○英知銀行本店・外観    東京、丸の内にある旧財閥系都市銀行    の本店。     空に向かって聳え立つ高層の建物が、    一流の銀行であることを誇示している。 ○同・ディーリングルーム    部屋の中にはパソコンやモニターが何    台も設置され、刻々と移り変わる株価    や為替レートを映し出している。    外国為替の東京市場を見つめる銀行員    達の中に、外国為替部長の小嶺達也(四    十九歳)がいる。    パソコンの前に座った部下の後ろに立    ち、じっと監視している。    行員は皆、胸に顔写真入りの社員証を    付けている。    壁に埋め込まれた大きなモニターの赤    いデジタル標示が、百十円三十二銭か    ら百九円五十一銭に変わる。    若いディーラーのひとりが振り返り、 銀行員A「小嶺部長、買いを入れましょう  か?」 小嶺「まだだ、百五円台になるまで待て」 銀行員B「百五円台なんて、そんなに上がり  ませんよ!」 小嶺「いや、上がるさ。絶対いく」 銀行員A「きのうは百十三円だったんですよ。   一日で八円も円高になるとは……」 銀行員C「ニューヨーク市場でも、百十二円  七十四銭でしたが」 小嶺「大丈夫、このところニューヨークじゃ  株が乱高下している。アメリカ経済が不安  定になっているんだ。今日あたり一気にド  ルの信用度が落ちるはずだ」    小嶺、じっとディスプレイを見つめ、    顎を撫でながら、 小嶺「さあ来い、ベイビー、もっとだ、高く  上がれ」    為替レートが百七円七十五銭になる。 銀行員B「(いらいらしながら)もう限界で  すよ、買いを入れないと、時間もないし」 銀行員A「五時まで、あと二分ですよ、ドル  を買いましょう、もう十分高いですよ」 小嶺「まだだ、待て」    為替レートが百六円四十一銭になる。    二人の部下は、汗を額ににじませ、緊    張している。 銀行員C「小嶺部長、これ以上無理ですよ」    小嶺、じっとモニターを見つめている。    時計が四時五十九分を回る。  銀行員A「ああ、もう時間が……」 小嶺「さあ、いいぞもっと上がれベイビー、  良い子だ、もう少しだ」    全員が緊張した面持ちでモニターを凝    視する中、ついに百五円五十銭になる。 小嶺「よし、ドル買いだ、買いまくれ」    銀行員A、あわててマイクに飛びつき、    買いを入れる。  銀行員A「買い、買いだ、三十億ドル!」    緊張した時間が流れる。    しばらくして、スピーカーから、為替    ブローカーからの声が流れて来る。 ブローカーの声「取り引き成立しました。百  五円五十銭で三十億ドル」    ブザーが鳴り、午後五時。     東京市場の取り引きが終わる。    行員達、ほっと息をつき、イスに座り    込む。部屋の緊張が和らぐ。    銀行員Cが小嶺にコーヒーを手渡し、 銀行員C「いやあ、小嶺部長にはいつもヒヤ  ヒヤさせられますよ。どうして、百五円台  まで上がるとわかったんですか?」 銀行員B「やはり、ジャパンプレミアムが0・  三台に下がったからですか?」  銀行員A「いや、アメリカの雇用統計が悪  化したからですよねえ。それに対日貿易赤  字も……」 銀行員C「教えて下さいよ、部長」    小嶺、ニヤリとして、頭を指差す。 小嶺「カンだよ、カン」    銀行員たち、ポカンとしている。    女子社員が電話を片手に、  女子社員「小嶺部長、人事部長がお呼びです」 小嶺「人事部長?……わかった、すぐ行く」    小嶺、歩きかけて、 小嶺「ああ、シンガポール市場とロンドン市  場を注意して見てろよ。きっと今の反動が  来るぞ、ドル買いが殺到して、百十五円く  らいまで安くなるはずだ」 銀行員A「はい、三十億ドル、三千百六十五  億円分もドルを買ったから、差し引き、三  百億円の儲けか……でも百十五円まで安く  なりますかねえ?」 小嶺「(ニャリとして)よし、賭けてもいい  ぞ。バーボンを一本」    若い行員達の尊敬の眼差しをあびなが    ら、小嶺、部屋を出て行く。     ○人事部長室    小嶺、気色ばみ人事部長(五十四歳)    に詰め寄る。 小嶺「出向? どういう事ですか!」    人事部長、小嶺をなだめるように、 部長「それは、君が会社経営のエキスパート  だからさ。何のためにハーバード大学にM  BA留学させたと思ってるんだ。外国為替  をやる前はいくつもの会社を立て直したじ  ゃないか。その力を貸して欲しいんだ」 小嶺「私には、外国為替の方が合ってます。  今の仕事が面白くてしょうがないんです」 部長「そう言わないで、二年でいいんだ。二  年経ったら戻れる。うまく立て直せたら、  役員待遇だぞ」 小嶺「しかし……命林建設なんて聞いた事も  ありませんけど」 部長「我、英知グループの英知建設の子会社  なんだ。英知建設から直々に君をご指名だ」 小嶺「じゃあ、引き受ける前に、命林建設の  事を調べさせてもらっていいですか」 部長「うん……いいとも。なるべく早く返事  をしてくれ」    小嶺、暗い顔でうなずく、 ○バー(夜)    ビルの最上階にあるおしゃれなバー。    窓一面に夜景が広がっている。 なつみの声「誕生日おめでとう、四十九歳ね」    窓際の席で、グラスを合わせる小嶺と    香山なつみ(三十一歳) なつみは都    会的で洗練されたキャリアウーマン。 小嶺「この歳になると、誕生日なんてイヤな  もんだな。来年は五十か。もうジジいだよ」    なつみ、微笑み、 なつみ「女なら、なおさらよ」    なつみ、バッグから包みを出し、 なつみ「はい、プレゼント」    小嶺、微笑み、包みを開ける。    外国製の高級腕時計が出てくる。 小嶺「おいなつみ、これ高いんだろ、いいの  か?」 なつみ「小嶺さんにふさわしい物を選んだの」    小嶺、腕から自分の時計をはずし、そ    の時計をつけてみる。 小嶺「(うっとりと)すばらしい、うれしい  よ、ありがとう」    それを聞いて、なつみも嬉しそう。   ×      ×      ×    窓の外、一面に美しい夜景が広がる。 小嶺の声「オレ、出向の話があるんだけど、  なつみは秘書室で何かうわさを聞いてない  か?」   ×      ×      × なつみ「小嶺さんは以前、赤坂支店にいたで  しょう。先月、栂池不動産が倒産して、融  資した三百五十億が、今になってこげつい   てるのよ。その責任を小嶺さんに押し付け    ようとしているんじゃないかしら」 小嶺「何だと! あれは当時支店長だった  小田島さんが独断で融資を決めたんだぞ、  次長だったオレは反対したのに」 なつみ「どうやら頭取派が、副頭取派の連中  を追い落としにかかってるみたいなの。小  田島さんは頭取派で、あなたは副頭取派                                            でしょ。おかげで秘書室まで両派に別れち  ゃって大変なの。頭取派は、自分たちのミ  スまで副頭取派に押し付けて、株主からの  追求を逃れるつもりだわ」 小嶺「副頭取は叩き上げの英知マンだから部  下の事はちゃんとわかってくれるが、今の  頭取は大蔵省からの天下りだろ。官僚は絶  対に自分のミスは認めないからなあ」  なつみ「気をつけた方がいいわ、焦げ付いた  額が額だから、だれかが責任を取らないと  納得しないのよね、会社ってとこは」 ○英知銀行・廊下(イメージ)    一人の男が、廊下を歩いている。     小田島(五十二歳)である。    すれ違う行員達のおじぎに、偉そうに    うなずく。見るからに態度がでかい。 小嶺の声「あいつのせいだ。小田島業務本部  長」    『プロジェクト21』と書かれたプレ       ートが貼ってある部屋に入って行く。   ×     ×     ×    大きなテーブルに座った二十人ほどの    社員がいっせいに立ち上がり頭を下げ    る。小田島、真ん中の席に座り、極秘    のマークが入った書類を手に取る。    表紙には、「英知銀行大改革計画書」    とある。小田島、社員のひとりが説明    しているのを、腕組みして聞いている。 小嶺の声「今、どこの銀行も、金融ビッグバ  ンによって大きく変わりつつある。生き残  るための大改革だ。小田島なんかがその最  高責任者になれたのは、納得がいかなかっ  たが、あの男も世渡り上手だな」 ○バー(夜)    小嶺となつみが酒を飲んでいる。    小嶺「ふざけやがって、小田島の野郎。きっ  と栂池不動産の件は、オレが勝手に融資し  たみたいに言ってやがるんだ」 なつみ「で、どうするつもり、出向の話?」 小嶺「……うーん、二年で戻れるのならがま  んするしかないか」 なつみ「やめた方がいいと思う、もし、経営  再建に失敗したら責任取らされるわ。ヘタ  したらクビよ」    小嶺、渋い顔でグラスをあおる。 ○自宅の近所(早朝)    半パンにTシャツ姿の小嶺が、ジョギ    ングしている。荒い息を吐き、Tシャ    ツの首周りには汗がにじんでいる。    ふと立ち止まり、ポケットから手の平        に乗る小さな情報端末機を取り出す。   ×      ×      ×    ディスプレイにニューヨーク市場の為    替相場が映し出されている。    「ニューヨーク 一ドル 百十三円三    十二銭」   ×      ×      ×    それを見た小嶺、ニヤリと笑い、また    走り出す。     ○自宅マンション・玄関・外(早朝)    床が大理石で、豪華なエントランスを      持つマンション。    ジョギングを終えた小嶺がマンション    入口まで来ると、ゴルフクラブを持っ    た五十代半ばの男に出会う。 小嶺「あっ、伊藤先生、お早ようございます」 伊藤「やあ、ジョギングかね、若いね君も」 小嶺「いやあ、毎日五キロは走らないと体が  なまってしまいますからね。タフじゃない    と為替ディーラは勤まりませんよ。先生は  早朝ゴルフですか」 伊藤「うん、僕ぐらいの年では、ゴルフの打  ちっ放しがちょうどいい」    小嶺がカードキーでドアを開ける。    二人、談笑しながらマンションの中に    入り、エレベーターに乗り込む。 ○同・エレベーター内    小嶺、六階と八階のボタンを押す。 小嶺「どうです、またゴルフでも」 伊藤「うん……でも君のゴルフは、気合が入  り過ぎてないか? 負けるのがイヤなのは  わかるけど、スポーツはねえ、もっと楽し  むもんだよ。君のゴルフは、仕事の延長み  たいで一緒にプレイすると疲れるんだ」    伊藤、そう言うと、六階で降りる。    ドアが閉り、小嶺、眉間にシワを寄せ、 小嶺「ゴルフは立派な仕事だろ」 ○同・八○三号室(朝)    小嶺、中に入ると、息子の春彦の部屋    に向かう。 ○同・春彦の部屋(朝)    小嶺、ドアを開け、中をのぞいてみる。    窓から朝日が差しているが、照明が    煌煌と点いている。    壁にはゲームのキャラクターが描かれ    たポスターが何枚も貼られ、棚には       アニメっぽいキャラクターのフィギュ    アが何体も飾ってある。部屋はまさに    オタクの巣窟と化している。        パソコンやゲーム機は電源が入ったま      ま。    その前で、春彦(二十歳)がゲーム機    のコントローラーを手にしたまま、床    に横たわり寝息を立てている。    肩まである長髪、耳にはピアス、今時    の若者である。     その周りに、ゲーム関係の本や複雑な    プログラムを書いた紙が散乱している。    ベッドでは、春彦のGFの川越美里(十    九歳)が眠っている。    小嶺、足で春彦の脇腹をつつく。寝返    りをうつが、春彦は起きない。    小嶺、今度は、軽く蹴ってみる。 春彦「いてっ!」    春彦、片目を開け、眠そうな顔で小嶺    を見上げる。 小嶺「春彦、六時だ、早く朝飯を作れ」 ○同・風呂場    小嶺、シャワーを浴びている。 ○同・キッチン(朝)    春彦が手際良くアジの干物をあぶって    いる。    美里はテーブルでまだ眠たそう。    手に新聞を何紙も持ち、キチッとスー    ツを着た小嶺が入って来る。  美里「お早ようございます」 小嶺「お早よう」    小嶺、テーブルに着くと、新聞をテー    ブル一杯に広げる。 小嶺「美里ちゃん、このところずーっとうち  に居着いてるけど、家に帰らなくていい  の?」 美里「どうせアパートで一人暮らしだから…  …。実家は札幌なんです」 小嶺「ふーん、でも何が楽しくて、(春彦を  顎で示し)こんなバカと付き合ってるの」    美里、ニコッと笑って、 美里「ハルちゃんはゲーム作らせたらすごい  んです。もう、尊敬しちゃいますよ」    春彦、ごはんをよそいながら、 春彦「へッへッへー」 小嶺「(鼻で笑って)ゲームねえ……。そん  なもんで生活できんだろう。男の価値とい  うのはねえ、収入で決まるんだ。美里ちゃ  ん、もっと頭のいい、できる男を捜した方  がいいよ。オレみたいな」    春彦、皿を手に、 春彦「じゃまだよ、新聞!」    小嶺、新聞を畳む。    春彦、焼いたアジの開きをテーブルに    並べながら、 春彦「不幸だよなあ、年寄りにはゲームの楽  しさがわかんなくて」 小嶺「ゲームやっても構わん。だけど、何で  大学を中退した? 卒業するの簡単だろ、  あんな二流の大学」 春彦「もっとゲームの勉強をしたかったんだ。   ゲームの専門学校の方が面白いし。オレ、   経済なんて興味ねえよ」  小嶺「今に後悔するぞ。お前みたいな落伍者  を雇ってくれる会社なんかないからな」 美里「でも、ハルちゃんを欲しいってゲーム  の会社は沢山あるんですよ」 小嶺「ふん、どうせ出世なんてでないさ、大  学中退じゃ。いいか、オレも母さんも東大  出てるんだぞ、何で息子のお前がそんなに  バカなんだ。この野郎、メンデルの法則を  無視しやがって」    小嶺、渋い表情で朝食をかき込む。    春彦、美里につつかれ、 春彦「あのさあ……オレと美里、一緒に住ん  じゃダメかなあ。安いアパート見つけたん  だ。金はバイトで何とかするから」    小嶺、顔を上げもせず、 小嶺「ふざけるな、半人前のくせに!」 ○同・八○三号室の外(朝)    小嶺、出て来る。    と、隣の八○四号室から、妻の幸枝    (四十八歳)も出勤のため出て来る。 幸枝「あら、お早よう」 小嶺「ああ」   ×     ×     ×    エレベーターで二人きり、無言のまま    気まずい雰囲気。  ○同・玄関の外(朝)    小嶺、右に歩いて行く。    幸枝、左に行こうとして立ち止まり、 幸枝「あんまりお酒飲み過ぎないでね」    小嶺、振り向きもせず、片手を上げ、    立ち去る。 ○(株)命林建設・玄関前    中堅の建設会社、建設会社にしては社    屋が貧弱。    小嶺、タクシーから降りると、社屋を    じっと眺める。きびしい表情。    ○同・役員室    小嶺が自分のノートパソコンを使い、    会社のデータを調べている。    社長みずから小嶺の応対に当っている    が、落ち着きがないようす。 小嶺「うーん、あまり業績が芳しくないです  ねえ」    社長、はじかれたように立つと、小嶺    のパソコンを覗き込む。 社長「はい、今は、あの、不況ですから、そ  の、この程度の落ち込みはしかたないんで  す。建設業界はどこもひどいもんですよ。   親会社の英知建設がああですから、うちみ  たいな下請けは、その、厳しいかぎりです」 小嶺「……なるほど」 社長「これからですよ。ようやく景気が  よくなってきましたから、不況で控えてい   た注文が徐々に増えるはずです」    社長の額には汗がにじんでいる。    小嶺、納得いかないという表情でパソ    コンのスイッチを切ると、立ち上がる。 小嶺「いや、おじゃましました。出向の件と  特別融資は、もう少し検討させていただき  ます」  社長「はい、どうかよろしくお願いします」    社長、深々と頭を下げる。 ○同・社内    小嶺、ブラブラと社内を歩き回る。    社員の顔には覇気がなく、社内にも活    気がない。男子社員はお茶を飲みなが    ら新聞を読んでいる。女子社員は、編    み物をしたり、おしゃべりをしている。       小嶺、不審げな表情。 ○英知銀行本店・審査部情報室    パソコンが六台並んでいるだけの簡素    な部屋。昼下がりで、制服姿のOLが    一人だけ残っている。     ドアには、『部外者入室禁止』の標示。    暗証番号を押さなければ、部屋に入れ    ないシステムになっている。    小嶺、ガラスのドアをのぞいて、ノッ    クする。中の女子社員が気づいて、ド    アを開ける。 小嶺「よう、翔子ちゃん、昼飯まだだろ、一  緒にどう?」 翔子「(嬉しそうに)あら、小嶺部長がお昼  に誘って下さるなんて珍しいですね」 小嶺「(笑顔で)おいおい、赤坂支店時代は  よく一緒にメシ食ったろ」    翔子、まんざらでもなさそうに、 翔子「じゃ、ちょっと待って下さい、急いで  仕度します」    翔子、ロッカーのある方にいそいそと    歩いて行く。    翔子の姿が見えなくなると、小嶺、    翔子のパソコンを操作する。  ○パソコンの画面    画面に『パスワードを入力して下さい』    と文字が現われる。 ○同・審査部・翔子の机    小嶺、あちこち捜して、机の引き出し    から、メモを見つける。      ×      ×      ×    メモには『今週のパスワード、F7Q    4N88WH3』と書いてある。   ×      ×      ×    小嶺、その通りに入力してみる。     ○パソコンの画面    パスワード入力により、画面に審査部    の資料検索ソフトが現われる。    「業務調査」をクリックして、検索会    社名に「命林建設」と入力する。    画面に命林建設のデータが現われる。 小嶺の声「何だこりゃ、会社で見せられたデ  ータと全然違うじゃないか、やっぱり粉飾   決算か」    小嶺、しばらく業績を見ているが、『追    加情報』の欄があるのを発見し、クリ    ックする。 小嶺の声「追加情報って何だ?」   ×      ×       ×    『今年度中に業務停止』という文字が    現われる。   ×      ×      ×    小嶺の顔が怒りで歪んでいる。 小嶺「業務停止だと! ちくしょう、ふざけ  やがって」 ○同・人事部長室    机の上に置かれた辞表と社員証をじっ    と見つめている人事部長。小嶺は怒り    の表情でつっ立っている。 部長「本気かね、小嶺君」 小嶺「ふざけないで下さい。潰す予定の会社  に私を送り込むなんて、誰の差し金なんで  すか。どうせ、小田島業務本部長なんでし  ょう。あの男しかいません」 部長「まあ、落ち着いて、そうじゃないよ」 小嶺「命林建設と一緒に私も処分するつもり  だったんですね」 部長「そんな……(やさしく)悪かった、な  あ小嶺君、君の行き先は私に任せてくれな  いか、悪いようにはしないから」 小嶺「結構です。あなたも頭取派だった事を  すっかり忘れてました。とても信用できま  せんね。お世話になりました。失礼します」 部長「ちょっと、待ちたまえ、小嶺君!」    小嶺、ドアを乱暴に閉めて去る。 ○シティホテルの一室(夜)    ベッドの中の小嶺、なつみを腕枕して    いる。一戦終わった後でけだるい感じ。    小嶺、情報端末機を取り、見る。   ×     ×     ×    ロンドン市場、一ドル、百十五円二    十四銭。   ×     ×     ×    小嶺、鼻で笑い、それを放り投げると、 小嶺「辞めたよ、銀行」 なつみ「えっ、本当なの!」 小嶺「頭取派に裏切られた。特に小田島にな。  あの野郎、赤坂支店時代に栂池不動産から  ワイロをもらって無謀な融資を続けてたん  だ。それをオレが非難したんで、うらんで  るんだよ」  なつみ「どうするの、これから?」 小嶺「アメリカの銀行から誘われてるんだ。  日本支店の副支店長をやらないかって。日  本の銀行なんてバカばっかりだから、今に  外国の銀行にみんな食われちまうぜ」    なつみ、悲しそうな顔でじっと考え込    んでいる。 小嶺「どうした、なつみ」 なつみ「いえ、何だかもう会えないような気  がして」     小嶺「そんな事ないさ、違う銀行に移れば、  コソコソしなくてすむ。心配するな」    なつみ、微笑みうなづくが、その顔は    沈んでいる。 ○ニューヨーク ファースト銀行・東京支店    小嶺、白人の支店長と話している。 支店長「ミスターコミネ、残念ですが、もう  副支店長のポジションは埋まりました。私  があなたを誘ったのは三ヶ月前です。もっ  と早く返事をして欲しかったです」    うな垂れる小嶺。 ○スイス プレミアム銀行・東京支店    小嶺と白人の女性支店長がいる。 支店長「日本の銀行、大蔵省に守られてみん  な同じ、競争がない、外国の銀行には勝て  ません。日本の銀行員はダメです」    渋い表情の小嶺。 ○ロイヤル ブリティシュ銀行・東京支店    小嶺と黒人の支店長がいる。 支店長「うちでは、外国為替は、三十代の若  い人に任せてます。四十歳以上の人は、頭    が固くてダメです」    渋い表情の小嶺。 ○東京駅・丸の内側出口(朝)    通勤のサラリーマンやOLの群れの中      に新聞を読みながら歩く小嶺の姿があ     る。    小嶺、英知銀行のすぐ近くまで来て、     ハッとしてその足が止まる。 小嶺「あっ……辞めたんだ、俺」    辺りを見回し、身をひるがえすと今来    た道を後戻りする。    顔を伏せ、通勤の人波に逆らいながら。     コソコソと足早に立ち去る。 ○喫茶店    小嶺、テーブルに座り、虚ろな目でテ    レビのワイドショーを見ている。 ○八重洲界隈    小嶺、ブラブラとあてもなく歩いてい   る。時計を見る。まだ午前九時五十分。   ため息をつき、またトボトボ歩き出す。 ○銀座にある老舗の文房具店    筆記具売り場で、小嶺が万年筆を買お    うとしている。値段は三万円ほど。    店員、小嶺のカードをレジの機械に通    すが、エラーが標示される。    店員、首を傾げ、隣の店長に見せる。 店長「お客様、これは英知ファミリーカード  ですね。英知系列の会社にお勤めですか?」 小嶺「ええ、英知銀行です」 店長「ああ、失礼しました。どうも機械の故  障のようで、それでは、社員証をお見せく  だされば結構です」    小嶺、手を懐に持って行くが、ハッと    して、そのまま動かない。 店長「お客様?」    小嶺、そのまま固まっている。顔が強    ばって唇が震えている。 店長「あの、お客様」 小嶺「いや、いいんだ。もういい、いらない」    小嶺、ヨロヨロ後ずさりして、背中を    向けるとコソコソと逃げ出す。 ○店の外の通り    小嶺、早足に立ち去ろうとする。 店長「あの、ちょっとお客様!」    店長、小嶺のカードを手に追いかける。    小嶺、それを見てあわてて走り出す。    人混みの中を必死に走る。二人の追い    かけっこがはじまる。 ○狭い路地    小嶺、路地の建物の陰に身を隠して、    息を整える。    泣きそうな表情で、 小嶺「何やってんだ、オレ」 ○日比谷公園・大噴水前   小嶺、ぼーっとベンチに座っている。   見回すと、同じようにスーツを着たサ   ラリーマン風の男たちが数十人いる。   みんなベンチに座り新聞を読んだり、     噴水の所に腰を降してハトにエサをや   ったりしているが、目に生気がなく表   情にとぼしい。   キチンとスーツを着た五十代の男が小   嶺に近寄り、 男「失礼ですが、あなたもリストラされたん  ですか?」 小嶺「えっ?」 男「リストラじゃなきゃ、会社がつぶれたん  でしょう」    男、隣に座り、 男「恥じることはありません。ここに集まっ  てくる連中はみんなそうです。失業したの  に長年の習慣で、朝、家を出てくる。でも、  行く所がなくて、この場所に集まってくる  んですよ」    小嶺、力なく微笑み、 小嶺「私は、自分から辞めたんです」    男、驚いた風に、 男「自分から辞めた! 信じられないなあ、  こんなご時世に」    男、周りの人々を顎で示し、 男「ごらんなさい。みんな不景気でリストラ  された連中ですよ。今まで会社のために何  もかも犠牲にして働いてきたのに、会社に  捨てられた。でもどこにも行くところがな  い。哀れな連中です」 小嶺「あなたも、その……」 男「ええ、この近くの商事会社に勤めていま  した。三十二年も勤めたんですよ。一生懸  命に働いてきました。会社のためなら、愚  痴ひとつこぼさず残業だってこなしてきま  した。いやな上司にも、がまんして日曜日  のゴルフのお供をしてきました。身を粉に  して、会社に尽くしてきたのに……突然、  五十過ぎの人間はいらないなんて……ひど  すぎますよ、こんな事って」    男、人目もはばからずに涙をこぼす。      小嶺、ハンカチを貸す。    男、頭を下げてそれで涙をぬぐい、 男「まだ家族には失業した事を話してないん  ですよ。毎月、失業保険と自分のヘソクリ  を足して銀行口座にこっそり振り込んでた  んですが、先月で失業保険も切れて、もう  すぐ家族にバレるでしょうね。それが恐く  てねえ」    小嶺、聞くのもつらい。 男「家のローンも残ってるし、末の娘はまだ  中学生だし」    男、懐から小さな般若心経の経典を取    り出し、 男「最近は死ぬ事ばかり考えてますよ。どう  したら安らかに死ねるかばかりね。死んだ  ら楽でしょうねえ。会社人間は会社に見捨  てられたら、生きてる意味なんてないんだ  から」    男、経典を読み出す。    小嶺、いたたまれなくなり立ち上がる。   ×      ×      ×    小嶺、公園内をあてもなく歩いて行く。    ベンチに座り、夢中でノートパソコン    に何事か打ち込んでいる中年男がいる。    小嶺、通りすがりにそのパソコンをの    ぞくと、まったく意味をなさない文字    が画面につづられている。    その男、小峰を見て微笑み、 男「あっ社長、見積書、すぐできますから」    小嶺、背筋が寒くなり、足早に去る。 ○職安・入り口・外    小嶺、辺りを気にしながら中に入る。 ○同・内部    中はかなり混雑している。    小嶺、イスにかけ、五十歳ぐらいの相    談員と話をしている。    相談員、小嶺の履歴書をじっと見て、 相談員「いやあ立派ですなあ、東大の経済学  部卒、英知銀行に入社後、選ばれてハーバ  ード大学に留学、経営学のMBAを取得か  ……。で、年収はいかほどで?」 小嶺「去年は二千八百万でした」 相談員「えっ、そんなに……」    相談員、ため息をつき、 相談員「あのですねえ、今の時代は立派すぎ  る人間ほど仕事がないんですよ。つまり、  不景気になると、企業はまず最初に人件費  を削ろうとしますから、給料の安い若い人  を雇いたがるんです。あなたのようなエリ  ートで四十過ぎで給料の高い方は、企業は  最も敬遠するんです」    小嶺、表情が暗い。    相談員、パソコンを操作して、 相談員「今のところ、あなたにふさわしい求  人は……皆無ですね。あるのは警備員とか  清掃員とか……。これと言った資格もお持  ちではないし、運転免許証もないとなると  運転手もダメか……」    小嶺、最後まで聞かずに立ち上がる。 ○下町の飲み屋街(夜)    酔った足取りで小嶺が歩いて来る。 小嶺「(つぶやく)ちくしょう、ちくしょう、  なんでオレが。小田島の野郎、ぶっ殺す」    下を電車の線路が通っている高架の通    路に来る。小嶺、下を覗き込む。    すぐ下を電車が轟音と共に通り過ぎる。    小嶺、じっと見ている。    公園で会った男の声がよみがえる。 男の声「死んだら楽でしょうねえ。会社人間  は会社に見捨てられたら、生きてる意味な  んてないんだから」    小嶺、思わず体が浮きかかる。     その時、警官二人が通りかかる。  警官A「こんばんわ、何してるの?」    小嶺、ハッと我に返り、 小嶺「えっ……ああ、ちょっと酔いをさまそ  うと……」 警官A「ああそう、ならいいけど、いやあ、  この間もここから下に飛び降りた人がいて  ね。ちょうどあなたぐらいの年のサラリー  マンだったなあ。最近多くてねえ」 警官B「うん、自殺だったんですけど、電車  にひかれてもうひどい有り様。この下から  百メートルに渡って肉の固まりが散乱して  るんだもの、拾い集めるのに苦労しました  よ。手や足や内臓とかバケツに五杯もです  よ」    小嶺、吐き気を催す。 警官A「だいじょうぶ?もう帰って寝たほう  がいいよ」    警官たちは去って行く。    小嶺、手すりにつかまり、何とか吐き    気をこらえる。その目に涙が光る。 ○映画のスクリーン    古いヤクザ映画。時代は戦前。料亭の    前、着流し姿の主人公が物陰に隠れ、    じっと獲物を待っている。    その時、車が到着し、ヤクザの親分が    出てくる。芸者衆が笑顔で出迎える。    主人公、風のように走り出る。その手    にはキラリと光る物がある。      主人公、ドスを親分の胸に深々と突き    たてる。 親分「銀二、てめえ!」 主人公「親分、あんたにゃ失望したぜ。仁義  を忘れちゃあヤクザはお終いだ。死んでも  らうぜ」    主人公、ドスでさらに深くえぐる。    親分、声をあげ、その場に倒れる。    芸者衆の悲鳴の中、主人公が颯爽と去    って行く。 ○映画館・館内    おんぼろ名画座の館内に客はまばら。    スーツ姿の小嶺、夢中になってスクリ    ーンを見つめている。映画の主人公に    感情移入しているようだ。 ○都内の街角    小嶺、所在なげに歩いてくる。    ふと、ホビー店のショーウインドウに    様々なナイフが飾ってあるのを見つけ            て、足を止める。    小嶺、ウインドウに額をくっつけて、    妖しい光を放つナイフに見入っている。 ○英知銀行・玄関前(イメージ)    銀行の玄関前に車が停まり、小田島が      降りて来る。女性秘書の出迎えをうけ    偉そうに振る舞う。     小嶺がサバイバルナイフを手に走り寄    る。小嶺はなぜか着流しのヤクザ風。    驚く小田島の胸にナイフが突き刺さる。 小田島「小嶺……貴様!」 小嶺「小田島さん、あんたにゃ失望したぜ。  仁義を忘れちゃあ、銀行員はお終いだ。死  んでもらうぜ!」    小嶺、さらに深くナイフを突き刺す。    小田島、悲鳴を上げ、その場に倒れる。    混乱の中、小嶺、颯爽と去って行く。   ○都内の街角    ホビーショップのショーウインドウの    前で、小嶺がじっとナイフを見つめて    いる。その顔は、恍惚としていて、口    元がゆるんでいる。    その時、拡声器の声が聞こえてくる。 宣伝カーの声「あなたは間違っています」     小嶺、ハッとして振り返る。    ルーフに看板を乗せたワンボックスカ    ーが目の前に来て、赤信号で停まる。    宗教団体の宣伝カーらしい。    看板には『神の声教会』と書いてある。 宣伝カー「小人閑居して不善を為す。悔い改  めなさい。今のあなたは罪深い人間です」    小嶺、真剣な顔で見つめている。 宣伝カー「あなたは今、幸せですか。悩みは  ありませんか。生きている喜びを感じます  か。もしそうでないならば、神の声を聞き  なさい。神は必ずあなたを救ってくれます。  たとえ今がどんなに苦しくても、明日は必  ず来ます。明るい未来は必ず来るのです」    信号が青になり、車が動き出す。    小嶺、思わずフラフラと後を追う。 宣伝カー「今日は明日に続いています。今日  を一生懸命に生きなさい。今の苦しい状態  は神が与えた試練です。耐えるのです。逃  げずに耐えた者だけに、明るい明日があり  ます」  小嶺「神の試練だって……」    小嶺、走って車の後を追うが、車にど    んどん引き離される。 宣伝カー「神を信じなさい。神はいつもあな  たを見守っておられます。あなたの心の中  も知っておられます」 小嶺「待ってくれ、おい!」 宣伝カー「きっとあなたは救われます。きっ   と明るい明日を迎える事ができます。その  ためには今の試練に耐えるのです。それは  神が与えたものですから」    宣伝カー、小嶺に気づかず、角を曲が    り見えなくなる。    小嶺、息を切らし立ち止まり、その場    に膝をつく。 小嶺「神が与えた試練……」 ○宣伝カーの中    スーツを来た若い男が運転している。    助手席の神父の服を来た五十男がマイ    クのスイッチを切る。今までのやさし    い口調が一変し、ドスの利いた声で、 神父「おい、吉田、お前、今月のノルマまだ  達成してないだろ」 若い男「でも神父様、今時三万円もする水晶  玉なんか売れませんよ。世の中不景気で」 神父「バカヤロウ!こういう時代だから売れ  るんだよ。今、みんな不安になってるんだ。  そうゆう連中の不安をあおるんだよ。この  水晶玉さえ持ってれば運が開けるって言え  ば、買うバカはいっぱいいるんだから。い  いか、明日はローンを抱えていそうな新築  の一軒家をねらえ、三十個売るまでは帰っ  てくるなよ、わかったな」 若い男「(力なく)はい、神父様」 ○都内の街角    小嶺、道路に膝をつき、 小嶺「ああ、オレは神の声を聞いた! ああ、  神様、私は恐ろしいことを考えてしまいま  した。私がまちがっていました。今日から  ちゃんと前向きに生きます」    道にひざまづいて大げさな身振りで祈    る小嶺に、車が「邪魔だ、どけ」とい    うふうにクラクションを鳴らす。 ○大手出版社・雑誌編集部    雑誌『HUS&WIFE』誌の編集部。    表紙から見て、若い主婦向けの雑誌。     十人ほどの編集者が忙しく働いている。    幸枝は、デスクで編集者の持ってきた         原稿をチェックしている。 幸枝「この洗濯機の写真、もっと大きくして、  特にここ、ボタンの所ね、これじゃ商品が  ちゃんと見えないでしょ」 編集者「はい」    その時、ひとりの女性ライター(三十    五歳)が入ってくる。 ライター「編集長」 幸枝「あら、今井さん」    ライター、幸枝に近づき頭を下げ、 ライター「すみませんでした。いろいろとご  心配をおかけしまして」 幸枝「もうだいじょうぶなの?」 ライター「はい」    幸枝、女性ライターの前髪を手で分け    てみる。目の上に青いアザがある。 幸枝「お茶でも飲みに行こうか」 ○喫茶店    幸枝と女性ライターがコーヒーを飲ん    でいる。 幸枝「そう、良かったわね、ちゃんと離婚で  きて」 ライター「(笑顔で)はい、すっきりしまし  た。これからはどんどん仕事をください。  こどものためにも一生懸命働かなくちゃ」 幸枝「そうね、あなたならライターとして優  秀だからだいじょうぶよ、がんばって」 ライター「それで、編集長、さ来月の特集な  んですが、夫の妻への暴力を取り上げたい  んです」 幸枝「(心配顔で)今井さん……」 ライター「(笑顔で)いいんです。私、今度  の事でずいぶん強くなりましたから」 幸枝「そう……じゃ、編集会議にかけてみる  わ」    ライター、手帳を取り出し、 ライター「編集長はご主人に殴られた事はあ  りますか?」 幸枝「えっ、これって取材?」    ライター、いたずらっぽく笑って、 ライター「まあ、身近にこんないいサンプル  があるんですから。編集長もご主人とは別  居してるんでしょう? 夫の暴力とかはな  かったんですか?」 幸枝「そうねえ……一回だけ、平手でぶたれ  たことがあるわ。でもうちのは暴力亭主じ  ゃないわ、ごう慢なところはあるけど」 ライター「ご主人、結婚してから変わりまし  た?」 幸枝「うん、前は優しかった。でも、会社で  偉くなって忙しくなってからね、変わった  のは」 ライター「結婚前はどうでした?」 幸枝「大学時代から付き合ってるけど、素朴  で思いやりのある男だったわよ。 そうだ、  『ひまわり』っていう映画を知ってる?」 ライター「ああ……ソフィア・ローレンの」 幸枝「そう、大学の時に一緒に見に行ったの。  でね、彼、映画が終わっても席を立とうと  しないのよ。不思議に思って、隣を見ると、  彼が涙で顔をクシャクシャにしてたの。そ  れを見て、生意気だけどホントはいい奴な  んだって思った」 ライター「(面白そうに)へえー」 幸枝「結局、男って会社人間になっちゃうの  が問題なのよ。だから会社やめるとみんな  抜け殻みたいになっちゃうでしょ。女だと、  仕事持っててもちゃんと家庭の事も考えら  れるけど、男は不器用だから……」 女性ライター「(しんみりと)なるほど」 幸枝「だから、いつの日か、主人が会社を定  年退職して廃人みたいになった時は笑って  やるわ、ざまあ見ろって」      ○大手ゲームソフト会社・会議室    春彦と美里が、会社の重役達を前に、    ゲーム企画の説明をしている。    ホワイトボードに『恋愛シュミレーシ    ョンゲーム 気まぐれなプリンセス』    と書いてある。    その下に、登場する女の子たちのアニ    メ調のイラストが張られている。 春彦「つまり、一番の特徴は恋愛シュミレー  ションゲームに国際色を出した事なんです。  恋愛の仕方も国によって違うじゃないです  か。アメリカ人と中国人じゃ、恋愛感だっ  て違ってきますから」     重役達、関心したようにうなづく。  重役A「なるほどねえ、舞台がインターナシ  ョナルスクールというのは新しいよな」 開発部長「そうですねえ、それにこのキャラ  クター達もかわいいし、きっと人気が出ま  すよ。これも君が描いたの?」 春彦「ああ、これは、川越さんが……」    美里、微笑み頭を下げる。 重役B「なるほど、アイデアが小嶺君で、キ  ャラ担当が川越君か、いいコンビだね君達」    春彦と美里、見詰め合って照れ笑い。 開発部長「これなら細かい部分を少し手直し  するだけですぐ使えますよ。きっと人気が  出ると思います」 重役A「よし、今年のゲームアイデアコンテ  ストの優勝は君達二人だな。賞金は一千万  円だよ」    春彦と美里、顔がほころぶ。 重役B「早速、君達にこのゲームの開発の指  揮を取って欲しい。ゲームプロデューサー  として契約したいんだ。君、後は頼む」    女性秘書が契約書を出し、 女性秘書「では、よく読んでサインして下さ  い。契約はゲームができるまでで……」    美里、春彦にこっそりウインクをする。     ○駅から自宅までの道(夕方)    春彦、美里、幸枝の三人が並んで歩い    て来る。    三人とも、会話がはずんで楽しそう。 幸枝「良かったわねえ、やっとお父さんに胸  を張って報告できるじゃない」 春彦「どうかな、親父はゲームなんかに興味  ないし」  美里「大丈夫よ、今度は開発チームのチーフ  よ、偉いんだから」 春彦「あ、今朝聞いたんだけど、親父の奴、  銀行辞めたんだって」 幸枝「えっ、本当なの!」 春彦「うん、よくわかんないけど、五日前に  自分から辞めたって言ってた」 幸枝「(考え込んで)そう……」 ○小嶺の自宅マンション・キッチン(朝)    小嶺、春彦、それに美里が朝食を食べ    ている。 小嶺「お前達がゲーム会社にスカウトされた  って、本当かよ、それ」 美里「本当です。年収だってすごいんです」 小嶺「ほう、いくらだ?」 春彦「サンゴーだよ」 小嶺「お前なんかに年に三百五十万も払う会  社があるのか、よっぽど人手不足なんだな  ゲーム業界は」 春彦「違うよ、さんぜんごひゃくまんえんだ  よ、ほら」    春彦、契約書を見せる。茫然と契約書    を見つめる小嶺、声も出ない。 春彦「と言う訳で……」    春彦、エプロンをはずし、差し出す。  春彦「今日からは、親父が家事をやってくれ。   オレは仕事が忙しくなるから、なんたって  開発チームのチーフだぜ。責任のある立場  なんだ」  美里「ハルちゃん、カッコいい!」    小嶺だけ悪夢を見ているような表情で、    茫然と契約書を見つめている。 ○近所のスーパー     カゴを手に、小嶺が買い物中。 小嶺「(独り言)まったく、なんでオレがこ  んな目に会わなきゃならないんだ、ちくし  ょう、この世には神も仏もないのか」    小嶺、肉売り場に来て、メモを見る。 小嶺「えーと、しゃぶしゃぶにする肉はどれ  だ。これか……違うなあ」    小嶺、首を傾げながら迷っている。 ○小嶺のマンション・キッチン(夜)    キッチンで夕食の準備をしている小嶺。    春彦が横で見ている。 春彦「まったく買い物もちゃんとできないの  かよ。しゃぶしゃぶにはモモ肉を使うんだ  よ。バラ肉なんか買って来て、どうするん  だよ」    小嶺、ふて腐れた表情で黙まり込む。     春彦、スーパーのチラシを見せ、 春彦「これからはスーパーのチラシをちゃん  とチェックして、ほら、こういうクーポン  券は切り取って使うんだよ」 小嶺「えー、カッコ悪いなあ」 春彦「カッコつけてる場合かよ、あんた無職  だろ。男の価値は、収入で決まるって言っ  たのは誰だよ」    渋い表情の小嶺。 ○近所の本屋    小嶺、料理の本を立ち読みしている。 小嶺「なるほどねえ……なーんだ、簡単じゃ  ないか料理なんて」 ○近所のスーパー    テキパキと買い物をする小嶺。    レジでは、ちゃんとクーポン券を使っ    て安く買う。 ○自宅近くの坂道(夕方)    小嶺の乗る自転車のカゴから、ネギや    ダイコンがニョッキリと伸びている。    後ろの荷台にも、トイレットペーパー    や洗剤の箱などが括りつけられている。    小嶺、必死にペダルを漕ぎ、坂道を登    って行く。    その横を、春彦が運転する外車が追い    越して行く。  春彦「(窓から顔を出し)頑張れ、親父!」 ○自宅マンション・キッチン(夜)    春彦と美里がテーブルに着いている。    エプロン姿の小嶺、煮物を盛った皿を    出し、 小嶺「さあ、食べてくれ、自信作だ」    春彦と美里、恐々口に運ぶ。 美里「おいしい!」 春彦「うん!」 小嶺「だろ、料理始めて一週間にしては、い  い味出してるだろ」 美里「おじさん、料理人になった方がよかっ  たのかもね」 小嶺「そうかそうか、まあ、これからもっと  腕を磨いて、うまい料理作ってやるよ」 春彦「ああ、来週からオレ達、仕事が忙しく  なるから、晩飯はいらない」 小嶺「えっ、いらんのか」 美里「ゲームソフトの開発が本格化するんで  す。泊まりになる日も多くなりそう」 小嶺「なーんだ、せっかくうまいメシを作っ  てやろうと思ったのに」 春彦「オレ達は仕事をしてるんだよ、親父と  違って」    小嶺、寂しげな表情。 ○同・マンション    エプロン姿の小嶺、鼻歌を歌いながら、    掃除機を上手に使う。 ○同・風呂場    小嶺、洗濯機に洗濯物を入れる。    美里のブラジャーがあり、思わず手に    取り眺める。 ○同・リビング    小嶺がソファに寝そべって本を読んで    いる。あくびをして壁の時計を見ると、    午後三時。伸びをして、立ち上がる。 ○同・春彦の部屋    小嶺、そっと覗くと、中に入る。    ゲーム機の前に腰を下ろすとスイッチ    を入れてみる。   ×      ×      ×    モニターにRPGの画面が現われる。 ○同・リビングの時計    壁の時計が午後十一時半になっている。    暗い中、ゲームの電子音が聞こえる。 ○同・春彦の部屋(夜)    すっかり暗くなった部屋で、小嶺が夢    中になってゲームをやっている。    暗くなった事にも気付かず、「よし!」    とか「ちくしょう!」とか、声を出し    ながら熱中している。    玄関が開く音と共に、春彦と美里の「た    だいま」と言う声が聞こえて来る。    小嶺、ハッとして、腕時計を見る。 小嶺「わっ、こんな時間か!」    ○ゲームの画面    今度は、格闘ゲーム。     白い空手着を着た若い男と黒い中国服    を着た老人が闘っている。    若い方が圧倒的に強く、老人の方は簡    単にやられてしまう。    「YOU LOSE!」の文字。 ○同・春彦の部屋(夜)    小嶺と春彦が格闘ゲームで対戦してい    る。美里はそばで見ている。    小嶺、ため息をつき、コントローラー    を投げ出す。    春彦、勝ち誇ったように、 春彦「ふん、オレに勝とうなんて、十年早い  ぜ」 小嶺「くそっ、連続三十七回負けか、どうし  たら勝てるんだ。もう一回やるぞ」 美里「相手によって戦い方が違うんです。 た  だ向かって行ってもダメ。ちゃんと研究し  ないと」 春彦「かかって来いよ、ジジイ。何度でもぶ  ちのめしてやる」 美里「おじさんがかわいそうよ、この『道場  破り』は、ハルちゃんが作ったゲームなん  だから」 小嶺「(驚いて)これお前が作ったのか!」 春彦「まあね、オレの自信作なんだ。今、会  社で作ってるのは恋愛シュミレーションだ  けど、オレ、本当はこうゆう格闘物とかR  PGが得意なんだ」    小嶺、関心したようにうなずき、 小嶺「ふーん、大したもんだな」 ○都内の大きな書店    小嶺、ゲームやコンピュータープログ    ラミングに関する本を山ほど買う。 ○自宅マンション・克彦の部屋    小嶺がパソコンに向かってゲーム業界    の勉強をしている。    インターネットのゲーム会社のページ    を読んでいる。 小嶺「へえー、ゲーム業界は年商四千億円産  業なのか。これはすごい」 ○同・玄関(夜)    春彦と美里が帰って来る。二人とも、    疲れていて、元気がない。    小嶺が奥から顔を出し、 小嶺「お帰り、遅かったな。メシまだだろ、  ビーフシチューを作ったんだ」 春彦「いらない」    春彦、疲れた足取りで、リビングに行    く。 ○同・リビング(夜)    春彦、ショルダーバッグをテーブルの    上に乱暴に置き、ソファに寝そべる。 小嶺「メシ食わないと体に悪いぞ」 春彦「いいよ、食いたくないんだ」 小嶺「お前の好きなビーフシチューだぞ、今   日のはすごくうまくできたんだ、ちょっと  くらい食べて……」    春彦、起き上がり、 春彦「いらないって言ってるだろ! うるせ  えんだよ、こっちは仕事の事で頭がいっぱ  いなんだ。仕事してない奴は黙ってろ」    春彦、不機嫌そうに自分の部屋に行く。    美里、小嶺をなぐさめるように、 美里「今、仕事の事でトラブルが続いてて大  変なんです。彼、責任ある立場だから、ス  トレスがたまってるみたい」    小嶺、神妙な顔でうなづく。 ○新宿の街    Gパンにセーター姿で歩いている小嶺。    西口のデパートで全国駅弁祭りをやっ    ているのを見つけ、中に入る。 ○デパートの催し物会場    店内は多くの人でごった返している。    小嶺、峠の釜飯弁当を三つ買う。 ○新宿の街    小嶺、駅弁の袋を手に、ブラブラと西    口の高層ビル街を歩いている。    突然、「おい、小嶺!」と声をかけら    れ、振り向く。 吉沢「やっぱり小嶺じゃないか、久し振り」 小嶺「ああ……吉沢か」 吉沢「何だよ、全然連絡くれないじゃないか。  オレが大蔵省銀行局の人間だからって遠慮  するなよ。大学時代の親友でも、特定の銀  行と癒着なんかしないから」    小嶺、元気なく微笑む。吉沢は嬉しそ    うだが、小嶺は会いたくない相手に出    会ってしまったという感じ。 吉沢「どうしたんだその格好、今日は休み  か?」 小嶺「うん……まあね」 吉沢「あっ、そうだ、今度みんな集まって飲  もうぜ。通産省の井上や外務省の望月も呼  んで、えーと今度の金曜なんか……」 小嶺「悪いけど……止めとく、酒、ダメなん  だ。医者に……止められてて。あっ、今度  オレの方から連絡するよ。じゃ、急ぐから」    不審げな吉沢を残し、小嶺、そそくさ    と立ち去る。その顔が暗く沈んでいる。 ○自宅のマンション・玄関内(夕方)    幸枝、メールボックスを開け、郵便物    を取り出している。    その横を、手に駅弁の袋を下げた小嶺    が横切る。目に生気がなく、肩を落と    して幽霊のように歩き、エレベーター    に乗り込もうとしている。    幸枝、急いで後を追い、エレベーター    に乗り込む。 幸枝「あなた!」 小嶺「えっ、ああ、幸枝か」 幸枝「びっくりしたわ、死人が歩いているみ  たいだった」 小嶺「(力なく笑い)そうか、今のオレは死  んだも同然だな」    幸枝、しばらく考えているが、 幸枝「ねえ、私の部屋でお酒でも飲まない」    小嶺、力なくうなづく。 ○幸枝の部屋・リビング(夜)    小嶺の部屋と同じ作りだが、女性らく    くおしゃれなインテリア。    幸枝がグラスにブランデーを注ぐ。 小嶺「晩飯まだだろ、峠の釜飯弁当を買って  来たんだ」    小嶺、袋から弁当を二つ取り出す。 幸枝「へえー、あなたがお弁当を買って来る  なんて信じられない」 小嶺「三人分買ってきたけど、どうせあの二    人は今日も午前様だろうから」 幸枝「春彦達も忙しそうね、開発チームのチ  ーフで仕事が沢山あるみたいで……」    幸枝、ハッと気づき、 幸枝「いや、そういう意味で言ったんじゃな  いけど」 小嶺「いいさ、君も春彦もやる事がたくさん  ある。大学時代の友達には、キャリア組の  官僚が多いんだ。みんな第一線で活躍して  る。オレだけ、取り残されちまった」    小嶺、一口酒を飲み、 小嶺「春彦なんか、この頃仕事がうまくいか  ないらしく、オレに八つ当たりするんだ。   何だか以前のオレの姿を見せられているみ  たいで、つらいよ」     二人、駅弁を食べ始める。 幸枝「変わったね、あなた」 小嶺「そうか?」 幸枝「うん、以前は、自分を中心に世界が回  っているみたいだったじゃない。自己中心  的で、わがままで、頑固で、独裁者で……」 小嶺「おいおい」    二人、微笑む。 小嶺「オレは貧乏な家に生まれたんだ。今ま  で上に行くことしか考えなかった。これと  いった趣味も持たず、遊びも知らず、ひた  すら仕事に打ち込んできた。生まれつき貧  乏性なんだな」 幸枝「私の事なんか何にも考えてくれなかっ  た。出版社の仕事を続けたかったのに、許  してくれなかったし」 小嶺「銀行員って、つくづく窮屈な職業だと  思うよ。人事部のアホどもは、くだらない  事ですぐ他人のアラ捜しをするんだ。信じ  られるかい、銀行員の妻が外で仕事してる  のは良くないんだとさ」  幸枝「私が離婚したいって言った時なんか、  ぶったでしょう」 小嶺「あれは……(頭を下げる)悪かった。  オレがこんなに家族のために頑張って仕事    に打ち込んでいるのに、別れたいなんて理  解できなかったんだ。もし、離婚なんてし  ようものなら、銀行員は出世できなくなる  からね」 幸枝「何でも銀行中心に考えるんだから」 小嶺「そうだったな。でもよくわかったよ。  いかに自分が無力だってことが。今まで自  分は選ばれた人間だと思ってたけど、それ  はオレの力なんかじゃない、みんな会社の  おかげなんだよ。今なんかオレ、健康保険  証だって持ってないんだぜ。失業したら病  気もできないんだ。サラリーマンは、会社  に守られていれば天国だけど、辞めたら本  当に無力だよ」    幸枝、ため息をつき、 幸枝「あ〜あ、あなたが落ちぶれたらバカに  してやろうと思ってたのに……」    小嶺、力なく微笑む。 幸枝「ケンカ相手のそんな姿は見たくない。  ねえ、これから先、人生は長いんだし何か  新しい道を見つけたら……」 小嶺「そんなもの……簡単には」 幸枝「何年かかるかわからないけど、きっと  見つかるわよ、いや、見つけるべきよ」 小嶺「新しい道か……」    小嶺、ため息をつく。 ○自宅マンション・キッチン(朝)    春彦と美里がテーブルに着いている。    小嶺、エプロン姿でトーストを焼いて    いる。    春彦、テーブルにゲームの資料を何枚    も広げている。 小嶺「ほら、資料じゃまだよ」    春彦、資料を片づける。    小嶺、テーブルにトースト、スクラン    ブルエッグ、コーヒーを並べる。    春彦、新聞を見て、 春彦「あっ、今日は京王閣競輪の開催日らし  いよ。親父ヒマなんだろ、行ってみたら」 小嶺「競輪?」 美里「そうよね、ずっと家に閉じこもってい  たら、体に良くないわ」 春彦「行って来いよ、親父」 小嶺「競輪なんて、やった事ないぞ」 春彦「別に勝たなくてもいいじゃん。楽しん  でくれば。ずっと家にいたら、早くボケそ   うで、心配なんだよ」 小嶺「ボケるか、アホ。まだ四十九だ」 美里「最近は四十代からボケるんですって、  忙しかった人が急にヒマになったりすると  危ないみたい」 小嶺「……(ちょっと心配)」 春彦「親父は今まで一生懸命に働いたんだか  ら、隠居して遊べばいいじゃん。これから  はオレが小嶺家の大黒柱として稼ぐから心  配すんなよ。親父が家に閉じこもっている  のは、どうもね」 小嶺「(淋しく微笑む)隠居か……」 ○競輪場・大会初日    傾斜のきついバンクを、色とりどりの    ユニホームに身を包んだ選手たちが駆    け抜けて行く。   ×      ×      ×    小嶺はスタンドの最前列で車券を握り    締め、興奮して見つめている。   ×      ×      ×    ジャンが鳴り響き、自転車の速度が一    気に加速する。歓声の中、選手達の鍛    え上げられた体が躍動しながらゴール    になだれ込む。    赤いユニホームの選手が、わずかな差    で勝つ。勝った選手がガッツポーズで、    ウンニングランをする。   ×      ×      ×    小嶺、ため息をつき、車券を捨てる。    スタンドに客はまばら。       通路を歩きながら、ムカついて空缶を    蹴る。缶は放物線を描き、座っていた    五十代の男二人連れの男Aの背中に当    たる。    小嶺、ハッとして、近寄り、 小嶺「すいません、大丈夫ですか」 男A「痛てえよ、バカ」    男A、ジロッっと小嶺を見て、 男A「あんた、競輪やるような人間には見え  ないなあ」 小嶺「いやあ、今日が初めてで、ちっとも勝  てないんで、ムカついて」 男B「(ニヤリとして)初めてで勝てるもん  かい、こちとら三十年もやってるが、自転  車振興会に寄付ばかりしてるよ」 男A「あんた、いくら負けた?」 小嶺「今日は……三十万、有り金全部」 男A「そうか、スッカラカンか、じゃあ安い  飲み屋を教えるよ。一緒に飲もうぜ」    男二人、立ち上がりと歩きだす、小嶺    も後に続く。 ○競輪場近くの飲み屋(夕方)    焼き鳥の煙がたなびく裏通り。    道まではみだして、飲み屋のテーブル    が並べてある。    安っぽいパイプイスに腰掛けた小嶺と    同じ席に先ほどの男二人がいる。    三人、ビールを飲みながら話している。 男A「オレは社長、(男Bを指差し)こいつ  は副社長の徳さん」 小嶺「社長と副社長……?」 徳さん「まあ、社員二人にバイト三人の便利  屋なんだけどね」 小嶺「ああ、便利屋って聞いた事があるなあ」 社長「あんたは何やってる?」 小嶺「以前は英知銀行に勤めてましたが、今  は……専業主夫です」 社長「ほう、天下の英知銀行ねえ、どうりで  こんな所に来るような人間には見えなかっ  たんだ。まあ、ここじゃ、学歴も地位も関  係ねえよ、名前だってどうでもいい。勝負  に勝った奴が偉いんだ」    煮物の皿が出て来る。 女主人「はいよ、カボチャの煮付け、イモの  煮っころがしにモツ煮込み」 徳さん「おう、銀行さんも食べなよ。今日は  オレが勝ったからおごりだ。店も女将も汚     ねえが、食いもんだけはいけるぜ」    女主人、徳さんの背中をどついて引っ    込む。 小嶺「じゃ、遠慮なく。ああ……うまい、何  とも懐かしい味だな。それじゃ、明日は私  が勝って、おごりますよ」    社長と徳さん、吹き出す。      ○競輪場・二日目    ジャンの鳴り響く中、スタンドの小嶺、    真剣な表情でレースを見つめる。     隣には社長と徳さん。   ×      ×      ×    選手達がぶつかり合いながらゴールに    殺到する。青のユニホームが一着。   ×      ×      ×    小嶺、落胆して座り込む。 ○飲み屋(夕方)    小嶺、社長と徳さんがテーブルの座っ    ている。 小嶺「すいませんねえ、またおごってもらっ  て」 社長「いいってことよ。レースなんて、初心  者が簡単に勝てるもんじゃないさ」 小嶺「ああ、何んでかなあ、しっかり選手の  データを分析したし、今日は自信があった  のに」 社長「だから、そんなんじゃ勝てねえって。  データで勝てたら苦労しないよ」  徳さん「そうそう、アンタは頭は良さそうだ  が、データなんて通用しない世界なんだ」    小嶺、考え込む。 ○競輪場・最終日    スタンドの小嶺、社長と徳さんが、場    内を走る選手に熱い視線を送る。 社長「さてと、最終日だから大穴を当てさせ  てくれよ」 徳さん「銀行さんは、いくらかけたんだ」 小嶺「ニー三、ニー四、二―五に三十万づつ」 社長「大きく出たなあ。大丈夫かい」 小嶺「ええ、今日はデータじゃなくて、カン  で行きます。私のカンは鋭いですからね」    ×      ×      ×    ジャンが鳴り、選手のスピードが一気    に上がる。    目まぐるしく順位が入れ替わる。   ×     ×     ×    スタンドの小嶺、腕組みをして真剣な       表情で成り行きを見つめる。 社長「(大声で)まくれ、まくれ!」 小嶺「(顎をなでながら)そうら来い、ベイ  ビー、そのまま行ってくれ。もっとだ」      ×     ×     ×    二号車、先頭に追いつき、四号車に並    ぶ。     ×     ×     × 小嶺「いいぞ、行け、そこだ、もう少しだベ  イビー頼むぞ」     ×     ×     ×    二号車、四号車に並ぶが接触して、ゴ    ール直前で転ぶ。     ×     ×     ×    スタンドの三人、肩を落とす。    特に、小嶺は茫然と口を開けたまま。 ○飲み屋(夕方)    小嶺、社長と徳さんが同じテーブルで    酒を飲んでいる。全員負けたのでつま    みはなし。三人とも、沈んでいる。    社長、元気づけるように、 社長「勝負の世界ってのは、きびしいよな」 徳さん「そうそう、ギャンブルで家潰した奴  はいっぱいいるが、家建てた奴なんか見た  事ねえ。今日は酒飲んで寝て、明日からま  た働こう、なあ、労働者諸君!」    小嶺、下を向いたまま。 小嶺「とうとうオレのカンも、当てにならな  くなったか」    その時、一人の老人(八十二歳)が通    りかかる。社長が見つけて、 社長「あっ、教授、どうでしたかレースは?」 教授「よう、君達か」    教授、テーブルに座り、 教授「まあ、こんなところだ」    教授、テーブルに札束を置く。    三人共、驚く。 社長「いつもすごいっすねえ、教授は」 教授「僕はこれで食ってるようなもんだから」 徳さん「あっ、紹介するよ。(教授を指差し)  この人は、以前大学教授だったんだ。今じ  ゃ競輪の神様だ。(小嶺を指差し)この人  は、以前英知銀行に勤めていたそうです」 教授「ほう、英知銀行か、それはエリートだ  な」 小嶺「いえいえ、今はただのプータロウです」 教授「うん、なかなか頭の切れそうな顔をし  てるな。家庭もかえりみず、ひたすら働い  て出世してきたが……この頃、急にうまく  行かなくなったって感じだ」 小嶺「えっ……図星です」 教授「顔を見ればわかるよ、青年」 小嶺「青年?……私はもう四十九ですよ」 教授「バカを言っちゃいかん。まだ四十九だ  ろ。僕が八十二で中年だから、君はまだ青  年だ」 小嶺「なるほど……。青年か、いい響きです  ね、これから先がありそうで」 教授「何だ、隠居した年寄りみたいな事を言  うなあ、君は」 小嶺「(顔がこわばる)隠居……」    教授、店の奥に向かって、 教授「いい酒とつまみを沢山持ってきてくれ」    社長、札束をのぞいて、 社長「教授、一体いくら稼いだんですか?」 教授「うーんと、三百は超えてるだろ」    教授、不器用に札を数え始める。    小嶺が横から手を出し、 小嶺「ああ、私にやらせてください」    小嶺、鮮やかな手つきで札束を扇状に    すると、一度に五枚ずつ数えはじめる。    他の三人が感心して見ている。    小嶺、あっという間に数え終わり、札    束を揃えて返すと、 小嶺「しめて三百四十八万六千円です」 教授「みごとな手つきだねえ、さすが元銀行  員」     小嶺、淋しく微笑み、 小嶺「ずーっと、他人の金を数えてましたか  ら……そんな人生でした」   ×      ×      ×    テーブルにビール瓶が何本も並び、空    になった皿が何枚も重なっている。   ×      ×      ×    社長と徳さんは真っ赤な顔をして、道    の隅に座り込み、居眠りをしている。    テーブルでは小嶺と教授が、まだ酒を    飲んでいる。 教授「君は、何で銀行員なんかになろうと思  ったんだ?」 小嶺「普通のサラリーマンより金が稼げると  思ったからです。とにかく金持ちになりた  かった」 教授「金持ちに……どうしてまた」 小嶺「東大に入れる人間は、親も立派な人が  多いじゃないですか。私の父は九州の田舎  で細々とミカン農家をやってまして、仕送  りも少なく、いつもアルバイトに追われて  いました。友だちはみんな金持ちの子供で、  車を持ってたり、海外旅行に行ったりして、  うらやましくて」    小嶺、コップ酒をぐっと飲み干す。  小嶺「こどもの頃は、よくミカンの収穫を手  伝わされました。重いカゴを背負って急な  山道を何度も往復するんです。毎日ヘトヘ  トになるほど働いても、わずかな金にしか  ならない。みじめで情けなくなりましたよ。   いつかオレは偉くなって、絶対金持ちにな  ってやるって思ってました」 教授「(うなづきながら聞いている)」 小嶺「私の父は頭が良かったんですよ、私よ  りずっと。でも、家が貧しくて当時の中学  に行けなかった。旧制中学を出ていれば、  もっといい仕事に就けたのに……。結局、  金ですよ。世の中、金がなければ上に行く  チャンスさえないじゃないですか」 教授「なるほど、貧乏は罪か」 小嶺「私が親になったら金をかせいで、子供  にはいい教育を受けさせようと思ってたん  ですけど……息子は私の気持なんか知りは  しない」    教授、微笑みうなづく、 教授「親子なんて、そんなもんだろ」 小嶺「(ため息をつき)かもしれませんね」 教授「君は今まで前しか見てこなかっただろ  う。ただがむしゃらに上に行こうとしてい  た。この機会に、別の角度から世の中を見  てみたらいい。案外、新しい発見があるか  もしれないよ。君の進むべき道がね」    小嶺、じっと聞いている。     ○競輪場近くの道路(夜)    千鳥足の四人が歩いている。小嶺、教    授に肩を貸して支えている。 小嶺「教授は、明日からどうするんですか」 教授「僕は来週からアメリカに行くんだ。飛  行機の免許を更新しに」 小嶺「えっ、飛行機の免許を持ってるんです  か!」 社長「教授は昔、ゼロ戦のパイロットだった  んだぜ」 教授「ゼロ戦じゃない、あれは海軍の飛行機  だ。僕は陸軍だったから隼戦闘機」    教授、夜空を見上げ、 教授「飛行機はいいぞ、一度自分一人で飛ん  だら病みつきになる。空の上には何の束縛  もないし、自分が鳥になった気分だ。人間  なんてちっぽけなものに思える」 小嶺「はあ、すごいですねえ、尊敬しますよ  そのバイタリティには」 教授「何しけた事を言ってる、人生まだまだ  これからだよ。僕は意地でも、あと三十年  は生きてやる」    教授、タクシーを停めて乗り込む。    見送る三人。 教授「じゃ、がんばれよ青年」 小嶺「教授もお元気で」 教授「君は、まだ終ってはいないよ」 小嶺「……はい」 徳さん「小隊長殿に敬礼!」    三人が整列して敬礼する中、タクシー    が去って行く。 社長「いやはや、元気なじいさんだなあ」 小嶺「あの人を見てると、何か元気が出ます  ねえ。あういう年寄りになりたいなあ」    三人、また歩き出す。 社長「なあ銀行さん、明日からどうするの?」 小嶺「予定なんて、ないですよ」 社長「じゃあ、うちで働かないか。バイトの  学生が二人、海外旅行に行くから困ってい  るんだ。あさってから一週間でいいから」 徳さん「そうだ、社長がいて、オレが副社長  だから、銀行さんは専務だな」 小嶺「(嬉しそうに)専務か……一度なりた  かったんだ。じゃあ、一週間だけお願いし  ます」 ○便利屋・外観    世田谷の古びた一軒家に、『便利屋     スエヨシ』の看板がある。 ○同・一階の内部    一階の十畳の和室が事務所になってい    る。小嶺、社長、徳さんがいる。    徳さんは電話を受けている。社長の奥    さんがお茶をいれている。 社長の声「夜逃げの手伝い、結婚式に親戚役  として出席、年寄りの話し相手。まあ、オ  レ達の商売は、都会の孤独な人間を助ける  仕事が多い」    電話とファックスの所には、スケジュ    ール表があり、仕事の予定が記入して    ある。    警察からの感謝状が誇らしく飾ってあ    り、『便利屋は善意の商売』と書かれ    た大きな額がある。    小嶺、ジーンズ姿のラフな格好で社長    の説明を聞いている。 小嶺「なるほど、善意の商売ですか」 社長「料金は、簡単な買い物なら五千円から。  何日もかかるようなのは数十万位までにな  る。バブルの頃はすごかったぜ、月に三百  万も儲かったんだ」 小嶺「月に三百万!」 社長「ああ、たとえば、おばあちゃんを海外  旅行に連れて行ってくれなんてのもあった  な。ヨーロッパを一周したんだ。飛行機は  ファーストクラス、一流ホテルに泊まって、  豪華な食事にブランド品の買い物。それで  料金は百万、いゃあ、あまりにすごくて自  分が便利屋だってのを忘れたぜ」 小嶺「はあ、また豪勢ですねえ」 社長「結局、家族にとっちゃ邪魔なんだ、ば  あさんが。大金持ちだけど、そのばあさん  あんまり楽しそうじゃなかったよ」 小嶺「(しんみりとうなづく)」 社長「まあ、最近は大した依頼はないけど、  この商売、そこそこ稼げるぜ」      徳さん、受話器を置き。 徳さん「銀行さん、あんたに仕事だ」 小嶺「はい、何ですか?」 徳さん「ある夫婦が、自分たちのエッチの場  面をビデオで撮影してくれって」 小嶺「はあ?……エッチのビデオ撮影」 徳さん「ああ、あんたに頼む、簡単だろ」 小嶺「なんで私なんですか、社長は?」 社長「オレはさあ、お得意さんのお年寄りの  依頼が入ってるんだ。一人暮らしのじいさ  んで、淋しいから一緒に晩飯を食って、一  晩泊まってくれって」 小嶺「それなら私にもできますよ」 社長「いや、顔なじみのオレじゃないと話相  手にならないからな」 小嶺「(ため息をつき)はあー」 ○依頼者の家・二階の和室(夜)    布団の上で下着姿で絡み合う男と女。    男は三十代半ばでヤクザ風、女は二十    代半ばで美しい。    小嶺はビデオを構えて撮影中。    だんだん男女が熱中してくる。    男、女の下着を脱がせる。     小嶺、唾を飲み込み、カメラを手に迫    る。     男、自分も服を脱ぎながら、 男A「ほら、あんたも裸になれや」 小嶺「えっ、何で私が?」 男A「オレらだけだと、気分が乗らんやろ。   参加せんでもええから、あんたも……」    女、小嶺の服を脱がせようとする。 小嶺「(あわてて)わかった、わかりました  よ、自分で脱ぐから」    小嶺、しかたなくパンツ一丁になる。    男女はいよいよ交わり始める。    小嶺、縞模様のトランクスと白の靴下    だけの情けない格好でビデオを撮り続    ける。   ×     ×     ×    ファンダーに写る荒々しいセックス場    面。女の顔が快感に歪み、嬌声を絶え    間なく上げ続ける。    男A、カメラの方を振り返り、 男A「こいつは、人に見られながらオレに抱  かれると燃えるんや」    女の白い足が、男の浅黒い腰に絡み付    き、締め上げる。    あえいでいた女の顔が歪み、達したよ    うだ。    女、満足したように安らかな顔になる。 ○同・窓の外の風景(夜明け)    東の空が明るくなっている。 ○同・二階の和室(早朝)    男女が布団で眠っている。    小嶺は下着姿で隅のソファで寝ている。    女、ハッと目を醒まし、男を揺らす。 女「ねえ、ちょっと、今、車の音がせえへん  かった?」    男はうるさそうに手で払う。 女「何か今、うちの車の音がしたようやった  けど」 男A「アホぬかせ、今頃アニキは名古屋に行  ってるはずや」    小嶺、起き上がり伸びをする。 小嶺「あ〜あ、寝ちゃったよ……五時半か」    女はしきりに外を気にしている。    その時、窓の外から車のドアが乱暴に    閉る音が聞こえて来る。男女の顔が凍    り付く。男、素早く起き上がり、窓か    らこっそり覗く。 男A「(小声で)アカン、アニキや、どない  しよう!」 女「早よう、逃げて!」    小嶺、状況がわからず、ソファの上に    座ったまま。      女、急いで階段を降り、玄関へ行き、    二人の靴を取って来る。 女「窓から逃げて、アンタら殺されるわ」 小嶺「アンタらって、私もですか?」    男A、急いでブリーフだけはき、靴を    持つとベランダを乗り越え下に降りる。    女は、男二人の服を押入れに投げ込む。 女「ほら、あんたも急いで」 小嶺「逃げてって、オレは関係ないだろ」 女「ほんなら、この状況をどう説明するつも  り」    小嶺、自分の姿を見て、ハッとする。    自分がトランクスと丸首シャツ姿なの    に気付く。 女「早よう、あの人はムショ帰りなんよ、急  いで!」    小嶺、それを聞いてあわてる。    玄関のドアが開く音がする。 男Bの野太い声「ただいま、おーい、康子、  康子!」    ドスンドスンと階段を上がってくる足    音が聞こえる。    小嶺、外を見ると、ブリーフ一枚の男    Aが門から走り出て行くのが見える。    小嶺、とっさに靴を手にして、ベラン    ダに出る。    同時に、スーツ姿の四十代の大男が部    屋に入ってくる。    悪役商会の役者のような、典型的な悪    人顔。   ×      ×      ×    小嶺、ベランダの壁にヤモリのように    張り付いて、身を縮めている。部屋の    中からは死角になっていて小嶺の姿は    見えない。もし、男がベランダに出た    ら、一巻の終り。 女の声「どうしたん、こんな朝早く?」 男Bの声「おい康子、ワシのチャカ出せ、早  よう!」 女の声「何やの、いきなり」 男Bの声「ええから、早よう出せ」   ×      ×      ×    女、押入れをゴソゴソやっている。 男B「どうもこうもない、雨宮んとこの若い  のが伊吹組の若頭を殺りおったんや。まっ  たくアホが、こっちはえらい迷惑や」    女、包みを男に渡す。    男B、ベランダ近くの明るい所に行き、    包みを開ける。    中にリボルバーが一丁と弾がある。    男B、ピストルに弾を込め、外に突き    出し、隣の家を狙うように構える。   ×      ×      ×    小嶺、すぐ脇にピストルが突き出され    て、顔が恐怖に引きつる。    男Bとの距離は一メートルもない。   ×      ×      ×    女、窓際に来て、 女「何してんの、近所の人に見られたらどう  するん!」    男、銃を懐にしまうと、 男「ワシはすぐ出掛ける。大阪の本部に行く  よってな、しばらくは帰れんやろ」 女「ホンマに? えらいことやなあ」 男「ああ、けどその前に……」     男、女の上にのしかかる。    布団の上で第二試合開始。   ×      ×      ×    小嶺、女のあえぎ声を聞き、恐る恐る    覗く。二人は布団の上で絡み合ってい    る。    小嶺、チャンスとばかりに音を立てな    いように歩き、雨どいを伝わり下に降    りる。 ○同・外(朝)    小嶺、下に降りると靴を履く。ホッと    した表情でコソコソ逃げ出す。    家の門を出てしばらく歩くと、さっき    の男Aが、路上駐車した車の窓から手    招きする。    小嶺、近寄る。 男A「悪い悪い、ちょっとミスった。もうち  ょっとで殺されるところやったな」 小嶺「何だよ、あんたら夫婦じゃないのか」 男A「ちょっと、事情があってな、まあ、乗  りや」    小嶺、男の車に乗り込む。    車、走り出す。 ○車の中(早朝)    ブリーフ一丁の男Aと、トランクスに    丸首シャツ姿の小嶺が疲れた顔で乗っ    ている。    運転していた男Aがポツリと、 男A「本当言うとな、あの女はオレの女だっ  たんや。お互いに愛しおうてて、将来は所  帯持とうと誓い合った」 小嶺「じゃあ、なんで」    男、自嘲ぎみに、 男A「世話になったアニキが女に惚れた。ム  ショに入ってたアニキは、オレらがそんな  仲やとは知らんかった。今じゃ、アニキの  東京の女や。オレは二人で撮ったビデオ見  て我慢するしかない。しかたないやろ、上  の者には逆らえん」 小嶺「バカな、惚れた女まで差し出すのか」 男A「あんたみたいな便利屋にはわからんや  ろなあ、オレらは組織で動いとるんや。下  の人間の意見なんて通るはずがない」  小嶺「(つぶやく)ヤクザも銀行員も似たよ  うなもんか」 男A「あんた銀行員かい?」 小嶺「前はね。辞めたよ、あんなクソみたい   な仕事」 男A「へえー、元銀行員ねえ。どおりでオレ  らとは違うタイプなんやな」 小嶺「いや、ヤクザも銀行員もやってること  はたいして変わらないよ。自分が悪い事を   してると自覚しているのがヤクザで、悪事  を働いても、それを悪い事だと認識してい  ないのが銀行員なんだ」 男A「へえー、そんなもんなんや」    小嶺、男の顔をじっと見て、 小嶺「あんたこのままでいいのか、惚れた女  だろ、取り戻せよ。アニキだからって黙っ   ているなんて男じゃない、奪い返すんだ」    男、笑いながら頭を振る。    車は朝焼けの街を走り続ける。 ○小嶺の自宅マンションの前(早朝)    男の車が停まり、小嶺が降りる。    小嶺は下着姿。 男A「あんたに言われて目が醒めたわ。今す  ぐは無理やが、いつか必ずあの女は取り戻  す、絶対や」 小嶺「(ニヤリとして)そうじゃなくちゃ」 男A「あんたの服は後で届けるから」 小嶺「ああ、まあ、お互い大変だが、がんば  ってくれ」    車が去って行く。    小嶺、車を見送り、玄関に向かう。 ○同・玄関の外(朝)    小嶺、中に入るためのカードキーを置    いてきた事に気付き、ハッとなる。    その時、ゴルフクラブを手にした伊藤    が帰ってくるのを見つける。    小嶺、その場で足踏みを始める。    ジョギングしているふりをしながら、 小嶺「あっ、伊藤先生、お早うございます」    伊藤、小嶺の姿を不審気に眺める。    縞模様のトランクスとグレーの丸首シ    ャツ、スニーカーをはいた姿は、ジョ    ギング姿に見えなくもない。 伊藤「君、その格好は――」 小嶺「あっ、先生、今度おたくの病院で人間  ドックを受けたいんですが、簡単なコース  はありますか」 伊藤「うん、人間ドックなら……色々あるよ。   日帰りコースから三日間のコースまで」 小嶺「そうですか、じゃあ、日帰りコースに  しようかな」    伊藤がカードキーで扉を開けると、ち    ゃっかり小嶺も一緒に入る。 ○同・八○三号室・ドアの外    下着姿の小嶺が、ドアをノックしてい    る。 小嶺「おーい、開けてくれ、起きろ春彦!」    その時、別の部屋から、出勤する若い    OLが出て来る。 小嶺「(バカに愛想よく)あっ、お早よう山  崎さん、いいバッグだねえそれ、彼氏に買  ってもらったの?」    若い女性、ぎこちなく微笑むと、頭を    下げ、怯えたように足早に立ち去る。    女がエレベーターに消えると、小峰、    泣きそうな顔でまたドアを叩く。 小嶺「おーい!」 ○便利屋    十畳間の事務所。小嶺が一人で依頼者    の男(六十代半ば)に応対している。    社長の奥さんがお茶を出す。 依頼者「二年前、妻を亡くしてねえ。今は一  人暮らしなんだよ。何とか息子夫婦と一緒  に住みたくて、自宅を二世帯住宅に建て替  えたんだけど、帰ってきやしない。力にな  って欲しいんだ」      小嶺、当惑した顔で、 小嶺「そういう事は、息子さんとじっくり話  し合ったらどうですか。私はまったく関係  ない便利屋なんですよ」 依頼者「いや、ぜひ、あんたに頼みたい。信  頼できそうだ。あんたみたいな人なら、あ  のわからず屋のバカ息子も説得できるだろ  う。私ひとりじゃ手に負えなくてね。息子   は長野に住んでるが、明日、東京に出て来  る」 小嶺「まあ、仕事ですからやりますけど、ど  うもねえ、こんな事、便利屋に頼むなんて」 依頼者「(頭を下げ)頼む、この通りだ。ま  ったく、あんな親不幸な息子はいないよ。   私はね、都内にビルをいくつも持ってるん  だ。なっ、金はいくらでも払うから」 小嶺「そうですか……わかりました、何とか   やってみましょう」 ○赤坂の高級料亭の個室(夜)    落ち着いた造りの和室に、小嶺と依頼    者。向かい合って、息子(三十六歳)    とその嫁(三十五歳)、子供二人(六    歳の男の子と四歳の女の子)がいる。    テーブルの上には、本格的なすき焼き    のセットが用意されて、女中が肉を焼    いている。    依頼者、笑顔で肉を孫達に取ってやり、 依頼者「さあ、ヤッ君もトモちゃんもすき焼  き食べようね。こんなおいしいものは、長  野のクソ田舎じゃ食べられないだろう」    女中が出て行く。    こどもたちがおいしそうに肉を食べる    のを、息子夫婦が苦々しく見ている。    気まずい雰囲気が部屋に満ちている。    小嶺も黙って戦況を見ている。 依頼者「せっかく二世代住宅に改築して待っ  てるのに、なぜ帰ってこない。孫達の部屋  だって作ったんだぞ。お前たち、私がどう  なってもいいのか」 息子「そんな事言ってないだろ。向こうでオ  レは必要とされてるんだ」 依頼者「お前だったら東京の一流病院で働け  るはずだ。高い金出して、医学部出してや  ったのに、何であんな田舎の診療所なんか  に行ったんだ」 息子「自分から希望して行ったんだよ。大学  病院の医局で出世競争するのに嫌気が差し  たんだ。人間関係に疲れたよ。他人を蹴落  としてまでも出世するなんてバカげてるよ。  オレは偉くなろうなんて思ってない、病気  で苦しんでる人を救いたいだけだ」 嫁「それに、娘は喘息なんです、空気のきれ  いな所に行ってからは、すごく健康になっ  て――」 依頼者「へっ、私に孫の顔も見せないで、よ  くそんな事が言えるなあ。田舎じゃロクな  教育も受けられんだろ、私は孫達を名門の  私立学校に通わせたいんだ。今から塾に通  わせないと都会の子には勝てないぞ」 息子「オレは、子供たちを塾なんかに通わせ  る気はないよ。自然の中だって、学ぶ事は  たくさんあるんだ。放っといてくれ」    依頼者、急に猫撫で声で、 依頼者「なあ雅之、私はもう六十五になった  んだ。近頃、体が弱ってきて、カゼをひい  ても何日も寝込む有り様だ。広い家に一人  ぼっちじゃ心細くってかなわん。帰ってき  て一緒に住んでくれんか」 息子「今はダメだって言ってるだろ。無医村  でオレしか医者はいないんだ。あと五年た  ったら交代の医者が来て、東京に帰って来  られるさ」 嫁「いっそお義父さんが、長野に来たらどう  ですか、自然が豊かでいい所ですよ」    依頼者、持っていた箸をテーブルに叩    き付け、 依頼者「私がこんなに頼んでいるのに、何で  そんなに冷たいんだ。親を見捨てるのかお  前たち!」    依頼者、小嶺の方を見て、 依頼者「さあ、あんたからも言ってやってく  れ」    みんな、小嶺を注目する。    しばらく沈黙が続いて、 小嶺「(依頼者を見て)はっきり言って、あ  んたの方が悪いよ」    依頼者、驚いて、 依頼者「何だって、何を言ってるんだ。私が  金を払って雇ってるんだぞ、お前は」 小嶺「そうだよ、だから正しい結論を教えて  やるよ、ボケじじい。あんたさあ、見苦し  いよ。そんな泣き落としで子供と同居しよ  うなんて。まだ六十五だろ、これから先は  長いじゃないか。オレは八十過ぎても元気  なじいさんを知ってる。あんたを見てると  情けなくてヘドが出る。あんたなんか、一  人淋しくくたばればいいさ」    依頼者、真っ赤な顔をして、殴り掛か    る。 依頼者「この裏切り者!」    料亭の部屋で取っ組み合いが始まる。    障子が破れ、皿が割れる音がする。    息子が止めようとするが、納まらない。    依頼者、その年齢とは思えないほど、     力が強く、小嶺にのしかかる。 小嶺「そんだけ元気なら、一人で生きて行け  るよ、このクソじじい!」    小嶺、負けずと殴り返す。    料亭の女中が悲鳴をあげ、店の男衆が    数人飛んで来る。 ○警察署・玄関(夜)    春彦と美里が小嶺を連れて出て来る。    小嶺の顔にはバンソウコウ。     ○自宅のマンション・リビング(夜)    小嶺、リビングの床に正座している。    バツが悪そうにうつむいている。    春彦と美里はソファに座って、じっと    睨んでいる。 春彦「まったく、今頃、不良になってどうす  んだよ。便利屋なんかやらなくても、オレ  が食わしてやるって言ってるだろ」    小嶺、神妙に聞いている。 美里「もういいじゃない。おじさんは隠居す  るにはまだ若いよ。ねえ、お金が欲しいん  じゃないくて、仕事がしたいんでしょう」 春彦「だからって、あんなインチキな商売し  なくてもいいだろ、バカじゃねえの、まっ  たく」 小嶺「……うらやましかったんだよ」 春彦「あん?」 小嶺「お前たちや、母さんが忙しく働いてて  オレだけ家でじっとしてろって言うのか。  何にもしないでいると、オレだけ世間から  取り残されたみたいで耐えられないんだ」    克彦と美里、小嶺の心の中の淋しさを    感じて、同情したよう。 美里「おじさん、まだ若いじゃん、やりたい  事をやらせてあげなさいよ」 春彦「じゃあ、仕事をするなとは言わない。  でも、あんな事はやめてくれよ。親父には  親父に合った仕事があるだろ」 小嶺「(神妙にうなづく)わかったよ、すま  ん」 ○同・春彦の部屋    エプロンを着けたまま、小嶺がゲーム    に熱中している。    春彦が開発したシュミレーションゲー     ム。    舞台は昭和三十年代。主人公は小学五        年生の少年。当時の風俗の中で少年の      成長を体験できるゲーム。 ○テレビ画面の中       荷物を積んだオート三輪が停まってい    る。       主人公の少年が、引っ越す少年Bにロ      ボットのプラモデルをプレゼントする。 主人公の少年「ケンちゃん、これ、やるよ」 少年B「えっ、いいの、これ、宝物だろ」 主人公の少年「いいんだ。持ってけよ」 少年B「ありがとう、大事にするから」 主人公の少年「あっちに行っても俺の事忘れ   るなよな」 少年B「うん、忘れないよ。じゃあな」    少年Bを乗せたオート三輪が走り出す。        主人公の少年、走って後を追う。 主人公の少年「元気でなー!」 少年B「さようならー!」    遠ざかっていくオート三輪。主人公の     少年の目から涙が流れる。 ○小嶺の家・リビング    画面を食い入るように見ている小嶺の     目からも涙が流れている。     ○同・キッチン(夜)    春彦と美里が夕食を終えたばかり。    二人とも、ゲームが完成して放心状態。    小嶺、お茶を注いでやる。 美里「やっと終ったねえ。α版が何とか間に  合ってホッとした。一時はダメかと思った」 春彦「ああ、終わったなあ、全部」    春彦は頬杖をついて、元気がない。 美里「どうしたの、仕事がみんな終って、気  が抜けちゃったみたい」 春彦「今日さあ、開発部長に呼ばれて、これ  からも会社に残ってくれないかって言われ  たんだ」 美里「へえ、いい話じゃない。OKしたの?」 春彦「いや、何だかさあ、会社に残ったら本  当に自分の作りたいゲームは作れないだろ。  残ったら、きっと『気まぐれなプリンセス  2』を作らされる。オレ、本当は格闘ゲー  ムとかRPGを作りたいんだ」 美里「ハルちゃんは、恋愛シュミレーション  ゲームは好きじゃないもんね」 春彦「あんなの暗い奴がやるゲームじゃん。  『気まぐれなプリンセス』はさあ、賞金の  一千万が欲しかっただけだし」 美里「そっかあ……」 春彦「次の目標がないと燃えないんだよ、オ  レは」    小嶺、テーブルに両手をつき、身を乗    り出す、 小嶺「春彦、美里ちゃん、オレ達でゲームの  会社を作らないか」    春彦と美里、ポカンとしている。 小嶺「俺達で会社を作ったら、自分達の作り  たいゲームを開発できるだろ。オレは会社  経営のプロだから社長をやる。春彦と美里  ちゃんでゲームの開発をやれば、きっとい  いゲームが作れるよ」    春彦、バカにしたように、 春彦「何バカな事言ってるんだよ、親父はゲ  ーム業界の事なんか何にも知らないだろ」 小嶺「オレだって勉強したんだよ。C言語の  プログラムが組めるようになったし、ゲー  ム業界の分析だってずっと続けて来たん   だ」 春彦「そんな付け焼き刃じゃ、意味ないだろ。   バカバカしい、なあ美里」 美里「私は面白いと思う。いいスタッフさえ  集まれば、いいゲームができるわ」 春彦「話しにならんね。ゲーム一本作るのに  いくらかかると思ってるんだ。最低でも二  億はかかるんだぜ。おまけに開発スタッフ  だって、三十人は必要なんだ。十年前なら  ともかく、今じゃゲームも複雑になってて、  個人レベルで作れるもんじゃないよ」 小嶺「金は銀行から借りればいい。スタッフ  だって集めればいい」 美里「そうだ、ゲーム学校にいる友達で優秀  な人を雇えばいいわ。みんなハルちゃんの  ゲームクリエイターとしての腕を認めてる  し、喜んで手伝ってくれるはずよ」 小嶺「オレは、このまま終りたくない。お前  達を見ていて、オレも一緒にゲームを作り  たくなった。ホントだ」     小嶺、ちょっとしんみりと、 小嶺「オレ、以前は為替ディーラーとして、  右の金を左に移しただけで儲けていた。   億単位の金を動かしていい気になっていた  けど、それって結局何も生み出さないんだ。   みんなの金を回して、最後にババを引いた  奴が負けみたいな下らない世界だ。オレは、  今まで物を作り出す喜びを知らなかった。   みんなが喜ぶようなゲームが作りたいんだ。   なあ、オレにも働かせてくれよ、頼む」    春彦、立ち上がりるとやさしく、  春彦「親父の気持はわからないでもないけど、  素人が会社作ってやって行けるような業界  じゃないんだ。ゲームソフトの会社はた   くさんあるけど、最近はどんどん潰れてる」    春彦、小嶺肩をポンと叩き、 春彦「仕事をしたいんなら、おやじに合った  仕事を見つけろよ。その歳で、何もこんな  競争の激しい業界に入らなくても」    春彦、ため息をつき、自分の部屋に        行く。美里、ちらっと小嶺を見る。    小嶺、落胆の色を隠せない。 ○同・春彦の部屋(夜)    春彦、パソコンに向かっている。    美里はベッドに寝転がり、雑誌を読ん    でいる。    春彦、机の上に見かけないディスクがある のに気付く。   春彦「ねえ、これ、美里のか?」 美里「(見て)うーんと、違うわ」 春彦「オレんじゃないぞ、これ」    ディスクをパソコンに差し込み、立ち    上げる。   ×     ×     ×    画面にゲーム画面が現われる。    Tatsuya Komine作と書いてある。 春彦の声「えっ、これ親父が作ったのか!」    簡単なカーレースゲーム。単純なプロ    グラムだが、立派にゲームになってい    る。   ×     ×     ×    美里が来て、画面を見る。 美里「へえ、初めて作ったにしては、すごい  ねえ。やっぱおじさん頭いいじゃん。こん  なの作れるようになるまで普通なら学校通  っても二年はかかるよ」    春彦、じっとゲームの画面を見つめる。 ○同・春彦の部屋     小嶺、春彦と格闘ゲームで対戦して     いる。     コントローラーを握った小嶺、真剣     な表情で操作している。    ×      ×      ×     小嶺が操作する黒い中国服の老人が、     春彦の空手着の若者をKOする。     「YOU WIN!」の文字。    ×      ×      ×     小嶺、ガッツポーズ。 小嶺「やった、とうとうお前に勝った!」 美里「すごーい、私でさえハルちゃんには一  度も勝てなかったのに」 小嶺「(ニヤリとして)どうだ、相手の弱点  を徹底的に研究した結果だ」    春彦、じっと画面を見つめている。 春彦「やろうか、親父」 小嶺「ん?」 春彦「ゲームの会社……作ろうか」 小嶺「(勢い込んで)本気か?」    春彦、うなづく。 美里「やったあ、またゲームが作れるのね」 春彦「親父のパワーには負けた。ゲームの会  社作ろうなんて、オレなんか考えもしなか  ったよ」 美里「うん、おじさんの方が、ハルちゃんよ  り行動力あるわ」 小嶺「よし、今までにないような面白いゲー  ムを作ろうぜ」 ○英知銀行・世田谷支店    小嶺と春彦がイスに座って待っている。    二人とも、スーツ姿。    銀行員が来て、 銀行員「小嶺さん、お久し振りです」 小嶺「よう、君か、ここの融資担当は」 銀行員「はい、じゃ、応接室の方へどうぞ」    小嶺と春彦、銀行員の後に続く。 ○同・応接室    ソファに座った小嶺と春彦。その向か    いに融資担当者と支店長がいる。  銀行員「なるほど、ゲームの会社ですか。   しかし、いくらなんでも二億のお金を担保  もなしにお貸しする訳にはいきません」 支店長「まあ、小嶺さんが社長なら、経営の  方は万全でしょうけどねえ……」 小嶺「息子が作ったソフトで『気まぐれなプ  リンセス』というのがありますが、発売前  からかなり注目を集めてます。今回は得意  なシュミレーションゲームを作るつもりで   す。昭和三十年代を舞台にしたゲームです。  うちの場合、ソフト制作が黒字になるライ   ンはわずか八万本です。息子の作品なら、   最低でも五十万本は行くはずです。必ず、  多大な利益を上げると確信しています」 支店長「確かに、その通りになるでしょうが、  今は簡単にお金を貸せなくなっているんで  すよ。小嶺さんが赤坂支店にいらした頃は、  ゲームは作れば売れる時代でしたよね。ゲ  ームの会社はこのところ乱立ぎみで、売れ  ているソフトはほんのわずかです。もっと  確実な経営の計画書でも見せていただかな  いと……」    小嶺、腕を組むと、 小嶺「そうですか、うーん、借りる側に立っ  てみると、融資を受けるのは本当に大変な  んだなあ」 銀行員「小嶺さんが教えてくれたじゃないで  すか。融資先の経営状況と商品価値を冷静  に分析して、シビアに判断しろって」    小嶺、ニヤリとしてうなづくと、 小嶺「なるほど、以前、オレが鍛えてやった  だけの事はある。うれしいよ」 銀行員「(ニヤリとして)ありがとうござい  ます」    小嶺、立ち上がると、 小嶺「それじゃあ、また、出直してきます」     ○自宅マンション・小嶺の部屋(夜)    小嶺がパソコンに向かって、資料を作    っている。    小嶺の周りには、ゲーム関係の本や資    料が散乱している。    ×      ×      ×    パソコンの画面には、棒グラフと折れ    線グラフが描かれている。    五年先までの予測データが描かれてい      る。   ×      ×      ×    電話が鳴る。     小嶺、受話器を取り、 小嶺「おう、春彦か、どうだった?」 ○ゲーム雑誌の編集部    春彦、携帯電話で話している。    すぐ近くに梅木(三十一歳)がいる。 春彦「うん、梅木さん、OKしてくれた。う  ん、絶対だよ」     春彦、しゃべりながら梅木と目配せし    て、微笑む。 ○英知銀行・渋谷支店・応接室    融資担当者と支店長の前で、小嶺が経    営計画の説明をしている。    春彦と梅木もいる。 小嶺「今後三年間に我社が制作するゲームソ  フトの内容と経営計画をご説明します」    小嶺、三枚のパネルを見せる。     それらには、ゲームの主人公らしき人    物などが描かれている。 小嶺「まずほぼ完成している格闘ゲーム『道   場破り』一番の自信作です。次にレースゲ   ームの『出動 覆面パトカー』です。覆面   パトカーの隊員として、暴走族を追いかけ   て捕まるゲームです。最後に、個人的には   イチ押しのシュミレーションゲーム『ぼく  の住む街ー昭和三十年代編』私がこどもの   頃の暮らしを再現したゲームです」     小嶺、今度はグラフを手に、 小嶺「この表を見ていただくとおわかりのよ  うに、たとえ、この三本のソフトが予定の  五十パーセントの販売本数しか出ない場合  でも、赤字になる事はありません。会社が  小さいですから、この最低収益ラインの八  万本を確保すれば、十分やっていけます」    春彦、梅木を紹介する。 春彦「あの、こちらの梅木さんは、ゲーム雑  誌の編集長でゲーム評論家でもあるんです。   今回、うちのアドバイザーとして、協力を  お願いしました」 梅木「いやあ、春彦君が会社を作ると聞いて、  居ても立ってもいられなくなりましてね。  彼はゲーム業界の宝なんです」    梅木、自分の雑誌を見せる。   ×      ×      ×    雑誌には、春彦の写真が載り、扱いも    大きく何ページにも渡っている。 梅木の声「この通り、うちの雑誌で彼の特集  を組んでるんです。今の若いゲーマーはみ  んな春彦君に憧れてますよ」   ×      ×      ×    銀行員達、感心したように、うなずき    合う。 梅木「彼の実力は私が保証します。もし、ゲ  ームが売れなかったら、逆立ちしてここか  ら英知銀行本店まで歩きますよ」    銀行員たち、顔を見合わせ、 支店長「いやあ、お見それしました。小嶺さ  んの息子さんがそんなにすごい方だとは、  まだお若いのに大したもんですねえ」 小嶺「それじゃ、融資の方は……」 銀行員「十分です。こんなに説得力のある事  業計画を示されたら、ケチのつけようがあ  りません。さすがは小嶺さん、参りました」     小嶺、春彦、梅木、顔を見合わせると    ホッとして微笑む。 ○ゲームの専門学校    春彦と美里が教室の片隅に机を置き、    生徒の面接をしている。    その前には、長い行列が続いている。 生徒A「小嶺、オレも入れてくれよ。一緒に   ゲームが開発したいんだ」 春彦「おう、佐々木か、頼むぜ」 生徒B「オレもやらしてくれよ。プログラム  はまかせてくれ」 生徒C「ハル、オレ、グラフィックは得意な  んだ」 生徒D「待てよ、こっちも頼む、サウンドは  オレだ」 春彦「わかった、えーと北山と溝口に岡村…  …」 生徒E「先輩、ポリゴンの魔術師こと柴崎を  忘れないで下さいよ」 美里「待って、ちゃんと順番を守って、一応  選考してから採用を決めるからあわてなく  ても大丈夫」 ○(株)コミネ・エンターテイメント・外観    雑居ビルの五階と六階に『(株)コミ    ネ・エンターテイメント』の看板が出    ている。 ○同・社内(深夜)    社員全員、寝る暇もなく仕事をしてい    る。何人かの社員は、床に寝袋を敷き、    仮眠を取っている。疲れた顔で、サン    ドイッチを食べながら、パソコンに向    かっている女性社員もいる。    春彦は社員のパソコンの画面をのぞい    て回り、指示を出している。    美里はキャラのデザインをパソコンで    描いている。それを小嶺が後ろで見て    いる。 小嶺「ちょっとジミだな、メインの敵キャラ  だから何か特徴が欲しいね。あと武器も」    美里、ペン型のドローツールを操作し    て、 美里「じゃあ、髪の毛をギザギザにしてみま  しょうか。こんな風に」   ×     ×     ×    パソコンの画面のキャラの髪型がオー    バックからギザギザ頭に変わる。    ×     ×     × 小嶺「おお、こっちの方が断然いいよ」 美里「武器は、ナイフからムチに変えた方が   ……」 小嶺「いいぞ、これなら迫力もバッチリだ」    その時、小嶺の携帯電話が鳴る。   ×     ×     ×    小嶺、廊下に行き、電話に出る。 小嶺「はい……ああ、しばらく」 ○なつみのマンション(深夜)    パジャマ姿でベッドに寝転んだなつみ    が電話中。まわりに引越し用の大きな    ダンボール箱がいくつかある。 なつみ「何だか忙しそうね、ゲームの会社を  始めたんだって?」    (以下、交互に) 小嶺「ああ、もう寝る暇もないくらい、でも、  すごく充実してるよ、何といっても自分の  会社だからな。どうした、なつみ、何か用  でもあったのか?」  なつみ「あの、小嶺さん……いえ、ちょっと  声が聞きたくなっただけよ、久し振りに」 ○自宅マンション・ドアの外(朝)    小嶺、八○三号室から出て来る。    幸枝が八○四号室から出て来る。 小嶺「おはよう」 幸枝「あら、早いのね」    二人、エレベーターに乗り込む。    幸枝、小嶺の顔をじっと見て、 幸枝「顔色が良くなったわね」 小嶺「そうかあ?」 幸枝「この間見たのは幽霊だったけど、今は  ちゃんと生きてるみたい」 小嶺「人間はやる事が何にもないと、ダメに  なるって言うのがよくわかったよ。もう、  隠居なんてまっぴらだ」 ○コミネ・エンターテイメント・社内(夜)    前のシーンとは季節が違っている。    春彦の周りに小嶺、美里、梅木、それ    に社員たちが集まり、じっと見ている。    春彦がパソコンに向かって、最後のプ    ログラムを組んでいる。    春彦、打ち込みを終わり、 春彦「終わった!」    全員の顔に安堵の表情が広がる。    小嶺もホッとした顔で、全員と握手を    交わす。 ○同・社内    小嶺、春彦、美里、それに幸枝がテレ    ビのゲーム番組の取材を受けている。    周りには、ゲームのキャラクターに扮    した社員が五〜六人いる。 レポーター「このソフトは、息子さんの考え  たゲームをお父さんが商品化しよう言った  そうですね」 小嶺「ええ、親子で力を合わせて作りました」 レポーター「開発の途中で資金が足りなくな  ったとか」 小嶺「はい、予定より三ヶ月も長引いて、  あの時はあわてました。銀行が追加融資を  してくれなかったので、思わず悪徳金融か  ら借りようかと思いつめました。でも、そ  んな時、妻が自分の貯金を全部出してくれ  ました。本当に感謝しています」    小嶺、幸枝と目を合わせ微笑む。 レポーター「そうですか、家族の力があって  できたゲームですね。それじゃあ、全国の  ゲームファンにメッセージを」  小嶺「このゲームは私の家族と社員のみんな  で一生懸命に作ったゲームです。最高のレ  ベルにできたという自信があります。『道  場破り』ぜひ、買って楽しんでください」     ○秋葉原・ゲーム販売店の店先    揃いのハッピを着て、ゲームのパンフ    レットを配る小嶺、春彦、それに美里。    ゲームキャラに扮した社員たちもいる。 ○ホテル・パーティ会場    会社のパーティが、中規模の会場で行    われている。    社員が三十人出席していて、盛り上が    っている。    小嶺、マイクを握り、 小嶺「えー、みなさん、いいニュースです。     きのう『道場破り2』が目標の売り上げ八  十万本を達成しました。みなさん全員の力  でいいゲームを作る事ができました。ご苦  労さん」    拍手が巻き起こる。春彦、美里それに    幸枝も感無量で喜んでいる。    小嶺、グラスを手に、 小嶺「かんぱーい!」    最初はみんなおとなしく飲んでいるが、    途中からビールかけが始まり、大騒ぎ    になる。    小嶺、頭からビールをかけられ、笑っ    ているが、その目には涙が光る。 ○熱海の駅・駅前    小嶺が駅から出てくる。     駅前の広場でタクシーを拾い、 小嶺「海王亭まで」 運転手「海王亭って……ああ、あれか、はい」    タクシー、走り出す。    車は熱海の通りを抜けて走る。    街にはあまり活気がなく、閉鎖したホ    テルや旅館が目につく。 ○海王亭・玄関前    街はずれでタクシーが停まる。 ○タクシー内    運転手、振り向いて、 運転手「お客さん、着きましたよ」    小嶺、怪訝な表情でその旅館を見て、 小嶺「えっ、これが海王亭?」    確かに『海王亭』の看板がある。 ○海王亭・玄関前    タクシーが去って行く。    小嶺、海王亭をじっと見る。    建物は古く、しかも安普請のモルタル    造り。敷地内には新しい建物を建設中。 ○同・玄関・内部    小嶺、ガラガラと戸を開け、中に入る。    何十足もの靴が、狭い玄関に脱ぎ捨て    てある。    中をのぞいてみるが、従業員らしき者    はいない。十畳ほどのロビーには、ユ    カタ姿の老人たちが七、八人、テレビ    を見たり、新聞を読んだりしている。 小嶺「(大きな声で)ごめんください」    返事がない。ロビーの老人のひとりが、    奥に向かって叫ぶ。 老人「おーい、お客さんだよ」    「はーい」と声がして、奥から濡れた    手を拭きながら出てきたのは、なつみ    である。 なつみ「(ハッとして)小嶺さん……」    なつみ、ジーンズにTシャツ姿で、髪    を後ろに束ねて化粧気も少ない。    エプロン姿で、銀行員時代の華やかさ    はないが、なぜかさわやかに見える。 小嶺「(微笑み)やあ」 ○熱海の海岸    海が陽の光を反射して輝いている。 なつみの声「ごめんなさい、ウソついちゃっ  て、私、一流旅館の娘なんかじゃないの」    海の見える景色のいい場所に、小嶺と    なつみがたたずんでいる。  なつみ「うちは修学旅行の学生相手の安旅館  よ。親が都内に三百坪の土地を持ってるっ  ていうのもウソ」 小嶺「何でまた……」 なつみ「小嶺さんはエリートだから、こんな  街の田舎娘じゃ釣り合わないと思って」 小嶺「バカな、オレだって福岡の田舎育ちだ。  実家は貧乏な農家だよ」    なつみ、やっと笑みを浮かべる。 小嶺「どうして黙って銀行を辞めたんだ?   君の同僚から聞いて驚いたよ」 なつみ「何だか都会の生活に疲れちゃって。  東京は三十過ぎたオールドミスが一人で生  きていくにはちょっとね……。父が入院し  たのを機会に決心したの、ここに帰って旅  館を継ごうって。もう小嶺さんのいない銀  行には未練はないし」 小嶺「そうか……」    小嶺、思い出し、 小嶺「そうだ、これ、渡そうと思って」    小嶺、ポケットから包みを取り出す。 小嶺「誕生日おめでとう」 なつみ「ああ、憶えててくれたんだ」    なつみ、包みを開ける。    以前、小嶺がなつみからもらった時計    と同じメーカーの女物が現われる。 なつみ「ああ、これ、同じ」 小嶺「(腕の時計を示し)うん、君がくれた  この時計。オレのとペアだ」 なつみ「私には似合わないわ、こんな高いの」 小嶺「そんな事はない、これを持ってて欲し  いんだ。オレたちが付き合った証だ。もし、  君がオレと出会った事を後悔してないなら  受け取ってくれ」    なつみ、涙ぐみうなづくと、時計を腕    につけてみる。 小嶺「オレはなつみを幸せにしてやれなかっ  た」    なつみ、唇を噛んで首を振り、 なつみ「後悔なんかしてない。小嶺さんと出  会ってよかった、本当に……」   なつみ、海を見つめながら、 なつみ「熱海に帰るのも自分で決めたの。や  っぱり私にはここが一番合ってるみたい。   旅館の女将が、私の新しい道よ」 小嶺「旅館経営も大変だろ、この不景気じゃ」 なつみ「でもねえ、うちは結構お客が来てる  の。仲居さんはおかないし、食事も朝食し  か出さない。できるだけ料金を安くしたか  ら、老人会とか学生の合宿にも人気がある  の。ターゲットは長期滞在の人。これ、み  んな私のアイデアなの。小嶺さんに教わっ  た経営のノウハウがとても役にたってる」 小嶺「なつみ……」    なつみ、泣きそうな顔だが、無理に笑    顔で明るく話す。 なつみ「地元の新聞にも取り上げられたのよ、  熱海で一番元気な旅館だって。予約が殺到  して、建て増し中なの。今じゃ、私、ちょ  っとした有名人よ。あちこちの旅館から指  導して欲しいって……」 小嶺「なつみ」    小嶺、たまらなくなって、なつみを抱    きしめる。人目もはばからず、強く、    いとおしそうに。 小嶺「なつみ……すまない」    なつみ、それを聞いて、声をあげて泣    きじゃくる。熱海の海をバックに、二    人のシルエットが美しい。 ○都内の会議場    『第六十七回 英知銀行 株主総会会     場』と書いた看板がある。    入口には、警備員が多数配置され、総    務担当の社員がにらみ、緊張感が漂っ    ている。    小嶺がやってくる。    総務の社員が注目する。小声でささや    き合い、警戒している。    小嶺、受け付に行く。 女子社員「議決権行使書をお見せ下さい」    小嶺、封筒から書類を出す。    受け付けの女子社員、確認して、 女子社員「はい、結構です。小嶺達也様、  番号札の座席におかけ下さい」     小嶺、番号札を受け取り、中に入る。 ○同・会議場内    壇上に頭取をはじめ取締役の面々がず    らりと勢揃いしてイスに座っている。    頭取、マイクを握り司会をしている。 頭取「それでは、新しい役員を紹介いたしま  す。このたび常務取締役に就任いたしまし  た小田島です」    小田島、立ち上がり、おじぎをする。 頭取「小田島常務は金融ビッグバンに備えて、  二十一世紀の新しい英知銀行の組織作りに  専心してまいりました。『プロジェクト2  1』の責任者として、これからの英知銀行  にはなくてはならない人材です」    会場内に拍手がおきる。 頭取「以上、新役員の紹介を終わります。で  は、これより質問を受け付けます」    小嶺、手を上げる。  頭取「はい、どうぞ」    小嶺が立ち上がると、取締役達の間に    ざわめきがおきる。 小嶺「コミネ・エンターテイメント社の社長  の小嶺達也と申します。新しく常務になら  れた小田島さんにお聞きしたい事がありま  す」    取締役席に座っていた小田島、マイク    を手に取り、立ち上がる。その顔は苦    虫をかみつぶした様。 小田島「何でしょうか」 小嶺「えー、小田島常務は平成五年から七年  まで、赤坂支店で支店長をしておられまし  たね」 小田島「(小嶺を鋭く睨み付け)はい、その  通りです」 小嶺「その当時、栂池不動産に融資した百五  十億がこげついていますが、どうゆう訳で  そうなったのかご説明をお願いします」 小田島「確かにそういった事がありました。  あの件は、当時、次長だった男が勝手にや  った事でして、その男は責任を取って辞職  しています」   小嶺「支店長であったあなたは関係ないとお  っしゃるんですか」 小田島「(落ち着きをなくし)関係ありませ  ん」 小嶺「(大声で)ふざけるなよ、この野郎!」    会場がざわつく。 小嶺「次長がやっただと、その辞めた次長と  いうのはオレだよ。オレはあんたを止めた  だろう、当時の栂池不動産の経営はメチャ  クチャだったんだ。それを勝手に支店長決  済で融資をどんどん拡大しやがって。最終   的には百五十億にもなったんだぞ。あんた  は栂池不動産からワイロを受け取っていた  だろう。それもかなりの額だ」    会場がざわつく。 頭取「いい加減にしたまえ、これ以上小田島  常務を侮辱すると、会場から出ていただき  ますよ」 小嶺「おい頭取、小田島は頭取派じゃないか、  自分のかわいい部下だったら、何をやって  もかばうつもりか」 頭取「おい、この男をつまみ出せ」    警備員が小嶺の腕を掴み、外に連れ出    そうとする。小嶺、出口付近まで連れ    て行かれる。 小嶺「(叫ぶ)証拠があるんだ!」    会場は騒然として、 出席者A「ちょっと待ってくれ、その証拠を  見せてくれ」 出席者B「そうだ、我々株主には、役員の不  正を正す権利があるんだぞ」    会場は「そうだ、そうだ」の声に包ま    れ、警備員は小嶺から手を放す。    小嶺、取締役席に近づき、書類を渡す。 小嶺「これは、当時の小田島支店長が栂池不  動産から受け取ったワイロの領収書です。   小田島がシュレッダーにかけるように指示  した書類を、こっそり保存しておきました」    小田島の顔が蒼白になる。    小嶺、会場を見回し、 小嶺「書類のコピーはたくさんあります。皆  さんにもお配りします。いかがでしょう、   会社に対して、平気で背任行為を働く人間  が重役に就任するなど、到底承認できる  事ではありません。私はここで、小田島常  務に対して、辞任を要求します」    会場のあちこちから、「異議なし」の    声が上がり、怒号が飛び交う。    小田島、力なくイスに座り込む。    頭取の顔も引きつっている。 ○同・役員控え室・外    ドアに『役員控え室・長谷川副頭取』    の張り紙。    扉が開き、小嶺と副頭取(五十八歳)    が出て来る。     副頭取、うれしそうに小嶺の肩に手を    置いて、 副頭取「よくやってくれた。あの時の頭取の  顔が見ものだったな、いやー愉快だ」 小嶺「お役に立てて光栄です、副頭取」 副頭取「君のような優秀な部下を失って淋し  いよ。ゲームの会社、がんばってくれ」  小嶺「はい、ありがとうございます。では、  失礼します」    副頭取は部屋に引っ込む。    小嶺、頭を下げ歩き出す。その顔は恨    みを晴らしてうれしそう。 ○同・トイレ    小嶺、男子用の便器に近づいていく。     その足が止まる。一番奥で用を足して    いるのは、小田島だ。    小嶺、しかたなく入口近くの便器の前    に立つ。 小田島「さぞや、気分いいだろうな」    小嶺、横目で小田島を見る。 小田島「オレは銀行を追い出されたよ」 小嶺「自業自得って奴だろ」    小田島、小便を終え、小嶺の背後に回    り、 小田島「お前は知らんだろうけど、栂池不動  産ってのは暴力団のダミー会社なんだ」    小嶺、振り返り、 小嶺「バカな、あの会社は四十年の伝統ある  ちゃんとした不動産会社だ」 小田島「確かに、昔はちゃんとした会社だっ  たが、バブルの崩壊で実質的な経営権はあ  る広域暴力団に奪われたんだ。表向きには  わからんがな」    小田島、手洗いの所まで行き、手を洗    う。  小田島「毎日脅されていたんだ。高校生の娘  を盗み撮りした写真を送り付けてきて、  『お前の娘は美人だなあ、うちの若いのが  ムラムラしてるぜ』なんて電話がしょっち  ゅうかかってくるんだぞ」    小嶺、用を終え、小田島の方を向く、 小嶺「じゃあ、何でオレに責任を押し付けよ  うとしたんだ」 小田島「誰かが責任を取らなきゃならん。会  社というのはそういうもんだ」 小嶺「ふざけるな、あんたが責任をとるべき  じゃないか」 小田島「見損なうなよ! オレはそのつもり  だったんだ。てめえのケツぐらい自分で拭  ける。上の連中に止められたんだ」 小嶺「ふん、頭取か」    小田島「違う、副頭取だ。金融ビッグバンに  備えて、オレはこれからこの銀行に必要な  人間だからな。いいか、副頭取は来年頭取  になる約束で、頭取とはもう話しがついて  いるんだよ」 小嶺「バカな……副頭取がそんな!」    小田島、出口の方に行き振り返ると、 小田島「何も知らんくせに。まあ、オレと違  って、お前はしょせん、副頭取の捨て駒の  ひとつに過ぎなかったと言う訳だ」    小田島、去って行く。    小嶺、ショックを受け、茫然とその場    につっ立ったまま。  ○タクシーの中    小嶺が乗っている。車は英知銀行本店    前を通る。渋滞でタクシーはノロノロ    運転。    窓からじっとその建物を見つめる。    その近代的で立派過ぎる建物が、逆に    虚飾にまみれた醜いものに映る。    タクシーが動き出し、リヤウインドウ    の本店が小さくなっていき、ついに見    えなくなる。 ○自宅マンション・リビング(夜)    小嶺、春彦、美里、それに幸枝がいる。    酒を飲み、盛り上がっている。 幸枝「家族がみんな揃うなんて、なんか久し  振りねえ」 春彦「母さんが隣に別居して、もう五年だよ  ね」 幸枝「あの時は離婚するつもりだったのに、  お父さんに説得されて、根負けしたわ」 小嶺「そうだ、幸枝も帰ってくればいい。  家族三人プラス美里ちゃんの四人でここに  住めばいいだろ」 幸枝「そうねえ、お父さんもいい人になった  ことだし、戻ろうかな」 小嶺「いろいろあったんだよ。失業して本当  に勉強になった。これからはみんなの意見  もちゃんと聞くから」   春彦、美里につつかれて、 春彦「あのさあ、オレ、美里と一緒に住みた  いんだ。隣の部屋、母さんとオレ達が入れ  替わるのはダメかなあ」    三人、小嶺の顔を見る。 幸枝「どうする、お父さん」    小嶺、厳しい顔で黙っている。    しばらく沈黙が続き、 小嶺「朝食は、ここで一緒に食べる事」 春彦・美里「はい」 小嶺「家計は別、金の管理はちゃんとする事」 春彦・美里「はい」    小嶺、グラスを取り、 小嶺「(ニッコリして)じゃ、家族の新しい  門出を祝って」    全員、グラスを持ち、 全員「かんぱーい!」               (完)