うん」   育男、店へ入ろうとするが、大きな中学   生らに囲まれる。 中学生1「(育男に)何すか? 僕らしばか  れるんすか?」   育男、俯いて首を横に振る。 徹二「そいつ関係ないって!」 中学生2「(育男に)いやぁ、勘弁して下さ  いよ〜、ニイさ〜ん。ニイさんには敵わな  いすよ〜」   育男、俯いたまま。 中学生1「(揉み手)ところでニイさん、今  日は何を買いに?」 育男「……」 徹二「やめとけや!」 中学生1「(語気強く)ナニを買いに?」 育男「……花がつお」 中学生1「ハナガツオ!」   中学生ら、げらげら笑う。 中学生2「ハナガツオニイさん! 俺ら昆布  を弟子にして下さい!(頭を下げる)」   中学生ら、げらげら笑う。 育男「……」 中学生1「ハナガツオニイさん、お得意の『カ  ツオダシ』ネタ、やって下さいよぉ」 中学生ら「(唱和)カツオダシ! カツオダ  シ!」   コールの中、俯いている育男。   徹二、輪の中に割って入る。 徹二「ほんまに、関係ない言うてるやん。育  男、行けや」 中学生3「待てや、オイ。何でお前が止めん  ね?」 徹二「こいつ、そーゆーヤツとちゃうねんて」 中学生3「オイ。……お前な、何でタメグチ  なん? 前から聞こう思ててんけど」 徹二「タメグチやぁ? だから何やね? 今  はコイツを巻き込むな言うとんね」 中学生3「ああ?」 徹二「(精一杯見上げて)ああン?!」  それまで囃していた中学生らの態度が一変  して険悪になる。 育男「テッちゃん、ええって」   言いかけた所、中学生3、徹二にボディ   ブロー。 徹二「ウッ!……」   中学生3、空かさず更にボディを決める。   徹二、蹲って、嘔吐する。 中学生1「うわ、汚なッ」 中学生2「お好み焼みたいなモンが出たぞ」 中学生1「(育男に)ハナガツオニイさん、  仕上げ、お願いします」   中学生ら、げらげら笑う。   育男、蹲る徹二に駆け寄り、 育男「テッちゃん!」 徹二「(中学生らに)おい、お前ら……」 中学生3「何じゃコラ、お好み焼!」   徹二、苦しい身体で立ち上がる。 徹二「俺はなー……」 中学生2「すんません、広島焼でしたっけ?」   中学生ら、笑う。 徹二「……俺は。俺は、さん三ちゅう中の!  ……民安豊の弟じゃい!」   突如、押し黙る中学生ら。 中学生1「……お、お前、そんなハッタリ効  く思てんのか、おお?!」 徹二「オイ、育男! おれン家電話せえ!   兄貴呼んでくれ!」 育男「う、うん!」   育男、程近い公衆電話へ走り、ダイヤル   する。   徹二、中学生らに「ヒッヒッヒッ」と不   敵な笑みを浮かべる。 中学生1「あ、ああ?! さんちゅう三中の民安  が何ぼのモンじゃい! お前、よん四ちゅ  う中舐めんな!」   逃げ出す。   釣られて、皆、逃げ出す。   育男、受話器を置いて、徹二のもとへ。 育男「テッちゃん!」   徹二、ガクンと膝を付く。 育男「テッちゃん、……(にやにや)お好み  焼、吐くなや」 徹二「(笑う。えずく)オェッ……お前、も  う一人前、出したろか」   育男、笑う。 育男「テッちゃん。豊さんの名前……、始め  て使ったな」   徹二、立ち上がる。 徹二「……うるさい。賢く生きてく為の術や  んけ。『使えるモンは何でも使え』。親父  の遺言や」 育男「(笑う)ハチローさん、生きてるやん」 ◯夜道   育男、自転車を押して、徹二、その   隣、歩いている。 育男「なあ。テッちゃん」 徹二「おお」 育男「こないだ家でめっちゃ泣いてたやろ?」 徹二「ああ?」 育男「こないだ。ジャガースの試合の日」 徹二「知らん」 育男「泣いてたって!」 徹二「(恥ずかしい)ああ? 知るか! イ  トコや。あ、そう言えばあの日イトコが来  てた」 育男「(笑う)……ああ、あほ谷な、引っ越  すねんて」 徹二「まじか?」 育男「らしい」 徹二「どこに?」 育男「知らんけど」 徹二「ふーん」   二人、暫く無言で歩く。 徹二「お前、宿題した?」 育男「……してへん」 徹二「ああ?! 何やねん。俺はハナガツオ先  生だけを頼りにしてたんやぞ!」   月の夜。気の早いスズムシの声。 ◯生島宅・食卓   ゆりこ、富子、さつき。待ちくたびれて   いる。 さつき「……遅い」 富子「(気弱なコール)花がっつお、花がっ  つお……」   花がつおの無いお好み焼が、ジュージュ   ー焼けている。 ◯朝の公園   三輪車のサトちゃんひとり。真っ青な空   を見上げている。 ◯薮中宅・玄関外   育男と徹二、気を付けの姿勢で立ってい   る。 育男・徹二「(唱和)ヤブナカクン、アソボ  !」 ◯ヤブの部屋   机を囲む育男、徹二、薮中。   育男と徹二、薮中の宿題を必死に写して   いる。 徹二「ヤブー! 字が汚い。ひどい。お前は  書道教室へ行け、書道教室へ!」 薮中「(恨めし気)……」   「コン、コン」とノックがあり、薮中の   母親がカルピスを持って入ってくる。 母親「(高い声)精が出ますなぁ」 徹二「(頭を掻く)いやぁ」 母親「(カルピスを机に置く。高い声)頑張  ってや、未来を担う子供たち!」 徹二「(ガッツポーズ)ハイッ!」   薮中の母親、満足気に部屋を出る。 徹二「……(薮中に)お前のオカン、ヘリウ  ムガス吸うてんのか」   徹二、カルピスをひと口。   顔を顰める。 徹二「おい、育男! これカルピスやない!  カルピス風味の何かマズい水やぞ、気を付  けろ!」   育男、笑う。   薮中、黙って、その時を待っている。   ポケットからこっそり取り出した、ボー   ル紙のメリケンナックル。 薮中「……」   スキだらけの徹二の横腹。 薮中「……(一撃)ハッ!」   横腹に拳を入れられた徹二。腹を押さえ、   机に突っ伏している。 育男「……おい、テッちゃん、大丈夫か」 薮中「……やった、……やったぞ、やったぞ  ーッ!」   膝立ちでウィナーのポーズ。   ×   ×   ×   薮中、徹二にサソリ固めを決められ   ている。 薮中「(悲痛)ゴメンナサイ……もう、しま  せん……」 ◯3号棟・1階エレベーターホール(夜)   エレベーターの扉が開き、出てきた久我   先生と入れ替わりに乗る男児A。   扉の閉まり際、 男児Aの声「……クサ! うわ、クサイ!」   久我先生、そそくさと逃げていく。 ◯団地前・道路(午前)   一台の大型トラックと、BMW。   育男、徹二、あほ谷。 徹二「おお、お前、新しい友達にイジメられ  んなよ」 あほ谷「ウン!」   あほ谷、ポケットからメリケンナックル   を取り出して見せる。 徹二「おー! ええモン持ってるやんけ。イ  ジメられたら、それでしばき回すんやぞ!」   首を横に振るあほ谷、メリケンナックル   を徹二に差し出す。 徹二「……何や、くれるんか?」 あほ谷「ウン!」   徹二、受け取り、右手に嵌める。   「ありがとうな」言いながら、冗談交じ   りにその手であほ谷の頭をコン、と殴る。   あほ谷、「うッ」と唸って蹲る。痛かっ   たらしい。 育男「お、おい、あほ谷大丈夫か?」 徹二「すまん、すまん」   BMWの運転席のドアが少し開き、ヤク   ザらしきあほ谷父が顔を出して、徹二を   睨み付ける。 徹二「(あほ谷父に)ちゃいます、ちゃいま  す! 完全に事故です!」   あほ谷父、舌打ちしてドアを閉める。   あほ谷、頭をさすりながら立ち上がる。 徹二「と、とにかく、何かされたり、何とな  くヤなヤツが居ったら俺らに言うて来い」 あほ谷「ウン!」 育男「あほ谷、元気でな!」 あほ谷「ウン!」   助手席から、あほ谷母が出て来、 あほ谷母「そろそろ行くのだー。ターミーと  育ちゃん、ちゃーおー!」 徹二「ちゃ、ちゃおー……」 あほ谷母「あ、それから……(急に目が据わ  る)ビデオ、おおきにね」   それだけ言うと助手席へ戻る。   育男と徹二、無言。汗。   あほ谷、後部座席に乗り込む。   トラックと車が発進する。   走る車の窓から、あほ谷が顔を出す。   育男・徹二とあほ谷、互い手も振らずに、   いつまでも見合っている。   あほ谷が、小さくなってゆく。 ◯団地・周辺(朝)   黄色の帽子を被った小学生たちが、   ぞろぞろと団地から出て来る。   騒がしい登校の光景。 ◯生島宅・台所   ゆりこが、がちゃがちゃと朝食のあと片   付け。   制服姿のさつき、「行って来まーす」と   バタバタと出る。 ゆりこ「はーい! 気をつけて」 SE 電話ベル   ゆりこ、慌しく電話に出る。 ゆりこ「はいはい。……ああおばあちゃんね。  わかった忙しいのね……」   育男、何も言わずに行こうとする。 ゆりこ「(育男に)何か、抜けてる!」 育男「行って来ます!」 ゆりこ「ハイ、行っといで!」   育男、出る。 ゆりこ「(電話口に)はいはい、すぐ行く。  もう、行くからね」   電話を切って、溜息をつく。 ゆりこ「いそがしい……」   ゆりこ、傍らにあった例の十円チョコに   手を伸ばし、無意識に口へ放り込む。   食べてしまってから、 ゆりこ「あッ、しもた!」 ◯駄菓子屋『マルイチ』前   扉を開け放って仁王立ちでいる女店主。   登校途中の育男と徹二が通りかかる。 女店主「(育男と徹二に)待ってたでー」 徹二「何や、おばちゃん」   女店主、びしっ、と中指を立てて見せる。   したり顔。 育男・徹二「(感嘆)おおー!」 女店主「見、た、かー」   徹二、まっすぐ指を揃えた両手の平を女   店主に見せる。 女店主「な、何や」   徹二、中指と薬指の間をぱっくり分けて   見せる。にやり。   女店主、挑戦するが、不器用で出来ない。 徹二「練習しとけよ、ばばあ!」   育男と徹二、走って行ってしまう。 女店主「く、くそッ……」 ◯小学校・校門前   先生達が、子供らを挨拶で出迎えている。   登校してくる育男、徹二。 育男「おい、テッちゃん! あれ!」   育男が指さす方に、同じく登校するあほ   谷の姿。 徹二「ああ?!」   育男と徹二、あほ谷に駆け寄る。 徹二「(あほ谷に)オイ、お前!」   あほ谷、にこにこ。 育男「あほ谷、どこに引っ越したん?」   あほ谷が、にこにこと指さしたのは、小   学校から程近い高層マンション。   徹二、あほ谷を倒し、足四の字固め。 徹二「お前、めちゃめちゃ近いやないけ!」 あほ谷「イタイ……」 徹二「俺の、ちょっと泣きそうになったキモ  チを返せ!」 先生「コラ民安! じゃれてんと早よ入れ!」 ◯団地・周辺   子供らが居なくなり、急に閑散としてい   る。   三輪車のサトちゃんが、通学路を見つめ   ている。 サトちゃん「……イッテラッシャイ。イッテ  キマス」 ◯3号棟のとある家   仏壇の前、老婆が手を合わせている。 老婆「南無南無南無……」   老婆、遺影に話しかける。 老婆「天国の夏休みは楽しかった?……へぇ、  そうか、海へ行ったんか。……うんうん、  山へも行ったんか。ええな。……サトちゃ  んももう、小学校四年生やね」   遺影の中の、サトちゃんの笑顔。 ◯小学校・四年二組教室   テンション高い子供たち。   先生が出席をとっている。 先生「……次、生島育男!」 徹二「イクイク〜!」   皆、笑う。   笑う薮中の頭を叩く徹二。 育男「(挙手)はい!」   挙げた育男の手、中指がビシッ、と立っ   て。                  おわり