「FATHER TIME」  川村 竜大 登場人物  井上和也 (36)  今村智也 (12)  今村茉莉 (36)  橋本美香 (24)  近藤伸二 (36)  住人   (45)  住人2  (22)  男1   (15)  子供   (8)  女性   (52)  医師   (38)  店員   (24) ○和也の部屋(夜) 市街が一望できるモダンな部屋。 リビング内にデンと仕事机がある。 ソファーには、井上和也(36)と橋本 美香(24)が座る。 二人共、程よく酔っている。 美香「いい部屋だね。イラストレーターって、 儲かるんだ」 和也「……」 和也、美香の手に手を重ねる。 美香、部屋を見回し、 美香「本当に独身なんだ」   和也、美香の体に触れる。 美香「ねえ、和也さんはどうして結婚しない の。やっぱり、遊び足りないから?」 美香、和也の手が腰から胸に上がりそう になると、突然立ちあがり夜景を見る。 美香「わあ、いい景色。」   和也ゆっくりと立ち、後ろから美香に抱 き付く。 美香「ねえ、ちょっ」 美香が振り返ろうとすると、和也がキス をする。   美香、驚くがそのまま目を瞑る。 ○寝室 朝日が差し込み、目覚める和也。 美香に触れようとするが枕に触れる。 辺りを見回す和也。 台所から音がするのに気付き、溜息を付 く。 ○リビング 美香、朝食を作る。 和也、リビングに入って来る。 和也「あれ、どうしたの?」 美香「あっ、ごめんなさい。起こしちゃった」 和也「いや、それはいいんだけど」 美香「朝ご飯食べるでしょ」 和也「いいよ美香ちゃん、そんな気使わなく ても」 美香「いいから座ってて、もう直ぐ出来るか ら」 和也、すごすごテーブルにつき、肩を落 とす。 〇駅 車には、和也と美香が乗る。 和也の車が止まる。 美香「ねえ、今日仕事終わったら、また行っ ていい」 和也「ん、いいよ」   美香、嬉しそうに微笑む。   美香、車から降り手を振り去る。   和也も笑顔で手を振る。   和也、ふぅーと息を付き車を出す。 〇リビング   机に座り、イラストを書く和也。   疲れて少し伸びる。 台所に行き、コーヒーフィルターにコー ヒー豆を入れポットのお湯を入れる。   淹れたコーヒーを持って机に戻り、コー ヒーを飲みながら再び仕事する。   ×     ×     ×   テレビを見ながら昼食を取る和也。   たまにテレビを見て軽く笑う。   ×     ×     ×   仕事をする和也。   電話が鳴り、出る和也。 和也「おう、伸二か、……今から、……しょ うがねえなあ、わかった行くよ」   電話を切り、出かける用意をする和也。 〇地下駐車場   車に乗り込む和也。   車が出る。 〇公園駐車場   和也の車が入ってくる。   和也車を止め、公園に歩いて行く。 〇公園   落ち葉で敷き詰められた公園内を歩く和 也。   子供達が後ろから走って来て通り過ぎる が、内一人の子供が和也にぶつかり通り 過ぎる。 和也「ったく、ガキが」   走り去る子供達を、ムッとした表情で見 る和也。 ○カフェ テーブルに腰掛け、コーヒーを飲む近藤 伸二(36)。 和也が入って来る。 手を挙げる伸二。 伸二「悪いな呼び出して」 和也「何だよ用って」   和也席に座り、ウェイトレス水を置く。 和也「あっ、コーヒー」 伸二「あの子とどうなんだよ」 和也「えっ、誰?」 伸二「ふざけんなよ。美香ちゃんだよ、美香 ちゃん」 和也「ああ、いい子だったよ」 伸二「だろっ。いい子だろ、やっぱりなぁ」   伸二、嬉しそうにコーヒーを一口飲む。 伸二「じゃねぇだろ。あの後、どうしたかっ て聞いてんだよ」 和也「ああ、家に泊まったよ」 伸二「家に泊まった。……」   ガックリする伸二。 伸二「ちゃんと、責任取るんだろうな」   和也、水を飲み、むせる。 和也「な、何言ってんだよ」 伸二「馬鹿野郎。俺の美香ちゃんに手ぇ出し といて」 和也「俺の美香ちゃんて、お前結婚してるだ ろ」 伸二「結婚してたってなぁ、カワイイ子見た ら、カワイイ子だなって思うんだよ」 和也「だったら俺なんか誘わないで、初めか ら二人で行けばいいんだろ」 伸二「それでOKだったら、浮気しちゃうか もしれないだろ」 和也「浮気したかったんだろ」 伸二「馬鹿野郎。美香ちゃんはな、この殺伐 とした荒野に咲く一輪の花なの。わかる? 見てるだけで幸せなの。その花をちょっと いいなって思ったからって、引っこ抜いち ゃたら可愛そうだろ」 和也「……まあ」 伸二「お前はそれを引っこ抜いたんだよ。根 元からそっくり」 和也「根元からって……」 伸二「俺が半年もかけてやっと誘い出したの に。お前が、お前が一晩で、……結婚しろ、 な、結婚。いや、取り合えず結納だけ済ま しとこ、結納だけ」 和也「お前は親父か?」   和也、伸二を振り払う。 伸二「俺はなぁ、お前みたいにいい年こいて、 女のケツばっかり追いかけ回しているの 見るとな、無性に腹が立つんだよ」 和也「何だよそれ。一生独身で居るって言っ てたくせに、突然結婚したのは誰だよ」   伸二、立ち上がる。 伸二「うるさい。とにかく、結婚してるとな。 お前みたいな奴は許せねぇんだよ!」   周りの客ザワつき、伸二を見ている。 和也「まあまあ、俺が悪かった。謝るから」   伸二を座らせる和也。 和也「伸二、そう言えば綾乃ちゃんはどうし てんだ。元気にしてる?」   目が垂れる伸二。 伸二「よくぞ聞いてくれた。それがさぁ、も う可愛くってしょうがないんだよ」   ポケットから子供の写真を出す。 伸二「ジャーン。見てよ。最近さらに俺に似 てきてよぉ」 和也「そりゃ大変だ」 伸二「何が大変なもんか」   ニヤ付く伸二。 〇和也マンション・前   今村茉莉(36)と、リュックを背負っ た今村智也(12)がいる。 茉莉「いい、無理はしないでね」 智也「解かってるって。じゃ、行ってくるよ」   入り口に歩き出す智也。途中振り返り茉 莉に手を振る。   不安な面持ちで手を振り返す茉莉。 〇同・エントランス   智也が入って来る。   自動ドアの前で中を覗う智也。   部屋番号を押し、コールするが応答がな い。 智也「畜生、居ねぇのかよ。……」 〇同・前   不安そうに見る茉莉。 〇同・エントランス   住人が帰って来る。 住人「どうしたの?」 智也「鍵、忘れちゃって、……」   住人が開錠する。   智也、ニッと笑い、茉莉に手を振り入っ て行く。 〇同・前   茉莉、不安そうに手を振り、しばらく入 り口を見つめ、諦めたように帰る。少し 歩くと、ふと、引き返そうとするが、や はり振り返り帰る。 〇同・エレベーター   住人と一緒に、エレベーターに乗り込む 智也。 住人「何階?」 智也「あっ、十二階お願いします」   ボタンを押す住人。 住人「部屋に入れる?」 智也「えっ」 住人「鍵、忘れたんでしょ」 智也「……大丈夫です」   住人が智也を見つめる。 住人「ほんとに?」 智也「……ええ」   エレベーターの扉が開く。 住人「入れなかったら、管理人さんのとこへ 行くのよ」 智也「はい」   住人降りて行き、扉閉まる。   大きく溜息を付く智也。 〇和也の部屋の階   エレベーターが開き、智也が出てくる。   智也、部屋番号を確認しながら歩き、和 也の部屋の前で止まる。   チャイムを押すが返事がない。   もう一度押すが返事がない。   溜息を付き、ドアに背を付け待つ。 〇公園   公園内を歩く、和也と伸二。 伸二「お前も早く結婚しろ」 和也「俺はいい」 伸二「子供が生まれると違うって」 和也「そんなもんか?」 伸二「可愛いぞぉ、綾乃なんかトコトコ寄っ て来て、俺から離れないんだから」 和也「そりゃ大変だな」 伸二「大変な訳ねぇだろ。何言ってんだお前。 可愛いぞぉ」 和也「俺はいい。人の子供見る分にはいいけ ど。自分で育てるとなると、ちょっと」 伸二「どうしてだ」 和也「ウンチ替えなきゃなんないだろ」 伸二「自分から替えたくなるって」 和也「泣くし」 伸二「そんなのたいした事ないって」 和也「それに、ちょっと物心付くとわがまま 言うし」 伸二「聞いてあげたくなるって」 和也「その挙句、嫁に行っちゃうだろ」 伸二「やらんぞ、んなもん」 和也「やらん訳にはいかんだろ」 伸二「そんな事はいいんだよ。毎日一緒にフ ロ入ってみろ」 和也「嫌だよ、面倒くさい。嫁に行くまで、 一緒に入るんだったら別だけど」 伸二「それいいなぁ」 和也「だろ」 伸二「って違うだろ、まったく。……あっ、 そうか。男の子がいいんだな」 和也「なお嫌だね。男は基本的に馬鹿だ」 伸二「そんな事ないだろう」 和也「下品ネタとライダーキックだけで、生 きてるだろ」 伸二「そりゃあな」 和也「完全にバレてるのに、ノー天気に嘘付 くし」 伸二「まあ、……」 和也「それに、ちょっと色気付くと、もう馬 鹿丸出し」 伸二「確かに、……」 和也「しかも、何歳になっても基本的に変わ らない」 伸二「ドキ。何か苦しくなってきた」 和也「心配するな。俺もだよ」   二人、溜息を付く。 〇和也の部屋・前   智也、ドアに背を付け立っている。   同階の住人が、智也の前を通る。   智也、下を見てやり過ごす。   住人、そのまま自分の部屋に入る。   智也、それを見て安心する。 〇公園   ベンチに座る二人。 伸二「俺らももう、三十六になっちまったな。 はえーよなぁ」 和也「まだ三十六だよ」 伸二「そう言えばさ、昔、お前が茉莉ちゃん と付き合ってた時さ」   うろたえる和也。 和也「ああ」 伸二「あん時俺、てっきり結婚するもんだと 思ってたよ」 和也「そ、そんな訳ねえだろ。突然、俺の前 から消えた女だぞ、……」 伸二「あれから結構経つよなぁ……十二、三 年か?」 和也「……ああ」 伸二「でも、あん時お前、茉莉ちゃんにゾッ コンだったろ」 和也「ゾッコンはやめようや、ゾッコンは」 伸二「いや、お前は完全にゾッコンだった」 和也「全く、……そんな事もあったかな……」 伸二「こっちが見ても、羨ましい位だったよ。 あんまり仲良くって」 和也「……」 伸二「でも、いきなり居なくなるんだもんな ぁ茉莉ちゃん。あん時茉莉ちゃんが、お前 の事しっかり捕まえててくれれば」 和也「やめろ。そんな話」 伸二「何怒ってんだよ」 和也「怒ってねえよ。……」 伸二「でもそう言えば、茉莉ちゃんが居なく なってからだよな、お前が女に節操なくな ったのは」 和也「……」   ハッとする伸二。 伸二「お前まさか、まだ……」 和也「勝手に消えた女だぞ。んな事ある訳な いだろ」 伸二「……だよな」   気まずそうな和也。 〇車   和也、何やら考え込み運転する。 〇喫茶店(回想)   若い頃の和也(23)と茉莉(23) 茉莉「ねえ、もし子供とか出来たらどうする」   驚く和也。 茉莉「例えばよ」 和也「何だよ唐突に、ビックリしたじゃない か」 茉莉「ごめん、……でもどう思う」 和也「そうだな、それ以前に要らないな。俺、 あんまり子供好きじゃないから」 茉莉「そう……」 和也「茉莉はどうなんだよ」 茉莉「えっ、私も別に……」 〇茉莉のアパート(回想)   玄関を叩く和也。 和也「茉莉、茉莉」   アパートの住人2が帰って来る。 住人2「茉莉さんなら引越しましたよ」   呆然とする和也。 〇車   考えながら運転する和也。 和也「ばーか」   走り去る車。 〇マンション・地下駐車場   車が入って来て駐車する。   和也、車から降りる。   エレベーターに乗る和也。 〇自室階   エレベーターが開き出てくる和也。   和也の部屋の前に、リュックを持った少 年、智也が居る。   和也を見つめる智也。 和也「ぼく、そこはお兄ちゃんの部屋なんだ」   智也、無言で和也を見つめる。 和也「お兄ちゃん、部屋入れないから退いて くれる?」 智也「……オヤジ」   和也、少しムッとくるが冷静に、 和也「退いてくれるかな」 智也「オヤジ」   ムッとくる和也。 和也「ガキは嫌いなんだよ。早くどけよ」 智也「オヤジ」 和也「まったく、どこのガキだ? どう言う 教育してんだ最近の親は」 智也「オヤジ、部屋入れてくれよ」 和也「はぁ? 何でお前を入れなきゃなんね えんだよ」 智也「お前が、俺のオヤジだからだよ」 和也「何言ってんだお前。いいから冗談はや めてさっさと帰れ」 智也「俺は、お前と今村茉莉の子供だ」   驚く和也。 和也「……さっさとどけ」   和也、智也を退かして部屋に入る。   ドアを閉めようとすると、智也が足を挟 んで閉まらない。 和也「お前、ふざけてんのか?」 智也「だから本当に、オヤジの子供なんだっ て」 和也「このガキ。しつこいぞ」   智也、隙間から写真を見せる。   智也と茉莉が写っている。 和也「……茉莉?」 〇リビング   部屋に入って来る二人。 智也「わあ、いい部屋だね。イラストレータ ーって儲かるんだ」 和也「んな訳ねえだろ。無理して買ったんだ。 毎月支払いで大変なんだよ」   智也、部屋を見回し、 智也「いかにも独身て感じだね」 和也「結婚してんだ。頼むからうちの家庭を 壊さないでくれ」 智也「(しらじらした目で)ふーん」 和也「ほんとなんだ。それに、生まれたばか りの可愛い子供が、……だから、何かの勘 違いだ」 智也「嘘つくなよ」   テーブルの席に座る智也。 和也「お前、本当に茉莉の子なのか?」 智也「その前になんか出してよ。のど乾いた」 和也「生意気なガキだなぁ」   冷蔵庫に向かう和也。 和也「何飲むんだ」 智也「炭酸がいい」 和也「ビールでいいか?」 智也「……」 和也「冗談だよ。オレンジジュースでいい か?」   オレンジジュースを飲む智也。 和也「お前さぁ」 智也「お替り」   和也、智也からコップを取り立つ。   オレンジジュースを飲む智也。 和也「お前さぁ」 智也「お替り」 和也「お前、遠慮ってもの知らないのか遠慮 ってもの」   パックまま、置いてある。 和也「茉莉の子供ってのは本当だとして、何 で俺がオヤジなんだ?」 智也「母さんが言ってた」 和也「お前、何歳だ」 智也「十二」 和也「何月生まれだ」 智也「八月」 和也、指を折って計算する。 和也「確かに、お前のお母さんとその頃付合 ってたけど、お前のお母さんは突然俺の前 から消えたんだぞ。他に男がいたかも知れ ないじゃないか」 智也「だから、母さんが言ってたんだって」   困る和也。 和也「帰らないと心配してるぞ」 智也「大丈夫だよ。いつも俺、外泊ばっかだ から」 和也「お前、小学生でもうグレてんのか?」 智也「お願いだから、暫くここに置いてよ」 和也「駄目だ」 智也「自分の子供だぞ。初めての頼みぐらい 聞けよ」 和也「俺は認めてない」   インターホンが鳴る。   出る和也。 和也「はい」 美香「美香です」 和也「えっ、あっ」   慌てる和也。 美香「もしもーし」 和也「あっ、今開ける」   開錠キーを押し、切る和也。 和也「早く、帰れ」 智也「嫌だよ」 和也「早くしろ」   無視する智也。焦る和也。 和也「それじゃ、テーブルの下に隠れてろ」 智也「いいの? この下で」 和也「あー、もう、帰れよ!」   無視する智也。焦る和也。 和也「いいか、今から女の人が来るけど、変 な事言うなよ」 智也「じゃ、ここに居てもいい?」 和也「何言ってんだ。駄目だ」 智也「じゃ、言っちゃおっと」 和也「……わかった」 智也「よっし」 和也「その代わり、俺の言う事は絶対聞けよ。 いいな」 智也「わかった」 和也「話も全部、俺に合わせるんだぞ。変な 事言うなよ」 智也「わかった」 和也「約束破ったら、すぐおん出すからな」 智也「わかってるよ」 〇玄関   ドアホンが鳴る。   覗き穴から見る和也。   美香が、スーパーの袋を持って立つ。   振り返り、深呼吸する和也。   智也、親指を立てニッと笑う。 和也「約束守れよ」 智也「大丈夫だって」   不安そうに智也を見る和也。   ドアホンが再び鳴る。   ドアを開ける和也。 和也「おまたせ」   美香、スーパーの袋を上げて、 美香「夕ご飯作ろうと思って、材料買って来 ちゃった」   笑顔の美香。 和也「わ、悪いねぇ……」   美香、智也に気づく。 美香「誰?」 和也「えっ、誰?」 美香「あの子」 和也「ああ、……今日から、しばらくホーム ステイする事になった、中国の福建省から 来た陳君」 美香「はぁ?」 和也「日本語話せないから」   智也、和也のお尻をパンチする。 和也「痛っ」 美香「……」 和也「じ、実はこいつ、伸二の子なんだけど、 奥さんと水入らずで旅行したいからって、預 かったんだ。……」 美香「伸二さんに、こんな大きなお子さんが いたの? でも、綾乃ちゃんだけだって言 ってたけど」 和也「よ、よく知ってるねぇ、……でもこの 子は、前妻との子なんだ」 美香「えっ、伸二さん再婚なの?」 和也「そうなんだ」 美香「じゃあ、今、前の奥さんと?」 和也「ああ、内緒だぞ」 美香「最低」 和也「子供の前だよ」 美香「あっ、そっか、ごめん。それで名前は 何ていうの?」 和也「えっ、名前? 今村……」 美香「今村?」 和也「……なあ、今村だよな」 智也「今村智也です。」 和也「そう、智也。知ってるぞ、智也だ」 美香「どうも、智也君、はじめまして」 〇リビング   美香、料理を作る。   ソファーに座る和也と智也。 和也「(小声)お前、何も喋んな」 智也「(小声)何でだよ」 和也「(小声)だったら帰れ」 智也「(小声)居てもいいって、約束したろ」 和也「(小声)言う事聞けないんだったら帰れ よ」 智也「(大声)嫌だ。帰らないからな!」 美香「どうしたの」 和也「い、いや、何でもない」 智也「邪魔だから、帰れって言うんだ」   慌てる和也。   美香、驚くが恥かしそうに、 美香「もう、和也さんたら、私はいいのよ別 に」 和也「いや、そう言うんじゃなくて、……」 智也「じゃあ、居てもいい」 美香「もちろん」   溜息を付く和也。   ×     ×     ×   料理が並び、三人で食べる。   美香、智也を見つめ、 美香「どう?」 和也「ああ、この」 智也「美味しいよ、お姉さん。料理上手だね」 美香「ありがとう」 和也「……本当に、美味しいよ……」 美香「よかった」 智也「きっといいお嫁さんになるよ」 美香「そう思う?」 智也「絶対だよ」 美香「ありがとう、智也君」 和也「……」 美香「そうだ」   美香、ハンドバックからマッチを出す。 美香「お姉ちゃん、ここの喫茶店で働いてる から今度おいで、何かご馳走してあげる」 智也「ほんと」   マッチを受け取る智也。 和也「ダメだ!」 美香「えっ、何が?」 和也「いや、子供にマッチを渡すなんて……」   マッチの内箱が、和也の前にくる。   外箱を持って、ニッと笑う智也。 智也「ありがとう、お姉ちゃん」 美香「今度遊びに来てね」 智也「うん、行く」 和也「……」 〇玄関   美香を見送る和也。 美香「それじゃ、帰るね」 和也「ごめん、あいつが来るのすっかり忘れ てて」 美香「ううん。いいよそんなの、楽しかった」 和也「今度埋め合せするから」 美香「ほんと?」 和也「ああ」 美香「じゃあ、あさって買い物に付き合って」 和也「いいよ」 美香「やったー。絶対よ」 和也「絶対」 美香「それじゃ、あさって」   美香、帰る。   和也、ドアが閉まると、大きな溜息を付 く。 〇リビング   智也、電話をする。 智也「大丈夫だって、……うん……あっ、切 るね」   電話を切る智也。   何事もなかった様に振舞う智也。   和也、入ってくる。   智也、不自然な笑みで、 智也「いい人じゃん」   和也、溜息。 和也「俺の子でも何でもいいからさぁ、帰っ てくれる」 智也「居てもいいって約束だろ。ちゃんと守 れよ」   和也、溜息を付く。 和也「今日だけだからな」 智也「2、3日」 和也「ダメだ。第一お前、学校あるだろ」 智也「行ってないもん」 和也「行ってないって、義務教育だろ? ひ ょっとして虐められてんのか?」 智也「違うよ」 和也「最近流行りの不登校か?」 智也「関係ないだろ」 和也「お前なぁ、将来したい事あっても、学 校行ってないと大変だぞ」 智也「したい事なら、今してるからいい」 和也「ったく、解ってねぇな」 智也「とにかく、しばらくここにいるからな」 和也「何でそんなに偉そうなんだよ。……」   智也、マッチの外箱を出し、 智也「嫌ならさっきのお姉ちゃんに、本当の 事話すからな」 和也「何言ってんだ。よこせ」 智也「渡してもいいけど。もう場所覚えちゃ ったよ」 和也「お前ほんとに茉莉の子かよ?」   智也、ニッと笑う。 〇バスルーム   和也、シャワーを浴びる。 〇リビング〜寝室〜ある部屋   智也、リビングをウロチョロと歩き回る。   寝室も覗き、中を見まわる。   あるドアの前に立つ智也。   ゆっくりとドアを開け、中に入る。   部屋の中には、和也の書いた絵(油絵) が、沢山置いてある。   絵を見て周る智也。   立掛けてある絵も、倒しながら見ていく。   風呂上りの和也が来る。 和也「何してんだ」   驚く智也。 和也「この部屋に入るな」 智也「やっぱり描いてたんだ」 和也「えっ」 智也「母さんが言ってたよ。今、イラスト描 いてるけど本当は絵を描いてたって、凄い 上手だって言ってた」 和也「……」 智也「最近はどんなの描いてんの?」 和也「ねぇーよそんなの。やめたんだ」 智也「……どうして?」 和也「下手だからだよ。決まってんだろ」 智也「上手いじゃん」 和也「そんなもんじゃダメなんだよ」 智也「だったら、もっと描けばいいじゃん。 描かなきゃ上手くなんねぇだろ」 和也「お前なぁ、俺は食って行かなきゃなん ないんだぞ。絵で食って行くなんて、そん な簡単じゃねぇーんだ。俺はまだ、イラス ト描いて食えるだけましなんだよ」 智也「解んねぇ。何で、したい事しねぇーん だよ」 和也「お前は、まだガキだからわかんねぇー よ」 智也「食べる為に、したくない事して生きる の?」 和也「そうさ。みんなそうやって、がんばっ てんだ。今にお前も解るよ」 智也「解んねぇ」 和也「お前なぁ」 智也「死ぬまで、したい事しないで生きるな んて変だよ」 和也「変じゃねーよ。普通だよ。だから、こ こに住んで、不自由なく暮らしてんだろ」 智也「そんなの、もったいねーよ」 和也「わかったわかった。いいから、お前も 風呂入って来い」   智也、しばらく和也を見つめるが、とぼ とぼと部屋を出る。 〇バスルーム   智也が入る。 〇絵の部屋   和也、黙って絵を見るが、電気を消して 出て行く。 〇リビング   和也、布団と枕を持ってくる。   二人とも、パジャマ姿。 和也「何でパジャマ持ってんだよ」 智也「外泊するんだから、あたり前だろ」 和也「お前はソファーだからな。これ枕と布 団、置いとくから」   ソファーに布団を置き、枕を渡す。 智也「ソファーなんかに寝れるかよ。ベッド、 めちゃくちゃ大きいじゃん」 和也「何、わがまま言ってんだ。あのベット は男子禁制だ」 智也「じゃあ、オヤジも寝れないじゃん」 和也「うるさい、泊めてやるだけでも有難い と思え。それじゃ、寝るからな」   和也、寝室に向かう。   枕を持って付いて行く智也。 和也「お前、何ついて来てんだよ」   二ッと笑う、智也。 〇寝室   ベットで寝る和也と智也。 和也「おい、起きてるか」 智也「うん」 和也「……どうでもいい話なんだけどさ。… …お母さんは元気か?」 智也「元気だよ」 和也「……お母さんは、結婚してるのか?」 智也「知りたい?」 和也「どうでもいい話だって言ったろ……」 智也「してないよ」 和也「一度もしてないのか?」 智也「取り合えずね。たまに男の人、家に連 れて来るけど結婚はしてない」 和也「そうか……」 智也「今は付き合ってる人、いないみたいだ よ」 和也「……」 智也「どうでもいい話だけど」 和也「ったく、ガキは早く寝ろ」 智也「話始めたのはオヤジだろ」 和也「オヤジ、オヤジって、お兄さんて言え、 お兄さんて」 智也「オヤジは、オヤジじゃねえか」 和也「ったく、……お前、おねしょとかすん なよ」 智也「する訳ねぇだろ」 和也「ほんとかぁ」 智也「あたり前だろ」 和也「それからこの部屋、いびき、歯軋りは 禁止だからな」 智也「そんなの、しねぇよ」   思いっきり、いびきをかき眠る二人。   ×     ×     ×   日が昇り、目覚ましが鳴る。   寝ぼけながら、止める和也。   和也、何気に隣に誰か居る事に気づき、 智也に抱き付き、くっつく。   智也、寝ぼけて気づかない。 和也「おはよう」   和也、智也のホッペにキスする。   智也、突然目覚め、和也も気づき、ベッ トから飛び起きる。 智也「な、な、何すんだよ」 和也「す、すまん」 智也「すまんじゃねぇーよ。」 和也「だから、謝ってんだろ」 〇リビング   朝食を取る二人。 和也「俺は今から仕事すっから、相手出来ん ぞ」 智也「うん、いいよ」 和也「……帰れよ」 智也「やだよ」 和也「帰れよ」 智也「やだよ」 和也「ったく。どこ住んでんだよ」 智也「忘れた」 和也「ったく、生意気なガキだなぁ」 智也「オヤジの子だから」   ニッと笑う智也。 和也「ったく……」   ×     ×     ×   和也、机に向かい仕事する。   智也、リュックから本を出し読む。 和也「邪魔すんなよ」 智也「しねぇよ」   和也、仕事を続ける。   黙って、本を読む智也。   和也、一息付く。 和也「おい」 智也「なんだよ」 和也「コーヒー淹れれるか?」 智也「自分でしろよ、そんなの」 和也「ったく、生意気な奴だなぁ」   和也、席から立ち智也に近づく。 和也「お前、何読んでんだ?」   智也、本の表紙を見せる。 和也「海底二万里かぁ。ちゃんと小学生らし いの読んでるじゃねぇか」 智也「オヤジも読んだ?」 和也「自慢じゃねえが。俺は子供の頃、本を 読むのが大嫌いだった」 智也「ほんと自慢じゃないね」 和也「これではっきりした。お前は、俺の子 じゃない」 智也「なんだよそれ」   智也、続きを読み始める。   しょうがなさそうに、コーヒーを作り始 める和也。   ×     ×     ×   昼食を取る二人。 和也「暇だろ」 智也「別に」 和也「どんなに居たって、相手なんかしない からな」 智也「いいよ別に」   ×     ×     ×   和也、仕事する。   智也、本を読む。   和也、智也が気になり、ちらり見る。   耐え兼ね、電話する和也。 和也「あっ、伸二か」 〇車   街を走る。 和也「忘れてないよな」 智也「何を」 和也「俺の言うこと聞くって事だよ」 智也「分かってるよ」 和也「破ったら、直ぐにおん出すからな」 智也「うるさいなぁ」 〇公園駐車場   和也の車が止まる。 〇公園   キャッチボールをする人がいる。   和也と智也歩く。 智也「どこ行くんだ?」 和也「……」 智也「歩くのはえーよ」 和也「……」 智也「ったく、……」   智也、和也に付いていく。 男1「(声のみ)危ない」   和也と智也、振り向く。   智也のおでこにボールが直撃する。 智也「あっ」 和也「おい、大丈夫か」   ケロッとしている智也。 和也「痛くないか」 智也「えっ、……」   技とらしく、おでこを押さえる智也。   男1と相棒、走って来る。 男1「どうもすいません」 和也「馬鹿野郎。危ないだろ」 男1「怪我ありませんか?」 和也「頭に当ったんだぞ」 智也「大丈夫だよ」 和也「お前、大丈夫じゃねぇだろ」 智也「大丈夫だって」 和也「大丈夫って、今、頭当たったろ」 智也「お兄さん、大丈夫だから」 男1「でも、病院に行った方が、……」 智也「大丈夫」 男1「ほんとに?」 智也「うん」   呆れる和也。 和也「お前ら帰っていいよ。もう、人に当て んなよ」 男1「はい、どうもすいませんでした」   男1と相棒、帰って行く。   和也、智也のおでこを見る。 和也「お前、少し赤くなってるぞ。ほんと、 痛くないのか?」 智也「大丈夫だって言ってんだろ」 和也「(ムッと)ああ、そうかよ」   スタスタと歩く和也。付いて行く智也。 〇カフェ   席に座る和也と智也。   智也、パフェを食べる。   伸二が来る。 和也「おう」 伸二「何だよ、呼び出して」   智也に気付く伸二。 伸二「どうしたんだ? その子」   ×     ×     × 伸二「お前と茉莉ちゃんの子!」 和也「だから、まだわかんないんだって」 伸二「おい坊主」 智也「智也だよ」   一瞬引く伸二。 伸二「すいません、智也君」   智也、鋭い眼光で伸二を見る。 和也「何、改まってんだよ」 伸二「お前の子供だよ」 和也「何でだよ」 伸二「だって、態度でかいもん」   伸二、智也と茉莉の写真を見る。 伸二「おぉ、茉莉ちゃんだ。あんまり変わっ てないねぇ」 智也「何見てんだよ。ここ見ろよ」   智也、自分の所を差す。 伸二「ども、すいません」 和也「謝んなよ」 伸二「だって、態度でかいんだもん」   伸二、写真を見る。 伸二「和也、諦めろ。お前の子供だ」 和也「何でだよ」 伸二「この写真が、動かぬ証拠だ。神妙にし ろ」 和也「お前何もんだよ」 伸二「いいか、和也。この写真に、智也君の 生年月日、それで十分じゃないか。素直に お縄を頂戴しろ、……いや、いかん。お前 は美香ちゃんと結婚するんだった」 和也「まだ、言ってんのかよ」 伸二「智也君、残念だが和也は美香ちゃんと 結婚する事になってるんだ。悪いが諦めて くれ」 智也「昨日のお姉ちゃん?」 和也「ああ」 伸二「お前、昨日も会ってたのか?」 和也「……ああ」 伸二「許さんぞ俺は。結婚まで、清い交際を 続けろ。手も握っちゃいかん。結婚して、 角隠し取るまで顔も見るな」   智也、少し冷や汗が出ている。 智也「よかったじゃんオヤジ。あのお姉ちゃ んと結婚するんだ」 伸二「いいのか? 和也が美香ちゃんと結婚 して」 智也「いいよ。俺はただ、オヤジと2、3日 暮らしてみたいだけだから」 和也「ほんとに? それだけか?」 智也「結婚したきゃ、すればいいじゃん。あ のお姉ちゃんなら俺も賛成だね」 和也「お前、何汗ばんでんだ?」 伸二「ほんとだな、無理してんじゃないのか」   少し慌てる智也。 智也「ちょ、ちょっとトイレ行ってくる」   智也、リュックを持ってトイレに向かう。 和也「何だ、トイレかよ」 伸二「……いや、あれは、かなり動揺してる な」 和也「ただ、トイレ我慢してただけだよ。パ フェがっついたから、きゅーっと来たんだ ろ」 伸二「何言ってんだよ、ありゃ、お前と美香 ちゃんの仲を聞いて焦ってんだよ。カワイ イ奴じゃないか。態度はでかくても、まだ まだ子供だな」 和也「伸二」 伸二「ん?」 和也「ほんとに、茉莉との仲を戻す為に来た と思うか?」 伸二「あたり前だろ。それ以外何があんだよ」 和也「……」 伸二「でも、駄目だぞ。お前には美香ちゃん がいるんだから」 和也「言われなくても、より戻す気はねえよ。 あいつが突然、何も言わずに、俺の前から 消えたんだ」 伸二「だったら、返せばいいだろ」 和也「……それが、弱み握られてて……」 伸二「何言ってんだ。あんなガキ、お前が毅 然としてれば恐るるにたりん」 和也「だから、お前何もんだよ」 伸二「いいか、お前が引け目感じてたら、ど こまでも居つくぞ。相手にしてないって判 れば諦めるって」 〇車   街を走る。   和也、伸二、智也が乗る。 智也「どこ行くの?」 和也「ちょっとな」 智也「……」 伸二「仕事が入ってるんだ」 智也「ふーん」 〇駅   人々が行き交う中、和也、伸二、智也が いる。 和也「いいか、今からちょっと、仕事で打ち 合わせがあるから。ここで、待ってんだぞ」 智也「結構かかりそう?」 和也「ん、……まあまあかな」 伸二「あまり長引かないようにするから。ち ゃんと待ってるんだぞ」 智也「わかった」 和也「それじゃあな」   和也と伸二、去る。   智也、ぽつんと立っている。 〇車   街を走る。   和也と伸二が乗る。 伸二「これでスッキリしたろ」 和也「ああ……」 伸二「しかし、似てたな」 和也「茉莉にか?」 伸二「お前にだよ」 和也「何言ってんだ。全然似てねぇよ」 伸二「雰囲気なんか、そっくりじゃねえか」 和也「何言ってんだよ」 伸二「まっ、でもしょうがねぇか。勝手にい なくなったのは茉莉ちゃんだし。お前にそ の気がねぇんだもんな」 和也「……」 伸二「でも、ちゃんと帰れるかな?」 和也「大丈夫だろ、もう六年生だぞ。それに、 あいつの上着のポケットに、お金入れとい た」 伸二「そうか、なら大丈夫だな。これで晴れ て美香ちゃんと結婚できる訳だ」 和也「まだ、言ってんのかよ……」 伸二「あたり前だろ」 和也「勘弁しろよ」 〇伸二の家・前   和也の車が止まる。 和也「今日は悪かったな。付き合って貰って」 伸二「いいって。そいじゃな」 和也「ああ」   伸二、家に入って行く。   車が走り出す。 〇車   考え込みながら、運転する和也。   ラジオを付ける和也。 ラジオ「それでは次ペンネーム・トンキーさ ん。五年前に別れた彼女が、突然三歳の子 供を連れて来て、認知しろと言ってきて困 ってます。どうしたらいいんでしょう」   不機嫌そうにラジオを消す和也。   車、走り去る。 〇駅   人々が行き交う中、退屈そうに待つ智也。 〇和也の部屋・リビング   和也帰ってきて、机の前に座り大きく溜 息。   仕事をし始める。 ○駅 智也、飽きてきながらも待つ。 ○和也の部屋・リビング 和也、仕事をするが、やはり集中できな い。 ふと、ソファーに目をやる。 和也「ったく」 〇駅   智也、退屈そうに待つ。   左右を見るが、帰ってくる気配はない。 智也「遅えなぁ……」   うつむく智也。   和也が来る。 和也「待たせたな」   智也、笑顔で振向くが、直ぐに怒る。 智也「遅えぞ。いつまで待たせんだよ」 和也「しょうがねぇだろ。仕事なんだから」   智也、ふてくされる。 智也「あの、おっさんどうしたんだよ?」 和也「ああ、あいつは寄る所があるからって、 さっき別れた」 智也「もう待ち疲れたよ。早く帰ろうぜ」 和也「待たせたお詫びに、何か食って行く か?」 智也「いいよ。ローンで大変なんだろ」 和也「その位の金ならあるよ」 智也「無理すんなよ」 和也「まあ、見てろって」   和也マジックをする振りをして、智也の 胸ポケットから一万円出す。 智也「すげえ」 和也「さ、行くぞ」   和也、歩き出す。 智也「どうやったんだよ」 和也「何食いたい」 智也「教えろよ」 和也「やっぱ肉か?」 智也「誰にも言わねえから」   和也と智也、人ごみに消える。 〇レストラン   席に座りメニューを見る二人。 和也「好きなの頼んでいいぞ」 智也「俺、何でもいいよ」   嬉しそうな智也。 和也「どうしたんだ? やけに謙虚だな」 智也「そ、そんな事ねえよ」 和也「好きな物頼んでいいって、言ってんだ ぞ」 智也「同じのでいい」 和也「変な奴だなぁ」 〇和也の部屋・玄関   和也と智也、帰って来る。 智也「ただいまぁ」 和也「お前ん家じゃねぇんだからな、勘違い すんなよ」 智也「わかってるよ」 和也「ったく」 〇寝室   和也と智也、ベッドに入ろうとする。 智也「朝、抱きついてキスすんなよ」 和也「誰がするか」 智也「絶対だぞ」 和也「しつこい」   ベットに入り、眠る二人。   イビキ、寝相が悪い。   ×     ×    ×   夜が明け、目覚ましが鳴る。   和也、寝ぼけながら止める。   何気に、智也に抱き付き、ホッペにキス する。   飛び起きる二人。 智也「な、な、何すんだよ」 和也「すまん」 智也「しねーって言っただろ」 和也「だから謝ってるだろ」 〇リビング   朝食を取る二人。 和也「また、今から仕事するけど、お前まだ 居んのか」 智也「うん」 和也「帰れよ」 智也「やだよ」 和也「帰れよ」 智也「やだよ」   ×     ×     ×   仕事をする和也。   本を読む智也。 和也「おい」 智也「何だよ」 和也「コーヒー淹れてくれ」 智也「自分でしろよ」 和也「いいじゃねぇか、その位したって。泊 めてやってんだぞ」 智也「……ったく、しょうがねぇなぁ」   智也、台所に行きポットを見る。 智也「お湯入ってねぇーぞ」 和也「だったら沸かせよ。いちいちうるせえ なぁ」   智也、ポットを持とうとして、足に落と す。 智也「あっ」   それを見ている和也。 和也「おい、大丈夫か」   和也、慌てて席を立つ。 智也「ごめん。落としちゃった」 和也「落としちゃったじゃねえだろ。痛くね ぇのかよ。足に落としたろ」 智也「えっ、……ちょっと痛いかな……」 和也「めちゃくちゃ痛いだろ、ちょっと見せ てみろ」 智也「大丈夫だよ。オヤジとは鍛え方が違う から」 和也「何言ってんだ。足に落としたんだろ、 痛いに決まってんだろ」 智也「大丈夫だって、鍛え方が違うって言っ てるだろ」 和也「馬鹿野郎、心配してんだろ」   智也、落ちたポットを取り、 智也「壊れてないかな」 和也「……」   和也、仕事机に座ってコーヒーを飲み、 本を読む智也を見る。   電話が鳴り、和也出る。 和也「はい……美香ちゃん……ああ、忘れて ないよ」   電話を切る和也。 和也「やば、忘れてた」 〇車   車に乗る、和也と智也。 和也「忘れてないよな」 智也「解ってるよ。オヤジの言った通りにす ればいいんだろ」 和也「そうだ」 〇カフェ   和也と智也が座り、智也はパフェを食べ る。   伸二が来る。 伸二「何だよ、また呼び出して」 和也「いつも悪いな」 伸二「他にも、子供が居たとかじゃねえよな」 和也「んな訳ねぇだろ」   伸二、普通に和也の隣に座る。 伸二「えっー!」   智也を見て驚く、伸二。 智也「どうしたんだよ、おっちゃん」 伸二「いや……おい、和也」 和也「知ってるだろ、智也だ」 伸二「そう言う事じゃねえだろ」 和也「とにかく、こう言う事なんだ。それで 頼みがあんだ」 伸二「な、何だよ」 和也「今から美香ちゃんと会うんだけど、し ばらく預かって欲しいんだ」 伸二「はぁ?」 和也「お前からも頼め」 智也「俺は一人でいいよ」 伸二「智也君も、こう言ってる事だし」 和也「お前、俺の言う事は聞くって約束だぞ」 智也「……おじさん、よろしく」 伸二「よろしくって……」 和也「俺と美香ちゃんの、未来がかかってる んだ。引き受けてくれるよな、仲人さん」 伸二「それとこれとは話が別だろ」   美香が、カフェの前を通り、三人に気づ く。 美香「あれ、和也さん」   中に入って来る美香。 伸二「美香ちゃん(でれっと)」 和也「あれ、どうしたの……」 美香「ちょっと早く着いちゃったから、ブラ ブラ歩いてたの」 和也「そうなんだ……」 美香「あれ、智也君」 智也「うっす」 美香「今日はお父さんと一緒なんだ」  伸二「美香ちゃん知ってんの?」 和也「あっ、ああ……」 美香「伸二さん、和也さんに預けてないで、 智也君もちゃんと一緒に連れて行ってあ げないと駄目じゃない。」 伸二「へっ?」 美香「で、どうでした。御旅行は?」 伸二「旅行?」 美香「智也君を置いて、前の奥様と行ってた んでしょ」 伸二「ちょ、ちょっと待ってよ。勘違いして るよ」 美香「何を?」 伸二「旅行なんか行ってないし、智也君は、 和也の子だぞ」 美香「えっ!」   美香に見つめられる、和也。 美香「どう言う事? 和也さん」 和也「な、何言ってんだよ伸二。どこまで俺 に押し付ける気だよ」 伸二「おい、ちょっと待て和也」 和也「ずっと寂しがってたぞ、なあ、智也君」 智也「えっ」 美香「ねえ、どう言う事」 和也「なあ、智也君。おじさん、約束守れな い子は嫌いだなぁ……」   困る智也。 智也「お父さん」   智也、伸二に抱き付く。 伸二「へっ」 智也「寂しかったよぉ」 伸二「やめろ。な、何言ってんだ」 美香「最低。行きましょ和也さん」 和也「ああ」   和也と美香、出て行く。 伸二「ちょ、ちょっと待って」 智也「お父さん」   伸二にしがみ付く、智也。 伸二「離せ」   ニッと笑う、智也。 〇街   買い物をする和也と美香。 〇カフェ   うな垂れて座る伸二。 智也「そんなに落ち込むなよ、おっさん」 伸二「うるさい……美香ちゃん……」 智也「パフェやるから」   智也、食べ掛けのパフェを伸二に出す。 伸二「お前の食い掛けじゃねえか」 智也「贅沢言うなよ、おっさん」 伸二「おっさんじゃない。伸二さんと言え」 智也「わかったよ、伸二さん。……ねえ、新 しいパフェ頼んでいい、おっさん」   溜息を付き、うな垂れる伸二。 〇伸二の家・玄関(夜)   チャイムを押す和也。   伸二が出て来るが、和也と確認すると直 ぐ閉める。 和也「ごめん、謝るよ。俺が悪かった。……」   伸二、顔を出す。 伸二「今度あんな事したら、殺すぞ」 和也「分かってるよ。……」 伸二「ったく、しょうがねぇなあ。今回は美 香ちゃんの為に許してやるよ」 和也「わるい」 伸二「ったく、今回だけだからな」 和也「解かってるよ」 伸二「おーい智也君、和也が来たぞ」 〇車(夜)   和也と智也が乗り、走る。 智也「綾乃ちゃん、スッゲー可愛いんだ」 和也「そっか」 智也「トイレ行こうとしら、ついて来るんだ」 和也「それより、ちゃんと言う事聞いてた か?」 智也「大丈夫だよ。おっさんの言う事うんう ん聞いてたら、だんだん愚痴になってきて、 最後には悩みまで聞いてたよ」 和也「あいつ、お前にそんな事話したのか」 智也「でも、オヤジより話聞いてくれるって、 誉められたよ」 和也「ったく、うるせえなあ」   智也笑うが、少し調子が悪そう。   車、走り去る。 〇地下駐車場   車を駐車する。 和也「おい、着いたぞ」   苦しそうに、うずくまる智也。 和也「おい、どうしたんだ? 苦しいのか?」 智也「な、なんでもない……」 和也「そんな筈ないだろ。真っ青だぞ」 〇玄関   和也に支えられ、帰って来る智也。 和也「大丈夫か」 智也「……うん……ちょっと、トイレ……」   智也、よろよろとトイレに入り鍵をかけ る。 和也「おい、大丈夫か?」 智也「……うん……大丈夫……」   智也、リュックから座薬を出す。   手が小刻みに震え苦しそう。   ×     ×      ×   和也、トイレの前で扉を叩く。 和也「おい、もう二十分位入ってるぞ。大丈 夫なのか? 返事しろ」   智也、トイレの中で深呼吸し、笑顔を作 る。 和也「病院行くか? 早く鍵開けろ」   鍵が開き、笑顔で出てくる智也。 智也「うるさいなぁ。ゆっくりトイレにも入 れないじゃないか」   呆気に取られる和也。 智也「トイレ位、一人で入れるよ」 和也「ば、馬鹿野郎。心配してんだろ」 智也「今日、パフェ三杯も食べたから、ほん と苦しかったよ。今度からは二杯までにし よっと」 和也「はぁ……お前、お腹こわしてただけ か?」 智也「うん」 和也「……」 智也「でも、ほんと苦しかったよ。死ぬかと 思った」 和也「お前なぁ、お腹が痛いなら初めっから そう言えよ」 智也「わかったよ」 和也「どうしたんだと思うだろ……心配かけ させやがって……」   ニッと笑う智也。 〇寝室   和也と智也、寝ている。   夜が明け、目覚ましが鳴る。   目覚ましを消す和也。 そのまま起き、智也を起こす。 和也「おい、朝だぞ。起きろ」   智也、眠いながらも起き、あくびをする。 智也「おはよう」   和也、リビングへ行こうとする。 智也「今日は、抱きついてキスしなかったな」 和也「あたり前だろ、何が楽しくてお前にキ スなんかすんだ」 智也「していいぞ」 和也「はぁ?」 智也「……冗談だよ」 和也「寝ぼけてんのか? 早く顔洗ってシャ キッとして来い」 智也「はいはい」   寝室を出る智也。 〇リビング   朝食を取る和也と智也。 智也「今日、帰るよ」 和也「何言ってんだ。早く帰れ」 智也「だから帰るって」 和也「そうだろ、だから帰え……えっ、帰る の?」 智也「うん、さすがにあんまり家空けると、 母さん心配するから」 和也「そうか……いや、残念だなぁ。もう暫 く居てもいいのに、そっか、帰るのかぁ」 智也「もう少し居てやろうか」 和也「……あんまりお母さん心配させちゃダ メだろ」 智也「大丈夫だよ」 和也「お前、電車か?」 智也「もう、一日位ならなんとかなるよ」 和也「なんなら送るぞ」 〇絵の部屋   一つ一つ絵を見る、智也。 〇リビング   和也、仕事をしている。   そっと、リビングに入って来る智也。 和也「入るなっていったろ」 智也「ほんとにもう絵は描かないの?」 和也「ったく、しつこいなぁ」   相手にしない和也。 智也「後でやっておけば良かったって、後悔 しても知らねーぞ」   相手にしない和也。   じっと、和也を見つめる智也。 〇玄関   リュックを背負った智也、靴を履く。 和也「ほんと送らなくていいのか?」 智也「いいって言ってんだろ。それに居なく なってサッパリするだろ」 和也「……でも、ほら、何て言うか……」 智也「何だよ。ハッキリ言えよ」 和也「……お前がここに来た意味っつーか、 何て言うんだ……」   智也立つ。 智也「心配すんなって。もうここには来ない し、俺の事は忘れていいから」 和也「いや、そう言う事言ってる訳じゃ……」 智也「そう言う事だろ」 和也「……」 智也「それじゃ」 和也「ああ」 智也「ありがとう、オヤジ」 和也「気いつけろよ。茉莉にあんまり心配か けさせんなよ」 智也「そうする」   智也、ニッと笑い、出て行く。   閉まったドアを見て溜息を付く和也。   そのまま、リビングへ向かう。 〇リビング   仕事机に座り、仕事を始める和也。   チラッとソファーを見るが、再び仕事を する。   フィルターにコーヒーを入れ、振り向き しばらくポットを見てお湯を出す。   ×     ×     ×   一人、昼食を食べる和也。 何となく居心地が悪そう。 テレビを付け、ボーっと見る。 ×     ×     × 仕事する和也。 集中しきれない。   和也、電話をかける。 和也「あっ、美香ちゃん……」 〇茉莉のマンション・内   茉莉、頭を抱え不安そうに座る。   智也、玄関を開け帰って来る。 智也「ただいま」 茉莉「智也、智也」   茉莉、飛び出してきて、智也を抱きしめ る。 茉莉「何ともなかった」 智也「うん、オヤジ、いい奴だったよ」 茉莉「何で一人で帰って来たの? 迎えに行 ったのに」 智也「何となく一人で帰りたかったから、で もやっぱり、ちょっと疲れたから部屋で休 まして」   茉莉から離れ、自分の部屋に入ろうとす る智也。 茉莉「智也」 智也「ちょっと、休むだけだから」   ニッと笑う智也。 〇街   待ち合わせ場所に立つ和也。   美香が現れ、一緒に歩き出す。 〇映画館   映画を観る二人。   和也、美香を見る。   美香、それに気づき、何? という感じ に和也を見る。和也首を振り、再び二人 画面を見る。 〇レストラン   和也と美香、食事する。 〇埠頭   ライトアップされた橋を、寄り添いなが ら見る二人。 〇和也の部屋・玄関   和也と美香、入ってくる。 〇リビング   和也と美香、ソファーに座りワインで乾 杯する。   和也、美香からワインのグラスを取り、 キスする。   それに答える美香。 〇寝室   朝日が差し込む中、和也目覚める。   美香に抱き付こうとするが、そこに美香 は居ない。   リビングから、料理をする音が聞こえ、 和也それを聞き溜息を付く。 〇リビング   和也一人、パソコンに向かうが集中出来 ない。 〇公園   うつむき歩く和也。   数人の子供が、後ろから走ってくる。   一人、和也にぶつかり転ぶ。 子供達「こけてやんの」   指差し笑う子供達。   転んだ少年を起こす和也。 和也「大丈夫か。怪我してないか」 子供「大丈夫、おじちゃんありがとう」   子供、走り出し、みんなと消える。   それを見つめる和也。 〇カフェ   和也、席に座りコーヒーを飲む。   伸二が来て、周りを見る。 伸二「あいつはどこだ。トイレか」 和也「帰ったよ」 伸二「帰った?」 和也「ああ」 伸二「……そっか、で、何も言ってなかった か。お父さんになれとか、認知しろとか」 和也「いや」 伸二「なんにも?」 和也「ああ」 伸二「……よかったじゃねぇか」 和也「ああ」 伸二「そっか……それで、何の用だ」 和也「ん……いや、ただ何となく、暇つぶし にと思って」 伸二「お前、ふざけんなよ。俺だって忙しい んだ」 和也「なあ伸二」 伸二「なんだよ」 和也「俺って、友達がいがないか?」 伸二「どうしたんだよ急に」 和也「いや、俺って何してんだろって思って」 伸二「暇つぶしだろ。お前大丈夫か?」 和也「……そっか、暇つぶしかぁ」 伸二「待てよ。お前が言ったんだろ、暇だか ら呼んだって」 和也「いや、たぶん俺、暇つぶししてんだよ」 伸二「たぶんて、だからお前が言ったんだっ て」 和也「暇つぶしてるだけだもんなぁ、三十六 年かけて、……だから何しても面白くねえ んだ……」 伸二「お前、大丈夫か?」 和也「なあ伸二。どうやったら暇じゃなくな るんだ?」 伸二「知るかよそんな事。お前どうしたん だ?」   和也、溜息を付き、うな垂れる。   落ち込む和也を、心配そうに見る伸二。 伸二「和也……お前、やっぱり茉莉ちゃんに 会って来い」 和也「何言うんだよ急に」 伸二「智也君が来た時から思ってたんだ。… …実は俺、茉莉ちゃんの住所知ってんだ」 和也「な、何で知ってんだよ」 伸二「毎年、年賀状来るんだ。消えてから四、 五年経った位からかな」 和也「……」 伸二「ほら、俺、実家だろ……」 和也「何で、黙ってたんだ」 伸二「あの頃お前、女遊びがめちゃくちゃだ ったろ、今更だと思ったし、会わない方が いいと思って」 和也「じゃあお前、智也の事知ってたのか」 伸二「いや、それは知らなかった」 和也「……」 伸二「お前、茉莉ちゃんの事、ずっと心に引 っ掛かってるだろ」 和也「とっくの昔に忘れたよ。智也が現れた 時だって、そんな女も居たなって」 伸二「お前も強情だな」 和也「第一、俺の前から消えたのはあっちだ ぞ、何で俺から会いに行くんだよ」 伸二「またそれだ。お前は茉莉ちゃんの話に なると、いつも、俺の前から消えた女だ、 誰がこっちから会いに行くかって、それば っかりだ。本当は会いたいんだろ」 和也「んな訳……」 伸二「会って来い」 和也「……」 伸二「それに、智也君の事も、ほんとは気に なるんだろ」 和也「そんな事ねえよ」 伸二「素直になれ」 和也「……」 〇とある住宅街   メモ用紙を見ながら歩く和也。 〇茉莉のマンション   部屋番号を確認し歩く和也。 〇茉莉の部屋・前   ドアの前でうろちょろして、なかなかイ ンターホンを鳴らさない和也。   意を決し、インターホンを押す。   返事がない。   隣の住人が出てくる。   インターホンを鳴らす和也。 女性「居ないわよ」 和也「えっ、……どうしてですか?」 女性「あんた誰」 和也「えっ、あっ、古い友人です……」   訝しげに、和也を見る女性。 和也「本当です。十年位会ってないですけど、 久しぶりに、近くに寄ったものですから」 女性「久しぶりねぇ……」 和也「ええ……」 女性「それが、息子さんの智也君が、入院ば っかりで大変なのよ」 和也「智也が……」 女性「昨日も救急車で運ばれて」   目を見開き驚く和也。 和也「何で入院なんか……」 女性「何でも噂なんだけど」 〇病院   入って来る和也。   ナースセンターに寄る和也。 〇廊下   部屋の番号を確かめながら歩く和也。 〇智也の病室   和也が入って来る。   智也が眠っている。   近づき、智也を見る和也。 和也「智也……」   茉莉が入って来て、和也を見て驚く。 茉莉「どうしてここに……」 和也「どう言う事なんだ」 茉莉「……」 和也「嘘だろ、ガンなんて」   茉莉、うつむく。 和也「治るんだよな」   首を振る茉莉。 和也「だってこいつ、めちゃくちゃ体丈夫じ ゃないか。ボールがぶつかった時だって、 痛いっても言わなかったぞ。それにポット 足に落とした時だって、鍛え方違うって」 茉莉「モルヒネの座薬を使ってたから、…… 痛みは、感じないの……」 和也「モルヒネ……」 茉莉「ガンの痛みを押さえるの……」 和也「で、でも、そんな、元気だったんだぞ。 俺の所にいた時は、何ともなかったんだ ぞ」 茉莉「ずっと、あなたに会いたがってたから ……」 和也「おかしいよ。めちゃくちゃ生意気で、 めちゃくちゃ元気だったぞ……」 茉莉「私も驚いてるの、何であなたの所に行 けたのか」 和也「何だよそれ……」 茉莉「ずっと入院してたのに、急に家に帰り たいって言いだして、最後には暴れて… …」 〇茉莉のマンション(回想) 茉莉N「家に戻っても、ずっと調子は良くな かったのに……」   ベッドで、苦しそうに寝る智也を看病す る茉莉。 茉莉N「あなたに会いに行くって言い出した 日は、見違える程調子がよくて……」   すがすがしい顔で、茉莉の前に立つ智也。 智也「オヤジに会ってくる」   ニッと笑う智也。 〇病室 和也「とても俺の所に来れる状態じゃ、なか ったんじゃないか」 茉莉「ずっと、ずっとあなたに会いたがって たの……最後のチャンスだったの、止めら れる筈ないじゃない」 和也「……そんな事、俺全然知らなくて…… 俺、智也のこと邪魔にばっかりして、何に もしてやってねえ。こいつほっぽいて、女 に会ってたりもしたんだ。……何で、何で 教えてくれねえんだよ。何で」 茉莉「智也が言ったの……」 和也「何て」 茉莉「俺の事、絶対言うなって、病人扱いさ れたくないって」 和也「馬鹿野郎。そんな事言ってる場合じゃ ねぇだろ……」 智也「(声のみ)オヤジ……」   和也、智也を見る。   智也、目を覚ましている。 和也「智也……」   和也、智也に近寄り、 和也「お、起きてたのか……」 智也「母さんは、何も悪くないから……」 和也「ああ……でも俺、お前に何にも……」 智也「楽しかったよ……」 和也「何言ってんだ。いつもみたいに、わが まま言えよ……今度退院したら、一緒にど こか行こう。山がいいか、海がいいか、そ れとも遊園地か」 智也「……無理だよ。……知ってんだろ……」 和也「何言ってんだ。無理な訳ねえだろ」 智也「……」 和也「絶対大丈夫だって。こんなのすぐ治る って」 智也「……そうだね」   ニッと笑う智也。 和也「これから、これから毎日来るから」 智也「ほんと?」 和也「ああ」   泣きながら二人を見つめる茉莉。 〇病院・ロビー   椅子に腰掛ける、和也と茉莉。 和也「何で治んねえんだよ。今の医療だった ら治んだろ」 茉莉「子供のガンは進行が早くて、発見した 時にはもう、あっちこっちに転移してたの ……」 和也「でも、何かあるだろ」   茉莉、下を向き首を振るだけ。 和也「後、どの位もつんだ」 茉莉「先生の話だと、ほんとは……もう……」 和也「もうって……畜生、どうにかなんねえ のかよ……」   苛立ちを隠せない和也。 〇智也の病室   目覚める智也。 茉莉「どお、具合は」 智也「オヤジは?」 茉莉「明日また来るって」 智也「そっか」   微笑む智也。 智也「母さん」 茉莉「なに」 智也「俺、オヤジの子で良かったよ。母さん ありがとう」 〇居酒屋   和也と伸二、呑んでいる。 伸二「俺もそんな事知らずに、返せなんて、 ひでえ事言っちまった……」 和也「俺に、俺みてぇな馬鹿に会う為に、あ いつ、あいつ命賭けて会いに来てたんだ。 ……それなのに……」   酒を一気に呑む和也。 和也「もう一杯」   グラスを上げる和也。 伸二「おい、無理すんな。明日も会いに行く んだろ」 和也「ったりめぇだろ。智也が待ってんだ」 伸二「だったらよせ」 和也「なぁ伸二。俺、悔しくって、……悔し くてよぉ。あんまり自分が馬鹿で……」 伸二「そう思うんだったら、ちゃんとしろ。 ちゃんとして、智也君に会ってやれ。お前 の事待ってんだろ」 和也「もう一杯だけだって」 伸二「駄目だ」   和也、伸二を睨む。 伸二「和也、ちゃんと向き合え」   伸二も和也を見据える。 和也「ったく、解かったよ……」 〇街   早朝の澄んだ空気が、街を覆う。 〇洗面所   和也、顔を洗いボーと鏡を見る。   笑顔を作り、 和也「智也……」   納得いかず、もう一度笑顔を作る。 和也「智也」   不器用な笑顔が鏡に写る。 〇智也の病室   ベットで智也が、苦しみ悶える。 茉莉「どうしたの?」   うめき、体をよじる智也。   茉莉、慌てる。 茉莉「智也、痛いの、智也」 〇電車   電車に乗る和也。   隣に赤ちゃんを抱いた母親が居る。   和也、ホッペを膨らませたりして子供を 笑わせる。 〇智也の病室   ベッドで苦しみ悶える智也。   智也、目が見えていない。 茉莉「智也、しっかりして、智也、すぐ先生 来るから」   必死に智也の手を握る茉莉。 智也「オヤジ、オヤジは?」 茉莉「もう直ぐ来るから。もう直ぐ」 智也「オヤジ、オヤジ」 茉莉「もう直ぐだから」   医師と看護婦達が、入って来る。 医師「押さえて」   看護婦、智也を押さえる。 智也「オヤジ、オヤジ」   それを、泣きながら見る茉莉。 〇花屋   和也が入って来る。 店員「いらっしゃいませ」   店内の花を見まわす和也。 和也「元気の出る花ってある?」 店員「えっ」 和也「元気の出る花」 〇病院廊下   花束を持って歩く和也。   智也の病室の前で、看護婦が智也のプレ ートを外す。 和也「ちょっと」   慌てて走り寄る和也。   和也、室内を見るが誰も居ない。 和也「智也は、智也は?」 看護婦「……」 〇霊安室(畳の部屋)   和也が入って来る。   横たわる智也。   茉莉、気が抜けた様に座る。   和也、智也の側で膝を付く。 和也「智也……」   そっと、顔から布を取る。 和也「来るって言ったじゃねぇか……何で待 てねぇんだよ、何で……」   茉莉、泣く。 〇回想   和也の部屋の前に立つ智也。 和也「お兄ちゃん、部屋に入れないから退い てくれる?」 智也「……オヤジ」 和也「退いてくれるかな」 智也「オヤジ」   ×     ×     ×   和也、智也のポケットから一万円だす。 智也「すげえ」 和也「さ、行くぞ」 智也「どうやったんだよ」 和也「何食いたい」 智也「教えろよ」 和也「やっぱ、肉か?」 智也「誰にも言わねえから」   ×     ×     × 智也「今日は、抱き付いてキスしなかったな」 和也「あたり前だろ、何が楽しくてお前にキ スなんかすんだ」 智也「していいぞ」 和也「はぁ?」 智也「……冗談だよ」   ×     ×     × 智也「心配すんなって。もう、ここには来な いし、俺の事は忘れていいから」 和也「いや、そう言う事言ってる訳じゃ……」 智也「そう言う事だろ」 和也「……」   智也、ニッと笑い出て行く。 〇霊安室   和也、智也を見つめ、 和也「馬鹿野郎……」   和也、智也の頬に優しくキスする。   智也の頬に涙が落ちる。 〇火葬場   もくもくと煙を上げる。 〇火葬場・内   黙って、炎を見る和也。   泣き崩れそうになる茉莉を支える伸二。   和也、炎を見つめ、 和也「お前の事、絶対許さないからな……」   ハッとする茉莉。 伸二「何言ってんだこんな所で。茉莉ちゃん は悪くないぞ。全部、お前が悪いんじゃな いか」 茉莉「いいの……いいの、伸二さん……」   泣き続ける茉莉。 伸二「おい、和也」   黙って、炎を見つづける和也。 〇帰りの電車   ドア付近に立つ、和也と伸二。   和也、じっと外を見つめる。 伸二「茉莉ちゃん言ってたぞ。お前と最後に 会った時、子供が出来たらどうするって聞 いたそうだな」 和也「それがどうした」 伸二「そしたらお前、子供なんていらねえっ て、言ったそうじゃないか」 和也「そんな事忘れたよ……」 伸二「お前に堕ろせって言われるのが怖かっ たんだと」 和也「知るかそんな事、ちゃんと話してくれ れば、俺だって……」 伸二「お前の事が好きだったんだよ。それに 若かったんだ……」   伸二の胸倉を掴む和也。 和也「いいか、俺はそのおかげで自分の子供 に、何もしてやれなかったんだぞ、何も」   和也の目が、真っ赤になる。 和也「解るか?」   和也、伸二の襟を掴んだまま、膝を付き 泣く。 和也「何でもしてやるのに。何でも、何でも、 好きな事してやるのに……」   他の乗客が、二人を見ている。   ばつの悪そうな伸二。 伸二「おい、やめろよ、勘違いされるだろ」 和也「俺だって、何かしたかったんだ。何で もいいんだ。何かさせてくれよぉ」   伸二、周りの目が気になる。 伸二「こまるなあ、君、誰?」   泣き続ける和也。 〇和也の部屋   仕事をするが、集中出来ない和也。   椅子の背にもたれ、溜息を付き暫くボー っとする。   ふと立ち上がり絵の部屋へ行く。 〇絵の部屋   和也、自分の絵を見る。 〇回想 和也「おまえなぁ、将来したい事あっても、 学校行ってないと大変だぞ」 智也「したい事なら、今してるからいい」   ×     ×     × 智也「死ぬまで、したい事しないで生きるな んて変だよ」 和也「変じゃねぇーよ。普通だよ。だから、 ここに住んで、不自由なく暮らしてんだ ろ」 智也「そんなの、もったいねぇーよ」   ×     ×     × 智也「後でやっておけば良かったって、後悔 しても知らねーぞ」   和也をじっと見つめる智也。 〇絵の部屋   じっと、絵を見つめる和也。   立て掛け重なっている絵を、起こしなが ら見ていく。 〇リビング   和也、埃の被った絵具箱を丁寧に拭く。   中を開け、一つ一つチェックする。 〇カフェ   和也と伸二が座る。 伸二「お前、ほんとにマンション売るのか?」 和也「ああ、絵描くのに仕事減らしたからな、 きつくて。……それに、別に、あそこに住 みたかった訳でもないし」 伸二「絵なんてもう、どうでもいいじゃない か。生活落としてまでする必要あんのか」 和也「……ああだこうだって、絵描かない理 由探して生きるのが嫌になって」 伸二「でも、お前が一番知ってんだろ。大変 だって」 和也「智也が教えてくれたんだ。今、生きて る事に感謝しろって、後悔しねえように生 きろって」 伸二「……そうだな……」 和也「生きてる俺が、毎日グダグダ生きてた ら智也に怒られちまう」 和也、満足そう。 伸二「……ところであの後、茉莉ちゃんには 会いに行ったのか」 和也「いや……」 伸二「会いに行ってやれよ。それだけで違う んだから」 和也「何で行かなきゃなんねえんだ」 伸二「一番辛いのは茉莉ちゃんなんだぞ」 和也「……」 伸二「いいか、行ってやれよ。必ず」 和也「……」 〇山   バスを降りる和也。   山道を、画材を持って歩く和也。   程よい場所を見つけ、描き始める。 〇テロップ 「二十年後」 〇墓地 智也の墓の前、和也が手を合わせる。 和也「智也、今度小さいけど、個展を開く事 になったんだ。お前に感謝しないとな。… …お前のお陰で素直になれた……」   嬉しそうな和也。 和也「畜生、お前と一緒に酒呑みたかったよ」   和也、立ち上がり帰ろうとすると、茉莉 が歩いてくる。   互いに気付き、会釈し通り過ぎる。   墓前の前の茉莉、和也を見るが和也は歩 き去る。   茉莉あきらめ、お供え物を出す。   和也、振り返り茉莉を見るが、そのまま 歩き去る。   茉莉、お墓で花を出したり、水をかけた りする。   茉莉、しばらくぼーっと墓前にしゃがん でいる。   茉莉、帰ろうとし振り返ると、和也が一 升瓶と紙コップを持っている。 和也「どうだ、もし良かったら、三人で呑ま ないか」 茉莉「……ええ……」   涙ぐむ茉莉。 和也「どうした」 茉莉「なんでも……」   爽やかな秋風の中、楽しそうに笑いなが ら、三人で酒を呑む。                  おわり