「そばかす」  古村美恵 1 木村家・薫の部屋(夜)   本棚から本が乱暴に取り出され、バサバ   サと床に投げられていく。   本棚に顔を突っ込んで、何かを探してい   るのは、木村薫(17)。   探しているものが見つからず、茫然とし   たままベッドの上に座る。   床に落ちている広辞苑の箱カバーを拾っ   て中を見る。中はカラッポ。   薫、みるみる不機嫌な顔になり、箱カバ   ーを壁に投げつける。 2 同・マンションの外観(朝)   7階建ての分譲マンション。   朝日が射している。 3 同・居間(朝)   ヌード雑誌の束。その一番上に『婦人画   報』を乗せ、紐でくくっている木村雅子   (42)。髪の毛を一つにキチッと束ね、   神経質そうに紐を結ぶ。   雅子、次に紙袋を取り出す。   束ねた雑誌の横に、市販のアダルトビデ   オが2本、家庭用のビデオテープが2本。   市販のアダルトビデオを手に取り見る。   裸の女性が笑っている。   雅子、息を深く吸い込み、その息を吐く   かのように勢いよくテープを紙袋に入れ   る。   家庭用のビデオテープには、『ヌードの   夜』『奇蹟の処女』とラベルが貼ってあ   る。それも紙袋に入れ、さらに指定のゴ   ミ袋に入れ、きっちりと袋の口を結ぶ。 4 同・薫の部屋(朝)   マンションの3階の窓から、雅子がゴミ   を出しに行く姿が見える。   薫、雅子の姿は見ずに、ベッドの中で目   を開けている。   近所の人に挨拶をしている雅子の声が聞   こえる。 5 同・食卓〜居間〜玄関(朝)   薫、制服姿で朝食を食べている。   雅子、テキパキとドレッシングをかけた   り、コーヒーを注いだり。 雅子「薫。ブロッコリーも食べなさいよ」   薫、フォークでブスッとブロッコリーを   刺すが、食べずにそのまま皿の上に置く。 雅子「もう。そんなことして」   と、そのブロッコリーを自分の口に放り   込む。   薫、それを横目で見て立ち上がる。   雅子、居間のソファーに駆け寄り薫のブ   レザーを取る。夫にするかのように薫に   ブレザーを着せる。 雅子「(優しい口調)ねえ、薫」 薫 「……」 雅子「昨夜の電話の佐伯さんて女の子、誰?  同じクラスの人?」 薫 「……関係ないだろ」   雅子、薫のブレザーの埃を取りながら 雅子「なんの用事だったの?」   薫、雅子の手を払いのけ、カバンを持っ   て出て行く。   雅子、薫の後を追いながら 雅子「(厳しい口調)女の子にかまってる暇  なんてないでしょ?大学でも落ちてごらん  なさい。すぐ親が離婚してるからとかナン  とか言われるんだからね」 薫 「……」 雅子「(優しい口調)薫はねお母さんの言う  ことだけ聞いてればいいの。わかった?」   薫、ムッとする。 薫 「……俺、出てくから」 雅子「えっ?出てくって?」 薫 「しばらく家には帰らないってこと!」 雅子「帰らないって……何よ!そのバッグ」   玄関に、ボストンバッグが置いてある。   薫、さっさと靴を履いて、カバンとバッ   グを持ち、ドアを開ける。 雅子「あなた、まだ子供なのよ。他に行く所  がどこにあるって言うのよ!」 薫 「良さんのトコだよ」 雅子「……良?」 薫 「言っとくけど、迎えに来たって帰んな  いからな!迎えになんか来んなよ!」   と、玄関のドアを閉める。 雅子の声「薫!どうして良のトコなんか!」   薫、不貞腐れた顔で歩き出す。 6 高校・廊下(朝)   薫、だるそうに歩いて来る。 友人A「薫。おっす」   友人A、元気よく薫の肩に腕を回す。 薫 「ああ……おはよ」 友人A「(辺りを見回しながら)どうだった?  あれ」 薫 「あれ?……(苦笑)何だよ。あれ」 友人A「なー。騙されちゃったろ?俺もまん  まとひっかかっちゃってさー。あのタイト  ルだもんな(声をひそめて)処女って出て  ればなぁ」 薫 「うん……騙されてたみたい」 友人A「(笑う)何だよ、他に誰か騙しちゃ  ったの?」 薫 「いや……まあ……」 友人A「そうだよな、自分だけじゃ悔しいも  んな。だから俺、おまえに貸したんだよ」 薫 「(怒りもせず)おまえって奴は」 友人A「だってさー、期待に膨らんだ股間を  どうしてくれるー!って感じじゃん?」 薫 「あのさ……あのビデオ……まだ借りて  ていいかな」 友人A「面白かったか?昔の映画だろ?」 薫 「うん。かなり昔」 友人A「へえ。いいよ、やるよ。俺、興味な  いもん」 薫 「(ホッとする)サンキュー」   と、薫と友人が歩いている背後から声。 三千代「木村君」   薫と友人、勢いよく振り返る。 友人A「あ、佐伯だ」   佐伯三千代(17)、はにかむような微笑   で近づいてくる。   茶髪にはしていない、清純な雰囲気。 三千代「昨夜はごめんね。変な事頼んで」 薫 「いや、別に」   薫、少しアタフタした様子でカバンの中   からノートを出し、三千代に渡す。 三千代「(ノートをめくって)ありがとう。  さすが、学年5番のノートって感じ」 薫 「それぐらい、普通だよ」   薫、照れ臭くて不機嫌な顔になる。   三千代、薫の顔を上目遣いで見る。   薫と目が会うと、恥じらいながら満面の   笑みを見せる。薫、あわてて目をそらす。 三千代「今度、お礼するね」   三千代、短いスカートを翻して去る。   薫と友人A、その後ろ姿を見送る。 友人A「でかいよな、佐伯の胸」 薫 「……」 友人A「あの顔とでっかい胸がアンバランス  でさ……なんかいいよなぁ」 薫 「(こみ上げる笑顔)……うん」 ○ タイトル 7 良の家・外観(夕方)   夕焼けに照らされる、古びた洋館。   庭の草、薫の腰まで伸びている。   薫、錆びた門を開けて入って行く。 8 同・玄関表〜中(夕方)   薫、玄関のチャイムを鳴らす。   何の応答もなし。   薫、ドアに耳をつける。首を傾げてドア   を開ける。鍵はかかっていない。   薫、顔だけ覗かせて 薫 「(恐々)こんにちはぁ」   広い玄関、そこから伸びている大きな階   段。物音一つしない。   薫、中へ入りドアを閉める。 薫 「こんにちはー。良さーん。薫だけど」   薫、居心地悪そうに待つ。   と、水を流す音。   トイレから木村良(38)、出てくる。   ラフな服装のいたる所に油絵の具がつい   ている。 良 「(無表情)よお」 薫 「(にこやか)すいません、急に来て。  連絡しようと思ったんだけど」 良 「上がれよ」   と、居間に入る良。   薫、挨拶をさえぎられたのでムッとする。   不貞腐れたように靴を脱ぎ、上がろうと   すると階段の上に人の気配。   ギクッと階段の上を見る。   2階の窓から夕日が差し込み、まぶしさ   に目を細める薫。   ゆっくりと裸足の足が階段から下りてく   る。膝、太腿と順に見えてくる、スリッ   プ姿の園田栞(20)。   栞、唖然とする薫をチラリと見て居間へ   入る。薫、動けない。 良の声「薫?上がれよ」 9 同・食卓(夜)   居間、食卓、台所と続きになっている。   薫、制服からラフな服装。   薫、良、栞、夕食を食べている。 薫 「姉ちゃんから電話あったよ。なんか、  プリプリ怒ってたけど?」 薫 「ん」   薫、栞が気になって仕方ない。栞のスリ   ップの胸の辺りをチラッと見るが、だん   だん栞とは反対の方向に体が向いていく。 良 「薫、高校受かった時、1回ここに来た  よな。去年の夏だっけ?」 薫 「ん」   上の空の返事でソースに手を伸ばす薫。   と同時に栞も手を伸ばす。   薫、あわてて手を引き、お茶をこぼす。   良からタオルを貰い、服についたお茶を   拭く薫、恥ずかしくてうつむく。   薫、ソッと栞を見ると、栞、食べながら   ジッと薫を見ている。   薫と目が合うと、大きな目がますます見   開かれる。   薫、栞の見つめ方に固まってしまい、薫   も栞から目が離せなくなる。   良、2人を交互に見て、 良 「紹介でもするか。俺の姉キの息子の薫」   薫、申し訳程度に頭を下げる。 栞 「(ジロジロ薫を見て)ふぅん」   薫、カチンとくる。 良 「この子、栞」 薫 「(負けずに)へえ」   探り合うように見つめ合う2人。   良、可笑しそうに眺める。 10 カメラのレンズの中   その中に収まってる薫と良の後ろ姿。 11 同・居間(夜)   栞、ソファに座って小型カメラを構える。   流し台に立っている薫と良の後ろ姿を狙   って。   栞、顔からカメラを下ろし、薫を窺う。 12 同・流し台(夜)   良、くわえ煙草で茶碗を洗う。   かなりのヘビースモーカーで片時も煙草   を離さない。   薫、良のそばをウロウロする。手伝うわ   けでもない。 薫 「良さん。俺、知らなかったんだよ」 良 「ん?」   薫、チラッと栞の方を見る。   栞、カメラを構えて天井やら窓の外など   を見ている。 良 「栞か?気にしなくていいよ。拾ったん  だ。可愛いだろ?」 薫 「拾ったー?」   薫、自分の声の大きさに驚き、あわてて   口を抑える。栞、気づかず。 薫 「拾ったって?いつ?」 良 「去年の秋頃……ちょうど1年前かな」 薫 「拾ったって……どこで?」 良 「歩道橋」   良、驚く薫の目の前に、ヌッと絵柄の入   ったお皿を2枚見せる。 薫 「?」 良 「どっちがいい?魚の皿かウサギの皿。  明日の朝飯」 薫 「どっちでもいいよ。歩道橋って?」 良 「(真剣)どっちがいいか位の好みはあ  るだろ!」 薫 「(気圧されて)……じゃあ、魚」 良 「(ニコッ)」 薫 「……」   良、鼻唄まじり。   薫、怪訝な顔で良から離れる。 13 同・客間(夜)   薫、ブツブツ言いながら布団を敷いてい   る。 薫 「そりゃ突然来たのは俺だけど、布団ぐ  らい敷いてくれるよな。普通」   薫、シーツの片方を引っ張るともう片方   にシワがより、そちらへ行って引っ張る   とまた反対側がよじれて、なかなかピシ   ッと敷けない。 薫 「クソッ!あーっ、イラつく!」   と、よれたままのシーツに寝ころぶ薫。   間を置いて急に起き上がる薫、壁に耳を   つける。しばらくそのままの姿勢でいる   が、ため息をついてまた布団に寝ころぶ。 薫 「俺がいるのに、するわけないよな」 14 同・居間(午前)   薫、入って来る。   良、お金をポケットに入れている。 良 「起きた?俺、これから出かけるから」 薫 「ふーん……今、何時?」 良 「9時半」 薫 「日曜なのに大変だね……あの人は?」 良 「栞?いるよ。あいつは寝たり起きたり  だから、放っておいていいよ」 薫 「……寝たり?起きたり?」 良 「じゃあな」 薫 「どこ行くの?」 良 「個展の打ち合わせ」 薫 「いつ帰るの?あっ、ねえご飯は?」   良、煙草に火をつけ薫をジッと見る。 薫 「あっ!じゃあ俺、今日あの人と2人で  いるの?(うろたえて)ねえ、良さん、何  時に帰ってくる?」 良 「(煙草の煙をフーッと吐く)」   返事をしない良に、イラつく薫。 薫 「ねえってば!」 良 「(ニコッ)薫ちゃん、いい子で留守番  しててね。お土産買ってくるからね」 薫 「!……バカにしてるな!」   薫、恥ずかしそうに怒る。   良、クックッと笑って出て行く。 薫 「絶対バカにした!クソー!」   と叫びながら、閉まったドアにクッショ   ンを投げる。 15 同・食卓   魚のお皿、ピーマンを残して食べ終わっ   た様子。   その横のウサギのお皿にはオムレツ、ハ   ム、野菜など。サランラップがかかって   いる。 16 同・アトリエ   薫、パンをかじりながら立て掛けてある   キャンバスを見ている。   描きかけの女性のヌードの絵が2枚。   同じモデルで角度が違う絵。 薫 「(独り言)ヌードか……モデル、いる  のかな……いたらスゲエな」 栞 「ねえ」   いつの間にか、後ろに栞が立っている。   薫、ビックリして、振り向く。と、同時   にパンを落とす。あわてて拾いながら、 薫 「なっ、何……ですか」   栞、用心深そうに薫を見る。 薫 「な……何だよ」 栞 「パン……」   薫、手に持ったパンを見る。 薫 「パン?……あ、これ最後の1枚…」 栞 「(ジッと見る)」 薫 「(気まずい)えっと……どうしましょ  う」 栞 「……(小声)買ってきて」 薫 「えっ?」 栞 「……」 薫 「買って来いって……言った?」 栞 「(微かにうなずく)」   薫、途端に不機嫌な顔。   栞、黙ったまま薫を見る。   薫、勢いよくアトリエを出る。   栞、椅子に座って耳を澄ます感じ。   バタンと居間のドアの大きな音。 17 同・玄関   誰もいない。ドアが閉まりかけている。   そして、静かに閉まる。 18 同・アトリエ   栞、フフッと笑顔。 19 スーパーマーケット   薫、パン売り場の前に立っている。   6枚切りと8枚切りの食パンを比べて見   ている。 薫 「(ブツブツ)厚さが違うのか……さっ  き食べたの、どっちだっけ?決まってんの  かな。間違うとアイツ、怒るのかな」   薫、ウーンと唸って首を捻る。 20 良の家・流し台   薫、お皿を洗っている。 薫 「何で俺が洗わなきゃなんないんだよ。  女がやれよな!」   と、乱暴に洗っていると、ガチャン!と   コップを割ってしまう。 薫 「ヤバッ!……いいや、洗ってやってん  だ。コップの一つぐらい」   と開き直って、割れたコップをよける。 21 同・居間   栞、日当たりの良いソファで寝ている。 薫 「いい気なモンだよ、まったく」   と文句を言いながらも、栞の薄着の体に   見入ってしまう。   薫、ハッと我に返り、出て行く。   寝ていたはずの栞、目を開ける。 22 同・客間   薫、乱れた布団の上に寝ころぶ。 薫 「ヤバイよなー。何であんな格好してん  だ?ヤバイだろー」   薫、布団を抱えて悶える。 薫 「何やってんだろ。学生かな?」   薫、ポカンとした顔で天井を見る。 薫 「……暇だな」 23 同・居間   日差しが移動している。   栞、元いたソファから向かいのソファに   移動して、陽光を浴びて寝ている。 24 同・客間(夕方)   薫の顔に夕日が射す。眩しそうに顔を上   げる。部屋の隅の座卓に座っている。   ノビをして、参考書や教科書を閉じる。 25 同・居間〜食卓(夕方)   薫、入っていくとソファで寝ていた栞が   いない。   振り向くと、夕日が射している食卓にう   つ伏せて寝ている。 薫 「(呆れる)猫じゃあるまいし」   薫、栞の寝顔を見る。 薫 「良さん、拾ったって言ってたな」 26 同・台所(夜)   薫、冷蔵庫を覗いている。 薫 「夕飯、作って行けよな。もう」 栞 「ねえ」 薫 「(驚く)わっ!」   薫の背後から一緒に覗いている栞。 薫 「そうやってひっそりと背後に立つの、  やめてくれないかな!」   栞、微かに笑顔。 薫 「……何だよ。食べ物ならないよ」 栞 「カレーならできる」   栞、のんびりした喋り方。 薫 「(喜ぶ)えっ、ホント?」 栞 「……作って」 薫 「(絶句)」     ×    ×    ×   薫、慣れない手つきで玉葱を刻んでいる。   目をしばたく。   栞、その様子を見て去る。 薫 「クソー。何で俺がやらなきゃなんない  んだよ。あー、目にしみる!」   栞、戻って来て薫に水中メガネを出す。 薫 「(不機嫌)何だよ、これ」 栞 「(差し出す)」   薫、水中メガネを受け取ってかける。   そして、玉葱を刻み始める。 栞 「(薫を見る)」 薫 「(刻む)」 栞 「(見る)」   薫、可笑しくて笑い出す。 薫 「これ、いいよ。へえー」   栞、微笑む。 27 同・食卓(夜)   薫、左の人指し指に絆創膏。   ガツガツとカレーを頬張る。   栞、憂鬱な顔で、大きく固そうなジャガ   イモをよけている。 薫 「好き嫌いすんなよな!」 栞 「……固い」 薫 「俺、初めて料理したんだぞ。文句言う  なよ」 栞 「……」 薫 「じゃあ自分が作ればよかっただろ。人  に作らせといて何だよ、その態度!」 栞 「留守の時でも良が作ってってくれる。  でも今日はアンタがいるから」 薫 「……アンタっていうな。何だよ、俺が  怪我までして作ってやったのに。(口の中  で)絆創膏だって貼ってくれなかったし」 栞 「……薫がいるから、良は何も作ってい  かなかった。そしたらあたしは、薫が作る  んだと思うじゃない」 薫 「……知るかよ。それより薫って呼び捨  てにすんなよな」   栞、ジッと薫を見る。 薫 「……何だよ」   栞、フフッと笑って出て行く。   薫、カチンとくる。 薫 「今、バカにしただろ!何だよ、その態  度!あーっ、ムカつく!残しやがって!」   と、栞の皿の分もガツガツと食べ出す。 28 同・アトリエ(夜)   薫、覗く。   栞、大きなキャンバスの前に座っている。 薫 「……何やってんの?」   薫、キャンバスを見る。 薫 「なんだ、真っ白じゃん」 栞 「うん」 薫 「何すんの、これ。良さんの個展と関係  あるの?」 栞 「ううん。学校の卒業制作」 薫 「学校?」 栞 「美術の専門学校」 薫 「へー。それでここにいるんだ」 栞 「それでって?」 薫 「だって、良さんの絵が好きとかがきっ  かけで……その、恋人なんでしょ?」 栞 「最初、良が画家って知らなかった」 薫 「じゃ、何で……拾われたの?」   栞、ジッと薫を見る。   薫、悪い事を言ったのかと不安な顔。 薫 「あ、いや。別に悪い意味じゃなくて」 栞 「薬」 薫 「薬?」 栞 「あたし、抗生物質に弱い体質で。それ  知らなくて飲んじゃった。そうしたら」 薫 「そしたら?」   栞、ニコッと笑って立ち上がり、フワフ   ワと踊り出す。 栞 「もう、こーんな感じ。自分の部屋にも  帰れなかったし、もうどうでもいいやーっ  て道で寝てたら」 薫 「良さんが拾ったの?」 栞 「(首を傾げて)目が覚めたら、ここに  いた」   薫、呆れて 薫 「俺、勉強しよっと。そいで常識的なま  っとうな大人になろうっと」   と出て行く。 栞 「まともにご飯も作れないくせに」   薫、すぐ引き返して 薫 「それはアンタもだろ!」 栞 「あたしは作れる。何にも出来そうもな  い薫ちゃんにやらせてあげたの」   薫、プイッと出ていく。 29 同・トイレ(夜)   薫、トイレから出てくると、玄関から栞   が出て行く後ろ姿を見かける。 30 同・玄関〜門(夜)   薫、キョロキョロしながら出てくる。 薫 「あっ!あんな所……」   薫、門に向かって歩く。   栞、スリップの上にカーディガンを羽織   って門柱の上に座っている。 薫 「オイ。何やってんだよ」 栞 「……」 薫 「オイってば」 栞 「……オイって呼ぶな」 薫 「……(照れて不機嫌な顔)栞、さん。  そんなトコで何やってんの」 栞 「良、待ってる」 薫 「中で待ってたって同じだろ」   帰宅途中のサラリーマンがジロジロ見な   がら通り過ぎる。 薫 「(あせる)ほら。変人に思われるから  中入れよ。もう寒くなってきてんだし。風  邪ひくぞ」 栞 「……」 薫 「オイッ……じゃなくて、栞!」   薫、答えない栞にイラついてくる。   ムッと不機嫌になって玄関へ向かう。 薫 「知らないからな!風邪ひいたって!」   薫、バタンと玄関を閉める。 31 同・居間(夜)   薫、栞が気になって窓の外を見ている。   すると、良の姿が見える。 薫 「やっと帰ってきたよ」   栞、すごく嬉しそうな笑顔で良の差し出   す腕に飛び込む。   薫、栞の笑顔に驚く。 薫 「アイツ……あんな顔、するわけ?」   栞、良を見上げて微笑んでいる。   薫、不機嫌な顔でシャッとカーテンを閉   め、荒々しく居間を出る。 32 同・アトリエ(午前)   痩身なヌードモデル(28)が立っている。   良と栞、真剣な顔でキャンバスに向かう。   静まり返った中に、バタバタと足音。 薫 「なんで起こしてくれなかったんだよ!  完全に遅刻だよ!」   薫、制服を着ながら怒って入ってくる。   が、ヌードモデルが目に入ると、一瞬ポ   カンと立ち尽くす。   ハッと我に返り、思いきりうろたえた後 薫 「(大声)すいませんでしたー!」   と、走って出て行く。 33 同・居間(午前)   薫、すごい勢いで飛び込んで来て、肩で   息をする。   アトリエから笑い声が聞こえる。   薫、不機嫌な情けないような顔になる。   まだ笑い声。 薫 「仕方ないだろ……笑うな。クソッ!」 34 JR駅・ホーム(午前)   薫、ぼんやりと立っている。   頭上の時計は、10時20分を指している。   電車がホームへ入って来る。   人々が乗り降りし、電車が走り去る。   薫、まだホームに立っている。   電車、2台をやり過ごし、3台目に仕方   なさそうに乗る。 35 高校・教室   授業風景。数学の時間だが、薫、ノート   もとらず思案顔。   終了のチャイムが鳴り、先生が教室から   出る。にわかにザワつく教室。 薫 「決めた」   と、急にテキパキと教科書をカバンにし   まい、嬉しそうな顔。   薫が急いで教室を出ようとすると、友人   Aが来る。 友人A「薫。今日、弁当か?(カバンに気づ  き)あれ?帰んの?」 薫 「先生に早退するって言っといて」   薫、はやる心を抑えられないように走る。 友人A「(大声)ナンか、あんのー?」   薫、振り向いて後ろ向きになりながら 薫 「やっぱ、チャンスは見過ごせないだろ  ー」   友人A、薫の後ろ姿を見送る。 友人A「来て1時間しか経ってないぞ」 36 高校・階段   薫、階段を駆け下りる。 三千代「木村くーん」   と、階段の踊り場から声。   薫、迷惑そうに階段の上を見る。   が、三千代だと知るとサッと取り繕う。   三千代、笑顔で階段を下りてくる。 三千代「ノート、まだ借りてていい?」 薫 「うん。いいよ」 三千代「よかったー。でね、これ」   と、恥ずかしそうに紙袋を差し出す。 薫 「えっ?」 三千代「(ニッコリ)ノートのお礼に」   薫、ためらいながら受け取る。 三千代「Yシャツなんだけど……」 薫 「(開けて)これ、ブランド物でしょ?  いいの?」   三千代、嬉しそうにうなずく。 薫 「ありがとう」   照れ合う2人、ぎこちなく向き合う。   三千代、かわいい笑顔を向け、 三千代「じゃ、またね」   と、階段をのぼって行く。   薫、三千代の短いスカートを下から見る。   三千代が見えなくなると、さっきよりも   はしゃいで走って行く。 37 良の家・外観   薫、走ってくる。   門を勢いよく開けて入って行く。 38 同・居間 薫 「ただいまー」   薫、わざと大きな声を出し、そわそわと   ブレザーを脱ぐ。 薫 「良さーん。アトリエにいるのー?」   薫、嬉しそうに出て行く。 39 同・アトリエ 薫 「ただいまー」   薫、さりげないフリをするが、どこかギ   クシャクして中を覗く。が、誰もいない。 薫 「あれ?」 40 同・階段〜2階、廊下   薫、階段を上る。 薫 「帰っちゃったのか……チェッ、学校な  んか行くんじゃなかったな」   薫、良の部屋の前。ノックをし、返事を   待たずにドアを開け1歩入る。 薫 「良さ……」   薫、アッと低く叫び、三千代からもらっ   た紙袋を落とす。 41 同・良の部屋〜客間   良と栞、裸でベッドの中。   栞の裸の胸にもたれて眠る良。   栞、良を愛しそうに見ている。 薫 「(驚きで声も出ない)」   薫を見る栞、妖艶で挑発的な笑顔。 薫 「(声、うわずる)ご、ごめん!」   と、慌ててドアを思いきり閉める。   その場から立ち去ろうとすると、クスク   スと栞の笑い声。   薫、一瞬立ち止まり、荒々しく客間へ入   る。 42 同・客間(夜) 良の声「薫?入るぞ」   良、入ってくる。   薫、布団を頭からすっぽりと被っている。   良、その横に座り覗き込む。 良 「寝てるのか?」   良、布団をめくろうとすると、薫、めく   らせないように力を入れる。 良 「なんだ、起きてんのか。飯だぞ」 薫 「……」 良 「……どうした」 薫 「……いよ」 良 「俺は姉ちゃんみたいに、薫の機嫌、取  ってる暇ないからな」   薫、布団をはねのけ起き上がる。 薫 「食わないよ!食うもんか!」 良 「あっそ」   と、薫の肩に腕を回す。   薫、その腕を振りほどくが、また肩を組   まれる。もう一度振りほどこうとするが、   良の力が強くて振りほどけない。 良 「そんな態度だと、すぐバレるぞ」 薫 「何がだよ!」 良 「童貞がだよ」 薫 「ウソだ!ナンだよ!良さんなんて、ロ  リコンじゃん。栞と幾つ違うんだよ!」 良 「バカ言え。俺は年上も大好きだよ」 薫 「スケベ!俺がいる時くらい、遠慮しろ  よ!」 良 「ここは俺んチだぞ。お前もね、拗ねて  る暇があったらチャンス探せよ。ないの?  チャンス。全然?」 薫 「チャンスなんて……」   薫、アッとなり、考える。   良、微かに笑いながら立ち上がり 良 「飯、食えよ。栞、まだ寝てるから」   と、部屋を出て行く。 薫 「チャンスか……」   と、呟いて部屋を出て行く。 43 同・洗面所兼風呂場(夜)   薫、パジャマ姿で入ってきて歯を磨く。   風呂場ではシャワーの音。   良の服が置いてある。   引き戸のガラスにうっすらと人影。 薫 「チャンス……なのかな」   薫、呟いて口をすすぐ。 薫 「良さん」   シャワーの音のみで、返答なし。   薫、首をかしげドアを三分の一開ける。   湯気が出てくる。 薫 「良さん、あのさ」 良の声「あ?」 薫 「俺の隣のクラスにさ、佐伯三千代って  いるんだよ」 良の声「ああ」 薫 「その佐伯三千代にさ、プレゼントもら  っちゃってさ」 良の声「美人?」 薫 「美人ていうより、可愛いって感じなん  だけど(笑顔、こみあげる)すげえ、ボイ  ンなんだよ」   風呂のドアから、体をのけぞらせた姿勢   で顔を出す栞。   シャワーを浴びたまま黙って聞いている。   背中からお尻にかけてのラインが見える。 良の声「そんなにボインか」 薫 「そう。すっごいボイン」   薫、鏡に向かって手でボインを表すしぐ   さ。嬉しそう。 良の声「それよりおまえ、ちゃんと毛、生え  たのか?」 薫 「もー。いつの話だよ。もうね、ビック  リする位、生えてるって」   と、言いながら自分のパジャマのズボン   とトランクスを一緒にひっぱって、風呂   のドアへ体を向ける。 薫 「あっ!」   栞、そこに視線を当てている。   薫、パジャマから手を離す。   薫の顔に視線を移す栞、無表情からニン   マリと妖しい笑顔。   薫、驚いた顔のまま。   栞、『入る?』という顔で、風呂場の中   を指さす。   薫、首を左右に振り、外を指さす。   栞、うなずいて手を振る。   薫、後ずさりして出て行く。   ドアが閉まると、いたずらっぽい笑いに   変わる栞。 44 同・廊下(夜)   薫、洗面所のドアにもたれため息をつく。 薫 「あー、びっくりしたー。一緒に入って  たのか」   少しずつ笑いがこみ上げてくる。 45 同・風呂場(夜)   良と栞、湯船に浸かっている。 栞 「薫って面白い」 良 「ああ」 栞 「良に似てる」 良 「そうか?俺はあんなに単純じゃなかっ  たぞ」 栞 「良は薫のこと、好き?」 良 「好きだよ」 栞 「薫がお姉さんの子供だから?」 良 「いや、そうじゃなくても好きだよ」 栞 「ふうん、好きなんだ。そっか」   と、納得する栞。 46 同・客間(夜)   鼻唄を歌いながら目ざまし時計をセット   している薫、勢いよく布団をめくって、   寝ころがる。   と、ドアがノックされる。 薫 「(御機嫌)はあい」   ソッとドアが開いて、栞が顔を見せる。   薫、驚いて、飛び起きる。   栞、微笑んで、ヒラヒラと手招き。   薫、操られるように立ち上がる。 47 同・リビング(夜)   薫、ポカンと立っている。   良がビールを持って来る。 良 「ビデオ、一緒に見ないか?」 薫 「へ?ああ、うん」   薫、ビールを手渡される。 薫 「(ビールを見て独り言)ここンち、何  でもアリだな。高校生だぞ、俺」   栞、座ってすでにビールを飲んでいる。 薫 「(口の中で)期待させる誘い方、すン  なよな」   薫、ビールをチョビチョビ飲む。     ×    ×    ×   暗い部屋、テレビ画面の明かりだけ。   画面は、洋画のアクションシーン。   眠っていた薫、目を覚ます。   が、ギョッとする。   薫の腕を枕に、栞が背中を向けて寝てい   る。   薫、目をキョトキョトさせる。良はいな   い。栞の耳たぶ、画面に照らされてオレ   ンジ色。   ゴクッと唾を飲む薫。見回すと、頭上に   ミネラルウォーターがある。それに手を   伸ばした途端、ビクッと固まる。   栞が寝返りをうち、薫の方を向く。   栞の手の甲が、薫の下腹部に当たる。   栞の胸の谷間も目に入る。   薫、強く目を閉じるが、瞼がピクピク動   く。恐る恐る目を開け、ヤバイという顔。   薫、深呼吸をし、栞の顔を見る。   そして数を数え出す。 薫 「(小声)1、2、3、4……」   栞の寝顔。   が、こらえきれずにプッと吹き出す。   薫、驚いて飛び起きる。   転がる栞、クツクツと笑い出す。 栞 「何、数えてた?」   薫、動揺を隠せない。 薫 「き、汚ねー。何、寝たフリこいてんだ  よ!」 栞 「(起き上がり)ね。何、数えてた?」   薫、恥ずかしく不機嫌な顔で無言。 栞 「……良には秘密にしといてあげる」   ギクリとして、慌てて両足を抱え込む薫、   チラッと栞を見る。   栞、からかうような笑顔。   薫、ムッとなる。 薫 「顔のそばかすだよ!」 栞 「……?」 薫 「数えきれない位あるよ。栞の顔に」   薫、意地悪い口調。   そこへ良が入って来る。ウイスキーやつ   まみが入った袋を持っている。   薫、アタフタと立ち上がる。 良 「?」   栞、クックッと笑い出す。   薫、良に愛想笑い、隙を見て栞を睨む。     ×    ×    ×   栞、良に寄り掛かって飲む。   楽しげに話す良と栞。   薫、自分でお酒をどんどんついで飲む。   ムクれた顔で栞を見る。 48 同・食卓(朝)   薫、テーブルの下で目を覚ます。   目の前に栞の足がブラブラしている。   驚いて飛び起き、頭をしたたかに打つ。 薫 「痛っ!」 良 「大丈夫か?」   薫の背後から、良が顔を覗かせている。   薫、頭を押さえてテーブルの下から出る。 薫 「イッテー」 栞 「どっち?」 薫 「何が」 栞 「ぶつけた方?二日酔い?」   薫、頭を押さえて考える。 薫 「……二日酔い、かな」 良 「飯食って、また寝れば治る」   と、薫の前に味噌汁とご飯を置く。   素直に食べ始める薫、時計を見る。   時計、7時10分を指している。 薫 「良かった。今日は遅刻しないで済む」 栞 「だけど、今日も早く帰ってくる?」   薫、言われて思い出す。 薫 「モデルっていつ来るか決まってんの」 良 「月曜と金曜。でも今日も来る」 薫 「え、今日?」 良 「昨日はのらなかったんだよ。だから早  く帰して、今日来てもらうことにした」   薫、箸が止まる。   栞、すぐに気づきからかう。 栞 「やっぱり早く帰って来るつもりだ」 薫 「(ムッとして)違うよ!今日は行かな  いんだよ!」   薫、パクパクと食べ出す。   栞、良と目を合わせ含み笑い。 良 「薫も描いてみるか」 薫 「(箸が止まる)え……」 49 高校・教室   三千代、教室を覗いて薫を探す。   薫の机、キチンと椅子が収まっている。   女生徒が出て来るのをつかまえて 三千代「木村君、休みなの?」   女生徒、うなずいて去る。   三千代、心配顔。 50 良の家・アトリエ   ヌードモデルの真正面、画板から薫の顔   が見えたり隠れたりする。   薫の左右に、良と栞が座って描いている。   薫、ソワソワして落ち着かない。   が、それでも見よう見まねでデッサンを   描いている。マンガのよう。 栞 「ヘタ」 薫 「(ムカッ)仕方ないだろ、初めてなん  だから」 栞 「薫はホントに何もできないね」 薫 「俺はな、試験ではいつも学年で5番以  内なの!絵が描けない位、何だよ」 栞 「もっとモデルを見て。ジッと見る」 薫 「え……ジッと?」   栞、生真面目にうなずく。   薫、モデルを見るがすぐ目を伏せる。   薫、栞を見る。栞、首を左右に振る。 栞 「そんなんじゃダメ」   薫、助けを求めるように良を見る。   栞、隠れて笑う。 薫 「ねえ、良さんは恥ずかしくないの?」 良 「……」 薫 「良さんだって初めての時は、恥ずかし  (かったでしょ?)」 良 「(さえぎって)話しかけるな!」   良の厳しい顔を初めて見て、驚く薫、栞   を振り返る。   栞、笑いを隠し、真面目な顔でうなずく。 栞 「シーッ」   と、口もとで人指し指を立てる。   薫、おとなしくなる。 51 同・居間(夜)   栞、画集を見ている。   良、ウイスキーを飲む。   薫、問題集を解きながら 薫 「良さんさあ、絵、描いてる時、別人に  なるんだね」 良 「集中してるからな。ホントは一人で描  きたいぐらいだよ」 薫 「(意外)栞も邪魔なの?」 良 「ああ」   薫、栞を窺う。   栞、画集に集中して聞こえていない。 薫 「……こいつもだ。話しかけると怒るか  な」 良 「栞は怒らないよ」 薫 「良さん、わがままなんだね」 良 「薫に言われたくないよ」 薫 「(真面目)何言ってんの?こんなに日  々我慢して暮らしてる俺に向かって、よく  そんな事が言えるね」 良 「(ニヤニヤ)」 薫 「あっ!また俺をバカにしてる!」 良 「してないよ」 栞 「してる」 薫 「何だよ!聞いてたのか。ホントに、俺  なんかすっごい不幸よ」   栞、知らん顔で画集に戻る。   良、何かに気づき、居間を出る。 薫 「何だよ!人の話を聞けよ!」   薫、立ち上がり栞の画集を取り上げる。 栞 「あっ」   薫、挑むように栞を見下ろす。   栞、フフンと笑って 栞 「わがまま以外の何者でもない」 薫 「……」   薫、悔しそうに画集を栞に返す。   と、玄関から女性の笑い声。 52 同・玄関(夜)   薫、ドアから顔だけ出す。   薫に気づく画廊のオーナーの鈴木千佳子   (40)。豊満な美女、派手な格好。 千佳子「あら、新顔?こんばんは」   薫、突然の来訪者に怪訝な顔で会釈。 良 「ちょっと出かけてくる」 千佳子「今夜も良君、借りるわね」   と、ニッコリ微笑んでケーキの箱を置き、   良の腕を取って出ていく。   薫、ポカンとしている。   薫の後ろを通る栞、階段を上がっていく。 薫 「誰だ?……どうなってんの?」   薫、良たちが去った玄関と栞が去った階   段を交互に見る。 53 同・食卓(朝)   薫、突っ立っている。   誰もいない食卓、居間。 薫 「良さん、帰ってないぞ!」 54 同・客間(朝)   薫、教科書をカバンに入れている。   フッと顔を上げる薫、考えている。   教科書をカバンに入れるのを止めて、部   屋を出る。 55 同・栞の部屋の前(朝)   薫、ノックをしようとするがためらう。   結局止めて、気にしながら去る。 56 同・トイレ〜階段   薫、トイレから出てくる。   階段下で、2階を見上げる。   と、居間で電話の音。 57 同・居間   薫、居間へ入ると電話の音が止む。 薫 「あれ?」   栞が電話を受けている。 栞 「はい、います」   栞、驚いている薫に受話器を差し出す。   きれいに化粧をしている栞、胸元の大き   く開いたベルベットのミニワンピース。 薫 「えっ?俺?」   薫、怪訝な顔で電話に出ながらも、栞か   ら目が離せない。 薫 「もしもし−−あっ!」 58 木村家・居間   仁王立ちで受話器を握る雅子。 雅子「あっ、じゃないでしょ。今の女の子、  誰?」 59 良の家・居間   以下、カットバック。 薫「(不貞腐れ)誰だっていいだろ。何だよ。  俺、まだ帰らないよ」 雅子「薫。学校に行ってないのね。やっぱり  お母さんがいないと駄目じゃない。学校に  も行けやしないんだから」 薫 「(ムキになる)関係ないよ!たまたま、  ちょっと…」 雅子「それより、今の女の子、誰?まさか、  そこに住んでるんじゃないでしょうね」 薫 「だから俺には関係ないって言ってるだ  ろ!良さんの……(口ごもる)」 雅子 「良?だって、若い声だったじゃない。  良は?いるの?」   薫、うんざりしてくる。 薫 「出かけてる」 雅子「その子と2人きりなの?(興奮)お母  さん、今から行くから!」 薫 「(大声)やめろよ!」 雅子「もう、とんでもない!とんでもないん  だからね!」 薫 「来るなよ!もし来たら、俺……大学行  かないからな!」   薫、雅子の返事を待たずに電話を切る。   栞、キョトンと薫を見ている。   薫、栞と目が合い、気まずい。 栞 「薫」 薫 「……何?」 栞 「(ニッコリ)つき合って」 薫 「えっ?俺?」   栞、うなずく。 60 スーパーマーケット   栞、野菜をあれこれ見て回る。   呆れ顔の薫、カゴを持ってついていく。 薫 「まぎらわしいんだよ、言い方が」 栞 「ふうん。誤解した」 薫 「誰だってするよ!」   栞、可笑しそうに笑う。 薫 「だいたい近所のスーパーに来るのに、  なんでそんなにバッチリ化粧しなきゃなん  ないんだよ」 栞 「いつ誰が見てるかわかんない」   薫、回りを見回すと、近所の主婦たちが   こちらを見てヒソヒソ話している。 薫 「あ、ホントだ」   栞、ギクリとして薫にしがみつく。 薫 「(驚く)」 栞 「(小声)どこ?」 薫 「(顎で)あそこ」   栞と薫、主婦たちと目が合う。   主婦たち、慌てて歩き去る。 栞 「なんだ。あれはいつもの事」   薫、栞がしがみつく右腕が気になるが、   悪い気はしない。 栞 「いつも人を怪しいものみたいに見る」 薫 「怪しいだろ。良と栞の年齢差とか、外  見だって。充分怪しいよ」 栞 「今度はそこに薫も加われば」 薫 「……もっと怪しい」 栞 「でもあの人たちは、陰でしか言えない  人たち。別に面と向かって言われたって平  気だけど」 薫 「(栞を見る)」 栞 「人になんて思われたって、全然平気。  だけど、自分の価値観を押しつけて服従さ  せようとする人は、絶対我慢できない」   薫、困った顔。 薫 「俺の影に隠れて文句言うなよ」 栞 「えっ?」   栞、しがみついている薫の腕を見る。   薫を見上げて、フフッと笑う。   薫、つられて笑顔。 薫 「だけど、ズルいよ」 栞 「?」 薫 「その顔。そばかすはどうしたんだよ。  全然見当たらない」   栞、薫の腕にしがみついたまま、歩いて   行く。 61 薬屋・前〜通り   店の中で栞、派手な化粧の女店員相手に   何か買っている。   薫、店の外から女店員を見ている。   栞、出てきて、2人歩き出す。 薫 「(言いにくい)……あのさ」 栞 「うん」 薫 「えっと…(思いきって)昨日の女の人  、誰?良さんとどういう関係?」 栞 「画廊のオーナー未亡人、鈴木千佳子」 薫 「オーナー?未亡人?」 栞 「良の仕事をバックアップしてる」 薫 「……へぇー。だけど良さん、昨夜帰っ  て来なかった……」   薫、しまった、という顔で栞を窺う。 栞 「(あっさり)時々泊まってくるから」 薫 「(驚く)ええっ?だって、良さんは栞  と……」 栞 「うん。でもそういう事ってあるから」   栞、さっさと歩いて行く。   薫、少し遅れながら 薫 「(呟く)……ナンだよ、それ」 62 歩道橋(夕焼け)   薫と栞、買い物袋を下げて上がって来る。 薫 「良さん、今日は帰ってくるよね」 栞 「帰ってこなかったら薫、夕飯作って」 薫 「えー?もう、ヤだよ!」   歩道橋の真ん中辺りで 栞 「あっち、学校」   栞、ビルが建ち並ぶ辺りを指差す。   薫、栞の指先を見て 薫 「ああ。美術の学校」 栞 「ここで良に会った」   栞、立っている場所を指差す。 薫 「ここ?あの、拾われたって話?」   栞、思わず笑い、うなずく。 栞 「すごく頭が痛かった。アパートに帰れ  なかったし、薬飲んで考えてた」 薫 「アパートに帰れなかったって、どうし  て?」 栞 「知らない男から電話。アパートの前で  待ち伏せ。あたしの実家にまで電話」   と、指を折って数える。 薫 「えっ?知らない奴がどうして?」   苦笑いで首をかしげる栞。 薫 「(イライラ)どうしてだよ。あ、スト  ーカーか?」 栞 「ううん。一人だけじゃないし」 薫 「どういう事だよ!」 栞 「好きだった人に、あたしの住所と電話  番号、バラまかれた」 薫 「学校に?」 63 パソコンの画面(暗闇・イメージ) 栞の声「全国に。インターネットで」   男の手が、文字を打ち込んでいく。   『私とセックスして下さい。園田栞、19   歳。東京都台東区』 64 栞のアパート(夜・回想・一年前)   毛布にくるまって、暗闇にうずくまる栞。   留守電、ピーッと音が鳴る。 男の声「……いるんだろ……自分から誘って  んだから、出ろよ」   切れる電話。ジッとしている栞。   階段を上がって来る靴音。   近づいて来て、ドアの前で止まる。   間を置いて、玄関を開けようとする音。 65 歩道橋(夕焼け)   脅える顔の栞、また薫の腕にしがみつく。   薫、驚いて栞の顔を見て、困ったように   うつむく。 栞 「有り金、全部持ってアパート出たけど、  すごく頭が痛くなって」 薫 「(怒ったように)だけど、好きな奴が  どうして栞にそんな事、するんだよ」 栞 「あたしは誰の物でもないって言った。  彼とエッチしたからって他にも好きな人は  できるし、他の人とすることだってある」 薫 「(呆れて)…って言ったの?彼に?」 栞 「(うなずく)」   薫、栞の腕を振りほどく。 薫 「そりゃ、怒るよ。変だよ、そんなの」 栞 「だって、あたしは自分が誰を好きかっ  て事だけが重要だから」 薫 「……」 栞 「だから、あたしが良を好きって事が重  要で、良はあたしが求めたら応えてくれる。  良が求めたらあたしも応えてあげる」 薫 「……」 栞 「あたしはそれだけでいい。だから良が  誰とどうだって関係ない」 薫 「……良さんは、どうなの」 栞 「良も同じ考えだから。だからあたしを  束縛しないし、あたしも良を束縛しない」 薫 「だけど、好きだったら自分だけを見て  欲しいって気持ちにならない?」 栞 「……」 薫 「自分以外に目を向けられると、やっぱ  り悲しいし、誰にもやりたくないと思う。  それを束縛って思うほうがおかしいよ。俺  は愛情だと思うし、それは普通の感情じゃ  ないか?」 栞 「じゃ、どうして薫は家出してる?」 薫 「!」 栞 「束縛じゃなく愛情だと思うんなら、お  母さんの愛情を受け止めればいい」 薫 「……」   栞、歩き出す。   薫、その場に立ったまま。   振り向いて薫を見る栞、引き返してうつ   むく薫の手を握る。 栞 「そんな顔しないで」   ションボリする薫、栞を見れない。 栞 「(優しく)わかったよ。今日はあたし  が、ご飯作ってあげるから。ね?」   栞、薫の腕を引っ張って歩く。 66 良の家・居間(夜)   薫、電話を受けている。 薫 「うん。あ、そう。わかった」   と、元気のない声。受話器を置く。   栞はいない。 67 同・庭〜門(夜)   薫、門柱の上に座っている栞の所へ行く。   栞、薫に気づく。 薫 「良さん、今日は帰らないって」   栞、薫を見つめる。 薫 「画廊の未亡人といるらしいよ」   栞、微笑んで両手を薫に差し出す。   薫、少し戸惑うが、両手を栞に差し出す。   栞、薫の腕に飛び込む。   薫、抱きとめるが少しよろける。   真顔の薫に、笑いかける栞。 薫 「……嘘。良さん、友達の個展の手伝い  してる。未亡人とはいない」 栞 「……」   栞から目を逸らす薫に、キスをする栞。 薫 「!」   優しい笑顔の栞、驚く薫を残して玄関へ   向かう。   薫、茫然と栞を見送る。 68 同・客間(午前)   教科書やノート、乱雑に置かれたまま。   布団の中の薫、苦しそうに時計を取って   見る。あきらめたように時計を置く。   時計は11時を少し過ぎている。 薫 「あー……昨夜、眠れなかったからだ」   と、また布団を被る。   どこからかカメラのシャッターをきる音。   薫、布団から顔を出す。   体を起こし、這って窓際へ移動し覗くと、   栞が門の外でカメラを空に向けてシャッ   ターをきる。長めのニットに短いスパッ   ツで太腿、露出の栞。 薫 「あいつ、何撮ってんだ?」   近所の主婦が、栞を避けて通る。   栞、おかまいなしにカメラの角度を変え   ていくと、カメラのレンズが薫を見つけ   る。   栞、カメラを下ろして笑顔。手を振る。   薫、つられて手を振る。 69 同・庭〜門   薫、両手にコーヒーカップを持って歩い   てくる。栞の姿が見えない。   薫、門から顔を出し左を見て右を見ると、   歩いて来る栞と目が合う。   栞、嬉しそうな笑顔で駆け寄って来る。   栞の笑顔が薫も嬉しい。   コーヒーを栞に渡しながら 薫 「何、撮ってたの?」 栞 「電線と雲」 薫 「(よく分からない)……へえ」 70 同・アトリエ   栞、薫に今まで撮った電線の写真を見せ   ている。 薫 「写真も撮るんだ」 栞 「資料で使うから」 薫 「(分からない)」 栞 「カッコいいでしょ」   と、栞。おもむろにニットを脱ぐ。 薫 「(ドキッ)」   栞、ニットの下にランニングを着ている。 薫 「なんで……いつも薄着なの?」 栞 「厚着なんてカッコ悪い。ブクブクにな  って背中丸めて、絶対イヤ」 薫 「風邪、ひいても?」 栞 「……(痛い)」 薫 「?……どうした?」 栞 「(か細く)痛ぁい……」   と、お腹を押さえる。 薫 「(あわてて)えっ?お腹?痛いの?」   栞、苦しそうにうなずき、うずくまる。   薫、うろたえる。   栞を覗き込んだり立ち上がったり。 薫 「何だろう。変な物、食べた?」 栞 「(首を左右に振る)……アレ」 薫 「アレ?って何?」 栞 「……生理痛」 薫 「(困惑)えー?」   うずくまる栞、なすすべもない薫。 71 同・居間(夕方)   ソファで苦しむ栞。   薫、毛布を栞にかける。 薫 「まだ痛い?」 栞 「(目、閉じたまま)……んー」 薫 「薬、そろそろ効いてくると思うけど」 栞 「ん……」   薫、困惑顔で栞を見つめる。   栞、ゆっくり目を開ける。 薫 「(心配)大丈夫?まだ痛い?」   目が虚ろの栞、起き上がる。 薫 「おい。栞」   栞、薫を見てジンワリ笑い出す。 薫 「……栞?」   栞、クスクス笑いだす。 薫 「(不気味)」   栞、踊るように歩き回る。   意味もなく物を床に落として笑う。   薫、栞の後を片付けながらオロオロする。   笑っている栞だが、食卓の上の千佳子が   持ってきたケーキの箱を見ると、シクシ   ク泣き出す。 薫 「(不安)……何なんだよ。もう」   栞、泣きながらケーキを鷲掴みで食べる。   薫、茫然と見つめる。   と、そこへ良が入って来る。 薫 「良さん!」 良 「ん?」   涙とクリームで汚れた顔の栞、良を見る。 薫 「良さん、栞が変なんだよ!」   良、栞に近寄る。 薫 「お腹、すごく痛がってて、薬飲ませた  んだけど……急に笑ったり泣いたり……」   良、栞の頭を撫でて 良 「(優しく)どうした?」   栞、良の服を引っ張って抱きつこうとす   る。 良 「あっ!やめろ!くっつけるな!」   良が止める間もなく、良の胸に顔をうず   める栞。 薫 「ね?変でしょ?恐いんだよ、すごく」 良 「(諦めて)痛み止め、飲ませたろ」 薫 「……(思い出す)あ!薬に弱いんだ」 良 「あれ、抗生物質、入ってんだ」 薫 「すっかり忘れてた。大丈夫かな」 良 「(軽く)平気だよ」   良、栞をソファに座らせる。 良 「薫。そこ、押さえろ」   薫、恐る恐る近寄って栞の肩を押さえる。   良、不安な薫を残して一旦居間を出てい   き、戻ってくる。手にはジャージ。 良 「生理痛だろ?」 薫 「(困惑顔でうなずく)」 良 「薄着のせいだよ。栞、これ履け」   と、毛糸のパンツとジャージを栞に履か   せようとする。 栞 「ヤダ!カッコ悪ーい!絶対ヤダー!」   嫌がる栞を、押さえるように薫を見る良。   薫、栞に手を振り払われて怯む。 良 「……(低く静かに)追い出すぞ」   栞、途端にシュンとなる。   履いているスパッツの上からパンツとジ   ャージの上下を自分で着る。拗ねたよう   に毛布を被ってソファに横になる。   薫、安心顔。台所へ向かう良の後を追う。 72 同・台所(夕方)   良、お茶の用意をする。 良 「あの毛糸のパンツとジャージ、姉ちゃ  んのだぞ」 薫 「そうなの?ハハ、アハハ。あんなの着  てたんだ」 良 「アハハハ。あんなの着てたんだよ」 薫 「でもよかったー。俺、一時はどうなる  事かと思ったよ」 良 「(微笑)」 薫 「良さん、帰ってきてくれて助かったよ。  俺、薬飲ませちゃってさ。どうすることも  できなかったよ」 良 「(笑って)薫には、無理だよ」 薫 「!……」   良、湯飲み茶碗を栞の所へ持って行く。   薫、良の言葉に傷つき、黙り込む。 73 木村家・玄関(夕方)   雅子、驚いた顔でドアを開けている。   三千代、遠慮がちに立っている。 74 同・居間〜食卓(夕方)   紅茶が2つ、飲まれずに冷めている。   雅子、三千代を値踏みするように見る。   三千代、伏目がち。 三千代「クラスは違うんですけど、ノート、  取ってありますから」 雅子「(微笑)あらぁ。どうもありがとう」 三千代「(ホッとする)」 雅子「佐伯さんはどこの大学、お受けになる  の?」 三千代「慶應です。木村君も同じだと聞いて、  先日もノートをお借りしたんですけど」   雅子、納得顔でうなずき三千代を観察。   三千代、居心地悪く、薫の気配がない部   屋を見回す。 三千代「それじゃ私、これで」   と、立ち上がる三千代。   雅子、にこやかな顔に急変。 雅子「紅茶、冷めてしまったから入れ直しま  しょうね」   雅子、台所へ下がる。 三千代「え?……あの……」   雅子、紅茶の用意をしながらカウンター   越しに 雅子「実はね、佐伯さん。唐突で悪いんだけ  ど、お願いがあるの」 三千代「……はい(座る)」 雅子「薫ね、家にはいないのよ」 三千代「……(うなずく)」 雅子「私の弟の所に行ってるの」   雅子、湯気の立つ紅茶を運ぶ。 雅子「私に意地張ってて。私が迎えに行って  もいいんだけど、あの子の意志も尊重して  あげないとかわいそうかなって思うのね」 三千代「(伏目がちでうなずく)」 雅子「でもあんまり放っておくのもね」 三千代「そうですね。試験も始まりますし」 雅子「そうなのよ。それでね……」   雅子、親しげに三千代に近づく。 雅子「薫の所に行って、家に連れ戻してほし  いのよ」 三千代「(驚く)私が……」   と、不安な表情で考える。   雅子、厳しい目つきで探る。   三千代、雅子を振り返る。   途端に雅子、すがるような顔に変わり、 雅子「他に頼める人がいないの。でも薫の為  なのよ!」 三千代「木村君の為……」 雅子「そうよ、薫の為」 三千代「……(決心)私、行きます」 雅子「ありがとう!」   三千代の手を取る雅子。 75 良の家・アトリエ   ヌードモデルを描いている良、薫、栞。   栞、スリップとカーディガン、靴下とい   う薄着に戻っている。   いつになく真剣な顔の薫。 栞 「ここをもっと濃くすると、メリハリが  効いて絵が締まるから。ね?」   栞、真剣に優しく描き方を教える。   薫、栞をしばし見る。 栞 「(気づき)何?」 薫 「だって……いつももっとぼんやりして  るクセに」 栞 「真面目に絵を描く人には、真剣になら  ないと失礼だから」   薫、圧倒されたように栞を見る。   しかし薫の絵、下腹部だけ描けていない。 76 同・玄関(夕方)   モデルを見送る良と薫。   門の所で、モデルと入れ違いに遠慮がち   に入って来る、制服姿の三千代。 良 「ん?誰だ?」 薫 「(驚く)ええっ?佐伯?」   三千代、薫を見つけホッとした顔。 77 同・居間(夕方)   薫と良と栞3人と向き合って座る三千代、   気負っている。 薫 「どうしてここ、分かったの?」 三千代「木村君のお母さんから頼まれたの」 栞 「思い出した。その胸は佐伯三千代だ」   薫、慌てて栞の肩を突く。 薫 「(きつい口調)栞は喋るな!」   驚く栞、ムッとなり去る。 三千代「(不安顔)ごめんなさい……やっぱ  り、出しゃばりだったよね」 薫 「あ、いや。そんなことない、ホント」 三千代「(泣きそうな顔でうつむく)」 薫 「謝るのはこっちだよ。ウチの母さん、  変なこと頼んで。ごめんね」 三千代「ううん。そんなことない。私、嬉し  かったもん」   良、バカバカしくなって去る。   ぎこちなく笑い合う薫と三千代。 78 同・風呂場(夜)   薫、湯船に浸かっている。   いきなりドアが開いて、栞。 薫 「わっ!(慌てる)何だよ!」   栞、黙って薫を見下ろす。 薫 「出てけよ!スケベ!」 栞 「(不機嫌)スケベは薫でしょ。明日、  何の約束したの?」 薫 「……関係ないだろ」 栞 「ちゃんと毛は生えてるの?薫ちゃん」   薫が湯をかけるより早く、栞、ドアを閉   める。 79 同・居間   三千代、ソファに座っている。精一杯お   洒落な服装、胸が強調されている。   薫、ドアの所で良にお金を借りている。 良 「ちゃんと返せよ」 薫 「わかってるよ。サンキュー」   薫、2万円を財布に入れ、ズボンのポケ   ットに入れる。   その横を通って入ってくる栞、Yシャツ   を羽織っている。三千代、目を瞠る。   電話が鳴り、栞、出る。   薫と良、三千代の前に来る。 薫 「ごめん、待たせちゃって」 三千代「(栞から目が離せない)…ううん」 良 「(ニコニコ)三千代ちゃん、門限なん  てあるの?」 三千代「(上の空)いいえ」   良、薫のお尻をつつき、薫、振り払う。 栞 「良。モデルさんから。」   良、電話を変わる。   薫、茫然と栞を見る三千代に気づき、栞   を見る。 薫 「あっ!なんでそれ着てんだよ!」 栞 「?」   三千代、泣きそうな顔。 薫 「(慌てて)それ俺ンだぞ!脱げよ!」 栞 「良の部屋にあったから着ただけだよ。  なによ、脱げばいいわけ?」   と、脱ごうとする。   下に何も着ていないのに気づく薫、 薫 「わーっ!いい!脱がなくていい!」 良 「どうして?そんな急に?」   良の声に、3人振り向く。 薫 「(栞に)どうしたの?」 栞 「辞めるんだって、モデル」 薫 「えーっ!」   三千代、思い詰めた顔。   良、電話を切ってため息。 薫 「辞めるってホント?」 良 「うん。見合いするから、バレると困る  んだって」 薫 「(残念)えー」 栞 「どうする?また探す?」 良 「そうだなあ」 薫 「探そうよ。せっかくだし」 栞 「せっかくって、何それ。スケベ」 薫 「(ムクれる)」 三千代「(薫を見ながら)……私」 一同「(見る)」 三千代「(決心)私、やります!」 薫 「!」 栞 「……ヌードだよ」 三千代「(驚く)え……」 薫 「(慌てる)ヌードモデルだよ?」   三千代、困惑顔でうつむくが栞のYシャ   ツが目に入り、意を決して顔を上げる。 三千代「(ひきつる笑顔でうなずく)」 良 「決まり……(薫を見る)だな?」 薫 「(真剣)冗談はやめろ!」 80 同・流し台(夜)   良、夕食の準備をしている。   薫、良にまとわりつく。 薫 「俺は反対だからな!」 良 「どうして彼女、帰しちゃうんだよ」 薫 「ヌードなんだよ?ヌード!」 良 「(呆れ)みすみすチャンスを逃して」 薫 「ちゃんと断ってよね!」   良、薫に手を差し出す。 薫 「?……何」 良 「金、返せよ」   薫、ムッとしてポケットの財布から2万   円を返す。 薫 「もういいよ。俺が断るから!」 良 「(くわえ煙草で鼻唄)」 薫 「だいたい佐伯も何、考えてんだよ」 良 「わかってないね」 薫 「何が」   料理の手を止める良、水も止めて煙草の   煙を吐く。 良 「あれは彼女の一大決心だろ。薫に振り  向いてもらう為の」 薫 「!」   良、薫の顔を見て、呆れたように笑う。 良 「かわいそうに。こんな鈍感な奴を好き  になって」 薫 「(ムッ)良さんだって鈍感じゃん」 良 「(ニヤニヤ)俺は敏感すぎる位だよ」 薫 「女なら誰でもいいわけ?栞と暮らして  未亡人と外泊して、佐伯の事だって」 良 「(煙草の吸殻を捨てる)」 薫 「どういう神経してんだよ!」 良 「例えば」 薫 「(見る)」 良 「彼女ができるとするだろ?」 薫 「(怪訝な顔でうなずく)」 良 「その彼女が、今日は絵なんか描かない  で私と一緒にいて、と言いました」 薫 「……」 良 「そうなると、俺は絵を描かないで一緒  にいてしまうんだよ、女と」 薫 「だから?」 良 「絵はやめたくない。だけど彼女の言う  ことも聞いてしまう。となると特定の女な  んて作らないに限るの」 薫 「……別に彼女がいたって絵くらい、描  けるじゃん」 良 「(怒気)くらい?今、絵くらいって言  ったか?」 薫 「(怯む)あ……いや……」 良 「(しみじみ)女はね、大変なんだよ」 薫 「じゃあ…(呟く)栞はどうすんだよ」 81 同・居間(夜)   薫、納得いかない顔で来る。   ソファで眠っている栞を見る。 82 木村家・居間(午前) 雅子「出かけてらっしゃる。あ、そうですか  −−いえ、いいんです。先日、ウチの息子  の見舞いに来てくれまして。そのお礼をと  思いまして−−はい、お願いします。ごめ  んくださいませ」   受話器を置く雅子。思い詰めた顔。 雅子「やっぱりあんな子に、頼むんじゃなか  ったわ」   窓の外、灰色の雲が流れる。 83 良の家・アトリエ前の廊下(午前)   薫、額を押さえて出てくる。   栞、後から追ってくる。 栞 「駄目。ちゃんと描きな」   廊下から、裸の三千代が見える。 薫 「やっぱダメ。とてもまともに見れない。  絵なんて冗談じゃないよ」 栞 「ここに」   栞、Yシャツの上から自分の胸を指差す。   薫、思わず見る。 栞 「ホクロがあった」 薫 「(恥ずかしい)あーっ!言うな!」   薫、行ってしまう。 84 同・台所(午前)   薫、冷蔵庫の前で牛乳を飲んでいる。   玄関のチャイムが鳴り、薫、驚いて牛乳   をこぼす。 薫 「びっくりしたー」 85 同・玄関(午前)   薫、居間から出てくる。   玄関に千佳子、立っている。 千佳子「こんにちは。良君、いる?」 薫 「……はい」 86 同・居間   千佳子が持ってきたケーキを、一同食べ   ている。   栞、平然としているがケーキに手をつけ   ない。   良と千佳子、個展の話や他の画家の話。   三千代、ガウンを羽織ってうつむき加減。   時折、上目遣いで薫を窺う。   薫、三千代に見つめられ落ち着かない。   そこへ、また玄関のチャイムが鳴る。   薫、素早く立ち上がり玄関へ出て行く。 87 同・玄関 薫 「はーい、どなたですかー」   と、油断した顔でドアを開ける。 薫 「あっ!」   雅子、不機嫌な顔で立っている。 薫 「(不意をつかれ絶句)」 雅子「ここに入る時、近所の人にジロジロ見  られたけど何かしら。感じ悪いわ」 薫 「か、母さん」   雅子、不機嫌な顔から媚びる顔に急変。 雅子「薫。お願いだから帰ってきて。もうお  母さん、心配で心配で」 良 「誰?」   と言いながら良、居間から出て来る。 良 「あ、姉ちゃん」   雅子、不機嫌な顔に戻る。   栞、出て来る。   雅子、目を見張る。 雅子「良。この子、誰なの?」 良 「園田栞」 雅子「どういう関係かって聞いてるのよ!」   そこへ千佳子が出て来る。 千佳子「どうしたの?」 雅子「?」 千佳子「?」   そこへ三千代が顔だけ覗かせ、アッとな   る。 雅子「(口は開くが声が出ない)」   全員、雅子を見つめる。 88 同・居間   一同、ソファに座っている。   泣く雅子。薫、困惑顔で雅子を見る。   良、うんざりした顔で煙草を吸う。 薫 「そんな泣くなよ。恥ずかしいだろ?」 雅子「恥ずかしいのはあなた達でしょ!どう  りで変な目で見られた筈だわ」 薫 「だから来るなって言ったのに」 雅子「だから今まで来なかったでしょ!それ  なのにこんな生活!お母さんが来なかった  ら…」 良 「(ニヤニヤと笑う)」 雅子「(気づく)良!何がおかしいのよ!」 良 「相変わらず従順で独占欲、強いな」 雅子「!」 良 「だからダンナにも逃げられンだよ」 雅子「やめてよ!薫の前で!」 薫 「え?浮気して追い出したって……」 雅子「そうよ。私が追い出したの!出て行か  れたんじゃ……(目が泳ぐ)ないわ」 良 「(苦笑)どっちでもいいけどね。あの  さ、俺ら、絵描いてる途中なんだよ」 雅子「絵が何よ!あんたは昔っから自分の事  しか考えないんだから」 千佳子「良君、今日は絵は無理みたいだから  出かけましょうよ」   栞、無表情だが、食べもしないケーキを   フォークでぐちゃぐちゃに崩し始める。 雅子「薫。もう気が済んだでしょ?一緒に帰  りましょ」 千佳子「(色っぽく)ねえ、良君」 雅子「(なだめて)ね?薫」 良 「いや、今日はモデルがいいから行かな  い。最初で最後かもしれないし」   一斉に、三千代を見る。   三千代、ドギマギしてうつむく。   雅子と千佳子、ムッとする。 千佳子「フン。若いだけじゃない」 雅子「佐伯さん!」   三千代、ますますうつむく。 雅子「もう金輪際、薫には近づかないでちょ  うだい!」 薫 「(ハラハラ)母さん!」 雅子「何なの?その格好!おとなしいフリし  て、私を騙したのね!」 三千代「そんな……」 雅子「(呟く)使えると思ったのに……とに  かく、あなたみたいな人に薫の側をウロウ  されたくないの!」 薫 「やめろよ!頼んだの、母さんだろ?」 雅子「頼まれたこともロクにできなかったじ  ゃない。連絡すらよこさないで!」 薫 「……俺が頼んだんだよ」 雅子「何を?」 薫 「母さんには黙っててくれって。それに、  モデルも俺が頼んだの!」 三千代「!」 雅子「……(嘆く)もう薫がわからないわ」 千佳子「(薄笑い)ちょっと、お母さんさ」 雅子「あなたにお母さん、なんて呼ばれる筋  合い、ないわ!」 千佳子「あっそ。あなたね、再婚したら?そ  れが無理なら恋人、作るとかしなさいよ」 雅子・薫「!」 千佳子「私、紹介してあげてもいいわよ」 雅子「……(低い声)よけいなお世話です」 千佳子「どうしてぇ?要するに欲求不満なの  よ。息子にしか目がいかないなんて…」 薫 「(遮る)黙れよ!」   千佳子、雅子、三千代、驚いた顔で薫を   見る。良、シラけた顔。   栞、フォークを置き千佳子を見る。 薫 「アンタには関係ないだろ!」 千佳子「あなたの為に言ってあげてるのよ」 薫 「……違うんだ。俺のせいで」 雅子「薫!やめなさい!」   一同、薫と雅子を見比べる。 三千代「……木村君?」 千佳子「(興味深い)俺のせいって?」 薫 「……俺が小学生の時、母さんの再婚を  反対したんだ」 三千代「!」   薫と雅子、悲しそうにうつむく。 千佳子「(嘲笑)なぁんだ。それじゃ話は簡  単じゃない。今ならもういいんでしょ?」 栞 「あなた、もう帰れば?」 千佳子「あら、私?私は良君と帰るわ」 栞 「良は行かない。一人で帰って」 千佳子「……(薄笑い)ふぅん。栞ちゃんも  やっぱり女の子なのねぇ。焼き餅……」 良 「(遮る)もう帰ってくれないかな」 千佳子「!……良君!私に言ってるの?」 良 「(うんざり)頼むからさ」   千佳子、不機嫌な顔。ツンと横を向き荒   々しく出ていく。   良、栞と目が合うが、うんざりした表情   で目をそらす。栞、ハッとなる。   雅子、見直したように良を見る。 三千代「木村君……」   と、心配そうに薫を見ている。 薫 「俺……毎日拗ねて、ご飯も食べなくて、  母さんの結婚つぶした。だから……」 雅子「もういいの、薫。お母さん、その事は  忘れたから。もういいのよ、本当に」 薫 「……だから、母さんがうっとおしくて  も、俺、何も言えないんだよ」 雅子「!」 薫 「俺、本当は謝りたかったんだ……ごめ  ん、母さん……」   雅子、複雑な表情。   三千代、涙を浮かべている。 良 「なあ、もういいだろ?帰ってくれよ」   全員一斉に「?」と良を見る。 薫 「……良さん?」 良 「そういう話なら帰ってやれよ。俺には  なんの関係もないよ。もう今日の絵は諦め  た。帰れっ」   薫、恥ずかしそうにうつむく。 栞 「……良」 良 「もううんざりだ。一人にさせてくれよ、  お願いだからさ!」   栞、ショックを隠せない。   薫、いたたまれず走り出ていく。   三千代、立ち上がり後を追う。   悲しい顔の栞、ソファーにあるカーディ   ガンを持って走り出ていく。 89 同・玄関(夜)   薫、玄関から飛び出す。   三千代、後を追いたいが、翻るガウンの   下は裸。   その横を走り抜ける栞、薫の後を追う。   薫と栞の後ろ姿を、悲しそうに見送る。 90 同・居間(夜)   雅子、動かない。 良 「(ため息)姉ちゃんも帰れよ」 雅子「……良」 良 「……」 雅子「子供ってナンだろうね」 良 「……」 雅子「ナンなんだろう……」 良 「……家、帰って考えろ」 雅子「……(微笑)そんな事言って、さっき、  庇ってくれたくせに」 良 「?」 雅子「あの人、追い返してくれたじゃない」 良 「……(ガクッとうなだれる)」 91 大通り(夜)   小雨が降っている。   薫、うつむいてスタスタ歩く。   栞、少し離れて後をついていく。 92 良の家・庭〜門(夜)   傘を差した雅子の前を、着替えた三千代   が歩く。 雅子「……」   迷うが、三千代を傘に入れる。   三千代、立ち止まって振り向く。 雅子「……入っていきなさい」   三千代、首を左右に振る。 雅子「入っていかないの?」 三千代「……木村君も、傘持ってないから」 雅子「……」 三千代「私もなくても平気です」   と、ペコンと頭を下げて走り去る。   見送る雅子。 93 線路脇・路地(夜)   薫、ぼんやりノロノロ歩く。 男の声「彼女ー、綺麗な足だねー」   ヒューヒュー言う数人の声。 栞の声「薫!」   薫、驚いて振り返ると同時に、栞が胸に   飛び込んで来る。   男たち、見ている。   薫、栞を連れて早足でその場を去る。   薫、後ろを気にするが、男たち、追って   くる気配はない。   それでも薫、栞を庇うように歩く。 94 同・ガード下(夜)   薫、足を止める。 薫 「ずっとついて来てたの?」 栞 「(うなずく)」 薫 「そんな格好で」 栞 「……」   栞、Yシャツの上に丈の長いカーディガ   ン、下は短いスパッツ。   栞、壁にもたれる。   薫、栞の前に立つ。   電車が通る。   電車の明かりが2人の顔を照らす。 栞 「薫……泣いてるかと思った」   栞、雨で濡れた薫の頬を触る。 薫 「……俺は栞が泣いてるかと思った」   薫、やはり雨で濡れた栞の頬を触る。 栞 「……」 薫 「……そばかす、丸見えだよ」   栞の顔、微笑が浮かぶがすぐに消える。 薫 「俺は好きだけど。栞のそばかす」 栞 「……」   2人、見つめ合う。   栞、薫の胸ぐらを掴んで引き寄せる。   薫、素直に栞に近づく。   薫、自分をジッと見る栞にキスをしよう   とするが、唇が触れ合う寸前でちょっと   ためらう。   栞、薫の口もとを見て待つ。   薫、栞についばむようなキス。もう1度   軽いキス。そして口づけ。   電車が通る。 95 ラブホテル・部屋(夜)   薄明かりの室内。   栞のカーディガンとスパッツ、薫のジー   パンと上着が椅子にかかっている。   薫と栞、ベッドの上で向かい合って正座。   栞、薫のTシャツを脱がす。   薫、不器用な手つきで栞のYシャツのボ   タンを外し、脱がす。   栞、薫に近づいて薫の頬、首、肩へとキ   スをする。   ゆっくり目をつむる薫を、そっと押し倒   す栞。薫の胸から下半身へ、栞、キスを   しながら移動していく。   床にトランクス、ブラジャー、パンティ   と、順に落ちる。   天井を見ている薫、ビクッとなる。   アッとせつない顔。     ×    ×    ×   薫と栞、並んで天井を見つめる。   栞、薫を見る。   薫、栞の視線を感じて栞を見る。   栞、優しい顔で薫の手を取り、シーツの   中の自分の胸に持っていく。 薫 「……柔らかい(声がかすれる)」   栞、微かに笑い、薫の手を自分の下腹部   へ持っていく。 薫 「……」 栞 「……(目を閉じる)」   薫、ガバッと起き上がり栞に覆い被さる。   目を開ける栞に薫、口づけ。だんだん激   しくなり、栞の髪を鷲掴みにしている。   栞の顎から首へと移動して胸。   薫、上体を起こして入ろうとする。   栞、伸ばしていた両足を曲げる。 栞 「あっ……」   薫、噛み締めるようにまばたき。   そしてがむしゃらな薫。   のけぞる栞。 96 ラブホテル・受付(朝)   良がお金を払っている。 97 ラブホテル・前(朝)   良、ムッとした顔で出てくる。   薫、恥ずかしそうにうつむく。   栞、良を窺うように笑う。   良、諦めたような顔になり、 良 「ホテルに入る時は金ぐらい持ってけ」 98 良の家・居間(夜)   入ってくる薫、ソファで画集を見ている   栞の隣に座り、画集を覗く。   薫、画集に集中する栞の髪の毛を触る。   気づく栞、薫に微笑みながら頭をよける。   薫、今度は栞の指に触って栞を窺う。   栞、ニッコリ微笑むと、立ち上がって居   間を出て行く。 薫 「あ……」   栞、振り向きもせずにドアを閉める。   薫、ムッとするが寂しい。 99 同・アトリエ   薫、モクモクと一人で描いている。   デッサン紙の端にヌードの切り抜きを貼   り、それをデッサン。   胸と下腹部しか描いていない。   苛立たしい顔で、セカセカと描く。 00 同・階段〜廊下   薫、階段を上がってくる。   良と栞、良の部屋の前で何かモメている。   それに気づく薫。 薫 「何してんの?」   良、薫をチラリと見て、栞の体を部屋か   ら押し出し栞の鼻先でドアを閉める。 栞 「……(悲しい)」   薫、栞に近づく。気づく栞、自分の部屋   へ向かう。後を追う薫。   栞、部屋に入り薫の鼻先でドアを閉める。   薫、部屋のドアにションボリともたれる。 01 同・居間(夕方〜夜)   栞と良、緊張した雰囲気で見つめ合って   いる所へ、薫が入ってくる。 薫 「……どうしたの?」   良、気まずい顔で薫を見る。 栞 「今日は私と一緒にいて」   良、黙って居間を出ていこうとする。   栞、良の腕を掴む。 薫 「どうしたんだよ!栞!」   薫、栞の腕を掴む。   栞、強く振りほどく。   薫、ムッとして栞の腕を強く掴む。 栞 「ヤダ!」   良、その隙に出ていく。 栞 「良!待って!」   ドアが閉められる。   栞、薫を睨み手を振りほどく。 栞 「バカ!薫のバカ!」 薫 「……ああ、バカだよ!どうせ俺はバカ  だよ!」 栞 「……」 薫 「どうしてだよ。なんで俺をさける?」 栞 「薫がしつこいから」 薫 「しつこくさせてるのは栞だろ?俺を振  り回して楽しんでるんだろ!」 栞 「(うんざり)もう……あたしは良とい  たいんだよ。邪魔しないで」   薫、怒った顔で栞を抱き寄せ、キスしよ   うとする。   栞、抵抗して薫の腕から逃げる。   追う薫。栞、逃げながら 栞 「言ったよね。束縛されたくないって。  どうしてわかってくれない?」 薫 「栞だって俺の気持ち、わかってないだ  ろ!どうして逃げるんだよ!」   栞、逃げ道を失う。薫、追い詰める。   栞にゆっくり近づく薫。 薫 「……好きなんだよ……どうして俺だけ  じゃダメなんだよ」   薫、手を伸ばし、栞の腕を掴もうとする。 栞 「薫なんか来なきゃ良かったのに」 薫 「!(手が止まる)」 栞 「薫が来なければ……あたしと良はうま  くいってたのに」   薫、茫然と栞を見つめる。 栞 「良が薫を好きだって言ったから!だか  らあたしも好きになっただけなのに!」   夕日が翳ってくる。   薫と栞、対峙する。   薫、怒りの面持ちで栞の両腕を思い切り   掴む。 栞 「痛いっ!」 薫 「……嘘じゃないか」 栞 「(睨む)」 薫 「全部、嘘じゃないか……束縛されたく  ないなんて嘘っぱちじゃないか」 栞 「……」 薫 「本当は、良さんを束縛して良さんに束  縛されたいんだろ!」 栞 「!」   薫、栞を揺さぶる。 薫 「良さんが誰も好きにならないから!良  さんに愛されないから、そうやって自分に  言い聞かせてただけじゃないか!」   栞、ガクガクと揺さぶられ 栞 「(涙が溢れる)やめて!」 薫 「自分の本当の気持ちから逃げてただけ  じゃないか!良の家に来る前も同じことや  ってきたんだろ!一番好きな人から嫌われ  るのが恐くて逃げてるだけじゃないか!」 栞 「やめてー!」   泣く栞、薫を突き飛ばす。   薫、壁に当たってその場にしゃがむ。   栞、走って居間から出ていく。 02 同・玄関(夜)   居間から出る栞、驚いて立ち止まる。   良、玄関に座って煙草を吸っている。   栞を見ようとしない。   栞、2階へ駆け上がる。 03 同・居間(夜)   良、居間に入っていく。   顔を上げる薫、涙。 良 「……」 薫 「……」 04 同・良の部屋(夜)   良、ベッドに寝ている。   薫、ベッドの端に座って鼻をグズグズい   わせている。 良 「薫。もう寝ろ。自分の部屋に帰れ」 薫 「……俺を見捨てる気だ……(すがりつ  き)良さん!俺、どうしたらいい?わかん  ないんだよー」 良 「(うんざり)あー、もう。だから言っ  たろ?女は大変なんだよ」 薫 「……」 05 同・食卓   良、料理の乗ったお盆を持って入ってく   る。 薫 「食べた?」   良、首を左右に振る。 薫 「……俺、もう1回、謝ってくる」 良 「子供じゃないんだ。放っておけ」 薫 「……」 良 「お互い様だろ」 薫 「……俺、帰ろうかな」 良 「……」 薫 「俺が帰れば、栞、御飯食べるかもしれ  ないだろ?」 良 「……そうだな、帰れ。いつ帰る?」 薫 「良さん、冷たい……明日、帰るよ」 良 「……」 06 同・アトリエ(夕方)   薫、一人で描いている。   真剣な顔。 07 同・廊下(夜)   良、栞の部屋の前に立つ。   ノックをするが返事なし。 良 「栞……薫、明日家に帰るらしいぞ」   良、言い終わると自分の部屋へ行く。 08 同・栞の部屋(夜)   布団に潜っている栞、ソロソロと顔を出   す。 09 同・客間   薫、脱ぎ散らかした洋服をよけている。   その下から教科書や問題集などが出て来   る。   埃を払ってカバンへ詰め込む薫、ふと顔   を上げて窓を見る。   カメラのシャッターの音。   薫、急いで窓際へ行って外を見る。   栞、空に向けてシャッターを切る。   カメラのレンズが薫を捉え、顔からカメ   ラを下ろす栞。 薫 「……栞」   栞、微笑んで薫に手招きをする。   薫、急いで部屋を出る。 10  同・庭   薫、走って来る。   栞、微笑んで立って薫を待つ。 薫 「栞!」   栞、ワンピースを着ているが化粧はして   いない。   良、歩いてくる。 良 「栞、ちょっと貸して」   栞、良にカメラを渡す。   良、地面の草花を写している。   栞を嬉しそうに見る薫、微笑み返す栞。 栞 「泣かしちゃってごめんね」 薫 「(恥ずかしい)……言うなよ、そうい  う事……俺のセリフだよ」 良 「久し振りだなー、カメラなんて」   と、振り向いてカメラを構える。   咄嗟に顔を隠す栞。 良 「何だ、撮るの専門か」 栞 「そう」   と、良からカメラを取り返し、家を写す。   良、木陰に座り煙草に火をつける。   薫、栞の隙を見てカメラを取り上げる。 栞 「あっ!」 薫 「チャーンス」   と言いながら、栞のアップを撮る。   と同時に栞、掌をレンズに向け顔を隠す。 薫 「そんなに嫌か、そばかすが」 栞 「違ーう」   と、カメラに手を伸ばす。その隙をつい   て薫、栞を良のそばに押し倒す。 薫 「良さん!栞、押さえて!」   と、スカートをめくって写す。 栞 「キャーッ!やめてー」   良、笑いながら暴れる栞をおさえる。   栞、スカートをめくられないように懸命。   ゲラゲラ、笑う3人。   門の外、怪訝な顔の通行人。   3人、いつまでもはしゃいでいる。 11 同・居間(夜)   テーブルの上、お酒や食べ物が散らかっ   ている。遊んだ名残り。   良に持たれる栞、栞の膝枕の薫、3人と   も眠っている。 12  同・アトリエ(明け方)   朝日の中、薫のデッサン。   ヌードモデル、全身がきちんと描けてい   る。絵も上達。   栞、それを微笑んで見ている。 13  同・居間(朝)   良、ぼんやりと煙草を吸っている。   目が覚める薫、起き上がる。 薫 「あー、ここで寝ちゃったんだね」   良、フーッとため息のように煙を吐く。 薫 「(見回し)……栞は?」 良 「……」 薫 「(予感)……良さん?」 良 「……いない。出てった」   薫、勢いよく立ち上がり居間を出ていく。   良、煙草の煙を見る。   薫、戻ってくる。 薫 「荷物も……何もないよ」 良 「……うん」 薫 「知ってたの?出ていったの」 良 「いや……俺が目、覚めた時はもういな  かった」   薫、力なく床に座る。 薫 「(呟く)最後の日だったんだ……昨日  がそうだったんだ……」 良 「違うよ……最初の日だったんだ」 薫 「(見る)」 良 「去年の昨日が拾った日だったんだよ」 薫 「……」   ぼんやり床に座る2人、テーブルの上の   カメラを見る。   窓の外、抜けるような青空。 14 木村家・外観(朝) 15 同・居間(朝)   薫、自分でパンを焼いてインスタントコ   ーヒーを入れている。 薫 「(ブツブツ)極端なんだよな、やる事  が。ご飯は作ってほしいよ、俺だって」   雅子、あわてて起きてくる。 雅子「あー、間に合わなかった。ごめーん、  朝の5時に寝たのよ」 薫 「……(苦笑)もういいよ」 雅子「ステンシルって面白いのよー。今度、  薫にも作ってあげる。自分でもこんなに夢  中になるなんて思わなかったぁ」 薫 「良かったねぇ。ステンシルって何かよ  くわかんないけど、俺はいらないよ」 雅子「要するに布に絵を描くのよ。別れた夫  に感謝だわ。慰謝料と薫の養育費がないと、  私こんなことやってられないもんねー」 薫 「そうだねぇ。良かった、良かった」 雅子「あ、今日の夜、私いないから。飲みに  行ってその後、カラオケなのよ」 薫 「はいはい。じゃ俺行くわ」 雅子「行ってらっしゃーい」   と、欠伸しながら自分の部屋へ戻る雅子。 16 高校・教室   授業風景。   薫、真面目に授業を受けている。 17 同・下駄箱〜階段の踊り場(放課後)   元気のない薫、下履きに履きかえている。   顔を上げると三千代が歩いてくる。 薫 「あ……」   三千代、薫に気づきハッとし、次の瞬間、   走り去る。   薫、慌てて下履きのまま追いかける。 薫 「佐伯!待てよ!」   三千代、振り返ると薫が追いかけて来る。   驚いてますます逃げる。   が、階段の踊り場で薫に腕を掴まれる三   千代、壁に貼りつくように顔を隠す。   薫、息を整え辺りを見回す。人影はない。 薫 「佐伯……俺……」 三千代「いいの!嫌われても仕方ないの!私  ……(か細く)あんな事して恥ずかしい」 薫 「……え?」   三千代、勢いよく振り向く。 三千代「あの時、私、おかしかったの!変だ  ったの!だから……忘れて……」   恥ずかしそうに涙を浮かべる。 薫 「(いじらしい)……忘れない」   三千代、驚いた顔で顔を上げる。瞬間、   涙がこぼれる。   薫、とまどいながら三千代の頬に触る。 薫 「忘れないよ」   三千代、力の抜けた顔。次々と涙が溢れ   る。   薫、三千代の顔を両手で包みキスをする。   三千代、驚きのあまり目は開けたまま。 18 木村家・薫の部屋(夕暮れ)   薄暗い部屋。   三千代と薫の制服と下着、ごちゃまぜに   脱ぎ捨てられている。   ちぢこまる三千代に、覆い被さる薫。   三千代の腕を取って胸を開く。   途端に三千代、薫の首にかじりつく。   薫、離そうとしても力が入って離れない。   薫、優しく三千代の髪を撫でる。辛抱強   く撫で、三千代の手を首から離し、薫の   手と組み合わせる。   うつむき加減の三千代の頬から耳へとキ   スをする薫。三千代の耳元で 薫 「力……抜いて」   と囁き、瞼にキスをする。   三千代、力が抜けてきて少し口が開く。   薫、組んでいる手をほどき、シーツの中   へ移動。   三千代、ビクンと体が動き目を見開く。   薫、上体を起こし三千代の足を曲げる。   三千代の反応を窺いながら、ゆっくり入   っていく薫。 三千代「い……」   三千代、目を思い切りつむる。薫の腕を   指の爪が白くなるほど強く掴む。 19 ファミリーレストラン(夜)   薫と三千代、食事をする。はしゃぐふう   でもなく、満ち足りた笑顔の2人。 20 良の家・居間(夜)   庭に面している居間の窓を開け、庭に向   かって腰掛けている良の後ろ姿。   野良猫、庭で良があげたエサを食べる。   煙草の灰が落ちるのも気づかず、猫を見   る良、表情は見えない。   テーブルの上、散らかる写真の数々。   一番上の写真、顔の上半分をてのひらで   隠す栞の写真、口もとは笑っている。 21 渋谷・通り〜スクランブル交差点   薫と三千代、手をつないで楽しそうにウ   ィンドウを覗きながら歩く。   三千代、立ち止まり店先のアクセサリー   を見る。微笑ましく三千代を見る薫、顔   を上げハッとなる。   大勢の人が流れる中、栞、薫を見ている。 薫 「栞……」   栞、優しい眼差しから、少しずつ笑顔。   薫、一瞬せつない顔になるが、ゆっくり   笑顔に変わる。   見つめ合う薫と栞、時間が止まった様に。 三千代「薫君?」   薫、ハッとして三千代を振り返る。   三千代、笑顔で「?」となる。   薫、三千代の顔をしみじみと見て、手を   強く握る。三千代、ウフフと笑う。 三千代「どうしたの?」 薫 「……いや」   と、栞の方を見る。栞、いない。   薫、栞の姿を探すが、大勢の人、人、人。 三千代「あ、信号変わりそう。渡る?」   点滅し出す信号、栞がいた所、そして三   千代と順に見る薫。   そして薫、吹っ切れたような笑顔になり、 薫 「渡るぞ!ほら、走れ!」   と、三千代の手を引っ張る。   点滅する信号に向かって、薫と三千代の   若々しく走る後ろ姿、人ごみの中へ消え   る。   人が溢れる渋谷の街、俯瞰。                    完