シナリオ講座      一般社団法人シナリオ作家協会


     
    太田隆文 (シナリオ作家・映画監督)

  1961年。和歌山県生まれ。
  南カルフォルニア大学の映画科に学ぶ。
  95年Vシネマ「アルティメット・クライシス」(水野美紀)
  で脚本家デビュー。
  「女子高校生コンクリート詰め殺人事件」(篠井英介)
  「82分署rebirth」等を執筆。
  97年、テレビドラマ「風の娘たち」で監督デビュー。
  「怪談・新耳袋」(三船美佳)「真・恐怖体験」等を演出。
  2006年、脚本、製作、監督を担当した初劇場映画
  「ストロベリーフィールズ」(佐津川愛美、谷村美月、
  芳賀優里亜、東亜優)を完成。
  2008年、テレビ・ドキュメンタリー「キズナのチカラ」を演出。
  現在は、次回作の準備中。

  「ストロベリーフィールズ」製作日記
  http://t-ota.blog.so-net.ne.jp/
  ドキュメンタリー版
  http://www.subaru.jp/information/kizuna/index.html
  ※右下の「バックナンバー」から
  #16「熱血教師と女子大生の新しい書道のカタチ」をクリック1)


                            


2009年9月14日(月曜日)

本日より、リレー日記を担当させてもらいます。太田です。

初日なので、自己紹介を兼ねた話から。高校の頃から映画が好きだった。大阪の学校だったので、帰りに大毎日地下劇場とか、戎橋劇場によく行った。その内に自分でも、シナリオを書いてみたくなる。
でも、どんなふう書けばいいのか?全く分からない。で、キネマ旬報とか映画の書籍に載ったシナリオを見て勉強。見よう見まねで書き始めた。
 
高校を卒業後。映画の専門学校に行く。そして自主映画を始め、助監督を経験。その後、アメリカ留学。南カルフォルニア大学の映画科で学んだ。けど、結局、学校で学んだこと。その後、役には立っていない。
帰国後。とにかく、脚本を書き続けた。書かなければうまくなれないからだ。なのに、まわりにいた友人たち、皆、こういう。

自主映画の友人「今、金欠でバイトしていて、シナリオを書く時間がないんだ・・・」
助監督の「今、撮影で忙しくて、書く余裕がないんだ・・」
脚本家を目指す後輩「賞に応募しようと思うんだけど、いいネタが見つからないんだよね・・」

皆、何か理由をつけて書こうとしない。しかし、仲間内で一番にプロの脚本家になった友人。こう言う。

「時間がない。金がない。ネタがない。そんなことを言っていたら、一生、シナリオなんて書けない。3日間。時間がある。そうしたら書け。金がなかろうが、ネタがなかろうが、何としても書く!

いいネタを思いついた。時間がなくても、金がなくても書く。金が少しある。
1週間はバイトせずに済む。それなら、どんなことをしてでも1本シナリオを書く!自分を追い込まないと、シナリオなんて絶対に書けないんだよ!」

その通りだ。プロデュサーがやってきて、「期限は**です。よろしくお願いします」なんて言ってもらうのは、先の先の話。何より依頼がもらえるようになるために、書く力を付けることが一番。そのために何本も書いて力を付ける。
なのに「時間がない」「金がない」「ネタがない」と言っていてどうする? 

自主映画時代もそうだったが、何も作らない奴は人の作品を無神経に批判。「俺ならもっと、凄いものができる!」と言っていた。僕も最初はそう思っていたが、いざ、作ると思ったものなんて簡単にはできない。8ミリ映画でさえも何本も作らないと、評価されるどころかイメージしたものさえ、作る事はできなかった。
シナリオも同じ。自分が書きたいものを書くのにも、表現力が必要。そして書かないと表現力は育たない。何もせずに「俺は才能があるから!」という奴もいるが、それは勘違い。数を書かないと、人に感銘を与えるシナリオは書けないのだ。

アメリカ留学から戻り。アルバイトをしながら、シナリオを書き始めた。でも、次の問題が立ちはだかる。シナリオを映画会社に持ち込もうとしたら、ほとんどの会社で拒否された。「そんな暇も、そんな人員もいない」と言われる。
そこで先輩の助監督やプロデュサーに見せてまわった。でも、彼らもなかなか読んでくれない。シナリオライターへの道。そこからスタートしたこと思い出す。

いろんなことがあって、何度も絶望して、また、戦って、今は脚本家をしている。監督もする。編集もする。自分が書いた作品を映画化するときは、製作費集めもする。
現在、次回作の準備に走り回っている。今回はその日々の一部を綴ろうと思っていたら、思わぬ事件。

自宅にあるG4。ネットができなくなった。まず、プロバイダーに電話。どうもマックの問題らしい。マック側に電話。アップデイトされたセキュリィティシステムに不具合があることが分かる。
それを修復しようと、電話での指示で2時間ほど格闘するが駄目! 解決には3つほど方法があると言われるが、いずれも時間と費用がかかる。少し考えて決断することにした。

そんな訳で自宅でネットができなくなった。なのに、本日より、リレー日記を担当せねばならない。で、ネットカフェに来て、この文章を書いている。明日からどうしようか?
自宅せねばならない作業もたくさんあるので、この日記を書くときだけ、駅前のネットカフェに行くしかないのか?

実はこの日記以外にも、2つのブログをやっている。以前、僕が脚本を書き、監督もした映画「ストロベリーフィールズ」の製作日記と、今現在の状況を知らせるブログである。
この2つは大量に書いておき、タイマーでアップすることもできるが、どうしよう? と考えつつ、本日はこれから「ある物」を買いに行く。詳しくは書けないが、法に触れるヤバイものではない。それと巨大な下敷き(?)。とりあえず、本日はここまで。1週間。がんばります!



2009年9月15日(火曜日)

リレー日記。2日目。ネットつながらない生活も、2日目。

本日もネットカフェで、この日記を書いている。ネットのない生活はとても不便。朝起きてすぐにメールをチェックすることも。ブログを更新することもできない。
いつもはその作業をすることで、眠っていた脳をスタートさせるのだが。

パソコンのない時代はどうしていたのか? 考えると、テレビをつけていた。
帰宅しても、まずテレビ。特に見たい番組がある訳でもないのに、スイッチを入れていたなあ・・。

そう考えると、昔に比べてテレビを見る時間が圧倒的に減った。何となくテレビをつけていることがなくなった。連続ドラマが軒並み視聴率1桁を記録するのも分かるような気がする。

その分、ネットを見ている。新作映画の紹介を見たり、上映時間を調べたり。
友人のブログを読んで、近況を知る。以前に仕事をした俳優さんたちのブログを読む。

自分のブログを更新する。友人にメールする。仕事の連絡もメール。動画を見るのもネット。仕事もプライベートもほとんど、ネットに依存している。それが急になくなると、こんな不便な生活になるのか?

でも、アップル社が提示した解決法には、「時間」も「お金」もかかる。今、その両方がない・・。しばらく考える間、ネットなしの生活だ。

本日は夜、集会がある。飲み会ではない。いつも仕事をするスタッフと俳優さんらに、現在かかっているプロジェクトの経過説明をする。

その前に、もう10枚アレを買いに行かねば・・昨夜、買ったアレもいいものだったのだが、鳥取産より、中国産がいいという。ギョーザではない。作る場所によって品質が違う。
専門店が西新宿にあるので、そこに行ってから集会・・。



2009年9月16日(水曜日)

ネットカフェ。2時間ほどで、1000円近くかかる。で、本日はネットブックを持って外出。ただ、どこでもネットできる契約にすると通信料が大変。で、マクドナルドでのみ受信できるYahooBBポイントにしている。これならコーヒー1杯の値段で、作業ができる。
 
本日は午後12時に埼玉のとある場所に集合。仕事をする。そこまでの移動に2時間ほど見ておく。と、10時には出発せねばならない。現在は8時。それまでの時間。マックで作業をしよう。

まず、このリレー日記。1時間ほどかけて3日目を書く。よしよし!完成だ・・、送信。ところが、画面にも文字。

「このメールは送信できませんでした」

で、再送信しようと元の画面戻すと、戻らない。いろんな表示が出て結局、1時間かけて書いた文章が消えてしまった!
それはないだろう!!! 本来なら、もう、「今日はメール書くのは辞め!」と思うところ。でも、そうはいかない。もう一度、書き直す。しかし、どんな文章でもそうだが、一度書いたものを、続けてもう一度書くほど、疲れるものはない。

おまけにタイムリミットは、どんどんと近付いてくる。もう9時だ。あと1時間で出発せねばならない。ここでまた文章が消えたら、大変。少し書いたら文章を保存して、また続きを書く。というのも、ここのマックのネット電波が弱いようなのだ。
それで送信の途中で電波が切れてしまい、元の画面に戻れないのだろう。

馬鹿な失敗を繰り返さないように、保存しながら進む。が、その保存にすごく時間がかかる。丸いシグナルがグルグルとまわり、保存実行中であることを示すのだが、それがなかなか消えない。これも電波が弱いせいか?

ようやく、保存ができても、今度は保存した文章を呼び出すのにまたグルグル。と5分待ち。文章が消えた上に、なかなか前へ進まず、イライラがピークへ!もともと、僕の持つネットブック安物なので、処理能力が遅い上に、重い。よほどでないと持ち歩かない。

おまけに電波が弱くて、時間だけが過ぎていく!あと40分。あと少しで本日分の日記は書きあがる。でも、グルグルも続く。別のマックへ移動しようか? でも、あと少しで完成。移動のために片づけて、次のマックへ移り、また、ネットブックを起動させていると、それで時間を食うのではないか?それなら、時間がかかっても、このまま作業を続けた方が・・・と悩んでいると、残り時間は20分。

もう、移動は無理だ。このまま書きあげてしまおう。と、文章をもう一度保存。これが長い。5分を過ぎても、グルグルが止まらない! 出発せねばならない時間がカウントダウン。
本日の仕事場に行くと、本日は深夜まで作業。日記を書く時間はない。そのために早起きして、マックへ来たのだ。なのに、もう2時間が過ぎようとしている。未だに文章は完成せず。

グルグルはまだまわっている。えーーーい! もういい! と×マークをクリック。画面を消す。ネットブックを片づけて、目的地へ急ぐ。あとで確認すると、その文章も消えていた・・。
マックの不具合のために、マックへ来たのに、マックのネット電波が弱くて結局、2時間格闘しただけ。Wマックで溜息。1日が始まる・・。



2009年9月17日(木曜日)


昨日はネットの電波が弱くて大変だった。本日は、注意してかかる。ネットブックを持ってマクドナルドへ行き、表で電波状態を確認。

「かなり強い」


ネットブックの表示を確認してから入る。ところが、いざページを開こうとすると、うまく行かない。暗証番号承認までは行くが、そこでまた「お待ちください」の文字が出て5分。

「表示できませんでした」

・・・の表示! 再挑戦すると、暗証番号確認の文字さえ出ない。さらにチャンレンジ。でも、1つの動作をするだけで待ち時間5分。結局、30分かかっても、ネットとは繋がらず!
でも、電波状態は相変わらず「強い」のまま。何がいけないのか? 昨日は繋がったのに!ネットブックがいけないのか? 電波の問題か! で、また、ネットカフェに入らざるを得なかった・・・。

昨夜のことを少し書いておく。東京から少し離れた場所で、超新型撮影システムのテストを行った。こんなものが存在するなんて凄い。高画質とか、3−Dとかではない。もっと凄いのだが、詳しくは書けない。

その作業。そして終わってからの打ち合わせ等があって、バレたのは夜中過ぎ。帰宅しても、近所のネットカフェはすでにクローズ。

しかし、先月から準備していたテスト撮影だったので、うまく行ってよかった。その前にあったイベントも終了。安心して疲れがドッと出る。が、その辺も詳しく書けないのが残念・・・

映画の世界。魑魅魍魎がたくさんいる。下手にブログに書いたら、とんでもないことになる。いろんな人がいろんな批判を始める。邪魔をする。何もしない人に限って批判否定が好き。良からぬ噂を流したりもする。

友人のライター。仕事先で企画書を見せたら、それを勝手に直して別の会社にプレゼンされたという。それなりの会社でも、似たようなことをする。僕も何度か酷い目に遭った。
 
気をつけなければならない・・。そんな訳で本日は、後片付け。お礼メールを出したり、次の作業の連絡をしたりしている・・。



2009年9月18日(金曜日)

本日、午前中。ネット復旧をめざして奮闘。ブロバイダーとマックに電話。それぞれからの指示で作業するが、いずれもダメ。ネット使えない生活5日目に突入。物凄く不便している。何よりこのリレー日記を書くのが大変。
そのためにマクドナルドに行くと、1時間かけて書いた文章が電波の影響で消えたり・・。駅前のネットカフェまで行って、料金を払ってパソコンを使うしかない。そこでブログを書く。本来の仕事は部屋に戻ってから、自宅のパソコン・・・。

そして、せっかくリレーブログを担当させてもらったのだから、何かおもしろいことを書こうと思っていた。なのに、今、進行している仕事は、まだ発表できない。そのことがある筋から漏れて、昨夜もよくない情報が入ってきた。
といって、ネット使えない生活を何度も読むのも、面白くない。書く方もイライラ。と、また、今、マクドナルドで書いていたら、急にログアウト。ここまでの文章が全て消えてしまった・・・・「もう、今日はネット辞め!」と思うが、全てを書きなおす。
もう、ネットの話は嫌だ! 少し前にあった話を書く。

「シナリオを読んでもらえますか?」

僕のようなものでも、そんなことをいわれることがある。映画学校の学生だったり、同業者の後輩だったり。思い出すのは留学を終え、帰国した頃のこと。
バイトをしながら、シナリオを書き続けていた。書いているだけでは、うまくならない。誰かに見てもらい、批評され、反省し、考えて、また書くことに意味がある。でも、なかなかシナリオを見てくれる人はいなかった。

堅気の友人に見せてもダメ。シナリオは日本語で書かれているので、誰でも読める。だから、皆、小説と同じだと思いこんで読んでしまうのだ・・。しかし、シナリオというのは、その物語を俳優が演じ、カメラで撮影し、音楽がかかって完成。その形を想像して読まねばならない。
それを小説のように読んでしまうと、物足りない。小説のような表現は、シナリオでは使われていない。また、読んでいるだけで、音楽は聴こえてこない。そのために「感動できない」「よく分らない」ということになる。その意見を真に受けても意味はない。
 
といってプロに読んでもらうのも大変。僕の場合。そのころ(90年代初期)から、幸いなことに多くの友人が映画界で働いていた。が、彼らは多忙。睡眠時間を削って働いている。シナリオを読むにはもの凄い集中力が必要。疲れ果てている彼らは、なかなか読んでくれない。ようやく、時間がある奴を見つけて頼み込んだ。しかし、感想はこうだ。

「何がやりたいのか?分らない。これってアニメなの?」

当時、僕が書いていたのはSFドラマ。が、そのころの日本映画には、ほとんどSFはなかった。「ゴジラ」シリーズはあったが、そのせいで日本では「SF」=「怪獣もの」という印象が強かった。もちろん、外国映画では「ターミネーター」や「エイリアン」が既に登場。シリーズ化もされていたのに、日本を舞台にすると、その種のストーリーが想像できないようで、「分らない」「アニメなの?」という業界人が多かった。

「刑事もの」「青春もの」のような定番ならいいが、映画界で仕事するプロデュサーも、脚本家も、皆、ピンと来ないと言う。
いや、俺は分かっている」という先輩もいて「こんなものじゃ駄目だ。お前は努力が足りない」というが、よくよく批評を聞くと勘違いの連続。実は分かっていないことが多かった。なかなか、的確な意見を言ってくれる人には出会えなかった。

その後、脚本家の仕事を始めてからも、「よく分らない」と言われたことがある。僕が脚本、監督をした「ストロベリーフィールズ」だ。交通事故で死んだ女子高校生が幽霊になって、帰ってくるという「青春ファンタジー」もの。第1稿を書いたのは2001年。その時代でも、理解してくれる業界人は少なかった。

「幽霊が出るんだから、ホラーだよね?」

という年配のプロデュサーもいた。これもアメリカでは昔からあるジャンル。「天国から来たチャンピオン」「ゴースト」「フィールズ・オブ・ドリームス」等の有名な作品がある。なのに、舞台を日本にしただけで、皆、「想像できない」「イメージしにくい」という。
数年後。その種の幽霊ファンタジーが続けて製作された。「星に願いを」「黄泉がえり」等が大ヒットし、市民権を得た。その後、僕のシナリオを見せると、こう言われた。

「何だ。よくある作品のマネじゃないか? オリジナリティがないんだよなあ・・」

業界の先輩にそう言われた。数年前、彼にシナリオを読んでもらったときは「何だか、よく分からん話だなあ・・」といっていたのだが・・・。
そんな経験があるので、今、若い人たちの書いたシナリオを読むときは、緊張する。例え、面白くなくても、僕に想像力がないだけではないか? 新しい作品を知らないのでイメージできないだけではないか?過去の経験と、狭い日本の価値観だけで見ていないか? そんなことを考えてしまう。

そして、若い人たちに伝えたい。自分が書いた作品を業界のプロデュサーが否定しても、ベテランの作家が批判しても、そのまま鵜呑みにしてはいけない。彼らの方が古い感性で、新しいものを理解できないだけかもしれない。
逆に彼らが誉めたたえ、絶賛したものは、若い観客には決して受け入れられないはずだ。自分を信じて、新しい世界を切り開くこと。大切だと思っている・・・。



2009年9月19日(土曜日)


ここしばらく続いたア・ハード・デイズ・ナイト。昨日でようやく落ち着いた。また、すぐに次の戦いが始まるのだが、とりあえず一息。仕事自体も大変だったが、ネットとの戦いが一番大変だった・・。
夜。そのネットが使えないので、久々にテレビを付ける。『さよならがいえなくて』という特別企画のドラマに、谷村美月が出ていた。僕が脚本&監督を担当した『ストロベリーフィールズ』(ブログの最後に撮影日記のアドレスあり)に出演してもらった女優さんだ。

当時は15歳の高校生だったが、今はすっかり大人。女子大生といってもいいくらい。でも、撮影からは4年。子供たちは大人になって当然。僕はどんどんと老けて行くという訳だ。
思い出すことがある。『ストロベリーフィールズ』のシナリオを書いたとき。谷村が演じてくれたマキが物語の「要」だと感じた。通常は主人公が一番個性的な存在として書くのだが、このときは変形パターンを選んだ。

古い例でいうと、赤塚不二夫の漫画『モーレツ!ア太郎』主人公はア太郎少年。だが、子分のデコっ八の方が強い個性を発揮。物語を盛り上げた。
『宇宙大作戦』ならMr.スポック。こちらも主人公のカーク船長以上に個性的で、人気者となる。もし、Mr.スポックが出ていなければ、あのシリーズがあそこまで大人気になったかどうか?というほど、重要な存在。

マキも同じ存在。女の子版・石橋正次をイメージした。もちろん、『飛び出せ!青春』のときの石橋正次だ。それと矢吹丈。いずれもギラギラとした不良少年のタイプ。物語の年代が昭和40年代ということもあり、そんなキャラが映えると考えた。
そんなタイプの子供。今ではすっかりいなくなっている。生命力に溢れ、行動的。感情的ですぐ怒るが、涙もろい。そんなキャラクターが映画を見る10代に感銘を与えるのではないか?と考えた。

しかし、それを昭和40年代と同じ、「少年」として設定すると、リアリティがなくなるだろう。僕の世代を境に後の世代ほど、草食系が増えている。そこで女の子版の石橋正次、矢吹丈で行くことにした。

だが、キャスティングが大変。単なる不良少女ではない。『スケバン刑事』の麻宮サキではない。『金八先生』の三原順子でもない。女の子版・石橋正次なのだ。
そんなとき見た映画が『カナリア』それに出ていた女の子。生命力に溢れていた。天才少女だと思えた。

「・・ああ、この子だーーーーーーーー! この子ならできる!!!マキだ!」 

谷村美月、14歳だった。そんな谷村が演じたマキ。大人気となる。最後の別れのシーン。谷村の芝居にスタッフが皆、隠れて泣いていた。撮影現場でスタッフが涙を流すなんてことはまずない。
映画というのは、ストーリーがあって、芝居があって、編集があって、音楽がかかって、初めて泣けるのが普通。それが撮影現場で冷静でいるべきスタッフが涙する。谷村の実力を示すエピソードだった。

その後、谷村は大ブレイクする。『ストロベリー』の評判ではなく、彼女の実力が認められたのだ。映画に、テレビに大活躍。今では谷村を見ないシーズンはない。

谷村美月だけではない。実は『ストロベリー』に出演した4人の女の子。その後、全員がブレイク。佐津川愛美も、芳賀優里亜も、東亜優も、さらには男の子の波岡一喜も大人気となった。今では全員が主役クラス!!
こちらも残念ながら『ストロベリー』がきっかけではない。皆、もともと、大いなる可能性を秘めた子たちだっただけだ。

シナリオを書くとき、ライターはキャラクターを作る。でも、魅力的なキャラを作れば作るほど、それを演じる俳優を探すのが大変になる。よくあるキャラにすると、キャスティングはしやすい。が、物語が平たんになりがち・・。
そんな意味で、谷村美月という天才少女と出会えたことで、マキという個性的なキャラを成立させることができた。昨夜のドラマを見ながら、そんなことを思い出す・・・。



2009年9月20日(日曜日)

未だにネットは復旧せず。ネットカフェで作業中。本日はこのあと、連休で東京に戻った友人と会う。夜は友人の漫画家さんのイベントへ。打ち上げに参加すれば、終わるのは明日の朝だ・・。

リレー日記最終日なので、脚本家を目指す若い人たちの何か参考になることを書きたい。通常、シナリオ依頼は製作開始の3か月ほど前にある。まず、題材の取材。ストーリーを考える。そして書く。と3つの段階を踏む。
これを3か月でやるのは、かなり大変。とにかく、考えるというのは時間がかかる。どこかで聞いたようなパターンの物語であれば、すぐにでも書けるが、力の入ったものだと簡単にはいかない。

なのに、3か月どころか、1か月前とか、1週間前に、依頼してくる会社もある。「明日までに書いてほしい!」というのも、あった。
ある程度、出来上がっているシナリオを直してほしいというものだった。が、読んでみると、ほとんど中身がない。全面的に書きなおさないとダメだった。

なぜ、そんな無茶なことが起こるか? 答えは多くの製作会社がシナリオの重要性を理解していないから。人気タレントを押さえた。スタッフを集めた。クランクインの日を決めた。外枠ばかりに力を入れて、肝心のシナリオを疎かにする。
先のケースは、ライターに脚本を依頼していたが、上がったものが気に入らない。直しを頼む。でも、よくならない。四苦八苦しながらも、シナリオ直しより撮影準備に力が入る。そしていよいよ、デッドライン。ライターもお手上げ。で、僕に電話して来たのだ。(書くのが早いと評判だったから・・でも、1日では書けないですよ)

本来は撮影準備や主演女優を決める前に、シナリオを作らねばならない。完成度の高いものが出来てから、準備というのが本当。それを疎かにする。他の面でも、脚本を書くとはどういうことか? 理解されてないことがある。
シナリオを書くには、取材が必要。題材が野球でも、バスケットボールでも、実際にやっている人たちの生の声を聞き、作家自身もナマで試合を見ることで、リアルな物語が作れる。
「野球入門」のような本だけ読んで、テレビでプロ野球を見ただけでは、奥行きのあるドラマは書けない。あるとき、こんな依頼が来た。「実際に起こった事件をリアルに描く。実名で再現ドラマにする」。なのに、プロデュサーはこういう。

「時間がないので、取材はいいです。とにかく、早くシナリオを書いて下さい!」

実名で犯人の名前を上げるのに、その犯罪を調べなくてもいいというのだ。そんなことで適当にシナリオを書き、作品が完成したら、訴訟問題に発展するだろう。製作会社も訴えられる。
でも、その人はそこまで考えない。気にしているのは、予算内で、予定通りにプロジェクトを進めるということだけ。

そんな人たちが多いので、シナリオを書くたびに喧嘩してしまう。おとなしく、言われた条件の中で書けば、また仕事をもらえるのに、それができないことが多かった・・・。
どうせ、揉めて大変なのだから、それなら自分が本当に書きたい作品を書こう。それを自分で監督しよう! そう思ってかかったのが『ストロベリーフィールズ』である。
仕事を断ってシナリオを書いた。だから、時間はある。(経済的には大貧窮したけれど)取材もできる。半年ほどかかって第1稿を書いた。その後、製作費集めに月日がかかり、気づいたことがある。

「もう、これでOKだ。満足できる物語だ」と思っていても、1か月ほどして読み直すと穴だらけ。で、リライト。「よし、これでOK」と思い、また1か月。すると、以前には気付かなかった問題点が見えてくる。
1年が経つと、まるで樽詰されたワインが発酵。味に奥行きが出てくるように、物語も発酵を始める。キャラクターの過去や背景に今まで考えなかったものが見えてくる。

思い出すのはハリウッドの話。シナリオを書くのに、3年かける。1年目は取材。2年目は物語作り。3年目が執筆。そうか・・・アメリカ映画が面白いのは、それが理由だったのだ。
以前、ハリウッドにはもの凄く優秀な脚本家がいるから、面白い映画ができる。そう思っていたが、違った。優秀なライターが月日をかけて書くから、何度も直す時間があるから、いいものができるのだ。

ハリウッドでは1本書けば、3〜5年は生活できる。日本はそうはいかない。けど、いいものを作るという方法論は同じのはず。ライター修行時代の僕は、第1稿を最後まで書いたら「完成!」と思っていた。2稿。3稿は、構成くらいに思っていた。でも、それは違った。
シナリオはワインと同じ。熟成させなければならない。何度もリライトし、問題点を見つめる。そして、さらなるアイディアを考え続けること。

仕事になると、そうもいかないが、それを忘れてはいけないと感じる。シナリオライターを目指す若い人たちの何か、参考になればうれしい。


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