「藁のネクタイ」    札本 六助
第11回(平成10年)大伴昌司賞 ノミネート賞受賞作



【梗 概】

 一年ほど前から都会生活を始めた望月昭一(70)は、うまく町の暮らしに適合出来ずにいる。
 ある日、喫茶店と間違えて美容院に入り、コーヒーを注文するが、その事が縁で店主の美幸と顔なじみになる。
 美幸には教師になりたての冬子という娘がいる。
 この冬子が、勤め先の小学校で「昔の暮らし」を内容とした「生活科」の指導に苦慮している。
 昭一は豊富な農村暮らしの経験を買われ、冬子の学校で「地域指導員」として、協力する事になる。
 最初は奔放な子供達に腹を立てたりするが、自閉症児タケシの無垢な言動等に触れ、子供達への愛情が育っていく。
 昔を懐かしみながら、昭一は、素朴なおもちゃを作ったり、公園でドングリの食べ方を教えたりして、子供達との親睦を深めていく。 特にタケシは、昭一の作る藁の縄に強く惹かれ、ことのほか昭一になついてくる。
 昭一の協力を得て、意欲的に「生活科」の授業を展開する冬子と、その婚約者新井俊介だが、PTAの母親や校内の一部からの強い反対にあう。
 反対の理由は、「受験勉強」的でない「生活科」への反発と、昭一そのものへの反感であった。
 野良着を着て、全く都会的でない言動の昭一に対して、生理的な反感を抱くPTA副会長や、副校長の嫌がらせが始まる。
 最初はおどおどとしていた昭一だが、冬子や俊介の健気な熱意に感じて、次第に逞しくなっていく。
 昭一は息子章治(35)その嫁留美子(35)そして孫のまどか(10)達と住んでいるが、郊外の老人ホームに痴呆症を病む妻のフク(63)を預けている。 
  嫁の留美子は口うるさい。特に服装については、外出時いつもネクタイをするように言われて、ネクタイの嫌いな昭一にとっては、やり切れない。  
 ある日昭一は、「生活科」で使うための古い農器具をとりに、息子章治の運転する車で新潟の田舎に行く。田舎の空気に触れさせてやろうと、妻フクも連れていく。
 間もなく人手に渡る事になっている懐かしい田舎の家屋敷は、荒れ果てている。
 火の気の無い囲炉裏に向き合って座る両親を見て、章治は自分の不始末から両親を不幸にしてしまったことを泣きながら悔いる。
 そこへフクの妹スマが来て、章治を激しく打ち据えながらその不行跡を責める。
 章治は数年前、ホステスに入れあげてサラ金に手を出し、その借金を昭一が田畑を売ることで始末してやったのであった。
 苦労の果てにフクは痴呆となり、昭一は田舎を引き払って、章治の家に身を寄せ、フクを老人ホームに預けているのであった。
 しかも息子の家庭を壊さないようにと、全て自分の不始末として、章治の事は嫁の留美子には知らせていない。
 持ち帰った沢山の古い農機具を昭一は学校に寄贈する。
 昭一は空の臼を使って、餅つきの形を冬子達に教えようとする。それを見て、定年間近の校長は、全校生に本物の餅つきを見せてやりたいと考える。
 しかし餅つき案は、PTA副会長等の反対に合い実現しそうもない。
 そんな折り、老人ホームで知り合った紳士が、昭一の行く学校のPTA会長であった。  会長は、自分の知らないところでPTAが昭一にひどい仕打ちをしていたことを知り、校長と腹を割って話し合う。
  校長と会長は意気投合し、全校餅つき大会を一気に実現させる。
 その餅つき大会の日、フクの入所している老人ホームの人々も招待されている。
 昭一の指示で餅つきが始まるが、「合いの手」が難しく、杵のリズムが生まれてこない。
 そこへフクが出てきて、昭一の「合いの手」をつとめる。
 重度の痴呆で何も感じていないと思われていたフクが見せる見事な技と気合いに、感動する人々。
 全校児童代表から感謝の花束を受ける昭一。更に自閉症児のタケシが自作の藁の縄をネクタイの様に結んでくれる。しかも今まで喋れなかったタケシの奇跡的な発語。
 喜びにくしゃくしゃになった昭一の顔に全校児童の拍手。
 その夜昭一とフクを囲んで、家族と関係者が集まり、餅つき成功を祝う会が開かれる。 頑なだった留美子の心も少しずつ和らぎ、昭一の都会暮らしも、生き甲斐を見出してきたようである。
 













































【登場人物】
望月昭一 (70) 一年ほど前に都会へ移住
   フク  (63) 昭一の妻・痴呆症
   章治 (35) 昭一の息子・会社員
  留美子 (35) 章治の妻
  まどか (10) 昭一の孫
近藤冬子 (24) 教員二年目
近藤美幸 (45) 美容院店主・冬子の母
新井俊介 (28) 教員・冬子の婚約者
タ ケ シ  (8)  冬子のクラスの児童
校  長  (60) 定年間近
副 校 長  (44) エリートを自認
五 十 嵐  (40) PTA会長
蕪木洋子 (36) PTA副会長
西田誠子 (55) 養護教諭
ス  マ  (58) 新潟に住むフクの妹 



○駅近くの通り
     旅行カバンをさげた望月昭一(70)が、疲れた様子で歩いてくる。
     ネクタイをしているが、野暮ったい。
     立ち止まり、Cocoと書かれた美容院の扉を見ている。

○Coco美容院の扉の前
     昭一が近づき開けようと手を出すと、自動扉。
     そのまま、引き込まれていく。

○美容院の中
     昭一が入って来てテーブルにつく。
     奥から、店主の美幸(45)怪訝そうに来る。
昭 一 「コーヒーをください」
美 幸 「は?」
昭 一 「コーヒーを一杯ください」
     奥に若い美容師と客一人、驚いて見る。
     美幸、にこやかに頷く。
客(鈴木)「望月のおじいちゃん!」
昭 一 「ああ、誰?」
客(鈴木)「私よ。向かいの鈴木。旅行いっ てたんじゃないの?老人会の」  
昭 一 「つまらん、旅行は。カラオケじゃ、ダ ンスじゃと、わしは何もできんから」
鈴 木 「おじいちゃん、喉いいって言ってたわ よ留美子さん」
昭 一 「観光バスの車掌さんが無理に歌えって 言うもんで、仕方なく歌ったけどな」
若い美容師「何歌ったんですか」
昭 一 「恩賜のたばこを戴いて、というやつ」
鈴 木 「何それ?」
若い美容師「何か、かっこよさそうな感じ」
昭 一 「車掌さんが、浪花節かと言いおった。皆で大笑いしやがって。都会の年寄りは、大東亜
     戦争の時に何をしとったんだ」  
鈴 木 「あははは、その台詞おじいちゃんの口 癖だって、留美子さんが」
美 幸 「ああ、あの望月さんの奥さんとこの」
     美幸、コーヒーを持ってくる。
昭 一 「おねえさん、手拭い。ほれ、キッチャ テンは、濡れた手拭いが出るでしょうが」
美 幸 「おしぼりですね。はいはい」
     奥で、客と若い美容師が笑う。
鈴 木 「おじいちゃんの帰るの夕方だって、聞いてたけど」
     美幸がおしぼりを持ってくる。
     それで顔を拭きながら、
昭 一 「バスが早く着いたらしい。皆ヘルス温 泉に行くと言うとったが、どうせ又、カラオケにダ
     ンスじゃ。」
美 幸 「帰って来ちゃったんですか。お一人だ けで」
昭 一 「そうしたらあんた、家に入れん。わしの部屋で子供がいっぱい騒いでおった」
     鈴木、終わって椅子から降りながら
鈴 木 「そうだ、今日まどかちゃんの誕生会やってる。家の子も行ってるんだ。おじいちゃんごめん」
昭 一 「家ン中でパンパン音がしてた」
若い美容師「クラッカーね」
     昭一、テーブルの上に、観光先のパンフレットを並べ始める。
       鈴木が金を払いながら、
鈴 木 「おじいちゃんね、此処は美容院。パーマ屋さん。喫茶店じゃないのよ」
     昭一驚いて中腰になる。
     パンフレットが散らかる。
昭 一 「違ったですか。でもガラスに、こうなった(Cという字を書きながら)コーヒーみたいな看
     板が」
若い美容師「あっそうか、なるほど間違えるわ」
昭 一 「こりゃ、とんだことを」
美 幸 「うちには、お客さん用の飲み物いつも用意してありますから、喫茶店みたいなものなん
     ですよ。それに若奥様にはいつもご贔屓になってますし。まあ、ごゆっくりなさってください」
     美幸、うろうろしている昭一を座らせる。
若い美容師「奥さん、うちも喫茶部作りましょう。ティールーム・ココ。あれ、ココアみたいかな」
     昭一、帰りかける鈴木に手を合わせ、
昭 一 「どうぞ留美子さんには言わんで下さい。また怒られます」
鈴 木 「大丈夫よ。言わないってば」」
     鈴木、手を振りながら出ていく。  

○タイトル・藁のネクタイ

○同美容院・裏庭
     地面に敷いた敷物の上、トレーナー姿で、冬子(24)が膝を立てたぎこちない格好で座っ
     ている。
     藁の束がある。
     かたわらに、本が広げられている。
     冬子は、本を見ながら座り方をいろいろ変えている。
     美幸が昭一を連れてくる。
美 幸 「冬子、出来たの?縄」
冬 子 「全然駄目。まずこの座り方ってのができない」
     冬子、広げた本を指す。

○本の挿し絵
     あぐらをかいて、縄を綯っているところの絵。
       その側に(ワラ細工・縄の作り方)の文字。

○同裏庭
美 幸 「こちらのおじいちゃん、一年前まで田舎で、お百姓やってらしたんだって」
冬 子 「え、ママほんと!」
美 幸 「ほんとよ、プロなのよ。何でも教わんなさい」
冬 子 「ラッキー、助かったー」
     冬子、座り直して、
冬 子 「よろしくお願いします」
     昭一、藁の束を凝視している。
美 幸 「さっきお話した娘の冬子です。おじいちゃん」
     昭一、凝視している。
美 幸 「あのー、おじいちゃん」
     昭一、凝視。
冬 子 「小学校の新米教師なんです。生活科っていう勉強で、昔の暮らしの事やってんですけど、
     わかんなくて。特に農家の事、学 校中誰もわかんないんです」
     昭一、膝をつき、大きな手で藁を掴む。
     藁が震えている。
     藁の匂いを嗅いでいる。
     泣きださんばかり。
美 幸 「おじいちゃん、お願い、ね。縄作って見せてやって」
     昭一、くしゃくしゃの顔を上げ、笑って大きく頷く。
昭 一 「ああ、縄でも草鞋でも、筵でも米俵でも作るよ。奥さん水を」
     昭一、手でコップを持つ仕草。
     美幸が駆けていく。
     昭一、あぐらをかき、ネクタイを外し、大きく息。
     それから左手で藁を一握り持ち、右手の指を広げて突っ込み、元の方の袴の部分をしごき
     取る。
       藁の束がすっきりする。
     戻ってきた美幸からコップを受け取り、水を含むと藁の束に霧吹き。
      その霧を吹く息が長い。
冬 子 「あ、虹」
     冬子が小さく叫ぶ。
     昭一、あぐらの足の、片方の靴下を脱ぎ、五、六本ほどに分け取った藁の端を足の指には
     さむ。
       そして手の平を擦り合わせるようにしながら綯って行く。
       冬子、美幸息をつめて見つめる。
     綯う手が藁の先まで行くと、次の藁を継ぎ足し縄が延びていく。
       延びた縄が、昭一の尻の下から後ろに出てくる。
美 幸 「いい音」
     掌と藁が擦れて、しゃりしゃりという音を立てている。
       三メートルほどになった縄の先端を結び、先ほどの藁くずを握ってギュッギュッと擦ると、
     艶のある見事な縄の出来上がり。
冬 子 「うわー出来たあ。これが縄なんだ」
美 幸 「さすがね。ありがと、おじいちゃん」
冬 子 「感激!私俊介に電話してくる」

○美容院のリビング
     美幸が昭一にお茶を入れている。
     荒井俊介(26)がジュースを飲んでいる。
     冬子が体に縄を巻き付けて、ファッションモデルのように歩き回って居る。
     ふざけた調子で、
冬 子 「いかが、荒井先生。一組の子にも見せてさしあげますわね」
俊 介 「はい、近藤先生。ぜひあなたが作って見せてやって欲しいです」
冬 子 「あはは、駄目よ俊介、あのあぐらって言うのやると後ろにひっくり返っちゃうんだから」
美 幸 「ずいぶん現代的感じなのね。お店のインテリアに欲しいな」
冬 子 「駄目よママ、あの藁は全部、学校持って行きますからね」
昭 一 「この頃は、機械で植えるから苗が短くて、藁の寸が足らんのです。こんな立派な藁は滅多
     に手に入らねえ」
冬 子 「おじいちゃん、懐かしかった?」
昭 一 「もう、都会に来てからこんな嬉しい事はなかった。わしはつくづく田舎の人間じゃと思うた」
美 幸 「どうして出てきたの?息子さんとこへ。まだこんなにお元気なのに」
     昭一、苦しそうに黙る。
     冬子、俊介の体に縄を巻き付けながら、
冬 子 「ね、俊介。おじいちゃん学校に来てもらおう」
俊 介 「うん、それはいい。地域指導員という名目で予算も組んであるんだ」
冬 子 「いいでしょおじいちゃん」
俊 介 「私たち二年一組と二組の担任なんです。生活科の時間にご指導お願いします」
     昭一、困ったように美幸を見る。
美 幸 「おじいちゃん、あまり人前で喋るの得意じゃないと思うけど」
昭 一 「そうなんじゃ。子供の時も、学校の成績悪かったから」
俊 介 「いやあ、昔の事いろいろ教えてくれるだけでいいんですよ。負担はかけませんから」
     美幸、側に来て肩に手をかけながら、
美 幸 「大丈夫よおじいちゃん。さっきみたいに、縄なんかを作って見せてやればいいのよ、きっと。
     ねえ」
     冬子、俊介大きくうなづく。
     昭一、しばらく考え、
昭 一 「そうですか、藁に触らせてもらえるんなら、どんなおっかねえ事でも引き受けねばなるまい」
       昭一、笑顔になる。
冬 子 「嬉しい。生活科今度……」
俊 介 「あさって、火曜日。明日校長に届けとくよ」
     店の方で、女性の賑やかな声。
若い美容師の声「望月さんの奥様が見えました」
     美幸、店の方へ出ていく。
     昭一、急にうろたえ、ネクタイを締めようと焦る。
冬 子 「どしたのおじいちゃん」
昭 一 「ネクタイをしとかんと、留美子さんうるさいので」
冬 子 「ああ、慌てないで大丈夫。やってあげる。イヤだ私出来ないんだ。俊介、お願い」

○同美容院・店先
     望月留美子(35)が、美幸にしきりに頭を下げている。
留美子 「いえね、老人会からは先に帰ったって連絡があったんですが、いっこうに帰り着かないも
     んで」
美 幸 「私の方で無理にお引き留めしてしまったんですよ。申し訳ありません」
留美子 「鈴木さんが家に来て教えてくれたんですが、何かコーヒーを注文したとかで、ご迷惑をお
     かけしました」
美 幸 「実は娘が、おじいちゃんにいろいろお願いしてしまって……」
     昭一と冬子、俊介出てくる。
冬 子 「済みません。学校の方におじいちゃんをお借りします」
     昭一、もじもじとしている。
留美子 「あら、冬子ちゃんでしたっけ。きれいになって……。婚約されたって、こちら?」  
俊 介 「どうも……」
     留美子ことさら昭一を無視。
     昭一、さらにもじもじ。
留美子 「それでお式はいつなの?」
美 幸 「来年の春休み。学校はちょうど区切りがいいから」
留美子 「そんなお忙しい時に、家のおじいちゃんたらお邪魔しちゃって。さ、帰りますよ。
     じゃ、ごめんくださいませ」」
     留美子、優しく昭一の肩を抱いて出ていく。   
     二人の出ていったドアを見ながら、
美 幸 「おじいちゃん、怒られるな」
冬 子 「優しそうな奥さんじゃない?」
     美幸、黙って首を振る。

○車の中
     運転席の留美子が小言を言っている。
留美子 「第一恥ずかしいでしょ。あんなとこ でコーヒー頼んだりして。鈴木さんがもう、近所中触
     れ回ってますよ」
     昭一、頑なに、後部座席で黙っている。
留美子 「ボケたんだったら、お母さんと同じ所に入ったらどうですか」 
      昭一、耐えている。

○望月家キッチン
     昭一とその息子章治(35)その妻留美子。孫娘まどか(10)、食卓についている。
章 治 「生活科って言うのは何を勉強するんだ」
留美子 「理科と社会科を一緒にしたようなも のらしいわよ」
章 治 「まどかも、今やってるの」
まどか 「ううん、低学年だけ。でもすんごく 面白い。メンコしたり、木登りしたりして遊んでばっか」
章 治 「おじいちゃん、大丈夫かなあ」
まどか 「うちの学校にも、紙飛行機のおじい ちゃんていう人が時々来てる」
昭 一 「ただの百姓のじいさんでいいそうだから、何とかなるじゃろう」
留美子 「でも、服装きちんとして行って下さいよ。ネクタイ外しちゃだめですよ。東雲台の辺りは、
     超のつく高級住宅地なんですからね」

○老人ホーム・全景

○同ホーム・表門
     門柱に(特別養護老人ホーム)の標示
     植え込みの中に「生き甲斐の里」の標示。
     その前を、昭一が過ぎる。
     花と旅行土産を抱えている。

○同玄関
     固い扉の開閉にタイミングが合わず、昭一の抱えていた花とお土産の包みが散乱する。
     職員が走り寄って来る。
     昭一、腹立たしそうに、ネクタイをゆるめる。
職 員 「大丈夫?……あ、奥さん元気にしてるわよ」
昭 一 「どうもこの、押すのか引くのか、いつも分からんようになって」
     職員、拾い集めながら、
職 員 「ふふ、ここに来たらネクタイ取っても いいのよ。そうしたら、落ち着くんでしょ」

○同入所者の部屋
     ベッドが四台。
     病院に似ているが、部屋の一角に畳の部分があり、テレビが置かれ、数人がそこにご
     ろごろしている。
       望月フク(63)がベッドに正座している。
     かたわらで、昭一が花を活け替ええたり、旅行土産の包みをを開いたりしている。
昭 一 「その髪結いさんでな、わしは縄を綯ったんだよ。この手でな。嬉しかったよ、ばあさん」
     フク、反応しない。虚ろな目。
昭 一 「それで今度な、学校の生徒に教えに行く事になったんじゃ」
     フクの口に土産の菓子を入れてやりながら、更に、
昭 一 「お前は高等科まで行って、字もよう知っとるがな、わしは、尋常科じゃ。それもろくに
     行ってはおらん」
     老女やってきて、広げてある菓子箱に手を出す。
       昭一が、その手に幾つか持たせてやる。
     老女、声を立てて笑いながら行く。
     フクは、反応しない。
昭 一 「無学な、こんなわしが、学校で教えるんだとよ。おかしな世の中だなあ」
       昭一、フクの顔を覗き込んで笑う。
     フク、つられて少し笑う。
     寮母が来る。
寮 母 「なーんかいい雰囲気ね」
昭 一 「お世話になってます。看護婦さん」
寮 母 「看護婦さんじゃないの、私は寮母。何度も言ったじゃない」
昭 一 「ああ、寮母さん」
寮 母 「ねえ、望月フクさん!旦那さんと何話してたの」
     フク、無表情。
寮 母 「今、少し笑ってたわよね。何が響いたのかしら。参考のために教えて、今の話」
昭 一 「わしが髪結いの店で、コーヒーを飲んで、それから藁で縄を綯ってな、今度学校へ行くん
     ですわ」
寮 母 「????」

○高層住宅街

○同街路
     ネクタイを固く締め、緊張して昭一が歩いている。

○小学校校門前
     「横浜市立東雲台小学校」の表札を見ている昭一。
     大きく息をして、昭一が入っていく。

○東雲台小学校・廊下
     (校長室)の標示

○同校校長室
     ソファーに掛けて、昭一がかしこまっている。
       校長がその前に座りながら、紙を置く。
       紙に大きく「地域指導員を委嘱」と書いてある。
       昭一立ち上がり、その委嘱状を押し頂く。
校 長 「いやー助かりました。何しろ若い先生ばかりで、困ってた所です。まあ、お座りください」
昭 一 「は、はい。もったいないことで」
     昭一、押し頂きながら座る。そのはずみに卓上のお茶がこぼれる。
       慌ててハンカチを取り出した途端に、今度は委嘱状が濡れる。
校 長 「どうぞそのまま。いいです、いいです」
     昭一、汗をかき、ますます取り乱す。
校 長 「今、拭くものを持ってこさせます。どうぞお楽に」  
     校長、部屋の隅のインターフォンを取り上げる。
     昭一、ネクタイに手を掛けるが、思いとどまる。

○同校・廊下
     校長が昭一を案内して歩いてくる。
校 長 「ここは埋め立て地ですから、学区全体が、殆ど人工的な空間でして、もちろん田圃や畑
     などは全くありません」
     昭一が掲示板の前で立ち止まる。

○同校廊下・掲示板
     模造紙に、手作業の頃の田植えの絵が描かれている。

○同校廊下・掲示板前
校 長 「ああ、どこからか貰ってきたものです。今では貴重な資料の一つですよ。さあ行きましょう」
     昭一、絵を見たまま動かない。  
校 長 「やっぱり、お懐かしいでしょうね。さ、子供達が待っていますから」
昭 一 「校長先生、この絵はちいっと変ですな」
校 長 「変と言いますと?」
昭 一 「田植えは、苗を植えながら後ろに下がって行くもんです。これは、前に進む様に書いて
     ありますな」
校 長 「……!」
昭 一 「これでは、せっかく植えた苗を、自分足で踏みつけて行くことになりますな」 
校 長 「そう言われてみると……」

○同校・廊下
     (二年二組近藤級)の教室標示。
     騒々しい子供たちの声が次第に静まる。
校長の声「お名前は、望月昭一さんと言います。昔の事、特に農家の事については何でもご存じ
     です」  
 
○二年二組教室
     児童達の前に、校長に並んで、直立不動  の姿で昭一が立っている。
     冬子が黒板に「もち月しょう一」と書いている。 
校 長 「校長先生は六十歳なんだけど、この望月のおじいちゃんは、七十歳。ずうっと上でしょう。
     冬子先生は未だ二十四歳。おじいちゃんから見るとお孫さん位かな。だからおじいちゃん
     は校長先生よりも色んな事をいっぱい知っているんです」

○同校廊下・掲示板前
     校長が田植えの絵を取り外している。

○二年二組の教室
     児童が昭一に質問を浴びせている。
児 童1 「おじいちゃんの小さい頃は、みんな ちょんまげでしたか?」
児 童2 「お米作ってたんですか?」
児 童3 「忍者見たことありますか?」
     昭一、いちいち頷いたり首を振ったりしている。緊張がいくらかほぐれてきた表情。
冬 子 「済みません、失礼なことばかり聞いて。この地域は核家族ばかりで、お年寄りが珍しい
     のです」
      その時児童の一人が叫ぶ。
児童(コウ太)「先生!タケシが逃げた」
冬 子 「あ、ちょっとお願いします」
     冬子、教室を走り出ていく。

○同校・校庭
     走るタケシ。
     懸命に追いかける冬子。

○二年二組教室
     黒板に書かれた自分の名前の下、昭一が椅子に掛けている。
     それを児童が取り囲んでいる。
児 童1 「ふーん、これが年寄りか」
児 童2 「きったねえ」
児 童3 「禿だ」
児 童4 「バカ言え、これは白髪だ。家のママ なんか、すぐ抜いちゃうぞ」
児 童5 「オイ、皺がすげえぞ」
コウ太 「やめろよ。悪りいだろ」
児 童6 「うるせえな。いいだろ」
児童7(女)「あんた、宇宙人じゃないの」
     児童達、あちこちから手を出して、小突いたり耳を引っ張ったりし始める。
       昭一、その手を払いのけているが、ますますひどくなる。
児童8 「臭せえぞコイツ。ああ臭え」
     児童の一人が、ネクタイを強く引っ張る。
     昭一、憤然として立ち上がる。
     児童達、ワッと散る。
  
○同校・廊下
     昭一が口をへの字にして、急いでいる。
     その手に、未だ結び目の残ったネクタイが握られている。
       廊下のガラス越しの窓の下を、タケシの手を引いた冬子が過ぎていく。

○同校・職員玄関
     靴入れが並んでいる。
     昭一があちこち開けては覗いている。
     外から西田誠子(55)が入ってくる。
西 田 「履き物お探しですか。こちらでしょう」
     来賓と書かれた所を開けて西田が靴を取り出してくる。
西 田 「あのー、二年生の生活科のご指導にいらした方じゃございませんか。私、養護教諭の
     西田と申しますが」
      昭一、靴を履きながら頷く。
西 田 「もう、お済みなのですか」
     昭一、頷く。
西 田 「あ、今日はお顔見せだけなのですね。 じゃあ、この次からどうぞよろしくお願いします。
     私、冬子ちゃんとは親しく致してますので」
     昭一、むっとしたまま、出ていく。
     西田、怪訝な顔で見送る。
西 田 「誰も見送りにも来ないなんて失礼ね。全く。若い人ってこれだから」

○バス停
     昭一が、バスに乗ろうとしている中年の婦人に聞いている。
昭 一 「茜が丘通りますかの」
夫 人 「茜が丘?ああ、老人ホームね。通りますわよ。随分遠いけど」

○バスの中
     髪が乱れ、ネクタイを外した昭一が、大きな息をつき、目を閉じて座っている。
       走るバスの窓越しに、校門が見える。
       校門を、校長、冬子、俊介、が飛び出して来るのが見える。

○校門の前
     冬子がオロオロとし、校長が叫んでいる。
校 長 「駅の方へ行かれたはずだ。荒井先生追いかけて。私も車で行ってみる。近藤先生は教
     室の児童を見て」

○特別養護老人ホーム・全景

○同ホーム・入り口
     扉の前で、昭一がイライラしている。
     白衣を着た女性が来て、笑顔で扉を開けて一緒に入っていく。
白 衣 「ホームの扉は、わざと開けにくく出来てるの」
 
○同玄関
     白衣の女性、受付に声を掛ける。
白 衣 「望月さんのご主人、面会ね。よろしく」
受 付 「ハーイ、了解」
白 衣 「何か、ご機嫌悪いみたいよ」
受 付 「分かりました。あらもうネクタイ取っちゃてるじゃない。何かあったようね」

○同・フクの部屋
     フクが畳に正座している。
     昭一がその前にあぐらをかいている。
     寮母がベッドの周りを片づけている。
寮 母 「望月フクさん。旦那さん今日は面白くないことがあったみたいよ。こんな優しい人が頭に
     来るんだから、よっぽどの事ね。話聞いて上げてね」 
昭 一 「あの、看護婦さん、じゃなくてリョ、リョウ?」
寮 母 「寮母」
昭 一 「寮母さんね、今の学校の生徒は、デタラメですな。やっぱり修身がなくなったせいですな」
寮 母 「なーに?そのシューシンって」
昭 一 「あんたも、知らんのか……。そう言えば家の章治も、修身さえやっておけば、あんなバカ
     な事を……」
寮 母 「何か今日は暗いわね。シューシンじゃないけど、今日の夕食シューマイなんだ。ゆっくりし
     て、おじいちゃんも食べていって。ねえ、そうしなさい」
昭 一 「……そうしようか」
寮 母 「ご飯食べながら、ゆっくりお話してやって。なるべく昔のこと。楽しかった時のこと。痴呆さ
     んには、それが一番の薬なの」
昭 一 「そうじゃな。祭りの話でもしようかな。ばあさん」
     昭一、穏やかな顔に戻る。
     フク、あらぬ方を見ている。
寮 母 「利用者の家族の夕食は四百二十円。後で受付に払っといてね。お酒飲むんだったら、ロビ
     ーに販売機があるから」

○望月家・居間
     校長、俊介、冬子が畳の上に両手をついて留美子に謝っている。
留美子 「どうぞまあ、お手をお上げになって下さい。父は頑固で偏屈なものですから」
校 長 「それで、お爺さまは、未だお帰りじゃないので」
留美子 「先ほどホームから電話がありまして、向こうで一緒に夕飯を食べてくるそうなんですのよ」
冬 子 「おばあちゃんのいらっしゃる、茜が丘の?」
留美子 「ええ、何かあるとすぐに行くんですよ。相手は惚けているのに、愚痴を聞かせて来るんで
     すよね。おっほほ」
     帰宅した章治が入ってくる。
留美子 「あなた、おじいちゃんの事で学校から先生達が。何だか、子供に何か言われて、怒って
     勝手に帰っちゃったんですって。それにこんなお土産まで」
     章治、様子の分からないまま、手をついて挨拶。
章 治 「良く分かりませんが、年寄りのわがままか、勘違いだと思いますが」
校 長 「いえ、子供達の失礼な態度、教育者として、恥ずかしい限りです」
俊 介 「隣の教室に居ながら、気がつくのが遅れました。無理にお願いしておきながら、こんな事
     になってしまって」
冬 子 「私がいけないんです。荒井先生に頼んでから、教室を離れるべきでした」

○老人ホーム・食堂
     昭一とフクが食事をしている。
     周りにも大勢の老人が居る。
     支えられてくる老人。
     車椅子の老人。
     それぞれに付き添う介護士や職員。
     昭一がこまめにフクの世話を焼いている。
     そこへケタケタ笑いながら来た男の老人が、昭一の頭の上から醤油を掛ける。
      制止の声を張り上げながら、若い介護士が来る。
介護士 「ごめんなさーい。これどうぞ」
     介護士、大きなポケットからタオルを何枚も出す。  
     昭一、拭きながら笑って、
昭 一 「いや、構わんですよ。ご苦労さんですね、お若いのに」
介護士 「見慣れない人を見ると、すぐこれなんです。気を引こうとするんですよ、この子」
     介護士、老人の腕をねじ上げながら連れていく。
昭 一 「この子と言われるのか。あんな若いのに……」
     嘆息して見送る昭一。
     その間に、横合いの老女が、フクの皿や鉢の中の物を混ぜ合わせている。

○望月家の居間
     校長、冬子、俊介、章治が座卓を囲んで、コーヒーを飲んでいる。
校 長 「ご老人に対する敬老の精神、学校を挙げて指導を致します。どうぞもう一度学校へおいで
     下さるように、ご主人様の方からお願いして頂けないでしょうか」
     校長に合わせて、冬子、俊介も頭を下げる。
     章治、じっと考え、
章 治 「父は押入の奥に、野良着を一着しまってあるのです。野良着の一張羅と言うのも変ですが、
     いつか、晴れてこれを着たいと思っているようです。まあ心の拠り所のような物です」
校 長 「はあ?」
昭 一 「それで、どうでしょう、この野良着姿で行ってもいいとおっしゃるなら、私の方で、説得する事
     ができます」
校 長 「いいですとも!願ってもないことですねえ、先生方」
俊 介 「その方が、児童への指導がずっとやりやすいです。ねえ、近藤先生」
冬 子 「はい。すてきです」
       留美子出てきて、章治の袖を引きながら、
留美子 「それでは、余計バカにされますよ。あなた」
校 長 「いや、奥さん。労働のユニフォームとしての野良着の意味を、児童に十分理解させますから、
     ご心配なく」

○駅近くの通り(朝)
     ショーウィンドーや看板に朝日が反射している。
     地味な布地で縫い上げた昔風の野良着を着て、地下足袋を履いた昭一が足取り軽く歩いて
     いく。
       縁の狭い麦藁帽子をかぶり、大きな布の袋を提げている。
まどかの声「やだあ、おじいちゃんまるで案山子じゃん」
留美子の声「やっぱりあなた、私送って行きますよ。学校まで」
章治の声「いいんだよ、好きなようにさせとけよ」
留美子の声「じゃあ、駅まででも乗せて行きましょう。ね、ご近所の手前、みっともなくって」
章治の声「おやじはあの姿に誇りを持ってるんだ。またヘソを曲げられたら困るよ」
留美子の声「フンだ、田舎を食い詰めて出てきた人に、誇りなんかあるもんですか」
     昭一、胸を張ってCoco美容院の前を通り、丁度顔を出した美幸に明るく挨拶をする。
      美幸、服装を指さし、手を打っている。

○駅の雑踏
     通勤の人々に混じって、野良着の昭一が行く。
     一瞬、驚きの表情をする人々。

○高層住宅街

○同・街路
     高級感漂う整然とした歩道を、野良着の昭一が行く。
       庭先や窓から、奥様然とした人たちが、唖然とした顔で見ている。

○小学校校庭
     児童が整列している。
     朝礼台の上に、昭一と校長が立っている。児童達の好奇の目が、野良着姿の昭一に向けら
     れている。
校 長 「大事なお米を育てる時、お百姓さん達は、こういう服装をしています。ほら、とっても動きやす
     く、丈夫に出来ています」
     校長、昭一の袖や地下足袋を指し示して説明する。
校 長 「サッカーや野球の選手がユニフォームを着ているでしょう。それと同じ物だと考えて下さい」
     校長、昭一の体をいろいろな角度に変えて見せる。
       昭一、くすぐったそうな表情でそれに従っている。

○同校・廊下
     (二年一組・新井級)の教室標示。

○教室の中
     児童の前に、昭一と俊介が立っている。児童達リラックスしているが、集中している。
     俊介、布袋を持ち上げて見せる。
俊 介 「この中、何が入っていると思う」
児 童1 「ファミコン!」
児 童2 「お金!キンとかダイヤモンド」
児 童3 「殺人の、人間の死体」
児 童(秀弥)「先生、望月さんは変装をしているんだと思います。だから、望月さんのいつも着ている
     洋服が入っている筈です」
児 童4 「さすがー、秀才の秀弥!」
俊 介 「秀弥の推理、相変わらず鋭いな。だけど今日ばかりはどうかな。それでは望月のおじいち
     ゃんお願いしまーす」
     俊介、巧みに児童の興味を引き出す。
     昭一もそのリズムに乗せられて、タイミング良く、袋の中から布にくるんだ「鎌」を取り出す。
     布をほどくと、鎌の刃。
児 童5 「すんげえ。光ってるぞ」
児 童6 「戦うの?おじいちゃん、それで」
     俊介、すかさず稲刈りの絵を取り出して見せる。
     昭一、稲を刈る格好。
     俊介がそこに藁を立てる。それを刈り取る仕草。
俊 介 「こういう風にして使う、鎌という道具なんだ」
児童達 「ふーん。ナットク!」
     秀弥、図鑑を見ながら、
秀 弥 「でも、今は機械がやってくれるんです」

○同校・廊下
     (二年二組・近藤級)の教室標示。

○教室の中
     冬子が、藁を示している。
冬 子 「では、この藁を使って、おじいちゃんに縄と言うものを作ってもらいます。さあ、みんなよく
     見ててよ」
     昭一、黒板の前にあぐらをかく。
     トランクの中から、木槌を取り出して、軽く叩く。
       冬子がコップの水を持ってくる。
     昭一、水を吹き付け、縄を作り始める。
冬 子 「さあ、おじいちゃんの手の動きみてごらん。」
     滑らかに動く昭一の手を見て、児童達驚きの声。
児 童1 「忍者が手裏剣投げる時みたい」
児 童2 「ナンミョウみたい」
冬 子 「ナンミョウ?」
コウ太 「シュウキョウだよ」
     昭一、出来上がった縄を、ピント立ててみせる。
冬 子 「さあ出来た。これが縄です。すごいでしょう」
      児童達、感心して見ている。
     その時、タケシがその縄に飛びついてくる。
     縄を手にして、クルクルと回しながら、嬉しそうな笑顔をみせるタケシ。
       その様子を見て、冬子が驚いた表情をする。

○老人ホーム・玄関
     野良着姿で、ドアーを無事に通り抜け、振り向いて満足そうな昭一。  

○同ホーム・廊下
     昭一がフクの手を引いて歩いている。
     大勢の老人達も歩いている。
     虚ろな目で漂うように歩く者。
       セカセカと落ち着きなく歩く者。
     廊下は回遊式になっていて、暫くすると又もとの所に戻る。
     時々野良着を触っていく者もいる。
昭 一 「今の子供はなあ、藁を知らんのだよ」
フ ク  「……」
昭 一 「一組と二組があってな、一組の男の先生は、そりゃあ教え方がうまい」
フ ク  「……」
昭 一 「二組には、やんちゃ坊主が多くてな、女の先生、苦労しとる」
フ ク  「……」
昭 一 「タケシという変わった子がおってな。この子が、ワシの綯った縄を、大層喜んでくれた。
     可愛いもんじゃ。うん、タケシと言うんじゃ」
      フクが疲れて、窓に寄る。

○窓からの景色(夕)
     遠く、町の灯りが見え始める。
     並んで外を見ている二人。
昭 一 「子供はみんな、いいもんだよ。婆さん。うん、今度行く時には、何か作って行ってやろう。
     章治も小さい頃は、ワシの作った 水鉄砲でよく遊んだものだったなあ」 

○望月家の庭
     昭一が青竹を小さく切っている。
     側に古い大きな皮のトランク。
     トランクの中に、竹製の水鉄砲や、竹トンボがたくさん入っている。
       留美子が来る。
留美子 「竹の切りカスは、危ないから、きれいに片づけておいて下さいよ」
昭 一 「はいはい」
留美子 「こんなに沢山作ったって、今の子は、こんなのであまり遊びませんよ。第一、遊び方も
     分からない」
昭 一 「はいはい、そうですか」
     昭一、竹トンボの羽根に、ひねりを入れながら、
昭 一 「こういう事を知らない若い先生を、助けてやるのが、私の仕事なんですよ」
留美子 「まあまあ、すっかり教育者みたいにおなりになって」
     留美子行ってしまう。

○同庭
     昭一が、作業の後を、何度も掃いて、竹のカスをチリトリに取っている。
     電話の音が聞こえる。

○同リビング・電話口
留美子 「えっ、東雲小学校?あ、いいえ。おじいちゃんがお世話になって……。役に立っている
     んでしょうか。変わりモンですか ら。……、そうですか。……、はい、はい。居ります。野
     良着のままで、行くんですか。 あ、そんなに急用で?分かりました。大丈夫です。駅から
     まっすぐ、そうCoco美容院の前の道。」  

○同庭
     箒を持った昭一の所に、留美子が急ぎ足で来る。
留美子 「学校が何だか大変な事になっていて、おじいちゃんに来て欲しいんだって。そのままの格
     好ですぐだって」
昭 一 「何だろう。何でワシが」
留美子 「おじいちゃんでなけりゃ、駄目みたいな感じだったわ。大したもんだわね」
昭 一 「よう分からんが、すぐ行こう」
留美子 「学校から、車で来るって。もう出てますよ。あ、ついでにそのトランクも車で運んじゃったら。
     どうせ持って行くんでしょう」
 
○車の中
     新井俊介が運転している。
     後部座席に、昭一と大きなトランク。
俊 介 「タケシは、自閉症という病気なんです。普段は周りの物に関心がないのですが、何か気に
     入ると今度はそれに、トコトンこだわってしまって」
昭 一 「縄が気に入ったようでしたな」
俊 介 「それなんです。その縄を、掃除当番の子がうっかり焼却炉に入れて燃やしてしまったんで
     すよ」
昭 一 「ほう」
俊 介 「それで、怒りましてね。パニックという状態なんですが、もう手に負えないのですよ」
昭 一 「手に負えない?」
俊 介 「自傷行為。徹底的に自分を痛めつけるんですよ。ほっておくと、命にかかわる程の激しさで」
昭 一 「ほう。縄があればいいので……?」
俊 介 「我々で、作ってみたのですが、どうしようもなくて、全然タケシの気に入る物が出来なくて」

○東雲小学校・校門
     俊介の車が、急いで入っていく。

○同校・廊下
     急ぎ足で、昭一と俊介。
     鋭い叫び声が聞こえてくる。

○二年二組教室
     自分の手の甲を噛んだり、壁に頭を打ち付けたりして、タケシの激しいパニック。
     校長と、養護教諭の西田(55)がタケシを押さえている。
       蒼白になって、震えている冬子。
     隅に寄って、怯えている児童達。
     床に散乱している、藁と出来損ないの縄。飛び込んでくる、昭一と俊介。
冬 子 「あー、おじいちゃん!縄」
     冬子が藁を掴んで、駆け寄る。
     昭一、教室の真ん中に座ると、手早く縄を綯い上げる。
       出来た縄を、布でキュッキュッとしごいて、タケシの方に、ピンと立ててみせる。
       タケシ、それに飛びつく。
     するとタケシ、笑顔に急変。昭一のあぐらの膝に座り込んで、機嫌良く、縄を目の前でヒラヒ
     ラさせている。
     ほっとする教室内。
     膝をつく冬子。
     肩で息をしながら顔を見合わせる、校長と西田。
       児童数人、昭一の側に来る。
コウ太 「やっぱ、おじいちゃんの作った縄でなくっちゃ駄目なんだ」
児 童1 「うん、すげえな、おじいちゃん」
児 童2 「まるで、魔法使いじゃん」
コウ太 「タケシ、よかったな」
     女の子が一人泣いている。
西 田 「いいのよ、あなたが悪い訳じゃないの。掃除当番をちゃんとやったらこうなっちゃったのよね」
校 長 「縄一本でこんな風に。ふーん、驚いたなあ」

○同校・中庭
     俊介が竹トンボや水鉄砲で児童達と遊んでいる。
       昭一が、近くの芝生に座っている。
     かたわらに、トランク。
     「壊れたー」と言っては、児童が次々に持ってくる。
     トランクの中から、錐・ロウソク・凧糸等いろいろな道具を取りだしては昭一が直してやっている。
       昭一にくっついて、機嫌のいいタケシ。

○望月家ダイニング(夜)
     昭一、章治、留美子、まどかが食事をしながら話している。
まどか 「そんで、タケシっていう子、もう平気なの」
昭 一 「心配ない。おじいちゃんの作った縄を持っとれば落ち着くんだ」
まどか 「縄って、紐の事でしょ。紐なら何でもいいって言うわけじゃないのね」
昭 一 「藁でつくったところが気に入っているらしいなあ」
章 治 「やっぱり、自然の匂いのする物が、そういう子には敏感に分かるんでしょうね」
留美子 「そう言えば、おばあちゃんの病気も自然がとてもいいんですって。特に住み慣れた田舎に連
     れていくと、古い記憶が呼び 覚まされて、脳が活性化されるんですって」
昭 一 「……」
章 治 「……」
留美子 「ねえ、一度連れていってあげたら?」
章 治 「うん、でも家も荒れてる事だろうし」留美子「だったら、掃除してくれば。何だったら私も一緒に
     行って」
章 治 「いや、いいんだいいんだ」
留美子 「いくら田畑が無くなったっていっても、あなたの生まれた家でしょ。懐かしくないの?まどかだっ
     て、田舎の家にもう一 度行きたいって」
まどか 「あたし、行きたくない。お家汚くなってんでしょ」
昭 一 「人が住まなくなると、家はすぐにいたむからなあ。雨漏りがして、畳に茸が生えとるだろう。はっ
     ははは」
留美子 「おかしな人達。田舎の話をするとすぐ、はぐらかすんだから」

○学校近くの公園
     多くの樹木がある。
     その木の葉が色づいている。
       一組、二組の子供達が、ドングリを拾っている。
       担任の俊介、冬子の他に昭一、西田も来ている。
     昭一は大きなトランクを提げている。
     西田は、ボンベ付きのコンロを抱えている。
     活発に動き回る子。
     木に登ろうとしている子。
     ポケットに手を突っ込んだままの子。
     木の陰で、ゲームをしている子。
     タケシは、ドングリもゴミも小石も拾っては、昭一のポケットの中に入れている。
       俊介が大きく長く笛を吹く。

○同公園
     児童達、しゃがんで俊介の話を聞いている。
       俊介の近くに昭一。
     しゃがんだ児童達の後ろに、冬子と西田。俊介、両手に一杯のドングリを見せながら、
俊 介 「これどうしよう」
児 童1 「ママにお土産」
児 童2 「先生にぶっつける」
     秀弥、図鑑を見ながら、
秀 弥 「コマやヤジロベーを作る事が出来ます。ちなみに、地面に植えると芽がでます」
     児童達「ホーッ」と感心。
       ざわめき。
俊 介 「コウ太はどうだ」
コウ太 「食べる」
     全員爆笑。
     すかさず俊介、
俊 介 「そう!大昔、ドングリは大切な食べ物だった」
     「えーっ」と児童達。
俊 介 「実は、望月のおじいちゃんも子供の頃、おやつにドングリを食べたんだって!みんなも食べてみ
     ようか」
     児童達の目が輝く。
俊 介 「でも食べられる物とそうでない物があるんだって。それから、どうやって食べたのかおじいちゃん
     に聞いてみよう。どうだ秀弥、こんなの図鑑に出てるか」
秀 弥 「出てっこないよ。野蛮だよそんなの、原始的だよ」
俊 介 「ははは、その原始的な事を、おじいちゃんに聞いてみよう。ハイ、それが今日の勉強。では、望月
     さんお願いします」
     昭一、トランクを持って正面に来るが、かなり緊張している。
昭 一 「えー、食べられるドングリは、これ、いやこれかな、違うな」
     ポケットから取り出す物が、石やゴミばかりで、大笑いになる。
昭 一 「タケシ君が拾ってくれたんだが、変だな」
     昭一が、困った様子であちこちのポケットを探っている。
       その様子に、児童達大喜び。親愛感のこもった表情になる。
昭 一 「あったあった。ほれ、これ、この茶っぽくて大きいの。これで饅頭を作ってもらったなあ」
     昭一、トランクから小さな木槌を取り出し、石の上でドングリを割って見せる。
昭 一 「縦に真っ直ぐ置いてな、こうして頭の上から軽く叩くんじゃよ。ほら皮が取れたじゃろう」
     児童達、食い入る様に見ている。
昭 一 「だけど、ほれ、栗と同じで中に未だシブカワが付いとる。これを取るには……」
 
○同公園
     児童達の後ろで、冬子が西田に話しかけている。
冬 子 「あの子達、あんなに真剣に話を聞くの始めて」
西 田 「確かに違うわね」

○同公園
     児童に向かって、昭一の話がだんだん熱を帯びてくる。
     トランクの中からいろいろ取りだし、
昭 一 「ドングリというやつは、土に落ちるとすぐに虫が入ってしまう。それでワシは、こういう物で、高いと
     ころの枝を引き寄せ、新しいドングリを取り、腰に下げたこの袋に入れたもんだ。ほれ、袋の口には
     竹の筒がついとってな、ほら入れやすい。これなら、飛び跳ねてもドングリはこぼれないだろう」

○同公園
冬 子 「あのおじいちゃんの魅力って何だろう。私もあんな風に児童を惹きつける様になれるかしら」
西 田 「あの爺さんのトランクのような心を、あなたも持つことね」
冬 子 「?」

○同公園
     ボンベ付きのコンロに、素焼きのホーロクを乗せて、木の棒を動かしながら、昭一が椎の実を煎って
     いる。  
児 童1 「おじいちゃん、それは何て言う名前」
昭 一 「ああ、これはシイじゃ」
秀 弥 「一口にシイと言っても三角の物をスダジイ、丸い物はツブラジイと言います。ちなみに先程の大き
     いジャンボなのはマテバシイです。その他カシ、クヌギ、コナラなどをまとめてドングリと呼んでます。」
昭 一 「この小さいのはな、こうして煎って食うのが一番うまいんじゃ」
     昭一、口の中にいくつも放り込む。
児 童2 「いい匂い」
児 童3 「ボクにも頂戴」
昭 一 「山奥の家の庭先でな、七輪の上でこうやってシイを煎っておるとな、匂いをかぎつけて、どこからか
     ウサギやリスがやって来るんじゃよ。ほれ、ウサギも食えよ、リスも食えよって、撒いてやるとな、う
     めえ、うめえって、食うんじゃよ。そうじゃ、狸の親子もよく来ていたな」
     昭一、梢を見上げながら喋っている。
     児童達、聞き惚れている。

○小学校全景
     三時半を指す校舎の時計
     校内放送の声「下校の時刻です。寄り道をしないで、車に気をつけて家に帰りましょう。さようなら。
     又明日元気に登校してください」

○同校・家庭科室
     調理用大机の上で、大きな鍋が湯気を上げている。
     昭一の指図で、冬子と俊介がドングリを料理している。
昭 一 「このすり鉢で良く潰しておくれ。ドングリはアクが強いので、潰したヤツを水で晒してから使う」
     俊介がすりこぎを回している。
     冬子がすり鉢を押さえている。
     昭一が独り言。
昭 一 「こんな時は、やっぱり石臼じゃなあ」
俊 介 「ヘッヘッヘ、ドングリクッキーか」
昭 一 「少しメリケン粉を入れると、形が出来るじゃろう」
冬 子 「子供達喜ぶね」
     そこへ、母親達四人、足音荒く入ってくる。先頭にPTA副会長の蕪木洋子(36)
洋 子 「ちょっと先生」
冬 子 「あ、副会長さん」
洋 子 「今日はPTAの副会長としてではなく、クラスの子供の母親として、伺いました」
冬 子 「何か?」
母 親1 「今日は何だか、公園で変な物を食べさせられたって、家の子が言ってましたけど、どういう事な
     んですか」
俊 介 「その事でしたら」
母 親2 「食べさせられたのは、拾ったドングリだって言うじゃありませんか。衛生上問題です」
俊 介 「火を入れた物ですから、問題はありません。お腹でも痛くなったのですか」
昭 一 「食わせたのはワシじゃ。小さい頃から食うて来たけんど、ワシはどこも悪うはないぞ」
洋 子 「まあ、新井先生、この人は何ですか。何で学校にこういう人が居るんですか」
母 親1 「勉強中に、変なおじいさんがウロウロしていて気持が悪いって言ってましたけど、この人なんで
     すか」
母 親3 「見ればお百姓みたいだけど、家の子、百姓にするわけではないんですよ」
洋 子 「大体、こんな服装でこの町をうろつかないでもらいたいですね。町のイメージと言うものがありま
     すから」
     昭一が、唇を噛んで震えている。
     冬子が泣き出しそうな声で、
冬 子 「校長先生呼んできます」
洋 子 「いいえ、私たちが校長室に行きます」

○同校・廊下
     校長室の標示

○校長室内
     ソファーに校長、母親達。
     その側に立って、冬子、俊介。
洋 子 「その生活科って言うのが、よく分からないんです。だって遊んでばっかりいるじゃありませんか」
校 長 「遊んで居るように見えるかもしれませんが、学習の一つの形態なのです。新しい学力観に基づ
     いた幅広い能力の獲得のために」
洋 子 「大事な基礎学力の保証は、どうなっているのでしょう」
校 長 「その基礎学力と言うものの概念が……最近大きく変化しておりまして、つまり知識偏重の過去
     の教育を、見直すという意味で……」
     校長、次第に言いよどんでくる。

○家庭科室内
     昭一が独り言をいいながら作業を続けている。
昭 一 「PTAと言うのは、難しいことをペラペラと、切れ目も無く良く喋るわ。留美子さん以上だわ」
     副校長が入ってくる。
副校長 「望月さんとか言われましたね」
昭 一 「はい」
副校長 「本校の副校長です」
昭 一 「はあ、教頭先生ですか」
副校長 「横浜市では副校長といいます。全て校長の意を体しています」
昭 一 「はあ」
副校長 「困ったものです、若い先生達は。評価の決まっていない新しいものにすぐに飛びついて、親との
     間に問題を起こすんですよ。公立の教育と言うものが、親の信頼の上に成り立っていると言うこと
     が分かってないのですから」
     副校長、すり鉢の中を覗き込み、
副校長 「何ですかこれは。ふん、私の若い頃にもありましたよ。這い回る社会科と言うのがね。思考力の
     低下を来しただけだったな。いや、あなたにこんな事を言ったって、何の意味もないんだけど……
     ああ、それ捨てて下さい」
昭 一 「捨てるって、あんた、そりゃ先生と子供達が集めたもので、お菓子にして、明日みんなで食べるも
     のですが」
副校長 「二人の先生も、今頃校長の前で反省しているでしょう。構わないから捨ててください」
昭 一 「ワシは捨てんよ」
副校長 「ほう、あなたはご自分の立場が分かってないようですね」
     副校長、すり鉢の中の物を持っていって、流しにぶちまける。
昭 一 「あんた!」
     昭一、飛びかかろうとする。
     西田駆け込んできて、押し戻す。
西 田 「副校長先生、校長室へ急いでください」
     副校長出ていく。
西 田 「おじいちゃん、我慢して。学校って言うのはこういう所なのよ。地域や親の意見が強いのよ」
昭 一 「何も捨てる事はねえ。先生達は?」
西 田 「私たちこれから職員会議なんだって。又遅くなるな。ああ嫌だ」
       西田、出ていく。
     昭一、肩を落として、一人残される。

○校舎全景(夕)
     夕暮れの中の校舎。
     明るく電灯のついている部屋がある。
     窓越しに、会議をしている様子。

○同校・家庭科室(夕)
     薄暗い中で、昭一が流しにこぼれているドングリの細かい粒を拾っている。

○盛り場
     赤提灯の並ぶ路地
  
○焼鳥屋(内)
     カウンターに昭一、冬子、俊介
冬 子 「ごめんなさいね、おじいちゃん。嫌な思いさせちゃって」
昭 一 「あー、ワシは構わん。だけど学校という所は、面倒だなあ」
     昭一、盃をしばらく眺め、それを一気に飲み干して、
昭 一 「昔の学校では、先生のする事に親が口を出すなんて事は、そりゃあ考えられもしなかったなあ」
     俊介、酒を注ぐ。
昭 一 「それに、校長先生はもっと権威があっ た。訓導を案内して村の道を通ると、親たちは最敬礼し
     たもんだった」
冬 子 「クンドウ?」
俊 介 「ああ、多分教育委員会みたいなもんだろう」
     昭一が注ごうとすると、
俊 介 「車ですから、ウーロン茶なんです」
冬 子 「私は、これ」
     冬子はサワーのコップを見せる。
冬 子 「そう言えば、校長、私たちのやってることを、応援するんだかしないんだか全然分かんないわね」
俊 介 「最初は調子良かったんだけどな、PTAが騒いだ途端……」
冬 子 「今日の職員会議、あれ一体なあに」
俊 介 「もうすぐ定年だもんな。ああなっちゃうんだろ、校長も」
     昭一、手酌で飲んでいる。
冬 子 「だけど俊介、私絶対続けるからね」
俊 介 「俺も、引っ込まねえ」
冬 子 「そうよ!今日は飲もう」
     冬子、自分のグラスを俊介に持たせる。
俊 介 「だけど、おじいちゃん送ってかなきゃ」
冬 子 「又ママ呼ぼう」
俊 介 「悪いよ。この前のタクシー代も払ってないし」
冬 子 「平気だって。おじさん水割り頂戴。二杯ね」    
俊 介 「おじいちゃんも、もっと……」
     昭一、店の奥の張り紙を見つめている。
昭 一 「ここに、ドブロクがあるんですか」
店の親父「へいございます。いい味出てますよ。いきますか」
昭 一 「ああ、じゃあ」
     瓶から竹の柄杓で掬い出されるのを、昭一、目を細めて見ている。
昭 一 「あんたが作ったの?」
店の親父「いえいえ、新潟の小さな醸造元で、手作りですよお客さん」
昭 一 「新潟、どこじゃろう」
店の親父(瓶のラベルを見ながら)「亀田」
昭 一 「ほう、ワシは亀田から阿賀野川をずっとさかのぼった所なんじゃ」
     昭一、嬉しそうに味わう。
冬 子 「おじいちゃん、古里のお酒に出会えて良かったね」
昭 一 「ああ、冬ちゃん、昔はなあ、みんなこのドブ作っとった。蔵の隅や、縁の下に隠して、温めたり冷や
     したりして……」
冬 子 「それって、密造じゃないの」
昭 一 「何だか知らんが、駐在のお巡りも来て飲んどったよ」
     昭一、陶然としてくる。
昭 一 「絞った後の酒の粕で、砂糖をくるんでな、囲炉裏の火で温めるのじゃ。狐色になった頃中の砂糖が
     溶けてじわじわとしみ出てくる。子供心にもこんな旨い物はないと思ったな」
冬 子 「えっー、子供の時からそんなの食べてたの」
昭 一 「ああ、生活科だよ、昔の」
冬 子 「生活科!きゃー」
昭 一 「今度、東雲台の生徒にも教えようかな」
俊 介 「わー。それいい。おじいちゃんそれいいよ。やろうやろう。えー今日の勉強はドブロクの作り方」
冬 子 「蕪木副会長、どんな顔するかなー」
     三人、笑い続ける。
  
○赤提灯の路地(夜)
     酔客が行き来している。
     俊介を中にして、昭一、冬子が肩を組んで歩いている。
     少し千鳥足。
       昭一が軍歌を歌っている。
昭 一 「土も草木も、火と燃える、
     果て無き荒野、踏み分けて
     進む日の丸、鉄兜……」
     豊かな声量。
     冬子と俊介が訳も分からず、その歌に合わせて叫んでいる。

○居酒屋(内)・夜
     カラオケのステージがある。
     昭一と冬子、俊介がテーブルについている。
       酒の瓶が並びかなり飲んだ様子。
俊 介 「でもさー、おじいちゃんって、飲むと いいな。何かこう、ジーンとあったかいものが出てくるんだなー」
冬 子 「家のママ、すっかりファン。時代にずれてる所がたまんなく、魅力だって」
俊 介 「ずれてるかなー」
冬 子 「だってよ、パーマ屋に来て、コーヒー下さいって……あっははは」
     冬子、苦しそうに笑いながら、
冬 子 「それでね、ここはキッチャテンでは無いのかって」
     俊介が卓上のセットで、お湯割りを作って昭一に渡す。
昭 一 「久しぶりに酒を飲んだ。一年ぶりだな。もう、ワシにはこんな楽しい事なんか縁が無いと思っておっ
     た……」
冬 子 「学校、嫌になんないでね。私達頑張るから」
俊 介 「うるさいのもいるけど、若い先生達が みんなで応援してくれてるから、負けやしない」
     昭一、大きく頷きながらお湯割りを飲んでいる。
俊 介 「こんな素晴らしいおじいちゃんを育てた田舎の文化を、私達は学び、且つ教える義務があるのであ
     ーる!」
冬 子 「又、俊介が難しい事を言ってる。ホラ飲め」
俊 介 「あ、俺氷の方がいい。(飲んで)フイーッ。焼酎飲んだの初めてなんだ。でもウマイ」
冬 子 「この、飲んべえの学年主任が。明日休むなよ。休んだりしたら婚約解消だぞー」
俊 介 「残念。明日は勤労感謝の日。お休みでーす」
     カラオケの拍手が聞こえる。
俊 介 「おじいちゃん、声いいじゃない。一曲 どう?」
昭 一 「いやあ、あれは駄目」
冬 子 「キャハハ、おじいちゃんね、カラオケ嫌いで、老人会の旅行勝手に帰ってきてしまったんだって」
昭 一 「あんなものが流行るから、女や、年寄りが慎みをなくすんじゃ。みっともない!」
冬 子 「田舎に行くと、いろいろ、古い道具があるんでしょ」
俊 介 「糸車って言うのないですか」
冬 子 「糸車!たぬきの糸車。キーカラカラ、キークルクル。障子の破れから覗いている子ダヌキの目が、
     クルクル回っておりました」
俊 介 「な、国語に使えるだろ」
冬 子 「ね、持ってきて。田舎行って」
昭 一 「うーん。留美子さんも言ってたけど……田舎……」
冬 子 「行きたくないの?何かあったの?田舎で」
  
○同店内
     カラオケのステージの上で、昭一が蘇州夜曲を歌っている。
昭 一 「蘇州蘇州と人馬は進む
     蘇州居よいか住み良いか
     洒落た文句に振り返りゃ
     お国訛りのオケサ節
     髭が微笑む麦畑」
     歌は正しいが、曲には全く合っていない。どこからか野次。
野次の声「ダサイのやめろ。ジイサン」
     冬子、立ち上がり、
冬 子 「なんだー。文句あっかー、こらー」
     俊介がろれつの回らない口調でなだめている。

○車の中(夜)
     俊介の車を美幸が運転している。
     後ろのシートに昭一、俊介。
     昭一、ぐったりと目を閉じている。
       助手席に泥酔の冬子。
美 幸 「まったく酒癖が悪いのは、父親譲りね」
冬 子 「うるさい、出ていったヤツのことなんか言うなってんだ山ん婆」
美 幸 「ホラ、ちゃんとしてなさい。危ないでしょ」
俊 介 「済みません、お母さん。いつものパターンになっちゃって」
美 幸 「何かあったの?」
俊 介 「ええPTAとちょっと」
美 幸 「生活科で?」
俊 介 「ええまあ」
美 幸 「いろんな学校で、あれを潰して、こっそり教科の勉強やってるんですって。ペーパーテストで計れ
     ない様なものを身につけても親は喜ばないから」
俊 介 「お母さん!その結果が、毎日のニュースを賑わしてるじゃありませんか。僕たちは負けませんよ。
     今度はこのおじいちゃんもついてますからね」
美 幸 「あまり世俗的な事に引っ張り込まないでよ。仙人みたいな人なんだから」
俊 介 「いえいえ、結構世俗的でしたよ、今夜は」
冬 子 「そう!世俗的。みんな世俗的」
     昭一、俊介に凭れて寝ている。
美 幸 「ああ見えても、結構辛いこと、あるみたい」
俊 介 「お家の方に怒られませんかね、こんなに遅くしちゃって」
美 幸 「大丈夫、これ!」
     美幸、片手でカードを見せる。
俊 介 「それ?」
美 幸 「次回のパーマ半額券。これであすこの奥さん、ニッコニコ」
冬 子 「さすがー、山ン婆!」
美 幸 「山ン婆の娘!」 

○高速道路
     所沢辺り。
       走るRV車

○車の中
     章治がRV車を運転している。
     後ろのシートに昭一とフク。
     昭一はチェックのシャツにジャンパー。
     フクは和服姿。 
昭 一 「碓井峠は未だか」
章 治 「あれは長野へ行く道だよ。これは関越道路と言って、真っ直ぐ新潟へ向かってるんだよ」
昭 一 「婆さん、新潟行くんだぞ。城山の麓へ行くんだぞ」
章 治 「景色見てる様だね」
昭 一 「乗り物好きだったからな。あんなホームの廊下をグルグル回っとるだけじゃつまらんだろうかなあ」
章 治 「カラオケやったんだって?この前」
昭 一 「ああ」
章 治 「父さん嫌いだったんだろあれ」
昭 一 「その気になりゃやれるさ。拍手してた ぞみんな」
章 治 「そりゃ義理でするさ。で、何歌ったの」昭一「蘇州蘇州」
章 治 「あ、蘇州夜曲」
昭 一 「婆さんが好きだった」
章 治 「お国自慢のオケサ節っていう文句があるからだよ。あ、佐渡オケサのカセット持ってきたよ」
       佐渡オケサの歌が流れる。
     昭一がフクの膝を軽く叩き、拍子をとっている。

○関越自動車道
     章治の運転するRV車が走っていく。

○東雲小学校全景
  
○同校廊下
     PTA会議室の標示

○PTA会議室(内)
     会議用テーブルを囲んで会議中。
     副会長と書いた席に蕪木洋子。
     他に、書記、会計、広報、学級、校外、成人というような標示の場所に各委員。
       学校と言う席に副校長。
     会長と言う席は空席。
洋 子 「ここは僻地の分校ではありません。横浜市の文教の中心地です。ステイタスシンボルを大事にし
     たいのです」
校外委員「でも、あの、お年寄りに触れる経 験もいいのではないかと……」
洋 子 「お年寄りにもよりけりです。もっと知的な、清潔な人を地域指導員に選ぶべきです」
     副校長大きく頷く。
洋 子 「副校長先生、港東地区では外人さんが指導員に選ばれて、児童は英会話の刺激も受けている
     とか聞いてますが」 
     (いいじゃない)と他の委員達、身を乗り出す。
校外委員「あのー、校長先生のご意見はどうなんでしょうか」
副校長 「はっきり言わないんですがね、まあ私と同じでしょう」

○関越自動車道
     渋川辺りの標識

○車の中
     無心に外を見ているフク。
     昭一が浪曲佐渡情話を聞かせている。
昭 一 「寄せては返す波の音
     啼くはカモメか群千鳥
     浜の小岩に佇むは
     若き男女のおおお語りイ合い
     ねえ五作さん、柏崎へ帰ったら
     私の事なんか忘れてしまうのでしょうねー
     バカなことを言うんじゃねえ
     お光ちゃん」
章 治 「父さん、赤城山は右のほうだ」
昭 一 「おお名月赤城山か。婆さんほれ、国定忠治のお山だとよ」
     フク、反応なし。
昭 一 「聞こえとらんのかなあ」
章 治 「音は聞こえてるんだが、意味のある言葉としては、聞いてないんだろうな」
昭 一 「こんなに静かな婆さんじゃなかったのだがなあ」
章 治 「人間惚けるとなあ、その人の本性が出るんだと」
昭 一 「本性が」
章 治 「惚けて大暴れして、暴力を振るう奴は、以前どんなにお淑やかでもな、乱暴な本性を持っていた
     と言うことになるんだと」
昭 一 「いるなあ、ホームに、暴れてる奴が」
章 治 「だから母さんは、あんなに活発だったけど、本当は、こういう静かな人だったんだよ」
昭 一 「うるさかったなあ……」
章 治 「あ、このトンネル抜けると、もう新潟だ」

○東雲小学校
     校舎全景。

○同校・二年二組教室
     冬子が児童達と一緒に、クッキーを食べている。 
       児童の笑顔。
     冬子の笑顔。
コウ太 「先生、ドングリ食べると、口がきけなくなるって、ママが言ってたけど、大丈夫かな」
冬 子 「望月のおじいちゃんはどう?しゃべれなくなってる?」
コウ太 「あ、そうか」
冬 子 「実は先生は、一昨日も食べたんだ。新井先生と一緒に」
児童達 「ずるいー」
冬 子 「でも喋ってるでしょう。新井先生もじゃんじゃん喋ってる」

○関越道
     関越トンネルの標示
     章治の車が入っていく。

○トンネル内
     オレンジ灯の光に、フクが目をしばたいている。
昭 一 「出たら、新潟か」
章 治 「ああ、県のはずれだ」
昭 一 「どこか寄れや」
章 治 「越後湯沢がすぐだが、その先のサービスエリアがいいな。トイレか」
昭 一 「うん、フクを行かせる」

○サービスエリア入り口
     章治の車が入っていく。

○東雲台小学校校門
     六年生位の児童が、下校していく。

○同校廊下
     会議室の標示

○会議室内
     黒板に、
     (緊急分会会議)
       (生活科に対する妨害について)
     の標題。
     十四、五人の教師を前に、俊介が熱っぽく喋っている。
俊 介 「私達は、図鑑で自然を学習するすような子供を育てるべきではない。落ち葉の中から手を汚して
     ドングリを拾うことに意味があるんじゃないですか」
     異議なし!の声。
俊 介 「今日、二年生では、止めろと言う管理職に敢えて逆らって、ドングリを食べさせました。そしたら、
     ある子が、先生これで地震が来ても僕たち生き残れるねと言ったんです。みなさん、これこそ生活
     科の目標、生きる知恵ではないでしょうか」
     大きな拍手。

○高速道
     ↑の先に、北陸自動車道又は新潟方面の標示。

○車の中
     昭一が、ワンカップを飲んでいる。
章 治 「あれ、今の所、酒売って無い筈だけど」
昭 一 「便所の横で売ってる奴がいたんだ。えらく高かったぞ」
章 治 「そりゃ、闇だよ。そんなの買って……やっぱり、しらふじゃ嫌なんだろう」
昭 一 「そんなことはねえ。お前こそ嫌なんじゃろう」
章 治 「俺は、別に……」
昭 一 「じゃあ、何でこんな自動車借りてきた。中が見えねえようなの」
章 治 「そりゃあ、親父がいろいろ持ってくるっていうから、古い道具を。それで、でかいのいいだろうと
     思ってだよ」
     昭一、黙って飲む。
章 治 「今、信濃川だ」
昭 一 「婆さんは、阿賀野川が見たいだろう」
章 治 「じゃあ、亀田回って行こう」
昭 一 「無理に遅くしなくてもいいぞ」
章 治 「そんなこと考えてねえよ」
昭 一 「昨日、新嘗祭だったな」
章 治 「今は勤労感謝の日というんだ」
昭 一 「新嘗祭の明くる日は、村祭りの日だ。昼からみんな、神楽を見にお宮様に集まっている」
章 治 「あっ、父さん、だから今日を選んだのか!」

○村の神社
     店が出て、賑やかな境内。
     お囃子。
     素朴な神楽。

○村の道
     神社の鳥居。
     数本の幟旗。
     お囃子が聞こえてくる。
     章治の車が過ぎていく。

○村の道
     車が曲がりくねった坂を上っていく。
     小さな田や畑が続く。
     所どころに、風よけの樹木に囲まれた農家。
       その一軒に章治の車が着く。

○農家の庭先
       伸びた草が枯れ、荒れ果てている。
     藁葺きの母屋、横合いに白壁がはがれかけている蔵。
     乗り入れた車から、昭一出てきて、大きく吐息。
       昭一、雑草の生えた屋根を呆然と見上げる。
       章治が車からフクを降ろしている。

○農家の中
     薄暗い土間に昭一とフクが立っている。章治があちこちの雨戸を開け放ち、光が徐々に入って
     くる。
昭 一 「もう畳は使えんな。一年少しでこんなになってしまうのか」
     フクが、囲炉裏の側に行って、ぴたりと座る。
昭 一 「ああ、婆さん何か敷きなさい。いい着物がそれじゃ」
章 治 「新聞紙取ってくる」
     章治、駆け出していく。
     フク、安らかな表情をして端然と座って  いる。  
昭 一 「そうやって何十年も、そこに座っておったなあ」
     昭一も向かい合わせの席に座る。
       じっと囲炉裏の固まった灰を見るフク。
     じっとそのフクを見る昭一。
     章治が、新聞紙を持ったまま、嗚咽している。
章 治 「俺のせいで……」
昭 一 「何も言うなっ」
     章治、泣きながら、フクを新聞紙の上に座り直させる。
声(スマ)「帰って来ると思っておったよ」
     土間に、スマ(58)が立っている。
昭 一 「おスマさん!」
章 治 「おばさん」
ス マ 「帰るんなら今日じゃねえかと思っていたんだ。過疎だ過疎だと言いながら、祭りだけは続けてる。
     夜まで誰も帰らねえよ。ゆっくりしていけ」
昭 一 「帰れた面じゃねえんだがのう、やっぱりのう」
ス マ 「おうおう、いいともよ。おめえ様の生まれた家じゃねえかよ」
章 治 「おばさん、こっち来て、座ってくれ。火のねえ囲炉裏だけど」
     章治、新聞紙を広げる。
     スマ、上がってきて、やにわに章治をひっぱたく。
ス マ 「このアホタレが!誰が火のねえ囲炉裏にしてしまっただ。誰が望月の家の屋根にあんなに貧
     乏草を生やしただ」
     トメ、激しく章治を叩き続ける。
     章治、じっと耐えている。
ス マ 「おらの、たった一人の姉ちゃんを、こんなにしてしもうて」
     スマ、フクに取りすがって号泣。
     昭一、腕組みをして下を向いている。

○東雲台小学校全景

○同校・廊下
     校長室の標示
 
○校長室内
     俊介と四、五人の若い教師が校長に詰め寄っている。
俊 介 「望月さんを断るというのは、校長の判断ですか」
校 長 「いや、最終決定と言うことでは」
教 師1 「副校長がそう言ってるじゃないですか」
教 師2 「PTA室では、要求が通ったと大喜びしてますよ」
教 師3 「はっきりしなさいよ」
校 長 「一度PTA会長とも相談して」
教 師4 「会長は飾り物だ。学校には殆ど来な いじゃないか」
教 師5 「これは教育内容の問題なんですよ。あなたが決断すればいい事でしょう」
俊 介 「校長さん、子供に今何が必要なのかあなただって分かっている筈でしょう」

○農家の囲炉裏端
     火が小さく燃えている。
     スマがお茶を注いでいる。
ス マ 「それで、サラ金の方はすっかり片付いたのか」
章 治 「うん、済んだ」
ス マ 「女の方は、ホステス」
章 治 「後腐れない」
ス マ 「もう、売るモンはねえんだぞ。この地所も抵当に入ってて、いずれ取られる」
昭 一 「もういい、やめてくれ」
ス マ 「よかねえ。言わしてもらう。章治、お前の遊んだ金、一千二百万作るのに、兄さんも姉さんも、
     泥ん中手えついて、金貸してくれ、田圃買ってくれって、村中に頼んでまわったんだぞ」
章 治 「ウウ……」
ス マ 「お前の家庭だけは壊したくねえって二人が言うから…………それで未だ留美子さんには内緒
     のまんまか?」
昭 一 「ワシがな、騙されて判コついて、それでスッテンテンになったことになっとるよ。このままそうし
     といてくれや」
ス マ 「どこまで親ばかじゃ。それじゃ兄さん達も居づらかろうに」
     スマ、そだを掴んで、激しく火に投げ入れる。
ス マ 「何が済んだじゃ、後腐れねえじゃ。苦しいのを親に肩代わりさせただけじゃねえか」
昭 一 「いいんだよう、おスマさん。今は孫と一緒に暮らせてな、ヘッヘッヘ都会の暮らしも悪くねえも
     んだ」
ス マ 「そりゃあ留美子さんが、気がつく人だからな。姉さんもいい面倒みてもらってるだろう」
昭 一 「ああ、幸せなんじゃ」
ス マ 「いいモン着てるじゃないか」
昭 一 「留美子さんがな。いつもはネクタイしとかんとイカン言うけど、蔵の中へ入るって言ったら、これ
     買ってくれた」 
ス マ 「ほう、そうだ、蔵の鍵預かっておったの」
     スマ、出ていく。
     昭一、暗く、低く、
昭 一 「老人ホーム入ってるなんて言うなよ。殺されるぞ」
章 治 「うん。でも辛いな父さん」
     フクが火箸を手にして、上手に火を燃している。

○蔵の中
     米を貯蔵する缶。
     壊れた機織り機。
     その他多くの農機具。それらの上に蜘蛛の糸と埃がかかっている。
昭 一 「おお、あったあった糸車。章治、その小さい方の唐箕もだ。こりゃあ爺さんの代からのもんだぞ。
     うーん機織りは壊れてるな。この修羅だけ積んでくれ」
     昭一、乱雑な道具類をかき分けて、あれこれ取りだしている
     章治とスマが運び出して車に積み込んでいる。
昭 一 「おーい、石臼積めるか」
章 治 「だから馬力のある車借りてきたんじゃねえか。平気だよ」
ス マ 「がらくた持っていっても、町じゃ置くとこあるまいに」
昭 一 「学校に置くんじゃ。生徒に見せてやるのよ」
章 治 「父さん、小学校でいろんな事教えてるんだよ」
ス マ 「へー、兄さんがねー、へー。ろくに学校いってねえのに。へーたまげた」
     臼がある。
     フクがそれを懐かしそうにさすっている。
昭 一 「フクよ、お前覚えているのか、餅つきを」  
       フク、臼をさすりながら微笑みを浮かべている。
昭 一 「おお、。ほれ、笑っとる」
ス マ 「二人の餅つきは、村で一番だって言わ  れてたもんだ。章治、姉さんのためにこれも積んでいきな」
章 治 「それは、ちと厳しいけど……台を取り外せば何とか積めるかな」

○村の道(夕)
     荷をいっぱいに積んだ車。
     車の三人をスマが見送っている。
ス マ 「もっとゆっくりしていってもらいたい けんど、もうそろそろ、酔った連中がお宮から戻ってくる。見
     られとうないじゃろ」
昭 一 「済まんじゃったな」
ス マ 「章治、姉ちゃんを大事にな」
章 治 「ああ、おばちゃんも達者でな」
     スマ、たわわに実の付いた一抱えの柿の枝を窓から押し込む。
     車走り出す。
ス マ 「姉ちゃーん」
     スマ、いつまでも手を振っている。

○村の道
     鳥居の前。
     立ち並ぶ幟旗。
     数人の子供達で担ぐ淋しい樽御輿が、酔った大人達から喝采を浴びている。
       章治の車が、その脇を抜けていく。

○越後の山々(夕)
     大きな夕焼けが広がっている。

○東雲台小学校校門(朝)
     給食運搬車が出入りしている。
     それに混じって章治の車が入っていく。

○同校・駐車場
     車から降ろされて、農具が置いてある。

○同校・玄関
     ジャンパー姿の昭一が、糸車を抱えて入って来る。
     スリッパ入れの箱を抱えた洋子が立っている。
洋 子 「あら、まだいらっしゃってるんですか」
     昭一が履こうとしたスリッパをさっと持っていってしまう。  
   
○同校・廊下
     糸車を抱え、靴下のままで昭一が歩いていく。

○同校・中庭
     俊介が嬉しそうにはしゃぎながら、上級  生の男の子達と、農具を運んでいる。

○同校・ホール
     運び込まれた農具が置かれている。
     興奮気味に触って見てる冬子と俊介。
     西田が雑巾で汚れを拭いている。
     昭一がタケシの手を引いて立っている。
     校長が静かに見ている。
     副校長と、洋子が来る。
副校長 「こういう物は、どこかの農協の展示 室にでも持っていけばいいのじゃないですか。学校には余
     分なスペースはないし」
洋 子 「不潔ですわね。もっとパソコンとかエレクトーン等を完備するのがいいのじゃないかしら」
     その時、タケシの父親と母親、足早にやってくる。
冬 子 「あら、タケシ君のお母さん。あ、お父さんもご一緒に」
タケシの母「先生、タケシが今朝、縄を作ったんです!これです」
冬 子 「これ!おじいちゃんじゃなくって、タケシ君が?」
タケシの母「産地直送の野菜の中に入ってた藁を見つけて、あっと言う間に」
冬 子 「信じられない」
タケシの母「藁持ってきました。タケシ先生に、やって見せて」
     タケシ、昭一の手を離して、藁を掴むと、あぐらをかいて、片方の靴下を脱ぎ、足の指にはさんで
     見事な手つき。
     あっと言う間に作り上げて、昭一の所に持ってくる。
     昭一が驚きながら、手でしごきを入れてやる。
     タケシそれを持って、ニコニコしながら両親の所に来る。
タケシの父「あなたが望月さんですか。あなたに出会えて、家の子は確実に変わりました。有り難うござ
     いました」
昭 一 「いや、何も、ワシはただ一緒に遊んどるだけですわ」
タケシの父「この子は、遊ぶと言うことも、物に集中すると言うことも出来なかったのです。こうして親の側
     に寄ってくることもなかったのです」
     副校長、洋子鼻の先で笑いながら去る。
タケシの父「校長先生、教育って何ですかね。私も大学で教育学を教えています。偉そうな事言ってきまし
     たが、こちらの望月さん にはとうてい及びません。いい人を見つけてくれました」
       タケシの母親の目に、涙が溢れている。

○駅前通り
     Coco美容院の正面
  
○同美容院(内)
     美幸がコーヒーを入れている。
     昭一が一抱えの柿を、カバンから取りだし、テーブルに置く。
美 幸 「わー、田舎の夕焼けの色」
昭 一 「頼まれた糸車、冬子さんに渡してきた。まだまだ使えるようだ」
美 幸 「良かった。そんな物、今時手に入りっ こないって冬子に言ったんだけど。……さ、どうぞ。私は
     柿をいただこうっと」
     昭一、コーヒーを飲む。
美 幸 「学校どうだった?変なこと言われなかった?」
昭 一 「PTAの奥さんにスリッパ取られた」
美 幸 「やっぱり、冬子が心配してたんだ」
昭 一 「二人とも仲良う頑張っとるから、ワシも負けるわけにはいかん。フフ、来るなと言われても行って
     やる気じゃ」
美 幸 「あの子、父親みたいに思っているらしいの」
昭 一 「ワシには孫みたいじゃがな」
美 幸 「お願いがあるんだけど、結婚式の時、父親役をやっていただけないかしら。うち、片親でしょう。
     親戚も少ないし、肩身の狭い思いをさせたくないので」
昭 一 「ワシが、冬子ちゃんの父親に、ふふふ」
美 幸 「ホームのおばあちゃんにも親族の席に着いてもらって、ね、それならいいでしょ」

○東雲台小学校・廊下
     職員室の標示。
  
○職員室(内)
     職員会議。
副校長 「では、結論が先送りになっておりま した二年生の生活科の件につきまして、本日学校長の方
     から、はっきりとした学校の方針が示されます」
     冬子、俊介の顔が緊張している。
副校長 「縷々論議を重ねて来たことでもありますし、先生方のご意見は十分に考慮した上の結論であり
     ます。決定された上は、個人の考えはともかくとしてこれに従って戴きます。では校長先生」
     校長ゆっくりと立ち上がる。
     西田と若い教師が息を詰めている。
     副校長が薄笑いを浮かべている。
校 長 「二年生の生活科だけが、極端に校外指導が多く、飲食も伴うと言うご指摘は、その通りだと思い
     ます。しかし……私は間違ってはいないと思うんです。校長としてはこのままの方向で、続けて欲
     しい。もちろん望月さんにも来ていただくつもりです」
     どよめきが走る。
副校長 「校長先生!ちょっと待って下さい」
校 長 「論議は尽くしています。今日は結論だけでしたね。あ、それから望月さんから戴いた沢山の農具、
     資料室を作ったらどうでしょう。社会科研究会の先生方で検討してみて下さい。」
     冬子と俊介の回りに走り寄って皆が肩を叩き合っている。

○Coco美容院・正面
     電話のベルが聞こえる。

○同美容院(内)
     美幸が電話に出ている。
     昭一がコーヒーを飲んでいる。
美 幸 「そう、良かったね。おじいちゃん大威張りで行けるんだね。ん、じゃあね」
     美幸、振り向いてこぼれるような笑顔。
美 幸 「うまく行ったんだって。みんなおじいちゃんのお陰。あの子ったら、餅つきもやりたいですって」
昭 一 「餅つきをなあ……」
     昭一、遠くを見るような表情になる。

○同校・二年二組教室
     冬子が国語の教科書を手にして授業をしている。
     昭一が教卓の上で、糸車を回している。
冬 子 「ホラ、音がするでしょ。キークルクル、キーカラカラって聞こえるでしょう。ほーら、おじいちゃんの
     手がこうやって動くと、こんな風に糸が巻き取られていくのよ」
     そして冬子の朗読。
       (月の明るい晩のことでした。おばあさんが糸車を回していると、障子の破れに、二つの可愛い目
     玉がありました。キーカラカラ、キークルクルと糸車が回ると、二つの目玉もクルリクルリと回りました)
     昭一、目を閉じ聞きながら、静かに回している。

○同校・廊下
     副校長が、ドアのガラス越しに覗いている。
     俊介が通りかかる。
副校長 「新井先生、望月さんは生活科の指導員としてお願いしてあるはずですね。国語の時間にもという
     のは趣旨が違いませんか」
     俊介、むっとして。
俊 介 「近藤先生は、糸車と同じ教材の一部として扱っているのです。ですから望月さんは一言も話してい
     ないでしょ」
     副校長、苦い顔をして去る。
     西田来て、
西 田 「目は、教育委員会の方ばっかり向いていて、児童の事なんか考えちゃいないのよ」

○同校・二年二組教室(内)
     児童机を片側に寄せて、臼が据えられている。
     臼の中に、バスタオルなどが沢山入っている。
     その臼を使って、昭一が餅つきの方法を、冬子と俊介に教えている。
     俊介が杵を振り下ろし、昭一が臼に寄って「合いの手」の動作。
昭 一 「もっと腰を入れて、餅はな、手首と腰でつくもんなんだよ。そう、その間合い」
     俊介ふらふらになって、
俊 介 「もう駄目。力には自信があるんだけど、合いの手が入ると緊張しちゃって」
昭 一 「今度は冬子ちゃん、合いの手。ワシがゆっくりつくから、少しずつ餅を裏返す様な気持でな。行くよ、
     ほれ、ほい、ほれ、よいしょ」
     冬子、懸命に「合い取り」の動作を練習している。
     校長が来て微笑んで見ている。
校 長 「さすがに望月さん…………先生達ね、(昔取った杵柄)って諺があるだろう。まさにこのことを言うん
     だよ」
俊 介 「力じゃないんですね。何かリズムのようなものなんですね」
校 長 「それで、そうやってタオルをつくだけかね」
俊 介 「ええ、これが餅つきだよって、形だけでも見せてやろうと思いまして」
冬 子 「紙粘土でも入れたら、もっとそれらしくなるかもね」
校 長 「本物のもち米使って、全校の児童でやりたいな。つきたての餅をちぎって、あんこをつけて、全員に
     食わせたいな。」
昭 一 「ワシも老人ホームにいる婆さんに、本物の杵音を聞かせてやりたいんじゃ」
校 長 「そうでしょ、そうでしょ。老人ホームのお年寄り達も招待して一緒にやりましょう、ね望月さん」
     校長、昭一の両肩に手を置いて何度も揺さぶる。
     昭一、嬉しそうに大きく頷く。
俊 介 「そりゃ無理です、校長先生。そんな提案をしたら、また生活科への風当たりが」
冬 子 「六年生の親なんか、受験でピリピリしてる時期ですから」
校 長 「だからやりたいんだよ。……教育委員 会だPTAだと何十年……。このまま定年じゃ悔しいよ」
     校長、髪を掻きむしりながら出ていく。
     昭一、その後ろ姿を、見つめる。
     冬子、俊介顔を見合わせる。
  
○同校・校長室
     校長が、つるし上げられている
洋 子 「冗談じゃありません。ここは学校ですよ。デパートの催し物会場じゃないんですよ」
役 員1 「会計としましては、PTAからの負担はとうてい出来ません」
役 員2 「それに痴呆老人達を呼ぶなんて無茶です。子供に事故でもあったらどうするんですか」
     教務主任が予定表を見ながら、
教務主任「今後の学校行事予定はぎっしりで、全校餅つきなんて、とてもそんな大がかりな物を入れる余
     裕はありません。高学年の 授業時間数はぎりぎりです」
副校長 「学校と言うところは、時間も金も、校長の意のままになるところではありません。これだけの大行
     事となれば、年度頭初にPTAの総会にかけ、教育委員会の意見を聞いてから行うのが手順でしょう。
     このところ校長先生少しおかしいですよ」
洋 子 「あのおじいさんのお陰で、百姓ボケ?」
     哄笑。

○茜が丘老人ホーム・全景
  
○同玄関
     (十一月誕生会)の看板。

○同ホール
     造花の飾りが張りめぐらされている。
     老人達と家族があちこちのテーブルについて賑やか。
     誕生祝いを受ける老人が呼び出されている。
寮 母 「五十嵐小夜子さーん。望月フクさーん。おめでとうございまーす。ハイ、こっちに来て」
     小夜子と呼ばれた老女が、フクの手を引いて出てくる。
     二人は並んで、施設長から華やかなレイを掛けてもらう。
     拍手に続いて、ハッピーバースデイの曲。
     二人は特別に飾り立てられたテーブルに座らされる。
寮 母 「どうぞ、ご家族の方もご一緒に」
     昭一の他に、一組の夫婦。恰幅のいい夫と上品な妻。
寮 母 「こちらフクさんのご主人。こちらは小夜子さんの息子さんご夫婦」
五十嵐 「五十嵐です。よろしく。先月入ったばかりです」
昭 一 「はあ、望月です」
寮 母 「二人とも、とっても仲がいいのよ。今度一緒のお部屋にしようと皆で話し合ってるの」
五十嵐 「それは有り難い」
五十嵐の妻「母は人見知りするので、お友達ができないのではないかと心配しておりましたの」
五十嵐 「お母さん、良かったね」
小夜子 「良かった」
昭 一 「ほう、話が出来るので」
五十嵐の妻「簡単な事だけ」
寮 母 「さあ、ローソクを消しましょう。二人で百四十本位あるのよね。だから、この大きいのが百、後このくら
     い。さあ、頑張ってー」
     小夜子が懸命に吹いている。
     フクの代わりに昭一が吹く。
     真上にあったくす玉が割れて、花吹雪。
     小夜子が、フクの手を持ってはしゃいでいる。

○同ホール
     輪になって皆が踊っている。
     (大きな栗の木の下で)の曲に合わせて昭一も、五十嵐夫妻も、頭や肩に手をやって小児の様に踊っ
     ている。
       小夜子がフクの手を引いて踊っている。

○同ホーム・ロビー
     ソファーに、昭一と五十嵐。
五十嵐 「じゃあ、もしかして、東雲小学校にいらしてる農家のおじいさんと言うのは、あなたですか!」
昭 一 「はい」
五十嵐 「私、そこのPTA会長です」
     昭一、表情を固くする。
     五十嵐の妻が小夜子を連れてくる。
五十嵐 「あ、来たようだ。お送りしましょう。どうぞ、どうぞ」
昭 一 「ワシは、一人で帰ります」
五十嵐 「そんなことおっしゃらずに」
五十嵐の妻「母を通じて、これから長いお付き合いになると思います。さ、ご遠慮なさらず」

○車の中(夕)
     五十嵐が運転し、助手席に昭一。
     後部に五十嵐の妻と小夜子。
     昭一ポツリと、
昭 一 「小夜子さんは、いつもこうして……」
五十嵐の妻「ええ、一週間に一度は私達と一緒に」
     昭一黙る。
五十嵐 「慎一郎がよく言ってたろう、学校に来る農家のおじいちゃんって。それがこの望月さんなんだよ」
五十嵐の妻「えっー、まー。それは、あなた からもお礼を申し上げなきゃ」」
     昭一、不機嫌に、
昭 一 「ワシは、PTAは嫌いじゃ」
五十嵐 「何か、PTAと」
五十嵐の妻「そうか、あなた、蕪木さんよ」
五十嵐 「副会長が?あいつがどうしたって?第一校長何やってんだ」
昭 一 「校長先生は好きですよ」
五十嵐の妻「彼女、校長をかなり困らせてるみたいよ」
五十嵐 「そうか、……。よし分かった、俺は飾り物になっとこうと思っていたけど、そうもしておられんな」
  
○東雲台小学校校庭(朝)
     数本の銀杏の木が映えている。
     児童、整列して音楽集会をしている。
     (早く来い来いお正月)の合唱が終わる。
     校長が登壇する。
校 長 「元気に歌えました。ところで後二十三寝るとお正月なんですね。お正月にはいろんな楽しみがある
     けど、校長先生はお餅を 食べるのが大好きなんです」
     児童達、親しみを込めた表情。
校 長 「みなさんは、お餅ついてる所見たことありますか。ないでしょう。校長先生は小さいときいつも見てい
     ましたよ。その楽しさが今でも忘れられないのです。それでこの学校でも、その本当のお餅つきをや
     ることにしました」
     わーっと児童達の歓声。
     若い教師達が大きな拍手。
     唖然としている、副校長と教務主任。

○同校PTA会議室
     テーブルに役員がついている。
     貫禄十分な様子で、五十嵐が会長席に。
五十嵐 「もち米は私が寄付しよう。小豆は校長に出させる。米を蒸すセイロは知り合いの団子屋に借りりゃ
     いい。そう言うことで PTA組織は全力を挙げて、このイベント に協力していただく」
校外委員「ハイ会長、校外委員会で、薪とカマドを考えます」
成人委員「成人委員会は、ホームのお年寄りのお世話を引き受けます」
会 長 「どうかね副会長。あんたん所にも寝たきりのおばあちゃん居るそうじゃないか。連れて来なさい。喜
     ぶよ」
洋 子 「いえ結構です。」   

○同校・二年二組教室
     冬子が、オルガンを弾いている。
     児童たち歌っている。
     (雪やこんこ、あられやこんこ
     降っては降ってはずんずん積もる
     山も野原も綿帽子かぶり
     枯れ木残らず花が咲く) 
  
○同校・廊下
     校長室の標示
     五十嵐の豪快な笑い声が聞こえている。

○同校・校長室
     昭一、校長、五十嵐が談笑している。
五十嵐 「眠いぞ校長。良く飲んだなあ」
校 長 「二日酔いだよ。朝礼台から落ちそうだった」
昭 一 「夕べあれから校長先生と?」
五十嵐 「はい、飲みました。朝まで。だって望月さんに、PTA嫌いだなんて言われたんですから、天下の一
     大事ですわ」
校 長 「望月さん、よくぞ言ってくれました。私も会長に怒鳴られて、踏ん切りがつきましたよ」
五十嵐 「二人共九州男児だと言うことも分かりましてな」
昭 一 「家の婆さんに、餅つき見せてやれるんじゃな」
校 長 「そうですとも」
五十嵐 「ははは、副会長の奴シュンとなっとったぞ。聞いてみりゃ、他の役員はみんな餅つき大賛成じゃね
     えか」
校 長 「先生達も大いに意義を認めてる。」
望 月 「あのエリートバカは?」
校 長 「会長がそうだとなりゃ、一も二も無いだろう」
     副校長、慇懃に入ってくる。
副校長 「あの、校長先生が小豆を寄付されるとか」
校 長 「私は甘党だから」
五十嵐 「嘘付け!飲んべえが」
副会長 「それでは私もお砂糖など買わしてもらいます」
校 長 「それは又大変な心境の変化ですね」
副校長 「はい、先程教育委員会に行事予定を出しましたら、地域との福祉的な連携は大いに結構と言われ
     ました」
校 長 「それで砂糖を?いいでしょう」
     副校長、頭を下げながら出ていく。
     その背に、
昭 一 「砂の入っとらん砂糖を、お願いしますよ」
     校長たち吹き出す。
五十嵐 「言いますなあ、望月さんも」

○駅前通り(夕)
     ジャンパー姿の昭一が、歌いながら歩いて来る。
昭 一 「犬は喜び庭かけ回り、猫はコタツで丸くなる」
美幸の声「今お帰りですか」
     美幸と行き会う。
昭 一 「あ、これは」
美 幸 「お餅つき、もうすぐね」
昭 一 「はい、校長先生はあんころ餅だって言っとるが、ワシは黄粉もいいと考えとる。美幸さんは、これ、
     どう思うかの」
美 幸 「ほほほ、あんこ嫌いな子も居るでしょうから、黄粉も必要ですね」
昭 一 「タケシ君も黄粉じゃろ。家のフクも黄粉が好きでしてな。ではごめんなさい」
     昭一、歩き去る。
     その後ろ姿が歌ってる。
昭 一 「ペッタンペッタンお餅つき……」
     美幸、見送りながら、
美 幸 「生き生きしてる!」

○同校内廊下
     掲示板にポスター。                
       │おもちつき大会・             │    
       │十二月十五日・十時半から  │    
       │みなさん、来てください      │    
       │              ― 二年生 ―   │    

○街路(朝)
     高層住宅の街路を走る軽トラ。
     製材屑の木切れを満載している。

○東雲台小学校校門
     木切れを満載した軽トラが入っていく。

○同校・校庭
     校庭の端に積み上げられた木切れ。
     作業着姿の父母たちが、鋸で木を切っている。
     ブロックを積み上げて、カマドが作られている。
     昭一が、それらを指示している。
     児童たちが登校してくる。

○同校・校庭
     トレーナー姿の教師たちが、朝礼台の両側にテントを張っている。
     (敬老席)の立て札が打ち込まれている。
     校庭の中央に広くシートが敷かれている。
     体操着姿の、高学年男児がリヤカーに臼を積んで運んでくる。

○同校・駐車場
     割烹着姿の男が、店用のライトバンから、大きな釜とセイロを降ろしている。

○同校・二年二組教室
     昭一の右手が石臼を回している。左手から、大豆が少しづつ落とされていく。
     周りの児童が見つめている。
     タケシが、出てくる黄粉を時々ゆびを出して舐めては、隣の子に手を押さえられている。
     冬子が砂糖と塩を抱えて、やはり石臼を見つめている。

○同校・玄関
     校長が(なかよし もちつき大会)と書いた立て看板を立てて、何度も位置を直している。

○同校・運動場
     カマドに掛けられた大釜から勢い良く湯気が上がっている。
     五十嵐が、腕まくりした背広姿でやってくる。
五十嵐 「校外委員、準備いいか」
親たち 「OKでーす」
校外委員長「会長さん、今日はうんとついて下さい」
五十嵐 「おお、杵を持たしたら、俺の右に出る者は居ないぞ。わははは。ところでアンコの方は?」
校外委員長「アンコは広報委員会が、家庭科室でやってまーす」
五十嵐 「よっし、行ってみよう」
校外委員長「黄粉は二年生が作ってますよ」
五十嵐 「分かったー」  
  
○同校・二年一組教室
     俊介がビデオカメラの調節をしている。
児 童 「先生まだあ、お餅つき」
     俊介、時計を指さし、
俊 介 「長い針が六の所に行ったら」
秀 弥 「と言うことは、後二十五分で開始ですね」  

○同校・駐車場
     茜が丘老人ホームのバスが到着する。
     老人たちが、介添えされて降りてくる。
     小夜子が、フクの手を引いている。

○同校・校庭
     臼を囲んで児童がコの字形に並んで、しゃがんでいる。 
     正面のテントに老人たち、ホームの関係者、PTA会長、副会長たちが座っている。
     中央の臼の側に、鉢巻きをした昭一が、杵を持って立っている。
     校長がマイクの前に立つ。
校 長 「待ちに待った餅つきがこれから始まりますよ」
     児童の拍手。
     セイロが運ばれてくる。
     もうもうと湯気を上げるもち米が臼に移される。
     昭一がそれを手早く、杵でこねる。
校 長 「最初はあのようにして、ご飯粒に粘りを出します」
     昭一が杵を引き上げて、俊介に渡す。
校 長 「さあ、始まります。新井先生がついて、近藤先生が相方をします」
     俊介つき始める。冬子が臼に手を入れているが、なかなかタイミングが合わない。
     リズムが狂ってくる。
     俊介の腰が砕け、ふらつく。
     危うく冬子の手を叩きそうになる。
     冬子が怖がって、次第に腰を引き、餅に手が届いていない。
     杵に餅が絡みつく。
     昭一が慌てて止める。
校 長 「餅つきって、難しいでしょう。あ、今度は望月さんがつきます。近藤先生頑張って!」
     昭一がつき始める。
     冬子が合い取りをしているが、スピードが無いために、杵の動きが遅くなる。
     昭一が苦笑いをしながらついている。
校 長 「お餅つきは、ピッチャーとキャッチャーの様なもので、ぴったり息が合わないとうまく行きません」
     昭一、つき上がった餅を、両手で持ち上げて見せる。
     わっーと、歓声。 
     冬子がフラフラになって尻餅をつく。
     次のセイロが運ばれてくる。
校 長 「今度は、会長さんがやってくれるそうです」
       昭一が、最初のこねをやっている。
     鉢巻き姿の会長出てくる。
     嫌がる妻の手を引っ張っている。
校 長 「会長さん達頑張って。お子さんもおばあちゃんも見てますよ」
     五十嵐つき始める。
     大きな音が響きわたる。
     やはり、合い取りがうまく行かず、時々杵の動きが止まる。
     その度に五十嵐、妻を怒鳴りつけている。
     テントの中や児童達からざわめきが起こ  っている。
校 長 「どうやらつけたようです。合い取りと言うのは難しいんですね。でもこの合い取りが餅のおいしさを
     決めるのです。さあ、三回目はどなたに……」
     湯気に包まれて、昭一がこねている。
     そこへ、フクがすたすたと出てくる。
     フク、コートを脱ぎ捨て、セーターの腕をまくる。
     寮母が走ってくる。
     フク、寮母の手を振り払い、側のバケツで手を洗うと、昭一の腰に下がっていた手拭いを取って姉
     さんかぶり。
     臼に近づいて、身構える。
昭 一 「婆さん、お前」
     校長走り寄ってくる。
校 長 「無理でしょう」
     昭一、つき始める。
     最初ゆっくりと、次第にピッチが上がってくる。
     それに合わせて、フクが見事な手つきで応じている。
     やがて、フクの口から鋭いかけ声が出始める。
     完全に杵の動きをリードしている。
     時折、水をつけた手を、餅の肌に叩きつける。
     杵の音の合間にパーンという音が混じる。
     校長、厳かに、
校 長 「望月のおばあちゃんは、痴呆症と言われる病気です。普段は何にも分からないんです。言葉も忘
     れてしまっていたんです。でもご覧なさい、昔おじいちゃんとついた、楽しい餅つきの事を思いだして、
     あんなに見事に合い取りをしています。みなさん人間ってすごいですねえ」
     小夜子がテントの前で、手を打ち始める。
       それに合わせて、全員が手を打ち始める。
     会場から湧き上がる驚嘆の声と、拍手の中で二人の餅がつき上がる。
       フクの肩を抱く昭一。
     一際大きい拍手。
     冬子と俊介が顔を見合わせて、肩をすくめている。
     児童の後ろ、大勢の見物人に混じって、章治、留美子、美幸が手を叩いている。

○同校・中庭
     芝生や池の縁など思い思いに腰を下ろして、紙皿を抱え、児童がつきたての餅を食べている。
       その様子を満面の笑みをたたえて、校長が見回っている。

○同校・校庭・テントの中
     養護教諭の西田が年寄り達に餅を配っている。
西 田 「喉に詰めそうな方には、重湯を用意してありまーす」
     洋子が、老婆に食べさせている。
西 田 「連れて来て良かったでしょう、お母さん」
洋 子 「先生、私お年寄りに対する見方が、すっかり変わってしまいました」

○車の中
     章治の運転する車。助手席に美幸。後部にフクを抱くようにして留美子。
美 幸 「すごかったわね、お母様の迫力」
章 治 「参ったなー。完全に抜け殻だと思ってたんだよ」
留美子 「会社休んで見に行って良かったでしょう」
章 治 「親父のあの張り切り方と言ったら……全く」
留美子 「ねえあなた、これから時々お母さん家に連れて帰りましょう」
章 治 「えっ、……いいのか?」
留美子 「ええ、何だか気持が通じるんじゃないかって思えて」
章 治 「そうだな…………有り難う」
留美子 「何よ、湿っぽい声しちゃって」
章 治 「………………」
     フク、表情もなく、外を見ている。
美 幸 「そうね、時々あの臼と杵持ってきて、お宅のお庭でお餅つきをおやんなさい」
留美子 「夫婦の絆の……記憶なのね」
美 幸 「そうよ!その通り。あの呼吸、まさに 夫婦のものよ。そこへいくと、家の冬子と 俊介さん、未だ未
     だね」

○東雲台小学校校庭
     児童が整列している。
     昭一が前に立っている。
校 長 「素晴らしい餅つきを教えて下さったお じいちゃんに心から感謝します」
     六年生の子が来て、昭一に花束を渡す。
     昭一、笑顔で何度も深くお辞儀。
校 長 「あ、二年生の方からも何かプレゼントがあるそうです」
     冬子に付き添われて、タケシが出てくる。タケシ、きれいな紙袋の中から、藁の縄を取り出す。
     それを昭一に見せ、喋る。
タケシ 「オ・ジ・イ・チャ・ン……ア・リ・ガ・ト・ウ……ド・ウ・ゾ」
     その声がマイクを通して響きわたる。
     冬子が愕然とする。
冬 子 「喋った!」
     タケシ、その縄を、昭一の首に巻き付けネクタイの様に結んでいる。
     昭一、腰をかがめて、顔をくしゃくしゃにしている。
     児童の笑い声と大きな拍手。

○同校・校庭の片隅
     ジャングルジムの傍らに立っていたタケシの母親が、感動の余り失神して、夫の胸に倒れる。

○望月家リビング
     並んでテーブルについた昭一とフクに、まどかがピアニカを聞かせている。
     ピアニカに合わせて(もういくつ寝るとお正月……)と昭一が楽しそうに、小さく歌ってる。
     フクが静かに端然と座っている。
     留美子が料理を並べている。
     章治がそれを手伝っている。
章 治 「ずいぶん並ぶんだね。すごい量だ!」
まどか 「こんなに食べきれないよ、ママ」
留美子 「ところがね、もうすぐ……」
     留美子、昭一と目で合図。
     チャイムの音。
留美子 「来た来た」
     留美子が立っていく。
     賑やかな声が聞こえてくる
留美子 「おじいちゃん、先生達いらしたわよ」
     どやどやと入ってくる。
冬 子 「おじいちゃん」
俊 介 「おじゃまします」
昭 一 「ほうほう、来てくれた」
校 長 「押し掛けて来ちゃいました。申し訳ありません」
美 幸 「あたしも来たの。おじいちゃんのファンとして」
章 治 「ようこそ。狭いけど詰めて座って下さい」
校 長 「これ、会長から。会長夫婦もファンクラブのメンバーですから」
     校長、朱塗りの角樽をテーブルの真ん中に置く。
冬 子 「ワー。おじいちゃんタケシのネクタイしてる!」
     昭一、得意そうにわらのネクタイを示す。
昭 一 「ネクタイしないと、留美子さんに怒られますからね」
留美子 「まあ、おじいちゃんたら」    
     笑い声。
       俊介がビデオを構える。
俊 介 「昼間のテープが未だ少し残ってるんです。ラストシーンを決めさせて下さい」
     冬子が角樽を昭一に差し出す。
     昭一、それをぐいのみに受け、一気に飲み干す。
     皆の拍手。
校 長 「おいおい、これ生活科の教材にするビデオだろ」
俊 介 「ハイ、餅つきの後には酒盛りがあったという指導内容です」
校 長 「あっははは、そりゃあいい。文部省にも異論はあるまい」
     フクが、じっと昭一の顔を見ている。
     皆もその様子を見ている。
     やがてフク、目の前の布巾を取り、昭一の口の周りを拭いてやる。
美 幸 「いいわねー。イヨッーご両人」
冬 子 「ツーショット決まり!」
俊 介 「さあ、最後は全員入って!」
     わあーっと声を上げて、皆、昭一とフクの回りに集まってポーズを作る。
     テーブルを飛び越えて俊介も飛び込んでくる。
     その拍子にビール瓶や皿が転がる。